インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#122
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「薙風より弾着観測報告、来ました。―――散布領域は敵第二陣中央部。第一射は命中一、至近ニ。命中の一は撃墜を確認、です!」

 

「続けて第二射準備急げ!」

 

艦橋楼閣にある、指揮所の一角。

前線でこそないものの確かに戦場であった。

 

「これは、凄いものだな。」

 

その一角、いわゆる『((提督席|アドミラル・シート))』に腰掛ける初老に差し掛かった男性は嘆息を零した。

 

「五〇口径五十一センチ砲…聞いたときは使い物になるのかと不安でしたが…」

 

その隣、((艦長席|キャプテン・シート))の前に立つ壮年の男性が驚きを隠せぬままその声に応える。

 

「GPSと電子戦装備機による測量と誘導による観測射撃で初弾命中とは、中々に幸先がいい。これならば、今回は((奇跡頼り|白騎士任せに))しないで済みそうだな。」

 

提督席の男性の声はわずかであるが弾んでいた。

 

「それは…」

 

艦長は言葉を濁す。

 

提督席の男性――現在は海上幕僚長を務めている彼が、白騎士事件のときに弾道弾迎撃に出撃した艦隊に所属する一艦の艦長であったことは護衛艦のりの間で割りと有名な話であった。

前任者の引責辞任や療養退職により、彼が現在の地位に据えられたという経緯とともに。

 

「それに、彼女らも頑張っているという話だ。私もできることをせねば顔向けができん。」

 

「彼女ら、ですか?誰かお知り合いでも?」

 

「退役した『しまかぜ』だよ。私が初めて乗った護衛艦だった。」

 

『ああ、なるほど』という空気が艦橋の喧騒に溶け込でゆく。

 

「では、現場で頑張っている彼女たちの花道を切り開かねばなりませんね。―――第二射、撃ち方はじめぇ!」「((撃て|テェ))っ」

 

トリガー。

 

ブザーが鳴り、やむと同時に数瞬づつ遅れて連装砲が火を噴く。

発射される砲弾は重量にしておよそ二トン。

 

先ほどの観測結果が真実であれば一撃でISを海面に叩きつける程度の威力はあるそれが連装砲五基十門から放たれる。

 

「では、どうされますか?」

 

「このままここで火力支援というのも悪くは無いが、せっかくの戦艦だ。年甲斐無く一暴れしてみようじゃないか。」

 

「では、本隊と合流するときの口上の文句を考えておかねばなりませんね。」

 

「ついでに、東郷提督や山本提督を習うとするかね?」

 

「ご安心を、通信旗は用意してあります。」

 

「まったく、用意周到なことだ。」

 

軽く笑いあったあと、二人は表情を引き締める。

 

「一番主砲は((対空散榴|三式))弾に変更。二番、三番主砲は徹甲弾のまま砲撃を続けよ。VLS、対IS多弾頭誘導弾発射準備。高角速射砲、CIWS、RAMの準備も怠るな。」

 

鋭い声が飛び、それぞれの担当官が承諾の声を返す。

 

「機関始動。あしはら、抜錨せよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 * * *

 

揺れる護衛艦の後部格納庫。

 

そこに併設された待機所で『出撃』の声が掛かるのを待つだけの箒は己の手が震えていることにふと気がついた。

 

強く握りしめた拳を解けば、手のひらには爪の痕が残っている。

 

それが何の感情から生み出されているのか、箒は判っていた。

 

―――『武者震い』と呼ばれて押し隠される『緊張と恐怖の織り交ざったもの』であるのだと。

 

 

 

 

怖い。

――アイツを喪うのが。

 

 

 

 

怖い。

――笑いあっていた友を喪うのが。

 

 

 

 

怖い。

――大事な人たちを置いて逝ってしまうことが。

 

 

 

 

怖い。

――誰かを、この手で殺めることになることが。

 

 

 

 

思い返せば今までに潜り抜けてきた修羅場は全て受身であった。

 

クラス対抗戦も、学年別リーグマッチも、臨海学校も、技研襲撃も、暴走事件も、学園襲撃も、全て『相手から殴りに来た』ケースである。

 

降って湧いた問題事に右も左もわからぬまま体当たりで解決する。

それが、今まで箒が関わってきた事件の流れであった。

 

