怪盗ホチキス
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■登場人物紹介

 

 

フトモモ教

 

教祖

 まだ若い女性。頭は切れるし、身のこなしが武人の如く。だが、女性のさらされたフトモモを愛してやまない、末期のヘンタイ。その思いが募り募って、フトモモ教を信者一名と創設。異世界雰囲気に浸かりながら、布教を企む。まだ若いのに……

 

信者の壮年男性

 その正体はくたびれたサラリーマン。50代ぐらいかと思われる程度の皺をその顔に刻む。ただ信仰は篤く、故に、教祖へは並々ならぬ尽力も惜しまない筈。所帯持ちで、妻に財布を握られている。教祖と出会い、フトモモ教を裏から支えている筈。ある種、ヒモかもしれない。

 

 

教職員

 

校長

 大変温厚な性格で、懐が恐ろしく深い。なぜか、校長室の座席から立った姿を見た者はいない。

 

教頭

 教職員組織の一応ナンバー2。咄嗟の事態にはうろたえてしまうような小心者だが、その慌て様は場面に緊迫感を添える大事な文脈パーツ。

 

 

生徒

 

生徒会長兼風紀委員長 星影昴(ほしかげすばる)

 優雅な所作で、全生徒から羨望のまなざしを受ける女子。また、相談に乗ったり気掛かりならば自ら声を掛けるなど、常に気配りを絶やさず、精神的な支えとしても生徒らから絶大な支持を集めている。しかし、自らの心の内を語ることは少ないらしい。

 

風紀委員 西條令(にしじょうれい)

 下級生の女生徒から慕われている半面、男子生徒には、けんもほろろな対応を取る二面性のある女子。ひじ打ちが特技で、女子では最速の足を持つ。

 

風紀委員 高城春樹(たかぎはるき)

 余り先のことを考えない、直情型の男子。男子一の俊足を誇る。朝と脇腹が弱点。女の子にも弱いが、女の子への配慮も弱かったりする。

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■第一話 生徒会長室

 

「校長!」

 息を切らした教頭が、校長室へ飛び込む。

 その小ぎれいな部屋には、中央に机と椅子、そしてその椅子へ座した校長が置物かの如くある。校長は落ち着いた姿勢を崩すことなく、教頭へ状況を伺う。

「何かありましたか?もしかして、あの、またですか。怪盗……」

「ええ、そうです。怪盗ホチキスです。やられました。今朝の被害は、一人ではありますが……」

「全く、その者は、何を考えてあのようなことをしているのでしょう。」

「それは、フト……ううん、なんでしょうね……わたしには、わたくしには、その真意は計り兼ねます。」

「何か気付くことがあれば、また連絡して欲しいのです。」

「了解しました。現在、被害生徒は、生徒会長室で、ケアを受けているところです。」

「本当に、生徒会長の星影さんには頭が下がります。今回の件、星影さんの対応がなければ、生徒達は登校もままならなかったでしょうから。」

「はい、本当にその通りですね。彼女は、さしずめカウンセラーですよ。」

 二人はなんとはなしに、曇りがちな梅雨空の向こうに見える別棟へ、視線を移した。

 

 

 一方、その生徒会長室。広いというほどではないが、赤じゅうたんと中央奥に置かれた紫檀の机は、落ち着いた雰囲気を醸し出しており、誰しもが気を休められる場所でもあった。それ故、この部屋には叱責や怒号が似合わず、且つ、ここへ呼ばれるということは、庇護と同じ意味を持つぐらい、生徒達にとってもその安息は格別のものなのだった。生徒会は、長年の諸先輩方の功労から裁量権が広く与えられており、その処遇は格別なものとなっていた。

 そこには二人の女生徒がいた。机の前にある肘掛け付きの長椅子には、首をうなだれた女生徒が一人、座っている。そのスカートは、なぜかぎりぎりのところまで捲り上げられている。女生徒はその裾を握り締めていた。

 普段はあらわになっていないその部位がさらされていること、それが女生徒をかようにも落ち込ませているのだった。

 最近、怪盗ホチキスと通称される人物が、登校中の女生徒を狙っている。その素性は明らかではないが、目撃証言等によると、女生徒へ忍び寄るやスカートの裾をあっという間にまつりあげて、それをホチキスで留め、ミニへと改造して去っていくのだ。この奇行の理由はいまだ明らかになっていない。

 もう一人、椅子に寄り添うように膝立ちした女生徒が、静かに囁きかける。

「今朝は、大変心苦しい事件に巻き込まれ、さぞやお疲れのことでしょう。でも、ご安心下さい。このお部屋で、お休みすることを許可します。気持ちが落ち着くまで、こちらでゆっくりして下さい。私は生徒会長兼風紀委員長の星影昴(ほしかげすばる)です。何か必要なことがあれば、今のうちにおっしゃって頂ければ、事前に用意も致しましょう。」

 長椅子の女生徒は、首を横に振るのが精一杯のようだ。生徒会長の星影は、女生徒の髪の毛を上から下へ、一回ゆっくり手指でくしけずった。

「でもあなた、そう気に病むことはありませんよ。」

 星影の言葉に、女生徒は頭を起こし、涙をたたえた瞳を向けた。

「あなたのおみ足は、とても美しいですから。決して、隠すようなものではありません。」

 女生徒は星影の意を汲めず、困惑の表情をその涙に重ねる。星影は飽くまで優しく言う。

「あなたは普段、かなり裾の長いスカートでいらっしゃいますね。」

 ここで女生徒は口を空で動かし、やっとのことで返事する。

「……はい。」

「生徒会の規則では、ひざ上5cmまでとありますけれど、あなたはひざ下10cmぐらいはあるでしょう?」

「そうなんです。」

「どうして、そうなのかしら?」

「……」

 女生徒は再び下を向く。星影は、女生徒の拳に自分の手を添えた。

「あなた、ご自分の足を、きちんとご覧になったことはあるのかしら。よくご覧なさい。とても、素晴らしいですよ。」

「……素晴らしい、ですか?」

「はい、その通りです。」

 俯いたままの女生徒へ、星影は静かに、しかし声色にはしっかりとした明るさを込めて肯定を返す。

「……でも、母が、足の素肌を見せるのはみっともないと、そう申しまして、その、この長さに……」

「そうだったの。それならば、私からお母様に、ご説明差し上げるわ。確かにあなたは、お母様に今までそうして守って頂けたから、今の足でいらっしゃるのね。けれども、もう、それは卒業しましょう。」

「でも、ええと……」

 口ごもる女生徒に、星影は穏やかな言を続けた。

「あなたは、あなた自身は、ご自分の足に、人にはずっと言えなかった自信がおありでしょう。でも、隠すことに慣れていたものだから、今、こうも恥ずかしくて辛い思いを、なされているのではありませんか。……飽くまで、これは、私の推測を申し上げているまでであり、的外れならば、とても申し訳ないことかもしれないけれども……」

 星影が女生徒から顔を逸らして済まなそうにしたとき、女生徒はさっと顔を上げて割り言った。

「いえ!会長のおっしゃる通りです。私……私は、母に、自分を表現することを、恐れていました。会長のお手を煩わさずとも結構でございます!私自身から、母へ説明し、スカートの丈を直してみます。」

「そう、よかったわ。今日は不幸な目に遭ったけれども、こうして意識を変えるきっかけになったと思えば、心も軽くなるでしょう?」

「はい!会長、本当にありがとうございます!もう、なんとお礼を言ってよいか……」

「いいのよ、お礼なんて。あなたは、これから、あなた自身に自信を持って、あなたを表現していけばよいだけ。ちょっぴり恥ずかしいこともあるかもしれないけれど、それもまた、自分を表現するために必要な試練と考えてみるのも、いかがかしら。」

「はい、本当にありがとうございます!」

女生徒の目には、既に、悲哀の涙とは異なる輝きが宿されていた。

 そして生徒会長星影は、その姿を見て微笑んだ。

 その心は、

 

 スバラシイイィィィ!!!

 ふともも、ばんざい!!

 ふともも!!フトモモ!!

 イエエエェェェーイ!!

 踊れ!踊れ!脳内踊れ!

 それと、早くあの規則撤廃しちゃえ!

 

 と、歓喜に溢れていた。その星影を見上げるように、訝しげな顔で女生徒が問うた。

「会長?」

「はい?」

「あの、……なぜ、そんなに嬉しそうなのですか。頬を、その、お染めになって……」

 星影はスバラシイ世界へ飛び立っていた思考をすぐに霧散させると、平静を装って答える。

「ええ。あなたがそうして前向きに自分を表現するようになったことを、なんだかね、妹が成長していく様を見ているようで、とても微笑ましく思ってしまったのよ。親心みたいなものかしらね。嬉しいというか、むしろ、可愛いと、感じたのかもしれないわね。」

「可愛いだなんて……」

 女生徒もまた顔を赤らめ、その場はピンク色の薔薇が咲き乱れた……

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■第二話 フトモモ教

 

 これは、怪盗ホチキスの誕生秘話である。

 もうすぐ梅雨となる季節、薄暗いどこぞの部屋の中のことであった。ここはフトモモ教の本部。

 フードローブをまとった二人が、怪しい火の揺らめきを囲んでいる。

「教祖様、いまだに信者の増える兆しがありません。」

 フード奥の表情は明確には窺えないが、その顔に壮年の皺が刻まれた男性が、ため息を漏らす。

「無理を言うでない。まだ活動は始まったばかりだ。何しろ、立ち上げてからまだ二か月。今は雌伏の時期、準備に勤しむのが筋というものだろう。」

 透き通った若い声を発したその女性――教祖――は、火の光をじっと見つめながら、思索に飛んでいた。

 

 あーん、どうしたら、増えるんだろう?

 私達の、な・か・ま(はあと)

 絶対、この世には結構な信者がいる筈!

