天馬†行空 三十九話目 その背中に全てを負って
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 夜露が天幕をしとどに濡らす、寒い夜。

 

「ん〜……んふふふふ斗詩ぃ〜」

 

 易京の砦から三十里ほど南にある陣の真ん中に張られた天幕で、猪々子は幸せそうな顔で寝言を漏らしていた。

 また、陣を見回してみても歩哨に立つ僅かな兵以外は全員が猪々子と同じ様に熟睡している。

 なかには泥酔して大鼾をかいている者さえも。

 歩哨も、敵など攻めて来る訳がないと言わんばかりの態度で真面目に見張りなどしてはいなかった。

 それどころか寒さを紛らわす為、全員が集まって酒を呑み、談笑している。

 完全に、陣全体が弛緩しきっていた。

 理由は明白、ここまでに重ねた五度にわたる勝利である。

 公孫賛麾下で幽州きっての猛将と呼ばれる陳到でさえも、名族袁家が誇る武の二枚看板が一人、文醜率いる軍の前には無力だった。

 公孫の軍、恐るるに足らず――これが、文醜隊全員の認識である。

 開戦当初から疾風怒濤の勢いで進軍し、袁紹率いる本隊からは大分突出してしまっているが文醜は何の心配もしていなかった。

 物資は、後方に築かれた陣から途切れる事無く送られて来ている。

 それが証拠に今居る陣を含め、ここまでに奪った五つの陣には既に軍需物資が運び込まれていた。

 加えて袁紹本隊には顔良が控えており、易京の砦を攻める際には合流する事になっている。

 

 ――されば、戦略に些かの瑕も無し。

 砦を落とすのには時間が掛かるかもしれないが、今の士気と戦力差を考えれば何の問題も無いだろう。

 数日もすれば砦は落ち、幽州になだれこんだ自軍が各地を制圧し、河北一帯は袁紹が治める地となる筈だ。

 その時には先陣を切った文醜将軍とその麾下で戦った自分達は戦功第一と評され、莫大な恩賞に預かれるのだと兵士達は思っていた。

 

 ――そう、思っていたのだ。

 

「う〜ん……なんだぁ?」

 

「ん? どうしたよ?」

 

「いや、なんか光っ――げっ!?」

 

「お、おい――げひゃっ!」

 

「て、敵しゅ――ぎゃあ!?」

 

「陳将軍、見張りは始末致しました」

 

「よし――皆の者、今まで良く我慢してくれた。これより陳到隊五千、火の玉となりて敵陣を衝かん!」

 

『応っ!』

 

「吶喊!」

 

 ――馬蹄の音が陣中に響き渡る、その時までは。

 

 

 

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「そちらから仕掛けて来たと言うのに、随分と虫のいい話ですね」

 

「……」

 

 頭上から掛けられる底冷えのする声に、孫策軍の使者――明命はただ只管平伏したままで控えていた。

 先程渡した密書を一読した広陵城の代表――朱里は殊更に冷たい声色で使者と相対する。

 

「ですが、こちらも徒に兵を損じる心算はありません。よって、条件次第ではそちらの策に乗っても良いと考えています」

 

「条件、ですか?」

 

「ええ。こちらは孫家の軍とは混戦にならぬ限り、戦を仕掛けるつもりはありません」

 

 事務的な口調のまま朱里が告げた言葉に、明命は内心で安堵の吐息を漏らした――。

 

「……承り」「ですが、袁術軍にも積極的に攻勢を掛ける心算はありません」

 

 が、了承の意を伝えようとした矢先に挟まれた言葉を聞いて思わず顔を上げる。

 困惑と疑問を面に浮かべた明命に、朱里は事も無く二の句を告げた。

 

「但し、袁術軍が広陵城に攻め寄せるのであれば当然防戦はしますが」

 

 朱里の口から放たれた至極当然な言葉を聞き、明命は完全にハテナ顔になってしまう。

 

「周泰さん、先程の私の言葉を一字一句違えず周瑜さんにお伝え下さい。それで孫家と我が軍の戦いは避けられる筈です」

 

 混乱している使者を見た朱里は自身の言を竹簡に記して預けた。

 最後まで何が何やらと言った風情だった少女の後姿を見送り、

 

