【真・恋姫†無双】老兵の去り際と魔女の大鍋
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漢王朝が傾き、天下を巡って立ち上がった群雄たちの中で立ち上がったのは劉備、曹操、孫策などの英傑。各々蜀、魏、呉の三国を建て互いに天下を制覇すべき競い合っていた。

 

だが一人の青年があった。天の御遣いと称され彼は三国のうち蜀に身を置き、これ以上の争いをやめて三国の和平によって乱世を終わらせるべきだと各国に訴え続けた。だが平和はそう簡単には訪れず、やがて最終決戦とも言える戦いが起きようとしていた頃、漢の領地の外に住んでいた五胡の大軍が大陸の三国を一斉に襲った。

 

この五胡との戦いはまるで三国の間の戦が子供遊びに過ぎないと言わんばかりに残酷なものであった。だがこの冷酷な敵の前に互いを認め合った三国は外部の敵に立ち向かうため一つとなりて五胡に立ち向かった。そして激しい戦いの末、三国同盟は五胡の大軍を破り天下の平和を守ったのであった。

 

多くの犠牲を払ったものの、もし三国が心を一つにしなければこれ以上の被害、いや、漢族の滅亡にまでも繋がったかもしれないこの災いを、彼女たちは賢く乗り越えたと評していいだろう。

 

やがて天下には争いの音は止み、再び平和な世を築き上げる機会を手に入れていたのであった。

 

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『不可』

 

「はい」

「…失礼しました」

 

もはや『不可』という決裁を受けた書類を持って軍師さまの部屋を出るのが日常のようになってきていた。

 

蜀の軍師、鳳統殿の部屋を出る私と言えばもう四十を入った蜀の老将である。四十代が何が老いてるかと問い返すかもしれない。でも戦争が続いた中、多くの若者たちが二十代、あるものは十七、八年の短い人生で命を散らした。これに疫病などを加えれば大陸の男性の平均的な寿命は四十を大きく下回るだろう、私のような老いた者が生きているのは奇跡に近いものであった。天の助けがあったからと祝われる一方、先に逝ってしまった者たちを考えると心が痛む時も多かった。それでも私はあの険しい乱世のほぼ最初から戦場に立って戦い抜き、そして今まで生きている。

 

だが今になってはそんなことは何の意味も持たない。私の軍人としての人生はこの前の戦闘、あの天下の生死を賭けた五胡との最後の戦にて終わりを告げてしまった。

 

あの戦で、私は右腕を失った。

 

天下の最後の戦い。

 

この年になるまで家庭も築けず、さほど多くもない給料に貯金もしていなかったが、国が少しずつ平和になっていき、軍人として戦場に立つことが少なくなったら小さくでも庭のある家を得て、遅くも愛する人を得て自分の子供の顔を見ながらあの地獄をくぐり抜けた私の人生が無駄ではなかったと微笑んで見たかった。

 

だがあの最後の戦いは私のその素朴な夢さえも奪い去った。

 

・・・

 

・・

 

 

当時戦線近くで指揮を執っていたいた私の部隊には軍師の鳳統殿がいらっしゃった。五胡との戦いが長くなるに次いで、どんどん泥沼になっている軍場にて最前線に安全な場所なんてないというのにまだ幼い軍師殿はそんな前にまで出て指揮を執って居られた。。

 

だがそれが災いの元になる。

 

戦線をどうやって抜けて来たのか一人の五胡の兵士が軍師殿の存在に気づいて得物を持ってかかってきたのだ。もしかしたらそんな特攻に長けた奴だったかもしれない。辛くも戦線を保っていても、兵士個々の実力は五胡の方が圧倒的な優位に立つ。

 

「きゃああ!」

 

軍師殿を近くでお守りしていた兵士たちは突然の特攻にあっさり蹴飛ばされ、戦う術を持たぬ軍師殿はその場に座り込んで震えていらっしゃった。

 

私が状況に気づいたのは五胡の兵士が軍師殿に襲いかかる一歩手前という所だった。その時軍師殿と五胡の兵士の間に割り入った時の私は多分、それまで生きてきて一番早く動いたであろう。もう長い乱世を生き抜いたとはいえ老いた体だった。若くて力のある蜀の兵士たちに敵わぬ強者に一対一で勝てるほどの武は持っていなかった。なによりも後ろに守るべき人が居ることがその時の私にとっては心を強くできる理由になると同時に動きを鈍らせる鎖でもあったのだ。

