恋姫異聞録179 −舞麒麟−
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春蘭が兵より槍を受け渡される様子を見て、船を敵の血で染める赤馬と両手に得物を持つ双武の二つ名を持つ無徒の攻撃は

縦横無尽に翆に襲いかかる

 

右刀が横薙ぎに襲い来るかと思えば、左刀は真下から十字を描き翆の顎を狙う

 

右かと思えば真下、左かと思えば真上、斜めから突き、下段の払いから急激な上段と剣筋というモノがまるで無視された攻撃

 

「強い、けどっ」

 

宙に浮かぶ羽を切ることが出来ぬよう、山に漂う霞が手に掴めぬよう、無徒の千変万化の剣戟を翆は最小の動きで全て躱す

 

トンッ、トトンッ、スタッ、トンッ、タッタッ、タタッ

 

軽やかに、流れるように足でリズムを刻む。兵達の眼を奪い、無徒の瞳を虜にするのは、舞王のように美しく舞い踊る翆の姿

 

「舞までも取り込んだかっ!!」

 

「水の応用さ、兄様の舞と同じにするなよな。兄様の舞はもっと雄々しくてキレイだ」

 

翆にとって、昭の存在はとても大きなモノなのだろう。無徒の言葉を、昭の舞が馬鹿にされたように取ったのか

 

自分と比べるなんて失礼な奴だ、比べるまでもなく兄の舞の方が素晴らしいと躰をかがめ

剣閃を恐れず二つ避けると石突を無徒の腹へと叩きこむ

 

「ゴボッ、くぅっ・・・なんという技量、なんという心力よ」

 

「技量なら褒められて悪い気はしない」

 

躰をくの字に折る無徒であったが、無徒にはこの先がある。距離を詰め、穂先でなく石突を出させたのもわざと腹で受けたのも無徒の誘導

 

この距離、この間合で無徒は多くの将を討ち取ってきた。華琳の元に来てもそれは変わらない。甘寧を、程普を打ち砕いた技がある

 

躰に肘を纏わせるように締め、躰の回転により撃ち放つ寸勁。その衝撃は、二人の将を拳で討ち取った実績のある無徒の必殺技

 

「それ、アタシも知ってる」

 

目の前で行われるのは、無徒と全く同じ動作を、いや更に速く更に高度な重心移動

 

突き出された拳が翆の拳とぶつかれば、ゴズッと鈍い音とパンッという破裂音が聞こえ、無徒が後ろへずらされた

 

「寸勁を、使えるのか!?」

 

「ああ、父様が曹操にも使ってた。ようやく完成したこの名無の基本だからな」

 

砕かれた右拳。初めの鈍い音は、拳と拳がぶつかる音。次に聞こえた破裂音は、氣と氣のぶつかる音

 

名無と呼ばれた中段突。基本となるは寸勁の動作、そして氣を練り込み空気に振動を伝える拳の回転

 

押し負けたのは、無徒。左拳は拳頭が砕け、甲から突き出した骨が翆の放った寸勁の威力を物語っていた

 

「どうする、捕まるか、退くか?」

 

「愚問っ!」

 

「だよな。張遼と同じ、捕らわれるくらいなら、退くくらいなら、最後まで死ぬまで抵抗し続けるってな」

 

石突を向けて構えていた翆は、穂先を向けて構え直す。無徒が己の拳に驚いたのは僅かな間、即座に躰は翆へと向けて動いていた

 

右手で左の拳を叩き、骨を戻し唯の塊へと変えると、先ほど翆は弾き地面に落ちた青紅の剣を足で蹴り上げ宙で掴み

上段から剣を振り下ろした

 

「その宝剣、アンタには荷が重い」

 

前へ踏み込んだ無徒に合わせ、二歩だけ後方に退くと、穂先で絡め上へ弾く

 

宙を舞う青紅の剣。だが、翆の攻撃はコレでは終わらない。上方へ弾くと同時に流れるように巻き上げた槍を無徒の頭上に叩き落とす

 

「委細承知!我が身が宝剣を使えぬ事は、貴様よりもしっておるわっ!」

 

そう、主を自ら選ぶこの宝剣を長く持つことなど出来ない。だが、一瞬であれ振り下ろしたならば脅威となる

 

振り下ろされた槍の柄を、壊れ唯の肉の塊となった左拳で突き上げ止めると、翆の前に現れるボクシングスタイルの無徒の姿

 

経験を積んだ老兵の出来る老獪な攻め。槍本来の間合いを潰し、常に近距離での戦闘を挑む

 

詠と同じように、両拳の甲を敵に見せ口元に寄せると躰を小さく丸め翆の懐へと潜り込む

 