(後は孫家の皆さんの地力と秣陵以南の協力者が袁術さんを打ち砕くでしょう。万一、孫策さんが下策を採ったとしても――)

 

 広陵城の左右にある山、そこに待機している関羽と陳登の軍を思い浮かべて口元に微かな笑みを浮かべる朱里。

 

(――多少、手間が増える程度の事ですし)

 

 腕組みをして新たな思索に耽る彼女の顔は、冷徹な、軍師としての表情に変わっていた。

 

 

 

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 ――さて、ここで時を遡り、一刀達が?城攻略に取り掛かっている頃の洛陽に場面を移す。

 

 

 

 

 

 一見、儒教を否定したかのように思える新しい人材登用法令だが、そのような意図は無いと司馬懿は考える。

 この法令は驕った儒者への戒めであり、また、儒教の元で封殺されてきた異才を発掘するものである、と。

 以前の法では、儒の教えに篤い者ほど官に選出され易いというものだった。

 しかしながら……いや、当然と言うべきか、中央での栄華を望む小人物はこぞって偽善的な行い(推薦される為に民への施しを頻繁に行うなど)や、形ばかりの礼節を身に付けて自己を高く見せようとする。

 中には”本物”も居たのだろうが……霊帝の売官、宦官や外戚による権力争い、地方役人の腐敗が進んでいたこの時代では先に述べた者ばかりが登用されていた。

 当然の帰結として、中央の腐敗は更に進み、そこでは孔子が掲げた儒教の精神が欠片も無い政が行われる。

 これこそが霊帝の御世における政治の姿だった。

 

 故にこそ、悪しき連鎖を断ち切るために幼き主は英断に踏み切ったのだ。

 儒を最も重んじるべき――皇帝という立場にあるというのにである。

 あの布令を河内の実家で読んだ時、司馬懿はすぐに立たねばと直感した。

 布令に応じた理由には、曹操から来ていた登用の誘いに興味が無かったこともある。

 自室で口にしたように、酔狂にも程がある新帝に興味が湧いたということもある。

 だが、急ぎ洛陽に向かった最大の理由は劉焉、劉表らに大義を与えぬ為であった。

 霊帝が崩御して後、続く反董卓連合の動乱の際には劉焉は天子にならんと欲して策動していたし、劉表は都の混乱を他所に交州を手に入れんとその一郡(蒼梧)に自身の息が掛かった者を派遣して領土の拡大を謀らんとしていたのだ。

 未だ天下に名乗りを上げていなかった司馬懿であったが、河内を訪れる行商人や付き合いのあった士人からの手紙などで有力な豪族の動きは掴むようにしていた。

 そういった事情を把握していたからこそ、野心多き連中は儒教を蔑ろにしている(と、物事を深く考えられない者達は思うであろう)新帝に対して世論を煽り、漢王朝を潰さんと動くのでは? と仲達は分析していたのである。

 これらの推測を親兄弟に伝えた仲達は、代々王朝に仕えて高官を輩出した名門司馬家に生まれ「司馬八達」とも呼ばれる自分が素早く布令に応じることで世の心ある儒者達へ新帝劉協が成す革新の正当性を示そうとしたのだ。

 折好く、都へは考廉(儒教の色濃い人材登用制度)で推挙されたこともある董昭、名士として知られた祖父を持ち、自身もまた考廉に推挙されて官職を得た鍾?とその子鍾会――やや遅れて姉の((司馬朗|しばろう))、妹の((司馬孚|しばふ))らも駆け付けていた。

 

 これらの人材が新たな政権下で官位を与えられたのが功を奏したのか、都へと仕官に訪れる名士、儒者は増えつつある。

 霊帝時代の試験と同じと勘違いして驕り高ぶった態度で訪れる者達はその悉くが面接すら許されず追い出され、新たな時代を築く為の才を揮わんと望む者達は儒者やそうでない者を問わず登用された。

 登用を断られた愚者達は劉協と、劉協を陰で操っている(と彼らは思い込んでいる)「天の御遣い」北郷一刀の悪評を流さんとするが、洛陽やその周辺の郡では劉協と天の御遣いの人気は天を焦がさんばかりに熱烈なものであり、酒家や往来で流言しようとして街の住民(子供や老人も含む)から石を投げられるなどの目に遭ったと言う。

