銀の月、止められる
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 まだ日も昇らぬ早朝、白い胴衣と袴の少年が銀の霊峰の社の境内に現れた。

 その顔は何やら思案顔である。

 

「さてと……今日の朝ごはんはどうするかな……」

「おはよう、銀月」

 

 朝食の献立を考える銀月の目の前の空間が開き、中から白いドレスに紫色の垂をつけた女性が現れた。

 その女性に対して、銀月は礼をする。

 

「ああ、おはようございます、紫さん」

「今から出るところだったかしら?」

「ええ。今から出るところでした」

「今朝は博麗神社に行ってはダメよ」

 

 唐突に言われた一言に、銀月は首をかしげた。

 

「……はい? それはまた、何故です?」

「博麗神社で異変が起きているからよ。今、霊夢が解決に向かっているわ」

 

 紫のその言葉を聞いた瞬間、銀月は眉をひそめた。

 

「それなら俺も手伝いに行った方が……」

「それもダメよ。霊夢一人で手に負えないときは助けを呼ぶかもしれないけど、それでも貴方だけは絶対に来てはいけないわ。いい? 異変が解決するまで絶対に博麗神社へ行っちゃダメよ?」

 

 今にも飛び出しそうな銀月を、紫はそう言って制止する。

 それを聞いて、銀月は紫の方を向いた。

 

「何故です? 何故俺だけダメなんですか?」

 

 銀月は無表情で紫を見つめてそう言った。

 その声は低く、こもった声からは苛立ちが垣間見えた。

 そんな銀月に、紫は胡散臭い笑みを崩さずに答えた。

 

「貴方の能力が未だにはっきりしないからよ、銀月。忘れないでちょうだい、貴方はこの幻想郷で最も危険な玉手箱なのだから」

「……俺が、幻想郷を滅ぼすって言うんですか?」

「そこまでは言わないけど、それでも貴方は幼くして妖怪達を相手にし、大勢の死傷者を出したわ。そんな子供が過酷な修行を積んで力をつけた。これで貴方が暴れだしたとして、私達が貴方を止められる保障がどこにあるのかしら?」

「……それでも、俺は父さん達を信じています。俺が暴走しても、絶対に止めてくれるって。この中には紫さんも入っているんですよ?」

「それが貴方の死を意味しても、かしら?」

「……それは……」

 

 紫の言葉を聞いた瞬間、銀月は言葉を詰まらせた。

 そんな銀月に、紫は浮かべた笑みを消して眼を覗き込んだ。

 

「はっきり言うわ。貴方の能力の正体が分からない以上、私には暴走した貴方を殺さずに止められる自信はない。だから、貴方が暴走したら躊躇なく貴方を殺すわよ」

「…………」

 

 銀月はそれを聞いて黙り込む。

 その表情はとても悔しげで、唇は横一文字に結ばれていた。

 そんな銀月に、紫は続けて声をかける。

 

「何も貴方を殺したいわけじゃないのよ? 殺さないで済むのならそれが一番良いのだし、懐いてくれている子を殺すことに何も思わないほど私は非情でもないわ。だから、私に貴方を殺させるようなことだけはやめてちょうだい」

「……分かりました……」

 

 紫がそう言うと、銀月は俯いて返事をした。

 すると、紫が何かを思い出したように手を叩いた。 

 

「ああそうだ。銀月、藍から手紙を預かっているわ。これよ」

「手紙ですか?」

 

 紫が懐から取り出した手紙を、銀月は読み進めていく。

 

「……ええ〜……藍さん、それは……」

 

 すると、見る見るうちにその表情が変わっていった。

 どうやらとても問題のある内容だったらしく、その表情はなんともくたびれたものになっていた。

 

「あら、どうかしたのかしら?」

「すみません、藍さんのところに案内してもらっていいですか? 少し手紙の内容に抗議したいので」

「手紙の内容がどうかしたのかしら?」

「……すみません、ちょっと言えないです。とにかく、案内してもらえますか?」

 

 手紙の内容を聞かれて、銀月はなんともいえない微妙な表情で答える。

 そんな銀月の要求に、紫は怪訝な表情を浮かべながらも答えることにした。

 

「え、ええ」

「失礼します……」

 

 スキマが開くと、銀月はその中に入っていく。

 紫はそのスキマを開きっぱなしにして、会話を聞くことにした。

 

「藍さん! 幾らなんでもこれは無理ですよ!」

「頼む銀月! 紫様のためなんだ、協力してくれ!」

 

 すると聞こえてきたのは激しく抗議する銀月の声と、必死に懇願する藍の声。

 その話の内容から、手紙の内容は銀月への依頼だったことが分かった。

 

