WakeUp,Girls!〜ラフカットジュエル〜10
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 彼女は夢を見ていた。夢の中の彼女は、いつも母親と口論をしていた。彼女が自分の気持ちを打ち明けようとしても母は聞く耳を持とうとしない。やがて口論となり目が覚める。この夢を見ると結果はいつもそうだった。

 この日も同じだった。後味の悪い目覚め。夢であって夢でない。なぜならそれは実際にあった出来事を繰り返し夢で見ているのだから。

 それでも最近はこの夢を見なくなっていた。思い返せば丁度ウェイクアップガールズの活動を始めた頃からか。その頃からこの夢を見なくなっていた。なのに今日また見てしまった。理由は分かっている。

 

 真夢が帰宅した時、リビングに母がいた。2人は滅多に顔を合わせることがなくなっていて、本当に真夢と母とは久しぶりに顔を合わせた。

 彼女は今しか話すチャンスはないとばかりにアイドル活動を再開した理由をキチンと話そうとした。だが母は話をロクに聞こうともせずリビングから去ろうとした。

「待って、お母さん! どうしてまたアイドルをやろうと思ったか、ちゃんと話を聞いて欲しいの!」

 真夢は食い下がったが母はやはり話を聞こうとはせず、アナタの好きにすればいいじゃない、そう言った。

「どうして話を聞いてくれないの?」

 真夢の訴えに母は冷たく言い放った。

「今更話を聞いたところでどうなるのよ。私はもうアナタが何をしようが関わらない手も貸さない。真夢、アナタはそれだけのことをしたのよ?」

 同席していた祖母が見かねて、せめて話だけでも聞いておやりよ、と口を挟んでくれたのだが母は、聞くことなんて何もないわ、と突き放すように言った。まさに取り付く島もない、そんな様子だった。

「そんな言い方しなくてもいいだろう? 真夢ちゃんには真夢ちゃんの考えがあるんだから、母親だったらキチンと話を聞いておやりよ」

「そうやってこのコの思うに任せた結果がコレじゃない。母さんは余計な口出ししないでちょうだい」

 あとはもう話し合いになどならず、祖母に対する母の物言いに真夢が食って掛かり、そして口論して終わった。

 真夢の母親は仙台での活動再開に反対はしなかった。なかなか顔を合わせないがために事務所に提出する書類の保護者欄には、祖母に間接的に頼んでもらって署名と捺印をしてもらった。祖母の話では特段何も言ってはいなかったとのことだった。

 それから何度か顔を合わせ、そのたびに彼女は母親に自分の本心を打ち明けようとしたが、母は今日と同じように話を聞こうとはせず、最後は結局いつも口論となって何一つ進展しないまま終わっていた。それを昨日また繰り返したのだ。そして久しぶりに夢を見た。

(やっぱりお母さんは私を許してくれないんだ)

 真夢にはわかっていた。彼女がI−1にいた時、母はそれこそ総てを投げうつかのように献身的にサポートしてくれていた。自分のことよりも家庭のことよりも娘である真夢のアイドル活動を優先してくれた。そんな母に感謝することはあっても文句など何一つなかった。

 だが彼女がI−1を辞めて総てが変わった。両親は離婚し、親権者となった母と真夢との仲も険悪になった。何を言っても、アナタの好きにすればいい、としか言ってくれなくなった。

 彼女にも罪の意識はあった。自分勝手な行動で母を傷つけ恩を仇で返すようなことになってしまったことも自覚している。でも、だからと言ってずっとこのままで良いわけがない。母が自分を許してくれないとしても、少なくとも自分の気持ちはキチンと伝え理解してもらわなくてはいけない。今のままでは自分も母も不幸なままだ。それではアイドルとしてお客さんを幸せになんてできっこない。

 母親とのことや仲間とのことなど、真夢には解決しなければいけない問題が幾つもあった。だがそれらをどうすればいいのかわからないまま、いたずらに時だけが過ぎていった。 

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 I−1クラブの専用ダンスレッスンスタジオでは、今日もアイドルたちが死に物狂いのレッスンを続けていた。スタッフから拡声器で煽られ、休む間も無く踊り続け、ついていけなくなった者から脱落していく。I−1とはそうした淘汰の末に生き残った者だけがいられる場所だ。苦しいレッスンの最中に彼女たちを支えているものは、誰にも負けない、負けたくないという一心だけだった。