 

箒は、そっと視線だけを動かして辺りを見回す。

 

原隊の部下の下に居るラウラはここにいない。

シャルロットはラウラについて行っているらしいが、おそらく打ち合わせも兼ねた親友紹介をラウラにさせるつもりなのだろう。

 

セシリアは、空間投射ディスプレイを表示させてなにやら調整を行っている。

――この戦いは長丁場になることが目に見えているから、燃費の良い方ではないブルー・ティアーズを少しでも長く戦わせることができるようにするために。

 

鈴は、黙したまま目を瞑っていた。

精神統一をしているのか、体を休めているのかは判らない。

 

だが、自分よりは落ち着いていることは確かだろうと、箒は思う。

 

 

部隊のまとめ役となった真耶と千冬はここにおらず、教員部隊の殆どはもう一隻の『はたかぜ』に乗っている。

 

マドカ一行は、待機中であるにも関わらずどこからか調達してきたらしいレーションに舌鼓を打っている。

いっそ感心したくなるほどの落ち着きようであるが、彼女らは荒事など慣れっこな元テロリストだ。計算に含めてはいけない。

 

 

簪は、出発の直前まで姿が見えなかったが、いつの間にか本音と一緒に乗り込んでいた。

こちらもマドカ一行に負けず劣らずの落ち着きようでそれぞれの肩と頭を借りあってかすかに寝息を立てていた。

 

 

そして、隣に居る一夏は―――

 

そっと様子を伺おうとしたのと、一夏の手が箒の手を握ったのはほぼ同時であった。

 

 

 

「大丈夫だ。」

 

かすかに震える、暖かい手。

それでも、一夏は平静を保っていつもどおりの声で告げる。

 

強がりでしかないことは明白。

 

だが、それでも箒にとっては心強い一言であった。

 

 

「俺が、守ってやる。だから、―――」

 

不思議と、震えが収まってくる。

 

確かに怖い。

 

だが、だからこそ。

 

「判った。ならば、私は全力でお前を守ろう。」

 

手を、握り返す。

 

「私を、守ってくれるのだろう?」

 

ちらりと見上げる箒の視線が、一夏の視線と交差する。

 

その((表情|かお))に、怖れや竦みは無い。

 

死ぬのが怖い、死なれるのが怖い。

―――だから、死なない。死なせない。

 

「おう、任せとけ。」

 

「あぁー!!」

 

かすかに返された言葉は、飛び込んできた橙色の悲鳴じみた叫びに重なった。

 

「ちょっと二人とも何やってんのさこんなところで!」

 

こちらに戻ってきたらしい、シャルロットが一夏と箒の間を指差しながら声を荒たげる。

 

「?」

 

何のことだか判らずに、箒は首をかしげる。

 

「手!」

 

それだけ言われて、箒はハッと気がついた。

 

自分の左手が、一夏の右手をしっかりと握っていることに。

 

「抜け駆けはよろしくなくてよ、箒さん。」

 

「いくら筆頭とはいえ協定違反はご法度よね。」

 

「ほう。これがあの有名な『死亡フラグ』というヤツですか。まさか実在しているとは…」

 

「不吉なことを言うな、クラリッサ。」

 

なんとも頭の痛くなりそうな黒ウサギ隊隊長代理に突っ込みを入れる隊長を余所に、シャルロットが一夏の腕を引いて箒の手から引き剥がす。

 

そこに何気なく鈴やセシリアも加わって一夏そのものを移動させ始めている辺り、仲がいいというべきか、妙なところで団結しているというべきか。

 

 

不意に湧き上がってくる感情に、クスリと笑みがこぼれる。

 

それにつられて、一夏が、鈴が、ラウラが、セシリアが、シャルロットが、クラリッサが笑う。

 

寝ぼけ眼の簪が静かにあくびし、まだ夢の中の本音がむにゃむにゃとよく判らない睡眠語を零す。

 

まるで、学園に居たころのような和やかな時間。

 

 

 

食事に夢中になっていたらしく、何がなんだかわからずにキョトンとしたマドカはプラスチックのスプーンをくわえたまま首をかしげたが、それが妙に可笑しくてさらに笑いが大きくなる。

 

