WakeUp,Girls! 〜ラフカットジュエル〜06
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杜の都と呼ばれる宮城県の仙台市。美しい自然と街並みが融合する東北地方有数のこの都市に匂当台公園はある。市民の憩いの場であるこの公園内で1枚のチラシが風に舞っていた。

 

『WakeUp,Girls! デビューライブ』

 

 そう大きく書かれた下に7人のメンバーの名前が羅列されたシンプルなチラシ。それは彼女たちがここで行なった記念すべきデビューライブの証だ。

 あの日、この匂当台公園にある小さな野外ステージでウェイクアップガールズはデビューライブを行ない確かな一歩を踏み出した。観客は10人ほどしかおらず持ち歌もたった1曲しかない、それは本当に小さな小さな第一歩だったかもしれないが、それでも彼女たちにとっては何物にも代えがたいかけがえのない第一歩だった。

 

 現在グリーンリーヴス・エンタテインメント唯一の社員である松田耕平は、自社のアイドルユニットであるウェイクアップガールズのデビューライブの為に奔走した疲れからか、元旦のこの日もなかなかベッドから起き上がることができないでいた。

 ようやく昼過ぎにベッドを降りた松田はなんとなくテレビを点けたが、その目は画面を見てはいなかった。彼はボーッとしながらも、デビューライブを終えた直後にかかってきた1本の電話のことを思い返していた。

 

「社長! 今どこにいるんすか!?」

 かかってきた電話が丹下順子社長からだとわかると、松田は真っ先にそう問いかけた。会社の資金を持ち逃げして行方をくらませていた丹下社長から電話がかかってきたのだ。

「迷惑かけたわね、松田」

「いや、迷惑なんてレベルじゃないっすよ! とにかく今どこにいるんすか? 請求書が山になってるんですよ。ウェイクアップガールズの活動もどうすればいいかわかんないし……早く戻ってきてくださいよ!」

「今はまだ戻れないけど、すぐに戻るわ。年が明けたら改めて電話するから、それまであのコたちをよろしく頼むわよ」

「え? いや、よろしくって、ねぇ、ちょっと社長! ちょっと!!」

 丹下社長は自分の言いたいことだけ言うと電話を切ってしまった。松田は通話の切れたスマートフォンを握り締めたまま茫然とした。

 

「また電話するってことは戻ってくるってことだよな? ってことは持ち逃げして行方をくらましてたわけじゃないってことか? あー、もう、わけわかんねー」

 現実に引き戻された松田は頭をかきむしりながら嘆いた。

 とにかく総ては社長本人に話を聞いてからだ。社長本人の口から直接事の真相を話してもらわなければ何も解決しない。松田はそう考え、年始に改めて丹下から連絡がくるのを待つことに決め、ウェイクアップガールズのメンバーたちにもこの件はとりあえず黙っていることにした。

 

 ウェイクアップガールズのメンバーである和菓子屋の娘林田藍里とI−1クラブの前センター島田真夢は、元旦のこの日連れ立って初詣に来ていた。2人でお参りをした後おみくじをひいた。

「私は吉だぁ。真夢は?」

「私も吉。でも、願い事は叶う、だって」

「あれ? 私のも願い事叶うってなってるよ? もしかして同じこと書いてある?」

「まさか」

 2人で顔を見合わせてひとしきり笑った後、藍里は空を見上げた。

「なんだか今にも雨降りそうだね。お正月なのに」

 そう言われて真夢も空を見上げた。その空は、まるで彼女たちの今の心と同じように酷くどんよりとしていた。

「雲の上は、いつも晴れ」

 真夢がポツリと呟いた。

「え? 何それ?」

「名言集に書いてあったの。空が雲に覆われて太陽が見えなくても、それは雲に隠れているだけで太陽がなくなったわけじゃない。だからその雲が流れ去れば必ずまた晴れるんだって、そういう意味」