 突然ブザーが鳴り、レッスンのためにかかっていた曲が止まると、入り口の扉が開き白木が室内に入ってきた。それに気づいた少女たちは素早く整列し、白木の話を聞くために背筋を伸ばし姿勢を正した。白木は拡声器を口元に持っていくと、前置きナシで本題に入った。

「仙台シアターこけら落とし公演のメンバーを発表する」

 白木が選んだメンバーは今現在考えられる最高の人選だった。センターの岩崎志保、キャプテンの近藤麻衣、次期センターとの呼び声高い鈴木萌歌、I−1でもトップクラスの歌唱力を誇る鈴木玲奈、イギリス人とのハーフで日本人離れした抜群のスタイルとファッションセンスが人気の小早川ティナ、さらに相沢菜野花や吉川愛といった高い人気を誇る者など、能力と人気の双方から順位の高い者を順番に選んだのではないかと思われるほどのメンバー構成だった。

 今までに行われてきたこけら落とし公演でこれほどまでに主力のメンバーばかりを揃えたことはなく、発表を聞いた誰もが驚くと同時に仙台シアターのオープンに白木が何か特別な想いを抱えていることを察した。

 

「ねえ、どうして今回はこんなメンバーなのかな?」

 吉川愛がキャプテンの近藤麻衣に尋ねた。4人の少女たち、岩崎志保・近藤麻衣・吉川愛・相沢菜野花はレッスンを終え、休憩コーナーのテーブルで一息ついていた。

「さあ? でも確かに今までのこけら落とし公演はキャリアの浅い子たちも結構混じってたけど、今回はガッチガチのガチメンバーって感じだよね。何か特別な意味でもあるのかなぁ? 志保、何か聞いてない?」

 麻衣は隣りに座る岩崎志保に話をふった。だが志保はそれを否定した。

「聞いてるとしたらキャプテンの麻衣の方でしょ? 私が知るわけないじゃない」

 そう言われても、近藤麻衣は何も聞かされてはいなかった。もちろんそれは当然の話で、いくらキャプテンとはいえ運営側がアイドルの一人でもある麻衣に内情をそう簡単に話すわけもない。彼女はあくまでアイドルのキャプテンであって、こと運営に関しては何も権限は無い。

 皆が首を傾げるその中で、一人だけ思い当たるフシのあった相沢菜野花が口を開いた。

「実は私、これが理由じゃないかなって思い当たることがあるんだよねぇ……」

 彼女はそう言ってテーブルの上に自分のスマートフォンを置き、ある動画を再生して見せた。

「何これ?」

 麻衣がそう尋ねた。

「見てればわかりますよ」

 菜野花にそう言われ、少女たちの視線はその動画に釘付けとなった。見ているうちに、やがて彼女たちはある事に気づいた。

「あれ?」

「これって、もしかして……」

「ウソッ!! これ真夢じゃないの?」

 菜野花が再生した動画、それは仙台で行なわれたテレビ局主催のイベントでウェイクアップガールズが行なったライブの模様だった。そこには彼女たちの良く知る顔が歌い踊っていた。それもセンターで堂々と。

「どうして真夢が仙台に? しかもその様子だとまたアイドルをやってるってこと?」

 近藤麻衣は目を丸くして驚いた。彼女は、まさかこんな動画だとは想像もしていなかった。

「そうなんだよね。この動画をアップした人はセンターが真夢だって気づいてないでアップしたみたいだけど、これ、やっぱり真夢だよね?」

 菜野花がそう言うと全員が小さく頷いた。紛れも無くこの動画に映っているのはI−1でセンターを務めていたあの島田真夢だ。岩崎志保が一人険しい表情をしてテーブルの下で両手を強く握り締めていたが、誰もそれには気づかなかった。