「ほら、あたしの手も握りなさい!」

「では、私はこちらの手で。」

 

「鈴、次は僕だからね?」

 

「ちょ、俺は幸運のお守りじゃねぇぞ!?」

 

「ふむ、これがリアル『修羅場』ですか。なるほど興味深い。」

 

「…クラリッサ、少し黙ってろ。」

 

「承服しかねます、隊長。」

 

きゃーきゃーと騒がしい仲間たちを眺めながら、まだぬくもりの残る左手をそっと抱く。

 

 

まだ、怖い。でも、怖くない。

 

 

 

―――大丈夫、きっと。

 

そんな理由のない自信に背中を押され箒は立ち上がる。

 

「お前たち、少しは雰囲気というものを読め!私の時間を壊すな!」

 

そして、箒も仲間たちの輪へ加わる。

 

わーわーきゃーきゃーと、軍艦に似つかわしくない姦しい声。

 

 

 

ドアの影から、真耶と千冬と束の三人がその様子をほほえましげに見つめていた。

 

――戦局が動く、そのほんの少し前のことであった。

 

 * * *

 

雷鳴の如き轟音が鳴り響き、それと同じ数だけの水柱が立つ。

 

その繰り返しの中で運悪く直撃したらしいゴーレムが水面に叩きつけられてゆく。

 

――それも、ある意味では当然である。

 

いくらISが宇宙開発用として開発され、隕石や((宇宙塵|スペース・デブリ))対策としてのシールドを持っているとはいえ、それは操縦者による能動的な機体制御があることを前提にしている。

 

正確に言えば、衝突されても操縦者が死なないようにするための防御でありその場所に居続けるためのものではない。

――大質量物の衝突に対してその場で静止していられるほど、ISは丈夫ではないしPICも万能ではない。

 

((弾道弾|ICBM))の類がISに対して無力なのは『白騎士事件』で明らかにされていることだし、あれは戦略兵器でありISのような一戦術兵器に対して使うものではない。

だが、ISが回避できないような小型の((高機動誘導弾|ハイマニューバ・ミサイル))では一撃で海面に叩きつけるなどという真似はできない。

 

 

 

そもそも『撃墜が困難である大質量飛翔体』などという都合のいい代物は早々あるものではない。

洋上となればなおのことだ。

 

それでも『皆無』というわけではない。

 

むしろ、かつての洋上戦に於いては『それ』が主役であった。

 

―――だが。

 

主役であったのは今から((三四半|さんしはん))世紀前の話である。

 

当時の『海の覇者』たちは既に亡く、多くは((海面|みなも))の底か別の道へ。

生き残った老兵たちも今は陸に身を寄せて過去の記憶を伝えるのみである。

 

 

 

故に。

 

 

 

『それ』が姿を表したとき、それが幻ではないかと一同は目を疑った。

 

洋上にそびえる鐵の城。

 

 

そう評するに相応しい巨体が白波を蹴立て、颯爽と駆け込んでくる。

 

 

はためく((旭日旗|自衛艦旗))と((白地に櫻三つの旗|海将旗))。

 

そして『黒黄青赤の四色から成る三角が組み合わされた旗』が加えられる。

 

途端、辺りが沸きあがる。

 

その豹変ぶりともいえる様子を不思議がるのは、各国から集まったうら若き((IS乗り|乙女))たち。

 

その中にも幾人かは『それ』の理由を知っている者が居た。

通信を開き、戦闘の合間にある寸暇を使って、その旗の意味を教えあう。

 

 

あの旗のもつ本来の意味はローマ字の『Z』であり『曳船求む』もしくは『我、投網中』である。

 

だが、日本においてはもう一つの意味があるのだと。

 

そこへ唐突に退避命令が下される。

 

海面付近へ一度逃げろと、そういう内容の通信に彼女らは首を傾げつつも従う。

 

 

 

彼女らが海面にたどり着くとほぼ同時、艦隊が一斉に火を噴く。

 

それと同時、二隻の護衛艦が猛然と駆け出した。

説明
#122:まもりたいもの、まもられたいもの




なんか架空戦史モノっぽい雰囲気になってますが、次回あたりで近未来系空戦モノに戻る予定です。

その次回がいつになるかはわかりませんが。
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