「近距離の槍だってあるんだけどな」

 

「だろうな。だが、コレほど近ければ存分に振るえまい」

 

両の拳もまた同様に二つの武器だと言わんばかりに、翆の躰を止めるため、確実に拳を入れるため

フック気味の右ボディブローが振るわれた

 

「むっ!?」

 

引っ掛けるように襲う拳に翆は少し眉根を寄せた

 

次の一撃に向けてのボディブロー。決まれば返す刀で左のアッパーへと繋がる。右に避ければそのまま踏み込み、バックブロー

 

左に避ければ躰を入れて、肩で顎を突き上げ左のボディブローかアッパーへと繋げる

 

ボクシングスタイルというよりもプクソス(Puxos)の戦闘法にて敵を討とうとする無徒

 

近距離で槍は封じられた。拳速ならば、古流武術をはるかに上回るボクシング。逃げ場の無い攻撃に翆の取った行動は

 

槍を縦にし、腹に向かい襲いかかる無徒の拳を柔らかく受け止めた。しなる槍の柄に無徒の拳の威力の程が伺える

 

「馬鹿め、最も愚かな選択をっ!!」

 

叫ぶのは無徒。鬼が咆え、インパクトした瞬間に拳を開き、翆の左手を取り自分の躰へと引き込んだ

 

手首を取られた翆は、引かれるままに身体が前のめりに。追いかけるように、無徒の右回し蹴りが翆の後頭部を襲う

 

「蹴り!?」

 

無徒の挙動に驚きこそすれ即座に対応し、前のめりになるまま頭を伏せて屈めれば

頭上を通り過ぎた蹴り足が地面についた瞬間、首を刈り取るように跳ね上がる

 

「もらったぁっ!!」

 

プクソスからパンクラチオンへ、右ボディブローから腕を取り、首狩り十字型めへと移行する無徒の攻撃

 

詰将棋のような無徒の攻撃。一つの拳撃から幾つもの道筋を既に決めている経験則の武術に眼を奪われる兵たち

 

誰もが決まる。避けられないと思った時だ、翆の口の端が笑みに変わるのを無徒の眼が捉えた

 

「凄い、途中までしか読めなかった。水でも反映できない動きがあるんだな」

 

右手に持った槍を地面に突き立て、跳ね上がる蹴りを柄で受け止め首の前で止めると、くるりと槍を回し水平に

 

舐めるなとばかりに飛びつき腕十字に切り替える無徒に対し、翆の身体はいつの間にか中段突の形に

 

ゾクリと背筋が泡立つ無徒の顔が焦りに変わる。得体のしれない感情に飲まれる。相対したことのない、底のしれない相手に恐怖を覚えた

 

「こうすれば、組まれようがなんだろうが、唯の槍術で返せる」

 

左腕に飛びついた瞬間を狙い無徒の身体を槍の柄で巻き込むように、欄槍と呼ばれる槍術の基本を持って無徒を振り回す

 

「!?」

 

声も出ず、うめき声すら上げる暇なく、地面に思い切り叩き付きられた無徒は、驚愕し思考すら追いついて居なかった

 

揺れた視界と砂煙の先に光る銀の光。鎌を二つ失おうとも、直槍になろうとも

その輝きを微塵も失わない銀閃に無徒は動くことが出来なかった

 

殺られる。しかし、己の躰に槍を突いた時が貴様の終わりだ、我が肉体を貫く槍を絶対に放すことは無いだろう

 

春蘭様が斬らずとも、修羅と化した兵が貴様を狙っている事を忘れるな。必ずや我らが覇王の兵が貴様を討つ

 

「負傷してるからって気を抜くなよ」

 

覚悟を決めた無徒の耳に聞こえてきたのは、そんな翆の呟き。振りかぶった翆の槍は何時までも己の肉体に伸びて来ることはなく

 

「ちいぃっ!何処まで見えている貴様ぁっ!!」

 

右手の槍は、穂先の首元まで短く握られ、後ろへ突き出した槍の石突は、倒れた張飛の頭上に襲い来る春蘭の大剣を弾いていた

 

「気にかけてるってだけさ。鈴々は、まだアタシが見てなきゃダメだからさ」

 

強烈な突きを剣の腹に受け春蘭は、態勢を整え絶好の一撃を崩した翆を睨む

 

なんとか張飛の攻撃をかいくぐり、槍から大剣へと持ち替えたというのに、なんとういことだ

 

そうか、ヤツもまた昭や霞と同じ盾。盾の気迫を持ち、水を心に置くならば武器を振るう先は、己の仲間、己の愛する者を脅かす者

 