 

「軍師殿、お逃げください!」

「あ…○○さん!」

「早く!」

「っ!危ないでしゅ!」

 

ほんの一瞬の出来事だった。

ほんの一瞬の放心が私の全てを奪い去った。

 

「○○さん!」

 

鋭い五胡の兵の刃に腕をもっていかれた衝撃に私はそのまま倒れてしまった。もうおしまいだと思った最後に目にしたのは遠くから馬を飛ばしてくる軍神、関羽将軍の姿で、これで軍師殿は助かると安心しながら私は目を閉じた。

 

そして目を再び覚ました時、戦争は大陸三国の連合の勝利に終わり、私を待っているのは胴から離れて冷たくなり、俺より先に土に帰る準備をし始めた右腕と、空いてしまった私の右肩だった。

 

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再び持ち場に戻れるまで三ヶ月の療養期間があった。その間私は悩み、絶望もした。

 

これからどうやって生き抜いていったものか。武人として生きるにはもう無理な体だったものの、それ以外には出来ることなど何もなかった。

 

そんな中丁度軍部を縮小するという話が流れてきた。丁度いい機会だと思った。自分で蓄えてきた銭はないものの、人生の三分の一を戦場で過ごしてきたのだ。功だって重臣たちに劣らぬほど挙げた。結婚は無理でも退職金があればなんとか小さな家に畑でも作ってなんとか生きていくことぐらいは出来るだろう。

 

そうと決まれば後の話は早いものだ。どうせ腕一つなくなってしまった身だ。戦いもできぬ障害者が将になど居られるとも思っていなかった。さっさと自分で降りてくるのが道理というものだと思った。

 

が、

 

『不可』

 

「…なんですか、これは」

「あわわ、それは私の台詞です。これは一体何なのですか?」

 

療養中に準備していおいた退職のための書類に押された判には思ったより文字がひとつ多かった。

 

「ご覧のように退職書です」

「…急にどうしたのですか」

「急もなにもあるものですか。自分が失ったのは腕であって耳はまだ両方ともちゃんと聞こえてますぞ。軍部の縮小があるとお聞きしました。丁度いい機会なのでは」

「万夫長さ…いえ、○○さん、やめてください」

「……」

「辞職は受け入れかねます。療養からお帰りになれるやいなやに何を仰るのかと思いきやこんなことを……。戦いがなくなったとは家、軍部の仕事が全てなくなったわけではありません。こんな書類を用意していられる暇があるのでしたら帰って兵士の訓練でも手伝ってください」

「軍師殿」

「もう帰ってください。私は忙しいんです」

 

軍師殿は冷たく告げて視線を他の書類に戻された。ふと軍師鳳統殿を初めて会った頃のことを思い出す。まだ小さな義勇軍でしかなかった劉備さまの軍に仕官しに来たという軍師殿は我々は道に迷った村娘だと思い帰らせようとした。何故か当時もう一人の軍師希望者であり親友であった諸葛亮殿とはぐれて自分が言うことを周りがちゃんと聞いてくれないと軍師殿はその場で鳴き始めた。その涙が止まるまで一食頃、私がどれだけ慌てて慰めようと苦労をしたか判らない。それでもまた軍師殿が村娘でないことを判るまでには更に時間がかかったわけだが。

 

だがそんな幼いだけだった小さな軍師殿はもう居ない。十年以上続いた乱世の末に、今や鳳統軍師殿は道ですれ違う男の十人中十人皆が振り返る程の別嬪さんに成長して居られた。それでも五胡の時のように本当に命の危険が迫った時にはどうしても泣き崩れてしまう様子を見て子供のようなところもまだまだ残っていると思った。でもこうして政務中の姿からはまた軍部の頂点に立つ方の貫禄が見れた。

 

とにかく老後計画を立てるためにも退職金は必要だった私はそれからも毎日のように退職書類を作っては軍師に持って行っては『不可』をもらうを繰り返していた。

 

