新生アザディスタン王国編 第五話(前編)
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新生アザディスタン王国編 第五話

 

 プトレマイオスUでもマリナ・イスマイールの放送は傍受されていた。

 スメラギ・李・ノリエガは、手元のモニターに放送を表示している。

 さらに画面分割して半年前に起こったアザディスタン王国での戴冠式テロ襲撃事件の録画映像を再生していた。2つの映像を見つめて、彼女はつぶやく。

「戴冠式でのテロ事件以降、マリナ・イスマイール女王陛下は生死不明。地球連邦政府は早々に逝去を報道し、事件の詳細はうやむやのまま。実際のところ、彼女の死を明確にする物証は無かった」

 戴冠式の映像は、ビーム兵器によって式場が破壊される寸前まで記録されていた。

 初撃が演台の中央に命中、合計4発のビーム正射。式場となった野外演劇場は瓦礫と化した。

 事件後、全世界に報じられた破壊映像によるインパクトは、マリナの死に疑問の余地を残さなかった。

「可能性が無いとは思わなかった。でも、まさか影武者とはね」

 スメラギが当初分析したマリナ・イスマイールの人物像には無い行動だった。

 自身の読みの甘さに内省しつつも、そのように結論づける。

 一度姿勢を正して、操舵席のアニュー・リターナーに発令する。

「プトレマイオスUの進路を地球圏へ」

 アロウズの宇宙軍が、静止衛星軌道上から軒並み姿を消しているのは捕捉済みだ。地球へ接近する事そのものにリスクは無い。

 それでも――、指揮官席の傍らに立つティエリア・アーデの視線を感じる。

 怪訝な表情を向けているであろうことは想像に容易く、スメラギはそれを確認するように顔を向けた。

「影武者まで用意して雲隠れして見せた彼女が、この局面で姿を現すのは何故? 策が無いと考える方がおかしいでしょう? 少なくとも、アロウズと拮抗しうる手段が用意できたから現れた、と考えるのが妥当」

 元より、連邦軍とアザディスタン王国の戦力差は歴然だ。むしろ連邦軍の圧倒的な物量の前に、今まで持ちこたえた事が奇跡といえる。それほどまでにどうしようもない状況で、国家元首一人が改めて登場したところで事態は変わらない。

 ゆえに、国家元首の立場以外に、彼女の登場には意味があると、スメラギは推測した。とはいえ、マリナ・イスマイールがどのように劣勢を覆すかまでは、想像できていない。

 だが今現在、進行中の状況と、戦術予報士の勘によって導き出された予報は、すでに彼女の中で確信になっている。

 それゆえの進路変更であったが、もちろんティエリアに理解が及ぶはずもない。

「スメラギ・李・ノリエガ、貴女が何を考えているのか理解できない」

 もちろんそうだろう、スメラギは微笑んでみせる。

「いいわ、たとえばさっき、刹那がアザディスタン王国へ向かった。私たちはそれを許した。それは何故?」

 ティエリアは返答に窮した。スメラギは続ける。

「今でこそ静止衛星軌道上のアロウズは、そのほとんどが地球圏に降りてしまったから安全ではあるけれど、数時間前まで、いつ補足されるか油断できない状況だった。なのにマイスターの一人を手放し、戦力を減退させる事を許したのは、刹那がアザディスタン王国に特別な心情を抱いている事を、私たちが理解しているからよ」

 ブリッジ後方に控えていたアレルヤ・ハプティズムが、はっとする。

 フェルトとミレイナのサポートとしてコンソールを操作する、マリー・パーファシーをそっと見つめた。

 スメラギの問いかけに、彼は半ば無意識につぶやいていた。

「ソレスタルビーイングに、いや、ボクたちプトレマイオスのクルーにそういった空気感がある」

 黙って肯いたスメラギは、指揮官席から腰を浮かせ、身を乗り出す。

 ティエリアを正面に、鼻先が触れそうなくらい顔を近づける。

「私はね、ずっと考えていたの。ソレスタルビーイングが本来成すべき事とはなんだったのかを。ちょっとティエリアの熱にあてられたところもあったんじゃないかと、今は反省しているわ。そう、私たちの本分は紛争根絶。刹那が言った事は正しい。目的のために手段を取捨してはいけないのよ、ティエリア」

 紛争根絶という大義において、いづれかの勢力に肩入れするのは間違っているのよ、と続ける彼女の語気は力強い。ティエリアは身じろぎする。

「おそらく次の一手を打ってくるのはマリナ・イスマイール」

 その表情を真正面に見て、ティエリアは、はっとする。

 スメラギの瞳の輝き。

 プトレマイオスが多くの犠牲を払ったあの決戦以降、失われてしまった。

「勝利条件を明確にし、善悪や道義を斟酌してはいけない。相対する二つの勢力は、いままさに戦力的に拮抗しようとしている。なら、私たちのとるべき道は一つ」

 ギラギラした瞳の奥に、勝利への純粋な渇望が甦っていた。

「双方が総力戦を展開する真っ只中で、横合いから、殴りつけるのよ」

 アニュー・リターナーが静かに席を立った。

 指揮官席のスメラギに向き直る彼女は全くの無表情であったが、琥珀色に輝く瞳だけが何かを語りかけるようであった。

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 アザディスタン王国、新王宮の中央塔。その最上階に、マリナ・イスマイールの姿があった。

 演壇に立っている。

『繰り返して申し上げます。地球連邦軍の皆様、あなた方は我国の領土、領空を侵犯しています。すみやかに国外へ移動してください。退去を拒否するのであれば、実力をもって排除します』

 肩の力を抜いて、いたってリラックスした風で、表情もおだやかだ。ただ、瞼は閉じられている。

 彼女が立つコンベンションスペースは間仕切りが無く、外壁の代わりとなる大窓から外の景色が眺望できる。

 マリナ以外ほぼ無人のスペースに、唯一、人影が見える。少し離れたコントロールブースにアジア系男性がいる。

 現在はフリージャーナリスト、元は反政府組織カタロンの構成員であったイケダという男だ。彼の操作するコンソールにはマリナに向けられたカメラの映像があり、この放送を管理しているように見える。

 

 新王宮を囲む街並みの向こうには、山岳地帯がひろがる。

 

 マリナ・イスマイールが顔を上げた。

 誰かに呼ばれたように、山岳地帯の一角を見やる。

「はい、分かりました」

 誰かに答えるように言う。

 通信端末を携帯している風でもないのだが、その代わりに頭に頂く冠の一部が電子的に閃く。

 少しトーンの落ちた声音で続ける。

「仕方がありません。お任せします」

 次の瞬間、遠雷のような地響きとともに、遠くに見える山岳地帯の一角が、爆ぜた。巨大な爆煙が拡散する。

 しかも、爆発は一度だけではなかった。

 最初の爆発を起点として連続的な爆発。王宮の外周をなめるように絨毯爆撃で晒されたような爆発が起こる。

 蒼穹の空が、いまや紅蓮の朱に染まっていた。

 あのとき――、ソレスタルビーイングの刹那・F・セイエイとともにアザディスタン王国へ帰国した、あのときの光景を想起させる。

 だが、その只中であるにもかかわらず、マリナ・イスマイールは静かに佇んでいる。静かに瞼を閉じたまま佇んでいる。

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 最上階まで昇ったエレベータの扉が開く。

 白亜の支柱が並ぶ広い廊下。

 そこは高級ホテルの1フロアを貸切った、いわゆるロイヤルスイートのエントランスだった。

 その入り口に立つのは、ヒリング・ケアだ。

 満面の笑みを浮かべつつ、穏やかな口調で言う。

「アンタさ、そうやってニコニコしてりゃ『世は全て事もなし、全然大丈夫!』とか? 思ってんの?」

 途端、侮蔑をこめて口元を歪めてみせる。

 ヒリングの正面に立つのは、アザディスタン王国"第一皇女"であるマリナ・イスマイールだ。

 言葉の意味が理解できない風情で目を丸くしている。

 遡れば数時間前、アザディスタン王国新王宮の視察に訪れた彼女を、唐突に連れ出したミスター・ブシドーに案内され、たどり着いたと思った矢先の出来事である。

 とりあえず愛想笑いで返すしかないマリナをミスター・ブシドーが先導する。あえてヒリングを遮るように動いて見せたのは彼なりの気遣いだったのか。

「邪魔立て無用」

 ミスター・ブシドーに言い捨てられ、ヒリングは肩をすくめて二人を見送った。このときのヒリングはアロウズの軍服ではなくリボンズたちと行動しているときの柔らかな衣装を纏っている。

 いつのまにか傍らにリヴァイヴ・リバイバルが立っていた。こちらも軍服姿ではない。

 シニカルな笑みを浮かべて「で、姫君はどうだったかな?」などと、マリナに対する感想を問うので、ヒリングは不愉快そうに応えた。

「見てのとおりよ。悪意を向けられて何の気構えもできないなんて、どんだけぬるい生き方してきたんだか」

 二人のやりとりを遠目に眺めるリジェネ・レジェッタも、彼女を招いた主人の戯れ心に少々呆れた表情である。そのまま視線をマリナに送る。

 廊下を突き当たると木製の大きな二枚扉に行き着いた。

 その一枚を開け、ミスター・ブシドーは、マリナを招き入れた。

 扉の向こうは広間であった。毛足の深い絨毯にきらびやかなシャンデリア。豪奢な雰囲気ではあるのだが、人の気配はなく、空々しくも感じる。

 片側の壁面がガラス張りになっていて、乾燥地帯特有の突き抜けるような青空から降り注ぐ陽光が、室内の陰影をさらにくっきりとさせる。

 背後で扉がそっと閉じられる。

 ミスター・ブシドーはエントランスで控えるようだ。

 マリナは視線を外の世界に向ける。まるごとガラス張りの壁面の向こうには、半月型の建築が特徴的な高級ホテル、ブルジュ・アル・アラブが遠くに見える。

 外の景色を眺める素振りで、マリナはエントランスでの光景を思い返していた。

 あの違和感は何だったのか、と自問する。

 最初に話しかけてきたミントグリーンの髪の少女は、挑発的な口ぶりよりもまず、容姿が気になった。少女、と表現していいのか迷うほどに中性的でいて、どきりとするほど整った顔立ちであったものの、それが違和感の原因とも思えない。

