植物飼育ガール
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   植物飼育ガール

 

 橙色の眼鏡。肩まで掛かる程度のセミロング。華の女子高生らしい童顔。藤上日向(フジガミ ヒナタ)の外見を簡単に言えばそんな感じだ。これに加えて、学校指定のセーラー服といえば、大体伝わることだろう。そんな外見のことよりも、彼女について詳しく語るのならば、その行動について語らないとならない。

 四月末のことだ。藤上は窓際の一番後ろの席に座っていたが、席替えをすることになった。入学してクラスに慣れてきたしな、という教師の言動はごく普通のもので、ようやくかあと声があがったものだった。この時の藤上の印象はオレからすれば、無口で全く掴みどころのない奴、だった。

 この席替えが行われる間際、藤上は突然席替えに異議を申し立てた。

「私はこの席が一番いいので動きたくありません……」

 振り絞るようにして彼女は立ち上がりながら発言していた。クラスメイトの視線が彼女に刺さる。その一人は自分のものだった。必要なこと以外は喋らずに、黙々と淡々とこなしている女生徒が、子供みたいなことで教師に反抗しているのだ。興味を持たないはずがなかった。

 それは誰もが同じだったようで、彼女に理由を聞いたが、彼女は答えることはなかった。フルフルと首を振っているだけだった。無理やり席替えを決行しようとしたが、彼女の一言で彼女の位置はそのままで他のクラスメイトの席を変更することで落ち着いた。

『ここ以外の場所だと体調が優れないかもしれないんです。日差しが一番当たるのはここですし、お願いします。皆さん……』

 瞳に涙を浮かべつつこんなことを言われ、誰も咎めることは出来なかった。その日から彼女を不思議がる陰口は嫌でも耳に入ったものだった。推測が飛び交ってはいたが、それは全てハズレであった。

 五月二十九日、本日のこと。保護者会やらなんやらで生徒は午前授業で早めに帰る最中、オレは教室に戻ってきた。忘れ物を取りに来ただけだ。課題をやらねば明日の授業での大目玉は免れない。

 そこには藤上日向の姿があった。お気に入りの自分の席に座りながら、何かをしているようだ。何をしているのかと思い、オレはゆっくり近づいていった。藤上はもそもそと手のひらを動かしていた。こちらに気付いた様子はなく、なんだろうと後ろから覗いていると、彼女の手のひらには異常なモノがあった。

 

 長い独白を終えたような気分だ。それほどまでに藤上が手にしている……? モノはおかしいのだ。

 それが血まみれのナイフだったり、他人の爪のような恐ろしいものほうがよかったかもしれない。なぜ、植物の葉っぱが手のひらから生えている?