退職させないのであれば適当に仕事をこなしながら延命すればいいのでは?と思う者が居るかもしれない。だが考えても見て欲しい。軍部で腕一本抜かれた障害者が将軍だと上の座に座っているとしても誰がそんな奴の言うこと聞いてくれるものか。せいぜい私と長く一緒に居た直属の副将たちぐらいだろう。しかも軍部が縮小されるという時期に私みたいなのが一番先にふっ飛ばされるべきなのに厚かましく座ってなんていたら下に居る若い将たちがなんと思うか考えるだけでも耳が痛い。私はそんな話聞きながらここにい続けられるほど鉄面皮ではない。しかも上にある奴がさっさと消えてくれないと昇進の道が塞がれる連中にとっては私なんて更に厄介な人なのだ。

 

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退職を拒否されるを十日ほど続けた所、このままでは埒が明かないと一度は関羽殿を会いに行ったことがあった。軍部で軍師殿と仲の良くてこういう話をし易い関羽殿に軍師殿を説得してくれるよう頼むためだった。

 

事前に約束もせず夜突然訪れたにも関わらず関羽殿は私を快く迎え入れ、侍女に頼んで酒に肴を用意させてくれた。

 

「受けてください」

「い、いえ、私なんかがそんな恐れ多いことを…」

「お受けください」

 

関羽殿が直々に酒を注いでくださるのを遠慮しようとしたが、再三勧める関羽殿を見て仕方なく残った片腕で関羽殿に酒を注いでもらった。

 

関羽殿がどんな方か。漆黒の髪を美しく靡かせ、戦場をまるで自分の家の中のように暴れまわるその姿を見て敵軍たちは関羽殿を軍神と恐れ、蜀の将兵は戦場の女神、美髪公と呼ばれる。

 

「雛里の件、本当に感謝しています」

「蜀の将として当然の働きをしたまです。正直な話、考える前に体が先に動いてしまっていました」

「私がもう少し早く辿り着いていれば、万夫長がこんなことにならずに済んだかもしれません」

「関羽殿が間に合ってくださっていなければ、私も軍師殿も今頃あの世の者になっていたでしょう。こうして関羽殿の酒をもらうことが出来るのですから私は大丈夫です」

 

私はそこまで言って強い清酒を一気に飲み干した。

 

酒にはいい思いがない。昔から酒を好む人柄ではなかったがある日の事件によって酒に関しては本当に気をつけるようになった。

 

その事件というのはこういう話だった。或る日少し早く退庁した所、その時既に酒がかなり入っている趙雲殿を見かけたのだ。一人酒をしている所を良く見られる趙雲殿だったのでそのまま通り過ぎようとしたが、私に気づいた趙雲殿は私に共に酒を呑まんかと勧めた。だがさっき言った通り酒を好む者ではないため丁重に断った。それが気に入らなかったのか趙雲殿は突然持っていた酒の杯を私に投げつけた。投げた杯が額に当たって私は額の皮が破けてしまって三日ぐらい風邪を引いたと言い訳をして入館せずに休んで治療が済んだ後でもしばらく兜で傷を隠していた。。後で趙雲殿からどこかで感付かれたらしく謝罪されたが、結局その後は誰と酒を共にすることもなく、酒を呑む所に近くに行ったこともない。

 

「実は関羽殿にお願いしたいことがあってこうして夜中に訪れました」

「万夫長の頼みであれば私に出来る限り尽力いたしましょう」

 

軍部の最高位者である関羽殿からこんな言葉を聞くととても心強かった。

 

「私の体がこうなってしまってもうしばらく経ちました。軍部の政務をこなすにも不自由が多く、丁度良く軍部の縮小が決まったと聞いて悩んだ所この機に私が若い者たちのためにもこの辺で降りてくるのが正しいと思いました」

「…何の話かは判りました」

 

そう言った関羽殿は一度自分の杯の酒を飲み干してから話を続けた。

 

