WakeUp,Girls!〜ラフカットジュエル〜11
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 順調に仕事を増やし続けるウェイクアップガールズは地元での知名度を着々と高めて、ようやく待望のセカンドシングルも出来上がった。

 『16歳のアガペー』とタイトルを付けられたこの曲はデビュー曲の『タチアガレ!』と同じく人気女性デュオのトゥインクルが作詞作曲を行い、『タチアガレ!』とは大きく趣が異なる、少女の可愛らしい恋心を描写した曲となっていた。

「さっすがトゥインクルね。良い曲書くし、早いし、安いし、言うことなしよね!」

 浮かれまくる社長を見ながら松田は(安いのは社長が値切り倒してるからだろ)と内心でツッコミをいれ、トゥインクルの2人に同情した。

「いいですね、この曲。タチアガレ! とはまた違ったノリで」

「社長じゃないけど、さすがトゥインクルって感じだよね」

「歌詞もなんか可愛いよね」

 口々に少女たちが曲を褒めるのでまるで自分が褒められている気にでもなったのか、社長は上機嫌だった。

「でしょ、でしょ? やっぱりトゥインクルに頼んで正解だったわよね」

 気を良くした社長は、さらにぶち上げた。

「良い流れは確実に来てるし、鉄は熱いうちに打てって格言もあるしね。2曲目も決まったところでドカーンとデカイ花火を打ち上げようと思って、5月25日にMACANAでライブをすることに決めましたー」

 MACANAでライブ? と松田は思った。何か既視感がするのは気のせいだろうか。いやそうじゃない。社長は去年の年末そう言って会社の金を持ち逃げして行方をくらませたのだ。

「なんか年末の悪夢が蘇ってきた……やべー、俺ライブがトラウマになってるかも。うわ! 鳥肌まで立ってるし!」

 そう嘆きながら頭を抱える松田を見て佳乃が頷いた。

「松田さんの気持ち、よーくわかりますよぉ」

「ホント、またそう言って私たちを騙すつもりじゃないですよね?」

 続いて菜々美がそう社長にいった。彼女は別に社長を許したわけではない。責めたところでお金が帰ってくるわけでもないから仕方ないと諦めただけだ。当然社長への不信感が完全に消えたわけではない。

「騙すだなんて、そんな……」

 藍里がそう社長をフォローしようとしたが、その彼女とて社長を全面的に信頼しているかと言えば疑問符が付く。あの出来事で少女たちに植えつけられた社長への不信感は、表立っていないだけで根強く残っている。

「細かいことをゴチャゴチャ言わないの。もう5月25日で会場押さえちゃったんだから」

「もう押さえちゃったんですか!? 早すぎでしょ社長」

「いいじゃない。だって5月25日だけ上手い具合にポッカリ空いてたんだもの」

 社長の話を聞いて岡本未夕は、5月25日に何かあったような気がした。何があったんだっけ? そう思った未夕は自分のスマートフォンで検索を始め、やがて大きな声でえぇぇぇぇ! と叫んだ。

「ど、どうしたの、みゅー?」

 驚いた佳乃がそう尋ねると、未夕は驚くべき事実を告げた。

「5月25日って、その日はI−1仙台シアターのこけら落としの日じゃないですか!」

 今度は他の皆が驚く番だった。鳴り物入りで仙台に進出してくるI−1クラブ。その拠点が新たにオープンするI−1仙台シアターだ。

 進出が発表されてから街頭でもテレビでもラジオでも新聞でも雑誌でも大々的に取り上げられ宣伝されている。それこそファンの間ではオープンまでのカウントダウンイベントまでがなされており、その注目度たるやハンパなものではない。

「だからその日だけ空いてたんじゃ……」

「お客さん、ゴッソリ持ってかれるのわかりきってるから?」

「多分ね。I−1シアターのオープン初日だし、あのメンバーだし、初日は色んな場所でライブビューイングをやるらしいし、テレビでも生中継するらしいし、そりゃ他のイベントなんて……ねぇ」

 よりによってなんでそんな日に……そんな日に同じアイドルという土俵でライブをしたって向こうにファンを根こそぎ持っていかれるのは目に見えている。だが暗くなる少女たちを前に丹下だけが平然とした顔をしていた。

 

「じゃあ明日から新曲の練習するから、みんな頑張ろうね」

 藍里の自宅の前での別れ際、佳乃は皆にそう言った。夏夜と菜々美と未夕は今日は佳乃と一緒にこのまま帰ると言い、実波と真夢だけがそのまま藍里の部屋に寄っていくと言って皆と別れた。

 仙台駅の周辺は、まさにI−1一色と言ってもいいほどにI−1仙台シアターオープンの宣伝で溢れかえっていた。とにかく右を見ても左を見ても、目に入るモノはI−1関連のモノばかりだった。通りすがりの人達も口々にI−1のことを話題にする。いかにI−1クラブの人気が絶大なものであるか、佳乃たちは驚くやら呆れるやら思い知らされるやらの心境だった。

「どこもかしこもI−1、I−1かぁ」

「すっごい宣伝量ですよねぇ。一日中ずっと繰り返し宣伝してるんですからビックリですよ」

 夏夜と未夕が感嘆とも嘆きともつかない口調で、キョロキョロと周りを見回しながら口々にその宣伝の凄さを口にした。

 4人は駅前のペデストリアンデッキから、正面にあるビル壁面のオーロラビジョンに目を向けた。そこに映っていたのはI−1の新曲PVであったり、仙台シアターに関する諸々の宣伝だったりだ。

「こんなの、お金にモノを言わせてるだけじゃない」

 オーロラビジョンを見ながら佳乃がそう吐き捨てると未夕が、でもそれができるってところが凄いんですよ、と言った。4人はそのまま黙ってしばらくオーロラビジョンを見つめていた。

「やっぱり凄いね。I−1クラブは」

 やがて菜々美がそう言って口を開いた。皆ただ頷くしかなかった。

「歌も振りもキッチリ揃ってるし。いったいどれくらい練習すればあそこまでなれるんだろうね」

 夏夜は溜息混じりだった。自分とはレベルが違い過ぎて比べ物にもならない、そう彼女は思っていた。

「……まゆしぃは、ここにいたんだよね……」

 未夕がポツリとそう呟いた。彼女は何の気なしに、自分たちの仲間の一人がこの巨大グループのトップに立っていたのだという事実を、今更ながら実感したということを伝えたくてそう言ったのだが、佳乃にはそう受け取ることができなかった。彼女の脳裏にあのディレクターから言われた言葉がプレイバックした。

 

 島田真夢ありきのユニット

 

