外史異聞伝〜ニャン姫が行く〜 第一篇第八節
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第一篇第八節 【とある戦場でのこと】

 

 

 土煙が起ち、視界が悪くなる山道は、黄色い布を巻いた敵に囲まれ進路も退路も阻まれていた。

 

「「うあああ 」」

 

 時折、黄色い布を巻いた敵兵と自軍の兵が入り乱れ、剥き出しになっている山肌とは逆の谷底へと落ちていく。

 

「((殿|との))!どうやら囲まれたようですな!やはり、勘は当たりましたか」

 

 幾重もの戦で潰れてしまったのか低くガラガラとした声で話しかけてきた声に、戦場を見渡している褐色の女性は振り返らず答える。

 

「そのようね。前は土砂崩れ、後ろには残党。これは嵌められたわね、((冥光|めいこう))」

 

 赤い虎を従え、馬上から現状を確認していた女性に、冥光と真名で呼ばれた副官の髭面の厳つい男、韓当が隣に馬を寄せて来た。 ここが戦場ではないかの様な冷静さ…いや、寧ろ戦場だからこそ、この二人は、冷静に、冷徹に、そして悦びを持って戦場を見ている。

 

「これは、陶謙ですかな?」

 

「違うわ。あの劉表の使いっていう女が怪しいわ」

 

 冥光の予想を、面倒くさそうに否定する彼女。

 

「黄祖、でしたか?恨みでもお買いになりましたか」

 

「ううん…恨みというよりは、妬みかなぁ」

 

「?」

 

 冥光は、伝令としてやって来た黒一色の黄祖の姿を思い浮かべる。頭に黒い頭巾を被り、服も黒。その身に纏う物全てが黒の女。唯一の色は、わずかに覗く赤い瞳だけ。

 

「ほら、黄巾の本隊を潰した時に、あの((気障男|きざお))、わたしの胸を見て鼻の下を伸ばしてたじゃない」

 

「…確かに」

 

 劉表は、南国特有の布地の少ない服では隠しきれない豊満な彼女の身体と未亡人であることを良いことに、胸や尻に遠慮なく目を遣り、「こう戦ばかりでは、人肌恋しいのではないか」などと、節操も無く言い寄ってきていた。

 

 彼女は、それを軽くあしらっていたが、劉表もまるで相手にされていないことが、逆に面白く思えたのか、ことあるごとにちょっかいを出してきたていた。

 

「その度に、隣に立ってたあの((ぺったんこ|・ ・ ・ ・ ・))女が、凄い形相で、わたしのこと睨んでたでしょ」

 

 冥光は、無礼であるにも関わらず、堂々と自らの君主の巨双に目を遣り、口を開く。

 

「ふむ、((琳澪|りんれい))が、一番」

 

「あんたは、またそう言うことを…((終|しま))いには、本当に殺されるわよ」

 

 琳澪こと周異は、そういった直接的ホメ言葉を言われることが、とても恥ずかしいのか。冥光と結婚する前など、はっきりと物を言う彼を思いっきり鞭を打っては、血の海を造っていた。

 

「ふはは、では、殿を呉にお返ししてからでも存分に聞かせましょう」

 

「まあ、血の海だけは造らないでね。冥琳への可愛い弟妹なら何人でもいいけど」

 

 琳澪は、彼女の長年の相棒である。できれば、娘たちもそういった長い付き合いをしてもらいたいものだと、切に願っていた。ただ彼女の脳裏に浮かぶのは、仕事をサボり、それを怒るといった光景しか思いつかず、苦笑を浮かべる。

 

「ふむ、息子が欲しいところですが…琳澪の気分と運次第ですかな」

 

「なら、血道を開いて、さっさと帰りましょうか」

 

 まるで散歩に誘うように言いながら、彼女は入り乱れた戦場に獰猛な笑みを浮かべる。

 

「うははは!我らに通れぬ血道はありませぬからな」

 

「ふふ、そうね。((嵌|は))めてくれた誰かさんにも、お礼もしなきゃいけないしね!」

 

 彼女は、冥光の大声に答えるように腰に差した南海覇王を天高く掲げると、自らの配下を鼓舞するかのように声を上げる。

 

「さあ、我に続く朋友たちよ!黄巾を紅に染め抜き、血道を進もうぞ!」

 

「「「おお!!」」」

 

 彼女の声に、彼女たちを取り巻くように背水の陣であった兵士たちの士気が急激に高まっていく。逆に、黄巾の残党たちは、その雄叫びに足が止まる。

 

「左手!敵が薄手になっているところを突くわよ」

 

「殿!?」

 

 冥光から抗議の声が上がる。

 

 彼女がそれを判断したのは、長年の勘。多くの兵を家族の場所へ返すには、あそこを通るしかないと思ったのだ。そして、冥光がそれを止める理由もわかる。敵陣の左手は、山肌とは逆、深い崖がある側だった。当然、落下を恐れた黄巾の残党もそこには近づかず手薄になっているが、逆にこちらも押し返されれば、崖下へと叩き落されるのが目に見えている。

 

 冥光は、そんな場所に血道を開くという我が君主を止めようと追うが、槍の切っ先の如き味方の兵たちの突撃を止めることはできない。

 

「くっ」

 

 冥光は、彼女の勘を信じ、己が役目を全うするために先行してしまった君主を追いかけ、信じられないものを目にしてしまう。

 

「ぐ」

 

「((煌蓮|こうれん))!」

 

 肩に槍を受け、馬上からそのまま崖へと落ちていく君主の姿に思わず妻との約束を破り、妻以外の女性の真名を叫んでしまう。

 

 冥光との距離は、馬にしてみれば、一馬身程度だっただろうか。そこに黄巾を身に纏い手に槍を持ったまま首から南海覇王を生やして絶命した男が目に入る。

 

「くっ、止まるな!突き進め!我が殿はこれしきで、死なぬ!此処で我らが死ねば、殿の顔に泥を塗ることぞ!」

 

 冥光は、男から南海覇王を引き抜き、生きて帰る道を配下の者たちに示す。

 

 王が崖に落ちるのを目の当たりにした日の浅い新兵に動揺が走るが、そこへ澱みなく、長年従軍していた熟練者が補っていく。群がる黄巾の群れを蹴散らし、忽ちに包囲を掻い潜る。

 

「煌蓮…何、すぐにでも見つけてやる。でなければ、((穂栄|すいえい))が、化けて出てくる」

 

 冥光は、追撃とは言えない追撃をいなしながら、彼女の落ちた崖下へ声を掛け、同朋たちを帰すべく、前を見据えるのだった。

 

 

つづく

説明
第一篇第八節の投稿です

今回は主人公たちは登場しませんが楽しんでいただければと思います。

誤字・脱字がありましたら、ご報告下さい。

ではでは
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