 でも、これを強引に集めると、

 烏合の衆になってしまうし……

 

 それはぶっ飛んだ思索だった。

 男性がひとりごつ。

「考えてみれば確かに、この時期この今、信者ばかり増やしても、対象が少なければ、ただのイカガワシイ集団に過ぎませんね……。新たに一つ、大きな刑務所が、この国に必要かもしれません。」

「おまえは、その檻の中で拝めるというのか?まさか、自ら進んでフトモモをさらすとかいうのではなかろうな?」

「滅相もないことを、おっしゃらないで下さい。わたくしめは、見せるのではなく、見る方です。だから、信者なのです。神ではないのです。」

「そうだな、済まなかった。やはり、神か……」

 教祖は唸った。因みに、ここでいう神とは、フトモモをさらした女性のことである。ここ、フトモモ教の本部は、その女性を崇める変態集団の巣である。まだ信者は二人だが。

「いっそ、教祖様が神とあらせられるのは、いかがでしょう?わたくしめは、教祖様の御素性は存じ上げませんが、大変スバラシイものと想像しております。これは妄想ではありません。直感です。信者だからこそ分かる、第六感です。」

 やはりこいつは檻に入れておいた方がいいかもしれない、そう教祖が思ったかどうかは定かではない。どうせ、教祖も同じ類なのだから。

 その言葉に教祖は黙った。

「教祖様?」

「……」

 教祖は沈思黙考していた。

「何か、不相応なことを申し上げてしまいましたでしょうか。失礼を申し上げていたのであれば、お許し下さ……」

「いや、そういう方法があるな。」

「神になるのですか?」

「お前はそれにこだわるな……。寒気がするぞ。お前はもしかしたら、私の素性を知っているのではないのか?それでいて、ハアハア言っているような気がしてならない。」

 そもそもハアハア言っていない。

「わたくしめは、一介の信者に過ぎません。第六感はあっても、第七感はございません。素性を見抜くことなど、神以外であれば、教祖様ぐらいしかできぬものと心得ております。」

 教祖は思った。大丈夫だ、こいつは単なるバカだから安心していい。だから万年ナンバー2止まりなのだ。そもそも神こそそんな感覚は持ち得ないだろう、と。彼女らこそ、一市民なのだから。それに、第七感ってなんだ、もういいや。とにかく世の中、お前のようなヘンタイばかりではない、とヘンタイの教祖は一人納得していた。

「神を、作る。」

「えっ!?」

 男性は、教祖の言葉が理解できなかったのか、素っ頓狂な声を上げてしまう。教祖は改めて、ゆっくり、同じ言葉を紡いだ。

「神を、作る。作ればいいのだ。さすれば、自ずと信者は増える筈だ。あの神の神々しさにヤられないものなど、信者ではない。」

 教祖も少し、興奮しているようだった。当たり前のことを言っていることに気付いていないヘンタイ。

「では、どのように……」

「お前の信心はよく分かった。素性の一部を明かすとしよう。私は、若い集団の中に普段はおり、彼ら彼女らの一挙手一投足をよく目にしている。その立場を利用し、神を作り出すのだ。」

「はあ……」

 男性は、まだ想像が働いていない様子だった。教祖は続ける。

「学び舎というところにいる。そこで、半ば多少強引に、彼女らのフトモモをさらさせるのだ。恐らく、彼女らの殆どは、それをひどく恐れるだろう。しかし中には、自らのフトモモの素晴らしさに気付ける者が、いや、密かに気付いている者さえいよう。その者の、心のたがを、外す。」

「なるほど。では、具体的にはどのように。」

 男性は先ほどと余り変わらない質問を繰り返した。やはり所詮ナンバー2、そう教祖は落胆しつつ指示を下す。

「まずはお前に準備を命ずる。お前は、給与を得、わずかばかりの小遣いを、奥さんより頂いている筈だ。」

「じぇじぇ!!ど、どうしてそれを!?さすがは第七感を持つ、わが教祖様であらせられる……はい、その通りにございます。で、何を調達すれば宜しいのでしょうか。ただ、わたくしめの小遣いは大変貧相でして……」

「能書きはいい。今から言うものを買って来い。案ずるな、日本という国の通貨単位で、せいぜい数千といったところだ。」

「ありがたき御言葉、光栄にございます。」

 俺、今、日本語しゃべっているんだけどな、じぇじぇとか、昨今の流行語は素直に受け取れるぐらい、あなたもどっぷり日本人ですよ、というか今朝観てたでしょ。どこまでこの教祖様は異世界雰囲気を堪能したいのだろうと、男性は思ったとか思わないとか。

「買うものは、大小、複数の大きさのホチキスだ。あと、替え芯を忘れるな。これは、定期的に購入するから、毎月、その分お小遣いからの出費が増えるものとして、覚悟せよ。」

「ははーっ。了解にございます。して、どのように用いるのですか?」

 その言葉に教祖は、ぴくりと体を動かす。しかしすぐに気を取り直したか、上半身を屈ませると、両手の先でローブの裾をつまんだ。

「……何をなさいますか!?もしや、やはり神に……」

 教祖は聞こえない振りをした。単に、恥ずかしかったからだ。そして、つまんだ裾を少しだけ、ほんの少しだけ引き上げた。

「このように、裾を持ち上げてから、まあ、正確に言えば、フトモモが現れるまで持ち上げ、その部位をホチキスで留める。あらましはそんなものだ。学び舎の者達は、スカートという、このローブより幾分短い腰巻を身に付けている。そこに、同じことをするのだ、秘密裏に。」

「ざんね……いや、そういうことだったのですか。よく分かりました。」

 男性は少し、安堵したようだった。だがまだ不安があるようで、教祖へ問うた。

「では、それをどなたが行うのでしょうか。わたくしめでは、恐らく、遅かれ早かれ檻に入ることになってしまうと思います。お役に立てず、申し訳ありません。」

「それこそ案ずるな。お前の役割は、飽くまで準備だ。資材の購入に注力せよ。替え芯を切らすな。実際の行動は、私が行う。」

「お一人ですか?」

「そうだ。こういう秘密の行動は、人数が少ない方がいい。それに、私はかなり身のこなしがよい。自分で言うのも、気が引けるがな。」

「その御自信に安心致します。しかし教祖様、くれぐれもご無理をなさらぬよう。」

「もちろん。」

 ただ、このときの二人の安心の意味は、食い違っていた。教祖は、男性を連れて行くことはないから安心せよ、と言ったつもりだった。ところが男性は、日々の小遣いを地道に計算していたのだった。一人でホチキス使うのならば、それほど替え芯はいらないよね、って。

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■第三話 星影昴は朝のトイレが長い

 

「校長!」

 今日も息を切らした教頭が、校長室へ飛び込む。

 すかさず校長は答えた。

「分かりました。被害生徒は、既に生徒会長室ですか?」

「ええ、そうです。怪盗ホチキスです。やられました。今朝の被害は……って、あれ?何か、違和感が……」

「全く、あなたは、何を考えてそのような演技をしているのでしょう。」

「それは、フト……ううん、なんでしょうね……わたしには、わたくしには、その真意は計り兼ねます。」

「全く意味が分かりませんが、それは台本通りなのですか?」

「いえ、単純に混乱しているだけです。今朝の怪盗ホチキスによる被害に。それ故、第一話と同じことを申しているようです。」

「本当のことを言っているのか、余りの事態に錯乱して表舞台と舞台裏を取り違えているのか……あなたは、教頭役としての心構えが足りていないようです。覚悟はおありですか?」

 その言葉に、さすがに教頭も冷静になれた様子だった。教頭の口はまさに「じぇ」を言おうとした形だったが、すんでのところで踏みとどまっていた。グッジョブ?

 姿勢を正して教頭は宣言する。

「……わたしは、わたくしは、万年ナンバー2を脱却したいのです!そのために、こうやって、いつも無茶なことをしてしまいます!本当に、本当に……おのれの適正と職分を、冷静に、今一度、小一時間見つめ直したいと思います。」

 校長は黙っていた。何を言っても無駄なように感じたからだ。それは今、教頭が混乱しているからというより、この人物にはもう手の施しようがないと思い至ったに近い考えからだった。

 教頭は、その沈黙をまたあさっての方向に捉えていた。この時間、空間、今、わたくしめは、校長と意を通じ合っている……ああ、ナンバー2って、やっぱり、天職かもしれない、ってね。

 そんなことが校長室で、「小一時間」続いた。

 

 

 少し時間の遡ること、数十分。まだ怪盗ホチキスによる被害は発生していない。

 校門の前では、登校してくる生徒らを風紀委員の面々が眺めていた。生徒会長兼風紀委員長の星影昴が不在のため、幾らか気が抜けているようだった。

 校門前はひらけており、特に起伏のない街の景色が、駅前の方まで見通せる。低層住宅と個人営業の店舗が立ち並ぶその並木通りは、多くの生徒が登校に使っていた。

 風紀委員の一人が暇を持て余し、隣の委員につぶやく。

「ほんと、今日の会長も遅いなあ……そういうもん?ジョシって?」

「あんた、失礼な人だね。お手洗いって、別に何もあなたがしているようなことだけを、するところじゃあないよ?」

「そりゃあ、知っているけどさ。でも、会長って、行ったらもうほぼ戻ってこないじゃん。いいのかなって。」

「しょうがないでしょ。その間に事件が発生することだってあるんだし。この前だってそうじゃない、会長がいないときに、怪盗ホチキスが現れて、そのまま被害者の介抱に向かったりと、ほんと、忙しいんだから。」

「なんでそう、大事な時にいないんだか……ッいてっ!何すんだよっ!」

 不満を漏らした委員の脇腹に、ひじ打ちが決まっていた。

「あのねえ、じゃああんた、せめて朝一にここに来るぐらいしてみなさいよ。いつだったかしら、風紀委員の癖に遅刻するなんて、何考えているんだか。それこそ、会長の顔に泥塗っているんだよ?覚悟あるの?」

 脇腹の痛い委員は、どこかで聞いたセリフだと思ったような気がしたらしい。

「わたしは、わたくしは……って、俺はそんな言い方しねえ!!なんだ、今日はついてないな。脇腹を痛めると、思考回路がおかしくなるんだよっ。」

「変な癖ねえ。面白いから覚えておくよ。まあともかく、会長は確かにここを空けると長いかもしれないけれど、戻ってくるときは、見違えるほど綺麗になってるよ、いつも。なんていうか、着直してから更にお化粧も直したみたい。それに、なんだろうね、目の輝きが変わっているんだよね。」

