コードヒーローズ〜魔法少女あきほ〜
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コードヒーローズ魔法少女あきほ編

第二話「〜覚 醒〜ワタシの願い」

 

 

 

 

 

 私の名前は桜川 明樹保。ついさっきまで、何の取り柄もないただの学生だった。お隣に住んでいる幼馴染がいなければ、2日も生きていく自信がない。料理はできない。髪も慌てていると、上手く結ぶこともできなければ、勉強もできない。

 けど今は違う。何かを得た。何かをやった。何をやったのかはわからない。でも何かをやったから、私に振りかかる絶望を振り払った。だから今生きている。

 でもそれは何か恐ろしいことに巻き込まれたみたい。そんな気がする。終わりのない迷路に迷い込んだ気分。何を後悔したらいいのか、何を恨めばいいのかよくわからない。

 ただ、今わかっていることは物凄く眠い。

 歩く度に地面がフワフワと揺れる感覚がする。まっすぐ進んでいるのかさえ認識できない。少しでも油断するとまぶたが落ちてくる。

 地面に転がっているカーブミラーに映る私の足取りはおぼつかなく、まっすぐにも進めていない。目の下には隈ができ、瞳はどこか虚ろだ。

 ああ……。まずいどうしよう眠くて意識が――。

 

 

 

 明樹保の意識はそこで途切れた。なんとか地に立っていた体は崩れ落ちる。

「やれやれ……」

 が、体は地面に激突しない。地面スレスレでそれを阻止された。彼女の体は人の手によって支えられていた。早乙女 優大である。

 優大は倒れる寸前で明樹保を抱え上げた。彼女のそばに黒猫がいることに気づいたが、無視して彼女の家へと歩み出す。

 黒猫は一度振り返る。

 その先にある住宅街は廃墟と化していた。地面は何かが爆発したかのように捲れ上がり、周りの家屋は吹き飛ばされていた。そして視線を少年に抱えられている少女に向ける。黒猫は気付かれないように優大の後に続いていくのであった。

 

 

 

 

 

――将来のみんなの夢はなんですか?――

 幼稚園の先生はひとりひとりの夢を聞いていく。みんなは競い合うかのように、我先にと高らかに宣言する。そんな光景を私は眺めている。何も思いつかなかった。大ちゃんは隣で渋い顔しながら考えている。そうこうしていると私の前まで先生はやってきた。

――あきちゃんの夢は何かな?――

――わたしの夢は……うーんっと、うーんっとね――

 大ちゃんと目が合い思いつく。

――わたしの夢は、だいちゃんがひーろーになったらてつだうこと。まほうしょうじょになる――

 教室がドッと湧く。私は訳が分からず周囲を見渡すが、みんなは私の夢をバカにするように笑っていた。それが悔しくて私は泣きそうになる。

 先生はそれを察してみんなに注意をする。隣でそれを聞いていた大ちゃんは口を開く。

――明樹保が魔法少女になるなら、俺はそれに負けないくらいのヒーローにならないとな――

 大ちゃんの表情は真剣だった。

 

 

 

 

 

 見知った天井が視界に入る。

 最初に思ったことは「どうして家にいるのだろう?」という疑問だった。

 たしか私は……。

 脳裏に黒い狼。紺色の男の人。黒猫がフラッシュバックするかのように過ぎ去っていった。

 そう! なんか変な化物に襲われそうになって――。

 上半身を起こすと制服のままだった。時計を見るとすでに登校時間を過ぎている。慌てて布団から飛び出た。

「大ちゃんのバカ! どうして起こしてくれなかったのー!」

 ふと鏡に写った姿はぐちゃぐちゃだった。

 しわくちゃになっている制服にうんざりする。そして左の中指にあるソレに気づいて、ゾッとした。

 体の中にある臓器が全部こぼれ落ちていくような気がする。

 明樹保の脳裏に昨日の出来事が巻き戻しで再生される。

「夢じゃない……。そっか……夢じゃなかったんだ……」

 悪寒が走り、体が震えた。

「そう、夢じゃないわ」

 

 

 

 明樹保が振り返ると黒猫が部屋の隅に座っていた。

 夢じゃない。この宝石と黒猫さんがここにいるってことは昨日の出来事は本当だったんだ。

 死にそうになったという事実が、口の中を乾かせ、体の熱を奪っていく。

「あの後、貴方は意識を失い、少年にここまで運ばれたのよ」

 そっか……。大ちゃんにまた迷惑をかけちゃったのか……。後でお礼を言っておかないと。

「猫さんどうやって家に?」

「隙をついて入ったのよ。それで話があるんだけど――「あーいけない! 学校にいかないと!」――え?」

 明樹保は慌てて駆け下り、リビングに入るとテーブルの上に食事と書き置きがあることに気づいた。明樹保の懸念を払拭する内容である。

 

 

 

――明樹保へ。朝飯と昼飯は適当に作ったので、好きに食べてくれ――

――昨日の爆発事故で本日の学校は休校だ。疲れているみたいなのでゆっくり休むように――

――早乙女 優大――

 

 

 

「爆発事故……。違うあれは――」

 私はふと考えこんで、自分はまだ何も知らないことに気づいた。

「そういえば猫さん昨日のアレは……」

 猫はいつの間にかやってきており、優雅に歩み寄ってくる。

「そうね。貴方はもう無関係じゃない。だから、私の知っているすべてを話しましょう」

 そこで私は猫と平然と喋っていることに驚いた。

 私の日常が音を立てて崩れていく。だけど私は知らなければならない。

 今、私がどういう状況にあるのか。そして、これからどうなってしまうのかを。

 

 

 

 

 

 室内は歪に彩られている。亀裂の入ったステンドグラスが日光を浴びて部屋を照らしているからだ。礼拝堂だったその場所は、今は面影がない。座席は乱れ、壁に亀裂が走り、埃が舞っている。室内の奥では、砕けた十字架があった。その前に金の装飾を施した椅子がある。

 この荒んだ場に不釣り合いなほど豪華絢爛。そして埃1つない。

 部屋には数人の人がいる。陰に座っている者が多く、顔はよく見えない。豪華絢爛の椅子の前に人が集まっている。

 1つの人影が入ってきた。それと同時に椅子の前にいた者達は頭を垂れる。入ってきた者は迷いなく椅子に座った。

 椅子に座った者は肘をついて、口を開く。

「怪我は大丈夫か?」

 男の声。声音はつまらなさそうである。

 声をかけられたオリバーは一歩前に歩み出ると、答えた。

「問題有りですな。左腕を焼かれました。哀川の治癒の力を使ったのですが、治りが悪いです。……不覚!」

 オリバーは包帯巻きになっている左腕を忌々しく見ている。

 それを面白そうに見ている者がいた。

「けひひ! 小娘にやられるなんて腕が鈍ったね。僕はそんなヘマ踏まないけどね〜」

 男が嫌味を言う。

 嫌味を言う男は、豊かに張り出た腹部をたゆませながら、ポテトチップスを鷲掴みにして口に運ぶ。対して嫌味を言われたオリバーはそれを涼しげに流した。

 それが面白く無いのか、より激しくポテトチップスを口の中に運んでいく。

 袋の中身が空になると、丁寧に畳み、新しいポテトチップスを開けて食べ始めた。しばらくして何かを思いついたのか、男は口を開く。

「けひひ! ルワーク様! その小娘僕に狩らせてよ。光の力を持っている可能性があるんだろう? だったら僕、欲しいな。けひひ!」

 食いながら喋っているため、口を開く度に食べかすがこぼれていく。それを女性の声がたしなめる。

「アリュージャン。我らが主の前で無礼だぞ」

 その言葉にアリュージャンは不機嫌になり、語気を荒げる。

「クリスぅ〜? 誰に向かって偉そうに口聞いているんだぁ? 負けたお前が偉そうに僕にいうなよ! 紫のエレメントコネクターに負けたくせに!」

「なに……!」

 アリュージャンのクリスと呼ばれた女性が殺気立つ。

 2人は一触即発の雰囲気を纏っていた。

「やめろ」

 椅子に座った男、ルワークが口を開いた瞬間、その場は静寂に包まれた。

「アリュージャン。お前もアイツに負け続けた身だぞ」

 声は変わらずつまらなさそうである。

「けひひ! それならその失敗。ここで取り返させてもらうよ。けひひひ!」

 アリュージャンは面白そうに言う。

「その言葉、覚悟があるんだろうな?」

 アリュージャンは「もちろん」と即答した。

「ならばいい。オリバー、お前は怪我の治療に専念しろ。哀川、具合を事細かく報告しろ」

「御意。してエイダはいかが致しましょう?」

 ルワークは少し考える素振りを見せる。

「俺に会いに来てくれたのだ。追い払う必要もない。それに奴は掟に縛られている身だ。何もできないさ」

 つまらそうにしていた声音は一変した。まるでそれだけが楽しみと言わんばかりである。

 そんなルワークの様子にクリスは小さく舌打ちした。アリュージャンは「けひひひ」と笑う。彼女を面白そうに眺めている。

 オリバーは「何もできない」という言葉を否定した。

「ルワーク様」

「好きにしろ。ただし2,3日は治癒には専念するんだ。お前は貴重な戦力であることを忘れるな」

 オリバーの呼びかけにルワークは元のつまらなさそうな声音に戻る。

 彼は釘を刺されてしまい。面白くなさそうに顔をしかめた。

「けひひ! それじゃあ僕はオリバーの尻ぬぐいでもしてくるよ。けひひ!」

 アリュージャンの顔は狂喜に歪んだ。

 会議が終わると見るや、アリュージャンは意気揚々と飛び出していった。

「まだ話は終わっていないというのに……」

 クリスは咎めるように言うが、誰一人それに同意するものは居ない。

「ルワーク様、志郎はまだ首都でしょうか?」

 オリバーの問に、ルワークは首肯する。

「ああ、あいつにあっちの指揮を任せている。そろそろ一度こちらに合流する頃だろうがな。何にせよ、その小娘はアリュージャンに任せよう。それよりも、お前たちには別件を頼みたい」

