未来をここから始めよう
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「……初めまして。弥生、着任……あ、気を使わないでくれていい…です」

「卯月ですっ!うーちゃんって呼ばれてまっす!」

 

 

――リンガ泊地、鎮守府。

化け物に襲われ、私と卯月は危機に陥っていた。

けれどそこを助けられ、私達はここに案内された。この、"化け物"「深海棲艦」と戦う為の場所に。

 

 

そして今、私達は執務室に通され、着任の挨拶をしていた。

今日から私達も此処でお世話になることになり、そのための挨拶だ。

 

……そして、そんな私達を見ているのは。

 

「へー……この子たちも、睦月の妹?」

「そうなのです、提督っ。二人とも、如月ちゃんに負けないくらいかわいいかわいい妹なんですよー?」

 

執務室の椅子に座る、「提督」と呼ばれた若い女性。年は、17〜8、くらいだろうか。

そしてその隣に立ち、その「提督」と楽しげに話をしているのは……私達の、姉。睦月。

睦月と「提督」が、どの様な関係なのか、私にはわからない。

けれど、親しげに見えるし、おそらくは戦友の様なものなのだろう……と思う。

 

「弥生ー、ささーっとお風呂に行って一休みするっぴょん!もー、くったくただぴょん…」

 

……と、物思いをしていたら。卯月が待ちきれない、といった感じで不満げに言う。

全く、さっきまであんなに疲れた疲れた、って言ってたのに……仕方ない妹なんだから。

 

「……卯月。そう言うことは大きな声で言わない。それでは提督、睦月。私達はこれで、一度失礼――」

「あ、弥生ちゃん、卯月ちゃん。ちょっと待って!」

「……え?」

 

執務室から退室しようとした、その時。急に睦月から声を掛けられた。

……なんだろうか、とそう思い、振り返って。

 

「実は睦月、2人に発表があるのです。――あの、ね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――2週間後に、お姉ちゃんは結婚する事になりました!!」

 

 

 

……。

 

…………。

 

「………………………………………………………………は!?!?!?!?」

 

 

……その日。

私は今まで生きてきた中で、一度も上げた事のない位に、素っ頓狂な声を上げた。

 

 

***

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***

 

 

「…………はぁ」

 

――鎮守府に備えられた、入渠ドック。

その中にある大きな湯船に裸の身体を沈めながら……私は、深々と溜め息を吐いた。

そんな私の姿を見ながら、隣で同じように湯に浸かる卯月が声を掛けてくる。

 

「……弥生、落ち込まない方がいいぴょん。すっごい顔してたけど……」

「卯月、うるさい……わかってるよ……。もう……」

 

……先程の、睦月の「発表」を聞いた後。

結婚、なんていう。あまりにも予想のできなかった言葉を聞いて、私は顔を強張らせた。

いや、強張らせたくて強張らせたわけじゃ、ない。……余りにも驚きすぎて、そんな顔をしてしまったけれど。

 

 

――弥生、怒ってなんかないですよ?

――だから、怒ってないんですって。……もう、そんなに気を使わないでください。

 

 

あんな酷い顔を、これからお世話になるだろう司令官に見せてしまった。……どう、しよう。

そんなことを思いながら、お湯で濡れた手で自分の顔を撫でた。う、まだ固さが取れてない……。

……それにしても。

 

「結婚……かぁ」

 

……あまりにも。

あまりにも、予想外の言葉、だった。

私にとって睦月は、元気な姉で、けれど元気すぎてあまり落ち着きがなくて。

時々睦月の手助けをする事もあり、妹の様な感じもある姉だった。

……ただ、感情を素直に表せるのは、羨ましかった、けれど。と、今度は頬に手を当てる。

その手を再び湯の中に沈めてから、私は卯月に聞いた。

 

「どう、思う?卯月」

「んー……結婚するってのは結構驚いたぴょん。でもって、

 その相手として紹介されたのが『あの』司令官なのも……んまぁ、びっくりした、ぴょん?女同士、だっし?」

 

そう。

睦月から、『結婚相手』として紹介されたのは、私達の司令官…。

睦月が『提督』と呼ぶ、彼女だった。結婚という言葉も結構衝撃的だったけど、そちらにも驚いた。

ふつう、結婚というのは異性とするものだと思っていた、し……。

それについて、卯月も少しは驚いた、という事は……やっぱり私と同じように思っているのかな……?

 

「……ん、ということは司令官がお義姉ちゃんになるぴょん?」

「……」

 

……意外と、あっさり受け入れていた。

そうだ、卯月はあんまり気にしない性格、だよね……。と、そんなことを思っていたら。

ざばり、とお湯を滑り落としながら急に卯月が立ち上がり、私の方に身体を向けた。

 

「むむむ……まっずい、これはまっずいっぴょん……!

 将来のお義姉ちゃんへの弥生の第一印象、あれじゃ最悪ぴょん!今からでもいい印象を付け直すぴょん!」

 

……。

 

「……卯月。それは必要なことだと思うけど、今は」

「駄目っぴょん!ちょっとでも遅れたら、どんどん印象が悪くなるぴょん!

 ……さあ、今からでも特訓!ぴょん!まずは顔!もぉっと笑顔にするぴょん!