「万夫長がお考えになっていることが何なのかは判ります。しかし仰った通りに乱世が終わり告げたとしても軍部のしごとはまだまだ残っています。時に出る賊たちを掃討することも然り、五胡の軍勢がいつまた大陸を狙うかも判りません。万夫長がお考えになっているより万夫長がここに残ってしてくださらねばならないことがたくさんあります。万夫長が下の者たちにどれだけ慕われているかは言わずもご存知だと思いますが」

「それも戦場に立てる頃の話でしょう。平和な時代になってこんな体にもなってはもう二度と戦場に行って指揮を執ることも出来なくなってしまうでしょう。それに恥ずかしいことに、こんな長年将として指揮を執ってるも一度も兵法などをしっかり学んだことがなく、時に関羽殿や軍師殿のすることの真似事をするのが精一杯でした。書類の処理なんて柄でもありませんし、後生に模範になれる将は私以外にも沢山居ます」

「万夫長は必要以上にご自分の状況を悲観しておられるように見えます」

「…正直に言うと絶望的としか言い様がありません」

 

強い酒を何度も一気呑みしたせいか、酔いが回ってきた老人はどうしても無駄に口が多くなる。

 

「関羽殿なんてまだお若いです。それに心からお慕いして居られる殿方も居ますし」

「……」

 

蜀の女武将たちの多くは天の御遣い様に惚れていた。最近は蜀だけではなく魏や呉の武将たちも天の御遣い様をお慕いする方が多くなる一方。そのため猥褻的なアダ名も多く持っている天の御遣い様だがここではその話は省こう。

 

「私は劉備さまがまだ義勇軍でいらっしゃった頃から関羽殿や張飛殿と一緒に戦ってきました。あっちこっち動きまわったせいで家庭を築く余裕もなく、戦場で何時死ぬかもわからぬ身であったから老後の準備なんてまったくして居ません。でも運がいいのか悪いのかこんな平和な時代を迎えるまで生きのびてしまいました。でもそんな平和になってしまった所で私には共に過ごしてくれる家族も、老後を安らかに過ごす家もありません。せめて四肢が丈夫であったならなんとか軍部に残りながら兵士たちの訓練でも手伝えたでしょうけど、今じゃそれもままなりません」

「我が国が軍部を縮めていることは事実です。ですがそのために万夫長のような方を追い出すなんて誰もそんなことを出来る者は居ません。書に記されていないだけで、万夫長は開国功臣に当たる方ではありませんか」

「はぁ…能もそれほどない私などが開国の功臣だなどと…私などただ運良く生き延びた爺です。私のような者が軍に残っていても国に何の役にも立たないでしょう」

「何故ご自分のことをそんなに蔑まれるのですか!」

「……」

「どうしてこうも弱くなられたのですか。私が知っている万夫長はこんな弱い男ではなかったはずですか。○○殿は私が知っている殿方の中でご主人さまの次に勇敢な方でした。にも関わらず○○殿はいつもご自分のことを必要以上に下げて貶める。蜀に入る時も、もし○○殿何も言わなければ五虎将の中に○○殿の名も入ったはずです!」

 

関羽殿も酒が回ってきたようだった。

 

「私のような男には過ぎた名でした」

「…いいでしょう。幾ら万夫長がそんな風に言っても、もし万夫長が成都を離れると言えば万夫長を止める人々の数が官庁から外城の入り口にまで続くはずです」

「私を好いている人が居る分嫌う人も多くいるはずです。五虎将の時も然り。蜀の将たちと西涼の者たちを納得させるには私が降りるしかありませんでした。でなければ蜀はより長い間混乱の渦の中にあったでしょう。今回も私が早く消えなければ良からぬことが起きてしまいます。この平和な時代に起きてはならぬことが起きてしまいます」

「……」

「関羽殿が軍師殿を説得してください。私が辞任しなければ軍に良からぬことが起きるか心配です」

 

関羽殿は答えずにしばらく悩まれた。小さな杯に酒を注ごうとしたが、ふと瓶を杯に傾けるのをやめてそのまま口に移し瓶の中の強い酒を飲み干された。

 

「駄目です」

「…関羽殿」

「雛里の気持ちも理解してください。今はまだ駄目です。だからもうこの件で私に辛い思いをさせないでください」

「……」

「お助けになれなくて申し訳ありません」

 

関羽殿は頭までも下げて私のお願いを断った。

 