「ふぅん……ねぇ、もう一度言ってくれる?」

 藍里はそう言うとポケットからスマートフォンを取り出してメールを打ち始めた。

「雲の上は、いつも晴れ……誰に送るの?」

 真夢からそう尋ねられ藍里は、松田さん、と答えた。

「きっとこれ、今の松田さんには励ましになると思うんだなぁ。送信っと」

 2人はひいたおみくじを神社の梅の木に結びに行った。おみくじを枝に結びながら藍里がポツリと呟いた。

「やっぱり続けたいなぁ……ウェイクアップガールズ」

 藍里の心境は真夢にもよくわかっている。なぜなら彼女も全く同じ気持ちでいるのだから。

 もう一度アイドルをやろうと決めて彼女はこのユニットに参加させてもらった。そしてあの日のデビューライブにこぎつけることができた。

 確かに最初で最後になるかもしれないと事前に言われていたし彼女自身もその覚悟は決めていたが、実際にデビューライブが終わってみると、このまま終わりにするのは残念で仕方がなかった。I−1で見失った何かをウェイクアップガールズのみんなとなら取り戻せるかもしれない。そんなことも考えていた。

「松田さん、また連絡するって言ってたけど……あれからどうなっているのかなぁ……」

 藍里はそう言って手にしたスマートフォンを見た。その待ち受け画面は松田が撮ってくれたウェイクアップガールズ全員の集合写真で、あのデビューライブの後に撮ったものだ。真夢以外のメンバーとはあの日以降会っていない。

「もう一度、こうやってみんなでアイドルやりたいなぁ……」

「うん、そうだね」

 2人はまた曇り空を見上げた。さきほど見た時よりも空が明るくなっている気がした。もうじき日が差してきそうな、そんな風に2人には見えた。

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ウェイクアップガールズのリーダー七瀬佳乃は仙台の町を電車で移動していた。その足の向かう先はグリーンリーヴスの事務所だ。

 ポータブルオーディオプレーヤーのイヤホンを耳にして音楽を聴きながら歩いていた彼女は、2階に事務所がある建物の前にに着くとなぜかそのまま2階には上がらず素通りした。

 しばらく歩いたところで彼女は、意を決したかのようにクルリと踵を返した。振り返った彼女のその視線の先には意外な人物がいた。

「夏夜さん?」

 そこに立っていたのはウェイクアップガールズの最年長である菊間夏夜だった。佳乃もまたデビューライブ以降メンバーの誰とも会っておらず、夏夜と会うのはあの時以来だった。

「アンタも来たの?」

 そう夏夜に尋ねられて佳乃は、しどろもどろになって答えた。

「え、いや、アタシは別に……ただ、その、たまには映画でも見ようかなって」

「ふぅん……こっちに映画館なんてあったっけ?」

 夏夜はそう言うと、佳乃の右耳からイヤホンを引き抜いて自分の耳に差し込んだ。

「やっぱり、この曲聴いてたんだ」

 それは彼女たちウェイクアップガールズのデビュー曲である『タチアガレ!』だった。夏夜はニヤニヤ笑いながら佳乃にイヤホンを返した。

「アタシ、この曲結構気に入ってるんだよね」

 夏夜は佳乃にそう言った。それは佳乃も同じだった。

「ホントは、ちょっと気になっちゃって」

「やっぱりね」

 夏夜は、実は私も、と言ってまた笑った。

「ね、ちょっと事務所行ってみようよ。松田さんいるかもよ?」

 夏夜に促され、佳乃は一緒に事務所に行ってみることにした。

「ライブの時は目の前のことで精一杯だったから先のことを考える余裕なんてなかったし、まあ最初で最後になるかもって思ってもいたんだけど、でもいざ実際に終わってみるとやっぱりちょっと勿体無いかなぁって」