 だが、初見とは思えないその容姿が気になるのは確かだった。

 そしてまた、遠めにちらりとしか見えなかったが、眼鏡をかけた淡い藍色の髪の人物もまた気掛かりではあったが、やはり理由が見出せない。

 結局、考えもまとまらないので、仕方なく広間に顔を向けたところで、奥に一対のソファがあることに気づいた。

 マリナは歩を進める。ソファは外の日差しから離れた位置にあったので、広間を渡りきるまでそこに人影があることに気づけなかった。

 ソファに腰掛ける人影は、白を基調としたゆったりとした室内着の青年だ。

 立てた片膝を抱えるように座る彼は、そのままの姿勢で片手を上げて挨拶してみせる。

 マリナは驚きの表情を浮かべた。

「……リボンズ、アルマークさん?」

「昨年のパーティ以来ですね、覚えていてもらえたようで光栄ですよ、アザディスタン王国のマリナ・イスマイール皇女殿下。ボクはリボンズ・アルマーク、今の地球連邦軍、いやアロウズの創設に関わった一人だ。そして――」

 特に招き入れるでもなく、ましてや席を勧めるでもなく、彼は話しはじめた。

「そして、貴女にも浅からぬ縁があるだろうソレスタルビーイングの、いやイオリア・シュヘンベルクの意思を継ぐ者でもある」

 一人で語るリボンズを咎めるでもなくマリナは、傍まで歩み寄る。

「マリナ・イスマイール皇女殿下。あなたの国はすばらしい。連邦政府も、アロウズも、そしてボクすらも想像できなかった成長ぶりだ。だからボクは貴女を高く評価しているんだよ。ここに呼んだのも、貴女ならば我々に協力するに値すると思ったからなんだ」

 リボンズは、ようやくここで立ち上がる。

「ボクたちの使命は、人類のきたるべき対話に備え、人類を革新へ導く事だった。しかし、今やその必要もなくなった。ボクが人類の革新を体現する時が来ているからだ」

 そのために諸君らと協力して、時代を切り拓いていきたい。

 四年前。

 地球連邦軍の高官たちに同じように協力関係を提案した。

 高官たちは、皆聞き入った風であったものの、内実は誰一人信じていなかった。

 しかし、擬似GNドライブの量産ラインを披露し、のちの連邦軍主力モビルスーツとなるジンクスシリーズの開発計画を公開してやって、ようやく彼らはリボンズの実力を信じることになる。

 あのときの対談が、独立治安維持部隊アロウズ創設へと繋がるわけである。が、たしかに出自も知れぬ若造が人類の革新であるとか演説をぶったところで誰が信じるだろうか。

 内心で当時を思い返し、序列組織に肩まで浸かった老兵どもに侮蔑の笑みを浮かべる。

 では、今度の相手はどうだろうか。

「ソレスタル、ビーイング……」

 ただ、力無くつぶやくマリナ・イスマイールに、若干落胆しつつもリボンズは応じる。

「そうだよ。それほど遠く無い将来、新たな意思とのきたるべき対話のときがくる。人類はそれまでに準備しなくてはならない。いつまでもユニオンだの、人革連だAEUだ、などと言っていられない。地上全ての争いを無くし『統一国家地球』を目指さなくては成らない。そのための布石となるのがソレスタル・ビーイングだ」

「争いの無い世界……」

「とはいえ、連邦軍に取り入り、アロウズを創設し、今も技術援助と巨額の資金投資を続けているワケでもあるけどね」

 言ってシニカルな笑みを、いつものように浮かべて見せるリボンズがマリナに向き直る。

 そこで思わずリボンズは真顔になってしまう。

 彼に向けられていたのが、悲しげな表情だったからだ。

 リボンズの皮肉な台詞を受けて、大抵の人は困惑してしまう。実際彼は、そのような表情が見たくてあえてこういった言い回しをする節がある。だがマリナのそれは違った。

 リボンズは理解できない。なにが悲しいのか。

 ただ、それも一瞬のことだった。すぐにマリナは表情を緩めた。微笑みすら浮かべて言う。

「それは、資金を援助するだけではなく、政治的な影響力も含んでいるのでしょうか?」

 期待以上の返答に気をよくしたリボンズは、さきほどの疑問など霧散してしまう。

「そのとおり、貴女を迎えによこした彼のような、特殊階級制度を導入したのも軍組織を直接監督しやすくするためさ。そのくらいの自由がボクにはある」

「それは……、お互いのバランスを考えたからでしょうか?」

「あぁ、さすがだね。そのとおりだ。資金援助だけじゃない、もとより擬似GNドライブの技術供与も行っていたからね」

 それはガンダムに関する技術なのですね、と問うマリナにリボンズは軽く解説してみせた。

「これも互いの勢力を拮抗させようとされたからなのでしょうね」

 そう言ってマリナは首肯してみせる。

 リボンズはその頃の経緯を思い出す。

 ソレスタルビーイングとの軍事力差は圧倒的であったが、擬似太陽炉の配備まで猶予があった頃だ。

 アレハンドロ・コーナーをたきつけ、彼らを投入し、武力介入を加速させようとした。

「そういう意味で、トリニティの投入は微妙な結果になってしまった」

 ここに至り、リボンズは困惑する自分を意識した。

(なんなのだ? この上滑りしたやり取りは?)

 目の前の女性は、自分の発言に疑問を投げかけることすらせず、それどころか良き理解者のごとき迎合ぶりだ。

 初対面の相手に人類の革新がどうのと説かれて、不審に思わない者はいない。

 そのように思い至れば、彼女が上辺だけを取り繕って対応しているのだと理解する。

「まぁ、始末はしたけどね」

 リボンズは皮肉に口元をゆがめる。

 なるほど、これが彼女の外交手段なのだ。

 たしかにアザディスタン王国は、当初、困窮する財政状態ゆえに取引材料もなく他国からの援助を求める、物乞い外交に甘んじていたという。

 であればこのような、相手の機嫌を伺うような対応になるのだろう。

 つまり、マリナ・イスマイールとは、その程度の人物なのだと彼は推し量った。

「けど、全くの無駄だったわけじゃあない。貴重な資金提供者を調達できたしね」

 リボンズの瞳に輝きが宿る。

 悪戯を思いついた子供のように、澄んだ輝きの奥に底知れぬ邪気がある。

「ああそういえば、殿下ならルイス・ハレヴィを知っているよね?」

 唐突に知った名前を出されて、マリナ・イスマイールの感情が揺さぶられている風に見えた。

「彼女は不幸な事故で家族を失っている。自身の片腕もね」

 マリナの表情が硬くなるのが分かる。

「アレは、トリニティの暴走でそうなってしまったわけだけど、結果的にソレスタルビーイングへの憎悪を植え付け、我々の協力者となった」

 リボンズは楽しくて仕様がない。

「連中の功績にしてやってもいいだろう」

「そ、それは」

「はい、パワーバランスです。連邦軍の資金難は慢性的な問題の一つだった。それを解決したのです」

 マリナに言わせず、先回りしてみせる。

「さすがです。皇女殿下のお察しのとおりです」

 なおもリボンズは追い込む。

「そしてまた、連邦政府から独立性を保っていた中東への梃入れとして、旧アザディスタン王国を機能停止させたのも、同じ目的のためです」

 理解が追いつかないマリナであるが、あのときの光景は脳裏に焼きついている。

 刹那・F・セイエイに連れられて帰国したあのとき、眼下には、紅蓮の炎に蹂躙されるアザディスタン王国の街並みと、赤いモビルスーツの姿だった。

「ようするに」と、リボンズが補足する。

「あの赤いガンダムは、ボクの機体だ」

 ミスター・ブシドーに連れられてアザディスタンに降り立ったあのときを思い出す。

 突然の襲撃に家を焼け出され、砂漠をさまよう人々。

 夜の砂漠の寒さに震える。

 怪我の治療もままならず。

 家族を探す者。

 すでに動かない子供を抱きかかえ医者を探す。

 

 パンッ、とマリナの平手がリボンズの頬を打つ。

 一瞬、何が起こったのか判らないといった風に、呆けた表情のリボンズ。

 その様子を脳量子波を通じて垣間見るヒリング・ケアは失笑し、リヴァイヴ・リバイバルは軽く口笛を吹いてみたりする。

 ようやく自分が打たれたのだと理解して、リボンズは驚きの表情でマリナを見る。

 そして小さく言う。

「ぶったね」

 その表情が怒りに変わる。

「ボクをぶったね!? イオリアにもぶたれたことないのに!!」

 肩を震わせて激昂するリボンズは、しかして一転、耐え切れなくなったと言わんばかりに笑い出す。

 乾いた笑い声だけが鳴り響く。

「などと、狼狽してみせたらいいのかな? あるいは――」

 言いかけたところで、彼はマリナに抱きすくめられた。

 背中にまわされた両腕に包まれるように、胸元に抱き寄せられている。

 予想外のマリナの行動に動揺を隠せないリボンズにかけられた声は、明確な意思を感じさせる強い声音だった。

「あなたを、許します」

 隣の部屋ではヒリング・ケアが、声を出して笑っていた。

 それが聞こえる距離ではないが、リボンズも苦笑ながらに顔を上げる。

「ボクは許しなど請うていない」

 言って身体を離そうとするリボンズに、逆らわずそれに任せるマリナは、それでも彼の肩に手を置いて留める。

「そんなことはありません」

 真正面からリボンズを見つめるマリナの表情は真剣だ。

「たとえばあなたはさきほど、自身の才覚でアロウズを創設したという実績を、なぜか自身を蔑むような物言いをされました。アザディスタンの話をされたときもそうでした。人類を革新するための行いを、なぜそのように言い捨ててしまうのか疑問に感じました」