「嫌ですよ! こんなことして弾みで殺されたらどうしてくれるんですか!?」

「うっ……だ、だが抱きしめたり接吻したりは大丈夫なんだろう! ならばこれくらい笑って許してくれるかもしれないだろう!?」

「訳が違いますよ! 一歩間違えたらこれ訴えられますよ!? 藍さんだってそうするでしょう!?」

「私は将志からなら別に……あいたぁ!!」

 

 すぱーんと大きく乾いた音がスキマの奥から聞こえてくる。

 どうやら銀月がハリセンで藍の頭をはたいたようである。

 

「それは藍さんの願望でしょうが! とにかく、俺はやりませんからね!!」

「しかし、紫様は以前これをやられて気絶して、危うく誘拐されるところだったんだぞ!? 頼む、手遅れになる前に手を貸してくれ!!」

「だ、だからって……何で俺が……」

「むしろお前だからこそなんだ、頼む! 紫様が一番慣れている男はお前なんだ!」

 

 口ごもる銀月に、畳み掛けるように藍は頼み込む。

 すると、銀月のやけになったような声が聞こえてきた。

 

「……ああもう! 一度だけですよ!?」

「すまない……ああ、そうだ。お前私や紫様に敬語使うのやめろ。むしろ馴れ馴れしいくらいの方が良い。なに、知らない仲じゃないんだ、今更畏まることも無いだろう?」

「……まあ、それくらいなら良いけど……」

「よし、では頼んだぞ」

 

 藍がそう言うと、銀月がスキマの中から戻ってきた。

 その表情は暗く、陰鬱なものである。

 

「……はぁ……何で俺がこんなこと……」

「どうかしたのかしら、銀月?」

 

 紫は少し困惑した様子で銀月に話しかけた。

 先程の話の内容から自分に何かするように依頼されたのだという事は分かっているが、その内容が分からないのである。

 

「失礼します……」

 

 銀月はその質問に答えることなく、紫を抱きしめた。

 それなりに成長した銀月は紫よりも少し低いくらいの身長であり、もうすぐ追い抜きそうである。

 そんな銀月を、紫は優しく抱きしめ返す。

 

「本当にどうかしたのかしら? 急に改まって……」

「……ごめんなさいっ!!」

「きゃあんっ!?」

 

 銀月は一言謝ると、紫の胸と尻を二三度揉んだ。

 そして紫から素早く離れると、その場に崩れ落ちた。

 

「……ううっ……頼まれたからって、俺は何てことを……」

「……ら、藍の指示?」

「……はい……申し訳ございません……」

 

 顔を真っ赤にした紫の問いかけに、銀月は土下座をしながら答える。

 それを聞いて、紫はギクシャクした様子で言葉を返した。

 

「そ、そうよね……銀月が自分からこんなことするはず無いものね……」

「……私のことは犬とお呼びください、紫様……」

 

 銀月は土下座を敢行したまま、紫にそう言った。

 

「ちょっ!? 銀月、いきなり何を……」

「……紫、お前そんな趣味があったのか? ん?」

 

 そんな言葉と共に、慌てる紫の頬に背後からひたひたと当てられる冷たい物体。

 それは将志の持つ銀の槍、『鏡月』の刃であった。

 その瞬間、紫の顔から血の気がサッと引いていく。

 将志の表情は怖いくらいの笑顔であり、その表情で紫を見つめていた。

 

「そ、そんな訳ないでしょう!! そんなことより銀月を止めてちょうだい!!」

 

 紫は大慌てでそう言って銀月の方を指差した。

 

「……ああ、消え去ってしまいたい……」

 

 そこには、地面に寝転がって暗黒のオーラを放って自己嫌悪に陥っている銀月の姿があった。

 それを見て、将志は唖然とした表情を浮かべた。

 

「……何やら銀月から黒い波動を感じるのだが……」

「実はね……」

 

 紫は将志に銀月がこうなった経緯を話した。

 それを聴いた瞬間、将志は目頭を押さえた。

 

「……成程。つまり銀月は藍の頼みを聞いたせいでこうなったという訳だ」

「ええ。幾らなんでもやりすぎだと思うわ」

「……そういうことならば、少々抗議しに行くとしよう」

「抗議って……何をするつもり?」

「……この前勉強の一環で読んでいた本なのだが……ハンムラビ法典と言うものがあってだな……」

 

 唐突に将志が出した話題に、紫の眼が点になる。

 

「……え? ごめんなさい、繋がりが見えないのだけど?」

「……要するに、嫌なことをされたらやり返してやれと言う訳だ。と言うわけで、行って来る」

 