 佳乃は歩きながらそう言った。夏夜は歩きながら黙って頷いた。

「でも続けるなら続けるで色々大変だと思うし、まして社長がいなくなって松田さん一人だしやっぱり難しいかなとも思うし……どうしたらいいのか正直わからなくって……」

「アンタはどうしたいの?」

「え?」

「周りのことは関係なしに、アンタはどうしたいの? ホントはもう心が決まってるんじゃないの?」

「私は……私はやっぱり活動を続けたい……かな」

「アタシもだよ」

 夏夜はそう言った。

「アタシも同じ。なんとなく始めただけなのに、なんかこれで終わりってなると凄く寂しくなっちゃってさ。できたらもっとみんなとアイドルやっていたいなって、今はそう思ってる」

「そうだったんだ……」

 事務所に着いた2人は2階に上がりインターホンを押してみた。確かに鳴っているが中から反応は無く、ドアにはしっかりと鍵がかかっていた。

「松田さん、いないみたいだね」

 夏夜がドアノブをガチャガチャと回しながら言った。

「やっぱりさすがに元旦はお休みしてるんだね。そりゃそうだよね」

 2人は諦めて1階に降りると、そのまま建物の脇で壁を背にして話し始めた。

「ホントはね、今日は松田さんに相談しに来たんだ。どうにかして続けられないかと思って」

 思い切って佳乃は告白してみた。

「実はアタシもここんとこずっとそのこと考えてるんだ」

「そうなの?」

「あの時の真夢みたいに、アイドルやりたいからやらせろ、ってアタシも言いたい気持ちだよ」

 あれか、と佳乃は思い出した。今後のことを事務所で話し合っていた時、雨でずぶ濡れになった島田真夢が飛び込んできたあの時のことは鮮明に覚えていた。

 彼女は皆を前にして、自分はもう一度アイドルをやりたい、幸せになりたい、だからウェイクアップガールズに入れてくれと言い放ったのだ。

「彼女と私たちでは、くぐってきた修羅場の数が違うから……」

「そりゃまぁ、そうなんだけどさぁ」

 はぁ、と夏夜は大きく一つ溜息をついた。どうしたらいいんだろうね、と言って佳乃は宙を見据えた。自分たちはアイドルを続けたい、そう心が決まりつつあるのに自分たち自身の手でどうすることもできないもどかしさ。2人はただ溜息をつくしかなかった。

「あれ? 佳乃さんと夏夜さん? あけおめでーす」

 

 突然2人は大きな声で名を呼ばれた。元メイド喫茶の人気メイド岡本未夕だった。

「未夕!」

「アンタ、元旦早々ここで何やってんの?」

 夏夜がそう尋ねると未夕は、それはこっちのセリフですよぉ、と答えた。

「ウェイクアップガールズがどうなるのか、松田さんに聞きに来たんですよ。やっぱ気になるじゃないですか?」

「松田さんならいないよ。アタシたちも今事務所に行ってみたから」

 松田が不在と聞いて未夕はガックリと肩を落とした。

 

「迷い? 無いですよ、迷いなんて。だってせっかくアイドルユニットに入れたんですから! って言うか、2人ともまだ迷ってたんですかぁ?」

 夏夜と佳乃の2人から迷ってないのかと聞かれた未夕は、きっぱりと迷いなど無いと言いきった。彼女にとっては2人が迷っていることの方がむしろ理解に苦しむことだった。

「いや、迷うって言うか、ほら、あんな形になっちゃったわけだし……」

 佳乃が少し言葉を濁すように言った。

「社長が事務所のお金を持ち逃げした件ですか?」

「ま、まあ……それだけじゃないけど……」

 未夕は大きく深く溜息をついた。

「済んだことをあれこれ考えてても仕方ないじゃないですか。それよりこれからどうするかを考えた方が良いって思いますけど」

「まあ、そうなんだけどさ」

 夏夜は未夕の言う通りだなと思った。確かに社長の一件は自分たちにどうこうできる話じゃないわけだし、それより自分たちは自分たちにできることを考える方が正しいだろう。ただ……

「でも、事務所の存続問題だってあるじゃない? そもそも事務所が無くなっちゃったら私たち活動できないじゃない。松田さん一人しかいないわけだし」

 夏夜の気持ちを佳乃が代弁してくれた。そうなのだ。結局行き着く先はそこであって、自分達がいくらその気になっても、事務所が潰れてしまったらどうしようもないのだ。現時点ではその選択は松田に委ねられている。

(松田さん、どうするつもりなんだろう?)