 マリナは表情を緩めて続ける。

「でもそれは、結果を見れば分かることでした。あなたの行いは多くの犠牲を伴った。もちろん、それを承知で決断したであろう行いに、迷いがなかったはずがありません」

 いつのまにか、リボンズの表情から皮肉めいた笑みが消えている。

 それは、マリナ・イスマイールの言葉に諭されたから、というわけではなかった。

 はじめは、マリナの真剣な眼差しに嫌悪を感じた。

 なぜか分からないが、彼女はリボンズを全てにおいて信じきっていた。宗教めいた妄信のような不可解さは、嫌悪に変化した。

 だが――、

「リボンズさん、あなたが自身を蔑むような言い方をするのは、誰かに咎めて欲しかったから。だからわたくしは頬を打ちました。そして、あなたを許すのです」

 だが、彼女がリボンズに向ける信頼は、もっと個人的で内発的なものであると気づく。

 例えるなら、親が我が子に向ける根拠なき信頼だ。特に母親に見られる、子を信じていることを前提とした論理展開だ。

 過剰な擁護と見なされるところであるが、善悪の価値観は破綻していないので子の非を認めもするし、叱りもする。さきほどの妄信と異なる点がこれだ。

 長らく沈黙していたリジェネ・レジェッタが口を開いた。

「なるほど母性か」

 ヒリングと同じく脳量子波で経緯を知る表情は楽しそうだ。

「ボクたちには性別という概念はない。けれどリボンズを頂点として、その配下となるボクたち、そしてイノベイドがある。これはヴェーダの機密レベルへのアクセス権に準拠した、いわゆる縦割り組織というヤツだ。男性社会において顕著な組織構造であることからも、ボクたちはいつのまにか男性寄りに偏重していたのかもしれない」

 胸元に手を添えるリジェネは続ける。

「この、心の奥底に感じる心地よさは、恐らく母性というものなのだろう。ボクたちが意識しないうちに遠ざかっていた感覚だ」

 そう言うと、マリナたちがいる扉に視線を向ける。

 ヒリングもつられて顔を向ける。その手もやはり胸元にあった。

 リボンズは乾いた笑いをあげてみせた。冷笑というにはいささか心もとない、言いすくめられた自身を笑うようでもあった。

「殿下は純粋な方だ。ボクの言うことをすべて信じてらっしゃる。人類の革新なんて、ボクごときには、大それた事です」

 言われて一瞬、不思議そうな表情のマリナは、すぐに合点がいった風に言う。

「そうですね。お隣の部屋で、あなたとそっくりな女性に会いました」

 ヒリング・ケアがはっとする。

「そのときは、なんだか妙な感じがしていて、それが何故だか気づけなくて。……すみません、リボンズさんにお会いするまで気づきませんでした」

 苦笑してみせてマリナは続ける。

「そして、もう一人。メガネをかけてらっしゃる方がおられました。あの方と瓜二つの人物に、わたくしは会っています。ソレスタル・ビーイングで」

 今度はリジェネ・レジェッタが顔を上げる。

「詳細は存じません。けれど地球連邦政府やアロウズで重要な立場にあるあなたがいて、ソレスタル・ビーイングのガンダム・マイスターと瓜二つの方がいる。そのような組み合わせを目の当たりにすれば、リボンズさんがおっしゃる、人類の革新も決して信じられない話ではないと、わたくしは思いました」

 それらに加えてサーミャ・ナーセル・マシュウールから以前聞いた、防諜業界にまつわる正体の知れない謎の組織が、リボンズたちを指しているのではないか、との推測も裏づけの要素となっているのだが、あえて言及を控えた。

 マリナにとってイノベイターのような影響力は、すでに現実的なものであったし、それを思えば。

 リボンズの肩に添えた手に力がこもる。

「それほどの影響力を持ちながら、あなたは何故、そのような立場でくすぶっているのですか? まるで一人で高みから眺めているように」

 いままでにないマリナの強い語調に内心驚きつつ、リボンズが応じる。

「そ、それはボクたちの、監視者としての仕事だからですよ」

 マリナは否定する。

「いえ、わたくしは独りだと言いたいのです」

 彼女の物言いに、指を鳴らして激しく同意したのは、ヒリング・ケアだった。

「そう、それなんだよアタシが言いたかったのは!」

 ヒリングは、以前、待機中の空母の甲板でリヴァイヴと話した事を思い出していた。

 あのとき言語化できなかった正体不明なわだかまり。

「人間たちは、未だに争いから脱却できない愚民どもだけど、アタシたちの成すべきは、イオリア・シュヘンベルクの意思に従い、彼らの革新を促すことだよね? リジェネなんかは今の対立構造が人類を革新させると思っているようだけど、アタシたちはあくまで導く立場じゃないと機能できないんだよ。あのお姫様は、こちらを正しく理解していないかもしれないけど、それでも何を成そうとしているかは、分かっていると思うんだよ」

 などと言い切るヒリングに、リヴァイヴもリジェネも返す言葉がない。

 しばし流れた沈黙を破ったのは、ミスター・ブシドーの笑い声だった。

「貴様たちの意思疎通の状態を知る由もないが、推察するのは容易そうだ」

 マリナとリボンズがいる扉に背を預ける彼に、リヴァイヴが向き直る。

「ミスター・ブシドー、あなたの狙いはこういうことだったのですか? あなたはアザディスタン側にいるのですか?」

「買い被ってもらっては困る。そのような意図はない。元より興味を示したのはそちらのほうだしな。ただ――」

 扉から離れたミスター・ブシドーは、扉の向こうを一瞥するとリヴァイヴに向き直る。

「皇女殿下の有り様が、以前と変わったと感じている。人としての厚みのような何かだ」

 などと笑ってみせ、「それ以上は分からんがな」と締めくくった。

 

 はっとした風にマリナは、リボンズの肩から手を離して、一歩下がる。

「すみません。わたくし、でしゃばった事を言ってしまって」

「いや……」

 二人の合間が沈黙する。

 その場を取り繕うかのうように、リボンズは返す言葉を探してみたものの結局、小さく言うしかなかった。

「お会いできてよかった」

「わたくしもです」

 マリナが手を差し出す。

 怪訝そうに見るリボンズは、遅れて気づいて握手を返した。

「人は独りでは生きていけません。もし、誰かを拠りどころとしたいのであれば、及ばずながら、わたくしが代わりを務めます」

 言い残してマリナはその場を去る。

 リボンズは黙って見送る。打たれた頬に手で触れながら。

 

 広間から戻ったマリナを出迎えたのは、リヴァイブ・リヴァイバルだった。

 恭しく一礼してみせる。

「マリナ・イスマイール皇女殿下。長旅のうえに、長時間の対談でお疲れでしょう。少しご休憩されてはいかがですか? お茶などご用意いたしましょう」

 来訪時とはうって変わって温厚な対応であるが、それに気づいた風でもないマリナは、やさしくかぶりを振る。

「いえ、実は視察の途中でしたので、早く戻りたいと思っています」

「そうですか、残念ですが仕方ありません。では、我々でお送りいたしましょう」

 そのように誘うリヴァイブの傍らにヒリング・ケアが駆け寄ってきたかと思うと、そのまま腕に抱きつく。

「ハイハイ! アタシも護衛する! させてください!」

 言ってヒリングはマリナに向き直る。上目遣いの熱い視線を向けられてマリナも気づく。

 視線が合って、頬を赤らめたのはヒリングだった。

「あ、あの! 皇女殿下のこと、これからはママって呼んでもいいですか!」

 やや錯乱ぎみのヒリングに割って入ったのはミスター・ブシドーだった。

「見苦しいぞ、貴様たち、殿下の護衛任務は――」

 マリナの前に仁王立ちし、イノベイターたちを牽制する。

「この、グラハム・エーカーに任されているのだからな」

 臆面もなく言い切る様に、ヒリングは呆れた表情だ。

「この人、なんか名乗ってるよ」

「真名を奉ぜずして忠義を尽せようか、だがしかし、少年と雌雄を決するために修羅道を選んだのもまた、事実。ゆえに――」

 一拍おいてイノベイターたちを睥睨してみせる。

 ヒリングたちは威圧されている風でもなく、むしろ白けた表情である。

 マリナはニコニコと微笑んでいる。

「それは、それ! これは、これだ!」

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 パイロットスーツ姿のリボンズ・アルマークは、コクピット内で満足げな笑みを浮かべた。

「込み入った事情もあってね。今はこういう状況さ」

 アザディスタン王国領内に降下したアロウズの宇宙軍は、マリナ・イスマイールの放送で彼女の存命を確認してすぐ、モビルスーツ部隊を出撃させた。

 無用な混乱を未然に防ぐのが建前上の目的である。

 だが、今、その全てが攻撃され、行動不能に陥っている。

 即席の編成であったが、それでも中隊2つ分、総数24体におよぶモビルスーツ部隊が、荒涼とした大地のそこかしこで無様に頓挫している。

 どの機体も撃破あるいは大破した状態である中、唯一大地に屹立する機体があった。

 リボンズ・アルマークが自身の専用機として開発した、リボーンズガンダムである。

 ダブルオーガンダム同様にツインドライブを搭載し、トランザムシステムも実装する機体であれば、たとえアロウズが誇る精鋭モビルスーツ部隊であろうと敵うはずもなかった。

 これを受けて、宇宙軍を率いるリー・ジェジャン中佐の中央司令部は混乱に陥っていた。

 正体不明のモビルスーツによる反撃は想定外であったし、ましてや劣勢に追い込まれるなどと想像できるはずもない。

 指揮官席のリー・ジェジャン中佐は厳しい表情で腕を組む。彼の艦隊を中心とした地図がメインモニターに表示されている。地図の右端に行動不能となったモビルスーツがいくつもマークされている。そのほとんどが大破しているものの、パイロットは全員が存命。ジェジャン中佐はそれに違和感をおぼえつつ、ひとつだけ発色の違うマークを見つめる。