 

 

 

 

 

 私の目の前にいる少女の名は桜川 明樹保。

 先ほどまで左右に結ってあった髪は、今は肩まで垂れ下がっている。

 今は彼女の部屋で机を挟んで対峙している状態だ。

 掟のことはあれど、彼女の質問に全てを答える。それが巻き込んでしまった私の責任だ。

「――つまりエイダさんと昨日の男の人もヴァルハザードの人ってこと?」

「そうよ。私と彼らはそこの住人なの」

 明樹保は「そうなんだ」と言うと、それ以上何も聞いてくることはなかった。

 私と彼らがこの世界の住人ではなく、別の異世界から来たのはすんなり受け入れてくれたようだ。

 彼女は私がこちらにいる知人に、呼びかけた念話を聞き取り、助けに来てくれた。

 そう、本来は彼女にではなく別の人に宛てたモノだったのだが……その人物には今も繋がらない。

 今の彼女は事態の異常性を理解して、努めて冷静に話を聞いてくれてはいる。しかし魔物の話になった辺りから、結んだ両手が震え出していた。

 心中で「無理もないか」とつぶやく。彼女は昨日死にかけたのだ。

「つまり……その……。あの大きな狼は人が死んで生まれたって……こと?」

 私は短く「そうよ」と答えた。

「どうやってそんなこと?」

「少し別のお話をするわね? これは決して無関係な話ではないわ」

 

 

 

 明樹保は小さく首を縦に振る。それを確認したエイダは口をゆっくりと開いた。

「私達の世界に魔石という鉱石があるの。それはこっちの世界でいうレアメタルとかそんなものよ。ただ、こちらの貴金属と違って膨大な力と意思のようなモノを持っているの」

 明樹保は視線を落とす。その先は自身の中指はめられた指輪だ。エイダは彼女の素振りに気づいたが、気に留めず話を進める。

「ヴァルハザードも、ここエデンも、生物には皆等しく、大なり小なり魔力を最初から持ち合わせているの。それを魔石に触れさせると爆発的に力を増幅させるのよ。一種の暴走状態になるわね。魔石は……そうね。こちらの世界で言うガソリンとでも思って。魔力はマッチについた火。火がついたガソリンがどうなるかは、想像しやすいわね?」

 明樹保は首肯する。エイダは、彼女の左中指にある魔石の輝きを眺めながら続けた。

「焼け死ぬ。というわけではないけど、爆発的に触れ上がった魔力に、身を焼かれるの。常人にはその膨大な力と意思の様なモノに耐え切れず死んでしまうの」

「じゃあ昨日の襲ってきたあの人も?」

 エイダは首肯する。

「ヴァルハザードの人ってみんなそんな危険なことして魔法使えるようになっているの?」

「いえ、全部が全部そうってわけではないわ。私たちの世界では、人は皆、魔石を加工して無害なモノにするの。それを媒体に魔法を行使する。だけど、加工すると、魔石はその効力大きく失うのよ」

 エイダは一度切ると瞑目した。そしてゆっくりと続ける。

「原石に近い状態の魔石をその身に宿して、正しく覚醒できれば無双の力を手に入れるわ。彼らが欲しいのはその覚醒に失敗して生まれ出る魔物よ」

「それで……」

「そうよ。ある程度魔力の素養が高いモノを選んで、魔力の暴走を誘発して殺し、死ぬ間際の負の感情から生まれ出る魔物、それが欲しくて彼らは人に暴走した魔石を与えるの」

「それらを使って、一体何をしようとしているの?」

 エイダはありのままを告げた。

「彼らは貴方達が住むこの世界と、私たちがいる世界。ヴァルハザードを支配しようと企んでいるわね。そのために力が必要なのよ。魔物と覚醒した魔石は、そのためには必要なの」

 明樹保は目を白黒させていた。

「でも、その……私のようになっちゃうかも」

 明樹保の中指にある指輪は半分桜色、半分黒色になっている。

「貴方のように魔力の暴走をうまくコントロールして、エレメントコネクターとして覚醒した場合。魔石は特殊な力を宿すの。貴方の場合は光……だと思うけど」

 エイダの言葉には自信がない。明樹保は自分が何に目覚めているのか不安になったのか、表情を曇らせている。

「けど?」

 エイダは明樹保に指輪を見るように促した。

「半分だけ黒いわよね?」

 明樹保は小さく「うん」と答える。表情は芳しくない。不安なのだろう。

「この状態は不完全な覚醒を意味するの。本当は魔石全部が黒から、何かしらの色に変わるのよ」

 

 

 

 私は、かつて経験した出来事を踏まえながら話をしている。かつてこの街で起きた事件。その時もエレメンタルコネクターは生まれた。

 エレメントコネクターになるのは非常に難しい。先にも述べた通り、死と隣り合わせである。

 また覚醒した後も何かのキッカケで魔物になるという可能性もあるという伝承も残っていた。前にエレメンタルコネクターに覚醒した人物も「油断できない」と言っていたのを覚えている。

 ヴァルハザードでも、危険な儀式を乗り越えて初めてなることができる存在。見返りはでかいが、リスクの大きさに廃れていった。

 今ではその儀式を古代式魔石覚醒術と呼び、皆忌み嫌っている。

 うまく行けば魔石の増大した魔力をそのまま上乗せさせられるので、覚醒した時点でかなり強力な力を得ている状態だ。だからある程度知識と知恵、そして戦い方を学べば鎧袖一触の強さを誇る戦士となる。

「その魔石が完全覚醒した場合。力を宿すの。属性、エレメントと呼んだりするんだけどね。実際は属性という括りを超えている力もある。それが光や闇だったりするの。覚醒した魔石は他人に譲渡することもできる。複数の魔石を持つことで力をさらに上乗せできるの」

「じゃあ、それも狙っているってこと?」

「そうね。覚醒したばかりなら知識も経験もない。だから簡単に奪えるわ」

 明樹保は指輪を眺めながら疑問を口にする。

「その魔石が……中途半端ってことは、もしかしてまだ、あの狼みたいな魔物になる可能性も大きいの?」

 核心をついてきたことに、内心動揺した。表情は崩れていないだろうかと、彼女の瞳を鏡のようにして、自分の表情を見る。

 よし、大丈夫だ。

 私は努めて冷静に口を開く。

 そう。彼女は今非常に危険な状態だ。私が彼女の家についてきたのは、最悪の事態になった場合を考えてだ。

「曲がりなりにも覚醒したら大丈夫よ。貴方の場合素質もあるし、魔石の上乗せされた分もあるから、かなり強くなるわよ? 覚醒させておいたほうが後々便利じゃないかしら? 特にここではヒーローという職業もあるし」

 嘘をつくのは好きじゃない。けれど今の彼女にとっては必要だ。

 実際はかなり危険な状態であるのだが、今は不安定ながら安定している。だから、最悪の事態を避け、むしろ好転させたいのが私の狙いだ。だから、不安になられては困るのだ。

 不安や恐怖は魔物になる可能性を高くさせる。それを防ぐためにも、敢えてその部分は伏せた。

 私は「一番安全な状態にするには、覚醒させるのが手っ取り早い」と付け足して、少し考えこむ。

 光の力……だとすると、闇と並ぶ高位の力と言っていい。もしもそうならば、その力を彼らは必ず狙ってくるはずだ。

 万全な状態で星の力を使っていたオリバーを圧倒し、あの魔物も一緒に消滅させるほどの力。

 そしてなにより天まで届く、あの光の柱からすると間違い無いと言い切りたい。しかし完全覚醒じゃない故に、光ではない可能性でもある。ただの魔力を放出させた光だけだったのかもしれないし。

 不完全な状態だとまだ魔石の影響が残っているはずだ。実際に彼女のように不完全な覚醒になる事は、かなり稀である。

 故にヴァルハザードでも文献が少なく、詳しい対処法とかはない。だから正しく覚醒させるのが安全への近道である。ただ、不完全な覚醒のまま魔物になった場合、凶悪な魔物になる可能性があった。魔石も覚醒させた状態の魔物である。そちらになってしまう可能性も捨てきれない。