「へー。よく見てるんだな。全く気付かなかった。」

「あんた、本当に人を見る目がないねえ、というか、女の子のこと、分かっているの?」

「ああ、分かるぜ。そう、お前は女じゃないな……ッいでっ!」

 本日二度目のひじ打ちが決まっていた。

「やっぱり、分かってないじゃない。」

「い、いや……そういうところ、分かりたくない……じゃなくて、はい、分かるようにします。イゴ、キヲツケマス。」

「棒読みね。台本読んでいるだけじゃ、役者にはなれなくてよ。」

「いいよ、俺は結局、風紀委員のナンバー2にすらなれねえよ……」

「あんたが何を狙っていたのか、よく分からないね。ひじ打ちの後遺症かしらね。」

「そういうことにしといてくれ。」

 そんな緩い登校風景に、悲鳴が響いたのは、そのときだった。

「なんだっ!」

 脇腹損傷委員が、叫びの聞こえた方向へ飛び出して行った。

 その行動を見送ると、ひじ打ちの専門家は少し安堵する。

「まあ、行動力と速さは、ナンバー1だと思うわ。」

 そう誰に言うでもなくこぼすと、ポケットから取り出した機器の受話口を顔に添えた。

「こちら、校門前。事件が発生した模様です。一旦、校門前を離れますが、現場を確認次第、また、折り返します。」

 これが本日の第一報だった。またも怪盗ホチキスによる被害が発生したのだ。

 被害生徒は今回二名の女生徒、両名はその後、生徒会長室で星影よりケアを受け、一名は午前の早いうちに復帰した。

 もう一名は、しばらく会長室に留まることを希望した。そのあと、会長室へ裁縫セットが運び込まれたらしい。

 彼女が部屋より姿を現したときには、スカートの丈がスバラシクなっていた。

 会長室でどんな革命が起こったのか、誰も知る由もない。

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■第四話 信者獲得

 

 再び、フトモモ教本部。

 薄暗いその室内では、若い女性――教祖――が、ちらちらと揺れる火をじっと睨んでいる。

 そこへ壮年の男性――自称ナンバー2――が、軽やかな足取りで近付いてきた。

 たん。たたん。たたーん。たん♪

 厳粛な場にそぐわぬそのステップは、奇異を通り越してただのアホウというよりほか表現のしようがない。

 教祖は目をすがめるようにして、自称ナンバー2に射抜きの視線を送りつつ問う。

「どうした、小遣いでも増えたか。」

 だが、るんるん気分の自称ナンバー2は、動詞しか聞き取れなかったようで、こう答えた。

「いやー、そうなんですよ朗報です!信者が一人増えたんですよ!」

「そうか、では、ホチキスの芯は倍増で調達可能だな。安心しろ、小遣いの用途は私が決めてやる。無駄遣いは社会の損失だ。私なら間違いなく着実に、神と信者を増やすことに投資させてやるから。」

「ははーっ。ありがたき幸せ。信者が増えたんですもん、ホチキスの芯を買う甲斐があったってもんです。幾らでも買って差し上げてみせます!」

「抜かりなくな。」

「はい、承知仕りました。」

 話は微妙に噛み合っていなかったが、お互い、最低限必要なことは伝え合えたからなのか一旦、会話は終了した。

 教祖は一呼吸置き、何かひらめいたかのように一瞬目を見開くと、おもむろに問い質した。

「して、その信者とやらは、どんな奴なのだ?」

 自称ナンバー2は、慢心して答える。

「はい!かなりの逸材と見受けております。わたくしめの第六感が、唸りを上げて、脳幹に刺激を送り続けてくるくらいです。もう、アドレナリンがドーパミングしまくりです。」

「ドーパミング?」

 教祖は聞き覚えのない言葉に、つい、おうむ返しをしてしまった。しまったという表情をしたときには、とき既に遅く、自称ナンバー2は焦って語り出していた。もちろん、教祖の困惑を読み、失礼を犯したのだと勘違いした故だ。

「も、申し訳ございません。教祖様ならばご存知と思い、専門学術用語を申し上げてしまいました。神経伝達物質のアドレナリンが、どぱどぱ出ることを、ドーパム、と言います。だから、その進行形はドーパミング、まあ、世間一般にはもう少し原語主義的に、ドーパミンっ、と発音されているようですが。」

「……新たな信者の具体像は?」

 語りを無視して教祖は改めて尋ねた。

「信者は一名。かなり若く、今後の成長や活動の広範化が期待できます。」

「その信心は、どの程度のものか、量ったのか。」

「実は、その者は、わたくしめが俗世で給与を稼いでいる職場に、毎日のようにやってくる者でして。」

 そうか、生徒か。教祖は納得した。そして、ある程度の目星を付けていた人物と推察し、問いを詰めることとした。

「なるほど。するとお前は、信心の場面を、目撃したということだな。」

「その通りにございます。ある者より一報を受けまして、然る現場に駆けつけましたところ、そこに、女性とその信者がおりました。」

「女性は神だったというわけか。」

「左様にございます。先日、教祖様が手掛けられた、スカートをまつり上げた神です。神を介抱していたその信者は、目の輝きが信者特有の、その……そうです!この目です!わたくしめのそれと同じものだったのです!」

 突然に教祖へ近寄り、自らの見開いた目をゆび指して迫る自称ナンバー2。教祖は耐えた、その目を人差し指と中指でぶち抜くことを。折角信者が増えたのに、ここでまたもとの人数に戻ってしまっては元も子もない。こんな目でも、この目があってこその信者であると今更ながら理解せざるを得なかった。

 それに、これで教祖は確信を得たのだった。その人物は、やはり、目星を付けたあの者に違いないと。

「ふむ。そやつは今、どこに。」

「必要でしたら、こちらへ呼び寄せますが。」

 教祖は訝るが、ここは任せることにした。

「分かった。ここへ呼べ。」

「では少々、お待ち頂けるようお願いします。しばらく席を外すことを、何卒お許し下さい。」

 そう言って自称ナンバー2は、暗がりへ消えていった。

 そして、しばしのち――

 

 ぴんぽんぱんぽーん

 お呼び出しを申し上げます

 

 と放送音に乗って、自称(以下略)の声が鳴り響いた。このフトモモ教本部でもよく聞き取れるほどに。

 教祖は驚愕した。何をしているんだ、アイツはっっ!!

 頭を抱える教祖の頭上から、放送音は無情にも降り注ぐ。

 

 お呼び出しを申し上げます

 風紀委員の高城春樹(たかぎはるき)くん

 至急

 教頭室までお越し下さいますよう

 宜しくお願いします

 繰り返します

 風紀委員の高城春樹くん

 教頭室までお越し下さいますよう

 宜しくお願いします

 ぴんぽんぱんぽーん

 

 こいつは、だから、万年ナンバー2なんだ!教祖は改めて、ひらめいた案の早期実施を決意するのだった。フトモモ教のナンバー2を、その信者に差し替える。効果があるかどうかは分からない。しかし、自称ナンバー2よりは頼れることを、日々の観察から見抜いていた。

 その後、高城を連れてきた自称ナンバー2は、ふと疑問を口にした。

 小遣いは増えていないのですが、どのようにホチキスの芯を買い増せばよいか、一緒に考えませんか、と。新信者に。

 直後、教祖が自称ナンバー2の目を潰しに掛かったのは言うまでもない。

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■第五話 対峙

 

「校長!」

 しぶとくも息を切らした教頭が、校長室へ飛び込む。

 ところが校長は既に一報を受けていた。

「風紀委員の西條令(にしじょうれい)さんから、報告を直接受けました。すんでのところで被害は免れたようですね。」

「ええ、そうです。怪盗ホチキスです。やられました。今朝の被害は……って、いえ、やられていません。やれなかったようです!」

「全く、あなたは、どなたの肩を持っているのでしょう。」

「それは、フト……ううん、なんでしょうね……わたしには、わたくしには、その真意は計り兼ねます。」

「やはり意味が分かりませんが、それは本心なのですか?」

「いえ、単純にフト……ううん、布団が好きなだけです。」

「あなたは教育者としての心根が、その芯からゆがんでいるようです。そのような自己認識はございますか?」

 「芯」という言葉に反応した教頭は、襟を正して即答した。

「はい!万が一の不足がないよう、毎月の小遣いを節制して調達に勤しんでおります。ただ、調達の倍増はなかなかに苦しいのですが、日々の食事すら抜くほどの信心で乗り越えてございます。」

 校長は、教頭の錯乱状態を見越して、その言わんとすることを理知的に汲み取ろうとした。

 布団が好き、睡眠時間が欲しいという暗喩。自己認識の不足がないよう調達に勤しむ、それはもしや書物の購読による自己啓発を意味するのだろうか。睡眠と食の欲を省いてまでの献身、確かにそれは教育者としていささか度が過ぎてはいるものの、尊敬に値する姿勢――校長は鋭かった視線を緩め、低頭した。

「あなたには敬服しました。そして、大変失礼なことを申し上げたこと、お詫び致します。ただ、あなたはよい教育者ですが、もう少し、おのが身を労わりながら、教育の道を進められても、よいのではないでしょうか。」

 その言葉を聞いた教頭は、立ち居ままにして涙した。

 ああ、わたくしめの信心は、信者ではない校長にも伝わるほど、純粋なものだったのか――ナンバー2であることに感慨の度を益々深めていく、勘違い自称ナンバー2であった。

 ここに校長は、一つだけまだ解決していない疑念があった。なぜ教頭は、怪盗ホチキスの肩を持つような発言をしたのだろう、と。

 しかし教頭の涙を見て思い直す。いや、それは捉え違いだ、西條令からの報告を伝え遅れたことを、「やれなかった」と言ったのだ、そうに違いない。全く、この人は誰かに支えられる必要があるからこそ、教頭として、ナンバー2としての立場が相応しいのだ、それはうだつの上がらないことを意味するわけではなく、天職としてその地位となることを授けられているのかもしれない――度量の限りなく広い校長は、教頭の心根を曲解してしまった……

 

 

 かたや校門前。校長や教頭へ一報が届けられる前に、くだんの出来事は、この近辺で起きていた。

 風紀委員一同が校門前で登校してくる生徒らを監視している中、女生徒の悲鳴が上がった。ところが、いつもは真っ先に現場へ向かう役どころである委員の高城春樹は、久し振りの惰眠をむさぼっていた。要するに、遅刻して校門前監視に参加していなかった。もちろん、委員長の星影昴は、ご不浄へおいとましていることになっている。

 こういうときは、委員内で最速の女子ランナーとうたわれる西條令が、現場急行を買って出ざるを得なかった。

「何で大事な時に高城は遅刻するんだかっ!あとで新開発のひじ打ち三回転ひねりをお見舞いしてやるんだからっ!」

 西條は走り出しながらポケットから機器を取り出し、一報を教頭へ伝える。

「こちら校門前。事件が発生しました!現場に急行します。また次報しますっ!」

 要件を手短に伝えて機器をしまい込むと、前傾を深め加速した。

 西條の視界前方に、倒れた女生徒と、今まさにそのスカートへ手を伸ばさんとする不審者の姿が捉えられる。仮面舞踏会ばりのマスク姿だった。

「そこの不審者!ってあなた、不審者の自覚がなかったら分からないかもね!ほらっ、怪しいマスクして手にホチキス持っているあんたのことよ!」

 西條が大声で容姿を叫ぶと、さしもの不審者もおのれを指でさして首を傾げた。ワタシ?とでも言っているかのように。

「きーー!!そうだよ、あんたのことだよ!!ほかにそんなフシンな奴がいるわけあるかい!!さっさとその女生徒から身を引きなさい!さもないと、ひじ打ちで思考回路を破壊するわよ!」