 将志は紫が止めようとするのも聞かずに猛スピードで飛び出していった。

 一見冷静なようで、内面はかなり熱くなっていたようである。

 紫はそれを呆然と見送る。

 

「……行っちゃった。それは銀月や私がやるから効果があるのであって、将志がやっても返り討ちに遭うのに……」

「……私は犬、私はイヌ、私はいぬ……わんわん……」

 

 紫の足元で、銀月がぐったりとした様子で寝そべりながら呪詛のように呟く。

 どうやら先程の一件が余程こたえたようである。

 

「ちょっと銀月!? いい加減帰ってきなさい! 私は気にしてないから!」

「……本当?」

 

 紫が声をかけると、銀月は顔だけ起こして紫を見る。

 その眼は死んでおり、なんとも情けない表情を浮かべている。

 

「ええ、本当よ。大体、貴方の意思ではなかったのでしょう? なおのこと気にすることは無いわよ」

「そ、そう……」

 

 銀月は紫の言葉を聞いて、のそのそと立ち上がる。

 しかしその表情は晴れず、どこか気まずそうである。

 そんな銀月を見て、紫は何かを思い出したようだ。

 

「……そうだ。銀月、私も藍から課題を言い渡されていたのよ」

「……課題って……え?」

 

 頬に触れる柔らかくしっとりとした感触。

 銀月が驚いてその方を見てみると、悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべた紫が居た。

 

「ふふっ、これで分かったでしょう? 私は気にしていないって」

 

 紫は自分の唇を撫でながらそう言って笑う。

 そんな紫に、銀月は困惑した。

 

「え、でも今の課題って……」

「まあ、確かに元は出来そうなら挑戦してみるようにって言われていたものだけど、さっきのを気にしているのならこんな事しないわよ」

 

 困惑する銀月に、紫は優しくそう言う。

 それを聞いて、ようやく銀月の表情に笑みが戻った。

 

「……そっか。ありがとう、紫さん」

「お礼を言われるようなものじゃないわ。さあ、落ち込んだりしている暇があるならもっと有意義に使いましょう?」

「うん。それじゃあ今日は思いっきり修行しよう!」

「……程々にしなさい」

 

 意気込む銀月に、紫はため息をつきながらそう言うのだった。

 

 

 

 一方その頃、マヨヒガでは。

 

「あだだだだだだ!」

「……ふむ、ここが痛いということは眼の使いすぎだな。少し休めるべきだ」

 

 将志はそう言いながら、指で藍の足を強く押していく。

 その足つぼマッサージを受けて、藍は痛みに悶絶するのだった。

 しばらく続けた後、将志は藍の横に白湯の入った湯のみが置かれた盆を置いた。

 

「……では、そろそろ仕事に戻らねば……むっ」

 

 将志はそう言って立ち去ろうとするが、その袴の裾を藍が掴む。

 

「……逃がさないぞ、将志。散々私が嫌がることをしてくれたんだ、ならばその分の対価は払ってもらうぞ」

 

 藍は将志の身体を這い上がるようにして立ち上がった。

 それと同時に、尻尾を巻きつけて将志を拘束する。

 

「……それは、お前が銀月に無理な頼みごとをしたから……っく」

 

 将志が一言言おうとすると、藍は将志の首筋を舐めて言葉を切る。

 

「それはお前の勝手な価値観であって、銀月が本当に私に仕返しをしたかったのかは分からない。それに、そもそもお前はその件には無関係のはずだ。つまりお前は当事者の思惑とは関係なしに、私的な感情で的外れな仕返しを私にした訳だ。こんなもの、仕返しでも何でもない」

「……何だと……?」

 

 藍に指摘され、将志の顔色が段々と悪くなっていく。

 それを見て、藍は微笑んだ。

 

「冷静になれば分かることだろう? 報復というものは被害者が行わなければ成立しない。つまり、お前が行ったことはただの攻撃で、私はそれに対して報復する権利があると言うことだ。さて、何か異論はあるか?」

「……だが、お前は俺の家族に……」

「家族は物ではないだろう? 銀月は明瞭に自己を持っている人間だ。幾ら家族とはいえ、本人の意思を無視して親が事を起こすのは間違っていると思うが?」

「う……ぐ……」

 

 苦し紛れに反論をするも、藍は容赦なく正論を突きつけてくる。

 何も言えなくなった将志の頬を、藍は指先で撫でる。

 