 あと、弥生は『司令官』の言い方も固いぴょん!もっとこぅ『しれぇかん』ってやわらかぁい感じにするぴょん!」

 

……卯月の言葉が、私の心にぐさぐさと刺さる。

悪気はない、と思うけど……う、痛い……。

 

 

 

 

「――あら、楽しそうね?二人とも」

 

 

……からりからり、と。

緩やかに入渠ドックの引き戸が横に滑りながら開き、やや高めのトーンの少女の声が響く。

その声の主は――

 

「おおぅ、如月だぴょん」

「はぁい、如月です♪ふふ、さっきは挨拶できないで御免ね?」

 

私の……私達の、もう一人の姉。如月だった。

 

ドックの入り口の方から、真っ直ぐな長い黒髪を揺らしながら。バスタオル姿の如月が歩いてくる。

手には、何か色々な物が入った…バケツ?を持っている。……一人用にしては、中身が少し多い気がする。

 

「女の子のお肌に、傷が残っちゃったら大変、でしょう?

 だから、弥生ちゃん達の為に司令官から高速修復剤をもらってきちゃった……ふふ」

 

そう言って。如月は桶から一本、白い色のボトルを取り出して、振って見せた。

ボトルの表面には、「高速修復剤(治療用) ミニボトル160ml」と書いてある。

……高速修復剤って、艤装用の物だけじゃないんだ。

と、そんなことを思いながら。浴槽の縁まで歩いてきた如月に近づいて。

 

「ありがと、如月……それじゃ、自分でやるからそれを――」

 

……と、私は如月の持つ白いボトルを受け取ろうとした、ところで。

如月はボトルを持った手を引いて。

 

「だぁめ♪……だって、弥生ちゃんは高速修復剤の使い方、知らないでしょう?

 お姉ちゃんが、じぃっくり教えてあげる♪さ、お風呂から出て?」

 

 

***

 

 

「まずは、見えるところから。顔とか、足とか……ほら、傷残っちゃうわよ?ちゃぁんと、治療しないと」

 

 

「ひゃ……冷た」

 

 

「次は、お・な・か♪塗り……ぬーり、っと♪」

 

 

「ん……っ、ダメ、くすぐった、如月、もうちょっとゆっくり……っ」

 

 

「あら、ここは念入りに塗りこまないと、かしら?

 それじゃあ手のひらじゃなくって、指で。何回か、つつー……っと」

 

 

「んひ……っ!?ひゃ、だめ、だめぇ!」

 

 

「それじゃ改めて、広めに塗りぬり……あら、脇の辺りにも傷、あるじゃない。

 ここ、そういえば服も破れてたわねぇ……塗りぬり、つつーっと♪」

 

 

「わっ……ダメ、そこ、だめぇ……っ!

 くすぐ……んっ!?ふ……っ、んふ……ひぁあっ!?」

 

 

 

 

 

 

「……は……っ、ひぃ……っ、だめ、もぉ……だめぇ……っ」

「はい、おしまい♪少ししたら、傷跡も残らないできれいになると思うわ♪

 ……さて、それじゃあ?」

「………………ぅ、うゅ……うーちゃんは、ちょっと遠慮したいぴょん。………………ダメぴょん?」

「だぁめ♪」

「…………うびゃぁああ!!??……ひ、ひぃ……ひゃ、ふ……っ!?」

 

 

***

 

 

「…………」

「…………」

「ふふ、いいお湯……♪」

 

………………辱められた。

そう思いながら、再び湯船に沈めた身体を、ぼうっとしながら見下ろす。

横を見れば、卯月も同じようにしている。……その顔は、少し赤かった。

……そして、私達を辱めた如月は。湯に浸かる為に上げた髪をひと撫でしながら、上機嫌でお湯に浸かっていた。

その様子に何だか理不尽なものを感じたので、ちょっとだけ抗議をしてみる。

 

「……如月。こんな念入りにしなくても、いいと思……」

「だぁめ、って言ったでしょ、弥生ちゃん?女の子に傷は大敵なの。

 後で頑張って綺麗になろう、って思っても、その時に傷が残ってたら、もうどうしようもないんだから。

 女の子は、未来の大切な人のために綺麗なお肌と綺麗な体を保たなくちゃ♪」

「…………」

 

にこにこと、笑顔で言う姉に。……私は、抗議を諦めた。

正論なのかどうかで言えば、正論とは言えない。けれど、否定もできない。

何より、如月が私達の身体を心配してくれていたのは、治療の熱心さもあって本当だと思った……から。

…………ちょっと、手付きに問題があった、気がするけど。

 

「さて、それじゃ治療も済んだ事だし。そろそろ、お風呂から上がりましょうか。

 弥生ちゃんも卯月ちゃんも、髪、梳かしてあげるわね?」

 

その言葉に。隣にいた卯月はびくっ、として。

 

「……え、えええええ遠慮するっぴょん!!お風呂、先に出てるぴょん……っ!」

 

……と。『脱兎のごとく』という表現が似合いそうな勢いで、お風呂から出て脱衣場に逃げて行ってしまった。

 

「あら、逃げられちゃった…。もう、髪のお手入れも大事なのに……」

 

そう呟く如月の横で、……私も逃げればよかったかも、と。

私は、そう思っていた。

 

 

「それじゃあ、弥生ちゃん……お風呂から上がって、髪のお手入れ、しましょうか?

