双子物語-52話-
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双子物語52話

 

【彩菜】

 

 先輩が卒業してから2週間くらいして私の気持ちもようやく落ち着いてきた。

以前まで寂しさがいつもあったが、気づけば今まで私の中で窮屈に感じていた感覚が

先輩のあの時の言葉のおかげで今は身軽に感じている。

 

 雪乃と喧嘩別れして以来どこかで溜まっていた違和感は消えていた。

だから今は清々しい気持ちで学校の散策なんかしている。もう3年生だというのに

よく考えると私はこの学校のことをよくわかっていなかった。

 

 カキーン

 

 遠くで金属バットの音が大きく響いて聞こえてきた。

グラウンドから飛んできたのだろうか、ゆるゆると速度がなく私の方に

向かってきてたから素手でも簡単に取れるものであった。

 

 ボールを追っかけるように新入生が申し訳なさそうな表情で私の方に

向かってきた。

 

「す、すみませ〜ん」

 

 私も入学当初はこれくらい初々しさはあったのだろうか。その時がいっぱいいっぱい

だったから全然覚えていない。私は笑みを浮かべながらボールを後輩に手渡した。

 

「ねぇ、ちょっと練習見ていってもいい?」

「え。あ、いいですよ」

 

 大地もいる野球部に興味があったから後輩君と話をしながらグラウンドへ向かう。

私と喋っている間、後輩君の顔が最初よりもやや赤らめてる気がしていた。

緊張しているのだろうか、少し可愛く思えた。

 

 カキーン

 

 二度目の金属音が鳴る頃には私は練習の光景を目の当たりにできた。

打撃練習、少し離れた場所で投球練習。みんながんばっているようだけれど

どこか腰に力が入っていないように見えた。

 

「・・・」

「あの・・・」

 

 私の目が厳しそうだったのか、近くにいた後輩君がビクビクしながら私に声を

かけてくると私は我に返ってから、私と同じように全体を見ながら頼りなく

顔をしかめている大地の姿を見つけて歩いていく。

 

 話としてはキャプテンになったと聞いてはいたが、チームがこんだけ腑抜けていると

文句も言いたくなってくる。別に私に関わっているわけではないけれど、こういう

スポーツ関係は一生懸命やってのものだろう、やる気がなさそうでは見ている方も

不満になってくるってものだ。

 

「ちょっと、大地」

「あ、彩菜…」

 

「あ、部長の知り合いでしたか?」

「あぁ…幼馴染だ」

 

 私の気迫に圧されながらも興味津々な後輩君に説明をしていた。

 

「何かやる気なさそうじゃない」

「ん、まぁ…。先輩が卒業して俺が継いでから色々とね…」

 

「なっさけないなぁ」

 

 甲子園目指すとか何とか大きいことを言っておきながら、簡単に諦めちゃうような

チームにしておいて。大地に対しての信頼が相当ないことが伺える。

 

「私が目を覚まさせちゃおうか」

「お、おい。何をするつもりだよ」

 

 私が野球部の練習場所に無断で入り込んで、気づく部員たちに次々と注目を浴びていく。

マネージャもいないような部に女子生徒が来るのが珍しいのかもしれない。

 汗の出具合からしてもほどほどのがんばりしかしてないから、私は挑発してみた。

 

「だらしないな!このままじゃ心に残る部活ができないでしょうが!」

「何だよ、あんたは」

 

 いきなりの挑発行為に割って入ってくるように私の前まで来た生徒が一人。

顔がどこかで見たことがある。おそらく私たちと同じ学年だろう。

 

 どこかイラッとした表情を浮かべるも、それすらも本気の気迫を感じることがない。

こんな連中を見ていると以前の私を見ているようでイライラする。

 

 これは自己満足なことかもしれないけれど、今本気になれなかったら後で絶対に

後悔する。私は自己中と思われようが連中の目を覚まさせるために無言でバットを

握って練習している選手たちに先端を向けた。

 