「これ、白木さんも知ってるってこと? それで仙台行きのメンバーがこんな編成になったって言うの?」

 麻衣が菜野花にそう尋ねた。

「……じゃ、ないかなって。ただ私がそう思ってるってだけですけど」

 菜野花がそう答えると、今度は愛が彼女に問いかけた。

「どうしてそんな? 真夢が復帰してるからって、それとウチのメンバー構成とどう関係があるの?」

「わかんないけど……白木さんはまだ真夢のことを許してないのかも」

 菜野花が言っていることは本人が言う通り単なる想像でしかなく、何か根拠のあるものではない。彼女たちの頭の中で真夢の復帰と仙台行きメンバーの選考とは今ひとつ結びつかなかった。

「仙台で真夢に今のI−1の本気を見せつけるつもり……とか?」

「ウチを辞めたことを後悔させるために? 白木さんは辞めた人に興味なさそうだけどなぁ」

「地方アイドルに現実の厳しさを教えてやるつもりとか?」

「頼まれてもいないのにそんなボランティアみたいなことしないでしょ。白木さん、もっとドライだと思うけど」

 少女たちはあれこれ話し合ってみたが、出てくるのはどれもこれもやはり想像でしかない。

「それにしても」

 麻衣が腕組みをしながら溜息混じりに呟いた。

「まさか真夢が仙台で復帰してたなんてね。なんかもう……ただビックリって感じ」

 彼女の中での認識は、真夢はもう2度とこの世界には戻ってこないだろう、だった。もちろん当時詳しいことなど何も教えられはしなかったが、辞めた時の真夢の態度や周囲の状況から彼女は勝手にそう考えていた。

「真夢って、仙台の出身だったっけ?」

「仙台はお母さんの実家があるんだよ。今はそこにお母さんとそのご両親と一緒に暮らしてるって前に言ってた」

 菜野花の疑問に愛がそう答えた。吉川愛は真夢がI−1に在籍していた当時から彼女と非常に仲が良く、メンバーの中で唯一今でも真夢と連絡を取り合っている。

「ウチを辞めた後で仙台に引っ越したのね。色々あってこっちじゃ暮らしづらくなっちゃったのかなぁ」

 麻衣は当時のことを思い出していた。志保・麻衣・愛は真夢と同じ一期生であり菜野花は二期生。当然4人ともあの事件を経験している。

 I−1クラブとして初めての大きなスキャンダルだったあの事件。辞めた真夢はもちろんだが、残された者たちにも大きな傷跡を残したあの事件。I−1という組織自体にも変革を強いたあの事件は、彼女たちにとっても決して忘れることはできない出来事だった。

「それにしても、もう一度この世界に戻ってくるとはやっぱり思わなかったなぁ。何かやり残したっていう想いでもあったのかしら? それとも誰かが説得して復帰させたのかなぁ?」

 麻衣がそう言うと、今まで黙って話を聞いているだけだった志保が突然口を開いた。

「なんでいまさらまた戻ってくるわけ? 一度はアイドル辞めたくせに……しかも、わざわざこんな地方でやり始めるなんて、いったいどういうつもりなのよ!?」

 志保は吐き捨てるようにそう言った。気に入らないという気持ちが丸わかりのそんな口調に、麻衣と菜野花は驚いたが、吉川愛だけは志保に反発した。

「そんなの決まってるじゃない。好きだからだよ。真夢はアイドルが好きだから、だからもう一度戻ってきたんだよ。当たり前じゃない」

 当時のI−1メンバーで真夢と今でも連絡を取り合っている愛だが、その愛にすら真夢はアイドルに復帰したことを伝えてはいなかった。

 愛は真夢が復帰のことを教えてくれなかったことにほんの少しだけガッカリした気持ちになったが、すぐにそれは喜びにと変わっていた。彼女は真夢がアイドルとして戻ってくることを願っていた。あの時から今までずっと願っていた。それがようやく叶ったのだから嬉しくないわけがなかった。