 私は内心悩んだ。もしも力技で対処するなら2つあった。1つは半覚醒の魔石を破壊すること。もう1つが半覚醒させた人物を殺す事である。

 前述の手法は魔石を一瞬で破壊する必要がある。が、現状では不可能に近い。やれなくもないが、それは私が手段を選ばなくなった時だ。まだこちらのヒーロー達を敵に回すようなことはしたくない。

 後述の手法は論外である。無関係であった人物を、私達の都合で殺すなど外道の極みだ。たとえ元老院の小童共の指示でも、しない。

 とはいえ、彼女が魔石を覚醒させた魔物にならない保証はない。

 ヴァルハザードで以前あった話だ。実際に遭遇はしていないが国がひとつ消滅し、魔物が暴れまわったという。そうならないと言い切れるわけではない。

 逆に言えば、明樹保がエレメントモンスターにならないという保証はないのである。

「なら、賭けるしかないじゃない」

 

 

 

 エイダのつぶやきは明樹保に届くことはなかった。

「大丈夫かな?」

「大丈夫。さっきも言ったけど、こっちに1人ツテがあるの。その人ならこの事件をあっという間に解決できるわ。なんとしてもその人と繋がれられればいいんだけど……」

 エイダは無意識に不安を口にする。もちろん明樹保を安心させようとしてと喋った内容だったが、不安も口に出してしまっていた。しまったという顔になる。

「こっちに友達がいるの?」

 明樹保は気に留めていなかった。友達という部分に声が明るくなる。

「え、ええ。貴方は安心して完全覚醒させることに集中して。完全覚醒すれば魔石を手放しても大丈夫だから」

 エイダは会話をやめると「作業するわ」と言った。それ以上不安を与えないため、喋るのをやめたのだ。念話と探査用の魔法で周囲の反応を探ることに集中する。それはエイダ自身の不安を払拭させるようにも見えた。

 

 

 

 こういう時、大ちゃんに相談したら一番いいんだけど。窓から覗いた隣家には人の気配を感じない。

 振り返ってエイダさんの様子を伺うと、よくわからない作業をしている。怪我もしているので手当もしたいんだけど「そのうち治る」で断られちゃったし……でもあちこち怪我だらけで痛そう。

 私はどうしたものかと考えて、指輪に視線が止まる。黒いほうの輝きに不吉なものを感じた。

 エイダさんの話は嘘じゃないのはわかる。信じてもいいし、信じてもみたい。

 だけど、この魔石の状態の話は、自信のようなものを感じなかった。もしかしたらとっても危険な状態なのかもしれない。

 こんな私に出来る事ってなんだろう?

 若草色の光が浮かび上がる。光の円陣がエイダさんの前に展開し、その周りを光の玉が数個浮かび上がり、回り始めた。エイダさんを中心にして床にも同じ色、同じ円陣が浮かぶ。

「これが魔法……すごい」

 今度は光の玉は陣形の中から生えるように数個出てくる。その光の玉は浮かび上がると、ゆっくりと窓ガラスをすり抜けて外へと飛び出していく。

 エイダさんの知り合いさんならこの事件を一瞬で終らせることができると言っていただけど、なんだかその人と合流するのは難しそう。

 それにエイダさんだけであんなのと戦うのなんて……無理だよ。

 もしかしたら私にも手伝えることがあるのかな?

「あの……私が手伝おうか?」

「良心の呵責から手伝おうと思ったのならやめておきなさい」

 エイダさんは首を横に振る。

「でも……そんな怪我じゃ」

「大丈夫よ。ツバつけときゃ治るわ」

 エイダさんは言うと、怪我している部分を舐めた。時折「痛っ」なんて言っている。

「でもあんな化物エイダさんだけで――「貴方に関わり抜く覚悟があるの? 死ぬかもしれないのよ?」――うっ」

 私は返す言葉が見つからなかった。死ぬかもしれない、昨日は確かにそれを実感した。今でも寒気がする。けど、あんなのを放っておいていいの?

 あんなのに殺されたくないって気持ちも本当だし。でも、知っているのに知らないふりするのっていいのかな? やっぱり大ちゃんに話を聞いてほしいな。

「明樹保の気持ちは嬉しいわ。でも、だからこそ、その優しさに惑わされないで」

 何も言えなくなった。エイダさんの作業を邪魔したくないし、手伝いたいしで、心のなかがちぐはぐになっていく。

 私に今できる最大限のことって……。

 視界に指輪が入る。

「とりあえずこれ……だよね」

 私は指輪を両手で包んだ。

 今私にできることはこの石を完全覚醒させて、エイダさんの作業を少しでも楽にさせること…だよね。えーっと、こういうのって強く念じるんだっけ?

 彼女は包んだ石を額のところまで持ってきて目をつむり念じる。

 あれ? 願い事でも言えばいいのかな? 石さん石さん起きてみんなを困らせている人たちを退治して。

 目を開いて魔石を覗くとなんの変化もない。

「んー覚醒! 石さん起きてー」

 明樹保の言動に、エイダはつい笑ってしまう。

「何も笑わなくてもいいじゃないですか」

「ごめんごめん。つい――」

 エイダさんなんだか寂しそう。こっちの友達に会えないのは寂しいよね。なんとかしてあげたいな。

 

 

 

 その後明樹保は布団の上で七転八倒したり、ジャンプしたりして、念じるような行為をしてみるが何の反応もなく、無為に時間だけが過ぎていった。

「何が足りないんだろう?」

「助言できなくてごめんなさいね」

 明樹保は長い間、魔石と向き合うが、変化は一向に見られない。徐々に退屈になってきたのか、眠そうにしていた。

 程なく、明樹保はそのまま机に突っ伏して寝てしまう。

「よほど魔力の消費が激しかったのね」

 エイダは「無理もない……か」と言いながら布団をかじる。

 エイダはなんとか布団をかけようと、猫の身でがんばるがうまくいかない。四苦八苦していると扉が開いた。エイダは慌てて隠れようとするがすでに遅く。部屋に入ってきた優大とバッチリ目が合ってしまう。

 優大は少し首をかしげた後、何事もなかったかのように明樹保を抱えて布団に寝かせる。両手に包んであった魔石に気づくが机の上に転がし、猫の頭を撫でると部屋から出ていった。

 部屋から出て行ったのを確認してエイダは1人つぶやく。

「あんまり気にしない感じの子でよかった」

 エイダは心底安堵した。

 

 

 

 

 

 太陽が地平線に沈みそうな頃合い。瓦礫を載せた10tトラックが走りだす。それを須藤 直毅は見送りながら思考を口にする。

「こいつは難儀な事件が重なっちまったな。今日も帰れそうにない……。しかし一体何がどうなったらこんな爆発なんか起きるんだ?」

 無精髭の生えた顎をさすり、シワが深くなり始めた顔に、さらに深いシワを作った。

 彼が見渡す視線の先は廃墟だ。住宅街だったらしい場所は、ミサイルか爆弾で爆撃されたかのように、地面が抉れ、周りの民家を粉々に吹き飛ばしていた。

 しかし爆発したら焦げたり、燃えたりするのだが。爆発による火災などは確認されなかった。家が倒壊して起きた二次火災などの痕跡しかなく。ただ力が加わって、地面がめくれ上がり、家が薙ぎ倒されたような感じだ。

「超常生命体だったら……」

「それはないっすよ。おやっさん」

 後ろで作業している男が口を開く。

「まあな」

 須藤 直毅はタバコに火を点けた。タール越しに煙が肺に行き渡り、脳に血液を送る。これが彼の考えるときの癖である。

 爆発事故で出た瓦礫は、警察とローカルヒーローたちによって片付けが始まっていた。

「自衛隊はまだ動けないんすか?」

「だったらお前が代わりに、向こう行くか?」

 須藤 直毅の言葉に男は首を勢い良く振った。

 市のほうでも自衛隊の派遣を要請したが、別件で今は自衛隊が動けないでいる。よって警察とローカルヒーローだけである。

「あっちもこっちも、どこもかしこも異常ですね」

「なんだってこう色々な事件が重なるんだろうな」

 男は肌寒くなったのか、コートを取り出すと着込んだ。須藤 直毅はそれを横目にタバコを吸い続ける。

「表向きは爆発事故になっているはずだがな、実際は違う。怪異事件による爆発だ」

「あの紫の娘ですかね?」

「手がかりはそれくらいだろう。アイツも知ってそうだが、別の件で公安も上もてんてこ舞いみたいだしな」

 須藤 直毅は腕組みをすると、二の腕の辺りを忙しなく指で叩く。

 当初は超常生命体による攻撃なのではないかと、厳戒態勢で調査が行われたが結果は違った。

 彼は水たまりに映る自分の姿に、苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

 

 

「また髭が生えていやがる。しかも白いぜ」

 それに前より少し髪も後退したように感じて気落ちする。顔もでかくなっただろうか? 部下からは「骨太だとか」よく言われるが、これでも若い頃は結構ほっそりしてて、モテたもんだ。もちろんそんな話は部下も、娘たちですら信じてくれない。

 2日前に起きた娘との喧嘩を思い出して、腸が煮えくり返った。

「くそっ」

「どうしたんです?」

「なんでもねーよ。ちょっとした老いを実感してたんだよ。それより杉原! 戸田! ぼさっとしてないで作業を進めろ。明日には復旧工事したいんだとよ」

 

