WakeUp,Girls!〜ラフカットジュエル〜16
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新曲のレッスンに余念のないウェイクアップガールズの面々だったが、何人かの気持ちが今ひとつ浮ついていた。その大きな原因は芸能雑誌に掲載されたアイドルの祭典の展望を考察した記事だった。

 その記事によると、前評判の高いのは北海道の『ぷちまりも』名古屋の『赤味噌オールスターズ』大阪の『チームチーター』だということなのだが、最後に関係者の注目を集めるダークホースとしてウェイクアップガールズの名前が挙がっていたのだ。しかも優勝も不可能ではないという一言まで添えて。

「優勝ですってぇ」

 未夕が嬉しそうにそう言うと、実波と藍里が見せて見せてと雑誌を見せてくれるよう未夕にせがんだ。

「優勝したらメジャーデビューかぁ。で、思い切りブレークしてー」

「色んな雑誌の表紙飾ってー」

「東京のテレビの歌番組にも出られるよねー」

「そして年末には遂にあの紅白ですよ、紅白」

 全国レベルの芸能誌に初めて自分たちの名前が掲載されたのに喜ぶなというのも酷な注文ではあるが、実際問題そんな記事で浮かれているヒマは彼女たちには無い。今はとにかく早急に新曲の歌と振り付けをマスターしなければならない。それが最優先課題だった。真夢は先日の志保との一件もあって、浮ついている何人かのメンバーを少し冷ややかな目で見ていた。

 歌と踊りの出来はといえば完成には程遠かった。中でも予想通り林田藍里がネックになっており、レッスンのたびに真夢が付きっ切りで居残り練習をしている状態だった。その日もレッスンが終わってから真夢と藍里のマンツーマンレッスンが行なわれた。

「そこ、違うよ藍里。良く見て。そこはこうだよ」

「こうかな」

「ダメダメ。もっと動きにアクセントを付けないと」

 何度も何度もダメ出しされてその都度藍里は真剣な表情でダンスをやり直すが、なかなか彼女の問題点は改善されなかった。それでも真夢は粘り強く藍里にアドバイスをし続けた。

「違うよ。もっと良く見て。こうだよ」

「こうかな。ワン、ツー、スリー、フォー……あ、あれ?」

「違うってば!」

 何度も同じ失敗を繰り返す藍里に、真夢は思わず声を荒げてしまった。スタジオ内の空気が凍りついた。今まで真夢が他のメンバーに声を荒げたことなど一度もない。周りの空気を察した真夢は、ごめんと藍里に謝った。

「ね……ねえ、あいちゃんもまゆしぃも少し休憩したら? 私も喉渇いちゃったし」

「そうだよ。私、飲み物なくなっちゃったから、みんなの分買ってくるよ。何がいい?」

 実波と夏夜が空気を読んで休憩を促した。だが真夢はそれを断って、もう少し続けると言った。

「ねえ、少し頑張り過ぎじゃない? 無理に続けて怪我でもしたら大変だし、ここは一旦休憩しようよ」

 佳乃が真夢にそう語りかけた。だが真夢はそれも断って佳乃に言った。

「I−1に居た時は、もっと練習してたから」

 この一言に佳乃がカチンときた。中央コンプレックスの強い佳乃は、東京はこうだとかI−1ではこうだったとかいうセリフを聞き流せない。たとえ他意がなくても聞き流せない。

「何それ。I−1と私たちは関係ないでしょ? どっちにしてももう時間だから、とにかく今日はもう終わりにして続きは明日にしようよ」

 憮然とした顔で佳乃に時間だからと言われて、真夢はもっと練習をしたい気持ちを抑えて仕方なく諦めた。

「あ、あの、私もう少しだけ残って練習して行くから、みんなは先に帰ってていいよ」

「あ、それなら私も一緒に残る」

 一人居残りで練習すると言う藍里に、なぜか菜々美が付き合うと言い出した。真夢が何か言おうとしたが、菜々美はそれを言わせないかの様にみんなに先に帰るよう促した。

 みんなが帰った後、藍里は一人練習を続けた。菜々美は鏡の前にしゃがみこみながら藍里の踊りを注視していた。

「ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ、シックス、セブン、エイト、ワン、ツー、スリー、フォー……」

 藍里は何度も何度も踊りを繰り返し、菜々美はそれを黙ってずっと見ていた。

「……どうかな?」

 ようやく踊りを中断した藍里が、恐る恐る菜々美に尋ねた。

「うん、だいたい合ってると思う。でも最後のキメのところは、踵をもっと外に押し出す感じでやった方がいいよ」

「もっと外に押し出す感じで? こ、こうかな?」

「違う違う。こう!」

「こう?」

「うん、そうそう。それでオッケーだよ」

「やっぱり難しい曲だよね。私、もっともっと頑張らなきゃだよね」

 藍里はそう言うと、また練習を再開した。

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さすがに本当に時間切れとなり、藍里と菜々美も帰ることにした。帰る途中、菜々美は藍里にある質問をしてみようと思い立った。