「……なにそれ」

 思わず発してしまった言葉に藤上はようやくオレの存在に気付いたみたいだ。

「なっ!? えっ? いつの間に……っていうか見ちゃった!?」

 こちらを振り向きながら手をさっと背中のほうに隠していた。

「藤上……? なにそのテンションの高さ」

「え……ごめんなさい……いきなり笠木くんが居て、ちょっと動揺しちゃって」

 いつもの落ち着いた感じに戻ってきたようだった。

「ちょっと失礼」

 と言いつつ、手を取る。抵抗はあったが、腕っ節では流石に負けることはない。

「いたっ」

「……さっき手から葉っぱが生えてたよな?」

 じろじろと手をチェックした上で、手を話す。

「そ、そんなことないよ。私、普通の手をしてたと思うよ? ほら、なんともないよ!」

 さっきは隠していたのに、今度は普通に手をこちらに見せている。

「じゃあ見ちゃった? って聞いてきたのは何なわけ?」

「え、ええとね。ほら、今日って早く帰らないと駄目な日でしょ? それなんだけど、教室に残っちゃってたから……ね」

「それは嘘くさいな」

 即答する。そして、藤上の目をじっと覗き込む。

「ええと……ええと……」

 藤上は目線を逸らして、手をくるくる回しながら何やら考えこんでいる。

「指先から葉っぱが生えてるぞ」

「ええっ!? 手のひらにしか出ないはず、あ……」

 藤上は頬を紅潮させたと思うと、手のひらで眼鏡ごと顔を覆ってその場に座り込んでしまった。

「…………」

 面倒なことになった気もするし、面白いことになった気もする。落ち着いたのか藤上はすっと立ち上がった。

「他の人には言わないでね……それじゃ、私帰るから……」

 眼鏡越しの瞳に涙が浮かんでいた。

「ちょっと待ってくれよ。なんで植物が生えたり生えなかったりしてるんだよお前の体。改造人間か何かなのかよ」

「ち、違うよ。生まれつきの体質っていうか……」

「普通の人間じゃないよな。それを知ったオレの口封じとかしなくていいわけ?」

 首を切るようなジェスチャーをしてみる。

「そんな……本や漫画の話じゃないし……しないよ、そんなこと」

 俯きながら藤上は答えた。

 藤上にそんなつもりはなかったのだろうが、どこかバカにされた気分だった。

「でもそれって、ブラックジャックに出てくる話みたいなもんじゃねえか。それこそ漫画だぜ」

「その話は知ってる……でも違うよ。私は異常かもしれないけど、病気じゃないし……困ってもないから。それに植物もちゃんと生きているんだって実感できるし」

 藤上はオレに見えるように、自分の手のひらからピョコンと若葉を生やしてみせた。

「……日光浴がしたいがために、あんなにも席替えを拒否したのか?」

「この子はまだ成長しきってないから……できるだけ日差しに当たってないと心配でね……」

「……あー、まどろっこしいな。どういうことだよ。告げ口する気はないから一から詳しく説明してくれないか」

 教室を内側から施錠して、誰も入って来られないようにしておく。

「えーと……私が植物の種を拾って、私の中で育てると成長が早くて、若木ぐらいになったら土に植えてるって捉えて貰えばいいかな」

「魔法使いか何かかよ」

「そんなんじゃないよ……急にこういうことが出来るって、神のお告げじゃないけど、なんか自分で分かっちゃって、それで出来るようになったっていうか……」

「まあ他人に害あるものじゃないし、地球のためにもなってるんならいいんじゃねえの。異常者でも」

「ありがとう……笠木くん。あ、それでね。ちょうど今から苗木を植えに行こうと思ってたんだ。どうせなら一緒に行かない?」

「……いいけど」

「やったっ。一人で植えるのってなかなか大変なんだよね」

 ……こいつって思ったよりよく喋るやつなんだな。藤上と今日話して思い直したことはそれだった。

 