 

 

 制服を着た若い警察官は「すんません」と言いながら、手早く作業に戻った。杉原は動こうとする気配がない。

 須藤 直毅を苛立たせているのは、老いや娘との喧嘩だけではなかった。振り返った男の視線の先に、警察とは別のチームが捜査している。ロボットと思わせるような機械的な装備を着込んだ者達だ。

 6人一組のチームらしく。ここに捜査しに来ているのは左肩に「02」と刻印されている。白色を基調としているが、もう一色ある。見た目でわかりやすく見分けるために一部アーマーやパーツを6人6色で色分けされている。赤、青、緑、黄、紫、黒。

 彼らは棒のような機器を辺りに、向けている。

「あいつらは礼儀をわきまえているんだがな……」

「彼らは協力的ですしね」

 須藤と同じくスーツ姿の男が歩み寄ってきた。

「神代か? で、どうだった?」

「ダメでしたね。取り付く島もない感じでした」

 神代 拓海は、彼の問いかけに首を横に振りながら答える。須藤は面白くなさそうにすると、舌打ちをした。

「たっく、タスク・フォースの滝下司令とやらは何を考えているんだか」

「粘り強く交渉はするつもりです」

 神代 拓海は顔色を少しだけ渋くするとすぐに元に戻す。

「とりあえず瓦礫の撤去は俺達に任せろ。お前は上に報告があるんだろう?」

「はい。一足先に戻ります」

 今はタスク・フォースが捜査の主導権を握っていた。現場で出た重要と思しきモノは、タスク・フォースが優先的に回収していた。

 そして彼らは、捜査とか言いながら瓦礫の撤去も行っているのだ。

 

 

 

 何かわかったことはこちらにもそれとなく伝えているあたり、上のやり方にも少し疑問を抱いているんだろうな。

 こいつらは嫌いじゃない。どっちかといえば被害者だ。だが、こいつらの上が気に食わない。捜査を先にやっていた俺たちを邪魔者扱いして、瓦礫の撤去を命じてきやがった。

 こっちに協力をさせる癖に、こっちからの協力要請は受けないと来たもんだ。腹立たしいぜ。

 上も「タスク・フォースの言うとおりにしろ」とか腰抜けたことを言いやがって。それじゃあ俺たち警察がバカにされるだけだろうが。

「ふん!」

 

 

 

 須藤 直毅たちが瓦礫の撤去を終えようとした時だった。

「う、うわぁああああ!」

 突如悲鳴が聞こえ、須藤は振り返る。

 瓦礫の下から巨大な狼の頭が出てきたのだ。首だけだ。しかしまだ生きている。戸田の腕に噛み付き、そのまま口の中へ引きずり込んでいく。

「助けっ! 腕が! ああっ! あああああ! 誰かー!」

 突然の出来事で皆の動きは鈍かった。誰もが最悪の事態を想像できたにも関わらず、あまりに現実味のない出来事に、その光景を見入ってしまったのだ。

「戸田ァ! 今行くからな!」

 そんな呪縛からいち早く解き放たれた須藤は、戸田のもとに駆けつける。が、狼はそんな行動を嘲笑うかのように、戸田を空中に放り投げそのまま口の中へと収めた。そして見せつけるように咀嚼し始める。肉と骨と悲鳴が砕かれる音があたりに響く。

 それを聞いて誰も彼もが腹に冷たい氷を入れられたような寒さを感じる。そして狼はソレを嚥下した。

「戸田……戸田ぁあああああああああ!!!」

 狼の首から体が生え、あっという間に民家を超える大きさとなった。そして須藤たちを見下ろす。その目は「次はお前たちだ」と言っていた。

「この野郎!」

 須藤は即座に拳銃を引きぬき、引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 エイダは突然の銃声に飛び起きた。窓からあたりを見渡すが、明樹保の部屋の窓からだと死角で見えない。

「一体何の騒ぎ?」

 私の探査魔法に魔力の反応が引っかかった。最悪の事態を想定しながら、何が探査に引っかかったのか確認すると反応は小さかった。安堵しながら詳しく調べると、昨日の魔物がまだ生き残っていたらしい。

「しぶといやつ」

 彼女は振り返り明樹保の様子を確認した。

 

 

 

 気持ちよさそうに寝息をたてている姿は、愛らしかった。

 私は彼女に対して愛着を抱いている。まだ会って間もなく、少ししか会話もしてないけど、彼女の事は好きになっていた。

 それ故に巻き込んでしまったことへの罪悪感を覚える。彼女はこのままにしておこう。「きっとあの子と繋がる」そう信じているから。

 私は窓を開ける。もう一度振り返り、お辞儀をして外へと飛び出した。

 

 

 

 

 

 ビルの屋上に1人の人影がある。まるまると肥えた男、アリュージャンである。

 アリュージャンは眼下の街を興味無さそうに見下ろす。目当ての少女を探すために街に大量の光る玉を投下していく。色は茶色である。

 道行く人々はその玉が近くを浮遊していても気づかない。普通の人間には見えないのだ。見えたとすればそれは魔力がそれなりにある証拠でもあった。

「あー面倒だな。探査するよりもこの街をぶっ壊してエイダをおびき出したほうが早いんじゃね?」

 舌打ちしながら探査魔法の反応を確認する。ポテトチップスはすでに3袋目らしく。彼の足元には綺麗に畳まれた袋が2つあった。

「大体探査とか僕苦手だしなぁ。けひひ! やっぱり破壊しちゃおうかな? もしかしたら紫のエレメントコネクターも一緒におびき出せるかもしれない。そいつも一緒に葬ってしまえば楽ちんじゃん! けひひ!」

 魔石に宿る力を発揮しようと魔力を込めていく。

「アリュージャン」

 背後から声が飛んできた。重苦しく、威厳のある声だ。

 アリュージャンは多少驚きながらも、聞き慣れた声に胸を撫で下ろす。

「驚かさないでよオリバー。それと君、治療に専念しているんじゃないかな?」

 オリバーは「治療しながらだ」と言いながらアリュージャンの隣までやってきた。

「昨日やられたと思った駒がまだ生きている。そいつは鼻が効くはずだ」

「そりゃあ吉報だね。それで? そいつを使えって命令しに来たのかい?」

 伝えるべきはそれだけなのか、すぐに踵を返す。

 オリバーはアリュージャンに背を向けながら「提案だ」と言った。そして残像を一瞬残して消える。

 どこかへ向かったようだ。そんな姿に残された男は「ふん」と鼻を鳴らした。

 ポテトチップスが空になったのか3つ目の袋を畳み始める。

「まあいい。君の提案を受け入れよう。ん? けひひ!」

 アリュージャンの顔が妖しく歪む。

 茶色の鏡の向こうで、女性が物珍しそうに覗きこんでいる映像が写っていた。

「いい魔物になりそうだね。けひひ!」

 魔力の素養が高いものを見つけたのだ。一息でビルから飛び降り、路地裏に着地する。そのまま大通りまで走り出て、目標に魔力を込めた魔石を植えこんだ。

 女性の断末魔が街に響き渡った。

 

 

 

 

 

 俺はまた1人狼に食われるのを、見ていることしかできなかった。肉が潰される不快な音だけが耳に残る。

「くそっ!」

 俺は倒れた体を無理矢理起こすが、足が震える。

 相当足に来てやがるな。これはダメかもしれないな。

 タスク・フォースの連中は頑張っているが、あの超兵器が、まったく効果が薄いってのは、予想外だった。

 傷は与えられるんだが、即座に傷が塞がっていく。俺達の銃も同様に傷は与えられても、すぐに治っちまって意味が無い。タスク・フォースの連中ですら豆鉄砲見たいになっているんだ。考えたくはないが、俺達の銃なんてソレ以下ってことになる。

「あいつらの武器ってエネルギー弾だよな?」

 俺は隣にいる杉原に聞いた。

「エネルギー兵器ですね。ちなみにあれでも戦車の装甲は簡単に融解させますよ。それこそバターが熱であぶられるようにですね」

 あいつらの武器はエネルギーを弾として、撃ちだす兵器だ。俺達の銃とは比べ物にならない威力だ。実際外れた攻撃が民家に大きな穴を開けていた。

 超兵器といってもスターダムヒーローのお下がりであり。企業が要らなくなった武器を無理矢理押し付けられているのが現状である。

 それでも杉原の言ったように、戦車の装甲をバターのように溶かすことのできる威力は持っている。それが有効打にならないのだ。

 こっちもあっちも死ぬかもな。こりゃあ。

「超常生命体といい、こいつらといい。銃とか効かないとかどうすりゃいいんだよ!」

 

 

 

 旧式でも強力な威力を持つ武器。そんな武器が敵に致命傷を与えられないのは、非常に苦しい状況であった。

 実際士気は下がる一方であり、徐々に動きが悪くなっていく。

 そんな中でも、弱音1つ吐かずに動く戦士達がいた。タスク・フォースである。

 6人は動き回りながら、攻撃を加えていく。しかし、狼は受けた傷を即座に修復していった。最初は攻撃を避ける素振りなどを見せていたが、避けなくなったのだ。面倒になったのか、はたまた攻撃があまり効かないとわかったのか、突進するようになった。その牙で、爪でタスク・フォースを攻撃するが、6人は上手く避けていく。