 この言葉に佳乃が内心で過敏とも思える反応をしていることに、他の3人は気づいていなかった。

「負けたくない……」

 佳乃は手すりを握り締めながら、小さな声でそう言った。隣りでそれを聞いた菜々美は驚いた。彼女はそのセリフをI−1に対してのモノだと思ったのだ。

「I−1に? それはいきなりは無理じゃない? 私たちは私たちなりのやり方でやるしかないって思うけど」

「そうですよ。まずはライブにどれだけ集客できるか考えましょうよ」

 未夕が菜々美に賛同した。

「うん。そうだね。今度は友達とかに声かけてみようかなぁ」

 夏夜はそう言って考え込んだ。当初の予定だった昨年末のデビューライブには友達にも来てもらうつもりだった。それは別にノルマ的なものではなく純粋に見てもらいたかったからだ。だがそれは直前でなくなってしまい、実際のデビューライブが決まったのはライブの前日で友達に声をかけるヒマなどなかった。だから今回は友達にも見てもらおうかと思ったのだ。だが未夕はその考えを否定した。

「ダメですよ、そういう小劇場のノルマ的なノリは」

「どういうこと?」

「ちゃんと地道にファンを増やしていかないと……ってことですよ。毎回毎回友達を呼んだってファンは増えないじゃないですか」

「そりゃまぁ、そうなんだけどさ」

 2人の会話を聞きながら、佳乃は一人ジッとオーロラビジョンを見つめ続けていた。彼女は、みんなあんな風に言われて悔しくないのかな? と内心思っていた。自分は違う、自分はあんな風に言われるのも見下されるのもイヤだ、そう思っていた。負けたくない。それはI−1にだけじゃない。真夢にもだ。

 佳乃はウェイクアップガールズに加入する前、自身のレベルアップと全国区進出を目指して、日本ガールズコレクションというモデルにとっての超ビッグイベントのオーディションを受け、最終選考で落ちて悔し涙にくれた苦い経験がある。その悔しさが未だに彼女の心の中に強く深い傷を残していた。もともと負けず嫌いではあったが、あれ以降もう誰にも負けたくないという想いは一層強くなっていた。

 もちろん他のメンバーが悔しいと思っていなかったわけではない。ただその思いの強さに差があるだけだ。悔しさを表に出していないだけということもある。

 だがそれを察する心の余裕が今の彼女にはなく、人は人だからと割り切れるほど大人でもない。佳乃の心の中に少しづつ色々なことに対するわだかまりが積み重なっていった。

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 翌日から早速新曲のレッスンが始まった。少女たちは懸命に取り組み、少しずつ一歩ずつ息を合わせていった。その中で真夢はやはり誰よりも飲み込みが早く、上達も早かった。

 休憩の声がトレーナーからかかると、佳乃は藍里に近寄り声をかけた。

「あいちゃん、いつも遅れてるよ」

「え? ゴメン、どこ?」

 藍里にそう尋ねられ、佳乃は実際に藍里がいつも遅れている部分の振り付けを目の前で実演して見せた。

「ここのところ。ちょっとやってみて」

「こ、こうかな?」

 藍里は実際にやってみたが佳乃は納得いかず、もう一度やってみてと言って再度実演させた。そして問題点に気づいた。

「あぁ、そこだ。そこが違ってるんだよ。そこはこう、でしょ」

「え? こ、こう?」

「うーん、ちょっと違うんだよねぇ……こう、だよ」

「こうかな?」

 佳乃に指摘され教わる藍里だが、なかなか要領が飲み込めずイマイチ上手くできなかった。後ろで見ていた真夢が、こうじゃないかな? といって藍里にやって見せた。

「こ、こう?」

 藍里は真夢の方を向いて振り付けをやって見せた。真夢は懸命に踊ってみせる藍里のその後ろで、背を向けて歩いて行く佳乃の姿に気づいた。

「よっぴー、これでどうかな?」

 藍里がそう言って振り向いた時、そこにはもう佳乃の姿はなかった。

「あれ? よっぴー、どこ行っちゃったの?」

 藍里は戸惑いながら真夢にそう尋ねたが、真夢は首を横に振って苦笑いをしただけで答えなかった。

(余計なことしちゃったかな)

 真夢は少し後悔したが、だからといってそれほど深く気に留めもしなかった。I−1の選抜メンバー同士はお互いに厳しくチェックし合うのが普通だった。そんな経験をしてきた彼女からすれば、ただ単に当たり前のことをしたに過ぎない。

 真夢には良くも悪くも未だにI−1時代の影響が色濃く残っていた。だがそれは身体に染み付いてしまっているだけで、本人も決して意識しているわけではない。

 彼女はまだ、佳乃が自分に対して抱いている感情に気づいていなかった。自分の無意識の言動が佳乃に大きな影響を与えていることに気づいていなかった。

 

「新曲もだいぶ形になってきたし、今日はライブでやる曲を決めたいって思うんだけど、誰か意見ある?」

 その日、ウェイクアップガールズのメンバーは、ライブについての相談をするために全員事務所に集まっていた。

「まあ言うまでもなく『タチアガレ!』と『16歳のアガペー』は決定よね。でもみんなもわかってるだろうけど、これだけじゃ全然足りないんだよね。そこで他に何をやるかってことなんだけど……やっぱりヒット曲のカバーがいいのかなぁ?」

 佳乃の前置きを聞くやいなや、ハイ、ハーイと未夕が手を挙げた。

「やっぱりアニソンとかいいんじゃないですか? お客さんも喜ぶと思うし」

 個人的な嗜好丸出しのこの意見に対して即座に菜々美が異を唱えた。

「アニソンって他のユニットも結構歌ってるし、ありきたりじゃない? もっと意表をつきたいよね……例えば光塚とか」

 菜々美の意見もまた個人的な嗜好丸出しだったので未夕は、それって喜ぶ人いますか? と不満を露わにした。

「私は石巻船頭唄とか石巻茶摘唄とかがいいなぁ」

 民謡大好き片山実波が2人の間に割って入ったが、それはアイドルと民謡は結びつかないからと全員からやんわりと否定された。実波はシュンとしながら、民謡クラブの人たち喜ぶとおもうんだけどなぁ、と呟いたが夏夜に、お客さん民謡クラブの人たちだけじゃないから、と諭された。

 未夕はアニソンを推し、菜々美は光塚を推し、お互いに譲らない。そのうち実波がやっぱり民謡が良いと言いだして事態は収拾がつかなくなってきた。

 アニソンだ! 光塚だ! 民謡だ! と互いに一歩も譲らない3人を見ながら、他の4人のメンバーはどうしたものかと考え込んでしまった。だが次の瞬間、佳乃がうっかり言ってしまった一言で部屋の空気が凍りついた。