 もちろん本当はI−1でもう一度一緒にできれば一番いいが、それでも真夢がこの世界に戻ってきたことは、話してもらえなかったガッカリ感を遥かに上回り勝る喜ばしいことだった。

 だがそんな愛の想いに対して、志保はまるで冷や水を浴びせるかのようなセリフを吐いた。

「でも、来月私たちは潰しに行くんだよ? I−1として仙台に行くの。愛もそのメンバーに選ばれてることを忘れないでよね」

「潰しに行くだなんて、そんな……そんな言い方しなくても」

「どんな言い方したって同じでしょ。あのコが仙台でアイドルやっている以上、私たちはあのコに勝たなきゃならないの。I−1クラブが地方のアイドルユニットに負けるなんて有り得ないでしょ? まして真夢がセンターをやってるなら、なおさら負けるわけにいかないじゃない!」

「勝つとか負けるとか、そんな真夢を目の敵にしてるみたいに言わなくてもいいじゃない。しほっち、真夢のことを悪く思いすぎ!」

「愛の方こそ真夢と仲が良いからって甘すぎるんじゃないの? 私たちは敵同士なんだよ?」

「敵じゃないよ! 真夢は敵なんかじゃないもん!」

「だから、それが甘いって言ってるのよ! この世界は誰が相手でも勝つか負けるかでしょ!」

 にらみ合う志保と愛。それを横目にワクワク顔の菜野花。険悪で混沌としたこの状況にピリオドを打ったのはキャプテンの近藤麻衣だった。

「はーい、はーい、ストップ! ケンカはそこまでねー。私たちが仲間割れしてどうすんのよ。2人ともちょっと落ち着きなさい」

 麻衣が仲裁に入ると志保は大きな音を立てて立ち上がり、横目で愛を睨みつけながらその場から立ち去った。菜野花はその後ろ姿を見ながら心なしかガッカリした様子だった。

 愛は表情を曇らせながら麻衣に尋ねた。

「しほっち、真夢のことキライになっちゃったのかなぁ? 同じ一期生の仲間だったのに……」

 その答えは麻衣にもわからなかった。真夢も志保も愛も麻衣も、一期生としてI−1の立ち上げ当初から苦楽を共にしてきた仲だ。少なくとも当時は互いに仲が悪いなどということはなかったはずだった。

 だが今の志保の態度は明らかにあの頃とは違っていた。潰す発言や敵発言が本心からのものなのかわからないが、少なくとも志保が真夢に対して悪意ないしは敵意を持っているのは明らかだった。

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 レッスンを終えての帰り道、麻衣は志保に声をかけて2人で帰ることにした。昼間の休憩コーナーでの麻衣の態度が少し気にかかったからだ。なかなか2人でゆっくり話す時間はないし、良い機会だとも思った。

「ねえ志保、アンタ、もしかしてまだ真夢のこと怒ってるの?」

 ストレートにそう尋ねた麻衣に対し、志保は無表情だった。

「なんでそんなこと聞くの?」

「だって、昼間の志保は普通じゃなかったもの。真夢に対して何か言いたいことがあるのかなって思って」

 麻衣は昼間の休憩コーナーでの出来事のことに違和感を感じていたことを正直に告げた。その問いかけに対して志保は、あの時と同様の強い口調で答えた。

「言いたいことがあるかって、そんなの当たり前でしょ! あんな辞め方してみんなに迷惑かけて、そう簡単に許せるわけないじゃない!」

 その答えは麻衣が予想していた通りのものだった。それは麻衣も当時は同じ心境だった。だが実は彼女は今では少し違う心境になっていた。彼女は素直にそのことを志保に話した。 