「フォーメーションデルタ。フロントは俺とグリーン、イエロー。ブラックとブルー、パープルは援護してくれ」

 赤い戦士が叫ぶ。

 各々が「了解」と返事してフォーメーションを組む。

 彼らは大小の三角形を描いていた。狼の目前で小さな三角形を作った赤、緑、黄は攻撃を一箇所に集中していく。

 その3人と狼を大きな三角形を描くように囲んだ黒、青、紫が、後方から援護射撃をしていく。狼の目標を集中させないようにしているのだ。

「上手い。これならいけるぞ」

 みるみる傷が広がり、黒い液体が噴き出る。なんとか応対しようとする狼だが、それを外の3人が阻む。目の前の3人を潰そうと動こうものなら、広がった傷口に一撃を加えて、ひるませるだけだ・

 須藤は素早く周りを確認し、生き残っている部下を確認した。ほとんどが負傷して動けないでいる。舌打ちをしながら、指示を出していく。

「杉原! 高松! 何人か少しでも動けるやつをとっ捕まえて負傷したやつを引っ張って下がれ! 桜井! 後藤! 俺と一緒に援護射撃に回るぞ。足は止めるなよ!」

「おやっさんも下がったほうがいいんじゃないですか?」

 桜井が拳銃に弾を込めながら須藤を気遣った。

「ちょっとした打ち身だ。これくらいなんともねぇよ!」

「おやっさんに死なれたら、俺たちは恵ちゃんと直ちゃんに顔向け出来ませんよ」

 後藤は強がって笑ってみせるが、足が震えていた。

「うるせぇ! 両方共と今喧嘩中だよ! むしろ俺がいなくなったほうがあいつら嬉しがるだろうさ!」

 須藤の自棄に、2人の部下は苦笑いする。

「お前たちも死ぬなよ!」

 3人の警官は負傷した味方が安全に下がるため、タスク・フォースの面々を援護するために拳銃の引き金を引いていく。もちろん彼らの持つ拳銃など、狼からすれば豆鉄砲にすぎない。故に――。

「頭や目、末端を狙え。末端なんて狙われていい気がするやつはそうはいないはずだ」

 黒い大きな影が揺れる。須藤の狙い通り、狼はこの攻撃を極端に嫌った。

 これでいけると踏んだ須藤たちは攻撃の手を強めていった。

「おやっさんいけますよ!」

「油断するじゃねぇ!」

 須藤直毅は素早く辺りを見渡す。彼の仲間達の撤退はまだ完了していない。タスク・フォースの面々は攻撃の手を強めていく。

「お巡りさん」

 赤い戦士が須藤直毅に話しかけていた。

「これでも刑事課だ!」

「そんなこと言ってる場合じゃないんですよ」

「あん? どうした?」

 赤い戦士の声音が少し揺れている。それを彼は訝しんだ。

「都市部でも化け物が出て、騒ぎになっているんです」

「何……?」

 赤い戦士は「通信が入ったんですよ」と続けた。

 須藤直毅は舌打ちする。

「そっちの戦力でどうにかならないのか?」

「逃げられたらしいんですが、どうもそれがこっちに真っ直ぐ向かってきているらしいんですよ。俺達ならなんとかなるんで、隙を見て逃げてください」

「馬鹿言うんじゃない!――」

 言葉を交わしながらも攻撃の手は緩めない。銃弾を装填しながら須藤直毅は怒鳴った。

「なおさらここで、このデカブツを潰さないと、避難誘導した意味が無い!」

 彼は「今この一帯が、民間人を巻き込まない場所だ」と付け加える。

「ですが……」

 狼はのた打ち回り、瓦礫を吹き飛ばす。それが不運にもタスク・フォースの連携を崩した。

 一瞬である。一瞬で狼の傷は癒え、タスク・フォースのフォーメーションから一飛で抜けだした。

 須藤たち3人に目標を絞る。4つ足に力を込め、大地を蹴った。一飛で須藤たちに肉薄しようとして、若草色の光に弾かれた。

「猫ぉお?!」

 桜井の素っ頓狂な声があたりに響いた。須藤たちの前に小さな黒猫が狼に対峙していた。

「なんだ? 光ったような」

 猫が来た途端。狼の挙動が変わった。直線的だった動きは、ジグザグに跳躍して、何かを避けるような動きになる。

 猫から光る線が走る度に、狼の黒い影が大きく抉られていく。無理に近づくことができず、大きく後退させられた。

「俺達の出る幕ではないってか」

 須藤 直毅は直感的にこの猫なら倒せると感じたのだろう。銃を懐に収めた。そして今自分たちにすべきことを考えて、即座に答えを出す。

「下がるぞ」

 2人の部下は疑問を口しようとしたが、手で遮る。

「あんな超常現象でなんとかなっているんだ。俺達の出番はない。それよりだ。でっかい爆発とか起きてもいいように避難区域を広げるぞ」

「あいあいさー」

「本当にいいんですか?」

 近藤が不安そうに聞く。須藤直毅は自信満々に応えた。

「最近学んだだろう? 対処できるやつがいるならそいつらに任せて、俺たちは俺たちにできることをするって。他の奴らと合流して、避難誘導を手伝うぞ」

「そうですね」

 須藤直毅は携帯を掴み、駆け出した。タスク・フォースの面々は猫が戦うことに驚いてか、呆けて見てしまっている。

「黒猫! 後は任せたぞ」

 エイダは魔物と対峙した。

 エイダは須藤達が離れるのを確認した後、若草色の光を纏う。 

「ふっ」

 エイダは一息で円形の陣を構成する。陣からは尖った光が複数出てきた。杭のようにも見える。それを魔物に向けた。魔物も、下手に動かずエイダの出方を伺う。

 張り詰めた空気がその場を満たす。

 最初に動き出したのは狼だった。大きく跳躍しエイダの後方を取ろうとする。エイダは光る杭を2発放つが、狼の速度には間に合わず空を切る。空中で身を捩り、エイダの後方に着地し、彼女の背後をとった。

 魔物はその背に牙を立てようとするが、体が動かない。若草色の鎖が狼の体を縛り付けていたのだ。エイダは余裕を持って振り返る。その足取りはどこか優雅さを感じた。残る光る杭の向きと狙いを定め、一息に走らせる。

 狼の身は穿たれたかのように思われた。

 だが土塊が若草色の杭を阻む。

「それ以上壊されるのはいくないな。けひひ!」

 エイダは本能的に飛び退く。その直後に彼女の地面は尖った土が隆起した。

 巨大な何かが勢いを殺さず着地する。それは衝撃となって周囲を震わせた。

 彼女は舌打ちする。

「大地の力? アリュージャンね!」

 タスク・フォースの面々も、事態が悪化したことに気づき、新たに現れたアリュージャンに砲火を集中する。

「邪魔なゴミ虫どもがいるね。けひひ! 戦術的にはさくっと倒せる奴らから潰すのがいいっていうよね? けひひ!」

 地面が隆起しながらタスク・フォースへと走る。咄嗟に飛び退くが、4人が避け切ることができずに吹き飛ばされた。

 彼らから注意をそらそうとエイダは若草色の杭を走らせる。が――。

「もう一体?!」

 黒い巨大な蜘蛛に光弾が弾かれた。蜘蛛の溶解液があたりに撒き散らされる。咄嗟に走ってエイダは避けることに成功する。

 元いた場所は溶け出し、白いガスのような煙を上げている。泡立つアスファルトを見るエイダの表情は青い。

 

 

 

 

 

――その場から逃げ出そうとする少女。その手を優しく包み込む手。温かい感触に少女は一瞬安堵して、その手を差し伸べる人物を見た――

 

 

 

 

 

「またあの夢だ」

 明樹保はゆっくりと上体を起こす。寝ぼけたているのか、眼は半分閉じられていた。油断するとそのまま夢の中に行きそうなほどである。しかし、彼女は目が覚めることとなる。突如吹き込む風に身震いしたのだ。部屋が寒くなっていた。

「うー寒い!」

 目を完全に開く。

 彼女は部屋を見渡し、窓が空いていることに気づいた。

「もう開けっ放しにしないでよね大ちゃん」

 ふと先ほどまでいた猫が居ないことに気づく。

 振り返るがエイダの姿はなかった。「あれ?」とつぶやくと、注意深く部屋を探しまわるがいない。下の階に降りて探してみるがやはり姿がないのだ。

「あれ? エイダさん? どこー?」

 返事はなく、家の中がしんと静まる。

 置いてきぼりにされるような不安から明樹保は焦りにも似た感じを覚えた。

 明樹保は急いで部屋に戻りもう一度見渡す。そして机の上がまだ少し温かいことに気づいた。

「もしかして窓開けたのエイダさん?!」

 明樹保は急いで窓に駆け寄り、窓の下を見渡すがエイダの姿はない。

「探さなきゃ。まだ怪我だってしているし」

 明樹保は慌てて服を掴み勢い良く着替えた。しかしそれは制服であった。慌てていたため彼女はそれに気づくことが出来なかったのだ。そんな不甲斐なさに頭を抱える明樹保。

 