一体私なんかを何故ここに置こうとここまで必死になるのか。戦場にも立てないこの体では官庁に居る時間がまるで針の筵のように辛かった。いっそ仮病で入館しなければいいものを、今には何の意味もないその良心が脚を引っ張った。

 

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そして、やがて恐れていた事件が起こってしまった。

 

私の部下の百夫長の一人が他の部隊の兵士が私の悪口を言うのを聞いて怒り狂って相手を殴り殺してしまったという報告が入ったのだ。この話を他の部下から耳にした時、私は普段うまくもない書類作業をやっていた。利き腕も失って他の字の書ける部下に頼んで作業をしていた私は慌てて走ってきた兵士が私にそんな報告をすると自分でも知らぬ間に戦場にある時みたいに大声で叫んでしまった。

 

「結局そんな様をこの目で見ることになってしまった!!」

 

一ヶ月前に下野していればこんなことは起きなかったことを…!

 

乱世も終わり平和を称えるこの時期に兵士を殴り殺すなどなんて惨事だ。しかもそれが四肢も不自由な出来損ないのせいで起こってしまうとはなんて不毛だ!

 

「連れて行け!私があの野郎を見る!」

 

片腕を失った後愛用している杖を握って私は現場へ向かった。

 

しかも殴り殺したのは私の部下の中でもかなり優秀な奴だった。熱血な所があって少し猪突猛進ではあったが私の後を任せてもいいと思っていた奴がこんな惨事を起こしたなんて聞くと血が逆流するようだった。

 

報告に来た兵が案内した所へ行くと、地面には死んだ兵士が一人転がっていた。そして百夫長という野郎は顔を赤くして他の兵士たちが両側から奴を引き止めている。奴を制止している兵士の中にはこれまた奴に殴られたのか青い痣ができた者も居た。

 

「貴様!!!!」

 

私がその様子を見て怒りのまま怒鳴りつけるとその声を聞いた百夫長が私の前に来て跪いた(それともほろ酔いなせいで脚がうまく動かなかったのかもしれない)。

 

「将軍さま!」

「貴様が武人か!貴様がそれでも武人といえるのか!貴様は賊以下だ!町並みに出歩くチンピラも貴様よりはマシだ!」

 

私は持っていた杖で奴を叩こうとしたが奴を止めていた兵士たちが今度は私を止めた。

 

「落ち着いてください、将軍!あいつにも非があります!あいつが将軍さまについてとても口に出来ないことまで言ったのです!」

「黙れ!人を殺しておいて言い訳をするのか!戦場で一騎当千と称えられようが路地で一人殺せば殺人者だ!それを判らなかったというのか!」

「申し訳ありません、将軍!止められなかった私たちのせいです。だからどうか…!」

「あのくたばった奴が将軍さまのことを民たちの血税を無駄にする出来損ないめと言うのに、黙って聞いておけと仰るのですか!」

「貴様がまだ喋る口があるか!!離せ、貴様ら!私が今日お前を殺して私も自決する!」

 

私の後継者になれると思う奴の口から出る言葉がこんなものか。無駄だった。私の人生はまったくの無駄でしかなかったのだ!私は一体何のためにここまでしつこく生き延びてしまったのだ!いっそ他の奴らと一緒にとうの昔にくたばっていたらこんな場面に出会わなかったものを…!

 

「何の騒ぎだ!」

 

そのときだった。関羽殿が来られたのだ。良くみると死んだ者は関羽殿の親衛隊の者だった。

 

自分の兵士の死んだ姿を見て関羽殿の顔は赤く染まった。

 

「関羽殿!私の責任だ!私が部下の管理が出来なかったせいだ!」

「将軍さま!」

 

私に出来ることはただひとつ。その前に跪いて許しを乞うだけだった。

 

「私が責任を取ろう。だからあの野郎は活かしてくれ!まだ愚か者だがこれからこの国を担わせるに十分な実力がある奴だ。老いた私が代わりに逝くからどうか…」

「将軍さま!やめてください!自分の罪は自分で払いますから、どうかこんな姿をするのはやめてください!」

「関羽殿…!」

 