「正体不明機の積極的な攻勢はないのだな」

 中佐の問いにオペレーターが肯定する。

 連邦軍内部でも存在が認識されていないリボーンズガンダムは現状、正体不明機の扱いだ。ジェジャンのモビルスーツ部隊を撃退して以降、その場を動いていない。

「であれば、後退しつつ部隊の再編成を」

 信じ難いことであるが、20体以上の敵を撃退するにあたり、正体不明機は手心を加えたのだ。死者は一人も出ていない。

 もとより今投入したのは早期沈静化を計った電撃部隊であった。

 それをいとも容易く駆逐しておきながら攻めに転じないのは、アザディスタン側の牽制であると考えて間違いない。そこにあるのは政治的な意図だ。

「よろしい、ならばどう出るつもりだ」

 ジェジャン中佐は不敵な笑みを浮かべる。彼の部隊は追い込まれている。だが、大局を見れば、連邦政府対アザディスタン王国という図式は変わらない。彼が余裕の表情を見せるのはそういうことであった。

 いづれにせよ、宇宙軍の進撃はリボンズ・アルマークの手によって膠着状態に陥った。

 

 同時刻のプトレマイオスU。

 困惑の表情でアニュー・リターナーを見つめるロックオン・ストラトスである。

 そんな彼を肩にかついで艦橋の外へ連行するのは、マリー・パーファシーからスイッチしたソーマ・ピーリスだ。超兵として調整された彼女の身体能力をもってすれば成人男性一人を拘束連行するくらいは造作も無かった。

 指揮官席ごしに、スメラギ・李・ノリエガが申し訳なさそうにウインクしてみせる。ソーマ・ピーリスは黙って首肯した。

「さぁこい、ロン毛ナンパ野郎」

「アニュー! どうしちまったんだ!? アニュー!」

 複雑な状況下において、無用な混乱の元は早々に排除するのが戦況予報士としての鉄則だ。

 スメラギは向き直ると、突然の来訪者に愛想笑いしてみせる。

「一般人の私には、なかなか理解が難しいのだけれど、脳量子波を介してお話されているのは、リボンズ・アルマークさんということでいいのかしら?」

 スメラギの視線の先に立つアニュー・リターナーは、普段からは想像もつかない不遜な笑みを浮かべて答える。

「厳密に言うなら、ボクに管理者権限が与えられているからなのだけどね。まぁ、その認識で問題ないよ」

 対するスメラギは、つとめて友好的な態度だ。

「ティエリアの説明によれば、私たちのスポンサーの一人ということになるのかしら? そして、アロウズの創設に関わった、敵でもあると?」

 アニューは口元で笑ってみせ、スメラギは肯定と理解した。

「で、今はアザディスタン王国を支援していると?」

 たまらずティエリアが横槍をいれる。

「それが分からないのだ。あのときもそのような話は一切」

 彼はリジェネとの経緯や、イノベイターの存在をソレスタル・ビーイングのメンバーに隠していた負い目もあり、リボンズの行動に懐疑的だ。

「さっき説明したじゃないか。状況は変化するのさ、何度も言わせないでほしいね」

 対するアニューは軽く受け流す。あくまでスメラギ・李・ノリエガを相手にしているようだ。

『この放送をご覧のみなさまに、まずはご報告申し上げます』

 マリナ・イスマイールの宣言に、ブリッジにいる全員がモニターを注視した。

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 アザディスタン新王宮中央塔最上階、コンベンションスペースを改装した演台にマリナ・イスマイールの姿があった。

「この放送をご覧のみなさまに、まずはご報告申し上げます。わたくしたち、アザディスタン王国国内において、民族紛争の事実はございません。それぞれの立場の方々が、事実認識を違えてしまった不幸な出来事であったと、わたくしは認識しています」

 演台から離れた位置にあるコントロールブースに、イケダの姿が見える。

 現役ジャーナリストである彼にすれば放送設備はひととおり操作できる。とはいえ演説のような動きの少ない絵であるから、こちらから操作することもあまりない。

 それよりも、と。

 イケダは操作卓の半分以上を占めるモニターを眺める。

 モニターには英数字の羅列がひたすらにスクロールされている。これらは放送と直接関係のない情報だ。イケダにも何をどう読み取ればいいのかすら分からない。

 "彼ら"の説明によればマリナの放送を全国へ配信するために「暗号を解読し続けている」結果がリストされているだけなので気にしなくてもいい、とのことだった。

 ふと、モニターの明滅を視界の隅にとらえる。

 数桁の数値が表示されている。これは分かる。携帯型情報端末への通信番号だ。画面のアイコンが相手先呼び出し中の状態を示している。

 これも"彼ら"が仕掛けたものであるが、依頼したのはイケダ本人だった。

 呼び出し相手は所在が知れず、イケダ個人の情報網では連絡がつけられない相手であったが、"彼ら"にしてみれば、ネット上の情報をリアルタイムで俯瞰、抽出すれば特定は難しくない、のだそうだ。

 画面のアイコンが接続状態に切り替わるのを見て、イケダはインカムに話しかけた。

「お久しぶりです。バフティヤール女史。元JNNのイケダです」

 インカムから驚きの声が聞こえる。

 通話の相手は、アザディスタン王国の内紛の首謀者として国際ニュースでその名を知られるところとなった、シーリン・バフティヤールであった。イケダ自身、反地球連邦組織カタロンにて共に闘った間柄である。

 イケダは努めて冷静に応じる。今の彼はマリナから勅命を受けた特使なのだった。

「はい、いろいろあって今はマリナ・イスマイール女王陛下の下で働いています」

 言いながら内心苦笑する。まったく運が良かったというべきなのだろうと。

 今ここに彼が居るのも、マリナ・イスマイール暗殺事件の取材でアレハンドロ・コーナーに接触を試みたのが発端だ。

 コーナー氏の代理としてリボンズ・アルマークとの二度目の取材で「君は運が良い」と言われた時のことを思い出す。

 イケダは独自の取材によってマリナ・イスマイールが生きていると結論した一人である。

 ジャーナリストであり、カタロンのメンバーである彼だから導き出せた真実であると、リボンズは評価した。そしてまた、人手が足りない時期に現れたタイミングも良かったと。仮に取材が数日ずれていたなら、イケダの処遇は大きく変わっていたと、リボンズは悪びれもせずに言った。

「取り急ぎご連絡しましたのは、この放送はマリナ・イスマイール女王陛下ご自身によるものだということをお知らせしたかったのです。女王陛下はご存命です」

 シーリンから疑問の応答。

「それは私の口からお教えするべきことではありません。これからのことも含め、陛下ご自身からお聞きください。とにかくご安心ください。陛下はご存命です」

 混乱ぎみのシーリンであったので、2度念押ししてイケダは通信を切った。

 続けてイケダは操作卓のキーを何個か叩く。演説開始からの経過時間を確認する。

 事前に打ち合わせたとおり、カメラ操作のタイミングを計りつつマリナの演説を見る。

「それらの誤解を正すべく、まずはこちらの映像をご覧ください。少々血生臭い映像です。ご了承いただきます」

 映像が切り替わった途端に、銃声が連続的に鳴り響く。

 目の前で医療NPOの職員が銃殺される。まさしく映像は発砲されている銃身に備え付けられたカメラからのものだ。

『ってか、どっちみち撃ち殺すけどナァ?』

 銃の持ち主と思わしき声が下卑た笑い声をあげる。

『てなわけで、強くてカッチョイイ連邦軍に逆らってやられた、弱くてバカ愚かなテロリストの一丁あがり』

 それから、声の主を中心とした連邦軍兵士が、遺体を移動させる作業が映されていく。

 あるはずのない戦闘を演出し、存在しない武装勢力をでっち上げる。

 映像は連邦軍による偽装工作、いわゆる非正規軍事活動、Black-OPSの一部であった。

 当事者であるアリー・アル・サーシェスが、モビルスーツのコクピット内で毒づいた。

「あのアマ、なんてもん流しやがる」

 非正規軍事活動に一区切りをつけ、前線を退いたはずの彼であったが、今も連邦軍支給のアヘッドに搭乗し、あまつさえ、アザディスタン王国の新王宮市街地に潜伏していた。

「にしても、なんでだ? 都合の悪い箇所は念入りに削除したはず」

 同行する部下から通信が入電する。

『隊長、とっとと引き上げちまいましょうや、まだ面は割れてねぇんだし』

 サーシェスは機体を移動させながら応じる。建設中の新王宮市街地は無人である。

「バカか、クライアントにはとっくにバレてるだろうが。手前の保身しか考えねぇ連中だ。俺たちが裏切ったと決めてかかってくるぜ」

 不機嫌ながらもサーシェスは今、この場にいる事を不幸中の幸いと思い直す。

「てーかまぁ。大将の動きをチェックしといて正解だったぜ」

 サーシェスが言う"大将"とは階級ではなく、本来の雇用主であるリボンズ・アルマークを指す。

 そもそも前線を退いた彼がアザディスタン王国の新王宮に居るのは、リボンズ・アルマークの動向を確認したのがきっかけだ。

 今回の戦争が始まる前から、サーシェスは連邦軍と個人契約で仕事を請け負っており、その間、本来の雇用主であるリボンズ・アルマークからの指示は無かった。

 そのリボンズが、あろうことかアザディスタンに居るという。

 何かあると直感したサーシェスは前線に戻っていたのだ。

 市街地の高層建築の向こうに新王宮中央塔が見えた。火気管制をオンにしてGNライフルを構える。

 リボーンズガンダムの登場により宇宙軍は足止めされているが、そもそもアザディスタン王国の防空網は崩壊している。とりあえず部下に周辺の警戒にあたらせてはいるが、敵対戦力はおろか人影すら見当たらない。

