サクラ
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目まぐるしく変わる季節の中、はたして何年、この繰り返しを見てきたのかをもう自分では思い出せない。

ただ目の前で私の言葉をかみしめるように聞く何人かの親族にたいして、

私は自分の生涯を、長く短かったこの人生のことを、最後の力を振り絞って語るばかりである。

すべてはそう。この桜の木の下から始まった。

 

 

私は幼少のころより病弱だった。

自分の人生が短いのではないかと思っていたが、だからといって一生懸命生きる気にもなれなかった。

友はなく、家族も私に興味を示さなかった。

 

息も絶え絶えの私のために、親が手を差し伸べてくれた事はない。

そんな幼少時代を過ごしたせいだろうか。私の人嫌いは加速していった。

みんな、死ねばいいとさえ思っていた。

私には人の目には見えない友人たちがいた。

だからこそ、気味悪がられてたことも、孤立を助長していたのだろうと思う。

 

「やぁ、こんにちは」

神社の鴨居にぶら下がっている女に挨拶をする。

女の首には縄と締め跡があり、目玉も飛び出していた。

要は死んでいるのだ。

 

私と同じ制服を着た学生がいぶかしげな眼で見ている。

私の見えているものをみたら、きっと狂人だと思うだろうな、ということは漠然とわかっていた。

 

「よくそんなところに挨拶できるな。ちょっと前に自殺した女がいた場所にむかってさ」

 

忌々しげに、舌うちをする連中。

そんな連中と仲良くなれないな、と思う自分と、それでも人とかかわりたいが裏切られたくないがゆえに声をかけない自分の間で揺れていた。

 

そんなある日、高校の授業をさぼり、桜の立ち並ぶ並木道を歩いていると、道の行き止まりに、

背の高い樹齢でいえば数百年は立っていそうな桜の木にぶちあたった。

 

私は桜に背を預け、真夏の太陽の陽気にあおられて、居眠りをすることにした。

心地よい陽気と、温かな風に吹かれ、眠りに落ちて行った。

 

小一時間ほど昼寝をしていただろうか。

背の高い女が私を見降ろして笑っていた。

 

「何か用ですか?」

 

いつ頃からそこにいたのだろうか。不安といら立ちを感じた私は、つっけんどんに言った。

 

「ここにくる人間もそれほどは多くないので、話しかけたくなっただけさ」

 

そういって女は笑った。

猫みたいな目で興味深そうに私を見る女と目があった。

口元が笑うと、ちょっとイタズラ好きそうな八重歯がのぞいた。

ちょっとかわいい女だな。

変な女だとも思った。

 

 

それから私はたびたび桜の木の下に通うようになった。

私は気づいていた。ほかに行くべき場所も身の置き場もないということを。

 

 

女と会うのだけが楽しみのような日々だった。

女の名前はサクラ。

おりしも冬の低い太陽と冷たい遠州のからっ風の元、丸坊主にされてしまった桜の木と同じ名前だった。

彼女はいつもそこにいて、だからこそ、私はある疑問が頭の隅をかすめるようになっていた。

 

しかしその疑惑を口に出せないでいた。

サクラという存在を失うこと。それは自分の依るべき場所も、戻るべき場所もすべてを失うことと同義だったからだ。

私は誰かに頼らなければ生きられないごく普通の16歳だった。

 

「このままじゃ君はダメになってしまうよ?」

 

そんな言葉を聞きながら、私は目を覚ます。

 

ただいつものように、暑苦しいほどの熱気を送る太陽と包容力さえ感じさせるような温かな風が吹くばかりだ。

 

心地よくて、自分が一人きりだという自覚さえ忘れさせてくれるようなそんな時間だった。

「サクラさえいればいいよ」

 

桜の冷たい手が私の顔に触れた。

目をつぶり、顔が近付く。

 

「そんなところで、一人でなにしてるんだよ?」

 

 

同じ高校に通う学生の言葉は現実に私を引き戻した。

 

後ろを振り返る。

しかしサクラの姿はない。

 

「サクラ?」

 

私とサクラの二人きりの時間は終わりを告げた。

 

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毎日のように青年は遊びに来た。

姿の見えない私が彼のもとへ寄り添うこともあった。

彼がこちらを見ても、もう気づくことはなかった。

 

見えない逢瀬すら私は楽しんでいたが、やがて彼はこの桜の木に日参することをやめた。

 

きっと私が見えなくなったことで、彼は生きる者との交際を始めれるんだと思った。

 

さみしかったわけではない。

ただ時間の流れが遅くなったことだけは実感できた。

彼の姿を桜の木の上からのぞく。

彼の姿が見えない月日もあった。

高校生だった少年は、いつしか年をとり、子供と手をつないで歩くようになった。

子供は徐々に大きくなり、手をつながずとも歩くようになった。

子供は父の背丈を越し、彼もその背中を見送って行った。

父親は祖父となり、また小さな手を握るようになった。

 

彼は子供と孫に囲まれながら、私のもとで

桜舞い散る中、彼ら一族の前でゆっくりと語り始めた。

彼が私の姿が見えていた時のことを。

そして、その頃抱えていた甘酸っぱい記憶と決別した彼の新たな人生のことを。

 

ゆっくりと桜がはためいた。

彼のほほにゆっくりと桜の花が落ちた。

彼はゆっくりとほほ笑んで、私を見て、

「さよなら、ありがとう」といった。

 

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それきり彼の姿を見ることはなくなった。

ある日、腰の曲がった老女がつぼを携えて私の前に座り込んだ。

あの日、私の前で彼の一族の中にいた女だった。 

「彼はなくなったの。サクラっていうのだったね。今、彼はこのつぼの中にいるわ」

そういって女はつぼに入った一握りの灰を私の足元に振りまいた。

「彼の遺言だったの。遺灰の一部をここに撒いてほしいって」

 

それだけを言うと、女は涙をハンカチで拭きながら、家族に手をひかれながら、帰って行った。

「人間の寿命は短く、はかないものだ」

そう思った。

 

私は枝葉に力を込めた。おりしも桜は舞い散った冬だったが、

私だけは一足先に花をつけることにした。

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サクラの木の下で起きた物語
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