 2人のやりとりを聞きながら夏夜はそう考えていた。

「松田さんがヤル気を出すかどうかは、結局私たちの頑張りにかかってると思うんですよねぇ」

 佳乃の質問に未夕が答えた。彼女いわく、芸能事務所はお店と同じである。自分がバイトしていたメイド喫茶でも売り上げが落ちた時に自分たちがメチャクチャ頑張ると、それだけで持ち直したりした。グリーンリーヴスも今はお金が無いかもしれないけど、自分たちが頑張ればそれで持ち直せるはずだ……ということらしい。

「それは、まあ、そうだけど」

「言ってることはわかるけど、持ち直す以前に潰れちゃったらそれまでじゃん」

「もう。マイナス思考は止めましょうよぉ」

 佳乃も夏夜も、未夕の言っていることは理解していた。ただ、そのためには松田が会社を続けてくれなければどうしようもない。彼が自分には無理だからと言ってしまったらそれまでなのだ。

「結局、松田さん次第ってことだね」

「だから、みんなで説得しましょうよぉ。要は松田さんがヤル気になってくれればいいんですから」

 それしかないか。未夕に言われて2人も腹を決めた。とにかく松田に会って、会社を続けてもらえるよう頼んでみよう。自分たちはやっぱりアイドルを続けたいのだから。

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丹下社長から松田に連絡が入ったのは翌日、1月2日のことだった。それを受けて松田は翌日1月3日に事務所に集合するよう全員に連絡を入れた。

 指定された時間に事務所に集まった松田とウェイクアップガールズの面々の前に丹下社長がいた。

「社長! 一体今までどこで何を……」

 怒りの口調で問い詰めようとする松田をやんわりと制して、社長は全員に対してまず謝罪した。

「やむを得ない事情とはいえ、アナタたちには迷惑をかけて申し訳なかったと思ってるわ」

 素直に謝る社長の姿など見たこともなかった松田は、夢でも見ているのではないかと思わず自分の頬をつねってみた。そんなベタな有り得ない反応をしてしまうほど社長の謝罪は松田にとって衝撃的だった。

「それで、結局何がどうだったのか、詳しく話してもらえるんですか?」

 リーダーとして七瀬佳乃が先陣を切って社長を問い正した。いくら謝られても事の真相がわからないままでは簡単に許すわけにはいかない。

 社長は事の次第を話し出したが、結局社長にとって非常に大切な恩人のために会社の資金を流用したということ以外は話さなかった。

「大切な恩人のためにっていう気持ちはわからないでもないですけど、でも、だからと言って会社のお金を勝手に使うのも、全然連絡も寄こさないで行方をくらましていたのも、社会人としても大人としても有り得ませんよね?」

