双子物語49話
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 仕事を見てきて、少しずつ覚えていく内に先輩が卒業していく日が近づいてきた。

このまま時間が止まってしまえばいいのに、そんな私らしくない考えが浮かんでいた。

 

 なんというか、寂しいとか簡単に浮かぶ感情ならまだいい。

何だかよくわからないもやもやが私の中で固まっている。

どろどろとしたものが体内にあるようで気持ちが悪かった。

 

「大丈夫、澤田さん。保健室で休んでくる?」

「すみません…先生」

 

 担任の先生に心配された私は教室を出てゆっくりと保健室へ向かって歩き出す。

最初は瀬南が付き添おうとしてくれたけど、一人で行けるといって出てきた。

 

 気持ちが悪い…。でも体調とかそういうのよりも、精神的なものからくるのが

原因のような気がしてきた。

 

「こんなこと初めてだわ…」

 

 独り言のように言いながら、気づけば保健室の前までたどり着いて私は中へと

入っていった。

 先生に挨拶をしてからベッドへと移動して横になる。

いくつかあるなかで一番静かにいられる場所がいつの間にか私専用と

噂されるくらいは使用頻度が高かった。別に私自体はどこでもいいのだけど。

 

「あ、すみません」

 

 目を瞑ってると遠くから声が聞こえてくる。最近よく聞いている声で、

その人物は私の寝ているベッドに向かって歩いてくる。

 

 閉じていたカーテンをゆっくりと開いて入ってくるその人に視線を合わせた。

 

「起こしちゃった?」

「いえ、元から眠ってませんから。美沙先輩」

 

 寝ている私を心配そうに見ていた先輩は私が見つめるとホッとしたような

いつもの優しそうな笑顔に戻っていた。

 

「よかった…」

「すみません、わざわざ来させちゃって」

 

「いいのよ、来たかったんだから」

 

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 私はそれから半身を起こして、先輩と並んでベッドに座って話しをしていた。

これからのこと、これまでのこと、そして今のことについて。

 

「普段とやること違うから疲れちゃったかな?」

「いえ、ほとんど見学させてもらってるだけなんで…大丈夫です」

 

「雪乃はいつも無理してそうで嫌なのよ。本当のこと言ってくれる?

せめて私だけには…」

「はぁ…本当に大丈夫です。でもちょっと疲れてるのかもしれません」

 

 しつこく聞く先輩に私はわざとらしいため息をついたけど先輩は嫌がってると

とってはいないみたいだ。さすがに洞察力は十分に持っている。

 

「先輩には敵わないですよ。噂とか流れて、時々敵意を持った生徒までいるし。

ちょっと不安になってるだけです」

 

「じゃあ、辞退しちゃう?」

「先輩になってほしいといわれてしまうと断り辛いです」

 

「でも強制じゃないんだから無理しなくても…。あっ…」

 

 遠回しに私が自分の意思でやってることを途中で察したのだろう。

ちゃんと伝えない私も悪いけれど、私の気持ちとしては今言った言葉の意味も

間違ってはいなかった。

 

 求められれば手伝う。メインにはなれないけれど、後ろから支える役割なら

何とかできそうなのを先輩に伝えた。

 

「それで十分よ、できない部分は今のあの子たちならできるわ」

「それに経験も十分で周りにも慕われている」

 

 二人の意見はがっちり合ってお互いに笑う。保健室でこういうことをするのは

どうかと思うが先生が黙認してくれてるのなら利用させてもらおう。

 

「ちょっと悔しいなぁ」

「え?」

 

 先輩が私から視線を外して前を向いて指を組みながら呟いていた。

 

「あの子が来てから、雪乃の雰囲気がかなり明るくなって、魅力的になった」

「あの子…叶ちゃんのことですか?」

 

「えぇ、あの子と向かい合ってる雪乃なら、生徒会長になっても認められるように

なると思うわ…少しずつだろうけどね」

「どうでしょう、美沙先輩の私の評価ってだいぶ過大な気がするけど」

 

「あなたが自分に対する評価が過小過ぎるのよ…」

 

 呆れたように言うから、そういうものなのだと頷くことにした。

納得とか実感は一切ないけれど、先輩はそういう意見を絶対に譲ることはないから。

文武両道で性格もいい先輩だけど私や身近な人には一部頑固なとこを覗かせる。

そこがまた魅力に見えるのだろうけど。

 

 後はその外見だろう。

どんなものを使ってるかわからないけれど、髪の艶がすごく綺麗でサラサラしていて

水分をしっかり含んでるような瑞々しい長い黒髪。全体的にルックスが完璧、中身も

超人っていうんじゃ比べることもないんだけど、後々そういうことやられるのかなって

ちょっと憂鬱な気持ちになっていたりして。

 

「雪乃ってけっこう先々のことを考えすぎる癖がある気がする」

「そんなこと…」

 

「違う?」

「そうです…」

 

 言い当てられて私は口を尖らすようにして認めると可愛いものを見たような

笑いをする先輩。私が叶ちゃんがちょっと照れくさそうにしてるのを見て

微笑ましくなるのと似たような感じがする。

 