「ツケは払ってもらうぜ? 姫さんよぉ?」

 中央塔最上階の展望台に狙いを定め、トリガーを引く。

 銃口からまっすぐに延びたエネルギー照射が、展望台に着弾する。

 否、着弾する直前にビームが四散した。

 どのような理屈か不明であるが、まるでホースから勢い良く噴出された水が、立て板にはじかれるように、ビームが大気と中和するように輝きを無くしていく。

 理屈が分からないなりにも、サーシェスはこの現象を良く知っていた。

 圧縮したGN粒子による防御フィールドが展開されているのだ。

 咄嗟に敵戦力の介入を予感したサーシェスであるが、周囲にそれらしき反応はない。

 センサー類の表示に目を走らせる。

 周辺に配置した部下からも特に異常の報告はない。

 改めて標的を確認して、気づいた。

 サーシェスの搭乗するアヘッドからでは、展望台のマリナの姿は見えない。彼が確認したのは、いまや世界的に放送されてしまっているマリナの演説である。

 マリナ・イスマイールが戴く王冠から赤いレーザー光が発せられ、四方に閃いている。

 どうやら単なる冠ではなく内部に機械的な仕掛けが施されているようであるが、照射された赤いレーザー光は床や壁に接触している部分から急激に拡散していた。

 状況を理解したサーシェスは笑い声をあげる。が、目は笑っていない。

「そういうことかよ。大将、アンタの差し金なンだな?!」

 先の隠蔽工作が失敗したのも納得できる、彼らに隠し事なぞできない。

 拡散するレーザー光は粒子状に変化していた。それはGN粒子に間違いなかった。

 

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 プトレマイオスUのブリッジにて同じく、ハッキングした監視衛星からマリナの演説を受像するフェルト・グレイスがつぶやいた。

「GN粒子の多層化分解と再構成ですね。初めて見ます」

 応じるのは、アニュー・リターナーの脳量子波を経由するリボンズ・アルマークである。

「通常の圧縮粒子とは根本的に異なる概念だ。再構成時の単位容積あたりの粒子量は桁違いだから、個人で携帯することも可能となった」

 対面のミレイナ・ヴァスティがアニューへ向き直り「圧縮比率はどのくらいなのですかぁ?」などといつもの調子で聞いてくる。

「プラス37.95」

 アニューの返答にオペレータ二人が同時に驚きの声を上げる。

「すごいですぅ!」

「それって、レイテギル演算式を実装したということですか?」

 内容を理解できないスメラギであっても、技術畑の二人の盛り上がり具合を見れば、相当に高度な技術による事くらいは分かる。

 二人のテンションの上がり具合に満足したアニューはスメラギに向き直る。

「そういうワケだから、戴冠式では被害を受けていないんだ」

 もちろん影武者でもない、とさきほどのスメラギの考えを訂正して、続ける。

「この際、暗殺計画と言い切ってしまうけど。アレ、準備に1年もかけた計画だったらしいね。国防軍内部の権力構造に連邦寄りの人員を送り込み、軍の基幹システムもAEUのITベンダーに受託させて刷新させもした。おかげで戴冠式当日には、連邦に警備体制を全て掌握されてしまっていた」

 スメラギが「見逃していたの?」と問う。

 アニューの向こう側にいるリボンズは珍しく苦々しい表情を浮かべてみせた。

「まさか。だいたい連中がこのような強攻策を講じたのは、キミたちが派手に暴れたせいでもあるんだよ?」

 ソレスタルビーイングを旧世代戦力とする、当初のアロウズによる過小評価は、ダブルオーガンダムを筆頭とする次世代ガンダムによりあっけなく覆された。対ソレスタルビーイングに体制をシフトすべくアザディスタン王国への対応を急いだのが侵攻の経緯である。

「まぁ、諜報機関だけはどの国も守りが堅くてね、未だに浸透できないでいる。だからオフラインで立案されてしまえば気づきにくいのさ」

 アニューは、ここで思い出したように付け加える。

「誤解しているようだから補足するけど、ボクたちが関与したのは暗殺計画が実行されてからだ。今言ったように事前に察知することができなかった。だから、王冠に仕組みを組み込んだのは、あの女だ」

 スメラギは、戴冠式でマリナが襲われる直前、演台に駆け込む女性の姿を思い出した。

「サーミャ・ナーセル・マシュウール、だったかしら。モサドのツォメト」

 アニューは黙って肯く。

 アザディスタン王国復興の初期から現地スタッフとして派遣されていた彼女であるが、実は隣国の諜報機関の職員で王国内を監督監視していたというのは、事件後の報道で公然となっている。

 そして、戴冠式のテロ事件で犠牲者は数百人にのぼったが、そのうち遺体が確認されていない数十人の中の一人であることをスメラギは知っている。マリナ・イスマイールもその一人である。

「大変だったのはその後さ、各国の諜報機関が彼女の死を確認するべく密入国し、そして死を確実なものにすべく、パラミリが大量に投入された」

 特に中東地域においては、優れた諜報機関がいくつか存在する。中でもモサドは世界屈指といわれ、各国の諜報機関――、ユニオンのCIA、人類革新連盟のGRU、AEUのMI6など――が、恐れる存在であった。

 ツォメトとはモサドの中でも諜報を専門とする部署の名称である。

 そして、パラミリとは――、パラミリタリー、情報戦が主体となる諜報の世界で、最も実行制圧に、つまり武力制圧に特化した隼軍事組織である。各国の諜報機関は、このような情報を収集・分析する部署と、その結果から実際に影響を与える部署にすみ分けられている。

 これら各国勢力が衝突したとき、どのような事態が展開され、どのような犠牲が払われたのか。戦術予報士として同じ情報に携わり、少なからず諜報の世界を知るスメラギは、想像するだけで陰鬱とする。

「彼女の目は、そのとき?」

 艦橋のモニターには、アザディスタン王国からの放送が表示され、マリナ・イスマイールの立ち姿がみてとれる。彼女は終始目を閉じていた。

「そうだ。我々が保護したときにはすでにね。とにかく表向き、マリナ・イスマイールは死んだことになった。おそらくモサドの女が手引きしたのだろうけど、そのあたりの事を陛下は語りたがらない」

 モニターを分割して、アザディスタン王国の放送とは別に、衛星からの映像が表示されていた。

 アザディスタン新王宮の中央塔の最上階部分がそれだ。

「今後、調査したいところなのだけど、それよりも優先すべき案件があってね」

 フェルト・グレイスは、衛星をハッキングした際、アザディスタン王国の放送を傍受すると同時に、衛星のカメラを操作して王宮周辺の映像を受信してもいた。

 まさしくアリー・アルサーシェスに狙撃され、それを阻止した、マリナ・イスマイールが立つ展望台。

 その映像が微妙に歪む。

 アニューの話を聞きながら、スメラギは歪みに気づいた。

 映像処理の歪みではない。実際に展望台の前の空間が歪んでいるのだ。

 それはむしろ彼女がよく知る現象だ。スメラギは身を乗り出す。

「モビルスーツ?」

 視覚迷彩による空間の歪みが、じょじょに実体を伴う。

 首肯してアニューが答える。

「元はGNドライブの多様性を検証するテストベッドだったのだけど、それを仕様変更したんだ。GNフィールドの展開はわりと良く出来たと思っている」

 おぼろげながら浮かび上がる機影は、たしかにモビルスーツだった。

 白を基調として空色でカラーリングされた、曲線の美しい機体だ。

 いまや中央塔頂上の展望台に浮遊している姿がはっきりと見える。

 アリー・アル・サーシェスも確認していた。彼は即座に行動した。

 市街地を低空飛行で進行し、中央塔に接近する。

 火気管制システムの照準を白い機体に合わせる。

 サーシェスが誰に答えるともなしにつぶやく。

「だがよ、ライフルの出力を上げて収束率を絞りこめば」

 計器を操作し、ライフルの出力をあげ、同時に照射面積を狭める。放水で例えるなら、蛇口を開き、ホースの先を押さえ水流の勢いを高める行為に近い。

「そうすりゃ、GNフィールドだって、ぶち抜くことができるんだぜ!」

 躊躇なくサーシェスはトリガーを引いた。

 それに呼応するかのように、プトレマイオスUのブリッジにいるアニューが口を開く。

「ビーム兵器によるエネルギー照射を撹乱させ、無力化するのがGNフィールドだ。これは真新しい技術じゃない。我々はコレに指向性を付与することに成功した。GN粒子の携行化の過程で生み出された技術だ」

 サーシェスが搭乗するモビルスーツから発射されたビームは、まっすぐ展望台にのびて着弾する。

 が、これもまた着弾したように見えただけだ。

「ナニッ?!」

 途端、アリー・アル・サーシェスの類まれなる直感が、モビルスーツに回避行動をとらせる。

 コクピット内が衝撃で揺れる。警告音が鳴り響く。

 アニューは解説を続ける。

「今回実装したのは、もっとも単純な指向性、つまりベクトルを逆転させることだ」

 サーシェスは状況を理解できないまでも危機を回避した。まさか自身が発射したビームがそのまま跳ね返ってくるとは、想像もできない。

 その様子をモニター越しに見て、アニューとリボンズが口を揃えて言う。

「ガンダム・アザディスタン、でいいかな。分かりやすいよね」

 白い機体はすでに全貌を表していた。

 眼下には、黒煙をあげて高度を落としていくアヘッドの機影が見る。その様は、あたかも睥睨するかのようであった。

 コクピット内の警告音は機体の損傷を報告していた。右腕が高熱で融解している。

 火器管制を左腕主体に切り替え、警告を取り消す。

 だが事態は終わっていない。彼の直感が発する警告は消えていない。サーシェスは無意識に舌打ちする。

「なんだ?!」

 機体の向きを変えながら、レーダーを確認する。

 サーシェスの仲間のモビルスーツが数機点在するなか、急速に接近する1機のモビルスーツがあった。

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 展望台への攻撃を即座に中止したサーシェスは、彼らしからぬ焦った口調で指示をとばす。