「そっかぁ……でもさ、アタシは実は、もう別に怒ってないんだよねぇ……むしろ今は真夢に申し訳なかったかなぁって思ってるんだ」

「えっ?」

 意外なことを言い出した麻衣に対して、志保は怪訝そうな表情を浮かべた。

「どういうこと?」

「だってさ、あの時アタシたちは誰も真夢の味方になってあげなかったじゃない?」

「それはだって、あのコがあんな事件を起こしたから……仕方ないでしょ? それがI−1の決まりなんだから」

 結成当時はさほど厳しい規律はなかったI−1だが、創始者の白木徹は男性スキャンダルに対しては最初から断固たる処置を採っていた。それでクビになった者も実際にいる。

 白木の持論は『アイドルの恋愛対象はファンのみ』だった。それはアイドルとしての根幹に関わることであり、白木としては絶対に譲れない一線だった。

 年頃の女の子に自由恋愛を許さないというのは一見酷なようだが、アイドルとして歩む決意をした以上は越えてはいけない一線だ。少なくとも白木はアイドルとはそういう存在なのだ考えている。

 だから白木は他のことはともかく、こと男性スキャンダルに関しては一貫して厳罰をもって対処していた。それがたとえ一緒にプリクラを撮ったという程度のレベルであっても、それが過去の話ではなく現在進行形な話だと判明した時点で、白木は容赦なく当人たちにクビを宣告してきた。

 アイドルにとって男性スキャンダルが致命傷になると認識しているが故に将来の禍根は容赦なく摘み取ってきた。志保が仕方ないと言う所以だ。

 だが麻衣は、その決まり自体に疑問を呈すようなことを言い出した。志保は彼女の真意を量りかねたが、そんな志保にかまわず麻衣は話を続けた。

「でもね、アタシ今になって思うんだ。あのコ、本当にあんなことしたのかなって。あの頃は規律が絶対だって思ってたし、それは今でもそうなんだけど、でもあの時の真夢は違ったんじゃないかなって気がするの。本当にあったことじゃないなら、真夢が辞める必要もなかったってことでしょ?」

「あの事件はウソで作り話だったって言うの?」

 志保にそう問われ、麻衣は小さく首を左右に振った。

「わかんない。本当のことは今だって誰も教えてくれないし。それにあの時は白木さんの言うことが絶対に正しいって信じ込んでたし、白木さんに睨まれてメンバーから外されるのも怖かったから何も言えなかったし……でも、もし今だったら私は真夢の味方をしてあげられたかもって思うの。アタシはあのコより5才も年上なのに、どうしてあの時信じてあげられなかったんだろう、もっと真夢の話を聞いてあげなかったんだろうって、いまさらなんだけど後悔してるんだ」

「それは今はメンバーから外されないって自信があるからでしょ?」

「それもあるかもしれないけど、でもそれ抜きにしても、今だったらあのコの話ぐらいキチンと聞いてあげられると思うんだよね。それだけあの頃はアタシも余裕がなかったってことなんだけど」

 志保は真夢より2才年上であり、麻衣は5才年上になる。だが2人とも当時は真夢の味方をしなかった。初めはそれほど厳しい規則などなかったI−1だったが、白木は途中から規律を厳しくし始め、彼女たちにプロ意識のなんたるかを徹底的に叩き込み始めた。やがてI−1は大ブレイクの時を迎えた。

 それだけが理由ではないとはいえ、どの世界でも結果を出した者の発言力が強まっていくのは物の道理だ。誰もが白木の正しさを認識しないわけにはいかない状況にどんどんなっていった。

 そうなってくると彼女たちには、白木から不興を買うと公演のメンバーから外されるという恐怖が生まれ始める。そうして、いつしか白木の言うことは絶対というような雰囲気が出来上がっていった。つまり彼女たちは真夢の味方をしなかったのではなく、その当時は白木が怖くて逆らうことが出来なかったという面もあるのだ。

 だが今と違って自分の力にまだまだ自信を持ちきっていなかった彼女たちを、白木に逆らえなかったからと責めるのも酷な話だ。当時の彼女たちにしてみれば、主力メンバーから外されることは他の何よりも怖い。しかし自分たちのそんな態度を、当の真夢自身はどう思っただろうか。今になってそれが引っかかっている麻衣だった。

 実のところ、志保も麻衣と同じようなことを考えていた。あの時は正しいと思ってとった行動だったが、今になって改めて考えてみると間違っていたのかもしれないと、そう思わないでもなかった。ただ、彼女の真夢に対する本当の本音は別にあった。