 それに常に自信が漲っている先輩から言われると、その言葉が私の中に染み込んで

いくような気がした。この人に言われるとすごく安心できている自分がいる。

 だからこそ、離れていくのを考えると不安で寂しいのだ。

まるで子供が初めて親から離れる時のような感覚に近いのかもしれない。

 

「大丈夫だよ、大丈夫。なんとかなるさ」

「わかりましたよ…」

 

 自分に対する自信はまだ持てないけど、まだ少し先のことだし今は…。

先輩の言う通りに私のやれることを精一杯やることが先決であった。

 

 授業が終わるチャイムが鳴り響いて話を切り上げることにした。

どれくらい時間を忘れて話していたのだろう。

 

 時計を見るといつの間にか全ての授業が終了している時刻だった。

 

「ごめん、これじゃ休んでられなかったかしら?」

 

 申し訳なさそうにしながら苦笑いをする先輩。

 

「まぁ…。でも、気持ちの整理は少しできたかもです」

「そう、それならよかった…」

 

 見詰め合ってると、先輩の顔が近づきキスしようとしてきたことに気づいて

私は慌てて両手で先輩の顔を押さえた。

 

「いい雰囲気とかじゃないですから」

「ちぇ〜」

 

「先輩、せっかく良い感じに締めてくれたのにこれじゃ…」

「じゃあ、私は戻るわ。もう少し休んでから帰りなさい」

 

 急にまじめな顔になって私の前から去っていく先輩。見えなくなる前に背を向けながら

手を肘から上の部分を上げて軽く振っていた。それがどこか寂しげに見えた。

 

「先輩…」

 

 私は軽く胸を締め付けられるような気持ちでいた。

今からこんなんじゃ当日を迎えたら耐えられそうになかった。

 

 頼りになる人がいなくなるとここまで心細いものか。

愛する人がいても別の部分に穴が空いているような感じだった。

 

「…がんばろう」

 

 今の私にはそう思うことしかできなかった。

ベッドに再び横になり、目を瞑るとすぐに眠りに就いていた。

 

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 空気が冷たくなり、息が白くなり始めるそんな時期に私は休日に外を歩いていると、

コートを着ていた先輩に声をかけられた。

 

「ちょっと付き合ってくれない?」

 

 あの保健室のあとは普段の頼りになる先輩に戻っていたがこの日は年齢相応の

女の子のように柔らかい笑みを浮かべていた。気を抜いているのかもしれない。

 

「いいですよ」

 

 いつまでそんな時間が取れるかわからないから、私も一緒にいたくてすぐに

了承した。それから少し長い道のりをバスに乗らずにゆっくりと歩いていく。

 

 徐々に木々生い茂る高台から建造物が立ち並ぶ中、駅近くに唯一お店が集まってる

デパートに入っていって服を見たり試着してみたり。

 アクセサリーのお店を覗いて楽しんでいた。

 

 学生の身だからお金はあんまりもっていないけれど、そういうのだけでも十分に

満喫できる。それは相手にもよると思う、先輩と一緒だと楽しい気持ちにさせてくれる。

 

 そんな楽しい時間はあっという間に過ぎ去ってしまうものである。

さすがに日が傾いてくると私が何も言わずにいると先輩は私に背を向けて見上げていた。

 

「そろそろ帰ろうか」

「はい…」

 

 途中でちょっと寒さが辛くなってきた頃、私のことを気にかけてくれた先輩が

コンビニに立ち寄って肉まんを二つ買って、私に手の平を出すように言って

言われた通りに両手を差し出すと一つの肉まんをぽんっと置いてくれて、

それはとても暖かかった。

 

 食べ歩きなんて褒められたものじゃないけれど、何だかそれがすごく

美味しく感じて、胸にも暖かいものがじわっと広がっていた。

 

「寒いでしょ。中に入りなさい」

「わっ」

 

 先輩はコートの前を外すとおもむろに私の体を包み込むように入れてくれた。

ずっと先輩の体を温めていた大きいコートはすごく暖かくて先輩の匂いがした。

嬉しいけれど、それ以上に寂しい気持ちになっていた。

 

 こんなに強く感じるのは珍しいくらいだ。

 

 やや曇りになってきた空を見て、私は温もりに包まれながらも泣きそうになっていた。

それが先輩と一緒にでかけた最後の日となってしまった。

 

 今思えばもう少し付き合ってあげてもよかったのかもしれない。

そんな後悔が残ることになる。

 

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 卒業式まで長く感じたあの日から、あっという間に日々は過ぎていく。

私は周りに見守られつつ、引継ぎを済ませていた。

結局は先輩の後を継ぐような形になったけれど、後悔はしていない。

 

 ただ、一緒にいられなくなることの方が後悔しているのかもしれない。

そんな思いを抱きながら教室で一人黄昏ていると私の隣にいる叶ちゃんが切なそうな

表情で私に視線を向けていることに気づいた。

 

「あ、叶ちゃん。ごめんね、最近忙しくて」

「いえ…私じゃあまり役に立てなくて」

 

「ううん、叶ちゃんが傍にいてくれるだけで元気にさせてくれるから」

 