「周辺索敵! 警戒しろ!」

 その間にも、仲間の機体のマークがレーダーから消える。

 正体不明機の動きは、接近戦を得意とするソレで、高機動を活かした素早い移動は止まることを知らない。

 サーシェスの予測射撃すら裏切る軌道をみせるソレは、次々と僚機を撃破していく。

 高層建築のすき間から、一瞬機体が見えた。アヘッドを改装した特注機に見えた。

「なんなんだ!コイツはっ!」

 サーシェスの叫びに呼応するかのように、赤い特注機が急接近してくる。ここに至り、モビルスーツの形状がはっきり見て取れる。

 ベースの機体はアヘッドであることは間違いない。頭部の大型アンテナが2本、胸部の一体成型された追加装甲。最も特徴的なのは手にする2振りのGNビームサーベルだ。日本刀のような「反り」の入った刀身を形成している。

 サーシェスはGNライフルで応射するがことごとく交わされ、すでに接近戦の間合いに詰められる。

 否応なしに抜き放ったGNサーベルが鍔迫り合いの火花を散らす。

 どこからともなく男の声が響く。

『陛下への狼藉は、これ以上許さん!』

 騒然としたのが、アロウズ宇宙軍の作戦司令部だ。

 情報分析室からの報告で、アリー・アル・サーシェスと正体不明機の戦闘映像が表示されている。

 指揮官席から、ジェジャン中佐の荒げた声が聞こえる。

「ミスター・ブシドーは撃破報告があったはずだ、どういうことか?」

 ライセンス所有者とは、主に軍の資金提供サイドが推し進めた制度であるが、ミスター・ブシドーを含めた彼らの単体戦闘力は、ガンダム・マイスターに匹敵する。ゆえに軍内部では軍律で制御しきれない彼らを脅威とする考えが常にあり、警戒されてもいた。

 地上軍のアーバ・リント准将が、ミスター・ブシドーの離反に即応できたのはそのためであるし、それらの情報は連邦軍内の戦術データリンクによって共有されている。

 戦術データリンクは軍内部の主要システムの一つであり、過去の戦闘結果も保存されている。敵味方を問わず兵力の損耗も記録されるのだ。

 誤報が流入していたならば大問題となる。

 情報分析室から応答があった。緊急のためかデータではなく内線による口頭報告だ。

『当該機はミスター・ブシドーではありません』

 ジェジャン中佐が疑問を口にする前に、『IFFの情報をご覧ください』と捕捉を受ける。

 敵味方識別装置の略称がIFFである。文字通り電波などで敵か味方を識別する、第二次大戦より利用されている信頼性の高い技術である。

 モニターに、新王宮付近で稼働中のモビルスーツのIFF信号がリストアップされる。

 アリー・アル・サーシェスの名前はもちろんのこと、彼の部隊員の名もある。その中で唯一、長らく使用されず、かといって抹消もされずに置かれたIFF信号があった。

 グラハム・エーカー上級大尉のそれである。

 ジェジャン中佐は唸る。

「卑怯な……!」

 まるでそれに呼応するかのように、ミスター・ブシドー改めグラハム・エーカー上級大尉は堂々と言い放つ。

「卑怯であろうと、手段を問わないのが戦争だ!」

 接近戦は不利と察したサーシェスはGNビームサーベルを弾いて距離をとろうとする。が、必要以上に離されまいとグラハムのサキガケが肉薄する。

「なんだこいつ!? きもちわりーヤツだな!」

 思わず毒づくサーシェスは、グラハムの戦士としてのポテンシャルが自身に肉薄するものであるとすでに見抜いていた。

 サーシェスの部下を先に殲滅したグラハムも、同様の感想をサーシェスに持っていたのかもしれない。

 

 事、ここに至り。

 片や歴戦の傭兵。

 片や連邦軍のエースパイロット。

 同じ戦場に身を置きながら、彼らが今まで対峙しなかったのはただの偶然でしかない。

 

 軌道エレベータの建設によって、人類は宇宙という新たな生活圏を獲得した。

 生身では到底生存を許されない過酷な環境だ。人類は宇宙空間という絶対的に広大な空間を認識し、適応する能力が求められた。

 危機感知、状況判断力、空間認識力、そして瞬時に他者の意思を理解する深い洞察力。

 それは勘が鋭い、などと片付けられる領域をはるかに逸脱した能力であるし、容易に獲得できるものでもないが、皆無だったわけでもなかった。人は革新に至らなくとも卓越した環境適応能力で克服した。それは奇跡ともいえた。

 グラハム・エーカーおよびアリー・アル・サーシェスの二人が優れた兵士であるのは、そういった能力を備えているためだった。先天的な要素なのか経験によるものかは、知れない。

「女王陛下は戦いをするような人ではなかった!」

「能書きばっか言ってンじゃねーぞ、タコ!」

 だからこのように、相手の素性を知らずともその根源を理解してしまうのである。

 だが、本人は原理を理解していない。だから大抵の場合、彼らは混乱する。自分の能力を理解していない彼らは、その混乱を相手のせいにしてしまうのだ。

 己が相手を理解しているのではなく、相手が自分の領域に入り込んでくると、錯覚してしまうのだ。

「まぁいいや、テメー、オレの仲間になれ、それがイヤならここで死ね!」

 だから、本質的に彼らは相容れない。

 この二人は、戦場という同じ世界の住人でありながらも、片やエリート軍人、片や紛争地帯を転戦する傭兵と、互いに遭遇する場面がなかった。

 しかし、もしも味方同士として戦場で出会ったとしても、彼らはこのように殺し合いをはじめただろう。

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 サーシェスとグラハムの機体が激しい攻防を繰り広げつつ、新王宮から急速に離れていく。

 アロウズ宇宙軍の作戦司令部では、その様子が映像でも、またIFF信号を元にした機体位置を示す広域マップからも分かった。

 それら戦術情報が表示されるモニター類の中に、アザディスタン王国からの放送もあった。

『地球連邦独立治安維持部隊、第一宇宙軍総司令官、リー・ジェジャン中佐。現状の認識を確認したく思います。双方向通信回線の番号を提示しますので、接続してください』

 サーシェスに狙撃されても動じることのないマリナ・イスマイールに、ジェジャン中佐付の秘書官は思わず「自作自演なのか?」とつぶやく。

 だが少し落ち着いて考えれば分かることだ。

 今のサーシェスとグラハムのやりとりがマリナにとって利益があったはずもない。ならば偶発的な攻撃であったという結論になるものの、怖気づきもしない彼女の態度は恐ろしさすら感じる。

 そのせいか、モニターに表示されるマリナの口元が不敵に歪んだように見えた。

『蛇足かと思いますが、他者が回線に介入するような行為は無駄です。わたくしたちには、硬く握られた神の拳を解きほぐす術があります』

 マリナ・イスマイールが一度深く頭を下げたところで、映像がグレーアウトする。

 代わりに十数桁の数値が表示された状態になる。

 サブモニターで放送状態を確認したイケダは、いくつかキー操作しながら、演台のマリナに顔を向けた。

「オーケーです。放送を切り替えました」

 微笑んで応じたマリナは演台を下りる。

 進む先は外の展望台につながる大窓だ。

 イケダは道を空けると、恭しく一礼する。

「陛下、どうかお気をつけて」

 展望台には、さきほど視覚迷彩を解除して現れた白いモビルスーツ、ガンダム・アザディスタンがある。

 曲線を主体とした美しい機体本体とは異なり、背面に装備したバックパックはY字型の無骨なデザインで三叉それぞれの先端に擬似GNドライブが装備されている。

 白いモビルスーツは背面を展望台に脇付けして、コクピットハッチを開いた状態で待機している。

 マリナはハッチ手前に行き着くと振り返る。

「こちらこそ、いろいろお世話になってしまって、ありがとうございましたイケダさん。ここも、じき危険になります。急いでシーリンと合流してください」

 機体の中へ消えていくマリナ・イスマイールの姿をイケダは、神妙な表情で見送った。

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 いまや世界規模で放送されてしまっているアザディスタン王国の放送を、注意深く観察していたシーリン・バフディヤールが席を立った。

「クラウスに連絡。国防軍を収束させ、極力戦闘は避けるように指示して。亡命手続きは続行。空港、港湾を開放し、連邦軍の受け入れ態勢を整えて」

 ざわめくスタッフ。

「スパイ君、まだいたの?」

 さきほどまでシーリンに銃を向けていた彼が、はっとした風で顔を向ける。

 即物的で意思薄弱な彼は、マリナ・イスマイール登場以降の混乱に圧倒されていた。

 だから彼は無意識のうちに、職員として潜入してから習慣づいてしまった通常業務を行っていた。銃すら持っていない。

 そんな彼にシーリンは興味なさげに言い放つ。

「君の任務は終了。もう帰っていいわ」

 そして向き直ったシーリンはスタッフ全員に宣言する。

「マリナはこの戦争を終わらせようとしている。我々はそれをバックアップします」

 そして周囲に聞こえないように、小さくつぶやく。

「でも、遅いわマリナ、交渉材料なんてもう何処にも無いのよ」

 長らくアザディスタン王国の外交に携わってきたシーリンは、マリナが登場した目的のおおよその見当をつけていた。

 それはまた、連邦軍も同じだった。

 戦闘ブリッジを離れ、移動中のジェジャン中佐は、携帯端末で資料に目を通しながら秘書官の説明を受けている。

「まずは復興支援策の提示。これは国際治安支援マニュアルに則ります。また、彼らが内密に進めている亡命施策から帰化手続きをサポートします。さらに、支援の一環として陸海空の輸送経路を当方へ移管します。こちらは表向きだけの支援で、実際は軌道および航路周辺区域の徴発になります」