「仮にそうだったとしても、いまさらもうどうしようもないじゃない。真夢はI−1を辞めて仙台で復帰して、私たちはその仙台に潰しに乗り込んでいかなきゃならないのよ? それはもう変えようがないじゃない」

 志歩はあくまで自分の意見を貫こうとした。麻衣は、どうしてこれほどまでに志保が真夢を敵視しているのか、どうしても理解できなかった。

「潰すって言っても、別に直接対決するわけじゃないでしょ?」

 麻衣のそんな一言も、志歩は一刀両断に切り捨てた。

「甘いよ、麻衣。潰すつもりで行かなきゃこっちがやられるの。真夢はそういうコよ。今は地方の小さな存在かもしれないけど、あのコがいる限り放っておけば絶対私たちの前に立ちふさがる存在になるわよ」

 そのセリフを聞いて、麻衣はあることを確信した。薄々気づいてはいたが、今この会話でそれがはっきりした。麻衣は単刀直入に尋ねてみた。

「ねえ志保、アンタもしかして、真夢にコンプレックス持ってたりしない?」

 痛いところを突かれた志保は内心ドキリとした。確かに麻衣の言う通り、彼女は島田真夢に対して強いコンプレックスを抱いていた。だがそれを悟られないよう彼女は平静を装った。

「なによそれ。コンプレックスなんて別に持ってないわよ」

 志保は精一杯の虚勢を張ってそう取り繕ったが、それはすでに麻衣には見透かされていた。

「ねえ志保、アンタにセンターとしての責任とプレッシャーがあるように、アタシにもI−1のキャプテンとしての責任があるの。溜め込んでいることがあるなら話してくれないかな?」

「話したって……話したって麻衣にはわかんないわよ」

 志保は突き放すようにそう言った。麻衣は引き下がらず食い下がった。

「そうかもしれないけど、でも私は誰が何をどう考えているかってことを理解しようとする努力を止めるわけにいかないの。そうでなきゃ何百人というメンバーをまとめていけるわけないじゃない。真夢の時と同じ後悔は、もうしたくないのよ。だから話してくれないかな? どうしてそんなに真夢を意識するの?」

 お互いにそれぞれが背負うべき責任というものがある。麻衣はそれを訴えた。そう言われ志保はしばらく考え込むような仕草を見せたが、やがて観念したかのように語り始めた。キャプテンからそこまで言われたのでは、素直に白状しないわけにいかなかった。

「……アタシだって、真夢があんなことを本当にしたとは思ってないわよ。そりゃあ確かにあの時は信じたけど、その点は麻衣と同じ。だから別にそのことで怒ってるわけじゃないの。って言うか別に怒ってるわけじゃないし」

 怒っているわけではないと言う志保の言葉に麻衣は首を傾げた。彼女には、とてもそうは思えなかった。

「怒ってるんじゃないなら、どうして愛にあんな言い方したの? さっきの志保はホントに普通じゃなかったよ?」

 麻衣は休憩コーナーでの会話を蒸し返してそう言った。愛が今でも真夢と連絡を取り合っていることは志保だって知っている。にもかかわらず彼女は愛に対して、真夢は潰すべき敵だと公言した。2人の仲が良いことを知っていながら彼女がそんなイヤミを言うとは麻衣には到底思えなかったが、その答えはすぐに出た。

「アタシはね、真夢からセンターの座を実力で奪いたかったの。あのコがセンターに固定されるようになって、リトルチャレンジャーが大ヒットして……その頃からずっとそう思ってた。あの頃は全然かなわなかったけど、いつか絶対真夢に代わってアタシがセンターになるって、そう思って必死にやってたのよ」

 それは当時のメンバーなら誰もが気づいていた。真夢がもしいなかったら間違いなく志保が最初からセンターを務めていたはずだと、当時のメンバーは密かにそう話していた。

 志歩の実力は本人が思っているほど真夢に劣っているわけではない。だが本人はそうは思っていなかったのだと麻衣は初めて知った。

「志保がそう思ってたのは知ってたけど、でもそれだったらもう達成したじゃない。アナタはもう押しも押されもしないI−1のセンターでしょ?」

 お世辞に聞こえるかな? とも思ったが、それは麻衣の本心だった。今のI−1でセンターを任せられるのは岩崎志保以外にいない。将来の候補はいても、現時点で志保以上にセンターにふさわしい実力者はいないのだ。