 海水や潮風って、髪を傷めるのよ?」

 

 

***

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***

 

 

如月が準備してくれた新しい服に着替えて、濡れた髪をタオルで軽く水を吸い。

その髪に椿油をうすく、馴染ませてから、乾かして。……そして、今は如月に髪を梳かしてもらっている。

 

……すごいな、と。如月の手慣れた動きを見て、そう思った。

さっきの傷の事も、そうだけど。治療や美容、といった事に、如月が手を抜いている様子は全く見えなかった。

どうしてこんなに手慣れているのか、手入れをしてもらっている間に聞いてみた。そうしたら、

 

――いろんな子達に、聞かれることも多くって。みんな、髪とかお肌とか気になるのね…♪

 

……なんて、冗談みたいに言っていたけれど。頼られて悪い気はしない、という顔もしていた。

この鎮守府にいる子達が如月を頼っているというのは、本当の事みたいだな、と思う。

 

 

「はい、おしまい。今日は取り敢えず椿油でしてみたけど、

 今度からは弥生ちゃんの髪にどんな物が合うか、ちょっとずつ試していきましょう、ね?

 ……もちろん、卯月ちゃんも♪」

 

その言葉に、私は少しだけ苦笑する。

お風呂の時は、高速修復剤の乳液を……その……だった、けど。こっちは、凄く丁寧にしてくれた、から。

これなら、卯月も逃げなくてよかったのに。

なんて、思いながら。手入れの終わりを機会に、意を決して……私はずっと聞きたかったことを聞く。

 

「如月。……あの、ね」

「なぁに、弥生ちゃん?」

 

楽しげな声色で、そう言って。如月は、背後から私の肩に手を置いた。

……何となく、如月は私の言いたいことが分かっている気もする。姉だから、なのかな。

 

 

 

「――司令官って、その……どんな人、なの?」

 

 

私の、その質問に。如月は、

 

「頼りになる人、かしら?指揮も上手いし、前線での戦いも経験しているから、判断も的確だし。

 金属の加工や機械の調整なんかもできて、装備の開発や艤装のメンテナンスなんかも手伝ってくれて。

 それに、私達の事も、すごく大切にしてくれているし。それと――」

 

そこまで言ってから、ふふ、と笑って。

 

「――睦月ちゃんにベタ惚れ、かしら♪」

 

これが聞きたかったことでしょう、と。そう言う様に、私に向かってウインクをする。

……やっぱり、如月は見抜いていた。私が、睦月と司令官の事を聞きたい、って思ってたことを。

 

「そう、なんだ……」

「睦月ちゃんも、司令官の事が大好きだし。結婚は、当然かしら?」

 

なんてね、と言って、如月は笑う。

その様子から、如月も司令官の事を信頼しているんだ、と思った。

女同士の結婚がどうか、という部分は……気にしないでおこう。

 

……それなら。

 

「如月がそんなに言うなら、司令官はきっと、すごくいい人なんだよね。

 ……それなら、私も頑張れる、かな」

「あら。頑張るって……な・に・を?」

 

……意を決して、私は如月に言う。

私が、今までずっと考えていたこと。ううん、今のその『前』から……思い続けてきた、こと。

 

 

        ・・・

「――如月。……今度は、睦月も、如月も、他のみんなも……弥生が、守るから。

 『昔』の私達みたいなことになんて、私が絶対させない、から」

 

 

――それは、私達の『昔』の記憶。

戦う為の艦に宿った、船の御魂。その、記憶。

 

 

私は――誰も、守れなかった、から。

だから、新しい命を得て、守りたいみんながいる今を。私は、今度こそ守る――。

 

 

 

――そう、私が言うと。

……如月は、少し困ったような顔で笑った。

 

「うーん……私も、弥生ちゃんの気持ちはわかるんだけど、ね?」

 

 

少し間をおいて、如月が続ける。

 

 

 

 

 

「睦月ちゃんは、ずっと司令官と一緒に頑張ってきたの。

 今は、もしかしたら睦月ちゃんがこの鎮守府で練度がいちばん高いかも、ね?

 それに……ここにいるのは『私達』だけじゃないから。ちょっと難しいかも、しれないわね」

 

 

 

***

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***

 

――お風呂、のような入渠ドックから出て、廊下を歩きながら。

私は、さっきの如月の言葉を思い返して。

 

……そして。

私達が助けられた時の事を、思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

――広く、青い海原。

そこを私達は、水を掻き分けながら進んでいく。

 

…一歩、ぱしゃりと。

また一歩。ぱしゃり、ぱしゃり、と。

 

 

歩くたびに水面に波紋が生まれ、広がり、消えていく。

私達はそれをただ繰り返し、前へと進む。

 

 

 

 

「うぶー……つっかれたぁ、もう歩くの嫌になってきたぴょん……」

隣を歩く卯月が、独り言の様に呟く。

「卯月。太陽の出てる内じゃないと危なくて進めないんだから、文句言わない。……歩くよ」

「ぅゆー……弥生はほんっと、スパルタだぴょん……」

 

……全く。いつもははしゃいでばかりなのに、疲れるとすぐに弱音を吐くんだから。

と、妹の弱音に心の中で溜め息を吐きながら。少しだけ小さくなった卯月の歩幅に、私の歩幅を合わせる。

 

