call your name 2
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 双腕に例えられる姉妹は、無言で立ち尽くす。

 主の心中を汲めないが故に。

 

 

 近衛を率いる二人は、無邪気に笑い合う。

 声よ届けと願いながら。

 

 

 智謀を持って尽くす軍師は、不満げに吐息を吐く。

 喜怒哀楽を御せない苛立ちを添えて。

 

 

 烏と称される部下たちは、いつものように街を歩く。

 その意味と価値を教えてくれた人の為に。

 

 

 神速を轟かせる将は、愛馬と共に駆ける。

 まだ事の起こりを知るはずも無く。

 

 

 神算と名高き二人の知将は、積まれる政をこなす。

 自分たちの役割を確認するかの様に。

 

 

 覇王となった少女は、静かに見つめる。

 寝台に横たわる少年の閉じられた瞳を。

 

 

 

 

 御使いと呼ばれた少年は、また夢に見る。

 かつて走り抜けた物語の続きを。

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 その日。曹魏の王であり三国の盟主でもある華琳は、いつもの様に頬を濡らしながら目を覚ました。

 男など、と思っていた自分の心に深々と楔を打ち込み、そして消えた人の夢を見た日は、いつもこうだ。

 覇者たる者が何たる様……と自嘲せずにはいられないが、したところでこぼれた涙は返しようがない。

 そう――盆からこぼれた水は、決して盆には戻らない。

 

「……一刀……」

 

 華琳は寝台の上に身を起こし、自らの手で己が肩を抱き、肢体を震わせる。

 この世で只一人、心を開き身を許した男が消えて、二週間。

 まだ傷口は、塞がりそうになかった――。

 

「――ではこの案に関してはそのように。次の奏上は?」

「華琳さま、そろそろ昼になります。一度休みを挟まれては?」

「そうです華琳さま。政務に励まれるのは結構ですが、ご自愛もお忘れなきよう」

 

 朝起きてから、没頭するように政務に取り組み続ける華琳を見かねたのか、補佐として共に作業にかかっていた秋蘭と桂花がそれぞれ進言する。

 

「そう――もうそんな時間なの。早いわね」

 

 手の書簡から顔を上げ、ポツリと華琳がつぶやく。

 華琳自身は意識していないだろうが、その声色には素直な心情がにじんでいた。

 秋蘭も桂花も、必死で気付かない振りを貫く。もし二人が反応してしまったら、華琳は自分の気持ちをはっきり自覚してしまうだろうから。

 

「明後日から三国和平調停の記念祭です。大事の前にお身体を悪くされては、華琳さまの名声を損ねかねません。どうか、お休みを」

 

 秋蘭が重ねて奏上し、ようやく書簡を脇に置く華琳。

 その唇からふぅ、と吐息が漏れた。

 

「そうね。呼びかけた覇王が無様な姿を晒しては、二国への示しがつかないものね」

「既に用意はさせてございます。流琉をここに!」

 

 後半を傍にいた近衛兵に向けながら、桂花もそっと胸を撫で下ろした。

 胸から離した拳が、硬く握り締められる。

 総てを捧げた主が苦しんでいるというのに、自分は何もできない。ただただ、傍で覇王の弱った姿を眺めるだけ。

 そんな自分の現状と、この状況を招いた男に、目を合わせただけで殺せそうなほどの怒気を覚える。覚えるが、それはもうどうしようもない。どこにも、持っていきようがない。

 そのことに気付いて悲しみを感じている自分から、必死で目を逸らす。

 掌から血を流しそうなほど拳を震わせている桂花の姿を、気遣わしげな眼差しで見る秋蘭。しかし秋蘭自身も、心に吹き込む冷たい風をひしひしと感じていた。

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「も、申し上げます!」

 

 食事を始めた直後、伝令が息を切らせて広間に飛び込んできた。

 ようやく作った穏やかな雰囲気を乱され、華琳、桂花の表情が不機嫌なものに変わる。

 表情こそ平坦なものの、秋蘭も決していい気分でいるようには見えない。

 普段なら、伝令として飛び込んできた兵士はその空気を感じ取ってすぐ場を辞しただろう。だが、今に限って言えばそんなことを気にかけている余裕はなかった。

 