 高城以外に伝わるかどうかも分からない、微妙な表現で威嚇する西條。

 不審者は特に慌てるふうもなく、おもむろに立ち上がる。不審者を間合いに収めた西條は、歩を緩めて対峙した。

 両者の睨み合いを、遠巻きに複数の生徒が見守る。面倒を避けるために、西條は再びポケットから機器を取り出し、視線を不審者から外さずに通話する。

「ちっ、教頭先生は繋がらないかっ!」

 西條は緊急手段に出る。掛け直す。

「校長先生、じかで大変失礼します。風紀の西條です。不審者と対面しています!校門から東に一区画ほどの路地です。周囲の生徒の安全確保と、増援をお願いします!」

 校長への連絡を西條が言い終えるや否や、不審者は飛び込んできた。西條は叫ぶ。

「卑怯者がっ!」

 しかし、不審者はそのまま西條の脇をすり抜け、その際に囁く。

「どちらが卑怯者でしょう?」

 背後を取られたと思った西條は、身をかわしつつ頭を旋回させる。だが、そこに不審者の姿はなかった。

「どこ!?」

 周囲の気配を探るも、やはり、不審者はもう既にその場から姿を消していたようだった。

 あれが怪盗ホチキス――西條は、残された言葉を反芻しながら、警戒を続けていた。卑怯者?私が?一体、何のこと?

 そして、取り逃がしたこと、隙を見せてしまったこと、それらは西條を苛ませ、二度と繰り返さないことを決意させた。

 因みに高城は、余裕綽々の大遅刻登校後、西條に新技を繰り出されて思考回路を乱すことになる。致命傷を食らってから漏らされた言葉は、「フト……」だったという。とにかく、言い終える前に意識を失わせてしまったため、西條は技の威力調整にも精進する決意を固めるのだった。

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■第六話 命名

 

 ここ、フトモモ教本部では、まったりとした時間が流れていた。

 新しい信者――高城春樹――は、着慣れないローブをまとって部屋の整理をしている。

 既存の信者――自称ナンバー2――が、ため息をついた。

「やはり、倍増は空腹を招くようです。いっそ、この芯の山を食すれば、少しは治まるのでしょうか。」

「ものは試しだ。やってみろ。」

 若い女性――教祖――が、うそぶいた。

 自称ナンバー2は、教祖からの言い付けを律儀に守り、当初の必要と計算した分量の倍で、日々、ホチキスの芯を買い続けていた。

 しかし、日増しに本部は未開封のホチキスの芯で埋まっていったのだった。どう計算を間違えたのか。でもそんなことはどうでもよいことだ。余りに多過ぎることに気付けば、その時点で調達を調整すればよい。それにもかかわらず、自称ナンバー2は、一心不乱に調達を続けたのだ。

「……」

 自称ナンバー2は、おもむろに芯1000本入りの小箱を手に取ると、その開いた口の中に投げ入れた。

 ぱくっ

「うまいか?」

 呑気に教祖は問う。

「……」

 がりごりっ

 なかなか苛烈な音が厳かな空間に響いた。

 高城は呆気に取られ、その光景を眺めてしまっていた。

 自称ナンバー2は、数回噛み締めたあと、涙した。

「おいしくはありません……食欲の沸くものではないようです。幾分、鉄の味がします。」

「そうか。」

 教祖は興味がないようだった。

「あ、……いや、少し、別の鉄の味が混ざってきました。」

 その声で高城は我に返る。

「違いますよ!それは教頭先生の血の味です!早く、吐き出して下さい!」

 高城は自称ナンバー2に駆け寄り、口の中の異物をかき出した。

「ごほっ……申し訳ありません。まだここに慣れぬあなたに、こう、介抱されるようでは、わたくしめは一体、これからどう信仰の道を歩めばよいのでしょ……」

「高城。」

 自称ナンバー2のうわごとを無視して、教祖は高城に呼び掛ける。

「はい、なんでしょうか。」

 高城は介抱を続けながら、教祖に振り向いて返事した。けれどもその胸の内には、ある思いが沸いていた。なぜ教祖は、こうも教頭に理不尽な仕打ちを強いるのだろう、と。今回の件も極端に過ぎるのでは感じていた。

 教祖はそんな高城の疑念を察してか、こう諭した。

「お前は、優し過ぎる。これは、試練なのだ。」

「試練、ですか?」

 高城は眉根をひそめるが、教祖は頷きで返す。

「そうだ。こいつは、芯を買い過ぎたがために、自らの食いぶちを細らせた。この意味が分かるか?」

「……意味……」

 高城は困惑した。教祖はなおも続ける。

「これは、何かを取れば何かを失う、という意味だ。こいつは、芯を調達するという信仰の方を取り、代償として食費と食事を失ったのだ。信仰の道とは、まさに、このことなのだ。どちらを取るか、そのたびに、おのれの信心で天秤に掛け、選ぶ。」

「では、なぜ、芯を食すよう促されたのですか?」

 高城は問い返した。すると一瞬の間を置いて、教祖は答える。

「……失ったものは元通りにはならない。そういうことを分からせるためだ。」

 深い。高城は教祖の言葉に感じ入っていた。対して教祖は、多少冷や汗を流していた。そんなの、面白いからに決まっているじゃないか……って。言えないもん、そんなこと。

 教祖は、ぼろが出るのを恐れてか、話題を変えた。

「それとだな、高城。こいつのことは、これからは、『ツー』と呼べ。」

「教頭先生をですか?」

「そう、こいつだ。ここでは、異世界雰囲気を醸すために、呼称を変えよ。また、今後は隠密行動をする際に、こういった呼び名が必要になってくる。今のうちに慣れておけ。信者は対等だ、お互い呼び捨てで構わない。」

 異世界雰囲気、は言わなくてもよかったんじゃないか、と教祖は後悔したがすぐに思い直した。これは大事だ!と。雰囲気重視!あと、ほかは呼び捨てでも私のことは「教祖様」って呼んでね(はあと)

 自称ナンバー2は、血の味を噛み締めながら新しい涙を流していた。わたくしめは、ツー……!遂に、教祖様はナンバー2として、わたくしめをお認め下さったということなのですかっ!……ツー……ツー!

 他称ツーがモールス信号のような心の声を発しているとき、教祖は高城の名を思案していた。

 あいつは調達係だから、ちょうたつー、ってことで、つー。んじゃあ、高城には、何をさせよう。やはりその俊足を活かした搖動部隊か。ようどう、かくらん、うーん、語呂がよろしくないな。おお、そうだ、確か弱点があったな、脇腹だ。じゃあ、わきばらー、ってことで、ばらー。うん、いいぞ。

「そして高城。お前は、『バラー』だ。バラー、そう呼ぶこととする。」

 教祖は高城を命名した。高城はその名を復唱する。

「俺は、バラー……」

「お前はこれから、搖動を担うことになる。特に、足腰の鍛錬を怠るな。」

 高城は搖動の様を想像した。敵陣に切り込み、その群れをばらばらにする。だから、ばらばらー。で、バラーなのかな?まあ、分かり易くていいかも。

 まさか弱点で呼ばれているとはつゆとも気付かぬ高城であったが、教祖の呼び名について、ふと思い沸き、その通称を口にした。

「では教祖様は、素直に、怪盗ホチキスと呼べば宜しいのですか?」

 私は教祖様〜なんて思って聞いていた教祖は、そのあとに続いた名称に思わず吹いた。

「だ、誰がそんな呼び方をしてよいと言った!?」

 教祖の慌て様に、高城は戸惑いながら返答する。

「い、いえ、申し訳ありません!もっと、ひねりを利かした名前にすべきですか?」

「そういうことではない!あれは、ツーが勝手に作った俗称だ!私のことは、教祖様でよい!」

 はたでツーはこのやり取りを聞きつつ、自分で「様」言うなとか思ったものの、内心ヤッタネな気分だった。実は初めて教祖がホチキスによるスカートまつりあげを行ったとき、その報告を校長にした際、咄嗟のことで作り出してしまった通称なのだった。

 「怪盗ホチキスなる者が行いました」と。

 その通称を聞いて教祖は憤慨したものの、噂はすぐに広まり、誰もがその名を口にするようになるまでに、そう時間は掛からなかった。

 そして、その名の囁かれるたび、教祖が恥ずかしくなる様を見て、ツーはちょっと仕返しができた気分になるのだ。ヤッタネって。ツーもツーで、やられているばかりではないのだった。

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■第七話 フトモモの悩み

 

「校長!」

 なぜか息を切らした教頭が、校長室へ飛び込む。

 校長は平静だった。

「今日は風紀委員の方より、特に報告は受けておりませんよ。平穏な朝です。」

「ええ、そうです。怪盗ホチキスです。やられました。今朝の被害は……って、いえ、やられていません。そもそもやっていないようです!」

「全く、あなたは、常日頃どんな妄想をしているのでしょう。」

「それは、フト……ううん、なんでしょうね……わたしには、わたくしには、その真意は計り兼ねます。」

「やはりあなたの思考回路は理解できませんが、……あなたは誰ですか?ここはどこですか?」

 校長は、教頭をテストした。すると、教頭は答える。

「はい。わたくしめは、ツーです。ここは、本部の隣の部屋です。いや、もとい、教頭室の隣にある校長室です。」

「……」

 とても静かな、特に事件性もなく、少し肌寒さの感じる梅雨の朝だった。

 

 

 またしても校門前。

 そぼ降る雨の中、風紀委員らが登校する生徒を見守っている。

 いらいら。最近、高城春樹がよそよそしい。そのことが西條令を苛つかせていた。

 遅刻を咎めたことが彼を委縮させてしまったのかと、西條は自らを責めもした。しかし、西條が高城本人に問えば、それは単に寝坊で自分が悪かったのだから気にしないでくれ、と懇願されるのだ。しかも恥ずかしそうに顔を赤らめて言われるものだから、もう彼女はそれ以上問えなかった。恐れられている、という態度でもない。そのため、おのれの非ではないのだと推すよりほかなかった。その確証のない推察のみが、西條の心に微かな癒しを与えた。

 高城にも、本音を言えない理由があった。実は遅刻の理由は寝坊ではなく、妄想が止まらないが故の事故であった。

 その妄想の根は、「西條のフトモモが見たい」であった……

 そんな二人を、影から眺めていたフトモモ教の教祖は思う。手遅れにならないうちに、彼女の心のたがを外さねばならない、このままでは狂って邪教の信者になってしまうかもしれないもの!