 

 

「あーもうこんな時まで制服なんて!」

 でも新しく着替えを探している暇はないので諦めた。指輪を持って家から飛び出る。

 巨大な蜘蛛と茶色の光が急降下した。

 次の瞬間地面が大きく揺れる。明樹保は咄嗟に座り込み。揺れが収まるのを待った。彼女は辺りを伺うと。昨日の場所に大きな土の柱が生えていた。

「嘘……」

 胃がこぼれ落ちていくような錯覚と、寒気が体を襲う。

 時折若草色の光が走る。その直後に土の柱が、2本、3本と生えていく。地面の隆起する度に地面は揺れ、不安と恐怖を煽っていく。

 逃げ出したい衝動が現場に向かおうとする足を不自由にする。

 私の周りでもパニックとなって、我先にと家から飛び出し逃げ出していく。

 あの走っている光……確か。

 私の脳裏にエイダさんが魔法を使っていた光景が過る。

「エイダさんだ!」

 恐怖にかられ、足がもつれながら私は公園へ駆けていく。その道中、近所の人に何度か呼び止められたが、無我夢中で走った。

 エイダさんだけが心配で恐怖を抑えこんで走る。

 

 

 

 

 

 明樹保は公園まで走りぬいた。公園につくと息が乱れて動けなくなる。不安と恐怖によって身体機能が著しく低下しているためだ。柵にもたれながら、彼女は化物のいる方角を眺めた。

「嘘……狼もいる……」

 狼と蜘蛛の存在。そして人だ。アリュージャンがいることに明樹保は恐怖する。

 明樹保はその場から動けなくなった。エイダを助けたい一心でここまで来たが、あまりにも絶望的な事態に足が震え出す。

「どうしよう……どうしようどうしよう!」

 公園の近くでは悲鳴と怒号、誰かの泣き叫ぶ声が響いていた。

 

 

 

 泣き声に夢の光景がフラッシュバックする。

 あんなのは嫌だ。

 なんとかしなくちゃと考える。とにかく出来そうなことは……

――貴方の場合素質もあるし、魔石の上乗せされた分もあるから、かなり強くなるわよ?――

 エイダの言葉を思い出す。

 

 

 

 明樹保は指輪を取り出した。それを両手で包み強く念じる。しかし、何も起きない。何度念じても願っても祈っても、石になんの変化は見られない。

 隆起した土は蛇のようにうねり、鞭打つかのように地面を叩いた。

 彼女の視線の先で土煙が上がり、誰かの悲鳴が響く。

「ああ……何も! 何もできない!」

 彼女は己の無力さに腹が立ち、地面に指輪を叩きつけた。

 自身を襲う異常事態と、腹立たしさ。無力感から明樹保は泣き出す。

「どうしたら良いの?! どうしたらエイダさんを、どうすれば助けられるの?」

 明樹保の問いに答えはない。ただ、地鳴りと爆音が虚しく鳴り響くだけだった。

 彼女の足が震えだし、呼吸も上手く出来なくなっていく。体を時折震わせていた。熱がどんどん奪われていっているのだろう。

 彼女は瞳に大粒の涙を浮かべる。

 

 

 

 視界が涙でぼやける。

 「泣いている人がいるのに何も出来ない。エイダさんも助けられない。助けられる力を手に入れたはずなのに」

 いっそのこと何もなかったことにして逃げ出そうかな。私にはやっぱり何も出来なかったんだ。

――違うでしょう? 何も出来ないんじゃない。何もしないだけ――

 私の頭に声が響く。仄暗い声。どう考えてもおかしいはずなのに、私はそれを受け入れていた。それがとても心地よく聞こえる。

「違う! 私は――」

――違わない。今私がしないのは、出来ないからじゃない――

 心地良い声。それでも言っている事は認められない。認めたくない。

「――私は救いたい!」

――救いたいのは、自分自身でしょう?――

「ちが……」

 否定できなかった。私が今も胸の奥底にあるのは、孤独な幼い自分だ。

――独善的に人を助けたいだけ――

 違う。

 けれど私は言葉に出来ない。

――そうやって自己陶酔。優越感に浸りたいだけでしょう?――

 違う。違うと言いたいのに、どこかでそれを認めている私がいた。

 

 

 

 瞳からこぼれ落ちる水滴が地面に点を作る。

 石は小さく光、黒い部分が広がっていく。

 徐々に桜色は蝕まれる。

 

 

 

 私はやっぱり何の取り柄もない。何もできない。誰も救うことすら出来ない。自分自身を救いたいなんて願う魔法少女なんて……。

――何もできないことを誰も責めないわ。ワタシは巻き込まれただけの被害者よ。それでたまたま力を手に入れちゃったの。それで勘違いしちゃったの――

 涙が止めどなく溢れて、止まらない。

 

 

 

 石の黒がすべてを覆い――。

 桜の花びらが舞い散る。1人の少年がそこに現れた。

 ――尽くせない。

 

 

 

「やれやれ」

 明樹保の頭にそっと手が置かれた。明樹保がその手の先の主を見て、涙が更にこぼれだす。

「大丈夫だよ」

 夕日を背に彼は優しく安心させるように彼女の頭を撫でた。

 彼の姿はあの日明樹保を救った姿と重なる。

「大ちゃん……」

 優大は少し息を乱しながら「よう」と言って彼女に笑いかけた。

(また来てくれた。あの夢のように私に手を差し伸べてくれる。私が幼い時に迷子になった時も、こうやって助けてくれた)

「大ちゃんあのね……あのっ……あのね!」

 明樹保は勢い良く喋ろうとして言葉が詰まる。そんな彼女を、優大は優しくなだめた。

「おいおい落ち着け。深呼吸深呼吸」

 明樹保は言われたとおり、深呼吸をする。そんな姿に彼は目を細めた。

 優大は柵に背を預け、明樹保と対峙する。彼が背を預けると同時に、再び後ろでは、若草色の光と土の塊が走りだす。狼と蜘蛛も空を舞っていた。

 爆音は空気を震わせている。

 優大はそれに目もくれなし、反応もしない。ただまっすぐに明樹保だけを見据えた。

「大ちゃん。私ね……あの……その……」

 私は言葉が続かなくなった。なんて言っていいのかわからない。

 凄い力を手に入れて、悪い人と戦えるようになりました。バカバカしい。信じてくれたとしても突拍子もなさすぎる。

「そういや、まだ明樹保に話してなかったな。父さんと母さんの最期」

 

 

 

「えっ?」

 私は一瞬頭が真っ白になった。大ちゃんのお父さんとお母さんが亡くなったのは知っている。それがヒーロー関係であったことも。そしてそれが原因で大ちゃんはヒーローになるのをやめると言った。でも、その中身は知らない。亡くなったとしか聞いてなかったし、それ以上聞けなかったから。

「どうしてそれを?」

「今、話さないといけないって思ったから。それに保奈美先生が俺に教えてくれたんだよ。明樹保が気にしているって」

「保奈美先生が?」

 大ちゃんは首を縦に振り、夕闇に染まりつつある空を見上げた。その先には一番星が輝きを放っている。静かに目を閉じてから、その視線の先を私に戻した。

「父さんと母さんはな。企業の無茶な企画で死んだんだ」

 私たまらず口を開こうとしたが、手で遮られる。

「まあ待て。最後まで聞け」

 大ちゃんは笑う。私には信じられない光景だった。

「それでな2人の人気を不動のモノにしようとした企業は、とある企画を打ち立てた。ファントムバグの巣を発見。これを2人だけで殲滅するって内容だ。そう簡単に巣なんて見つからない。見つかっても早期に殲滅するってのが、普通なんだ」

 お母さんから聞いたことがある。ファントムバグは巣を作ることがあると。それが埼玉と茨城にそれがたくさんあるということも。そこに突入させたのだろうか?