「楽進様たち調査隊がお戻りになられたのですが……なんと、御遣い様をお連れ帰りになられたと……!」

「…………!」

 

 からん、と箸の転がる音がした。

 脊髄反射行動のように椅子を立った華琳だが、その表情は妙に色に乏しい。自分が箸を落としたことにすら気付いていないようだ。

 報告に我を失ったのは秋蘭、桂花も同様だったが、すぐに表情を引き締めた。

 

「詳しく説明しなさい!」

「わかっているとは思うが……この話、冗談で済まされるものではないぞ?」

 

 声を荒げる桂花と、冷淡さを感じるくらい落ち着いた口調の秋蘭。

 

「はっ! 詳細な事情は存じませぬが、調査隊が向かった邑で御遣い様を発見したとのこと! 五胡兵の撃退も終えたので、急ぎ城へ戻られたとのことです!」

「戻っ……た?」

 

 生気の感じられない声で、華琳がつぶやく。

 不思議とその声は、広間の隅々まで響いた。

 

「私は郭門にて楽進様らをお迎えし、そのあと市中を馬で駆けて報告に上がった次第!」

 

 頭を垂れたまま兵が続けた言葉を聞いて、華琳は矢のように広間を飛び出した。

 

「お待ち下さい!」

「華琳さま!」

 

 秋蘭と桂花が呼びかけたが、華琳の耳には……心には、届いていない。

 

 少女の心には、一人の少年のことしかなかった。

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 城門では、結局昨日から一睡もしていない調査隊の面々がのろのろと荷解きを始めていた。

 

「つ……つかれ、たー……」

「このまま寝ちゃいたいなの……」

 

 ぼやきながらも、馬から降りる真桜と沙和。二人は乗っていた馬を配下に任せると、凪の馬に歩み寄った。

 

「ほな、受け取るわー」

「そっとだぞ!? 何がどうなってるか、わからないんだからな!」

 

 やる気なさげに腕を伸ばす真桜を、馬上の凪が一喝する。

 

「わかってるのー。わたしたちだって、たいちょーのことは心配なんだからー」

「せやせや。それに、そんなおっきな声出すのも、ええとは言えんのんちゃうん?」

「う……そうだな、すまない」

 

 沙和にたしなめられ、真桜に鋭く切り返され、しゅんと口をつむぐ凪。

 その腕には天の御遣い……北郷一刀が、大事そうに抱きかかえられていた。

 

 五胡兵を撃退し、邑の鎮火を終えた直後に、一刀は意識を失った。

 最初は疲れて眠っているだけだろうと撤収準備にかかっていた凪たちだが、出発できる段階になっても一刀に目覚める気配がないのを見て、じわりじわりと焦りや恐れが押し寄せてきた。

 ――ひょっとしたら、このまま目覚めないのでは? という想像が頭に浮かぶ。

 邑に留まり医者を探して連れてくるという案も出たが、そうしているうちにまたいなくなったら……という不安の方が強かった。

 結局、邑に必要最小限の兵を残し、他は皆徹夜後休む暇も無く城へととって返してきたのだった。

 

 凪から意識を失ったままの一刀を受け取り、そっと地面に下ろす二人。

 馬を飛び降りた凪が、傍にしゃがみこんで胸に耳を当てる。

 

「どんなん?」

「胸は動いてる。……呼吸もある。見たところただ眠ってるだけのようにも見えるが……これ以上は医者にでも見せないとわからないな」

「とりあえず、お部屋に運ばないとねー」

「ほんならウチと凪とで……ん?」

 

 立ち上がった凪と真桜が一刀の腕を担いで抱え上げたとき。

 城の中から、砂塵を巻き上げそうな勢いで走り寄ってくる一つの影。

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「あれは……っ」

「華琳さまー!」

 

 玉座の間を飛び出した華琳が、なんと郭門まで走って来ていた。

 見覚えのある白い服を目にして、華琳の速度が緩む。徐々に速度を落とし、最後は這うような歩みで一刀の前に立った。

 

「………………」

「………………」

「………………華琳さま」

 

