SF連載コメディ/さいえなじっく☆ガールACT:33
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 亜郎は思った。奇妙なアングルだ。ひざ枕してくれているのは、数日前まで言葉さえ交わしたことのない一学年上級の女子生徒であり、今、自分はその彼女の色白なあごを真下からぼんやりと見つめている。

 その彼女の向こうには、ぶち抜けた天井を通して初夏の濃い青色の空が見える。白い雲とのコントラストが綺麗だった。

 興奮しすぎた反動か、それとも鼻血の大量出血でへばったのか、脳に酸素が行き渡らないからか。彼女のあごは手を伸ばせば触れられる所にあるのに、視界はまるで逆さに覗いた望遠鏡の景色のように遠くに感じる。

 

 一心同体とも言える密着度のおかげで声も彼女の身体を通じて振動さえ伝わってくるのに、どうにもボーッとして何を話しているのか、両手で耳をふさいでいるかのような遠い聴こえ方しかしない。

 ほづみと会話しているんだろう。柔らかな曲線を描く夕美のあごが動いている。ときおり、夕美の甘い息づかいも感じられる。ジーンズを通してはいても少しひんやりとしたひざの、堅めの弾力も心地いい。

 さっきまでの興奮がウソのように安らいでいる。まるで夢見心地だ。

 ふと、亜郎はこの感覚に懐かしさを憶えた。それは幼い頃の母のひざの記憶か。

 

 漠然とした懐かしさの記憶が、酸素不足の脳の中である形を認識させるきっかけを作った。それは目の前にある、なだらかなふくらみだった。

 それは夕美が呼吸するたびにゆっくりと前後に息づく。

 男にとって異性の象徴であると同時に、懐かしい母の象徴。

 幼い頃、抱きしめられた時の温かくて柔らかな感触。心強い護りに包まれた安心感と、永遠の慈しみを感じさせてくれる、懐かしい母のぬくもり。

 

 その瞬間である。ノスタルジックな古い記憶が引き金になって、不足している酸素の代わりに身体のどこからかアドレナリンが亜郎の脳に急速注入されたらしい。おかげで大脳皮質が活性化して、ま新しい記憶がありありと浮かび上がってきた。

 亜郎は思わず目を閉じた。

 そうだ、あの時。あの時、青白い光の中で裸のままでとっさに亜郎を抱きしめながら必至に崩れてくる天井や屋根から守っていた夕美の姿。それはただひたすら他の命を守ろうとする母性そのものだった。

 まして不思議なことに青白い光は夕美自身が発していた。薄れ行く意識の中で亜郎はまさに聖母、はたまた菩薩とはこんな姿なのかと思った。ただし、顔や姿は夕美であり、しかも全裸だったが。

(夢じゃない。夢なんかじゃない。たしかに非現実的なビジュアルだったけど、あの時抱きしめられてたときの柔らかな感覚は───そうだ、それにこの匂い。セッケンのようだけど、セッケンとは違う甘さがあって…)

 脳細胞に次いで、アドレナリンは身体にも行き渡りつつあった。五感も戻る。いまや、亜郎は自分を膝枕してくれている夕美を全身全霊で感じていた。

(これは、夕美さんの香りなんだ)

 それに気づいたとたんに急速に心拍数が上がり、そのあまりの勢いにこめかみのあたりが音を立てて脈を打ち始めた。身体もイロイロ反応しはじめている。いま自分の置かれている立場を考えたらかなりヤバイ状況だということにも気がついた。なんとかしないと………と、再び目を開けた。

 

 その心臓が止まるほど驚いた。夕美がいつの間にか膝の上にある亜郎の顔をじっと覗き込んでいたからだ。

 

「鼻血、止まったみたいやね」と夕美はやさしく微笑んだ。

 

 次の瞬間、ズキューンと音がして頭のてっぺんから足の先まで、亜郎の全身を何かが貫いた。

 

 

「起きられる?鼻血止まったばっかしやからまだ顔を洗うのはヤバいやろけど、そのまんまやったらまるで撲殺された死体やわ。エライことなっとるで。あ、待っとり、濡れタオル持って来たげるさかい」

 そういうと夕美は、茫然自失となっている亜郎の頭を膝からそっと降ろして半分だけ残っているキッチンへたった。こうして唐突に亜郎の至福の時は終わったが、これ以上この状況が続けば逆にまた出血しただろう。

 止まったかと思っていた心臓は、今では全力疾走したあとのように脈打っていた。顔が熱い。

「おい、おまえ」キッチン…があった所の夕美から自分たちの姿が見えないのを見計らって耕介が迫ってきた。亜郎は上がりかまちに横たわったままなので、車椅子に轢かれたりぶつけられる心配はなかったが、車椅子を横付けにした耕介は身体をよじって亜郎を見下ろす形になっている。なんて気味の悪い構図だろうか。同じように見下ろされているだけなのに、夕美の場合とは雲泥の差だ。

「は…、はあ」

「た、タダで済むと思うなよ。人の大事な娘に手ぇ出しやがって」

「ただ!? て?ててててて、てを出すなんて」

「しっかり見たやないか、夕美のヌード。しかも夕美に抱きしめられて」

「………あ………」亜郎はあらためて思い出した。「そ、そうだ。そうですよ!お父さん!!!」

「だ、誰がお父さんやっっっっっっ」

「ぢゃ、須藤さん。」

「馴れ馴れしいわい」

「何て呼べばいいんですか」

「こ、耕ちゃん、かな」意地悪から出た台詞だったが、耕介は自分で自分の言葉に照れていた。

「じゃ、耕ちゃん」

「──────あ、あほ。冗談に決まっとるやろう。そこは『んなアホな』て突っ込むとこやないか。ほんま冗談の通じん奴っちゃな、…なんや!?」

「さっきは僕を騙そうとしましたね」

「あー、そのことか…失敗したけど、それかてお前の為なんやぞ」

「どうだか。怪しすぎますよ、ここでやってる研究は。」

「研究に怪しいも怪しないもあるかい。理解でけへん者にとってはコウジカビの研究かて細菌兵器の製造に見えるんじゃ」

「家一軒消してしまうような恐ろしいチカラを作るのが怪しくないとでも?」

「あほ、そんなもんとちゃうわい。その真逆じゃ。だいたい、おまえはそのチカラに助けて貰うたんやないか」

「うっ」

「そもそもお前はウチに何しにきたんや。あの夜中になんでこんなトコにおったんや。まさか山の上まで来といて『道に迷いました』とは言わさへんぞ」

「うううっ。」

 しまった、と思った。藪をつついて蛇を出すとはこのことだ。しかもあの時色々考えた言い訳はどれも不自然なものばかりで自ら却下したほどだ。

「はううううううううううう。」

 さっきの夕美のことで急上昇した血圧は、今耕介の尋問によって急降下した。なもんで、急激な身体の変化について行けずに亜郎は身体を横たえているにもかかわらず、目を回しはじめた。

 

 

〈ACT:34へ続く〉

 

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 (作者:羽場秋都 拝)

 

 

説明
毎週日曜深夜更新!フツーの女子高生だったアタシはフツーでないオヤジのせいで、フツーでない“ふぁいといっぱ?つ!!”なヒロインになる…お話、連載その33。
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