 その邪教とは、相手の意も汲まず、強引にフトモモをさらさせ、且つ、それをむさぼるフトモモモモモオレノモノ教。フトモモ教の教祖自身が、限りなくその信条に近い奇行を働いていることに気付いていないのは、唯一の救いか。……救いか?

 風紀委員長でもある星影昴は、校門前で生徒らを見守りつつも、同じ委員である西條と高城へ、より多くの思考を割いていた。因みに今朝も高城は不在だ。青春妄想真っ盛り暴走中!

 この二人がキーである――と、星影は考えていた。なんの?気にしてはいけない♪さりげなーくおもむろに西條へと近寄り、声を掛ける。

「西條さん。」

「はい。なんでしょうか、会長。」

 西條は苛立ちから来る不快感を飲み込んで、星影に応える。

「先日の不審者の件、やはり、あなたのおかげで、被害を食い止められたのだと思いました。改めて感謝します。安全確保や増援の素早い連絡がなければ、被害が拡大していたかもしれません。」

 西條は、星影から二度も同じことを聞かされるとは思っていなかったため、当惑した。事件直後、ほぼ同じ内容の感謝を星影から受けたからだ。

 事件以来、教職員や生徒らからの度重なる賛辞のほか、無遠慮な好奇心からの問いや言葉を浴びていたことに辟易していた。さすがにそういった声は当時よりは鳴りをひそめていたものの、いらいらを抑え込んでいる西條には二つの意味でこたえた。またか、という思い、それから、会長がどうしてそのような思慮のないことを、という思い。

「……いえ、私には、荷が重過ぎました。不審者は取り逃がしましたし、だから……」

 西條は言葉が続かなかった。会長に同じことを再び説明する自分という様が、悲しくて仕方がなかったから。

 下を向いてしまった西條に、星影はそっと寄り添い、抱き留めた。西條の手から傘が落ちる。涙を抑え切れなくなった西條に傘を掛けつつ、星影は謝る。

「ごめんなさい。いじめるつもりはなかったの。でも、どうしても、あなたには必要なことだったから、敢えて、また、言うことにしました。」

 西條には分からなかった。星影の意図が。

「……会長……どうして……」

 星影は額を西條の額に当てると、目を瞑って語った。

「あなたは今、辛い筈です。そのわけは、決して、不審者を取り逃がしたことでも、被害を食い止めたことによる賞賛や興味本位の声をたびたび受けることでも、ありません。確かに、これらは、あなたを苛ませるのでしょう。けれども、普段のあなたなら、取るに足らないことの筈です。」

 星影の言葉に、西條は胸が強く痛んだ。

「うっ……会長!会長!私は、どうして、こんな目にっ……」

 嗚咽する西條。星影は優しく呼び掛ける。

「西條さん。あなたは今、試練を受けているのです。生きていくことは、生き続けることとは、試練を乗り越えていくことです。あなたが辛いのは、気付いていない弱さが傷付けられているからかもしれません。私も、あなたも、誰にも、どこかに弱さがあって、その弱さは、他人にはおろか、本人ですら、なかなか分からないけれど、その本人、あなただけが、あなた自身だけがこそ、そのものを分かることもできるのです。今ある弱さに気付き、それを見据え、意識してその存在を受け入れる、そういう試練です。大丈夫、あなたはもう気付きつつあるのだから、自分に自信を持ちなさい。」

 話を聞くうちに西條は、不思議と落ち着いてきていた。会長は、こう言っているんだ。乗り越えられる、と。

 抱き留めていた西條を放し、星影はポケットから取り出したハンカチーフで目元を拭ってやる。西條は気丈な表情に戻っていた。

「会長。」

「……」

 星影は何も答えない。西條は宣言する。

「ありがとうございます。私は、風紀委員の西條令です。会長の補佐をする立場なのに、お手を煩わせて申し訳ありません。必ず、ご恩に報います。」

 星影は少しだけ口元を緩めて返した。

「気負いは必要ないわ。その心意気だけを受け取っておきます。応援しています。」

 西條の背後から、嬌声が聞こえる。星影は声の聞こえた方を見て、囁く。

「ほら、あなたを慕う生徒達が、待っていますよ。」

 西條は照れつつも頷くと、傘を拾ってから、声を上げた女生徒らの方へ向かった。彼女は、女生徒特に下級生からの思慕が篤かった。強さと不屈の姿勢が、彼女らを引き付けるのだろう。

 星影は西條と女生徒らを眺めながら、願うのだった。

 あなたが彼女達との触れ合いを求めるのも、また、彼女達があなたを求めるのも、それは、ひとえにフトモモのためなのよ!早く、気付いちゃいなさい!

 ほんとかよ。

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■第八話 コーヒータイム

 

 ここは校長室の隣にある教頭室……じゃなかった、フトモモ教の本部。

 この部屋では、ホチキスの未開封替え芯の箱が積み上がり、壁となって空間を占拠。その壁は所々で折れ曲がり、本部はさながら迷路のようになっていた。

 教祖は壁の向こうにいるだろうバラー――高城春樹の通り名――を呼ぶ。

「バラーよ。」

「はい、教祖様。」

 声が右後方から聞こえたので、そちらを振り向きつつコーヒーを口にする。そして、壁の向こうからはカップを置く音が鳴る。

 ただいまコーヒータイム。各々が思い思いの場所で、フトモモの妄想……ではなく瞑想にふける。なかなかに優雅な、お時間だ。いや、やましくイカガワシイ時間にほかならない。

 壁向こうと同じく、カップを置き、教祖は問うた。

「お前は、西條令の何が好きなのだ?」

「フトモモ。」

 質問に重なるかのように、バラーの即答が返る。直後、響き渡る音。

 がちゃん!!ぱりん!!

「あぢいい!!」

 教祖は、そのやかましい状況から光景を想像した。恐らく、質問に対して脳髄的反射でフトモモと答えてしまったバラーが、自身の答えに驚いてソーサーを落としたのだろう、と。まだまだ信心が足らないようだな、意識と無意識がリンクしていないぞ。

 騒音に気付き、ツー――教頭の通り名――も声を上げる。

「どうされました!壁は大丈夫ですか!?」

 心配なのは、そっちかよ!しかも壁言うな!と、教祖は心の中で突っ込む。いや、これこそ信仰だ。ツーにとって、壁即ちホチキスの芯は、おのれの信心を量で示したようなものだ。さすが年の功、ひとあじツーは違うと思い直す。いやいや、味そのものが全く別方向よ?

「ご心配無用です!壁は、全く崩壊していません!」

 バラーはツーを気遣う。

「そう……ですか。安堵致しました。こうも易く意識が乱されるようでは、わたくしめも、まだ信仰の道は途上なのですね。良い試練を与えて下さり、いたみいります。」

 視点を変えれば、ツーの信仰は、かようにも脆いとも言えよう。それこそもし、壁が倒壊したらどうなるのだろうか、と無粋にも教祖は邪推した。

 さて、バラーの心の奥底を実況。西條のフトモモ……が見たい!!でもでもっ!!

「……ぐっはあっ!!」

 しばしのち、バラーの心の叫びは実際に言葉となって発露し響く。教祖はバラーに語り掛ける。

「バラーよ。」

「は、はいいいぃぃぃぃ!!」

 バラーが絶叫している。教祖は続ける。

「お前は正しい。」

「はいぃぃぃぃぃ!?」

 語尾上がりの絶叫がこだまする。

「あ、コーヒーこぼしたローブはツーに渡せ。そして、ツーはしみ抜きと、割れたカップの調達をしておけ。」

「はいぃぃぃぃぃ!?」

 因みに今度の絶叫はツーのものだ。今月のお小遣いもうピンチ!

「調達全てにおいて、お前に掛かっている。だからこその、ツーなのだ。」

「は、はいいいぃぃぃぃ!!」

 これもツーの絶叫的返事。教祖は、調達係だから、ちょうたつー、「つー」なんだよ♪って言ったつもりだが、もちろんツーの脳は別次元に解釈。ああ、ナンバー2の「ツー」だからこそ、縁の下の力持ち的役割を担えるということなのですね、ありがたき幸せ、めでたしめでたし……本当にめでたい奴だった。

「そして、バラーよ。」

「は、はいいいぃぃぃぃ!!」

 バラーが再度絶叫する。これではエンドレスだと思った教祖は踏み入る。

「お前の頭の中を正確に説明しろ。それだけでいい。私は教祖だ。何も隠すことはない。そもそも、私の第七感でお前の心の全てが見通せている。飽くまで、お前の自己認識を確定させるためだ。お前自身が説明すれば、お前自身がその言葉に、自分で納得できる。自分を理解できる。試練と思って、説明しろ。」

 嘘よん。教祖は第七感を知らない。そもそも第七感って、ツーの受け売りだし。でもバラーを開眼させるためには便利なワード。教祖は改めて、ツーを見直した。今日のツーはポイント高いよ?

