インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#117
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「まず最初に…皆はIS開発史って授業とかでやってるよね?」

 

束の問いに、マドカとスコール以外の面々は首を縦に振った。

それも当然、IS開発史は学園の一年生配当科目として存在しており必ず履修させられる科目だ。

 

「あれ、八割がたウソだから。」

 

「え、えぇっ!?」

 

驚くシャルロットの声。

 

「正確に言えば、ウソと見栄と、大人の事情ってヤツ?」

 

他の面々も声が出なくて口をパクパクとさせているから唖然としている。

 

「((多用途多形態強化装甲服|マルチプル・マルチフォーム・パワードスーツ))インフィニット・ストラトス。その生み出された理由は―――」

 

「宇宙開発用、ですか?」

 

「正確には((低軌道基地|オーピッド・ベース))や((月面基地|ルナ・ベース))みたいな重力圏内での拠点作成用作業機械。――まあ((表向き|タテマエ))だけどね。」

 

「それじゃあ、本当の理由は…?」

 

束の言いように、一夏たちはそのウラに隠された((裏向きの理由|ホンネ))を聞き逃さんと耳を傾ける。

 

が、

「分からない。少なくとも、私やちーちゃんは知らない。」

期待した答えが返ってこず、マドカはずっこけそうになったのをぐっとこらえる。

 

知らないものは仕方が無いのだ。

『((篠ノ之束|稀代の大天災))』だって神ならぬ人間であるのだから。

 

「でも、想像はできるかな?」

 

「それは…?」

 

「インフィニット・ストラトス。この名前は『白騎士』の設計図の片隅に手書きで書かれていた言葉から貰ってるんだよ。」

 

「――どのような、言葉だったのですか?」

 

セシリアの問いかけ。

わずかながら逡巡したような間があったのは『白騎士の設計図』という部分に対して反応すべきか、どのような言葉であったのかのどちらを優先すべきか迷ったためであろう。

 

それに対して束は懐かしむような、愛しむような…そんな笑みを浮かべながら言葉をつむぐ。

 

――『((無限に広がる|インフィニット))((あの大空へ|ストラトス))』と。

 

「それで、大体は想像できるんじゃないかな?」

 

答えは無い。

 

だが、各々が思い浮かべた『ISの真の開発理由』は一致していた。

 

 

――風になって、大空を飛びたい。

ただ、それだけのためにISは開発されたのだ、と。

 

しかしこれは別段珍しいことでもない。

 

熱気球を発明して世界初の有人飛行を果たしたモンゴルフィエ兄弟も、有人飛行機を開発して世界初の飛行機による有人飛行を果たしたライト兄弟も、きっと同じ思いを抱いていたのだろうから。

 

むしろ、それぐらいの方が浪漫があっていいとすら一夏は思う。

――同時に、いくつもの((記憶|おもいで))が脳裏によみがえってくる。

 

 

 

「さて、それじゃあ本題に入るとしようか。」

 

表情をわずかに引き締めた束に、一夏たちもその背がわずかに伸びる。

 

「さっきも言ったけど、ISは私が開発したわけじゃない。――私は研究を引き継いで白騎士を組み立てただけ。――まあ、残されてた資料を漁って勉強したから『彼』を除いて一番ISのことを知ってるってのは確かだけどね。」

 

「白騎士を…」

「組み立てた?」

 

首をかしげる鈴やラウラ。

 

言っている意味がよく分からないというのが彼らの正直なところだった。

 

「『組み立てた』と『造った』は違うのですか?」

 

「大いに違うよ。私がしたのは用意されていた部品を設計図どおりに組み合わせてつないだだけ。」

 

だから、完全にブラックボックス化されているISコアを『一から造る』ことはできないのだと、束は語る。

 

「じゃあ、その部品はどうやって作られたのか。――答えはわかるよね?」

 

「その研究をしていた人がいて、それを束さんが受け継いだ…と?」

 

「鈴ちゃん大正解。」

 

ご褒美にナデナデしてあげましょー、と鈴の頭を撫で始める束。

成すがままにされる鈴ではあるがいやそうな顔はしていないところを見ると嫌ではないらしい。

 

「それで、その研究をしていた人とは…?」

 

「それは――」

 

ラウラの問いに対する答えは思いがけないところから出てきた。

 

「((槇村|マキムラ))((空斗|アキト))。俺たち((姉弟姉妹|きょうだい))の兄分であり――」

「姉さんや千冬さんの初恋の相手、ですよね?」

 

「え、えぇっ!?」

驚き、裏返りかけた声を上げるシャルロット。

その名前は彼女にとっても大切な名前であった。

 

「…そのとおりだよ、いっくん。箒ちゃん。どうして分ったの?」

 

少しばかり驚いた様子で、束は降参の意味を込めて両手を挙げる。

それによって中断された『ナデナデ』を少しばかり物惜しげにする鈴は、皆から見なかったことにされた。

 

「私は、姉さんの初恋の相手という部分で…千冬さんもでしたけど、見ていて物凄く分りやすかったですから。」

 