 結果、腐れ儒者達は旧態然とした考え方をしている豪族(袁紹、劉表、劉焉など)の庇護を求めて各地に散っていった。

 劉焉は当然として、袁紹は都を追われた自称名士共に煽られ野心を顕にするであろうし、劉表も勅命を不服として王朝の悪評を流すに違いない。

 実際に劉表は董卓と天の御遣いについて、根も葉もない風聞を流そうとしていた――それが、完全に自らの命脈を縮めたとも知らずに。

 

(まあ――詮無き事、かね)

 

 司馬懿は劉表らに心からの憐憫を抱きながら頭を振り、意識を現実へと戻した。

 今、主の下にとある人物が訪ねて来ている。

 

(さて――と)

 

 地方豪族の中でも袁紹と並んで力を持つ者の一人――主劉協の対面に座る曹孟徳の姿を紅玉に映したまま、司馬懿は今後の展開へ思考を飛ばした。

 

(――曹操、アンタは我が主と相対して尚、覇道を往く者でいられるかな?)

 

 

 

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 三度目の邂逅にして、華琳は眼前の人物から発せられる雰囲気に呑まれそうになっていた。

 穏やかな表情と、静かな佇まいは流石に皇族と思わせるものがあるが、

 

(これが、齢十五にも満たぬ者が持つ空気なのか――!)

 

 連合の折に謁見した時よりも更に大人びて――いや、そんな生易しいものではない。

 まるで――そう、老獪な政治家、とでも言うのだろうか。

 そう言った存在に比する空気を纏った少女と相対した華琳は、以前感じた――射抜かれるような劉協の笑顔を思い出して身を震わせる。

 北郷一刀が宣言したひと月。

 華琳が再軍備と内政に費やしたそのわずかな期間で、彼女が最も興味を持つ二人の人物の内の一人は、

 

「どうした曹操? 訪ねたい事が有るのではなかったか? こうしている間にも時は過ぎる。朕もあまりゆっくりとは出来ぬ身なのでな」

 

 泰山の如くどっしりとした、些かも揺るがぬ格を身に付けるまでの成長を果たし(たと華琳は思った)、穏やかな口調のままで華琳を促した。

 

「……申し訳御座いません。では……僭越ながらこの曹孟徳、陛下にお尋ねしたき儀が御座います」

 

「申せ」

 

「ひと月前に天下へ発せられた登用令についてで御座います――何ゆえ、陛下は今までの社稷のあり方を否定なさるような法令を制定されたのか、と」

 

 本心ではない――嘗ての予想通り、反董卓連合後に王朝が形骸化していた時は華琳が成そうとしていた制度なのだから。

 

「天の御遣い殿が都を脅かした動乱を沈め、乱世は収束せんとしていた筈です――何ゆえに今、四海の諸侯に反王朝の火種を与えられますか」

 

 未だ乱世は収束しない、と華琳は考える。

 連合後の裁定は、諸侯の――取り立てて言えば袁紹の野心を煽るようなものであったから。

 そこに加えて、袁紹などのような――代々続いて高い官職を輩出した一族というだけで、本人の実力が伴わぬ連中には免官とも取れる法令。

 火種に加え、油すらも注ぐような状況を作り出す皇帝の真意は如何なるものか?

 

 ――もし、もしもだ。

 

 更なる戦の種を蒔いたやもしれぬこの少女が、その先を見据えていたのだとしたら――。

 

 そしてそれが、華琳の思い描く天下の形なのだとしたら――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「陛下、曹操めの疑問にお答えを戴けますでしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――私の、歩む道は。

 

 

 

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 ――益州、成都。

 

 城の外で、合流した韓遂さんや馬超さんを含めた俺達全員は異形の軍と対峙していた。

 五胡。その中でも西涼と関わりのある羌族の軍。

 口元のみが見える白い仮面には血の涙を流しているかのような紅い線が走っている。

 携えている武具もまた独特な物だ。

 何かの骨か牙を加工したのだろうか? 幅の広い鉈のような形状の剣。

 先頭に立つ仮面の女性とすぐ後ろに控える二人の女性を除いて、整列する全員が同じ装備で静かに佇んでいた。

 ざっと二万は居るだろうか、彼らの軍を前に緊張を隠せない。

 

「((汝|うぬ))がこの軍の頭か」

 