「今のあんたたちなら私でも打てるよ」

 

 シンッと静まり返っていても、みんなの表情は素人に言われ放題にされていて

確実に気分を害しているといったところ。

 

「私に敵わないからってみんな黙っちゃった?」

「おい、彩菜。やめろって」

 

「そこまで馬鹿にされちゃ黙ってられねえぞ」

 

 後輩の一人らしい子が私にガンつけて歩いてきた。ボールの握り方からして

投手っぽいことが伺える。

 

「あら、君が相手してくれるの?」

「俺たちはそこらの子供の遊びみたいにしてるんじゃねえんだ。

女は引っ込んでろよ」

 

「私も遊びのつもりじゃないわ。本気よ」

 

 ちゃらけたように言うが目に圧力をかけて睨み返すと少し気持ちが下がっている

ように感じた。だけど度胸が少しでもあるのか、もう一度私に立ち向かってきた。

 

「じゃあ、やれるものならやってみろよ!」

「おい、高橋」

 

「ふふっ、面白そう」

 

 バットを肩の上に乗せて、高橋という後輩君に笑みを浮かべた。

久しぶりに持つバットの感覚に中学の頃を思い起こさせ興奮してきていた。

 

 私はバッターボックスに入って足で地面をならして構えを取る。

 

 困ったような大地を横目に投手の目を見ていると怒りの中でもあまり本気の様子が

見てとれなかった。

 

 一球目。ど真ん中のストレートで私は見送る。速度は体感的には120kmといった

ところだろうか、そこそこの速さだ。捕手がボールを返してる間にもう一度地面を

蹴って立ち易いように変えていく。

 

 二球目も真ん中のストレート。空振りになったがこれは別に狙ったわけではなく

タイミングを掴むためにあえて振ってみた。この調子だと素人だと思って油断して

同じコースで来ると直感した。

 

 三級目、人を小馬鹿にした表情で投げてきたコースは全く同じ。球威に自信があるから

だろうか。ここまで同じことをされるとカチンときた。

 

 私を舐めるなよ…!

 

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【県】

 職員室での仕事が一段落した後に生徒たちの様子を見るために外に出て部活に

勤しんでいる子たちに声をかけて激励をしていると。

 

 カキーン!

 

 すごく大きな音を立てて金属バットが鳴り響いてきた。がんばってるように見せて

どこかで諦めてる姿が残念に思えてしかたなかった。

 その理由も先輩たちにいい結果を見せられなくてモチベーションが下がってしまうのも

わからなくはないが、これでは入ったばかりの後輩たちが可哀想である。

 

 卒業したばかりの3年から託された植草大地は技術や体力は人より優れてきては

いたがいかんせん人を引っ張れるほどの人材ではない。

 

 私もいくつか助言はしたのだが、実行に移せているのかいないのか。

野球部が改善される雰囲気にはなかった。だが…。

 

「今ので目が覚めてくれればいいんだけどな…」

 

 数年前の中学でも教え子であった彩菜の打ち方に似た打球を見て何が起こったか

おおよそ察することができて、私は声に出さず心の中でそう思っていた。

 

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【彩菜】

 

「ふぅ〜!」

 

 打った直後に伸びたラインを見て私は口を細めて声を出した。

文句なくホームランの軌道である。3年のブランクがあったが何とかなるもんである。

 

「嘘…だろ…?」

 

 打たれた投手は女にやられたショックでその場で膝をついてがっくりとうな垂れる。

周りも驚きのあまりにひそひそと話を始める。

 

「2年の中でも力のあるやつだぞ…それをあんな簡単に」

「何者なんだよ…」

 

「だからやめろっていったろ」

 

 ざわめく後輩や同級生の中で大地が優しく落ち込む後輩に語りかけた。

 

「こいつは俺と一緒に中学時代にやってた強打者なんだよ」

「そういうこと〜」

「でも、高校生になったら敵うわけ」

 