「……おぉ?」

「何、その変な声」

そう言いながら、横を歩く卯月の顔を覗き込む。すると、悪戯っぽい笑顔を返しながら。

 

「くふふ、なんでもない…っぴょん!っと」

「そう。……なら行くよ、卯月」

 

顔に先程までの疲れはわずかに見えるものの、明るさが戻って来た様に見える。

……やっぱり、この子は笑顔の方が似合う。と、そう思いながら、歩き続けた。

 

 

 

――――私達は、何処とも知れぬ場所を歩いていた。

海と、時々島があり。朝と夜があり…………そして、異形の化け物が海に"棲んで"いる。そんな場所。

幽鬼、とそう呼べるような、異様な見た目と、そして異質の気配を放つ化け物。

鎮守府に着いて、教えられた今ならわかる。あれは、「深海棲艦」というもの、なんだって。

 

 

私と卯月は、何度かその化け物に襲われ、逃げ延びてきた。

昼は彼方に見える陸地を目指して進み、視界の悪い夜は無理をせず島に上がり、夜が明けるのを待った。

そうして、私達「2人」は、ずっと……ずっと、進んできた。

 

 

……そう。私達は、2人きりだった。

 

 

水の感触を感じ、目を覚ました時には。既に、何処かもわからない海に、私と卯月は浮かんでいた。

どうしてこうなっているのか、理由はわからなかった。けれど、私達はここにいた。

 

 

何処か分からない海にいて、頼れる相手もいなくて。

少しだけ不安な顔をする妹を助けようと思って、私は言った。

――まずは、あの陸地を目指そう、と。

 

……そうして、ずっと歩き続け。

目測で、あと3〜4日程歩けば陸地に着けるだろう、という所まで来た。

 

 

 

 

……もう、少し。

もう少しだよ、卯月。私が、卯月をあそこまで連れて行くから。

少しだけ元気を取り戻した卯月の顔を見て、私も歩きながら。そんな事を思っていた。

 

 

 

 

 

――その時。

 

「……っ!」

「うびゃあ!?な、なななんか出たぴょん!?」

 

大きな水音がして、そちらを振り返る。

……すると、大きな面を顔に付け、目から光を溢す、人型の化け物がそこにいた。

化け物の掲げる砲は、既にこちらを向いていた。

 

…………逃げられる?いや、厳しいかも。なら――

 

「抜けるよ、卯月。……砲雷撃戦、いい?」

「おっけ、やってやるぴょん!――撃てぇ、うてぇーい!」

 

私達は砲を構え、相手に向かって砲撃する。そして相手に着弾し、火花が散る。

……結構いいのが当たった、筈。これなら、逃げるくらいの隙は……。

 

……と、思った瞬間。

 

爆炎の隙間から、

ゆらりと、砲を構えた腕が、砲口からの火花、が――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ってぇーい!!」

 

私に向けられた砲口が、威勢のいい掛け声と同時に跳ね、向きを反らされる。

そしてその直後、私と卯月が撃った弾の数倍の量が、化け物に向けて撃ちこまれた。

 

 

 

「睦月の艦隊、いざ参りますよー!!」

 

 

 

 

「……え?」

 

むつ、き――?

 

 

 

その声のする方、砲弾の飛んできた方角を見ると。

 

スカートを向かい風にはためかせながら突き進む、私達の姉、睦月と。

そして、大きな艤装を背負った何人かの子達が、私達の方へと向かってきて、いた。

 

 

「弥生ちゃんと卯月ちゃん、見つけた!大丈夫!?」

「……え、あ」

「おお、おおおおおお!睦月!睦月だぴょん!!」

 

何が起きたかわからなくて、茫然としていた私とは対照的に。

卯月は睦月を見て、興奮していた。

 

「……睦月、まだfinishしてないネ!再会を喜ぶのはよーっく分かるけど、今は後ネ!」

「にゃ……っ、ごめんね金剛ちゃん!」

 

「金剛ちゃん」と呼ばれた少女が、艤装の砲を向けながら睨む、その向こうから。

爆炎を裂いて、割れた面の化け物が――

 

 

「――主砲も、魚雷も、

 ……あるんだよっ!弥生ちゃん達をいじめて、睦月、怒ってるんだから――っ!」

 

 

化け物が動き出す前に、睦月が叫んで。

砲撃と、そして水面下で走る魚雷が化け物に当たって――

 

 

――化け物は、沈んでいった。

 

 

 

 

……そうして。私と卯月は、睦月に助けられて。今、この鎮守府にいる。

確かに、睦月は強かった。今の私だったら、きっと届かないくらい。……でも。

それでも、私は――

 

「弥生ー」

「……え?」

 

急に声を掛けられて、思考が止まる。

現実に意識が戻って、顔を上げて前を見ると……私に声を掛けてきたのは、卯月だった。

 

「弥生ー、どうしたぴょん?さっきからずーーーーっと、下向いて何か考えてたぴょん」

「……ん。なんでもない。なんでも、ないよ。卯月」

 

じぃっと私の顔を見てくる卯月に、私はそう返した。

……隠すようなことじゃ、ないとは思うけど。ただ、何となく言いたくなかった。

 

「んー……まあいいぴょん。それより弥生ー、これ、これ見るぴょん」

「……何?」

 