 仮面に遮られてくぐもってはいるが、よく響く、(仮面の所為でよく判らないが)意外と若い声が先頭の女性から放たれた。

 

「はい、北郷一刀と言います」

 

「羌の王、((徹里吉|てつりきつ))だ――そうか、そちが都に現れたとか言う貴人とやらか」

 

 顔全体を隠す仮面は、白と黒の半分に塗り別けられている以外は他の人達と共通している。

 後ろの二人は、額の凸部分が黒く塗られていた。

 

「これは((越吉|えっきつ))と((雅丹|がたん))。さて、早速ではあるが韓遂よ、約定を果たしてもらおう」

 

「やれやれ、相も変わらずせっかちじゃのう」

 

「国を空にし続けるわけにはいかんからな。我等を謀り、盟約を踏みにじった劉焉とその((輩|ともがら))は討ち破った。後は報酬を得て帰るだけだ」

 

 軽く会釈する二人の女性を紹介すると、徹里吉さんは韓遂さんに向き直る。

 韓遂さんは苦笑混じりに腕組みするが、羌の王様はそっけなく返事をするだけだ。

 

「解っとるわ――いつも通り、米と酒を人数分じゃろうが」

 

「それでいい、では――」

 

 っと、ここで帰って貰っちゃ困る。

 

「待って下さい羌族の王よ。私達からも一つ、貴方方に報いるものがあります」

 

「ぬ? そちも何か寄越すと言うのか?」

 

 今にも踵を返してさっさと帰ろうとしていた羌軍に声を掛けると、徹里吉さんは振り返ると不思議そうな声を上げた。

 

「ええ、私達からは――」

 

 ちらりと後ろを振り返り、”羌族への報酬”が連れて来られるのを確認し、

 

「貴女達との約束を破った劉焉と、その子劉璋、そして東州兵を率いていた?義をそちらへ引き渡します」

 

 仮面越しにもそれと判る程大きく目を見開いて、黒いオーラ(おそらくは怒気だろう)を纏い始めた徹里吉さんに宣言する。

 

「…………北郷一刀、だったな」

 

「はい」

 

「そちに感謝を。――韓遂」

 

「なんじゃ?」

 

 静かに俺の名を呼んだ徹里吉さんは、そのまま深く頭を下げた。

 気が付けば、越吉さんと雅丹さん、付き従う人達全員が頭を下げている。

 すっ、と顔を上げて羌王は韓遂さんを呼ぶ。

 

「此度の報酬は要らぬ――一刀より、報いきれぬ程のモノを貰った故な」

 

「……そうか」

 

 俺と視線を合わせたまま、先程までより幾分柔らかい声で韓遂さんに告げる徹里吉さん。

 応じる韓遂さんは、一つ頷くと何故か満面の笑みを浮かべて俺を見た。

 

「羌は恩には恩で報いる。一刀よ、これより先そちに危難が訪れし時は我等を呼ぶが良い。必ずや力と成ろう」

 

「有り難う御座います、羌王よ」

 

 馬から降りて、”拱手する”徹里吉さんと羌の皆さんに、俺達もまた拱手する。

 

「これが、報い――――李権様、ようやく……ようやく貴方の仇を討てました」

 

 泣き叫ぶ劉焉達を引っ立てて行く羌の軍を見送る中、夕が小さくそう呟いたのが聞こえた。

 

 

 

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「な、ななな」

 

 早朝、未だ朝日も昇りきらぬ刻限。

 

「なぁんですってぇ!!!!!?」

 

 目も眩みそうな程に金糸で飾り立てられた天幕から、鶏よりも甲高い声が響き渡る。

 

「文醜さん……それでは貴女、眠りこけていて敵襲を許したばかりか、今まで取った陣を一夜の内にす・べ・て奪い返された、と?」

 

「いや、その、あ、あはははは……」

 

「あはははは……ではありませんわ!! 袁家の将、しかも顔良さんと並んで我が軍の双璧たる貴女が何という体たらくですの!!?」

 

 麗羽の叱責が、汚れの一つも無い鎧を着た猪々子に突き刺さった。

 こう説明すると誤解されるだろうから文醜の名誉の為に弁解しておこう。

 彼女は戦わなかった訳ではない、のだが。

 敵襲に気付き、起床して戦おうとした彼女の反応よりも、敵が速過ぎたのだ。

 陳到は号令を掛けると迅雷の如く陣の要所を衝き、兵の混乱を煽って退却させた。

 鎧を身に着ける暇も無く、刀だけを携えた文醜が号令を掛けようとした頃にはすでに大勢は決していたのだ。

 