横で他の兵士を殺した野郎が関羽殿の前にひざまずく私を見て涙を流しながら私を立たせようとするが私は動かない。この老人の顔がなんだというんだ。そのせいで若者を殺してしまうぐらいだったなら、早くも死んだ方がマシだ。こんなことを見ようとここまで生きてきたわけではない。

 

「……。立ってください、万夫長」

「関羽殿」

「軍内の殺人です。戒めずに流すわけにはまいりません。彼にも老母と家族がいます。私の判断だけでなんとか出来るわけではありません」

「頼みます、関羽殿」

「将軍さま…!」

「将軍!!」

 

隣で私の兵士たちが私の姿を見ながら嗚咽していたが構うものか。私のくだらない名誉など守ろうと人を殺すぐらいなら、いっそこの不自由な体の腕一本だけじゃなく四肢全部持って行かれた方がマシだった。

 

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結局のところ、百夫長の死刑は逃れた。

 

軍部での位を卒兵に戻し私と関羽殿と共に老母の所に謝罪することでなんとか命だけは救えた。だが以後あいつが将にまで上がることは出来ないだろう。

 

そして私はその夜、執務室で普段好まないと言った酒を一人で飲んでいた。

 

『お前みたな片腕野郎が何がそんなに偉くて儂の息子が死なねばいかんのじゃ!』

 

あの老母の声が頭から離れない。

 

「○○さん、まだいらっしゃるんですか?」

 

その時、門を叩く音と共に軍師殿の声が聞こえた。

門を開こうと椅子から立ったがただでさえ腕が一本ないことで中心を掴みにくい体に酒まで回ってきてうまく立つことも出来なかった。杖はどこにやったのか見当たらなかったので何度か倒れそうになるもなんとか門まで辿り着くことが出来た。

 

「軍師殿がここにはどういう用事ですか」

「……昼にあったことについて聞きました」

「…とりあえず座ってください」

 

私は軍師殿を席に案内しようとしたが、歩くこともままならない体で逆に軍師殿が支えてくださってやっと自分の席に座ることが出来た。軍師殿も私を座らせた後相方の席に座られた。

 

「酒、普段は呑まないとご存知でしたけど」

「…呑まずには眠れそうにありませんでしたので」

 

と言って居酒屋で呑もうにも知ってる者が居たらみすぼらしいと思われるばかりだろうから、今日はここで呑んで寄ったらここで寝るつもりでいた。

 

「私のせいで無実な若者が死にました。」

 

私はそう言って瓶ごと強い酒をがぶ飲みした。

 

「…○○さんのせいではありません」

「ええ!軍師殿のせいでしょう!」

 

私は瓶をガンと卓にたたきつけた。勢い余って瓶が割れてしまうと軍師殿はビクっと震えた。

 

「私が出ると言った時にさっさと出て行かせたならこんなことにはならなかったはずではありませんか!何故にこんな無才な老いぼれのために若い者の血を流してしまったのです!」

「…酔ってますよ、○○さん」

「…いえ、違います。軍師殿のせいではありません。私が死ぬべきでした。あの最後の戦場で武人として快く最後を迎えたなら良かったものを…何が嬉しくてこんな無様な姿になってまで生き残ってしまったのでしょう。いっそ死んでいたなら…」

「○○さん!」

 

らしくもなくカッと叫びだす軍師殿の目には軍師殿なりの怒りが見えていた。だけどそんな軍師殿の声は私の耳には小鳥の囁きのように聞こえる。

 

「…こんな老いぼれにも夢がありました。なんだか判りますか」

「…?」

「富も名誉も要らないから、私を愛してくれる、をして私が愛せる人と出会ってもう二度と人に向かって刃物なんて差し出さなくてもいい場所で一生出来なくて恨めしかった勉強でもしながら悠々と生き抜くことでした。それが五胡との戦が終わって気がついたらそんな夢なんてもう叶わぬ体になっていました」

「……」

「実に厚かましい夢ではありませんか。この手で一体何万、何十万の人の命を奪っておいて、自分だけ平和な余生を生きようなどと図々しいにもほどがあります。天罰が降ったのですよ。だけどもうそれでも結構です。このままどこかの山谷にでも入って誰にも知らされぬまま寂しく死んでいくとしても、もう私のせいで誰かが死ぬ姿は見たくはない。血を見るのはもうたくさんだ。私が言っている話が判りますか、軍師殿」