「ヒット曲ってことなら、I−1の曲とかどうかな?」

 言ってしまってから佳乃は、しまった、と思った。深く考えず、思ったことをそのまま口にしてしまった。I−1の話は真夢の前ではタブーだとわかっているのに……

 佳乃は思わず真夢にゴメンと謝ったが、真夢は別に謝らなくてもいいよと微笑みながら受け流し、そして自分なりの考えをみんなに話し始めた。

「でもI−1が仙台に来る今、私たちがI−1の曲を歌って向こうの真似をする必要はないと思うの。私たちは私たちらしさを出してやっていけばいいと思うんだけど。そうしないと私たちの存在意義がないんじゃないかな」

 また自分を否定されたような気になった佳乃は口をつぐんだ。夏夜は納得して、真夢の言う通りだね、と言った。藍里も基本真夢の味方なので賛成した。

 だが同時に新たな問題も浮上した。自分たちらしさ、ウェイクアップガールズらしさとは何なのか? という問題だ。言葉にすると簡単だが、実際に自分たちらしさとは何かを考え始めると簡単に答えが出る問題ではない。

「じゃあやっぱりアニソンで」

「光塚でしょ」

「絶対民謡!」

 結局話は振り出しに戻ってしまった。再び選曲で口論を始めた未夕・菜々美・実波の3人。夏夜と佳乃、真夢と藍里は互いに顔を見合わせて苦笑いをするしかなかった。

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 ある日のダンスレッスン中、トゥインクルの2人が陣中見舞いと称して突然姿を見せた。良い機会だと思った佳乃は、自分たちのダンスを見て批評をして欲しいと願い出た。快く応じたトゥインクルのアンナとカリーナの前で7人の少女たちはダンスを始めた。

「ワン、ツー、スリーフォー、ワン、ツースリーフォー……」

 佳乃のコールに合わせて少女たちは懸命に踊る。途中で藍里と菜々美がぶつかりそうになり、藍里はゴメンと謝った。アンナもカリーナも途中で口は挟まず、真剣な表情で彼女たちのダンスを見つめ続けた。

 最後まで踊り終えると、佳乃は肩で息をしながらトゥインクルの2人に意見を求めた。

「どこか悪いところがあったら、言っていただけると助かります」

 菜々美がいつにも増して真剣な表情でそう言った。アンナがしばらく考え込んだあと、ようやく口を開いた。

「なんだろう、なんかこう、ゴチャっとしてた印象なんだよね。それとアナタ、藍里ちゃんだったっけ?」

 アンナは藍里の名を呼んだ。

「アナタ、さっきぶつかりそうになって謝ってたでしょ? ああいうのはお客さんに見えないようにしないとね。本番中にいちいち謝らなくてもいいの。謝るのは終わってからね」

 もっともな指摘に、藍里はうつむきながら小さな声でハイっと頷いた。

「逆にアナタ、菜々美ちゃんだったよね? アナタは自分の立ち位置を守っていたからぶつかりそうになったんだよね?」

「はい」

「でもね、そういう時はお互いの距離を測って、多少ズレてもいいから臨機応変に避けてあげるのも一つの手なんだよ? 見たところアナタの方が藍里ちゃんより技術的には上みたいだけど、だったらアナタの方が自分のことだけじゃなくて周りのことも見てあげないとね。それも大人数のユニットに求められることの一つだよ?」

 菜々美もうつむいて、小さな声でハイっと返事をした。アンナは菜々美の唯我独尊的な性格の部分を見抜いてそう指摘した。自分のことだけを考えていたら上には行けないという指摘だった。

「みんなにも言えることだけど、スキルアップの最後の仕上げで一番大切なのは、結局お互いに対する思いやりなんだよね。それは覚えておいた方がいいと思うわ」

 隣りでカリーナが頷いた。少女たちは一言も言葉を発さず、大先輩の指摘を真摯に受け止めていた。

「今、どういう風に踊ろうってイメージしているの?」

 今度はカリーナが質問した。佳乃がそれに答えた。

「えっと、まずはキチンとステップを揃えて、あ、もちろんリズムもですけど。それから……」

「うん。それは見ていて伝わってきたけど、私の聞いているのはそういうことじゃないのよね」

「え?」

 カリーナの質問の意図が理解できず佳乃は戸惑いの表情を浮かべた。

「つまりね、ウェイクアップガールズらしさって何かな? って。それをイメージしてるのかなって話なのよ」

 ウェイクアップガールズらしさ。それはライブで披露する曲を決める話し合いをしていた時に真夢が口にした言葉だ。あれからまだそれほど日は経っておらず、当然その答えも見つかってはいなかった。

「実はその事が、この前メンバー間で話題になったんです」

 佳乃は先日の一件を話すことにした。

「あ、そうなんだ? それで何か答えは見つかったの?」

「いえ」

 佳乃は小さく首を横に振った。

「I−1と同じ日に同じことをやっても仕方ないから、私たちは私たちらしさを出していけばいいんじゃないかってことにはなったんですけど、じゃあ私たちらしさって何かな? って考えると答えが見つからなくって……」

「まあ、そう簡単に見つかるものじゃないのは確かよね。でも考え続けていくことは大切だと思うの。お互いにキチンと話し合って、時にはケンカしてでも話し合ってお互いのことを理解し合っていく。そうやってユニットは成長していくものなの。お互いに遠慮なんてしてたらダメ。そうやってみんなが成長していけば、いつか必ずこれが自分たちらしさ、ウェイクアップガールズらしさだっていうものが見つかるはずよ。らしさって、要するに個性ってことだからね。個性がなきゃ、この世界で生き残るのは難しいわよ」

 そう言うカリーナに続いて、今度はアンナが話を引き継いだ。

「私が気になってるのは、アナタたちのお互いの距離感かな。ダンスは技術的にはお客さんに見せて恥ずかしくないレベルにはなってると思うけど、みんなに足りないのはむしろ精神的な部分なんじゃないかと思うの。みんな遠慮してお互いに気を遣いあってて、何か大切なことを話し合ってないというか理解し合えてない気がするのよね。ステージ上では気遣いが必要ってさっき言ったけど、ユニット間ではむしろ何でも言い合った方が良いのよ? アナタたち、今までちゃんとケンカしてないでしょ?」

 ちゃんとケンカをしていない、それは要するに7人が腹を割って話し合ってお互いを理解し合ってはいないということだ。トゥインクルは短い時間で既に少女たちに欠けているものを見抜いていた。その指摘に少女たちは誰も何も言い返せなかった。ただ、その原因の一つに全員が思い当たるフシがあった。

 それとは別に、遠慮してるというアンナの言葉に対して、真夢は自分のことを言われているように思った。逆に佳乃はリーダーとしての自分の力量不足が原因だと、もっと自分から積極的に動かなければいけないと言われているという風に捉えた。