 バラーは一呼吸置くと、マシンガンのように心情を吐いた。

「もう……止まらないんです!西條のフトモモの想像が妄想が!駄目です、耐えられません!ナマが、見たくて見たくてしょうがないんです!好きなんですっ!西條のフトモモがっ!でも、できません!見れば思考回路が、確実に破壊されます!」

 恐れる必要はない、既に壊滅的に破壊されている。バラーのローブを脱がせていたツーですら、その嘆きを聞いてそう思った。

 全く、フトモモは、みんなのためのものだぞ。独り占めするものじゃない――ツーはそう得心していた。確かに、こいつもまた、思考回路が致命的にイカレていた。

「なぜ、見られないと思うのだ?なぜ破壊されるのだ?」

 教祖が抑揚を抑えて問う。バラーは苦しそうに身を折って絞り出し――ているだろうと、教祖は気ままに想像しながら聞く。

「西條に、本当は、嫌われているんです!彼女は、俺のことが嫌いなんです!!だから、近付けば、脇腹をひじ打ちされて、思考回路が破壊されます!ぐあああぁぁぁっ!!切ねぇぇっ!西條おおぉぉぉぉっ!頼むから、死ぬ前に、一度でもいいから、見せてくれえええぇぇっ!!うあー……ううっ」

 バラーの断末魔が聞こえた。でもまだ死んでいない。教祖はこぼす。

「ほかの女の子に、見放されるわけが分かる。」

「うぅっ……なんですか……それは……」

 だから、おとこ女に好かれたんだな。教祖は納得する。

「女の子を褒めるには、どうしたらいいか分かるか?」

「……いきなり……なんだか分かりません……」

 まだ思考回路が破壊されているようだ。もとい、とうの昔から思考回路が壊れているようだ。ため息をついてから教祖は語る。

「服装と、化粧を褒めるのは、同義だ。だから、化粧を褒めるなら、素材のいいことを褒めよ。また、それとは別に、もちろん、内面も褒めるのだ。」

「フトモモの内側……うちもも?」

 駄目だコイツ。教祖は諦めて、極論を言うことにした。

「素直に伝えればいい。相手の目を見て、相手の心に届けて。それだけでいい。西條が好きだと。」

「フトモモが抜けています。西條のフトモモが好きです。」

 バラーが突っ込む。意外に冷静だな、と教祖は感心した。

「いや、それでいい。敢えて、フトモモは言う必要はない。言葉は簡潔なほどよい。」

「……よく分かりませんが、分かりました。」

「私のたわごとは以上だ。参考にでもするがいい。」

 言い終えると、教祖はコーヒーカップを手に取った。

「あの〜、教祖様は恥ずかしくないのですか?」

 そこに、バラーがおずおずと言葉を差し挟む。

「なんだ?」

「さきほどおっしゃっていたのは、自分が褒めて欲しいところなのでは……」

「……」

 がちゃん!!ぱりん!!

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■第九話 スバラシイ真実

 

「校長!」

 今日も息を切らした教頭が、校長室へ飛び込む。

 校長は優しく微笑んで言う。

「今、いいところですよ。」

 校門前に絶好のアングルで設置された監視カメラの映像を眺めていた。

「見てもいいですか。」

「もちろん。」

 二人は仲良しになった。適当な話だな。

 

 

 その校門前は、騒然として欲しかった。

 仮面舞踏会仕様マスク姿の通称怪盗ホチキスが、堂々と現れていた。道路の、ど真ん中に、すっくと立ち、頭上でV字に伸ばした両手それぞれにホチキスを持って、カチャカチャやっている。芯がぱらぱらと校門前に散らかっていく――迫力に乏しいものの充分に奇怪な演出だった。それは注目を招くどころか、道行く生徒らは、知らぬ振りをして通り過ぎる。そりゃあ、関わりたくないさ。それに車にはねられても、おかしくないぞー

 風紀委員の西條令と高城春樹が、怪盗ホチキスの前で牽制する。ほかの委員は警戒線を張る任務にて、舞台より退避。参加人数は少ない方が書き易い。

 二度と怪盗ホチキスを逃がさず隙を見せまいと決意した西條は、全神経を対決に集中させていた。一方、高城は腰が引けている。

 怪盗ホチキスの芯が尽きて、スカスカいい出した。腕を下ろして彼女は言う。ふー、だるかった〜

「バラー。」

 西條の脇で構えた高城が、びくつくように反応する。訝る西條。

「高城?」

 西條から見ても明らかに、高城は動揺していた。

 高城は、怪盗ホチキス――教祖――に心の内をさらし、そして西條(のフトモモ)への告白をほのめかされていたものだから、その二人を傍にして、心のたがが外れかかっていた。

「芯を用意しなさい。このままでは、作戦が続行できません。」

 怪盗ホチキスは、優しい口調で高城に指示した。しかし、その内容は相当マヌケである。あれほど替え芯を絶やすなと喚いておきながら、どうしてアンタが持っていないのよ?

「……!」

 高城は何も答えない代わり、一旦脱力したあとに全身をこわばらせた。拳は血管が浮き出るほどに握り締めてはいるものの、目を強くつぶり、不審者への表向きの抗議の姿勢は完全に消失していた。

「高城……」

 警戒を解かずも西條は、高城の異変に気がざわめいた。怪盗ホチキスは、なおも高城に語り掛ける。

「作戦は、私達に、そして、世界のために必要なものです。それはもちろん、あなたにとっても、同じことなのです。いえ、むしろ、あなたのために必要と言いましょう。」

 高城は身震いした。教祖は、作戦を、作戦通りに進めよ、と言っているのだ!作戦……作戦ってなんだ!!さくせーん、ざくせーん、ザクセン州!!ほあーー!うおおっ!俺は、俺はっ……!!

「俺は、西條(のフトモモ)が好きだ!」

 作戦は実行された……のか?誰にもよく分からなかった。ただ、高城の振り絞った声は、怪盗ホチキスに対して身構えていた西條の、無防備なトキメキを射抜いた。

「高城っ……!」

 振り向いた西條は枯れた声を上げ、高城を凝視して膝を崩した。もう、体に力を入れることはできなかった。高城は目を見開き、地に崩れた西條に歩み寄る。

「いつもいつも、西條(のフトモモ)を見ようとしていた。でも、見られなかった!」

 それはスカートの中だから当たり前だ。

「だから、俺は、西條(のフトモモ)を想像するしかなかった。別にやましい気持ちじゃあ、ない!純粋に、見たかった……見ていたかった!」

 言い切った高城は、何も隠すことがなくなった。ただ一つの言葉を除いて。西條に対する(ほぼ)全ての弱さを伝え、その身からは、(ほぼ)もどかしさと、そして辛さが消えていった。

 西條はいつの間にか涙していた。声は出せなくなっていた。それを見た怪盗ホチキスは、作戦を変えることとし、西條へ名乗る。

「私は、フトモモ教の教祖です。」

 フモフモ教?西條にはそう聞こえた。仮面舞踏会マスク越しの声は、確かにそうとしか聞こえなかった。モフモフ教の間違い?もふもふしたものを愛でる感じかも。女子感バッチリ!西條の隠れた女の子の部分がきゅんきゅんした。どうでもいい。

「お分かりかしら。あなたは、勘違いをしていたのです。自らの本当の姿を隠して、隠している振りをして、気付かない振りをして、自分に嘘を付き、あたかも、(フトモモに)興味のない素振りを、それどころか、おのれのみならず、他人の(フトモモの)スバラシサすら、隠そうとした。それを、卑怯者、と私は言いました。」

 西條は息を飲んだ。因みに後半のスバラシサのくだりが理解できず、また高城の告白による衝撃が今なお打ち響いており、彼女は混乱しつつあった。怪盗ホチキスは――おっと、そう書くと怒られるから――、教祖は西條へ更に諭しを説く。

「そして、あなたはもう一つ、勘違いをしています。あなたのひじ打ちは、決して、バラーだけのためのものではありません。」

 ……バラー?高城のこと?

 西條は混乱する思考を必死に排斥しながら、高城の反応を思い出す。

 愛の戦士とか(ラバー?)、薔薇の似合う男とか、そういう意味なのかも。なんて恥ずかしい……でもそれを堂々と言ってのけるこの人は、どれだけ愛に深いのかしら……すごい……スバラシイ……ああ、スバラシサってそのことなの……?

 またしても高城の別名は、崇高なる飛躍を遂げて、物語を膨らませてくれていた。だから、ただの弱点のことなんだって。あんたが常々ひじ打ちをぶちかましている、高城のヨコッパラのことですよん。

「あなたのひじ打ちは、思考回路を破壊していたのではなく、心に気付きを与えていたのです。今までは、使い方やその効能を意識せずに用いていたため、気付けずにいただけです。そのひじ打ちは、いわば、キューピッドの矢です。スバラシイ(フトモモへの)愛を気付かせる、最後の一押しだったのです。」

 西條はただただ聞いていた。今までのひじ打ちが走馬灯のように、彼女の脳裏を駆け巡る。脇腹痛い。

「うすうす気付いていた節もあるでしょう。今のあなたは、その力を、自由に使えます。意識を集中すれば、演説で、聴衆へ説きさらすことさえ、できるかもしれません。私にはない力です。」

「まさか……」

 掠れた声で振り返りつつ、西條は気付き始めていた。

「あなたは、自らの使命に、気付いて下さい。」

 教祖は最後に、その背中を押した。

 あなたは神であり、且つ、信者という、特別な存在なのだ!どうして女生徒が好きなのか、あなたはまだ気付いていないが、それは……彼女らのフトモモが好きだからなのだ!

 と、教祖は勝手極まりない自らの邪念を、西條に押し込んだ――つもりだった。

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■第十話 作戦指示

 

 ここは教頭室……じゃないじゃない!!フトモモ教の本部だ、書き間違えちまったい。その薄暗い部屋の入り口から突然、まぶしい光と風が室内へ吹き込む。

 部屋にはバラーだけがいた。何事かと思い、明るくなった方へ振り向く。因みに壁の向こうなので、何が起きているか、バラーには分からなかった。壁とは、ホチキスの芯が入った箱を無数に積み上げたオブジェのことだ。今では、バラーの整理術が匠の域に達し、ホチキスの芯は壁のみならず、あらゆる類のオブジェに化けていた。椅子、机、果てはベッド。その寝床は、芯が背中のツボを刺激するよう、うまく調整されている玄人仕様。家具ブランド「芯―SIN―」が成立していた。もともとは信心の量化した芯、なんとも罪な名称だ。バラーは手先が器用という、人物紹介で触れ忘れられていた特技があった――嘘です。今、判明したところです。反省。

 本部の入り口が開け放たれており、そこには生徒会長の星影昴が仁王立ちしていた。彼女の背後には投光器と扇風機が設置され、後光と髪のなびきが演出されていた。暗幕もはためき、室内は俄然、明るくなっている。けれども残念ながら誰も見ていない。ツーは芯の買い出しで外出中だった。

 過剰な演出のせいで本部のブレーカーが落ちた頃、やっとバラーは入り口側に回ることができた。

「会長!?……ええと、何か、御用ですか……?」

 バラーは戸惑うも、まずは珍客に伺う。

「バラーよ。」

 星影は、この日のために特訓した腹話術を使う。

「わ、会長が教祖様だったんですね!」

 だが、バラーには即バレだった。焦った星影は、次の手を打つ。

「ワレワレハ、ウチュウジンダ。」

「何やっているんですか。」

「マイクのテスト中だ。」

「ばればれですよ。」

 星影は咳払いをしてから、改めて取り繕うことにする。

「今、この者の精神を乗っ取り、語っている。」

「スピーカーは?」

 やはり、こいつは確かにツーより優れる。今更ながら、バラーに感心する教祖……星影?うーん、どっちでもいいや、おお、そうだ、怪盗ホチキスと書こうか……でも、やっぱり怖いからやめておいて、不審者にしよう。

 不審者は言う。

「言葉足らずだった。精神を乗っ取った上で、体内にスピーカーを仕掛けた。」

「電源はどうなっているんですか?」

「いい質問だ。そう、内蔵電源には限りがあるから、手短に済ませることにするぞ。」

 うまく丸め込めた〜!不審者は心の中で指パッチンした。

「バラーには、新しい作戦を伝える。」

「はい。」

 不審者の言葉に、バラーは背筋を伸ばして向き直った。

「西條とはその後どうなっている?」

「はいぃぃぃぃぃ!?」

 語尾上がりの絶叫がこだまする。バラーは姿勢よくしていたので、その声音が地域一帯に響いたそうだ。はいぃぃぃ……はいぃぃぃ……はいぃぃぃ……で?