「企業は危機的状況を何の変哲もない街につくり上げるため、巣を秘密裏に確保した。そしてそれを成長させたんだ。そこに父さんと母さんを向かわせたんだよ」

 私は絶句した。大ちゃんにかけるべき言葉が見つからない。私達が信じていたヒーローが茶番だったかもしれない。そしてそのヒーローが誰かが描いた茶番によって死んだのだ。

 大ちゃんは首を振った。

「どうやって死んだか、ってのは、今は重要じゃない。俺個人の心境もね。巣でそういうことを知らされた2人は逃げられたんだ。だけどしなかった。なんでだと思う?」

「逃げられたの?!」

 大ちゃんは「質問を質問で返すなよ」と笑いながら、私からの返答を諦めたようだ。

 大ちゃんのお父さんとお母さんを一瞬恨みそうになった。大ちゃんが当時恨んだ気持ちが少しだけ……ううん、すごくわかった。

 逃げられたのに、一時の名誉のために死んだんだ、と。

「そう。一緒に同行した撮影クルーのスタッフと、企業の仕掛け人が途中で逃げるように父さんと母さんに諭したんだけどね。2人は最後まで戦った。英雄になりたくてやったのかもしれないと俺も最初思った。けど違った」

 私も一瞬そう思った。だから大ちゃんの次の言葉に混乱した。

「そこで逃げたら被害がもっと出ていたんだ」

「どうして?」

 

 

 

 優大は視線を明樹保から空へと向け、空にいる誰かに話かけるように続けた。その背に非現実な光景を背負っている。

「巣があったのは都市部の近くなんだよ。当然隠していたから、市民の人たちは知らない。企業としては内々で済ませて、後から映像で大々的に発表するつもりだった。さらに危機的状況の演出のために他のヒーローもバックアップにいなかった。そんな状況で逃げれば巣を刺激された中身はどうなるかなんて、聞かなくてもわかるだろ?」

 スズメバチは、巣を刺激されたら働き蜂を総動員して、外敵を排除しようとする。ファントムバグも同じ行動に出ていただろう。と優大は付け足した。

「じゃあ、大ちゃんのお父さんとお母さんは……」

「街を、人を守るために死んだんだ。逃げたら一生後悔するから。だから……逃げずに自分たちの命を引き換えに街を守るために、巣を破壊したんだよ」

 一呼吸置いて優大は口を開く。

「でも結局それは自分たちのためだったのかもな。家族やその後の事を考えたらいくらでもやりようはあったかもしれない。けど、2人は父親や母親である前にヒーローでありたかったんだと思う」

 

 

 

 大ちゃんの目が私を射抜く。その目は真っ直ぐで私のすべてを見透かしているかのようだった。もしかしたら全部知っているんじゃないかとさえ思った。

「明樹保は今迷っているね――」

 大ちゃんは「だけど」と言いながら目を瞑る。喉元まで出てきている言葉を言うのを少し躊躇っているようにも見えた。

「――どんな選択しても後悔だけはしないで欲しい。きっと何をするのも最後は自分のためでしかない」

 大ちゃんはそう言い終えると、柵から背を離して歩き出した。

 私は……私のしたいことは。

 黒い霧が立ち込めてきた。

 まだ誰かの泣いている声が聞こえている。その声に私は幼い頃1人泣いていたこと思い出す。あの頃からずっと私にとって大ちゃんはヒーローだった。

 大ちゃんは私の横をすり抜け公園の出口を目指した。そんな背中に問いかけずにいられなかった。

「大ちゃんはヒーローになるのを本当にやめたの?」

 大ちゃんは背中を向けたまま振り返ることはない。どんな表情をしているのかわからなかった。

「俺はヒーローになれたと思っている」

「え?」

「ヒーローって極端なことを言ってしまえば、人々の自由と平和を守る人の事だ。それって生活を支えることってことだろう?」

「うん」

「なら、俺は少なくとも明樹保のヒーローにはなれたかなって――」

 大ちゃんはいつも私の事を助けてくれている。たぶんこれからもそれは続いていくだろうし、大ちゃんもそれを続けるだろう。

 それは大ちゃんの言葉からすれば、ヒーローなのかもしれない。

「――そういう意味では明樹保には感謝しているよ。俺は明樹保の、いや多くの人のお陰でヒーローになれているんだ。だから――いやいいや」

 私は大ちゃんの言葉を思い出す。この公園で聞いたのを今思い出した。

 ――俺はヒーローにならない。けど守りたいものを守る。やりたいこともやる――

「守りたいものを守る。やりたいこともやる。だよね?」

 私がその言葉を覚えていたことに、大ちゃんの背中が少し笑ったように見えた。

「んじゃあ俺は先に行くけど、不良娘よ。あんまり親に心配かけるんじゃないぞ?」

 大ちゃんの言葉に少し驚いた。このまま連れて行かれるんじゃないかと思って、少し身構えていたんだけど。これは好都合……?

「うん。わかった。……またこんな風に色々と相談してもいいかな?」

 大ちゃんは「あいよ」と言い残して、一度も振り返らずに公園から出ていった。私はその背中が黒い霧で見えなくなるまで見送った。

 

 

 

 

 

 私が一番後悔せずにする選択なんて最初から決まってた。甘いって言われちゃうかもしれない。けど、今ここにある涙を、この先に流れるかもしれない涙を止めたいって思うから。私がそんなの見たくないから、独善的で、優越感に浸りたいだけのものかもしれない。それでも嫌だ。嫌なんだ。

「だから、私に出来る事をするんだ」

 私の視線の先にはほとんど真っ黒に染まった宝石がある。一欠片の桜色が強く輝く。

 

 

 

 明樹保は優大が見えなくなると、走りだした。その足取りに恐怖や迷いは感じられない。その瞳には確固たる決意が見えた。

 明樹保の手にある石は、黒い輝きから桜色の輝きが強くなっていく。一歩進むごとに黒い輝きは弱くなっていく。

 桜色の輝きは黒い輝きを優しく抱き込んでいった。

 

 

 

 この石は私の心をわかっていたんだ。心を映す石なんだ。ずっと心のどこかで力を欲していた。きっとこの考え方は他人と違う。けどそれでも欲しかった。それが私なんだ。そして、それを望む私を否定すればこの石は容赦なく私を殺しにくるんだ。

 徐々に揺れと音、そして空を走る光が激しくなっていく。すぐそこに非現実のような現実がある。曲がり角の前で呼吸を整え、もう一度私自身に問う。

――本当にいいのね? ここから先に踏み出せば誰も助けてくれない。全ては自己責任だよ?――

「それでもやっぱり助けたいって思う。これは私のワガママ。助ける力が欲しい。だから、あなたの力をもらうね」

――そう。それが私の答えね。なら、ワタシの力存分に使いなさい。ワタシは私。私はワタシ。だから忘れないで。私がワタシを否定すれば、ワタシは私を殺すわ――

「わかった。よく覚えておく」

 私が曲がり角を曲がるとそこは戦場だった。

 

 

 

 

 

「けひひひ! エイダァ!! そんな小動物みたいな姿で僕に勝てるっていうのかぁい? けひひひ! 早く元の姿に戻ったほうがいいんじゃないかい? けひひひひ!」

 土の濁流がエイダを襲う。が、寸前で避ける。濁流が巻き起こす風圧に体が大きく揺れた。

「アリュージャン! ルワークに魂まで売ったの!」

「けひひひ! 僕は僕にしか魂を売ってないよ。ルワークが面白そうなことをしているから、僕はそれを手伝ってやっているだけさ。けひひひ!」

 すでに戦場で抗っているのはエイダだけだ。タスク・フォースの面々の姿はない。

(まさかあんなに弱いなんて。相変わらずここの戦士たちはへなちょこね)

 エイダは心中毒づく。

 それでも大分善戦したほうか。と、口中でつぶやく。

(打開策を考える。考えることをやめた時点で負けだ。考え続けろ。どんなに辛く厳しい状況でも、万に一つ勝てる可能性は転がっている。アリュージャンは慢心するところがある。そこが私の付け入れるところのはず)

「よくこんなゴミクズみたいな世界を守ろうと必死になるよね。けひひひ! この世界の人間が何人死のうと、ヴァルハザードには関係ないだろう? こっちに単身やってくるより、向こうで僕らを迎え撃つ準備していたほうが、君も全力で戦えるし幾分も効率的だろうに」

「うるさい!」

 エイダは動きが直線的にならないように動き回る。敵の攻撃をかいくぐり、反撃をしていくが、徐々に状況は追い込まれていく。

「おとなしく光の力を持つ者の居場所を教えたら、助けてあげるよぉ? けひひひ! ルワークも君の事は気に入っているし」

「誰が言うもんですか!」

 狼の動きが突如止まった。それにつられて蜘蛛も動かなくなる。エイダは狼の視線の先を見て絶望した。

「どうして……」

 

 

 

 

 

 

 エイダさんはまた怪我が増えていた。私の存在に気づいて「逃げなさい!」と叫んでいる。巨大で黒い狼と蜘蛛がエイダさんと対峙していた。太った男の人が牙のように生えた土の上に立っている。

「けひひひ! まさか探している獲物が自ら来てくれるなんて、けひひひ! 僕はなんて運がいいんだ!」

 狂喜に歪んだ顔が私を覗く。

 大きな化け物が2匹。そして嗤う男の人が1人。正直怖い。油断すると足が震えだす。

「アリュージャン!」

 エイダさんはすかさず私と太った男の人に間に割って入った。

「どうしてここに?! 貴方は逃げなさい」

「逃げないよ」

 あの日泣いていた私が脳裏を過る。

 

 

 

 明樹保の言葉にエイダ驚き、振り返った。その瞳に揺るぎのない決意が見えてエイダはさらに驚く。

「貴方にとって私はただの厄介事を持ち込んだ猫よ」

「エイダさんだけじゃない。泣いている人がたくさんいるんです。今も、そしてこれから誰かが泣くかもしれない。そんなのは嫌だから。だから――」

 指輪がより一層輝きを放つ。色は桜色。

「けひひひ! やっぱり! その力だよ! 僕が欲しいのは。けひひひ!」

 狼と蜘蛛の足に力が入る。アスファルトが波打つかのように亀裂が走った。

「――私はここに来たんです」

「貴方……」

 指輪から黒い輝きが消え、桜色の輝きが黒い霧の世界を照らす。狼と蜘蛛がその巨体を生かした突進をしてくる。エイダは明樹保に気を取られて反応が遅れていた。

――強く念じなさい――

「私は! 変わる!」

 光の粒が明樹保を覆い、巨大な光の玉となる。その玉は徐々に巨大化していき、突進してきた狼と蜘蛛を弾き飛ばす。

 光が収束し、巨大な光の柱が天を貫いた。立ち込めていた黒い霧は晴れ、夕闇の街が桜色に染まる。直視することが出来ないほどの眩しさの中に1人の少女が立っていた。

 