 トゥインクルの2人は決して特定の個人を指したわけではなくユニット全体の話をしたに過ぎないのだが、真夢と佳乃はそれぞれ自分のせいだと考えた。話し合わなければいけないとわかってはいるのだが、でもなかなか思うようにはそれが出来ない。いつ、どんなタイミングで聞けばいいのか、話せばいいのか、お互いにそれがわからない。実は2人の悩みの根っこの部分は本質的には同じだった。

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 大田邦良は頭を痛めていた。I−1クラブ結成当初からの古参ファンであると同時に島田真夢の大ファンであった彼は、昨年末に仙台の匂当台公園で急遽行なわれたウェイクアップガールズのデビューライブに偶然居合わせた。

 島田真夢を推していた彼は真夢が表舞台から姿を消したことを長らく気にかけていたが、その彼女の復活を偶然とはいえ目の当たりにすることが出来て望外の幸せを感じた。披露したのはたった1曲だし、歌もダンスも真夢以外のレベルは大したことのないウェイクアップガールズではあったが、大田はそれから彼女たちの動向を逐一チェックするようになっていた。

 だが他のアイドルファンたちはどうも彼とは考えが異なるようで、彼が島田真夢が仙台でアイドルとして復活したことをネットの掲示板に書き込んだ時には袋叩き状態の目に合った。

 彼のように真夢の復活を喜ぶ者など皆無に近く、誰も彼もが島田真夢に対しての悪口雑言を書き連ねた。大田がどれほど擁護の書き込みをしようと同調する者は誰もなく、彼は孤立無援となっていた。

 確かにアイドルとして致命的なスキャンダルを真夢は起こしたが、実際それが事実だったのかどうかは結局ハッキリしないまま事件はうなむやになり風化していた。なのになぜ誰もが事件は事実だったと決めつけて真夢を非難し貶めるのか、彼にはどうしてもそれが理解できなかった。彼は今でも彼女の潔白を信じ続けていた。

 だがほぼ総ての人間に島田真夢の存在を否定される。彼女の大ファンである彼にとって、これは非常に辛い状況だった。自分の応援しているアイドルを他者から全否定されることほどファンにとって辛く悲しいことはない。

 大田はずっとネット上で真夢擁護とウェイクアップガールズ応援の書き込みを続けたが、状況は一向に改善する気配を見せなかった。彼はだんだん意地になっていた。

「誰も応援しないなら、俺がたった1人でも彼女たちを応援してやる」

 大田はI−1を追いかけなくなり、ウェイクアップガールズの応援一本に活動を絞り始めた。もっともテレビやラジオや雑誌などの活躍が現在の主な仕事である彼女たちを直接応援する機会は現状では無かった。やはりCDを出したりライブを開いたりしないとファンが直接アイドルを応援することは難しい。

 そんな中で仙台テレビの感謝祭イベントでウェイクアップガールズがミニライブを行なうと耳にした彼は、年末のライブ以来久しぶりに彼女たちの姿を見るために会場に足を運んだ。

 久しぶりに見た彼女たちのライブは彼の心の琴線に触れた。まだまだ拙いながらも精一杯のパフォーマンスを披露しようと頑張る彼女たちの姿は、彼に結成初期のI−1クラブを思い出させた。素直に、良いなと思った。

 たった10人ほどしかいなかったデビューライブだが、今回はテレビ局主催のイベントということもあって100人を越えるくらいの観客を集めており、様々な仕事をこなしていくことで順調にファンを増やしていることが伺えた。

 帰宅後、彼は早速その日のライブの感想をネットに書き込んだが、反応はやはり冷たいものだった。だが、もう彼の心は決まっていた。これからはウェイクアップガールズ1本で応援をしてゆくぞと、次のライブも、その次のライブにも必ず駆けつけるぞと心に誓った。

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 ライブを行なう5月25日に向けて、7人の少女たちは日々トレーニングに明け暮れていた。日にちが近づくにつれてレッスンは熱を帯び、トゥインクルから指摘されたことを皆が意識しているのか互いに話合う姿も増えた。そんなある日、彼女たちのレッスンをまたトゥインクルの2人が見学に来た。

 前回かなり手厳しく批評されたことは全員忘れてはいない。少女たちは前回同様2人にレッスンを見てもらうことにした。2人も前回同様それに快く応じた。

 ダンスの途中、久海菜々美は林田藍里の立ち位置が僅かにズレているのに気がついた。そのまま踊り続けたらぶつかるかもしれないと思った彼女は、自分のステップをほんの僅かにスッとズラして藍里をかわした。

 前回は同じようなケースで自分の立ち位置を守ることにこだわってぶつかってしまいトゥインクルのアンナに手厳しく言われた。彼女はそれをしっかりと覚えており、今日はぶつからずに済んだ。菜々美はあれから周りのメンバーの動きも意識するよう務めていたので今日はそれができた。

 ダンスがひと通り終わるとトゥインクルのカリーナが、ハイお疲れ様、と声をかけた。その瞬間藍里が菜々美に、ゴメンね、と声をかけた。藍里も菜々美が避けてくれたことに気づいていた。

 藍里は前回ぶつかった時におもわずゴメンと声に出してしまってアンナに、謝るのは全部終わってからだよ、と指摘された。藍里もそのことはしっかり覚えていた。

「私とぶつからないように避けてくれたでしょう? ありがとう、ななみん」

「あいちゃんこそ、私が避けたって気づいてたんだね。ぶつかった時も黙ってたし」

「うん。この前アンナさんに注意されたの覚えてたから」

「私も」

 笑って話す2人の会話を聞いて、アンナとカリーナは顔を見合わせた。彼女たちには7人が着実に成長していることが実感できた。

「前回見た時よりもだいぶ良くなったかな。菜々美ちゃんも藍里ちゃんも、前回アタシが言ったことをちゃんと覚えてて実践できてたわね。大丈夫、アナタたちは少しずつだけどちゃんと成長してるわよ」

 アンナに笑顔でそう言われて、少女たちは例外なくホッとした表情を浮かべた。それからトゥインクルの2人は少女たちに様々なアドバイスをした。経験豊富な大先輩たちのアドバイスは、キャリアの浅い少女たちにとっては何よりもありがたいものだった。もらったアドバイスを胸に、少女たちは更に上を目指してレッスンに励んだ。

 

 トゥインクルの2人が帰った後もレッスンを続けた少女たちだったが、キリのいいところで一度休憩を入れ、しばらくの間みんなで車座に座りながら話をした。最初はたわいない話だったが、いつしか話題はやはりライブのことになっていった。