「お前はその返事が板に付いたな。またエンドレスになると時間がなくなるから、率直に言え。(フトモモは)見たのか?」

「……ぐっはあっ!!」

「まだ見ていないのだな。まあ、よい。」

「よくないです!そこ、大事です!というか、なんで質問したんですか!?」

「時間がもったいないから、次行くぞ。」

「ああっ!今度は見るためのご助言をっ!下さいぃぃ!!」

 不審者はバラーの嘆願を無視する。

「これからは、バラーは、西條をサポートせよ。彼女は伝道者になる。その手となり、足となるのだ。」

 嘆きにくずおれたバラーは、情けない声を出す。

「ううっ……それが次の指示なのですか……」

「そうだ。彼女の伝道を支えよ。伴侶として……もとい、ヒモとして。」

「よく分かりませんが……は、伴侶!?……ぐっはあっ!!」

 バラーは、もんどりうった。ヒモの部分は多分聞き取れていない。

「若いな。何を思い浮かべているかは知らんが、具体的にはまず、金を稼ぐ準備をしておけばよい。その辺りはツーに倣え。また、彼女は近いうちに、伝道のために、ある地位を目指すだろう。だから、お前はそのときのために、彼女の(フトモモの)写真でも撮っておけ。ばらまけば票を稼げるぞ。金稼ぎの勉強にもなるだろう。」

 なんかもう、この不審者えげつない。ただ、だんご虫の体勢でうずくまり小刻みに震えるバラーには、聞こえていないから大丈夫。

 そこへちょうど、外出先から戻ったツーがやってくる。

「おや?わたくしめの調達した機材が、なぜここに……」

「ツーよ。扇風機と投光器は使い終わった。元通りに、ばれないように返しておけ。」

 不審者よりツーへ、指示がなされる。しかし、ツーは面食らった。

「えっ!?これは、来月の小遣いを前借りしてまで買った、なけなしの本部備品ですよ!?」

 今回の演出のためだけの、いらん物を買うな。しかもブレーカーが落ちて、数秒しか使えなかったし。不審者は呆れるが、今後の調達に支障をきたしては困るので、代案を挙げる。

「仕方のない奴だな。では、前借り分は、バラーの作った椅子や机を売って返せ。足しにはなる筈だ。ただし、ベッドは売るな。あれは、私専用だ。あの気持ちよさは、たっまらんっ!……バラーは、売ることについて、疑義はないな?」

 だんご虫型の家具職人は答える。

「はい……作った物が、使うべき必要な方へ渡ることは、嬉しく思います。」

「だそうだ。」

 不審者が会話のバトンを渡すと、ツーは破顔した。

「バラー殿、ありがたきご配慮を……また、助けられてしまいました。でもこれで、来月からも、調達に精を出せます。バラー殿に材料を供給するのが、わたくしめの役目にございます!通りすがりの方、ありがとうございます!」

 ツーは、芯を売って、芯を買おうとしていることには気付いていない。また、芯を調達する意味が、もはや信仰から完全に逸れてしまっていることにも気付いていなかった。それから通りすがりの人じゃなくて、少なくとも外見は星影な。ツーは大変に罪深い。

「電源が切れる。では、な。」

 そう言って、もともと星影昴だった筈の不審者は、ローブをまとった。本人は、教祖に戻ったつもりだ。

「……」

 バラーは突っ込むことをためらった。飲み込んだスピーカー、あとでトイレで回収するのかな?でも、西條に注意されたし、そんなこと女性には聞けないじゃん、って。

 いや、突っ込むところは、そこじゃないぞ。

-12ページ-

■最終話 スバラシサとは

 

 奇数回は、場面が校長室から始まると思っている、そこのアナタ。そうも思っとらん?まあともかく、今回は「最終話」なので、いつものパターンは通用しないのですよ……ふっふっふ……そういうアンタこそ誰?みたいな。

 

 

 体育館に、西條令の声が響く。

「こんにちは、西條令です。本日は、私の生徒会長立候補演説を聞いて頂けること、大変ありがたく思います。投票の是非にかかわらず、この演説を聞いたことが、皆さんに糧となったと思って頂けるよう、心を込めて、臨みますので、宜しくお願いします。なお、現在は、風紀委員として、委員長兼務の会長を、補佐しています。このたび、思うところがあり、次期生徒会長に、立候補致しました。」

 館内には全生徒が座し、演説に耳を傾けていた。高城春樹は応援演説者として、西條の脇に待機しているが、動揺を隠せていない。

 

 伴侶……伴侶!ハンリョって、これえぇぇぇ!?ぐっはあ!!なんという、シチュエーション!!なんという、さらし者!!いやいや、これで俺達は誰もが認める公認ナントカ……ん?ナントカって、なんだ?なんて言うんだ!?これはっ!!分からん、わからーん、ぱからーん、ぱからんぱからん、ひひーん、ふぬおぉぉぉ!!

 

 以上、高城の心情描写でした。放っておこう。

 西條の演説は続く。

「私は、皆さんに、皆さん自身に、そのスバラシサがあることに、気付いて頂けるよう、生徒会を運営します。スバラシサとは、相手を思いやる、そして、ひいては自分自身を思いやる、労わりの心です。皆さんは、気付いているとおっしゃるかもしれません。余計なお世話とおっしゃるかもしれません。また、こう大上段に構えられたら、それこそ偽りのものにすり替わってもしまい兼ねないと、おっしゃるかもしれません。でも、敢えて、私は、言いたいのです。」

 聴衆が一層、静かになった。いや、西條が言葉を切ったのだ。

 西條は、全生徒の目を、心を、その間に見る。それは一瞬のことのようでもあり、長い時を経たことのようでもあった。もしかしたら、このとき限りは、時計の針が止まっていたのかもしれない。そういう不思議な時間が、空間が、そこにはあった。

 そして、続く西條の吸気と呟きが、その時空を再び活動させる。

「私には、弱さがある。それは、何よりも、弱く儚いところ。それに気付いたのに、隠すことすらできないし、それどころか、弱い私には、とても守り抜くこともできそうにない。だから、あなたに守って欲しい。そして、あなたにも同じように、弱さがある。だからこそ、それを守って欲しいことが、分かってもらえる。そう、お互いに。」

 西條は一息吐くと、口調を戻す。

「これが、思いやるということ、労わりの心です。ここで言いたいのは、労わりの心に気付くこととは、即ち、自分の弱さに気付くことであり、また、それを伝えることでもあるということです。これは、自分自身をそのままに表現すること、とも言えましょう。」

 ふわりと笑顔になった西條は、最後の節を語り出す。

「だから私は、皆さんが、自分自身の表現を自由にできるよう、生徒会の規則を、改めていきたいと考えています。一例として、スカートの丈を定める規則……」

 このとき、現生徒会長の星影昴?いや、フトモモ教の教祖は、心の雄叫びを上げた。

 

 キタアアアァァ!!

 やったぞ、やった!!

 遂に、遂に、フトモモ教の時代が来る!!

 いや、来た……来たのだ!!

 これから神は無限大に増殖し、

 そして、信者はまたその無限倍に!!

 アレフゼロのアレフゼロ条的な!?

 ウヒ、ウヒヒヒ、ヒヒン!ひひーん!

 

 以上、教祖もとい、不審者の心情描写でした。以下略。もちろん、西條の演説は、そんなウマノホネの妄想的心情に阻まれることはない。

「この規則は、表現の自由を、数値で制限してしまっています。このような規則を今後、見直していくことと、また、必要であれば、表現を自由にするための規則を、新たに設けることもいといません。例えば、もふもふしたもの、ふわふわしたもの、そういったものを身にまとい、表現することは、自由です!そんな規則が、必要かもしれません。飽くまで一例ですが。」

 歓喜していた不審者は、目が点になる。もふもふー、ふわふわー……なんのことだ?なんか一瞬、熱が入ってたし。

 すると西條は、思い出したかのように付け加えた。

「ああ、言い忘れました。そのほかに、ふにふにしたものもまた、よいでしょう。」

 不審者は泣く。ふにふにー……そうだ!それだあぁっ!フトモモのことを言っているに違いない!!イエーイ!!

「これで、私の立候補演説を、終わりにします。皆さん、ご清聴、ありがとうございました。」

 西條の演説が、スタンディングオベーションで締めくくられる中、高城による応援演説へと移っていく。

 体育館は次第に静けさを取り戻し、演台には高城が代わって立った。場を静寂が包んだ頃、高城は上ずった声で演説を始める。

「俺は、いえ、すみません!私は、生徒会長候補の西條令の、応援演説者を務めます、高城春樹です。私は、……私は、実はっ、西條令のっ!ハンリ……」

 その瞬間、西條が高城の脇に飛び出した。西條の亜光速回転ひじ打ちが、高城の脇腹にクリーンヒットする。刹那、会場にどよめきの渦が巻くが、すぐに拍手と歓喜狂乱の波に打ち変わっていった。

 

 西條さん、カッコイイ!!

 会長を任せたい!!

 怪盗ホチキスをぶっ飛ばせるわけだ!!