 学校の裏庭へと移動し持ってきていたらしいスコップを俺が使い、そこに手から取り出した苗木を植えた。

「……これで良しっと」

 藤上ぽんぽんと最後に土を押し付ける。ちゃんと手袋まで用意している周到具合だった。

「こんな感じでね。気を植えているんだ。この活動自体には誰の迷惑も掛からないけど、やっぱり騒ぎになってもまずいと思うし、内密にしてね」

「分かったよ。俺がバラしたところで、藤上がうまく躱したら俺が法螺吹きの異常者扱いされるだけだからな」

 それに世の中のためになることをしている人間を止めようとは思わない。藤上は用意してきた道具を綺麗にしまいながら答える。

「私は嘘つくの苦手だから……やめといて欲しいかな……」

「あーでも、一人にだけ言って来ていいかね」

「え、先生とか……?」

 鞄にしまうためにしゃがんでいた藤上がこちらを見上げる。

「違う違う。ちょっと知り合いにさ。漫画家でネタがないって言ってたから、こんな話どうよって感じで言ってみようかと思ってね」

「知り合いに漫画家って凄いね……私でも知ってる漫画描いてる人かな」

「たぶん知ってると思うよ。リアルサイキッカーだし」

「……もっかい言ってもらっていい?」

 藤上は神妙な顔つきになったかと思うと、そう言った。顔が近い。

「リアルサイキッカー。榊和美」

 さらっと答える。今度は聞き慣れた作者名も添えて。

 それを聞いた藤上はプルプルと肩を震わせていた。そして、弾けた。

「ほんとに!? 大ファンだよ!」

 目をキラキラとさせながらこちらを見つめてくる藤上だった。

「たまに漫画で読んでるなあって思ってたけど、そこまでなのか」

「単行本は全部初版で持ってるよ!」

「あれ、ねーちゃんなんだよ。笠木を榊って安直だろ」

「会うことは可能でしょうか、笠木くん……」

「いいんじゃねーの? 引きこもってばっかりだし、弟の友達ってことでなら」

「ほんとに!? あっ、高校初の友達だ」

「ホントに友達いなかったんだな、藤上」

「本が友達だから……」

「ボールは友達みたいなこと言わなくてもいいだろ。でもまあ会うとしたら、週末かな。日曜日とか暇?」

「うん。本しか友達がいませんので……」

「中学の時は居たんじゃなかったのか」

「居た……のかな。今は連絡取り合ってない人って友達って言えるかな……」

「取ってみたらいいじゃん」

「うーん……なんかこの力、っていっていいのかな。を、持ってから普通に接していいのかなあとか思っちゃってて」

 藤上はどこか物憂げな表情を浮かべながら笑っていた。

「アホか」

 藤上の頭を軽く小突いてやる。なぜ小突かれたのか分かっていない様子でこちらを見上げてくる。次に投げかけるのは言葉だ。

「それこそ漫画みたいな杞憂だっての。藤上の力を話せとは言わねえけど、そんなもの気にせずに人に接すればいいんだよ。したいならな」

 藤上は答えない。さっき植えた木を眺めながら続ける。

「自然体で居たほうが自分にとっても、他人にとってもいいもんだ。オレだってこうやって話す前は無口な変なやつって印象しかなかったぞ」

「へんな……」

 流石にショックだったようだ。

「今は違うから気にすんな。友達第一号の戯言だと思ってくれ」

「……ありがとう。そうしてみるよ」

 藤上に言いたかったことは伝わったようだ。

「そんじゃ帰るか。藤上の家はどっちの方なの」

「えっと、あっちのほう」

 藤上が指さしたのはオレの家とは逆の方角だった。

「それじゃあ校門までだな」

 二人で歩き出す。

「そうだ。連絡先聞いてもいいかな」

「あ、そうか。日曜日の日程とか決めるんなら必要だしな。それじゃ赤外線で」

 この時期に連絡先を交換するのも珍しいなと思いつつ口には出さなかった。

 

 あの後、藤上と分かれてさっさと帰宅をすることにした。姉はマンションを借りてそこに住んでいるので、オレの実家にいるわけではない。連絡だけをすることにして、今日は放っておこう。珍しいものには目がない人間だ。

 きっと食いつくはずだ。世界でも事象がないことなんだから。でも、なんだって藤上にそんな能力が備わったんだろう。中学校から高校への多感期に掛けて、目覚めるなんて。それこそリアルサイキッカーみたいなものだった。

 高校生は大人からすれば、まだまだ若葉らしい。大樹になれる日はいつくるのだろう。オレも藤上も。あの植えた木より早く大人にはなるだろうが、しっかりとした大人になれるのだろうか。

 アイデンティティを模索するのもこの時期らしい。普段はそんなことを考えないし、たまに考えるうちに勝手に考えが出来ていくと思っている。実際、今日の藤上との出来事は面白いことだった。日曜日も面白い日になるといいと、楽観的に考えてオレは眠りについていた。

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 セミロング眼鏡系女子
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短編 セミロング 女子 眼鏡 植物 

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