「そ、そうかな?」

 

「父さんも母さんも、雪子おばさんも気付いてどうなるか楽しみにしてたみたいですし。」

 

「そ、そうだったんだ。―――それで、いっくんは?」

 

『知らぬは当人ばかりでしたよ?』と言外に言われて、がっくりと肩を落としながら束は一夏に促す。

―内心では、皆に把握されていたことを千冬にも知らせて慌てさせてやろうと決意しながら。

 

「俺は――ISの名前の由来を聞いたとき、かな?」

 

「へえ…どうしてそれで分ったの?」

 

「俺が小学生だったころかな。川原だったか篠ノ之神社の裏の森だったかで地面に寝転んで一緒に空を眺めていたことがあったんだ。」

 

語りだした一夏に、束は相槌を打ちながら先を促す。

 

「その時に、聞いたんだ。『いつの日か、あの無限に広がる大空を風と一緒に飛びたい』って。」

 

それは、白騎士の設計図に書き残された言葉と同じ―――

 

「そんなことがあったんだ。」

 

「他愛も無い話しかしてなかったし…『恥ずかしいから束や千冬たちには秘密にしておいてくれ』って言われてたし…」

 

「まったく、もう。あっくんたら…」

 

その束の反応は、完全無欠に恋する乙女のようで―――

 

「…っ!」

 

自身に集まる生暖かい視線に束は慌てて仕切りなおしを図る。

 

「こほん。私やちーちゃんのことは置いておいて、今はISの話に戻るよ。」

 

頬が若干赤いのは気温となんら関係ないことは確かである。

 

「あっくんが失踪したのが今から七年前。学校の後輩を連れてフランスのホームステイ先への挨拶に行ったときに事故に見せかけて行方を晦ました。…表向きは死亡事故ってことになってるけど。」

 

ホームステイ先、という言葉にシャルロットがピクリと反応する。

なんせその『ホームステイ先』こそがシャルロットの生家であるハーディ家であり、自身の我が侭が毎年のようにフランスを訪れさせる理由となっているのだから。

 

「私とちーちゃんがあっくんの秘密研究室を見つけたのは部屋の整理をしているときだったから、行方不明になって一ヶ月も経ってないころのこと。そこで私たちは――」

 

「未完成の白騎士とその設計図を見つけ、研究を引き継いだ…と。」

 

「そう。幸いにして研究開発中のメモ書きとか設計図とか仕様書とか、そういった文書は山のようにあったからね。」

 

ちなみに、と束は付け足す。

 

「ちょうどそのころはちーちゃんも荒れに荒れていた時期でね。夜な夜な町に繰り出しては不良グループとか暴走族とかを((壊滅させ|シメ))て回ってたりしたんだけど…いっくんは覚えてる?」

 

「覚えてますって。なんせそのおかげで俺が家の中のことを全部やってたんですから。まあ、家事能力的な意味で言えばアキ兄に教わってた俺のほうが上でしたから順当だったわけですけど。」

 

(――織斑先生、小学生の弟に世話されてたんですね。)

 

誰ともなく、そんなことを思わないでもないが絶対に口には出さない。

当然だろう、あとでバレたらどうなるか分ったものではないし命は惜しい。

 

「ちーちゃんが白騎士に関わりだしたのは機体がほぼ完成してから。私じゃ乗りこなせそうにないから運動神経だけは凄かったちーちゃんも巻き込むことにしたの。」

 

「そして、白騎士事件が起こった…と。」

 

「それについては、そちらのほうが詳しいですよね?亡国機業幹部のスコールさん?」

 

いきなり話を振られたスコールは面食らいながらも何とか話を逸らそうと試みようとした。

 

だが、若干の敵意も混ざった視線を向けられ、ため息交じりに両手を挙げた。

 

「分ったわ。だが私は関わっていないし、他の幹部から聞いた話が殆ど。そこは了承してもらうわよ。あと、今は『元幹部』。」

 

『粛清されかけたところを命からがら逃げ出した身だからね。』などと臆面なく言うスコールに向けられた敵意は若干薄らぐ。

組織幹部といえど中間管理職であることには変わりない。不本意な命令にも従わされてきた悲哀のようなものがその声から感じ取れたのも大きいだろう。

 

「ことの始まりは日本政府がよく分からない金の動かし方をはじめたこと。機密費にしてはおおっぴら過ぎるし、だからといって通常の予算ではない。そういう類が目に付いたの。」

 

「それを辿ったら、ISの開発をしている槇村空斗につながったと?」

 

「その通り。―その時点ではまだまだ『不完全』だったが今のうちに抱え込んでおいても損は無い。そう判断した幹部がスカウトを試みたのだけど、先に日本政府が後ろ盾についていたらしく、興味ないといわんばかりに拒否されてしまった。」

 

はぁ、とスコールはため息をつく。

 

「問題は、それを『使える』と判断した輩がいた事。亡国機業の理念は世界平和の実現・維持だけど、新参幹部の大半は自身の利益のために参加しているに過ぎなかったから、どうしてもそういう手合いが出てくるの。」