 そこからは、山肌に雪玉を転がすかのごとき速さで戦況は進んでいった。

 袁紹が語った戦の内容にもあるように、陳到は一夜の内に神速の用兵術を見せて五つの陣全てを奪い返したのである。

 軍を率いる陳到どころか麾下の兵卒すら鬼気迫る強さを見せた敵軍を目の当たりにし、混乱の極地に達した文醜隊の兵士達はその悉くが討たれるか離散した。

 兵の統率すら出来ず、文醜はただ逃げるしかなかったのだ。

 

「し・か・も!! 運び込んだ物資が全て奪われたんですのよ!! 文醜さん! 貴女、責任を取ってもう一度陣を奪い返しなさい!!!」

 

 更には、後方の基地から送られて来ていた大量の食料と武具が全て敵の手に落ちている。

 二重の意味で文醜は責められ、縮こまっていた。

 

「まったく!! 顔良さん! 文醜さんだけでは心配ですわ、貴女も出陣なさい!!」

 

「……はい」

 

 イラつく袁紹は傍らに控えていた斗詩に出陣を命じるが、事務的な口調で了解の意を示した顔良の冷めた様子には気付かない。

 

「文醜さん、今度失敗した時は……解ってますわね?」

 

「わ、解りましたっ!」

 

 猪々子もまた、そんな親友の様子には気付かず、焦りの色を滲ませて返事をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こりゃまた、すごい戦利品だな」

 

 易京の砦に続く五つの陣、奪い返したその二つ目の陣を訪れていた白蓮は運び込まれていた糧食や武具の山を見て感嘆の声を漏らす。

 二つ目で、既に二万の軍を五日は食わせていけそうな程の食料が手に入った為か、付き従う兵士達にも驚きが見える。

 そんな中、著莪だけは常と変わらぬ冷静な様子で口を開いた。

 

「ご主人殿、このように小さな戦果に気を取られないで下さい。本命はこの後です、急ぎ斎姫殿に合流しますよ?」

 

「わ、解ってるさ沮授……ちょっと言って見ただけだってば」

 

 右腕と恃む軍師に窘められ、白蓮は僅かに肩を落とす。

 

(さて――柚子殿、次の作戦はお任せしましたよ)

 

 しゅんとした様子の主君を見て兵士達の緊張が解け、場が和む。

 沮授はそれを微笑ましく見ながら、袁紹軍の本陣から少し西へ離れた場所――すなわち、この五つの陣へ物資を供出していた基地のある方角に意識を向けていた。

 

 

 

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「そうか、諸葛亮はそう言ったのか」

 

「は、はいっ!」

 

 広陵城より五里、孫策たちの待つ場所へと帰還した明命は即座に書簡を冥琳へと手渡した。

 明命の報告と併せて書簡に目を通していた冥琳は読み終えると静かに吐息を漏らす。

 安堵、落胆のどちらとも取れるその吐息に、明命は自身の責任であるかのように身を縮こまらせた。

 

「で、何て言って来たの向こうさんは?」

 

「見てみろ」

 

 明命の萎縮した様子を見かねてか、軽い口調で訊ねる雪蓮に書簡を渡す冥琳。

 

「ん〜…………って何これ? 条件次第とか言ってた割には条件なんて書いてないじゃない」

 

「ああ、そうだな」

 

 条件次第ではこちらの策に乗る、と諸葛亮は言ったという。

 つまり彼女は、孫家が袁術に牙を剥くつもりであるのを見抜いているのだ。

 だが、肝心の書簡にはその条件は提示されておらず、その代わりに書いてあるのはごく当然の事柄だけ。

 

「条件と言うよりは選択肢、だな。一つは劉備軍と共に袁術を挟撃する手、もう一つは劉備軍を背にして袁術と対峙する手だ」

 

「だって諸葛亮は袁術軍とも事を構えるつもりは無いって――――ああ、そういう事」

 

 合点がいかないといった風な雪蓮に冥琳が返答すると、孫家棟梁は眉根を寄せ――しばらく後に得心がいったように吐息を漏らした。

 