 運営側も誰かと志保を競わせるようなことは今のところしていない。もし今すぐ取って代わる候補がいるのであれば白木は必ず競わせるだろう。それがないということは、それはつまり志保以外の人間をセンターにする考えは今の時点ではないということだ。

 だがそれも本人はそう考えてはいないようだった。

「でも、それは実力じゃないもの。真夢とアタシがそれぞれセンターを務めて別々にCDをリリースしたことがあったの覚えてる?」

 それは真夢がI−1で最後にCDをリリースした時の話だ。あの時真夢と志保は、それぞれ別のメンバーで派生ユニットを組んで同じ日にCDをリリースした。

 あの当時やはり真夢の人気は一番で、CDの売り上げも当然彼女のユニットの方が上になるだろうと誰もが予想していた。曲自体の評価も真夢たちの方が高かったし、その時点の岩崎志保の評価はやはり島田真夢には到底及ばないものだったからだ。麻衣はその時志保のユニットに参加していたが、彼女も売り上げではかなわないだろうなと当時思っていた。

 しかしリリース直前に予想外の出来事が起きた。それがあのスキャンダルだ。

 真夢のユニットのCDは予約のキャンセルが続出して大きく伸び悩み、結果として志保のユニットのCD売り上げに遠く及ばない数字しか残せなかった。そしてその1ヶ月ほど後、真夢はI−1クラブを辞めた。

「もちろん覚えてるわよ。あの時アタシは志保とユニットを組んでたもの。忘れるわけないじゃない」

 あの時麻衣は、幾つかの噂を耳にしていた。白木は2人のうち売り上げ上位だった方をセンターにするつもりだ、とか、真夢のスキャンダルは志保をセンターにするための白木の策略だ、とか、その類だ。

 だが所詮は噂であって、真相は結局ハッキリしなかった。もちろんそんなことを白木に聞けるわけもない。だからモヤモヤした感情は残ったものの、それも一つの結果として受け止める以外になかった。

 そしていつしか記憶は風化していく。国民的なアイドルグループとなったことで超の字が付くほど多忙となった彼女は、あの頃のことを思い出すことは少なくなっていた。

 黙って話を聞く麻衣。志保はそんな彼女に淡々と話を続けた。

「あの時アタシはようやく自分の力に自信がついてきた頃で、これはチャンスだって思ったわ。これで真夢よりもCDが売れれば良いきっかけになるかもしれないって思った。でもリリース直前にあのスキャンダルが起きたでしょう?」

「そういえば、そうだったわね」

 真夢のスキャンダルが取りざたされたのは、CDが同時リリースされる僅か1週間ほど前のことだった。 

「結果だけ見ればアタシの圧勝だったけど、そんなのあのスキャンダルのせいに決まってるじゃない。あれで真夢の方が影響を受けて売れなかっただけよ。だから次のチャンスこそハッキリした形でって思ってたのに……」

「……それなのに真夢は辞めちゃったから、それが納得いかないの?」

「そうよ。結局アタシは、あのコより自分が優れているところを一度も示せなかった。今センターを務めているのだって単なるタナボタじゃない。実力で掴み取ったわけじゃないのよ」