卯月が指差す先。そこにあったのは――

 

 

『高速修復剤(治療用)  紙パック飲料500ml』

 

 

「…………」

「……如月に、やられたぴょん。

 うーちゃんのいたいけな身体を……あんな……あん、な……うぅ……っ」

 

 

……卯月。

今度から高速修復剤を使うときは、こっちにしようね。

 

 

***

 

 

……それから、少しの時間が過ぎて。

 

 

私は、如月の言っていた言葉の意味を理解していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――んふふ……新鋭機っていいよね、やっぱり♪」

「おりょ?瑞鳳ちゃんご機嫌ー?」

「瑞鳳さんは、新しく開発された流星の性能にご機嫌なんですよ。斯く言う私も……ふふっ」

「Oh、榛名も御機嫌ネー♪」

「あらあら、戦闘の事ばっかり考えるのも、だ・め・よ?戦艦は最前線で戦うことも多いんだから、

 その分傷も多くなりがちなんだから。……あとで、みんなのお肌の治療とお手入れもしましょ?

 ……祥鳳ちゃんも!よく、肌を晒してるんだから!」

「え!?あ、あの……如月さん……」

「断るのは、だぁめ♪さ、それじゃあまずは今夜から」

「……如月ちゃん、睦月、祥鳳ちゃんが怯えてる様にしか見えないんだけどぉ……」

 

 

……睦月と如月は、戦艦、そして空母の子達と楽しげに話している。

勿論、重巡や軽巡の子達とも、当たり前に。

 

そして、こんな話題ばかりでなく、陣形、戦術、各艦種それぞれの動き方。

深海棲艦との戦いにおける作戦会議でも、睦月達は提督や主戦力の皆と並び、会議の中心を構成する位置にいた。

 

 

……戦闘でも。

睦月の動きは早くて、狙いも外さず。駆逐艦の強みを生かして敵に攻撃を仕掛けて。

周りには同じように練度の高い子達が、各個に敵を撃破、あるいは誰かが敵を怯ませた隙に追撃、と、

連携の取れた動きをしていて。

 

 

…………私は。

 

 

 

――今度は、睦月も、如月も、他のみんなも……弥生が、守るから。

 『昔』の私達みたいなことになんて、私が絶対させない、から。

 

 

 

『私』が、守れるなんて。思えなくなっていた。

 

……そして、それ以前に。

もし意地を張って、私が誰かを守ろうとしても……今の私は、彼女達にとって足手まといにしか、ならない。

私が守ろうとする必要なんて――どこにも、ない。

 

 

 

 

 

……敵と向かい合い、自分を奮い立たせるために吐き出す、言葉。

 

「……っ!第三十、駆逐隊を……なめないでっ!」

 

『昔』の私にとっての誇りだった、その名前も。

今は、どこか空虚に聞こえた……。

 

 

***

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***

 

 

 

「……ん。これで、最後です。司令官、お疲れ様」

「しれいかぁーん♪お仕事してる今日のしれぃかんは、いっちだんと素敵ぃ……なんて嘘、ぴょん!」

「んもー、卯月はひっどいなぁ……約束の間宮さん、無しにしちゃうよ?」

「っわわ!駄目!それは駄目っぴょん!ごめんなさいって謝るから、許してしれいかぁーん!!」

 

――それから少しだけ過ぎた、ある日。

私と卯月は、執務室で司令官の仕事の手伝いをしていた。

最近は遠征関係の書類が多くなってきている、とかで。処理の手伝いをお願いされた。

 

「はい、終わり……っと!ああもー、つっかれた……!」

 

印鑑と朱肉を机の端に寄せ、執務机の中央を空けてから。

司令官は、腕を真っ直ぐ上げながら、大きく背伸びをする。そんな司令官に、

 

「あっいす♪あっいす♪さあ司令官、早く間宮さんのとこ行くぴょん!ダッシュぴょん!」

 

卯月が、急かす様に休憩を促す。……というか、ただ急かしてる、よね。

それにしても、卯月もずいぶん司令官にべたべたするようになったな、なんて。

……それはそれとして。

 

「卯月、廊下は走っちゃダメ。前から言ってるよね」

「大丈夫ぴょん!今回はぁ、なんと司令官付きぴょん!司令官付きならおっけーぴょん!」

「駄目」

「……司令官付きでも?」

「駄目」

「司令官だけでも駄目ぴょん?」

 

……それは。えーっと……。

 

「駄目……いや、いいのかな……って、あ、卯月!」

「お先ぴょぉーーーーーん!!」

 

私が変な質問で悩んでいる間に、卯月は走り去って行ってしまった。……もう。

横でそんな私達の様子を見て、苦笑いする彼女――司令官に、私は声を掛ける。

 

「司令官、私達も行きましょう。間宮さんのアイスが待ってます」

「あはは……うん、いこっか」

 

 

……そして。卯月が……妹がいない今だから。

もう一言、私は言葉を作る。

 

 

 

「――司令官。その後に、少しだけ。弥生の話……聞いてもらっても、いいですか」

 

 

 

***

 

 

「――それで、話ってなーに?弥生」

 

 

――鎮守府の中央から少し離れた、山に程近い高台。

私と司令官は、2人きりでそこにいた。

……こんな場所を司令官は知っていたんだ、と少しだけ意外に思う。そんな私の表情を読んだみたいに、

 