 佳乃は手厳しく正論で社長に食ってかかった。

「それを言われると返す言葉がないわ。でも大人には大人の事情ってものもあって、これ以上は話せないの。これで勘弁してもらえないかしら?」

「それじゃ納得なんて出来ません。社長の身勝手な行動のせいで松田さんや私たちがどれだけ苦労したか……大人だったらキチンと責任取って下さい!」

 佳乃は容赦なかった。社長はうーんと唸って腕組みしたまま考え込んでしまった。

「もういいじゃん。それくらいにしてあげなよ」

 社長と佳乃のやりとりを見かねたのか、夏夜が横から口を挟んだ。

「とりあえず社長は戻ってきたわけだしさ。これで私たちもまた活動できるんじゃない? だったらもうこれ以上は止めておこうよ。活動再開できるだけで、もういいじゃん」

「でも……」

 佳乃は簡単には引き下がらなかった。

「みんなはどう思ってるの? みんなだって社長のおかげで苦労したじゃない? このままうやむやにしちゃっていいの?」

「どう思ってる……って言われても……」

 と片山実波。

「私は、またアイドル続けていけるなら……もうそれでいいかなって」

 と林田藍里。

「私はこの前言ったように、今更済んだことをあれこれ言っても仕方ないかなって思ってるので」

 と岡本未夕。

「まあ、いまさらどうこう言ってもお金が返ってくるわけじゃないんだし、しょうがないんじゃない?」

 と久海菜々美。

「何それ。なんでみんなそんなに社長に優しいの? 怒ってるの、私だけ?」

「別に怒ってないわけじゃないけど……」

 実波が困ったような顔で口ごもった。それをみかねたのか、夏夜がもう一度横から口を挟んだ。

「アンタがリーダーとしてみんなを代表して言ってるのは、みんなわかってるからさ。だからもうそのへんにして、これからのことを考えようよ」

 佳乃としては不満だったが、皆が許してもいい雰囲気になっている上に年長の夏夜にそう言われては引かないわけにもいかない。

「……で、じゃあこれからの活動はどうするつもりなんですか?」

 佳乃はふくれっ面をしながら話題を切り替えて、今後のことを話し合うことにした。社長は皆に今後の活動方針を話し始めた。

「……それで私はアナタ、真夢の許しさえ得られれば島田真夢がこのユニットに参加しているということを前面に押し出していきたいと思うのよ。事務所の財政的にも仕事をバンバン増やしたいしね」

 佳乃は、事務所の財政が苦しいのは社長のせいじゃないのよ! と内心でツッコミを入れたが、もう言葉には出さなかった。

「つまり、真夢を広告塔にしようってことですか?」

 藍里が社長にそう尋ねると社長は首を縦に振った。

「もちろん真夢の許しが得られればだけどね。本来なら売り出し方に許可を得る必要もないんだけど、真夢の場合は事情が事情だからね。イヤだと言われたらそれで話は終わりだけど、島田真夢が参加しているというだけで抜群の宣伝効果があるのは事実だから。どう、真夢?」

 社長はそう言って真夢に水を向けた。真夢はうつむいて答えを出せずにいた。広告塔として売り出されれば間違いなく過去の話をあれこれほじくり返されるだろう。だから社長は真夢に決定権を預けたのだ。それは彼女もわかっていた。おそらく普通の芸能事務所だったら許可など得ないで自分を利用するだろう。その点から言えば丹下社長の方が人間味にあふれているとも言える。

「わかりました。私はそれで構いません」

 しばらく考えたのち、真夢は社長にそう答えた。藍里は社長の方針には内心反対だったが、真夢がそう言うならと納得するしかなかった。他のメンバーも同様に、真夢自身が納得してのことなら文句を言う筋合いはないと社長に賛成をしたが、ただ一人七瀬佳乃だけが複雑な表情をしていた。それはさきほどまでと違って怒っているという表情ではないが、さりとて賛成しているわけでもない。もっと別の何かに対してひっかかりを感じているかのような表情だった。

「ところで、ひとつ私から提案っていうか贈り物があるのよね」

 社長が急に話題を変えた。実波は、何だろう? ケーキとかかな? と無邪気な顔で社長に尋ねた。

「贈り物、ですか? お金ないのに?」

 佳乃が皮肉っぽく言った。

「そんなイヤミっぽいこと言わないでよ。贈り物っていうか、あなたたちはアイドルなんだから、やっぱり愛称とかあるとよりファンから親近感を得られると思うのよ」

「愛称……ですか?」

「そうよ。よくあるでしょう? ぱややとか、ずっきーなとか。あれよ、あれ」

 松田は、また妙なこと言い出したぞこの人は、と思ったが、アイドルに愛称というのはあながち間違いではないとも思ったので、とりあえずそのまま社長の話を聞くことにした。確かに売れっ子のアイドルには総じて愛称があるものだ。ただそれは事務所で考えるのかファンの方で自然と呼ぶようになるのか松田にはわからなかったが。