 

「それが、今回の?」

 

「ええ、そうね。彼女を中心とした一派が『欠点を抱えたままのIS』に有用な点を見出したの。」

 

「その有用な欠点とは?」

 

「女にしか――いえ、登録されたDNA情報を持つ者でないと使えないことよ。」

 

スコールは言う。

 

マージ一派は認証部と思しき部分へ強引に『人間の女性』ならば誰もが持つ遺伝子情報を押し込んだ。

そのため、ISコアは最初から登録されていた者と女のみ操縦することができるのだと。

 

「元々、国際IS委員会は亡国機業が確保できなかったISを管理下におくために設置させた機関だったわけだし、その幹部要員の半数以上に亡国機業の息が掛かっているわね。」

 

「それじゃあ、白騎士事件は―――」

 

「ISを表舞台に引きずり出す、もしくは阻止のために動いた槇村空斗の身柄を確保するために行われた茶番に過ぎないわ。」

 

そして、束と千冬はその誘いに乗ってしまった。いや、乗らざるを得なかった。

ミサイルの迎撃に出た『白騎士』を捕獲すべく差し向けられた各国軍。

 

捕獲できればそのまま民間委託という名の譲渡で亡国機業が表向きの顔として使っている企業へ引き渡せばいいし、できなければそれについての釈明を日本政府に求め表舞台に引きずり出し、国際機関という隠れ蓑の中から操ればいい。

 

マージら急進派とスコールら保守派の妥協でそうなることが決められた、筈だった。

 

「我々としては、ISの出現で急激に進んだ女尊男卑の風潮に驚くばかりだったけど、これも連中の思惑の内だったんでしょうね。」

 

政治、軍事、産業―――そういった分野の上層部は未だ男が大半を占めている。

それであるのにただ『IS搭乗の適正がある』というだけで女性優位の社会が構築されてしまった。

 

―――それを、マージら一派が煽ったという確証はないが可能性は高いとスコールらは思っていた。

 

「…私が知っている限りの白騎士事件の真相はこんなものよ。」

 

「スコールさんも随分と苦労してらしたんですね。」

 

何かが通じ合ったらしい、スコールと束は互いの手を取り合い硬い握手を交わす。

 

片や暴走しがちな急進派の抑え役、片や『我輩の辞書に自重という文字はない』といわんばかりな((狂研究者|マッドども))の抑え役。

役職や分野こそ違えど、やっていることは似たようなものであった。

 

「あー、えっと、なんか友情が芽生えてるみたいだけど、話を進めてもらっていいですか?」

 

その裏側で無音のまま繰り広げられたじゃんけんの末に貧乏くじを引かされることとなったシャルロットが束とスコールに声をかける。

 

「ああ、ごめんね。」

「話の腰を折ってしまったみたいね。ごめんなさい。」

 

「…とはいえ、私が知ってて話せるのはこれくらいなのよね。あと、――」

 

一体、どんなことを告げられるのか。

楽しみ半分、恐怖半分で身構える一夏たち。

 

「白式と紅椿の原型機とコアはあっくんが用意してくれたものだってコトくらいかな?」

 

「―――はい?」

 

「あと第三世代機に使われている((思考式制御装置|イメージインタフェース))の雛型はあっくんが槇篠技研のメインフレーム上においておいたヤツが元になってるとか?」

 

「それって、つまり…」

 

「もうしばらくはあっくんの独壇場じゃないのかな。VTシステムも結局はISコアというハード上で動くアプリケーションみたいなものだったわけだし。」

 

ことの大きさに開いた口がふさがらない。

 

特に、身近な兄貴分としか思っていなかった一夏や箒にとってショックはかなり大きい。

――色々と規格外な束や千冬を抑える常識人だと思ったら、その当人が特級の逸般人だったのだから。

 

「まあ、今回の件もあっくんが動いているみたいだから、多分大丈夫。行方の分らなくなってるちーちゃんたちもきっと。」

 

『だって、あっくんだし。』

 

それで納得できてしまう自分がいることに一夏は驚きもしなかった。

 

「さ、今日は色々あって疲れたでしょ?やまやも言ってたけど明日からは忙しくなるんだから、しっかりと休んでおかないとダメだからね。」

 

「はーい…」

 

精神的に疲れ果てた様子で、鈴が応える。

他の面々も似たような状態であるがその最たる原因が『驚き疲れ』であることは言うまでもない。

 

「この件が終わったらやまやも交えて呑みに行かない?苦労人の集いって感じで。」

 

「楽しみにしておきましょう。」

 

一夏たちが退出するとき、閉じゆく扉の向こう側ではそんな緊張感のかけらもない、もしかするとフラグになってしまいそうな会話が行われていた。

説明
#117:セピア色の記憶、闇色の真実


面接の結果待ちの間に勢いで更新!

伏線というか、ここで消化しとかないと死に設定になりそうな部分をいっきにぶっちゃけてしまった感が…

追)今日は3月32日なので四月馬鹿はやりません。
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インフィニット・ストラトス 絶海 

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