「……んふふ、なぁに?『司令官さん』は、机が一番似合うと思ってたのかな、弥生は?」

「いえ、そんな事はない……です」

 

……考えていることを読まれたんだろうか、と少しだけどきりとした。

私は、感情を顔に出すのが下手だから……読むなんて、難しいと思っていたのに。

と、そう思っていたら。司令官は軽く手を振って、

 

「あはは……違う違う、弥生の考えてる事なんてわからないってば。

 ここ、私のお気に入りの場所なんだ。執務にちょっと飽きた時に、こっそり抜け出してここに来たりするの」

 

……執務に、飽きる。なんて。

意外だった。私は、司令官というのはそういうことが主な仕事だと、思っていたから。

 

 

一度、私から目を離して、高台から望める景色のかなた――青い海を、見て。

潮風に栗色の長い髪を揺らし、司令官は私の方に向き直った。

 

話を促されていると、そう思って。

私は、言葉を――

 

 

「――司令官は、」

 

 

 

……守りたいものって、ありますか?

そう、聞こうとして。寸前で抑える。私は、これを聞いていいの?と。

これを司令官に聞きたいって、そう思っていた筈なのに。

 

……その心の焦りを取り繕う様に、別の言葉を吐き出す。

 

 

 

「司令官は、睦月の事を……どう、思っていますか?」

「んー……」

 

少しだけ、間が空く。そして、

 

「大好き、だよ?妹の弥生に言うのもなんだけど、ね」

 

んふふ、と笑って。

 

「実は、一目惚れ。睦月に初めて会ったときに、私、この子の為なら頑張れる!って、そう思ったの。

 それまでは、どうしてか鎮守府を任されて、不安だらけの新米司令官だったのに。

 ……あはは、あの頃は電や暁に迷惑かけちゃったなあ」

「……」

 

私の知らない過去が……私の知らない睦月と司令官の話が、語られる。

 

「それにしても睦月、ほんっと可愛かったなあ……。だって、だってだって!

 ぎゅぅって抱きしめたくなるんだよ!髪わしゃわしゃしたくなってついしちゃって、

 あわわ初対面の女の子にどうしよって思ったらきゃー♪って可愛くて!

 もうあの時、私決めたもの!この子を守る!絶対私が守る!あと、この子と一緒に全部守る!って!」

「……司令官、は」

 

この人は。

 

「本当、睦月の事が好きなんですね……。司令官と睦月、女の子同士なのに」

「んもう、だから一目惚れしちゃったって言ってるじゃない!

 私だって、こんな風になるなんて……その、思ってなかったし、さ……。

 ……ああもー!睦月が可愛いの!睦月が可愛いのが全部わーるーいーのー!」

 

――だから、睦月と一緒に前線に出れない今がすっごく退屈なんだってば!

もう、責任とか指示とか、もー!艦隊いっぱい運用するようになってから、海出れないじゃない!

 

……そんなふうに、叫んで。

司令官は少し顔を赤らめ、口を尖らせる。

その顔は、本当にただの可愛い女の子、なんて。……そう思った私は、すごく失礼だよね。

 

 

顔を赤くしたまま、腕をぶんぶん振り出して。

そこに司令官としての威厳は……元からあまりなかった気も、する、と思うのは失礼だけど。

 

 

 

 

……きっと。

 

 

 

 

きっとこの人は、本気でみんなを守る。

 

 

 

 

 

きっとこの人なら、みんなを守れる。睦月と一緒なら、この人は……きっと、負けない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・ ・・・・・・

私には、守れなくても――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

――そう思った、瞬間。

心の中で……何かがざわめいた、気がした。

 

 

***

-6ページ-

***

 

 

――――炎。

 

 

 

 

炎を上げて、船が沈む。

 

 

空を飛ぶ飛行機から撃たれた機銃が、落とされたものが、船を焼く。

 

 

 

 

                       ・・・・・・

ごう、と。炎が低い音を立てて。……船に宿った、私達の魂ごと、燃えていく。

 

 

 

 

 

……泣いている声が、聞こえるのに。

彼女達が泣いているって、私は分かっているのに。

 

 

 

 

 

私は。

 

 

 

私は、守れない――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………っ!」

 

伸ばした手が、宙を掻く。……目を明けた先には、暗い天井が映る。

目を覚ました、そこは。私に……私と卯月に与えられた個室だった。

 

 

……夢。

夢、だったの――?

 

 

……そう。あれは、『昔』の夢だった。

今ここにいるみんなは……同じ部屋にいる卯月も、無事で。ここでは何も起こっていない、んだ。

 

 

……なのに。

あの日の記憶が、音が、熱が、匂いが、よみがえる。意識に焼き付いて、離れない。

あの日、の――――

 

 

「……、……っ!」

 

 

涙をこぼして、収まらない動悸を抱えて、私はベッドを飛び出し――

部屋を出て、走り出した。

 

 

***

 

 

どこでも、いい。

どこでもいい。どこか、この記憶から逃げられる場所――。

 

そう思いながら、ひたすら走る。

けれど――。

 

 

「……っ!」

 

裸足で走っていたから、転んだ。それでも必死に逃げようとして、立ち上がる。

逃げたい。逃げる、この記憶から――

 

 

――どこへ。

 

 

どこかへ。

 

 

――いつまで。

 

 

逃げられるまで。忘れられるまで。……思い出さなくなる、まで。

 

 

――守れなかった、から?