「ふふふ……銀月を大事にしすぎるあまり、とんだ失態を演じたな、将志? さて、覚悟はいいな?」

「……待て、そういうならば何故最初にそれを言わなかった? そうすれば、お前も痛い思いをせずに済んだだろうに」

「ああ、それはな……せっかく自分から飛び込んできた獲物を逃げられないようにするためだ」

「……っ」

 

 藍がそう言った瞬間、将志は背骨が氷柱になったような感覚を覚えた。

 今の将志は、蜘蛛の巣に捕らえられた羽虫のようなものであった。

 そんな将志に、藍は妖艶な笑みを浮かべて相手の唇を指でなぞる。

 

「……何をする気だ?」

「なあに、私はお前に報復などはしないさ。その代わり、しばらくの間お前を好きにさせてもらうぞ」

「……なん……だと……んぐっ」

 

 焦る将志の唇を、藍は強引に奪いに行く。

 それと同時に、藍は将志の口の中に唾液を流し込む。

 将志が思わずそれを飲み込むと、藍は口を離した。

 二人の間には銀色の橋がかかり、口の周りを濡らしていく。

 藍は熱に浮かされたような表情を将志に向けた。

 

「はぁ……言っておくが、今日ばかりは手加減なんてしないからな。私も最近色々溜まってるんだ……ゆっくりたっぷり味わわせてもらうぞ……」

 

 藍は息を荒げながらそう言うと、将志を部屋の中に引きずり込み、静かにふすまを閉めた。

 

 ……どうやら、将志は当分の間帰ることは出来ないようである。

 

 

 

 

 

 夜になり月が空高く上ったころ、空を飛ぶ影が一つ。

 その影は少女のものであり、紅白の巫女服を身に纏っている。

 

「あ〜……疲れた……全く、理不尽よね……何かもらえるわけでもないし……」

 

 霊夢は大きなため息をつきながら自宅である博麗神社に向かって飛んでいく。

 今日異変を解決した彼女は、酷く疲れた様子であった。

 しばらく飛んでいくと、霊夢はあることに気がついた。

 

「……あれ、家に明かりがついてるわね……まさか、異変がまだ終わっていなかった何て言うんじゃないでしょうね……」

 

 霊夢はそう言いながら疲れた表情を強くした。

 そして、その表情が段々と苛立ったものに変わっていく。

 

「ああもう! こうなったらとっとと蹴散らして不貞寝してやるわ!」

 

 そう叫ぶと、霊夢は速度を上げて自宅に向かって飛んでいく。

 そして自宅に着くと、彼女は首をかしげた。

 

「……おかしいわね……てっきり何か仕掛けてくると思ったのに、誰も居ないわね……」

 

 霊夢はそう言いながら家の中を歩いていく。

 そして明かりのついている居間に足を踏み入れた。

 

「……あ」

「……すぅ……すぅ……」

 

 するとそこには、ちゃぶ台に覆いかぶさるようにして寝ている銀月の姿があった。

 その表情は緩んでおり、とても気持ち良さげである。

 

「……ちょっと銀月。あんた何でこんなところで寝てんのよ」

 

 そんな銀月に、霊夢はいらいらとしながら声をかける。

 すると眠りが浅かったのか、銀月はすぐに眼を覚ました。

 

「……ん……あ、霊夢……ひょっとして、俺寝てた?」

「そりゃもう腹が立つくらい気持ち良さそうに寝てたわよ」

「そっか……ちょっと待って、今料理を温めなおすから」

 

 銀月はそう言いながら台所に向かおうとする。

 そんな銀月に、霊夢は意味が分からず声を上げた。

 

「え?」

「だって、異変を解決してきたんだろ? だから疲れてお腹を空かせて帰ってくるんじゃないかなと思って。で、仕事帰りに冷たいご飯なのもあれだから帰ってくるのを待ってたんだけど、余計だったかな?」

 

 銀月はそう言いながら霊夢の方を見る。

 そんな銀月に、霊夢は一転して嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

「……そんなこと無いわよ。それじゃあ、なるべく急いで持ってきて。私もうお腹ペコペコよ」

「了解。それじゃ、急いで持ってくるよ」

 

 銀月はそう言うと、台所がある土間へと走っていった。

 

 この日の夕食は、霊夢の好物ばかりが並んでいた。

説明
今日もいつも通り博麗神社へと向かおうとする銀の月。しかし、妖怪の賢者によってそれは止められた。
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コメント
…そうだった、この頃はまだ銀月の能力が不明だったんだよなぁ。判明しても尚、そのトンデモ振りは相当な物なのだから、この頃の将志や紫はさぞジリジリしていた事だろう。そして、ヤンデレ女狐怖い…。(クラスター・ジャドウ)
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