「ねえ、あいちゃん。1つ聞いてもいいかな?」

「なに?」

「あいちゃんは、どうしてそんなに頑張ってるの?」

「え? どういう意味?」

「あ、その、別にあいちゃんがってわけじゃなくて、みんなは何のために頑張ってるのかなぁって、ちょっと思って……」

 菜々美はそう言って藍里から視線を外した。藍里は質問の意図が理解できなかったが、自分なりに思うところを正直に話すことにした。

「私が頑張れるのは、やっぱりみんなが私にくれたチャンスだから……かな。よっぴーとまゆしいは私の家まで来て残って欲しいって言ってくれたし、ななみんたちも私のためにUFOキャッチャーで景品捕ってくれたんでしょ? 早坂さんにそうすれば私をクビにしないって言われたんでしょ? 話を聞いて嬉しかったし、そんなみんなの気持ちにやっぱり応えたいし、もう一回やるからにはもう足を引っ張りたくないし逃げたくないの」

「逃げる?」

 菜々美は首を傾げた。

「私ね、小さい頃からお稽古事とか何をやっても上手く出来なくって続かなくって結局辞めちゃって……それを繰り返してたの。でも色んなことがあって、色々考えて、そんな自分を何とか変えたいなってずっと思ってて、それで思い切ってウェイクアップガールズのオーディションを受けてみたの。それで合格した時に、一度くらいは逃げ出さないで一生懸命最後までやり通してみようって決めてたんだけど……結局また同じことを繰り返して逃げ出しちゃった。それじゃダメだってわかってたけど、あの時はみんなに迷惑をかけるくらいなら辞めた方がいいって思ってたんだよね。でもそれは間違ってるんだってみんなに教えられて……中途半端で覚悟がなかったんだよね、私」

 自分は物心ついた頃から光塚しか頭になかったし、その為の習い事は苦じゃなかったから途中で辞めたことはないなぁと思いつつ、菜々美はそのまま黙って藍里の話に耳を傾けた。

「私ね、ウェイクアップガールズの大ファンなの。本当に大好きなんだ。こんなに好きになったものって今までにないってくらい大好きなの。でもね、前まではそれで良いと思ってたんだけど今は違うの。私はファンじゃなくてメンバーになりたい。みんなと同じウェイクアップガールズのメンバーになりたい。そう思うんだよね」

 中途半端。菜々美の心にそのワードが突き刺さった。そして、メンバーになりたいという言葉も。それは自分にも当てはまるんじゃないかと思えた。ウェイクアップガールズか光塚か未だに結論を下せずにいる自分の方がよほど中途半端じゃないかな? 今の自分がメンバーの一員だと胸を張って言えるの? そう菜々美は自問自答した。

 その頃真夢は一人夜の街で走りこみをしていた。1曲分のダンスを踊りきるには何よりも体力が必要だ。アイドルの祭典に優勝する。真夢は本気でそう考えていた。

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「今日、早坂さん来るんだって?」

「そうそう。都合がついたから急遽仙台に行くことにしたって事務所に連絡があったんだって」

「新曲を初めて見てもらうんだね。何か緊張しちゃうなー」

 少女たちはレッスン前から戦々恐々としていた。1ヶ月ほど仙台に来られないと言っていた早坂が急遽レッスンを見に来ることになったと聞いたからだ。新曲の振り付けは思うように上手くいっていなかった。7人の呼吸がなかなか合わないのだ。出来を割合で言えばせいぜい40%程度といったところか。

 レッスンスタジオに姿を現した早坂は挨拶もそこそこに、早速新曲のダンスを見ると言った。CDラジカセから流れる曲に合わせて7人が踊る。脇目も振らず一心不乱に踊る。だが徐々に踊りは乱れ始め、1人また2人と微妙に揃わなくなってきた。

「ハイ、やめー」

 間奏に入る辺りで早坂は音楽を止めた。これ以上見ても無駄だ。彼の顔がそう言っていた。

「いいとこ20点って出来だね」

 たった20点。予想以上に厳しい早坂の採点に少女たちは落胆した。予想以上にこの新曲の振り付けは難しくて体力を消耗する。ホントに出来るようになるのかな? という気持ちが少女たちの心の中に芽生え始めていた。

「ちぇっ、頑張ってんのに……」

 早坂の点の辛さに思わず夏夜が悪態をついたその瞬間、間髪を入れず早坂の厳しい叱責が飛んだ。

「頑張ってるだぁ? そんなことは当たり前だ! みんな頑張ってんだよ。誰だってみんな頑張ってるんだ。その上で重要なのが結果を出すことなんだよ! そのために人の2倍、3倍、4倍、10倍、100倍頑張るんだよ! リーダー、今週何時間レッスンした!?」