 凪が、ぽつりと名を呼ぶ。

 のろのろと顔を向ける華琳。

 その表情を見て、凪は再び口を開いた。

 

「……間違いありません。わたしたちは、言葉を交わしましたから」

 

 無言で頷く真桜と沙和。

 

「この方は、紛れも無く、わたしたちの隊長……北郷、一刀さまです」

 

 静かな、しかしはっきりとした声を聞いて、ようやく華琳の手が動き出す。

 手が一刀の身体に触れたのを見て、凪と真桜が肩から腕を降ろした。

 支えを失って崩れる身体を、しっかりと抱き止める。

 温かい。

 瞳は閉じられているけれど、触れ合う胸は確かな鼓動を伝えてくれる。

 

「かずと」

 

 最初は、小さな声で、ゆっくりと

 

「かずと」

 

 次は、前より大きな、でも涙を帯びた言葉で

 

「かずと、かずと」

 

 呼びかけが連呼になり

 

「かずと、かずと。かずと、かずと」

 

 歪んでいく視界のせいで、抱きしめる腕の力が強くなって

 

「かずと、かずと、かずと、かずと、かずと、かずと」

 

 こぼれていく涙と、溢れていく思いが、止められなくなって

 

「かずと、かずと、かずと、かずと、かずと、かずと……かずとかずとかずとかずとかずとかずとかずとかずとかずとかずと……」

 

 そうして、弾けた。

 

「かずとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

説明
長い間お待たせしました。
魏ルートアフターストーリー、第二話の完成です。

ご意見・ご感想ありましたら、コメント・メッセージでお願い致します。
あれば希望・要望にも、できる限り答えていこうと思いますので。

2009.3/17 あちこち修正しました。
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コメント
カイさん>最後の華琳の台詞でしょうか……?(汗(京 司)
呪いかけてるみたいだよね(カイ)
BookWarmさん>げ……ご指摘ありがとうございます。しかし、怖かったていうのは……(京 司)
motomaruさん>そりゃ……ねぇ? あの華琳さまが箸を落とすぐらいですからw(京 司)
そりゃもう気が気じゃないよね〜(motomaru)
期待してもらえてるのは本当に嬉しいんですけど、身の回りでいろいろありまして……正直、いつ書けるかわかりません……ただ、このまま投げ出すことはしないので、どうか、お待ちください……(京 司)
気が付いたら総合ランキング入りして王冠マークいただいてました……支援してくださったみなさん、本当にありがとうございます!(京 司)
ご指摘どうもです。前回と整合性取れるように修正しました。(京 司)
続きがとても気になります!  でも。。前回って一刀倒れたんじゃなくていつの間にかねてたんじゃないでしたっけ?(祭礼)
ぬこさん、逢魔紫さん、ビスカスさん、munimuniさん、コメントありがとうございます。まぁ……出し損ねちゃったキャラもいますし、次は一月かからないようがんばります(汗(京 司)
続きがとっても気になって、早く新作こないかと待っていましたwww続きも頑張ってください!(ビスカス)
続きがとっても気になります。期待して待ってます!!(トウガ・S・ローゼン)
次回も期待しております。(ぬこ)
あー……三姉妹。すっかり忘れてました……。ちょっと扱い考えてみます……。(京 司)
すごく続きが気になります……。あと最初のところで三姉妹の描写も欲しいなぁなんて言ってみたり(kuro)
ご指摘どうもです! 参考にしますねー。(京 司)
喜んでもらえたなら何よりです! 期待に添えるかわかりませんが、精一杯書かせてもらいます!(京 司)
グググッときました。次回に期待してます!(タンデム)
タイトルに合わせた終わりを考えたら、こういう形になったんですよー(汗 コメントどもです!(京 司)
おおぉ〜。良いところで終わった〜(泣) 次回期待!!(tomato)
コメントありがとうございますー! 次からはもうちょいペース上がるよう努力します!(京 司)
ほぼ、1ヶ月ぶりにキタ―! 華琳いいよ華琳 すげー可愛い^^w  心で抑えてきたモノが一気に出た感じが良いです! さて、この後の話で一刀が目覚めてどうなるかに!?期待です!!(Poussiere)
タグ
真・恋姫†無双 魏ルートアフター 華琳 

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