 

 

「変われた」

 私の服装は変わっていた。まず目についたのは手袋。左には桜色の指輪。身に着けている衣服はピンクと白に変わり、その上にコートのようなものを羽織っている。革靴はブーツへ。カーブミラーを覗くと、髪の毛と瞳は桜色に染まっていた。全体的に白地に薄いピンクで彩られていた。

「光ってピンク色なのかな?」

 見た目より体の内側から溢れんばかりの力を感じる。これが私の力。温かく止めどなく溢れ出る泉のように、力が湧く。

そんなことより私は今――。

「魔法少女だ!」

「違う! エレメンタルコネクター!」

 エイダさんは間違っている。今の私は

「ううん! 私は魔法少女!」

 

 

 

 明樹保の瞳は夢が叶った少女のように輝いていた。エイダの表情は心底困惑している。

 そんな2人のやり取りに、アリュージャンは狂ったように笑って遮る。

「けひひひひひひひひひひひひひひひ! 正真正銘のエレメンタルコネクターじゃあないか!! けひひひひひひひひひひひひひひひ!」

 その笑い方に明樹保の顔は引きつった。

 明樹保の視界の端で黒い塊が2つ動いた。黒い狼と黒い蜘蛛。

「こうして対峙するのは気持ちが良くないね……」

――力を解放するするのよ。大丈夫、できる――

「力を解放……?」

(体の内から湧き上がるこれをどうやって解放するんだろう? どばーって感じかな?)

 彼女が手を握ったり開いたりしているのを見て、アリュージャンは勝利を確信して叫ぶ。「けひひひ!! ド素人がぁあ! 僕の勝ちだぁあ!! けひひひひひひひひひひひひひひひひ!!」

 アリュージャンと2つの黒い影は、明樹保に一直線に突進してくる。エイダは迎撃しようとして、背後で力が大きく膨れ上がるのを感じる。慌てて振り返った。

 明樹保が気合のこもった絶叫が響く。力を解放したのだ。

 エイダは咄嗟に、近くにあった土管をぶち破りそこへ飛び込む。

「やぁああああああああああああ!!!!」

「な、なにぃ?!」

 断末魔すら光が飲み込んでいく。解放された力は無秩序に暴れ回り、また光の柱を作り上げた。今度はさらに太く真っ直ぐに、どこまでも高く。

 

 

 

 電柱の上に人影があった。黒い影は、桜色に輝く柱を見て「やれやれ」とつぶやく。

 

 

 

 放つ光が収束して消える。それは何かの産声のように見えた。

 土管から這い出たエイダは、まずは辺りを確認した。

 周囲に敵の姿は確認できない。あの光の柱を生み出した少女を眺める。

 少女は多少息を乱れさせているが、その表情はどこか柔らかい。

 今の彼女の胸中には達成感で満たされているだろう。明樹保のお陰で助かった。それでも言いたいことが山ほどあるのか、エイダは明樹保に駆け寄り勢い良く口を開く。

「貴方――」

「どうして? なんて言わないで。私の夢に一歩近づけたんだ」

 彼女の満面の笑みにエイダは何も言えなくなった。

 

 

 

 その顔が重なったのだ。同じように助けてくれた少女の顔と。だから何も言わずにしようとした矢先だ。

「魔法少女になるっていう夢が!」

「だから違う! エレメンタルコネクターって言っているでしょうが!」

「ううん。魔法少女だよ!」

 なんでこんなところまで桜に似ているのよ。

 そんな彼女に私は心底不安を感じるのである。

 

 

 

 

 

 太陽が沈んで間もなく、地平線にうっすらとオレンジの色が見える。アリュージャンは路地裏で壁にもたれかかって、怨嗟の唸り声を上げる。

「クソがっ! あんな小娘に!! あんな小娘にぃい!!! この僕がァ!!!! けひひひ! あの小娘を犯して、裸にして引きずり回して、拷問しまくって、殺してと懇願させて、生きたまま内蔵を引きずり出して、最後は魔物の餌にして殺してやるぅうう!!!」

 地面を殴りつける拳は血が滲んでいた。全身は火傷負って、肌が焼けただれている。彼は魔法を使い怪我を治癒させようとするが、治りが悪い。その状況に舌打ちする。

「魔鎧が消えているじゃねぇか!!!! クソがっクソがっクソがっクソがっクソがっクソがっクソがっクソがっクソがっクソがっクソがっクソがっクソがっクソがっクソがっクソがっクソがっクソがっクソがっクソがっクソがっクソがっクソがっクソがっクソがっクソがっクソがっクソがっクソがっクソがっクソがっクソがっクソがっクソがっクソがっクソがっ!!!!」

 ゴミ箱を蹴飛ばしても、地面を殴りつけても、壁を壊しても、気が晴れずアリュージャンの苛立ちは更に募る。

 拳を振るうたびに血が滲む。突如暴れまわっていた拳が止まる。

 サイレンの音が鳴っているのに気づいたのだ。それは複数あり、徐々に近づいてきている。彼は耳障りに感じて、叫んだ。

「うるせぇええええええええええええええええええええええええ!! ぶち壊すぞ!!!!」

 アリュージャンは怒りに身を任せてサイレンの鳴る方へと、突進した。

 もう彼の頭の中にあるのは八つ当たりしかない。弱者を虐げることによる心の平穏を求めたのだ。

 彼の視界いっぱいに白と黒。そして赤い光を明滅させる車が複数台止まっていた。

 少しもつれた足取りで、一息で飛び、その中央に着地する。

 すると待ち構えていたかのように、いや待ち構えていたのだろう。紺色の制服に同じ色の兜を纏った男たちが、銀色の盾で身を守りながら、銃を構えていた。

 その姿にアリュージャンは「ふん」と鼻を鳴らした。アリュージャンと対峙する形で止まっていたパトカーがハイビームのライト灯す。彼の顔はさらに阿修羅のごとく歪んでいく。

「ちょうどむしゃくしゃしてたところだったんだよ。けひひひ! 嬲り殺すからね! 泣いても許さないからなぁ!!! けひひひ!」

 突如黒い影が光を背に現れる。黒い甲冑を纏った騎士を彷彿とさせる。

 額に鬼のような角。赤い瞳。ところどころ尖った甲冑。左腕は龍を彷彿とさせる手甲。赤いマフラーが風になびいていた。

 そんな姿はハッタリだろうとアリュージャンは嘲笑う。

「けひひひ! そんなハッタリはやめておけ。大方さっきの糞の役にも経たなかった絡繰の奴らと同じ類だろう? そんなでまかせで、僕に敵うわけ無いんだよ! けひひひ!」

 ライトを灯す車の横にもう1人男が現れた、コートにスーツ姿。手にスピーカーを持って口を開いた。

「抵抗をするなら君をここで殺すことになる。大人しく投降しろ」

 強い口調にアリュージャンの顔が憤怒に塗り固められる。その姿勢に漆黒の戦士が一歩前に踏み出た。彼はそれに目もくれない。

 漆黒の戦士は言う。

「警告はしたからな」

「雑魚の分際で偉そうに! いいよ君から殺すから、けひひひ!」

 黒い騎士の赤いマフラーが風になびく。漆黒の戦士は構えると告げた。

「さあ、始めようか。――お前の終わりを」

「ぶち殺してやる!!」

 アリュージャンは地面を隆起させ濁流をお見舞いする。漆黒の戦士が背にしていたパトカーが吹き飛ぶ。車はたやすく吹き飛び、カラスや破片が飛び散っていく。

 アリュージャンは一息で魔力を込めて土のスピアを作り上げた。そのまま突進しようと――。

 

 

 

「れ?」

 視界の天地反転していることに気づいた。

 どうしたことだろうかと、考えていると黒い甲冑の背中が視界に入る。風に赤いマフラーがなびいていた。こちらに一瞥もくれないことに腹が立つ。がら空きになっている背中に攻撃をしようと、体を動かそうと意識したが動かない。声を出そうとしても声が出ない。そして違和感に気づいた。この浮遊感と、軽さはなんだろう? 重力が消えたような。そうか! ぼ、ぼぼぼぼ僕は首を飛――。

 

 

 

 アリュージャンの意識はそこで途切れた。吹き飛ばされたパトカー、そして破片とガラスが地面に落ちる音の中に鈍い音と水が吹き出すような音が混ざった。

「やれやれ」

 赤いマフラーは風になびく。

 漆黒の戦士が見上げる夜空にはいつしか満月が輝いていた。

 

 

続く

説明
http://www.tinami.com/view/689290 の続き
オーソドックスに魔法少女にちゃんと覚醒するんじゃないかなーって感じ
※小説家になろうに投稿しました
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