 社長は机の上に置いてあった折りたたんだ紙を開いた。そこにそれぞれの愛称が書いてあるのだ。

「まず藍里は、あいちゃん、ね」

「あいちゃん、ですか」

 まあ普通かなと藍里は思った。子供の頃も今も、自分をそう呼んでいる人もいるので特に違和感はなかった。

「実波は、みにゃみ。みなみ、じゃなくて、みにゃみ、ね」

「えー、可愛いけど、なんかホントの名前と変わらないなぁ。あと言いにくいですよ。普通にみなみじゃダメなんですかぁ?」

 社長は実波の不満を聞き流し、話を先に進めた。

「未夕は、みゅー、で。みゆ、じゃなくて、みゅーって伸ばすのよ」

「……なんか私と実波ちゃん、本名と変わらなくないですか?」

 未夕も若干不満が残った。と言うか、今のところ社長のネーミングセンスはイマイチだなと思っていた。社長はなおもかまわず話を続けた。

「菜々美は、ななみん、ね。なんかアイドルっぽいでしょ?」

「ま、まあ……そう、かな?」

 確かに今までの3人と比べればアイドルっぽいかな? と菜々美は思った。本名に一文字加えただけだが。

「それから……夏夜は、かやたん、で行くからね」

「か、かやたん?」

 夏夜は驚いて声が裏返ってしまった。たん、って……

「ちょ、社長。ちょっと、かやたんは、ちょっとその……恥ずかしいんですけど」

「何を言ってるの。いいのよ、アイドルなんだから。呼び名も可愛くなきゃ」

「可愛いとかじゃなくて、かやたんとか呼ばれると恥ずかしいんですけど」

 社長は夏夜の不満も受け流して話を続けた。

「で、リーダーの佳乃は、よっぴー、ね」

「よ、よっぴー?」

 佳乃も夏夜と同様に驚いて声が裏返ってしまった。

「ちょと、よっぴーとかイヤですよ。そんな名前で呼ばれたら恥ずかしいです」

 佳乃は猛烈に反対したが、意に反してメンバーからは好評だった。

「えー、よっぴー可愛いじゃん」

「私も良いと思うけどなぁ」

「私も佳乃さんに似合ってると思いますよ」

「うんうん。似合ってる、似合ってる」

「まあ、いいんじゃない。佳乃はよっぴーって感じするし」

「……みんな、面白がってるでしょ」

 一見皆は褒めているように聞こえるが、佳乃には面白がって茶化しているようにしか聞こえなかった。

「とにかく、私は恥ずかしいからイヤなの!」

「なんでー? 可愛いじゃーん」

「よっぴー可愛いよ、よっぴー」

「やーめーてー」

 佳乃は頭を抱えてしまった。そんな佳乃を見て他のメンバーたちはクスクス笑った。

「最後に真夢は、まゆしぃ、ね。これで全員」

「あ、なんか、まゆしぃ、っていいかも。一番アイドルっぽいかも」

「ねぇ、I−1の時は何て呼ばれてたの?」

 そう言ってから実波は目配せをする藍里に気づいて、しまった、という顔をした。実波はうっかりナイーブな問題に触れてしまったのだ。メンバーの間では未だに真夢に対してI−1の話題はタブーな雰囲気になっていた。本人は特に何を言うわけでもないし聞かれれば答えるのだが、なんとなく雰囲気でそうなっているのだ。

「普通に真夢って呼ばれてたかな」

 真夢は笑顔でそう答えたが、それは笑顔というより苦笑いというほうが正しい表情だった。室内に何とも微妙な空気が流れた。

「じゃあそういうことでよろしくね。これからお互いを呼ぶときはこの愛称で呼ぶようにね。それ以外の呼び方は禁止だからね」

「えぇぇぇぇ!!!」

 佳乃と夏夜は同時に絶叫した。

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「はぁぁぁぁ、なんでこんなことに……」

 事務所からの帰り道、佳乃と夏夜の2人はガックリと肩を落としてうなだれていた。2人は社長の決めた愛称が不満なのだ。にもかかわらずそれ以外の呼び方は禁止だと厳命されてしまった。