「○○さん……ごめんなさい」

 

自分が何を言っているのかも判らずにぶつぶつ言っていた。私が覚えているよりももっとたくさんのことを言ったかもしれない。時間が過ぎるに連れて酒気がどんどん体を占領していって、やがてと糸の切れた人形のように私は軍師殿の前に倒れた。

 

そして目を覚ました時、卓の上に俯いてる私の上体に毛布がひとつかけられているだけで、軍師殿の姿は見当たらなかった。

 

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『可』

「はい、どうぞ」

「……」

 

私が再び退職書類を持って軍師の執務室へ訪れたのはあれから一月ほどが過ぎた後だった。私が何を喋ったのかも判っておらず、ただ軍師殿の前で何かペラペラいっていたということだけは覚えていた。それからは誰かの前に立つことも恥ずかしくて誰にも顔を合さずただ入館と退庁だけを機械的に繰り返し廃人寸前の様になっていた。

 

会ったのはもう卒兵になった百夫長が再び私に許しを乞うために来たのと、関羽殿が酒を持って訪れたぐらいだった。

 

そんな感じで一月が経つと、これが本当に最後だと思い再び軍師殿の所に来た所だった。もし今回も駄目だったら夜にこっそり逃げる覚悟もしていたが、帰ってきたのはあまりにもあっさり『可』と押された書類だった。

 

「おめでとうございます、○○さん」

「あ…はい……」

 

いざ受理されてしまうとなんだか妙な気分になってきた。

 

「…あわわ、どうしたんですか?もしかして気が変わったのですか?」

「い、いえ、そういうわけではありませんが」

「そうですか…良かったです」

 

何も良かったということは…。

今になってそこまで私に出ていって欲しいって思われると逆に…いや、やめておこう。

 

「退職なさったら、どこに行かれるかは決まっているのですか?

「…そうですね、どこか山賊などが出ない谷などに行って静かに暮らせれば上々だと思います。荊州辺りがいいでしょう。最近は呉の働きで河賊もほぼ退治されたそうですし、勉強をするにももってこいの所です」

「いいですね。良かったです。私もそこにしてくださいとお願いしようとした所ですから」

「はい?」

 

どういうことなのか良く判らなくて聞き返そうとしたらふと可怪しいことに気づいた。いつも書類でいっぱいであるはずの軍師殿の机が今日だけは綺麗さっぱりだったのだ。

 

「今日は忙しくないみたいですね」

「はい、暇ですよ。そしてこれからもずっと暇だろうと思います」

「はい?それは一体どういう…」

「…私も辞職しました」

「……はい?!」

 

これはまたどういう冗談なんだ?

劉備軍を導いてくれた二大軍師の一人である鳳雛鳳統がこんな若くして下野だなどと…。

 

「○○さんが邪魔しに来なかったおかげで受け継ぎもさっさと終われました」

「受け継げって一体誰が軍師殿の代わりを務めるというのですか」

「朱里ちゃんが拾ってきた姜維という娘です。まだ小さいけど、法正さんとかが手伝ってくださると直ぐに成長すると思います」

「し、しかし…下野してしまっては天の御遣い様とも会えなくなってしまうのでは…」

「そうですね。それが何か?」

「え?何かって、それは…」

「それよりも、荊州に向かわれるのでしたら良い提案があります」

「提案、ですか?」

「はい、実は私と朱里ちゃんと師匠である水鏡先生が最近年のせいでお側で世話をする人が必要でして…そこに行ったら元々塾だった場所ですから勉強するための場所もありますし、本なんかもいっぱい置いてあって、勉強するにはもってこいです。私と一緒に水鏡先生の私塾に行きませんか」

「軍師殿と…ですか?」

「あわわ、もう軍師ではありませんけどね」

「あ、そうでしたね。では鳳統ど…」

「雛里って呼んでください」

「え?!」

「雛里です。敬語も入りません」

「い、いえ、しかし…」

「しかし、なんですか?」

「い、いえ、…その……」

 

軍師殿が私をじっと見つめていたが、私はなんと言えばいいのか迷った。一体何がどうなってこんなことになってしまった?