「やっぱり、お客さんみんな持っていかれちゃうのかなぁ?」

 久海菜々美がポツリと言った。せっかくみんなこんなに頑張っているのに、当日誰も来なかったらイヤだなと彼女は思っていた。

「アンタ、今からそんなこと言っててどうすんのよ」

 菊間夏夜がそう言って菜々美をたしなめると、菜々美は口を尖らせた。

「そう言えば、仙台シアターのオープンに来るメンバー見た?」

 林田藍里がそう皆に話しかけた。

「友達が言ってたけど、なんかI−1の中でもスッゴイ人たちばっかりなんでしょ?」

 片山実波の問いかけに、岡本未夕が我が意を得たりとばかりに話し始めた。

「そうなんですよ! しほっち、よしめぐ、まいまい、ナノカスってトップクラスのコばっかりで、これもう主力メンバー全員って感じですよ? とても勝てる気しないですよぉ……」

「さすがに詳しいね」

 未夕の詳しさに実波が驚いた。さすがにアイドルマニアを自称するだけあって、未夕のI−1クラブに対する知識は幅広いものがあった。

「向こうは気合入ってんね。アタシは詳しくないからよくわからないけど、今までオープンしたシアターのこけら落としの時はここまでじゃなかったらしいじゃない。なんで仙台だけそんななんだろうね?」

 夏夜が爪を噛みながら苦々しげにそう言った。

「さあ、どうしてなんでしょうね? 何か仙台に特別な思い入れでもあるんですかね?」

 未夕がそう言って首を傾げた。

「震災復興絡みとか? 仙台の人たちを元気にするために主力全員連れてきましたーみたいな」

「今頃ですか? 震災の後にもI−1は何度か東北でライブしましたし仙台でもやりましたから、別に改まって仙台シアターをオープンするからって主力全員を連れて来なくてもいいんじゃないですかね?」

「そんなのアタシたちが考えたってわかるわけないじゃん。向こうの社長にでも聞いてきなよ」

「そうだけど、やっぱり気になるじゃない。向こうのメンバー次第では私たちの方に来てくれるお客さんだって増えたかもしれないんだし」

「そりゃそうだけど、今更それを言っても仕方ないでしょ? もうメンバーは決まってるんだから、アタシたちはそれを相手にライブするしかないじゃん」

「メンバー落としたって、どっちにしても勝てる気がしないですよぉ……」

 未夕がそう言いながらションボリとした。他のみんなもその点に関しては未夕と同じ気持ちだった。みんなの話を黙って聞いていた藍里は、もしかしたらI−1のメンバー選びには真夢の存在が関係しているのかな? と思ったが口には出さなかった。

「みんな、意識し過ぎるのは良くないよ? 私たちは私たちに出来ることをするしかないんだから、I−1を意識して落ち込んだって仕方ないじゃない。それより当日来るお客さんはI−1より私たちを選んでくれたってことなんだからさ、せっかく来てくれるその人たちが少しでも楽しんでもらえるようにしようよ」

 暗くなってきた雰囲気を察したリーダーの七瀬佳乃はメンバーを鼓舞しようと思ってそう言ったが、他のメンバーの意気は上がらなかった。だがそんな中、島田真夢だけが佳乃に同調した。

「うん、私もよっぴーの言う通りだと思う。練習しようよ。悩んでたって仕方ないし、時間が勿体無いよ。少しでも上手くなってお客さんに喜んでもらえるようにしようよ」

 そう言われてもなお意気の上がらないメンバーたちだったが、やがて藍里が意を決したかのように「うん、そうだね。練習しようか」と言って立ち上がった。それをきっかけに、ようやく他のメンバーたちも重い腰を上げ始めた。それを見て真夢と藍里は顔を見合わせて微笑んだ。だが佳乃は複雑な心境だった。

 皆がヤル気を出してくれたのは嬉しいが、自分が言ってもダメだったのに真夢が言うとその気になる。佳乃は間接的にリーダーとしてダメ出しをされたような気分だった。彼女の真夢に対するモヤモヤは、こうしたフトしたことで少しずつ少しずつ溜まっていた。

(いっそ真夢がリーダーでいいじゃない。どうして社長は私をリーダーのままにしてるんだろう。やっぱり私はリーダーになんか向いてないよ……)

 だがそんなことは誰にも言えず、佳乃は一人悩みを抱え続けた。

 ライブまでの間、少女たちはレッスンだけに専念したわけではない。当然ウェイクアップガールズとしての仕事をこなしながらレッスンもこなしていた。その合間を縫って、I−1の宣伝が溢れる仙台の街頭でチラシを自ら配ったりもした。テレビやラジオの番組内でライブの告知をさせてもらった。街のあちこちの店に直接出向いてポスターを貼らせてもらったりもした。そうして目まぐるしく日々は過ぎていった。

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 いよいよライブが目前となってきたある日、仕事を終え事務所に寄った真夢はその日はたまたま一人で帰ることになった。

 仙台駅前をブラブラしながら久しぶりにウィンドウショッピングを楽しんでいた真夢は、タクシー乗り場にさしかかったところで見覚えのある女性の後ろ姿に気がついた。

 一瞬見間違いかと思った。だがすぐに間違いないと思えた。あれは間違いなく岩崎志保だ。現在のI−1センターがどうしてここに……真夢は立ち尽くしたまましばらくその女性の後ろ姿を見つめた。

 視線を感じたのか、ふいにその女性が振り返った。その瞬間2人の視線が自然に合った。

「志保?」

「真夢……」

 真夢が思った通り、やはりその女性は岩崎志保だった。お互い次の言葉がなかなか出てこず2人の間にしばらく沈黙の時が流れたが、やがてサングラスを外しながら志保の方が先に口を開いた。

「久しぶりね。元気にしてた?」

 そう言う志歩の口調は、決して懐かしい友人に久しぶりに出会ったという感じのものではなかった。むしろ真夢には皮肉とも受け取れる口調だった。

「今、仙台で活動してるんだってね? 菜野花に教えてもらって動画見たわよ」

「うん。色々あって、またここでアイドルやることにしたの」

「ふうん……」

「まあいいけど、相変わらずアナタ目立ってたわね。真夢だけが特別って感じだったわよ。まあ素人くさいコたちばっかりだったから、当然と言えば当然だろうけど」

「素人くさいって、そんなことないよ。みんな一生懸命やってるんだから。最初に比べれば見違えるように上手くなったし」

「一生懸命やるのなんて当たり前じゃない。上手くなったって、所詮地方のアイドルレベルの話でしょ? アナタはI−1のセンターだったのよ? そんなコたちと同じレベルのわけがないじゃない」