 彼らは艦内のプレスセンターに向かっている。マリナ・イスマイールとの会談におよぶためだ。

 ジェジャン中佐率いる連邦軍国際治安支援部隊も、シーリンと同じ見解に至っていた。

 会談のシナリオを整理しつつ、中佐が言う。

「領空は実質こちらが掌握しているからな」

 現状、連邦軍は首都マシュファドの間近に迫り、宇宙軍の投入で連邦軍の優位は決定的なものとなっている。

 この状況で国家元首が登場し、会談をもちかけてくるとなれば、停戦協定の打診と考えるのは妥当といえた。

「まぁ、向こうにも面子があるだろう」

 そう言って中佐は情報端末を操作すると、停戦条件の草案を承認するサインを送信した。

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 アザディスタン王国からの放送介入に変化があったのは、まもなくのことだった。

 画面が二分割され、片方には、艦内設備であるプレス向け演台に立つジェジャン中佐の姿がある。

 もう一方では、マリナ・イスマイールの姿がある。

 衣装こそ、さきほどと同じブルーのドレスであるが、背景に計器類が配置されていて、手狭な空間に移動していることが分かる。

 有識者が見ればモビルスーツのコクピットであると分かるのだろうが、画面はバストショットでフレーミングされているので背景はほとんど写っていない。

 コクピットであったとしても、手は膝の上に置かれていて、操縦桿を操作するでもない様子は、衣装と相まって違和感ある絵となっている。

 口火を切ったのはジェジャン中佐だ。

『初めまして、マリナ・イスマイール皇女殿下。自分は地球連邦軍独立治安維持部隊所属、第一宇宙方面軍司令リー・ジェジャン中佐と申します。戴冠式の爆破事件以降のご災難の中、ご無事であらせられ喜ばしく思います』

 ジェジャン中佐の背面に配置されている大型モニターに文字列が表示される。

『まずは火急の懸案として、この内紛を食い止めるべくこちらの提案をご覧いただきます』

 さきほど打ち合わせで承認された停戦条件の草案が箇条書きされていて、ジェジャン中佐は条件の説明をはじめる。

 

 アザディスタン王国領空で滞空する二体のモビルスーツのコクピットでも中継は表示されていた。

 セルゲイ・スミルノフが搭乗するアヘッドと、ソレスタルビーイングのダブルオーライザーである。

 中継を見る刹那・F・セイエイは小さく「マリナ・イスマイール、生きていたのか」と言うと、沙慈・クロスロードが親しみを込めて「よかったね」と返すのだが、刹那は「ああ」と感情も希薄に応じるだけだ。

 モニターの向こうのマリナ・イスマイールは、ジェジャン中佐の発言を静かに聞いているようであった。

 放送介入以降、彼女がずっと瞼を閉じたままであることに刹那も気づいている。

 苦い表情を浮かべ、刹那は前方に見えるアヘッドとの通信を再開する。

「俺には守るべきものがない。だから、あー……」

 一息、言いよどむ。刹那・F・セイエイは他者の名前をあまり覚えない。

「アンタが持ち合わせるマリー・パーファシーへの想いを分かってやることはできない。残念なことだ」

 自然と、刹那はアレルヤとマリーの仲睦まじい姿を思い浮かべる。

「しかし、彼女らと行動を共にして感じるのは、これが正しい人との結びつきなのだということだ」

 今度は背後のオーライザーに搭乗する沙慈・クロスロードに意識を向ける。

「そしてまた、我々の仲間の一人に、愛する相手と離ればなれになった者がいる。ささいなすれ違いだったのだろうが、今は連邦軍に属する彼女の身を案じている」

 あらためてアヘッドを見据えて、刹那は操縦桿を強く握りなおした。

「これこそが争いという歪みが生んだ、悲しい出来事だ。俺はそれを正すため、この地に来た」

 見据える瞳には決意の輝きが灯る。

「アンタは、俺に力があると言った。そのとおりだ。俺は、いや、我々ソレスタルビーイングは、紛争根絶を掲げ、戦い続けることで真の恒久平和を目指す。その理念に変わりはないのだ」

 これを受けて、セルゲイ・スミルノフは硬い表情のまま応答する。

「なるほど、及第点だ」

 言ってセルゲイは機体を操作しつつ、自嘲で口元をゆがめて見せる。

「戦いの是非など、簡単に問い質せるわけもない。私は意地の悪い質問をしているな。それを熱意だけで答える君は、やはり若さということなのか」

 刹那の進行を遮っていたアヘッドが進路を譲る。

 セルゲイの意図を汲み取って、ダブルオーライザーはゆっくり前進していく。

「だが、若さゆえに開ける道もある。これから事態は急転する。君はこれからも中心に居続けるだろう。分かっているのだろう? ガンダムのパイロット。君は、力こそ全てだと言っているのだぞ」

 見送るセルゲイは呟いた。

 手元のモニターではアザディスタン王国の放送介入が表示されていて、ジェジャン中佐の説明が終わったところであった。

『大変申し訳ございません。中佐は勘違いをなさっています』

 モニターに表示されるマリナ・イスマイールは申し訳なさそうな笑みを浮かべて言った。

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「お気づきかもしれませんが、わたくしは今、目が見えません。戴冠式の事件に関連した事案で視力を失ったのです」

 言いながら、マリナ・イスマイールは頭上のティアラに触れる。

 表面の意匠に隠されたスイッチが操作され、ティアラの下部から金属質のバイザーが下がってくる。

 アイマスクのように目を覆い隠すまで下がりきると、滑らかな金属質に一瞬電気的な閃きが走る。

「しかし、科学の進歩とは目覚しいものがありますね。バイザーの素材は、微弱な電気信号を発するようにできていて、損耗した視神経を補強してくれる、のだそうです」

 バイザーで顔半分が隠れてしまったものの、口元の表情でにこりと笑っているのが分かる。

「脳量子波技術を応用したとかで、難しいことは分からないのですが、このティアラのおかげで、わたくしは視ることができています」

 マリナは一度居住まいを正して、さきほどジェジャン中佐が提示した休戦協定の条項を用意してくれたことに礼を述べた。

「けれど、わたくしは、先ほどのお願いのお返事を聞きたかっただけなのです。説明不足で申し訳ありません」

 言われてジェジャン中佐は、何の事を言っているのか内心で首をひねる。

 だがそれは一瞬のことで、マリナが連邦軍撤退を指示したことを思い出す。

「そのような要求に応じられると?」

 ジェジャン中佐と幹部連は、休戦協定を検討すると同時に、何通りかの交渉シナリオも想定していた。

「皇女殿下、今一度状況をご確認いただきたい」

 民族紛争など無かった、などと蒸し返そうものなら強硬な態度も是とするものだ。

 実際、連邦軍の優勢は変わっていないのだ。

 正体不明機による攻撃からの部隊の建て直しも完了している。たとえ実力行使に至ろうが事後の情報など、どうとでもなる。

 しかし、マリナ・イスマイールの返答は端的だった。

「分かりました。では、実力を持って排除します」

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 北アメリカ航空宇宙防衛司令部、通称NORADは、ユニオン加盟国のうち、特にアメリカ合衆国とその周辺に対応した、航空や宇宙に関して観測または危険の早期発見を目的として設置された組織である。24時間体制で人工衛星の状況や地球上の核ミサイルや戦略爆撃機などの動向を監視している。

 司令部は、コロラド州ピーターソン空軍基地の地下にあり、今まさにその一室――、操作卓が2つ、その正面に大型モニターが配置されただけの手狭な部屋に、アラートが鳴り響く。

 マニュアルの規定に従い、"鳴らさなくてはならない大音響のアラート"を一鳴らしして、素早くオフミットした白人男性オペレータが、キーボードをダダーッと叩く。

「カール、コードチェック」

 音声認識でサポートシステム"Karl"を呼び出し、状況のレポートを整理させる。

 ついでに同僚で仮眠中の黒人女性オペレータを小突く。

「おい、起きろよ」

 一瞬だったとはいえ、電子機器で埋め尽くされた小狭い室内に乗用車の防犯警報並みの音量が鳴り響いたにもかかわらず暴睡を決め込んでいた彼女は「おー」など言葉にならない声をあげつつ、のそりと起き上がる。

 その間に、サポートシステムがレポート結果をスクリーンに表示していく。読み取る男性オペレータは、打鍵を止めることなくつぶやく。

「聞いたこと無いアラートだと思ったら、第三防壁までやられちまっている」

 彼が見つめる大型スクリーンには、北米大陸を中心とした地図が表示されている。

 大陸を挟んだ北太平洋、北大西洋のそれぞれに、いくつもの光点が配置されている。

 そのうちの北大西洋側にある一つだけが明滅している。

 スクリーンの一部がワイプされ、明滅する光点の詳細データが表示される。いくつもの数値とともに、潜水艦のイメージ映像が表示され、光点の正体が作戦行動中の原潜であることが分かる。知識がある者が見れば、船体形状からアメリカ海軍所属のロサンゼルス級原子力潜水艦であることも知れる。