「どうして2人ともガッカリしてるんですか? よっぴーもかやたんも可愛いじゃないですか」

 未夕が懸命に励まそうとしたが、2人の足取りは重いままだった。

「よっぴー、よっぴー、よっぴー、よっぴー、かやたん、かやたん、かやたん、かやたん」

 突然実波が2人の愛称を連呼し始めた。

「な、なに?」

「え? 何回も呼べばそのうち慣れるかなぁって思って」

 無邪気な顔でそう言う実波の頭を佳乃と夏夜は、みーにゃーみー、と言いながら2人で鷲掴みにして髪をグシャグシャとかき回した。

「ねえ、真夢。ホントにあれでよかったの?」

 佳乃たちがじゃれあう姿を見ながら、藍里は真夢にそう問いただした。2人は皆から少し離れて後ろを歩いていた。アレとは広告塔に真夢を利用するという話のことだ。

「それで私たちにメリットがあるなら、それも仕方ないかなって。事務所が早く仕事を増やしたいのもわかるし」

 真夢はそう言うが、藍里は本音を言えばやはり反対だった。本人がいいと言っているのだから文句を言う筋合いはないのだが、真夢が加入した経緯を考えれば、ことさら過去を詮索されるようなやり方は止めて欲しかった。彼女としては自分の友人が傷つけられるのを見たくはないという気持ちがある。

「藍里の気持ちは嬉しいけど、売れるために利用できるものは利用した方がいいと思うの。下積みの苦労なんて、しないで済むならしない方がいいよ」

「でも……」

「アイドルって、そんなに簡単なものじゃないよ? ユニットはいっぱいあるんだし、他と違うウリがあるならそれを押し出すのは間違ってないって私は思う。私が我慢すれば済む話だし」

 芸能界の大先輩にそう言われては藍里に返す言葉はない。ただ、やはり我慢するという言葉にはひっかかりを感じた。我慢してアイドルをやるのは違う気がするのだが、それは自分の考えが甘いのだろうかと藍里は考え込んだ。

 

 皆が帰った後、社長は松田に自分がいなかった時のことを色々と聞いた。特に真夢が加入したいきさつを事細かく聞いた。

「そう……そんなことがあったのね」

「はい。その時はビックリしましたけど、でもあのコは社長が言ってたように凄いですね。他のコたちも驚いてましたから。何しろ歌も振り付けも、みんなが時間をかけてやっと覚えたことをアッサリとクリアしちゃうんですから」

「言わなかったかしら? あのコは紛れもなく天才よ。天才、天賦の才、そんな言葉はあのコのためにあるのよ。まあアンタも理解したみたいだけど、それはそれとして、あのコが加入したとなると色々考えることも増えるわね」

「やっぱり過去の一件ですか?」

「まあね。あのコのネームバリューと才能を上手く使えれば仕事面でもユニットに対しても好影響でしょうけど、私たちが扱いを間違えれば総てが水の泡よ」

「水の泡……ですか」

「そういう可能性もあるってことよ。とにかく私たちの責任は重大よ。あのコたちをトップアイドルにするためにもアンタには頑張ってもらわなきゃね」

 社長はそう言って松田の肩をバンッと力強く叩いた。松田は、心なしか社長の自分に対する扱いが変わったような気がするなと思った。

説明
第6話ですが、今回からTVシリーズ編となります。基本設定も基本ストーリーも変えないつもりですが、1話から3話あたりまでに対応する部分はかなりオリジナル部分が多くなっていくと思います。今回は1話に準拠しております。
4/14最後の方に少し文章を付け加えました。
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