 嘘ではなく本音であるが、今の寂しさは恋人では埋められない部分だから。

それでも傍に居てくれるかそうでないかで随分と違ってくるものである。

 

 私は私を想ってくれている彼女が愛おしくて強く抱きしめた。

小さい体なのにしっかりと筋肉がついているのがわかる。

 

 部活帰りなのか少し汗の匂いがするけど、私にはそれが落ち着ける匂いになっている。

このことを言うと変人だと思われそうだから言えないでいるけど。

 

 叶ちゃんの強い意志と想い。それが私には魅力に感じていた。

しっかりもので頼もしくて、でもちょっとどこか幼くて。

そんな彼女だから私は好きでいられる。

 

「いつもありがとう」

「い、い、いえぇ…。私は何も」

 

 緊張しているのが伝わってくるのがまた可愛らしかった。

私なんかにそんな恐縮しなくていいのに。ちょっとこそばゆい気持ちになる。

 

「これからも私の傍にいてね」

「当たり前ですよ」

 

 しばらくそうしていると、教室のドアの方から声がかかった。

 

「雪乃、ちょっといいかしら?」

「うん」

 

 そこには生徒会のメンバー。楓と裏胡の姿があった。最初に会った時とは

比べられないほど立派にその役割を担える雰囲気を持っている。

 

 用事が出てしまったから叶ちゃんとはここまでだけど、私は彼女に背を向けた後

すぐに振り返って耳元で囁いた。

 

「今夜私の部屋に来てね」

 

 実はルームメイトの瀬南が名畑ちゃんに話がある、というのと。

私が叶ちゃんと一晩過ごしたくなったという、ちょっと勝手な理由だけど。

言われた瞬間の叶ちゃんは物事を考えられなさそうな顔をしていた。

真っ赤になっていた。

 

「わかりました!」

 

 瀬南ちゃんがどんな用事があるかは私は知らない。

だけど近い内に教えてくれるような気がした。

 

 今は寂しさを紛らわすためにもいい機会だと思えた。

一度二人で過ごしたらどうなるのか、後々のことも考えて…のことだった。

 

「じゃ、いってくるね」

 

 叶ちゃんに手を振って私は教室を出た。私がみんなの学園生活のためにとか

思えるわけもなく。ただただ、彼女のためにがんばろう。それが私の生徒会をやる

目標であった。

 

 先輩は言っていた。理由はなんだっていい、何かのためにがんばれる気力を

維持してくれれば。本当にそれで良くできるのかはわからないけれど。

できないことを求められるよりはよかった。

 

 私に足りないものはみんなで補う。みんなで足りないことを私が補う。

それだけのことなのだ。

 

「さて、話し合いも終わったことだし。帰りましょうか」

 

 楓が書類をまとめて立ち上がると、私は生徒会長が座る椅子に目を向ける。

そこには誰もいない。先輩は大学へ行くための塾やら家でのことで忙しいらしく

ここしばらくは不在であった。

 

 進路のために学園はこの時期は生徒の自由にさせているのを知った。

来年は私が同じ立場になるのだ。実感がなくて不思議な感覚である。

 

「ちょっと、座ってみるか?」

 

 裏胡が面白そうに笑いながら私の背中を押して生徒会長の椅子に座らせた。

クッションが気持ちよくて座り心地がとてもいい。

 

「あはは、ちょっと違和感がすごい」

 

 苦笑しながら言うと、二人も同じだと言って笑っていた。

 

「でも、不思議ね。これから雪乃が会長やるのかと思うとしっくりくると思うのよ。

今は別だけど」

「それは私も思った」

「えー?」

 

 楓と裏胡のやりとりに嘘でしょっていう感情を込めた不満声を上げる。

いつしか外の景色の色が変わっていることに気づいて急いで机の上に散らばった

用紙を集めて私たちは帰ることにした。

 

 教室を出たところで用紙を提出してくれと先生に言われたことを思い出して

私は楓に向けて手を出した。

 

「あ、私がそれ出してくるね。それ今日まででしょ?」

「あ、頼むわ。雪乃」

 

「うん」

 

 そういって楓から受け取ったものをすぐ近くにあった職員室に寄ってから

出ると何かを話していた様子の二人に声をかける。

 

「じゃあ、帰りましょうか」

「私は寮だからすぐだけど」

「雪乃うらやましいな」

 

 そういえば二人は実家通いなのだった。そんなに遠くはないとはいえ

暗い中不安じゃないだろうか、と二人に問いかけるも「慣れてるから」という

一言で終わった。

 

 家も近いから何か起こる不安もないらしい。ある意味、二人の仲がうらやましかった。

いや、私にもそんな時期があったのだ。双子の姉と…。こんな距離だったら

ちょうどよかったのかな。

 

 そんな考えを持ちながら私は一人帰路についた。

今日の残りの時間は叶ちゃんのために使える。切ない気持ちの中でもその楽しみの

おかげで私の足取りは重くなくて済むのだった。

 

説明
先輩とのデート回。残り少ない時間どう過ごすのか考える雪乃。
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