「面倒ねぇ……」

 

「仕方あるまいよ、劉備軍にとっては益の無い戦だからな。故に、我等が袁術を前に押し出すか、それとも初めから袁術に宣戦するか――その何れかをハッキリさせたいのだろうよ」

 

「この場は袁術と組んで徐州を攻める、とかは考えなかったのかしら?」

 

 盲点を突いた、と言わんばかりのしたり顔をする雪蓮に冥琳は大きく溜め息を吐いて眼鏡を上げる。

 

「下策だな……徐州は得られてもその後が不味い、公孫賛と天の御遣い、自動的に董卓……更には都すらも敵に回す事になるぞ」

 

「解ってるわよ〜……言ってみただけじゃない」

 

 本当に冗談なのかと眉間を揉み解した冥琳は、城の東西に位置する山々を目にして視線を親友に戻す。

 

「さて、あまり長引かせると双方痺れを切らしかねん。決断するぞ、雪蓮」

 

「は〜い、はい」

 

「はい、は一回だ」

 

 状況は切羽詰っているが、どこまでもマイペースな親友の様子に、冥琳は笑みを浮かべる余裕を取り戻した。

 

 

 

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「見定める為だ。乱世の後、続く新たな世に築かれる国を創ってゆく者達のな」

 

 至極あっさりと、皇帝は答える。

 

「反対する者は当然居るであろうな――先代、先々代から続く腐れた政に慣れた輩などは特に、な。だが、それが何だというのだ曹操よ」

 

「な――」

 

「儒の教えから、聞こえの良い文言だけを抜き出して大義を嘯く輩などには屈さぬよ。屈すれば、腐った世を変えようとして散っていった者達に笑われるわ」

 

 語気が強くなる――と同時に、幼い皇帝が発する”圧”もまた強くなった。

 

 

「儒教は確かに一つの真理を示している教えだとは思う――が、それは政治と直結して良いものか?」

 

 

 それは。

 

 

 

「親兄弟が死せば、儒は厚く弔うを勧めておる。だが、困窮している民にそのような葬儀を行う余裕があるか?」

 

 

 

 ――それは。

 

 

 

 

「政とは、儒教における道徳を実現する為の道具なのか? ――答えよ、曹操っ!」

 

 

 

 

 ッ! ――――それはッ!

 

 

 

 

「良い訳は無い……余裕なんて有る訳がない……政は儒教の為ではなく、民の為にあるモノ。――――答えは否よッ!!!」

 

「良くぞ申したッ!!!」

 

 魂を吐き出すように返答した華琳を誰もが驚きの目で見つめる中、劉伯和だけが真っ直ぐに見つめていた。

 はぁはぁ、と息を荒げる曹操に一つ頷いた劉協は、やにわに立ち上がると踵を返す。

 

「これにて、謁見は終わりぬ」

 

「――っ」

 

 短く告げて部屋を後にしようとする幼き皇帝に、華琳は息を整えて言葉を発しようとするが、

 

「曹操」

 

 背を向けたままの一言で止められた。

 

「――は、はっ!」

 

 かろうじて返事をした華琳に背を向けたまま、愛蓮が告げる。

 

 

 

 

 

「――先に行って待っておるぞ」

 

(――――!!)

 

 静かな、しかし想いの篭ったその一言が、

 

「御意っ!」

 

 華琳の裡に、熱を取り戻させた。

 

 

 

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 あとがき

 

 お待たせしました。天馬†行空 三十九――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぬ、こちらで読者諸兄に会うのは初めてだな。阿蘇阿蘇編集長、韓玄だ。

 今回は作者殿に(物理的に)直接談判し、告知をさせて頂く為に参上した次第。

 さて、早速ではあるが……遂に「阿蘇阿蘇特別増刊号:天の御遣い大特集」が仕上がったぞ!

 ついては、次回の講釈をこの特別増刊号の発刊とそれを購買した各地の乙女達の反応で占拠したいと思う。

 読者諸兄からの反対意見が無いようであれば、この線で次回は行かせてもらおうかと愚考する次第だ。

 

 

 

 

 

 ――――ぬ? どうしたオウサンサン?

 まだ仕上がってません編集長! それと私は((王粲|おうさん))です! その呼び方は止めて下さいと――

 ――だからどうしたのだオウサンサーン?