 言い訳じみた持論を持ちかけてくるも私は首を横に振った。

 

「まぁ、力とかは劣るかもしれないけれど。基本さえきっちりしておけば何とかなるわ」

「基本…?」

 

「練習での体作りはもちろん。タイミングや洞察力。何より追い込まれても諦めない

気持ちよ。私が持ってるのはそれだけ、あんたたちはそれすら持ってないから

私に勝てなかったのよ」

 

「ぐぐっ…」

 

 悔しそうにしている後輩に私は後ろを見ると、おどおどしている一年生たちを見て

ため息を吐いた。

 

「かわいそうにね、これから磨けば光るかもしれない後輩たちとちゃんと

向き合えないんじゃね〜」

 

 落ち込んでいた2年生は私の視線の先を見て目を見開いていた。

過去のことに固執して「今」を見えていない自分たちに気づいたのだろうか。

 

 私も同じことをしていたから嫌っていうほどわかる。

だけど、まだこの子らは道さえ見えてしまえばいつでも修正は効くだろう。

 

「卒業までに悔いのないようにがんばりなさいよ〜。後輩君たちに大地」

「お、おう…」

 

 大地の返事を聞いて表情を緩めて笑顔を浮かべた後、私はバットを地面に落として

両手を頭の後ろに伸ばして鼻歌交じりに来た方向へと歩いていく。

 一年生とすれ違いさまにボソッと聞こえるか聞こえないかの声量で呟いた。

 

「先輩たちに意地を見せ付けなさいよ」

 

 とね。後輩だからって終始頭を下げなければいけないわけじゃない。

やる時にやらないといけないときだってある。

 それに気づけないと上がりたくても上がれない。気づかないまま下手すると生涯その

感覚に囚われる可能性がある。上下関係の礼儀もほどほどってことだ。

 

 

 さわやかな風に吹かれながら学内を歩いていると懐かしくも頼もしい先生を視界に

捉えた。私の小さい頃から見ててくれた県先生。昔と変わらない若々しくて肩にかかるか

どうかという長さの黒髪に黒の服装に身を包んだ姿は相変わらずだった。

雰囲気はかっこいいとしかいいようがないし、何でもできるからある意味憧れの存在とも

いえる。

 

「やぁ、彩菜。久しぶり」

「お久しぶりです、先生」

 

「野球部でがんばってきちゃったみたい?」

「えー、わかる?」

 

「中学の時に飛ばしていたボールの音にそっくりだったからね」

「そんなんでわかるとか人じゃないですよ」

 

 私が突っ込むように言うと先生はおかしそうに笑うから私も釣られて笑っていた。

すると先生は私を見ながら微笑みながら言った。

 

「彩菜は変わったわよね」

「変わった?」

 

「あ、いや…変わったというか戻った…かな」

「どういう意味かな、私は私のまんまだと思うけど」

 

 言われて自分の周囲を見るように答えると先生は手を横に振るジェスチャーを

しながら「いやいや」と言い。

 

「外見とかじゃなくて雰囲気がね。雪乃と楽しくしてた頃に戻ってる気がしてさ」

「そっか…。そうかもしれない」

 

 言われてみれば前より気持ちが軽くなっているような気がしていた。

気持ちによってその日の体調も幾分か違うようなこともあるから

気持ちの問題って大事なのかもしれない。

 

 これも春花や先輩のおかげかもしれない。

 

「彩菜は周りに恵まれているわね」

「はい!」

 

 意識すると本当にみんなに感謝したくなるような気分になる。

だけどそんな気持ちも長くは続かない。私は興味が出るとそっちに一直線になるから

また何かしら起こすかもしれないけれど。

 

「今度は後悔しないようにセーブしていくから」

 

 見ててよねって先生に言うと先生は私の言葉に頷いていた。

それを確かめると私はその場から走るように去っていく。

 

 何だか今すごく猛烈に走りたい衝動に駆られていた。

まるで先輩に繋がれていた重い鎖から解放してもらえた動物のように軽やかに

走っていた。

 