 真夢はそれ以上何も言い返さなかった。志歩は自分に対して何かとキツくあたる。最初はそうではなかったのだが、I−1として活動していくうちに、理由はわからないがいつの間にか志歩はそういう態度で真夢に接してくるようになった。真夢はいつしか少し志保のことを苦手だなと思うようになっていた。そして久しぶりに会った今、志歩の態度は何も変わっていない。真夢は、やっぱり少し苦手だな、と思った。

 やがてIー1仙台シアターの告知CMの音声が駅前のオーロラビジョンの方から聞こえてきた。真夢は話題を変えようと試みた。

「凄いね。次々にシアターをオープンして、今度は仙台でしょ?」

「そうよ。今日はそのために来たの。ちょっと一足先にシアターを下見しておきたくてね」

「そうなんだ……」

 久しぶりに会ったI−1の1期生同士だというのに、その会話は全く弾まなかった。真夢は当たり障り無く、頑張ってね、と言った。他に思いつく言葉がなかった。何を言っても会話は弾みそうにないと思った。

 だが、真夢に頑張ってねと言われた志歩は、急に手にしたサングラスを強く握り締めた。

「頑張るわよ。頑張らなきゃすぐ誰かに蹴落とされるし、それにこのプロジェクトは白木さんも凄く力を入れてるしね。特にこの仙台シアターに関しては普通じゃない気合の入りようだもの。全く、どうしてなのかしらね?」

 志保には白木が仙台シアターに力を入れる理由が真夢に関係しているとわかっていた。だが遠まわしにそういう言い方をされた真夢の方は何を言っているのか意味が掴めなかった。

「ねえ真夢、一つ聞いていい?」

「何?」

 志歩は自分のバッグを置いたままツカツカと真夢に歩み寄った。

「よくもう一度戻ってくる気になったわね……どうして?」

 そう言って睨みつけるような志保の姿を見て真夢は、志歩は自分のことがキライなのだと思った。自分のどこがどうキライなのかはわからないが、とにかく志歩は自分のことがキライなのだ。そう真夢は思った。

 志歩の問いかけに対して、真夢は明確に答えなかった。何も言わない真夢を見てこれ以上何を言っても無駄だと思ったのか、志歩は自分のバッグの元に戻り左手でそれを持ち上げた。真夢は黙ってそれを見ているだけだった。

「まあ、何をしようとアナタの勝手だけど、アナタがアタシたちに迷惑をかけたのだけは忘れないでよね」

 吐き捨てるような志歩のセリフに対して真夢は何も言えなかった。言わなかったのではなく言えなかった。真夢にも言い分はあるが、当時のI−1メンバーに迷惑をかけたのは確かだ。それを言われたら何も言えるはずがなかった。

「真夢、もう一つだけ聞いてもいい?」

 志歩は、さらに質問を投げかけてきた。

「どうしてあの時アイドルを辞めたの? やっぱりあのことが事実だったから?」

「違う!」

 今度は真夢は瞬間的に明確に否定を口にした。信じようと信じまいと、あの事件は自分は潔白だ。それは真夢にとって譲れない一線だ。事実だなどとは死んでも認められない。

「違うよ、志保! あのことで志保たちに迷惑をかけたのは申し訳なく思ってる。でもあれは誤解なの。私は記事に書かれたようなことは何ひとつしてない。それはウソじゃないよ!」

「じゃあ、どうしてアイドルを辞めたの? 無実だったら辞めることないじゃない?」

 そう言われて真夢は思わずカッとなった。あの時自分は無実だとずっと言い続けた。けれどそれを信じてくれたのは吉川愛だけだったじゃないか。アナタも、リーダーの近藤麻衣も、相沢菜野花だって一言も自分を弁護などしてくれなかった。あの時、もしみんなが私を信じて弁護してくれていたら……でも愛と2人で無実を訴えても誰も信じてくれないから辞めざるを得なくなったのに、なのにアナタはそんな風に言うの? そんな言葉が喉元まで出かかった。けれど今更そんな恨みがましいことは彼女には言えなかった。だが次の志歩の一言は真夢を混乱させるものだった。

「まあいいわ。アナタがなんで辞めたかなんて、今更どうこう言っても仕方ないしね。とにかく、せっかくアイドルに復帰したんだからアタシたちの前に立ちはだかるぐらいの存在になってよね。そうでなきゃこっちも張り合いがないし」

 志歩は今度は真夢に期待をしているようなことを言い出した。志歩は自分がアイドルに復帰したのが気に入らなくて腹を立てていると思っていた真夢は、この一言で志歩の本心がよくわからなくなってきた。

「志歩は私をキライなんじゃないの? だったら目障りなはずなのに、張り合いがないってどういう意味?」

 思わず彼女はそう言ってしまった。だが志歩はそれを聞いて呆れ顔をするだけだった。

「はあ? アンタ何言ってるの? アタシがアンタを嫌ってるって、意味わかんないわよ! バッカじゃないの?」

 そう言われた真夢の方が余程意味がわからず目が点の状態だったが、志歩はもうそれ以上何も語らず、真夢に背を向けて、じゃあまたね、とだけ言って去っていった。

(わかんない。志歩は私の事を本当はどう思ってるの? 志保が何を言いたいのかわかんないよ……)

 自分たちの前に立ちはだかるぐらいになれと志歩は言った。そうでないと張り合いが無いとも言った。そのまま受け取れば自分たちウェイクアップガールズに期待をしていると受け取れる。

 けれど彼女はあの事件の時に自分を助けようともしてくれなかった。今だって自分に対する態度は冷たく厳しい。上から目線だし、とても自分に何かを期待しているとは思えない。だが、だからといって彼女が適当にその場を流すためにそう言ったとも思えなかった。

 志歩はずっと真夢の目を見ながら真剣な表情で話していた。決していい加減で適当な物言いではなかった。それはわかる。けれど言ってることと態度と口調が相反していて、何が本音なのか、何を自分に伝えたいのかがわからなかった。いくら考えても志歩の本心は真夢には読めなかった。

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 5月25日、I−1仙台シアター前はこけら落とし公演を見るために早くから多くの人々が集まっていた。チケットが手に入らなかった人もグッズだけを買いに、あるいは雰囲気だけでも味わうために集まっており、シアターの周辺は人人人で溢れかえっていた。開演時間が迫るにつれ人は増え続け、中に入るための長蛇の列は伸びていく一方だった。

 同じ時刻、仙台MACANAでファーストワンマンライブを行なおうとしていたウェイクアップガールズは全員が楽屋内で開演の時を待っていた。だが開演までもう1時間を切ろうとしているにもかかわらず、MACANAに観客は誰一人としていなかった。