 伸ばさないで下さいッ!! 誤植ですッ! 編集長が担当した記事、誤字が多すぎです!

 ぬぬぬ、それはマズイな朝までに直せるかオウサンサ〜ぶべら!?

 い・い・か・げ・ん・に、して下さーい!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こ、今回は、小話は……無し、です(作者より)

 

 

 

 

説明
 真・恋姫†無双の二次創作小説で、処女作です。
 のんびりなペースで投稿しています。

 一話目からこちら、閲覧頂き有り難う御座います。 
 皆様から頂ける支援、コメントが作品の力となっております。

 2ページ目、名称を統一しました。(2013/11/13)

 ※注意
 主人公は一刀ですが、オリキャラが多めに出ます。
 また、ストーリー展開も独自のものとなっております。
 苦手な方は読むのを控えられることを強くオススメします。

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コメント
>禁玉⇒金球さん この結果は韓遂を動かした時点で決めておりました。孔明は……まあ、偶には軍師らしい冷酷さを出さねばと思った次第です。(赤糸)
こいつ等好きにしちまいなときましたか、きっと女か恋姫ならどんな暴君でも助かったでしょうが…。諸葛がイイ性格してますがまさに自分を棚上げ的に見えちゃうかもいやその過去を考えるとね。(禁玉⇒金球)
>nakuさん 次回の為に今回は小話なしでしたw という訳で次回は、阿蘇阿蘇を読んだ恋姫たちの反応をお届けします(赤糸)
>PONさん 白蓮が編集長に遭遇すれば……コウソンサンサンは確実か……w(赤糸)
オウサンサンが一瞬コウソンサンに見えたw顔良の冷めた顔が気になります。さて、ここの華琳はそれでも覇王足らんとする覇道(笑)華琳か否か・・・(PON)
>summonさん ここからは各地の戦を一つずつ消化していくとします。ですが先ずは次回ですね。(赤糸)
>牛乳魔人さん あー……立ってましたねぇ……ちくせう(赤糸)
各地でいろいろと起こっていますね。しかし、斗詩が冷めた表情をしているのが…次回の番外編も楽しみにしています!(summon)
一刀さん、羌王にもフラグ立ててない?ちくせう・・・一刀さんはハジけて混ざれ(牛乳魔人)
>Alice.Magicさん 一刀以外はほとんど喋らなかったというw しかし、次回の特別番外ではしっかり出番がある予定です。(赤糸)
>陸奥守さん 最後では感情が出てしまい、敬語じゃなくなりました。加えて、あの場面では本音で語らせた方が良い、と判断したのもあります。(赤糸)
>メガネオオカミさん 番外を挟んでしばらくは益州以外の話が主になりますねぇ――――って、華佗はいいとして他二人は呼んじゃ駄目ダー!!?(赤糸)
>kazさん 次は編集長が一話全部を占拠するはずですw そして割と切実に華佗さんが必要な昨今w(赤糸)
>いたさん 統一しすぎるのも……と思ってわざとばらしてみましたが、やはり拙かったかな……。(赤糸)
さて、乱世の肝雄は治世の能臣になることが出来るのか・・・そして出番がなかった益州勢w(Alice.Magic)
皇帝と話してるのだから華琳の台詞はちゃんと敬語にしたほうが良いと思うんだ。まあ敬語じゃないほうが、華琳らしいし言葉に魂こもってるように表現されていると思うけど。(陸奥守)
種馬はしばらくリフレッシュ(意味深)しなくちゃいけないから、次からは月達が主役かな? 劉表陣営が描写されていないのが少し不気味だけど……。まあ、本文中の様子では自滅の道まっしぐらのようですがw 追伸)赤糸様、ご無事ですか!? とりあえず華佗と貂蝉と卑弥呼を呼んでおきますね!(メガネオオカミ)
「24」ばりに各地でワクテカドラマが展開してますね〜。次も楽しみです!次回は小話から1話まるまる番外編ですか?ガンガレ編集長!そして作者が物理的にピンチだ!華陀ァー!早く来てくれぇー!(kazo)
まずは、誤字報告です。始めの朱里と明命の会話と説明文章の真名と名前が統一していません。今回も楽しく読ませていただきました。(いた)
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