 どこをどう走っているのか意識してないからどこにいるのかさっぱりだけど

途中で春花とばったり会って私の上機嫌さに驚いて聞いてきたのを私はちょっと

悪戯っぽい笑いを浮かべて話した。

 

「野球部で暴れてきたった」

「もう、そんなに喜んじゃって。まるで子供ね」

 

 ちょっと皮肉って言ったんだろうけど私は機嫌が変わることはなかった。

そんな私を見て春花は軽くため息を吐いて苦笑していた。

 

「そんなあんたが好きなんだけどね」

「お、今日はやけに素直じゃない。そんな春花も可愛いね」

 

「な、何をいきなり!」

 

 顔を仄かに赤くなって怒り出す春花。そんな照れ照れな反応も可愛いけど

それを言うと更に怒るから言わないことにした。

 

 だから代わりに春花の手を取って走りだしていく、何だか青春の一コマって感じが

していいかも。このテンションが下がるまで今日はこんな調子だろう。

 

 春花にも迷惑をかけてしまうかもしれないが、埋め合わせはいつか近いうちに

することにしよう。

 

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 下校の後、歩き回ったりして暗くなるまで付き合ってくれた春花と公園の暗い場所、

植えてある木の下でキスをした。しょっちゅうするわけではないから何か新鮮な気持ちだ。

 

「ほんと珍しいことばかりするのね。今日は」

「うん、何だか私の中で色々軽くなった気がしてね」

 

「こんな急に変わるとか。やっぱり先輩のおかげかしら? 少し妬ましい」

「あはは、それもあるけど。春花のおかげでもあるよ」

 

「え…?」

「いつも私を支えてくれてるからね」

 

 暗い中で相手の表情がよくは見えない、近場にある外灯の漏れた光にわずかに輪郭が

見えるだけ。まだ少し寒い夜、二人でくっついていると心も体も温かかった。

 

 私は私の好きなようにすればいい…。

 

 今の私は春花を幸せにしてあげたい。私のために尽くしてくれたこととかの礼ではなく

純粋に春花が愛おしかったから。

 どれくらい時間が経過したかわからないくらい長いこと春花とキスを続けた。

それからどっちからともなく、満足したのか帰ろうかと言って手を繋いで春花の家まで

歩いていく。

 

 今日は泊まりたい気分だったから。春花の家についてから私は母と連絡をとった。

泊まる旨を話すと春花に迷惑かけるんじゃないわよって軽い口調で言った後電話を切った。

今思えば雪乃のこと以外は誰もが反対するようなことをこの親は許してくれていた。

それもギリギリの状態まで…。

 

 ありがとう。私に関わってくれた人みんなに言いたかったけれど照れくさくて

心の中だけで留めておいた。

 

「ほら、お風呂沸いたわよ」

 

 春花の声に反応して私は彼女の元まで走っていくと。

 

「一緒に入ろう!」

「もう、仕方ないわね」

 

 そんないつものやりとりに二人で苦笑いを浮かべながらも一つだけの変化を

楽しんでいた。私の心境が落ち着いて、周りが見えてきたこと。

 

 それだけで私から見る世界がガラッと変わったように見えたのだ。

それは世界が変わったのではなくて私の考え方が変わっただけなのだけれど。

それはとても大きなことで私はまるで生まれ変わったような気分でいられた。

 

 これから、春花のためにも改めてがんばっていこう。

でも、私の中での雪乃への優先度は相変わらず一番だったのだけど。

それはそれでみんなで楽しくいられるように意識して行動するのが

今の私のするべきことだって思うから。

 

 周りが暖かくて私の中が暖かくてこれ以上にない幸せだよ、今は。

 

説明
自ら気持ちに束縛をかけていた姉ちゃんがふっきれるだけの話。
この心情の変化によってどう行動していくだろう。
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双子物語 オリジナル 彩菜編 青春 

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