 

 

終わりなんて見えない、私の後悔と自問自答を繰り返して。

考える内、『そこ』にたどり着いて――走る足が、止まる。

 

 

……そう、だ。

どうして、『昔』の夢を見たのか。分かった。分かってしまった――。

 

 

 

 

……私は。

 

 

 

 

――きっと。

 

 

 

 

私は。

 

 

 

 

――きっとこの人は、本気でみんなを守る。

 

 

 

 

私、は……っ。

 

 

 

 

――きっとこの人なら、みんなを守れる。睦月と一緒なら、この人は……きっと、負けない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ・・・ ・・・・・・

――私には、守れなくても――――。

 

 

 

 

私は――睦月や如月を、姉妹みんなを。弱い私の手では守れないって、諦めてしまったから――。

 

 

 

 

 

 

「……っ」

 

 

 

歩けない。

……もう、立ってもいない。私は、地面にべったりと座り込んでいた。

 

 

――司令官なら、守ってくれる。

 

 

睦月の事を語る姿を見て、そう、心から思っていた、筈なのに。今の私は、自分の心も信じられない。

私は、……司令官なら守ってくれるって。そう言い訳して、逃げなかった?

 

 

「……っ、…………」

 

 

涙、だけ、ぼろぼろあふれて。……止められない。

守ろうって……今度こそ、『私』が守る、って……ずっと、そう思っていた筈の私は、空っぽになっていた。

 

 

「……っ、私、わたし……ぃ……」

 

 

 

……炎が。

 

夢の炎が、また、燃えて。

 

 

 

「私、守りたい、のに……っ、守りたいって、思ってる、のに……っ、

 ……私じゃ、守れ、ないよ……ぉ!……ごめん、なさぃ、睦月、如月……ぃ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――だったら、簡単だよ。みんなで守ればいいんでしょ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………、え」

 

声が、聞こえて。

動けなくなった身体を、前から抱きしめられる。ぎゅ、と。

誰かに触られて、抱き締められる感触に……少しだけ、意識がはっきりする。そして、

 

「……ごめんね、弥生ちゃん。睦月、弥生ちゃんがそんな風に思ってるなんて……知らなかったんだよ」

 

その声と共に。……今度は、後ろから抱きしめられた。

ふわりと、前後から香りが漂う。何だか似ている、って、そう感じる香り。

 

……意識が、完全に戻る。

座り込む私を抱きしめていたのは、睦月と……そして、司令官、だった。

 

 

***

-7ページ-

***

 

「――落ち着いた、弥生?」

「もう、弥生ちゃん……睦月、ほんっとーに心配したんだよ!」

「まあまあ、睦月ちゃん……大したことなかったんだから、いいじゃない、ね?」

「…………どこ行っちゃったんだって、思った、ぴょん。……ばか」

「……ごめん、なさい」

 

……それから、少し経って。

私は、司令官と睦月、如月……それに、卯月に付き添われて、帰りの道を歩いていた。

 

 

――弥生が……弥生がぁ……!弥生が、どっか行っちゃった……ぴょん……!!

 

 

話を、聞けば。

私が部屋を飛び出した時に、卯月はちょうど目を覚ましていて。

急に走り出した私が、様子が変だと思って追いかけたけれど、私を見失って……

それで、司令官と睦月達を呼んだ、らしい。

 

今の姿は、睦月と如月、卯月……それに私も、寝間着のまま。

司令官も、普段の将校服ではなくて……薄手のワンピースに、上にカーディガンを羽織っていた。

 

「……それで、弥生?どうして急に飛び出したりしたの?」

 

司令官が、聞いてくる。……それに、私は少しだけ落ち着きを取り戻した心で、答える。

私が見た夢の――昔の、話を。

 

「夢を、見たんです。……私達が、今の私達じゃない頃の、夢。

 その頃の……睦月と如月が、いなくなる……夢を」

 

私の言葉に、睦月と如月が黙る。

……きっと、思い出したくない事なんだと思う。それでも……私は、続ける。

 

「弥生は――守れなかったんです。如月を。そして、睦月を。

 ……だから、ここに来て、睦月達と再会して。今度は――今度こそ、守るんだって。そう、思っていたんです」

 

……だけど。

 

「だけど、ここに来て……ここの子達と一緒に、戦いを続けていくうちに。

 弥生は、自分への自信を無くしていきました。……弱いんだって、そう、自分の事を思う様になりました。

 ……だから、」

 

一拍、おいて。

 

「弥生には、守れない。……そう思っている時に、昔の夢を見て。

 何もできなかった自分の無力さを見せられて、……怖くなったんです。

 また、同じ事が起きるんじゃないか、って。…………また何も、出来ないんじゃないか、って」

 

最後の一言を、絞り出すようにして呟く。

……その、私の言葉に。

 

「御免なさいね。……私、弥生ちゃんに言い過ぎちゃったみたい」

 

如月が、困ったような顔で微笑みながら。私に言葉を返す。

 