「そんなこと、誰も思ってないよ」

「思ってるよ。少なくとも白木さんは思ってる。だから社長室にいまだに昔のポスターを貼ってるのよ。真夢がセンターだった頃のポスターをね」

 麻衣は社長室に貼ってあるポスターのことを思い出した。確かにポスターは貼ってあるが、それは単なる記念でしかないと彼女はずっと思っていた。

「あれはそういう意味じゃないよ、きっと。ただ記念として貼ってあるだけだよ。だってI−1の最初のミリオンセラーだもん。記念にずっと貼っててもおかしくないじゃない」

 麻衣は本当にそう思っていた。それ以外に意味があるなどと彼女は考えたこともなかった。

「そうかもしれない。でもね、それよりも何よりもアタシ自身が納得してないの。アタシ自身がタナボタで譲られたセンターだって思ってるのよ」

「志保……」

「でも、もう同じユニットで競うことはできないじゃない。だからアタシはウェイクアップガールズに勝ちたいの。真夢がセンターを務めるユニットに勝って、間接的にでもいいから今度こそアタシが真夢に劣っていないって証明したいのよ。現センターの私が元センターの真夢に勝てないままじゃ、I−1クラブだっていつまで経っても昔を越えられないじゃない。アタシは、昔のI−1の方が良かったなんてセリフは死んでも聞きたくないの」

 志保の本心を今まで知らずにいたのだとハッキリ思い知らされた近藤麻衣は言葉を失った。お互いに何となく触れづらい話題だったためにあれ以来あの事件のことを改まって2人で話したことはなかったが、志保が昔から真夢に対して抱いていた想いを純粋な対抗心だと思っていたから、こんな屈折した想い、やり場の無い怒りに気づいてやることができず一人で抱え込ませてしまった。

 志保は元I−1センター島田真夢の幻、悪い言い方をすれば亡霊とずっと一人で戦っていたのだ。おそらく志歩は誰よりも真夢の実力を高く評価している。だからこそその大きく高い壁を乗り越えようと今まで必死に努力し続けてきたのだろう。それが彼女のプライドだから。

 だがもう真夢はいない。実態の無いものと戦って勝てるわけがないのに、それでも彼女は戦い続けてきた。自分自身の成長のためだけでなくI−1の成長をも考えた上でたった一人戦い続けてきたのだ。

(これがセンターの責任感ってものなのかしら)

 麻衣は自分の不明を申し訳なく思った。もっと早く気づけていたら志保の苦悩を和らげてあげることもできただろうと思うと、申し訳ないとしか言いようがなかった。これではキャプテンとして失格だと思った。

「志保……アンタ、ずっとそんな風に考えてたの?」

「そうよ。悪い?」

 志保は麻衣に睨みつけるような視線を向けながら、突き放すようにそう言った。だがその後で麻衣が、ゴメン、と頭を下げたことで彼女の表情は怒りから戸惑いへと変化した。

「ゴメンね、志保。アタシはアンタを一人で真夢と戦わせちゃってたんだね。全然気がつかなかったの。ホントにゴメンね」

 先ほどまでとは打って変わり、志保の表情は戸惑いと焦りですっかり慌ててしまっていた。彼女としては麻衣が自分に謝るなどと想像はしていなかったし、そもそも謝られる覚えもなかった。

「ちょっと麻衣、止めてよ。なんで麻衣がアタシに謝るのよ。意味わかんないわよ」

「意味わかんなくてもいいよ。アタシが謝りたいから謝っただけ。それだけだから」

「なに言ってるのよ。ヘンな麻衣」

「なんでもいいよ、もう。と・に・か・く! アタシもみんなも頑張るから、アンタ一人でじゃなくてみんなでウェイクアップガールズをぶっ倒しちゃおうよ。昔の仲間でも今は敵だもんね。やるよ、やっちゃうよ、志保!!」

「なんなのよ、もうー」

 麻衣の変化に対応出来ない志保は目を白黒させて戸惑うばかりだったが、そんな彼女を見て麻衣はニコニコ笑うだけだった。ただ、笑いながらも麻衣は自分の力不足を痛感していた。自分がもっとしっかりしてメンバーをまとめないとI−1は今より成長しないし、真夢や志保のような想いを抱える人間を作り出すばかりだ。彼女は大人数グループのキャプテンである自分の責任の重さを改めて痛感した。

説明
TV編の第5回。シリーズ第10話です。今回はI−1の方がメインなので本編に対応する話はありません。しいて言うなら4話〜5話あたりですが、ほぼオリジナル描写です。あくまで僕の主観からくる描写ですので、気に入らない面・納得いかない部分もあるかと思いますがご容赦ください。
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