 問われた佳乃は頭の中でレッスン時間を数えて、20時間ちょっとだと思いますと答えた。早坂は呆れたような顔をした。

「たった20時間? 少なっ! あまりにも少なっ! Iー1と比べたら半分にも満たないじゃないか! キミらは学生だから学業もあって単純に比較はできないし時間が長けりゃ良いってもんでもないけど、それでも上手くなるためには時間をかけて練習することが必要なんだ。ちょっとやっただけで大きな成果を得られるようなそんな甘い世界じゃないんだよ、アイドルってのは!」

 早坂の言葉に反論することなどできず、全員が直立不動で聞き入った。

「とにかく人の100倍努力して1000倍の結果を出すってことで。そのつもりで毎日レッスンしてくれ。言っとくけど、今のままならキミたち、間違いなく予選落ちだからね」

 早坂は最後にそう言ってスタジオを出て行った。予選落ちという言葉を聞いて、少女たちに動揺が走った。

「……やっぱり、私たちなんてダメってことですかね……」

 未夕が不安そうな顔で誰に言うともなく尋ねた。

「練習時間がI−1の半分にもならないって、それって全然足りないってことじゃん。予選落ちなんてヤダよぉ」

 実波が泣きそうな顔でそう言った。

「うーん……とりあえず今日はもう終わりにして……」

 佳乃がそこまで言いかけると、真夢がちょっと待ってと言って話を遮った。

「みんな聞いてくれる?」

 真夢はみんなの方を向いて自分の思うところを話し始めた。先日の志保との会話から、真夢の危機感は相当高いレベルにまで達していた。

「確かに私たち、練習時間が少ないと思う。早坂さんの言う通り、I−1のレッスンはこんな甘くないよ。私たちがI−1に追いつくには、今のままじゃダメだと思う。もっと真剣に効率良く練習していかないと、ホントにこのままだと予選通過も危ういと私も思うの」

 真夢にそう言われると説得力がある。全員が顔を見合わせた。

「レッスンメニューとが時間とか、全部イチから見直そうよ。今そうしないと本当に取り返しがつかなくなっちゃうよ?」

「まゆしぃ、ちょっと焦り過ぎだってば」

「焦るよ!!」

 思いの外強い口調の返答に佳乃は驚いて身体をビクつかせた。

「焦るに決まってるじゃない。こんな中途半端じゃダメだよ。こんなんじゃ志保を見返せない。こんなんじゃI−1に勝てないよ!」

 真夢はそう言って、自分たちのやり方を根本から見直すべきだと強く主張した。だがその言い方が悪かった。突然I−1に勝てないなどと言い出した真夢に対して佳乃が猛烈な勢いで反発した。

「ちょっと待ってよ! 見返すとかI−1に勝てないとか、まゆしぃ何言ってるの? 言ってる意味がわからないよ。私たちは別に誰かに勝つためにやってるわけじゃないでしょう?」

「そんな甘いことを言っていたらダメだって言ってるの。I−1の足元にも及ばない私たちが気持ちで負けてたらダメだよ。誰にも負けないってくらいの気持ちを持たないと」

「さっきからI−1、I−1って言ってるけど、I−1は関係ないよね? 私たちは私たちだよね? I−1のセンターに何言われたか知らないけどさ、ウェイクアップガールズの活動は自分を幸せにしたいからだって言ったのはまゆしぃじゃない。それってI−1に勝ちたいってことだったの? そのために私たちと活動してきたの? 何でI−1クラブを辞めたか話してくれないから知らないけどさ、そんなことにどうして私たちがつき合わされなきゃいけないのよ!?」

「そういう意味で言ってるんじゃないよ。そうじゃなくて……」

「じゃあどういう意味なの?」

「だから私は、このままじゃいけないから色々見直したほうが良いって思って……」

「だったらI−1は関係ないじゃない。どうしてI−1を引き合いに出すのよ。あの時I−1のセンターに何か言われたの?」

「それは……」

「ほら、またそれ。そうやってまゆしぃは、いつも肝心なところでは何も言わずにはぐらかすじゃない。言いたいことがあるならハッキリ言えば良いでしょ? どうして言わないのよ! I−1を辞めた理由だって未だに話してくれないし、いい加減私たちに本当のことを話してくれたっていいでしょ!?」

「そんな話をしてるんじゃないよ。そんなの今は関係ないじゃない」

「関係あるよ!!」

 慌てて夏夜と未夕が間に入りどうにかその場は収まったものの佳乃の怒りはなかなか収まらず、スタジオ内には何ともいえない空気が充満した。

「おーい、ちょっといいか?」

 突然スタジオ入り口の扉が開いて、松田が能天気な顔をして入って来た。用事があって入って来た彼は、室内の異様な空気を察知して酷く動揺した。

「え? ちょっと待て、みんなどうしたんだ? 何かあったのか?」

 彼の目の前には食いつかんばかりの表情をした佳乃と、目線を外してうつむき加減の真夢と、その周りで心配そうな顔をしている実波たちの姿があった。

説明
シリーズ第16話、アニメ本編で言うと8話に当たります。短いですけどアップしておきます。今回は特に何もコメントすることはありません。オリジナルエピソードを交えた次回で8話分が終了して9話分へという流れになります。
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