「私、そういうつもりで言った訳じゃなかったの。

 冗談っぽく『一人だけで頑張るのは、みんながいるから無理そうかもね?』……って、言いたかったの。

 そのうちに、弥生ちゃんも、みんなと一緒に頑張ろう、って思ってくれるかなぁ……って」

 

ふふ、と笑ってから。

 

「みんな、優しくて。放っておいてくれるような子達じゃないもの」

 

そう言った如月を、急に司令官が抱き寄せて。囁くように。

 

「――誰かさんの時みたいに、ね?」

「もう……。私は、弥生ちゃんほど落ち込んでたりはしてないわよ?その、ちょっとは……したけど」

「ほら、似た者姉妹じゃない」

「……司令官。『あれ』、司令官の分、作るのやめちゃうわよ?」

「……っわ、ごめん!ほんとごめん!謝るからそれだけはー!」

 

……その二人のやり取りを見て、茫然とする。

今は、そんなの全然感じられないのに。……如月、も。

 

「如月、も……」

「……ふふ♪あったのよ、ちょっとだけ。ちょっとだけよ?

 それでね、弥生ちゃん。私はね――」

 

そう言ってから。司令官と、そして睦月の手を取り――

 

「…………えいっ♪」

「……わぁっ!?」

「如月ちゃん!?」

 

――ぐい、っと、二人とも引き寄せる。

そして――

 

「私は、睦月ちゃんと、司令官……それに、みんなに助けられて。それでもう、昔の事で悩むのはやめたの。

 昔の事は、確かに悲しいけど……。でも私は、睦月ちゃんも司令官もいる、今がすごく楽しいの♪

 だから、」

 

 

如月は、睦月と司令官の腕を左腕で抱いて。右腕を、私の方に伸ばす。

 

 

「私は、今が大好きなの。昔の事より、未来が楽しみなの。……ね、弥生ちゃん。

 私は、未来をみんなで作りたい。未来を、みんなで守りたいの。

 

 

 

 だから――ここから。私達の未来を、『ここ』から始めましょう?」

 

 

昔の事ばかりじゃなくて、ね?と、そう言って、私に手を伸ばした。

 

 

 

 

「……私、は」

 

……その手をつかむのに、戸惑っていると。

横から手が伸びて、腕を掴まれた。そして、

 

「……弥生。卯月もついていくんだから、早くするぴょん!

 『今度』は、……っ、卯月を置いてなんて、いかせない……ぴょん!」

 

卯月が強引に私と如月の手を重ねて、そこに卯月も手を重ねた。

 

……まったく、もう。本当に――。

 

「……仕方ない、んだから。卯月も泣き虫だもんね。弥生と、おんなじで……」

 

 

如月を中心にして、私達4人の手が重なった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――あ、提督!弥生ちゃん見つかった!?

   もう、飛行機を高く飛ばしちゃだめだから低空飛行でって言われて、大変だったんだからー!

 

―――あははー、ごめんね瑞鳳、無茶言っちゃって。

   でも、探索ありがと、助かっちゃった!

 

―――弥生が見つかったのなら、No Problemネー!

   それにしても、睦月の所も大変ネ?うちも榛名がネー…。

 

 

 

……遠くから駆けてくる、何人かの子達を迎えて。

歩く私達の会話は、少しずつ、賑やかになっていった――。

 

 

***

-8ページ-

***

 

 

 

「――さぁて、最後の仕・上・げよ?」

 

 

如月が、そう楽しそうに言い。

『2着』の白いドレスを前に、糸を通した針を見せる。

 

 

 

――睦月ちゃんは、司令官のお嫁さん。

司令官は、睦月ちゃんのお嫁さん。だから、2人ともドレスでなくちゃ、ね♪

 

 

 

如月は、そう言いながら。

私達が来てからの2週間の間も、2人の為のドレスを、丁寧に……丁寧に、仕上げていた。

そして、

 

 

 

――最後に、私達で針を入れましょう。

弥生ちゃんも、卯月ちゃんも、皐月ちゃんも……みんなの分を、ね?

 

 

 

 

 

ドレスに親しい人がひと針を入れ、幸せを願う……。

ハッピーステッチ、という、そんな風習が欧州にはあったと、如月は金剛さんに聞いた、という。

その説明をされたとき、まるで千人針みたいだ……なんて、私は思った。

 

 

 

如月の作ったドレスに、一回一回、針を入れ。刺繍を、していく。

 

文月が。望月が。長月が。皐月が。三日月が。菊月が。……ひとつ、ひとつ。

 

 

 

 

最後に、私と卯月が――入れる。

 

 

どうか2人が、幸せになれますように、って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――私は。

 

 

私は、みんなと一緒に、この今を守る。

 

 

 

 

 

 

だから。

 

 

 

このしあわせな『未来』が、ずっと続きますように――――。

説明
弥生の長いSS。
――弥生、そして卯月、着任。着任したての2人は、姉、睦月が2週間後に結婚(カッコカリ)するという衝撃の事実を知るのだった…。と、いうお話。
ただ、物凄く長いのでいろいろ大変なことになってます。 
弥生と卯月の艦これ着任時期がケッコンカッコカリ実装の約2週間前だったので、こんなお話になりましたー。前のお話とつながってたり繋がってなかったり。
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艦これ 艦隊これくしょん 睦月 如月 弥生 卯月 女性提督 百合 ケッコンカッコカリ 

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