「どうだった?」

 観客席を覗きに行って戻ってきた未夕に佳乃がそう尋ねた。未夕は小さく手を左右に振って、まだ誰もいません、と言った。

「あーん、悪夢がまさかの現実に……」

 菜々美がそう言って頭を抱えた。観客が少ないことは予想はしていたが、それでも誰も居ないとは思わなかった。冗談でそう言ったことはあっても、本気で観客ゼロになるとは思ってはいなかった。しかし現実に今現在客席には誰もいないのだ。

 確かにI−1の人気の足元にも及ばないが、それでも地元ではそれなりに人気を得てきていると彼女たちは実感していた。手応えも掴んでいた。だからまさか観客ゼロはないだろうと思っていた。

「そしてこれがリアルタイムのI−1シアターです」

 未夕はそう言って自分のスマートフォンの画像をみんなに見せた。I−1シアターに行っている知人が送ってきたのだと未夕は言った。

「なにこれ? 会場の中?」

「そうですよ。とにかく人人人の人の波でステージが見えません、だって」

 そこに映っていたのは、色とりどりに乱立するサイリウムの海だった。ひときわ明るくなっているのがステージだと思われるが、確かに人の波に埋もれてよく見えなかった。けれどこの画像を見ただけで、今この同じ時間に向こうがどれくらいの観客を集めているのか容易に想像がついた。

「わかってはいたけどさ……実際にこれだけ差をつけられてるのを見せつけられると、やっぱりヘコむね……」

 夏夜が気落ちしたかのようにそう言った。みんな同じ気持ちだった。その暗くなった雰囲気を払拭したのは片山実波だった。

「でもさ、せっかく練習したんだし、こっちはこっちで楽しくやろうよ」

 ニコニコしながらそう言う実波を見て、そうだね、と佳乃が言った。うん、そうだね、それしかないよね、と藍里が言った。天真爛漫な実波の存在は、こういった時には非常に心強かった。彼女が屈託なく言うと、みんな何となくそんな気にさせられてしまう。おかげでみんなのモチベーションを持ち直すことができた。

 開演30分前、ようやく10人ほどの観客を確認することができた。観客ゼロを免れることができて全員がホッと胸を撫で下ろした。

 開演10分前、なんとか30人ほどの観客が集まった。だがそれが限界だった。結局その30人ほどの観客を前にしてウェイクアップガールズの記念すべきファーストワンマンライブは幕を開けることとなった。

 

 ライブ自体は順調に進んだ。30人ほどとはいえ、今ここにいる人達はI−1ではなく自分たちを選んで見に来てくれた人たちなのだという意識は彼女たちにもあった。せっかくのライブなのだから、お客さんには楽しんでもらいたいし自分たちも楽しみたい。それぐらいの意識はあった。

 ライブが中盤に差し掛かる頃、客席の出入り口付近に1人の男が隠れるように立った。サングラスをかけて顔を隠したその男はステージを黙って見つめていた。I−1の総責任者、白木徹だった。白木はそのまましばらくステージを見つめていたが、やがてクルリと背を向けるとライブ会場を後にした。

 白木は気がつかなかったが、その時同じように会場の隅で黙ってライブを眺めている男がいた。白木も良く知るその男の名は早坂相。I−1の音楽プロデューサーだ。

 同じ時間にI−1の総責任者と音楽プロデューサーがウェイクアップガールズのライブ会場にいる。とても信じがたいことだが紛れもない事実だった。だがそれに気づいた者は誰もいない。白木も早坂もお互いにお互いがその場にいるとは想像もしていなかった。周りも誰一人気づかなかった。

 早坂は以前からウェイクアップガールズに目を付けていた。白木に島田真夢が仙台で復帰していることを教えたのも彼だ。

 I−1仙台シアターのオープン日にウェイクアップガールズがライブをやると知った時、彼は大笑いをした。誰がゴーサインを出したのか知らないが正気の沙汰とは思えなかったからだ。だがそれが気に入った。

 そして実際にライブを見てみると、なかなかに面白い素材だなと思った。曲はさすがにトゥインクルの作品だけあって文句なしだが、歌もダンスもそれなりに練習を積んでいることは見て取れた。

 もちろん現状では所詮素人に毛の生えた程度のレベルだが、見所のありそうな、素質のありそうな者も何人かいる。今は島田真夢が突出した存在だが、磨いていけば面白いユニットになりそうだと感じた。

(ちょっと、本気になってみようか)

 早坂は彼女たちのプロデュースをすべく事務所に打診してみることに決めた。

 

 ライブを終えたウェイクアップガールズの面々は、楽屋で満足感に浸っていた。もちろん観客数的には全然物足りないが、自分たちがずっと練習していたことをお客さんの前で総て出し切れたという手応えはあった。

「みんな、お疲れ様。良かったわよー」

 丹下社長が楽屋に入ってきて少女たちに声をかけた。少し遅れてマネージャーの松田も楽屋に入ってきた。

「どうだった、佳乃。初めてのワンマンライブは」

 社長は佳乃にライブの感想を求めた。佳乃は少し考えた後こう答えた。

「そうですね、思ったより緊張はしませんでした。みんな練習してきたことは出し切れたと思います。だからその点では満足していますけど、やっぱりお客さんの数が……」

 社長はウンウンと頷いた。微妙な表情を見せながら。

「まあ、お客さんの数は仕方ない部分もあるからね。それでもアナタたちは良くやってくれたと思うわ。でね、そんなアナタたちに私からプレゼントがあるのよ」

「プレゼント?」

「そうよ、これがそのプレゼント」

 そう言って社長は、何かのチケットの束をバッグから出して見せた。

「あの、社長、これって?」

「これは明日のI−1仙台公演のチケットよ。もちろん全員分ね」

「!?」

 誰もが驚いて声を失った。I−1のチケットといえば紛れもないプラチナチケットだ。芸能界に疎い実波でさえI−1のチケットが入手困難なことぐらいは知っている。それを全員分、つまり9枚も用意しているというのだから驚くのも無理はない。そんなことが出来るのはよほど力のある関係者ぐらいのものだろう。

(丹下社長って、ホントに一体何者?)