 

 ……的な。まあ、漫才というか、演出であると、善意に捉えたわけですな、生徒諸君は。

 なお、このスバラシイ演説+αで、全生徒及び教職員は、無意識にもモフモフ教へと改宗した。フトモモ教の三名及び、そのほかただの一人を除いて。

 その一人とは、校長。なぜなら、彼はこの演説のさなかもまた、校長室で椅子に腰掛けていたからだ。かの校長も、この演説を耳にすれば改宗したやもしれぬが、こうして良識(?)の府は、すんでのところで危うくも全滅を免れたのだった。

 この演説ののち、フトモモ教の教祖は、西條へ意志が引き継がれたとド勘違いして、フトモモ教本部を解散した。その代わり、本部は、新生家具ブランド「芯―S(h)IN―」の工房となった。工房の主はバラー、そして資材調達はツーが担う。

 因みにブランド名に新たに挿入された「h」は、家具の代表として椅子の象形を表し、且つ、ホチキス並びにヘンタイの頭文字であることを織り込んでいるとか。うん、どうでもいいことだね。

-13ページ-

■反省会 怪盗は何を盗む

 

 ここは家具工房。そこには似つかわしくない人物が語り出す。

「影の主人公、『通称』怪盗ホチキスが司会を務めます。」

「はい!先生!」

 工房の主、高城春樹が勢いよく手を挙げた。

「なんでしょう。それと私は先生ではありません。」

「『通称』は、外せないのでしょうか。」

「無理です。」

「そうですか……では、せめてホチキスさんでいかがでしょうか。」

「それならば親近感がありますね。それで行きましょう。」

「わーい。」

「そしてあなた、脇腹君。」

「いいえ、私は高城です。高城春樹、またの名はバラーです。愛の戦士でも構いません。」

「駄目です。ここでは略さずに、脇腹君と呼ばせてもらいます。」

「さっぱり分かりませんが、痛み分けということにしておきましょうか、ホチキス先生。」

「そうですね。」

 二人が謎の舌戦を終える頃、西條令と芯調達本部長の教頭が入室した。

「皆さん揃ったところで、ここでは、これまでを振り返って反省して頂くことにしましょう。」

 一同は神妙な面持ちで、ホチキスさんの開会の弁を聞く。

「ではまず、第五話について。西條さん。」

「はい、西條です。次期生徒会長候補の西條令です。」

 西條は、はきはきと名乗り挙げた。ホチキスさんは、にこりと笑い、引き継ぎさながら続ける。

「風紀委員長もよろしく。」

「現会長のような兼務は、私には難しいので、高城にお願いすることにしています。」

 それを聞いたホチキスさんは、脇腹君に小声でエールを送る。

「健闘を祈ります、伴侶さん。」

「ぐっはあっ!!」

 脇腹君が悶絶した。西條は聞き取れなかったのか不思議がるところ、ホチキスさんは質問へ移る。

「西條さんは、校長先生への救援依頼で、致命的なことを忘れています。」

「……なんでしょうか。」

 西條は声を少し低めて返す。

「被害未遂の女生徒への救護を、求めなかったことです。」

「私が介抱するつもりでしたから。」

「回答早いですね。しかし矛盾があります。」

「ぐっ。」

 息を詰まらせる西條。ホチキスさんは、西條の当時の役割を説く。

「私と対峙しているときはもちろん、また、私を見失ったあと、あなたは警戒を続ける必要がありました。」

「……」

 西條は沈黙した。そこへ静かに、ホチキスさんは核心の質問を投じる。

「あの状況での、あなたの見解をお伺いしたい。」

「……いつ再び襲撃が起こるか分からないあの場面では、私ぐらいしか介抱することはできませんでした。」

「苦しい答えですね。」

「何をおっしゃりたいのですか。」

 西條は憮然とした。ホチキスさんは一呼吸置いて、看破する。

「……ずばり、言いましょう。あなたは、彼女(のフトモモ)をモノにしたかったのでしょう!状況を利用して!」

 いえ、ただの嫉妬でした。まさにホチキスさんのしようとしていたことですね、単に。しかし。

「……いでっ!」

 なぜか脇腹君に、西條のひじ打ちが決まっていた。すると脇腹君はスイッチが入ったか、がなり出す。

「わたしは、わたくしは、……って俺はそんな言い方しねえ!唐突に俺の思考回路を破壊するな!俺は、俺は、……西條(のフトモモ)が好きだ!」

 そしてこの脇腹君の不意打ちに、西條は思考がトンだ。自爆なのか何なのか?

「はい、では次に参りましょう。教頭先生。」

「はい、教祖様。」

 別世界へ消えた二人を差し置き、ホチキスさんは教頭へ質問した。

「あなたは、なぜ教頭として頭角を現せたのですか。」

「校長先生と仲良くなったからです。もう、ラブラブですからー。」

「教育委員会に報告します。」

「嘘です!本当のことを言います!」

「素直で宜しい。」

 緊迫した場面を自ら演出するのが教頭だ、ホチキスさんはそう思ったとか。教頭は、とつとつと述べ出した。

「地道に、日々のお小遣いを節制しながら、教育者としての、管理者としての、自己啓発プログラムを受け続けたからです。」

「なるほど。あなたは実直に精進を重ねた、まっとうな社会人だったと。フトモモ教に入る前は、ね。第五話での校長先生の推測は、的を射ていたのですねぇ。どうも第五話は、示唆に富んだシナリオだったということですか。話数的にも、ほぼ真ん中。ねたばらしを始める、ターニングポイントと言えましょう。」

「かなり無理矢理くさいです。」

 教頭が突っつく。ホチキスさんも頷く。いや、頷くな。

「そのようです。伏線を回収できていないとか、単に、推敲が甘いだけのことでしょう。ほかの話にも言えますが。」

「次行かせて下さい。」

「おおっと、校長先生ではないですか。あなたにも質問があります。」

「ありがとうございます。」

「不躾ながら、あなたはいつも影が薄くて、いてもいなくてもどうでもいい感すらありましたね。そこで質問ですが、あなたは校長室で席を立たずに、普段は何をなさっていたのでしょうか。」

「実は、この話そのものを構想していました。」

「なんですと!?」

「もともと怪盗ホチキスの台本は、私があの机で書きしたためたものです。」

「じぇじぇじぇ!」

「最上級出た!」

「しかし、その怪盗ホチキスの台本自身が、場面を、話を隠してしまったため、実況する必要に迫られたのです。だから私は、あの講壇を離れられませんでした。」

「講壇?……それに、隠したとは一体……」

「台本『怪盗ホチキス』は、その内容を隠させました。」

「どのようにして、隠させたのでしょうか……」

「ホチキスで、綴じさせたのです。」

「……何を?」

「台本の、開いて読む側の端を。」

「意味が分かりませんが。」

「つまり、台本を仕上げたとき、満足して興奮していた私は、製本に夢中になり、右綴じとすべきところを、台本の右側も左側も、綴じてしまったのです。」

「……はあ?」

「そのため中身が読めなくなり、作者自身が講壇で、うろ覚えの口頭陳述せざるを得なくなりました。」

「アホですね。」

「これが真実です。台本『怪盗ホチキス』自身は、何も盗んでいないのです。内容を盗ませたというか、隠させたのです。」

 そうなんです!いや、……なんだ?この反省会……

-14ページ-

■後書き

 

 こんにちは、がらへびです。

 このたびは小説「怪盗ホチキス」をお読み頂き、ありがとうございます。完結まで書き上げた初めての作品ですので、読み苦しいところなどありましたら、ご指摘頂けると幸いです。

 ギャグコメディーとして書き始めましたが、思い付きで教訓みたいなものを盛り込んだところ、そういう文句を考えるのが楽しくなってしまい、いつの間にか西條さんの成長物語にすり替わっていきました。

 このお話を思い付いたのは、ある日の未明でした。なぜか真夜中に目覚め、ぼんやり考えていたら、怪盗ホチキスによる事件の場面、それから、怪盗との対決、そして、生徒会規則の改定までが、一連のお話として、するーんと頭に流れ込んできたわけです。寝付けなくなったものだから、起き上がると、そのまま第二話まで一気に書いてしまいました。

 実はこの時には、西條さんも高城君も全く構想にありませんでした。飽くまで会長が主役で、規則の改定も会長が行うつもりでしたから。ところが、続く第三話と第四話を書くとき、会長と対立する相手として風紀委員の面々を登場させると文脈が変わっちゃったんです。

 その場面は、まさにノリだけで書いていたので、まず会話させよう、登場人物は二人だな、えーと、女生徒二人にするか、いや、男子生徒も加えた方がいいか、ってところで当の二人が誕生しました。因みに、第三話書き終えた時点ではまだ脇役でした。名前が第四話から明らかになってくるのは、そういう経緯からです。余りに場当たり的な書き方をしてしまったので、今後の執筆では反省せにゃならんでしょうね……ただ、こんな書き方でも書けるんだなあ、と感じられて新しい知見でした。

 第五話から第七話まではエピソードがぽろぽろと湧き上がってきて、これまた一気に書いた感があります。で、そのあと、小スランプというか、私用で悩んでいたもので、現実の光明が見えたときに執筆も再開できたらしいです、日記を読むと。一応、普段は日記も書いていたりします。超、ワタクシゴト日記ですが。

 でも、そんなスランプ以上に、第三話から第四話とか、第十話からあととかの方が、空きは長いんだな……うむ。いえ、この辺りは、まあ、前者は勢い込んで第二話まで書いて満足してしまっていたのと、後者は演説だけで一話書けるかなあとなんとなく不安になっていて、とどのつまり面倒になりしばらく書いていなかった、というのが顛末です。はい。

 偶数回目はフトモモ教本部でのお話、というパターンは、第四話辺りで確定しました。でも、第八話は正直、何書こう?って感じで、その束縛に困った覚えがあります。けれども書き進めると、第八話への伏線として重要な内容になって満足。うーん、やっぱり、場当たり的ですね。第十話は更に困って、ホントどうでもいい内容になっています。精進することにします!

 反省会は、もともと後書きのつもりでした。しかし、作者登場させるつもりが流れで校長が作者になってしまったんですね……そういうわけで、改めて後書きを書くに至りました。

 そういやもともとは、小説を書こうとしたのではなくて、ある漫画を描こうとしていたのでした。そのプロットを書くに当たり、折角だから多少読める程度に書こう、なんて思って書いていたら、小説も書きたくなってしまったという裏話があります。そんな折に、この話を思い付いてしまった故、書き上げてしまった次第です。

 長々と駄文重ねましたが、ご助言ご感想等ありましたら、今後の作品に活かしたく宜しくご投稿のほど、お願い申し上げます。

 ご精読ありがとうございました。

 

説明
『彼女は怪盗ホチキス。今朝もまた、女生徒のスバラシサを伝えるために、空を跳ぶ――』女性のさらされた太ももを愛するフトモモ教。信者獲得のために教祖以下は活動を開始する。とき前後して、怪盗ホチキスなる者が現れ、女生徒の太ももをさらす奇行を働きだす。生徒会長兼風紀委員長の星影昴(ほしかげすばる)は、被害女生徒の心理ケアをしつつ、心の内では叫び続ける。(ふともも!フトモモ!イエイ!)と。多少ヘンタイ的な登場人物らが繰り広げるギャグコメディー。
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