 彼らは自軍の領域に対する、外部からの電子的な攻撃に対処するスタッフである。

 スクリーンの情報を読み取った女性スタッフは、ヒューッと口笛を吹いて自分のシートに腰掛ける。その動作は寝起きとは思えないスムーズさであった。

 男性スタッフに劣らない猛烈な勢いでキーボードを叩き、彼女は声をあげた。

「やるじゃん。原潜のローカルネットにたどり着くなんて」

 隠密行動を主体とする潜水艦部隊において、海軍のネットワーク上での扱いは他の部隊とは別格だ。

 直接接続することはなく、各船体ごとに閉じたネットワークを構築している。そのため、一般的に他の部隊に比べ外部からのクラッキングなど、電子的な攻撃に強いとされている。

「近くに何かいる?」

 彼女がそう問うのは、"他国の"艦艇や潜水艦がいないか、という質問である。どのように閉じたネットワークに侵入したのか気になったのだ。

「無いな、少なくともウチの衛星は見つけていない」

「あ、そう」

 男性スタッフの応えに、関心の薄い返答。

 彼女らは外部からの攻撃手段を解析するチームではない。あくまで外部からの攻撃を防ぐのが任務だからだ。

「まぁ、物理的に閉じていても電磁的に介入することも出来ちゃうしね。カール、電子マップ解析」

 原潜ネットワークに対して、侵入者がどこまで入り込んでいるか調査する。

 次の瞬間、男性スタッフの切羽詰った声が響く。

「カール! コード9601!」

 女性スタッフはその意味を何よりも早く理解し、うめき声をあげながらキーボードを叩く。

 スクリーンに羅列される数値を全て読み取るよりも早く、女性スタッフがさらに数値を叫ぶ。

 

 侵入対処は自動化されている。

 事前にプログラムされた電子的な侵入に、人間が判断する速度で対処できることなぞ存在しないのだ

 彼らが行うのは侵入プログラムの解析と解体だ

 限られたリソースで効率的に解体するには、技術者の経験とセンスが結果を左右する。

 

 続けて彼女の呼び出しに呼応するように、別のスクリーンに数値がリストされ、それも全て表示されるより前に、男性スタッフが数値を叫ぶ。

 周囲の電子機器が響かせる低いノイズとともに、彼らがときおり数値を叫ぶ。十数回にやりとりが及び、ぱたりと止まった。

 

 二人同時に、「フーッ」っと肩の力を抜いて、キーを叩く手を止めた。

 ずっとコンソールに座っていたにもかかわらず、シャツの襟元を汗で濡らした男性スタッフが驚きの声をあげた。

「あぶねー!」

 同じように、少し興奮した風に女性スタッフが応じる。

「何、今の?」

 素人が見たところで、スクリーンに表示される数値では読み解くことは難しい。

 仮に彼らの理解を拝借するならば、当該の原子力潜水艦が搭載する核弾頭付の大陸間弾道ミサイルの制御が一時的に乗っ取られていたことを示していた。

「火器管制、押さえられてたよね?」

 女性スタッフの言葉に、男性スタッフは手元のサブモニターでログを確認した上で、黙って頷いた。

 実際の現場、つまり当該の原子力潜水艦では発射管への注水が完了していた。

 男性スタッフは乾いた笑い声をもらす。

「第三次世界大戦がはじまっちまうところだった」

 彼の言葉は軽い。彼らにとって、1クリックでどれほどに人が殺されようとも、それはデータでしかないのだ。

 彼らは電子戦に特化された訓練を受けたスタッフだ。現場に直結しない戦闘要員が増えるにしたがい、彼らのような危機感の薄さはしばしば取り沙汰される。

 だが明確な解決方法は無い。むしろ全てをデータと割り切ることで過度のプレッシャーを受けることなく、自己メンタルケアが施されているから健全ですらある、という意見が出るほどだ。

「解除コードを2回すり抜けてたよね?」

「問題はそれだ」

 言って男性スタッフは表情を引き締める。

「弾道ミサイルの発射シークエンスは、0.5秒ごとに変更される暗号コードで守られている」

 二人とも話しながらであるが、コンソールを操作する手先は忙しない。まるで別系統のようだ。

 女性スタッフは彼の意見に同意する。

「たしかに、事前準備があれば1回は抜けられるかもしれない。でも2回はありえない」

「そうだ。ウチのスパコンが束になっても3日はかかる」

「ええ、それこそ量子コンピュータだとかを持ち出さなきゃね」

 男性スタッフの動きが止まる。そういえば、と。

 陸軍が今まさにトラブっている事案を思い出す。しばし黙考して、慎重に言葉を紡ぐ。

「それも無理だ。今現在、研究されている量子コンピュータのスペックでも、軍の暗号コードをリアルタイム解析するなんて芸当は不可能だ」

 彼は思い返す。元は情報部からのレポートに記載されたものだ。

「だが、聞いたこと無いか? 例のソレスタルビーイングには、イオリア・シュヘンベルグが開発した独自アーキテクチャで構築された量子コンピュータがあるって噂を」

 ソレスタルビーイングの的確すぎる戦況予報をどのように導きだしているのか、その情報処理能力は解明されていない。そもそもガンダムやGNドライブを開発しうる基礎技術がどの水準のものかと推察した結果、量子コンピュータの実用が予測されたのが発端だ。

「例のレポートにあった予測スペックなら……」

 席を立った女性スタッフが、肩を叩く。

「もし今回のクラッキングがソレスタルビーイングの量子コンピュータの仕業だったら、私たちの仕事を誇るべきよ。なんてったって水際で防いだんですからね」

 二人は上司へ報告するために部屋を出る。

 電子データによる報告でも問題ないのだが、ついでに休憩してやろうと示し合わせたのだ。

 部屋を出た廊下には、彼らと同じ任務のために配置された部屋の扉がいくつも連なり、その先には総合指令室がある。

 二人は呆然とする。

 フロア全体が騒然としていた。連なる扉は全て開いていて、司令室からは怒号とも知れない声が地鳴りのように響いていた。

-13ページ-

 太平洋上を飛行中の旅客機。

 眼下の雲から、細長い飛行機雲が垂直に突き抜けていく。

 歓声に沸く客室を離れ、キャビンに入ったCAのチーフがコクピットとの回線を開く。

「近くでロケットの打ち上げがあるなんて、なぜ教えてくれなかったの? お客様に言われて初めて知ったわ」

 事前に聞いていれば、ちょっとしたイベントにして機内を盛り上げられただろうに。

 機長が張り詰めた声で答える。

「そういう問題じゃない。ここは太平洋上、打ち上げ施設はおろか、陸地すらないんだ」

 

 パイロットスーツ姿のヒリング・ケアは、専用機であるモビルスーツ・ガデッサのコクピット内にいる。

 彼女を囲む全方位モニターには、幾筋ものビームが閃き、爆煙が立ち上る。

 サブモニターには、自機の損傷状況がアラート表示されている。脚部の損傷のひどさと、致命傷ではないもののGNドライブへのダメージが見て取れる。

 それらを無視して、GNメガランチャーを正射する。反動で機体が揺らぐ。すでに姿勢制御が充分に機能していない。

 メガランチャーの軌跡は、接近するアヘッド数機を丸呑みにし、さらに眼下を航行する連邦軍巡洋艦のわきをかすめる。

 巡洋艦の周囲に数隻の船影が見える。連邦軍国際治安支援部隊の艦隊だ。船体から黒煙をあげ航行不能の船もあった。

 ヒリング・ケアは視線を自機の高度に戻す。

 彼女の一撃が牽制となり、動きを止めた連邦軍のモビルスーツ部隊に、もう一機のガデッサが斬り込んでいた。

 リヴァイヴ・リヴァイバルの機体だ。

 コンソールに表示される周囲のモビルスーツの動静を、せわしなく目で追いつつ、無線を開く。 

「ねぇねぇ、アタシたち、ちゃんと仕事できたのかなぁ」

 リヴァイヴが取り付いた部隊が駆逐されるまでの間、他の部隊の接近を牽制するのがヒリングの役回りだ。

『我々イノベイドの仕事とは、人類の革新へ導く……いえ、導かれる彼らを手助けする事』

 応答を聞きながら、周囲を警戒する。

 GNメガランチャーのチャージ完了の表示を確認すると同時にトリガーを引く。

 接近するモビルスーツ部隊に着弾するが、先んじて発射されたアヘッドのGNライフルのビームに、リヴァイヴのガデッサが被弾する。

 一瞬、ヒリングの表情がこわばる。

『その意味で、マリナ・イスマイールは良い結果を導き出したのではないでしょうか?』

 が、リヴァイヴの落ち着いた応答があって、頬を緩める。

 新たな警告音が響く。

 上空から新たな飛行物体の接近。その挙動はモビルスーツではなく、自力推進による飛翔体であると分析される。

 サブモニターに飛翔体との相対距離が表示され、みるみるうちに数値が小さくなっていく。

 確認したヒリング・ケアは肩の力を抜いて、彼女独特の軽薄な笑い声をあげた。

 

 このとき、艦隊旗艦であるアドミラル・ラディオンの戦闘艦橋では、リヴァイヴとヒリングの突然の造反行為の理由を理解できないまま、アーバ・リント准将が戦闘指揮を続けていた。

 

 ヒリング・ケアは上空を見上げる。

 その表情は、彼女らしからぬ快活な笑顔だ。

「いかにもイノベイドらしい言い草だよね!」

 上空から接近していたいくつかの飛翔体が爆ぜた。

 明らかに尋常ではないと分かる閃光に、一瞬で視界が翳む。

 それは、紅海上に展開中の、地球連邦軍国際治安支援部隊を消滅させる光であった。

 

 

 

説明
首都圏に迫る、連邦軍によるアザディスタン王国侵攻。
プトレマイオスを離れ、独り地上へ降り立った刹那・F・セイエイが見る光景は。
シリアス路線。5話構成。
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マリナ ガンダムOO ガンダム00 イスマイール アザディスタン 

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