 その場に居た誰もが内心でそう思った。

「アナタたちには、いずれI−1のライブを見せるつもりだったのよ。今現在の日本アイドル界の最高峰だものね。それが今回丁度よくチケットを手に入れられたからね、ご褒美として連れて行ってあげようと思ったわけ。もちろんみんな行くでしょう?」

「行きます、行きまーす!!」

 未夕が真っ先にそう言って手を挙げた。アイドルマニアの未夕にとってI−1のライブに行ける機会を逃すなど考えられない。真夢だけはあまり良い顔をしなかったが、他のメンバーも異論はなかった。勉強にもなるだろうし、純粋に見てみたいという興味もあったからだ。

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 翌日訪れたI−1仙台シアター。そこでウェイクアップガールズの少女たちは、現在日本の芸能界でトップを張るアイドルグループの本気と実力をまざまざと見せつけられた。

 ライブの間中、少女たちは誰一人として一言も発することなくステージに釘付けになった。歌も、ダンスも、合間合間のお喋りいわゆるMCも、そしてお客さんを楽しませようというサービス精神も、とにかく何から何まで自分たちとはあまりにも差が有りすぎた。完成度が違う。表現力も違う。一瞬たりとも目が離せないと思わせる圧倒的な魅力だって自分たちには無い。

(それなりに仕事が増えてきて、それなりに人気も出てきて、でも本当にそれなりだったんだ。私たちは、まだ全然本物のアイドルになんてなってなかった。本物っていうのは、この人たちみたいなのを言うんだ)

 輝くステージ上で歌い踊るI−1メンバーたちを見ていて、佳乃は昨日のステージで満足していた自分が恥ずかしくなってきた。あれが今の自分たちの精一杯だなんて、あんなのI−1と比べたら幼稚園のお遊戯会並みじゃないかと思えた。自分が勘違いしていたことをハッキリと思い知らされた。実力が付いてきたとか、人気が出てきたとか、そんなのは全部幻想だった。自分たちは何も成長していなかった。イヤでもそう気づかされた。

 だがそう思ったのは彼女だけではなかったようで、暗くて全員の表情はわからなかったが少なくとも夏夜と菜々美がその横顔に悔しさを滲ませているのが佳乃には確認できた。

「実際に見てみると、こんなに違うものなの?」

 ライブを見終えた後、佳乃はみんなに向かってそう言った。

「あの人たちに比べたら、アタシたちのダンスなんて盆踊りレベルじゃん」

 少し悔しそうにそう言ったのは夏夜だった。やはり夏夜は佳乃と同じようなことを思っていた。

「なんかもう、差が有りすぎて落ち込みもしないわ。比べるのも馬鹿馬鹿しいって思えるくらいレベルが違うもん」

 半ば呆れたようにそう言ったのは菜々美だった。彼女はむしろあまりの実力差にサバサバした心境になっていた。

「私、なんだか勘違いしちゃってたのかもしれない。お仕事してライブもして応援してくれる人もだんだん増えてきて……これで良いって思ってたけど、でも全然ダメだね。私、もっともっと頑張らないと」

 藍里がそう言った。彼女は彼女なりに頑張ってきたしそれはみんな知っているが、本人は今日ここで今までに無い激しいカルチャーショックを受けたようだった。

「藍里だけじゃないよ。私も勘違いしてたもん。歌もダンスもだんだん上手くなってきて人気も出てきて、このまま行けばそのうち……なんて思ってたけど、そんな甘いものじゃなかった。歌もダンスも全然足りないよ。昨日のライブで満足してた自分が恥ずかしい……」

 佳乃は唇を噛みしめながら、搾り出すような声でそう言った。その想いはみんな同じだった。誰もが今では昨日のライブに満足していた自分を恥ずかしいと思っていた。

「……明日から、またもう一回出直しだね」

 実波がポツリと呟くと、他の6人が小さく頷いた。実力差を見せつけられて落ち込んでばかりはいられない。このままじゃ終われない。今は到底かなわないけれど、いつか必ず追いついてやる。そんな気持ちに全員がなっていた。その想いを未夕が言葉にした。

「でも、いつか必ず追いついて追い越してやりましょうよ。負けたままじゃイヤですよ」

 少女たちの会話を聞いていた松田は社長の横にスッと近づくと、小声で耳打ちをした。

「社長、もしかしてこれが狙いでI−1シアターに連れてきたんスか?」

 社長はニヤリと笑った。

「そうよ。実力差を見せつけられて落ち込むか発奮するか、あんな風になりたいと憧れてヤル気を出すのもアリだと思ったし、いずれにしても昨日のライブ程度で満足されちゃ困るのよ。だから刺激を与えるためにここへ連れてきたってわけ」

 なるほど、と松田は納得した。丹下社長という人はちゃらんぽらんでいい加減でだらしなくて呑ん兵衛だが、ちゃんと見るべきところは見ているのだと感心した。松田は昨日彼女らが全力を出し切れたと言うのを聞いて内心で喜んでいた自分が少し恥ずかしくなった。

 

 会場出口ではI−1のメンバーが見に来てくれた観客と一人一人握手をしてお礼を述べていた。列は何列かに分かれていたが、ウェイクアップガールズの少女たちがたまたま並んだのは吉川愛と岩崎志保が含まれる列だった。

 吉川愛は列に並んでいる真夢に気がつくと満面の笑みを浮かべ、順番になって自分の前に立った真夢に耳打ちをした。

「真夢、来てくれたんだね」

「うん」

「ありがとう。また連絡するね」

「うん、わかった。頑張ってね」

「ありがとう」

 2人はギュッと握手をした。

 愛の次は志保の番だった。志歩はあまり心のこもっていない口調で、ありがとうございました、と儀礼的に言うと右手をスッと真夢に差し出した。少し困ったような顔をしながら真夢は志保に話しかけた。

「あのね、この前の答えなんだけど」

「なに?」

「私ね、もう一度アイドルを好きになれそうって思ったから、だからここに戻ってきたの。それが志歩の求める答えかどうかわからないけど、でもホントにそう思ったの」

 志歩は少し驚いたような顔をしたが特に何も言わず、真夢に自分と握手するよう促した。真夢は差し出されたその手を力強く握り返した。

 去っていく真夢の背中を横目でチラリと見やりながら、志歩は次の観客と笑顔で握手をし礼を述べた。次々に観客と握手をしながら、志歩は心の中で真夢のことを考えていた。

(もう一度アイドルを好きになれそうって、じゃあ本気でもう一度やるつもりってことよね。望むところじゃない。全力で来なさいよね。もう私の方が上だってことを思い知らせてあげるわ)

 真夢が自分の言動を誤解しているとは思いもせず、志歩は一人静かに純粋に真夢への対抗心を燃やしていた。

説明
TV編の第6回。シリーズ第11話です。アニメ本編で言うと5話に当たります。今回は今までにない長さとなりました。次回あたりからあのお方もウェイクアップガールズに本格的に絡んできますが、今回で前半戦は終了といったところでしょうか。ウェイクアップガールズという物語はこれからが本番です。アニメ本編ではファーストワンマンライブは散々な出来だったという描写ですが、自分は彼女達がライブは成功したと一旦は満足感を感じたところで現実を思い知らされる形を取りました。今後もこういった独自解釈・独自描写が出てきますのでご了承ください。
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