 

「…もしかして、嫌なんですか?」

「い、いえ、そんなことはありません!特にどこに行こうと決めてたわけでもありませんし、場所を用意してくださるのはありがたい話ですが、しかし…軍師殿と一緒にとは…」

「……だから、私と一緒に居るのも、真名を受けるのも嫌だと、そう仰るのですね?…くすん」

「い、いや、違いますから!泣かないでください」

 

突然泣き出そうとする軍師殿を見て私は慌てた。

 

「わ、判りますから。行きます。一緒に行きましょう。ぐ…」

「ぅぅ…」

「…ひ、雛里…一緒に行こう」

「……はい!」

 

そうすると軍師殿は、いや雛里はさっきまでの泣き顔は嘘だと言わんばかりの小悪魔のような笑みで私を見上げながら微笑むのだった。

 

 

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<作者からの言葉>

 

韓国で流行ったネタから来た話。韓国で書いたものを翻訳しました。結構長くて二日かかっちゃった(汗)

 

ネタはつまりこう。五胡との戦いも終わって平和になったはいいが、この中御使いでも恋姫でもないある男の武将が話者、しかもこの人かなり重役というかこの人がなかったら五胡に勝てなかったかもしれない。なのにこの人が大陸が平和になった途端下野宣言する。ある時は正式に書類入れたり、そのまま消えたり方法は数々も一部あるいは恋姫のほぼ全員がこの人の下野に驚き慌てながら彼を止めたり、一緒についていったりするカオスな展開を楽しむというネタ。BLネタではないが一刀も彼を尊敬していて下野するって言うと慌てたりする話もありました。

 

そしてそのネタ作品たちにインスパイアされた私が書いたのがこちらになります。うん、私が言ったネタとほぼ関係ないよね。でも結果的には雛里ちゃんが幸せそうだったので全て良しとしましょう。私はこんなプラトニックな展開が好きなのです。しかもこの主人公は(多分)年差が相当なので雛里がそんな風に思っていたなんて(最後の所でも)まったく思っていない。これがこのネタの要です。恋姫たち(国の重役)は皆御使いに惚れ惚れで自分が消えた所で眼中にないと勘違いするのがこのネタの肝心な部分です。

 

というわけでもし創作欲が湧き上がった方がいらっしゃるのでしたらぜひこのネタ使ってください。あなたの奥にある外史を創る力を発現させるのです。

 

 

 

尚、この話はこれでおしまいの模様。

 

 

説明
韓国である流行りで書いた作品。
この時代だと多分40ぐらいだと頭も白くなってきて老人と呼べると思う。割りとこういう年齢差がある上でプラトニックな話は好きです。
気に入った作者の方々居たならぜひこういう流れのものを書いて頂きたいです。日本でも流行らせましょう。
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コメント
今更ですが読ませていただきました!とても万夫長のキャラが大好きですおもしろかったー(不知火)
アーバックスさん&gt;&gt;結構前に流行ってたネタでした。各キャラごとに反応を書いたものがかなり人気でした。(TAPEt)
小さい人さん&gt;&gt;話者逆バージョンとか書けるかもしれませんが…ぶっちゃけもう数ヶ月前の作品だから訳するだけでも精一杯でした。未定(TAPEt)
kazさん&gt;&gt;名前つけるの苦手だから敢えてつけませんでした。あとそのネタは私の雛里ではやりません。朱里?勝手にやれば?(TAPEt)
nakuさん&gt;&gt;こんな現実で良く見れそうにないカップルってなんか萌えます。(TAPEt)
成る程ー、韓国ではこういうのが流行っているのですねー。面白かったです^^(アーバックス)
この手の話は大好物なので楽しく読ませていただきました。意外に幸せって近くにあるものなのですね!別バージョンとかも読みたい気がします。(小さい人)
面白かったデス!〇〇サンひなりん、幸せにね!と思えました。そして途中まで「あわわ・・・。ご主人様×〇〇さんで八百一本を創るまで逃がしませんヨ?」とか思ってしまってスミマセン!(kazo)
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