理解し、同時に張飛を討つならば翆をどうにかしない限り叶わぬ事なのだと、心を落ち着かせるのではなく

 

更に更に心を燃え上がらせ、怒りを増幅させていく。心のなかは全て獄炎と化し、敵を捌く朱の雀と化す

 

「憤ッ!!」

 

燃える心に真名の春を抱けば、朱雀と龍が混じり赤龍と化す

 

「沈めるどころか、怒りで心を埋める。こんな戦い方もあるんだな、アタシの水が全て蒸発させられそうだ」

 

同じくして倒れたままの無徒は、地面を掬うような水面蹴りを放ち、翆は軽く両足を宙に浮かしてコレを躱す

 

槍を戻し、地面を這う無徒に対し槍への一撃を放てば、地面を叩くようにして跳ね上がり刀を拾い上げると張飛へと斬りかかった

 

「鈴々に、って事はアタシか」

 

交差するようにして春蘭が再び翆の目の前に立ちはだかる。怒りを飼いならし、飲まれることは無く、剣に憤怒の炎を乗せて翆へと振るう

 

近距離での剣戟。槍の間合いなどではない、無徒の創りだした春蘭の得意とする剣の間合い

 

春蘭の闘気に反応し、己よりもはるかに技量の高い春蘭を再び翆の前に、間合いを潰し呼び込んだ

 

「間合いを潰してきたってことは、焦ってるって事だ。わざわざ、アタシの前でそんな怒りと闘気を見せるって事は

何かを隠してるってことだ」

 

一撃でも入れば、武器と刃が重なりさえすれば敵の武器ごと一刀両断に出来る春蘭の武器。しかし、近距離で、剣の間合いであるのにも関わらず

 

武器すら壊され、十字槍が唯の直槍になっているというのに、翆の躰には掠ることすら出来ず、武器同士がぶつかったとしても、それは全て翆が

春蘭の武器の軌道を変えるため故意にぶつけているに過ぎない

 

それどころか、気を抜けば剣を払われた瞬間、間を縫って穂先が春蘭の眼前に飛び込んで来るのだから質が悪く

春蘭は必死に翆との距離が離れないようにするだけで精一杯であった

 

「チィッ!忌々しい奴めっ!!」

 

張奐と交代したのは、アタシを止めるため。張奐なら器用だってさっきの戦いで十分わかった。器用ならできるはずだよな

アタシを攻撃しながら鈴々を止めるなんてさ。だから張奐もアタシを狙ってくる。夏侯惇も同じだ

 

ただ単に武器を振り回してるだけじゃ無い。視線を惹きつけ、気配さえも集中させる。この二つから見えてくるのは・・・

 

「当然、アンタが来てるからだよな。姉様」

 

剣風を嵐のように叩きつける春蘭の先には、先ほどの一撃を放って以来、沈黙したまま氷のような殺気を躰に押し込めたままの秋蘭の姿

 

「さあ、来いっ!!」

 

殺気で隠し、射線どころか姿すら躰で覆い隠していた春蘭。その後方には、秋蘭が弓を手に翆に目掛け距離を詰める姿

 

同時に、無徒は地面に転がる青紅の剣を蹴り飛ばし張飛の蛇矛を刀で受け止めていた

 

全て読まれている。水を手にした翆に、全ての攻撃を読まれ反映し返される。コレもまた、同様に秋蘭も地面に叩き伏せられるのでは無いか

 

だれもがそう思ったが、兵の眼に映るのは、飛ばされた青紅の剣の剣を受け取り、腰に収めた秋蘭の姿

 

おかしい、翆ですらもそう感じていた。彼女は弓兵。後方に見えはしないが必ず昭の姿もあるはずだ

 

ならば、翆を前にして青紅の剣の剣を収めるのは考えられない。双演舞にて翆を討つ。誰もがそう思ったはずだった

 

しかし、秋蘭のしていることといえば、剣を収めるどころか弓に矢を番える姿

 

確かに秋蘭の矢の威力は、先ほどの蒲公英に放った威力を思えば申し分ない。だが、それは距離を離し矢にとって優位であるからの話

 

近距離で、しかも槍の間合いに近ければ槍のほうがどう考えても早く

ましてや翆の槍ならば今までなどとは比べるまでもなく、秋蘭は討ち取られてしまう

 

どう見ても死にに行くような秋蘭の行動に、兵だけではなく水の心を持った翆ですら驚いて居た時だ、誰かが小さく誰に聞こえることもない声で呟いた

 

【・・・違う】

 

翆の正面の春蘭は、剣を振りかぶると翆に当たらぬ間合いで振り下ろし即座に後ろに飛び跳ねた

 

せっかく無徒が創りだしたはずの間合い。離れ、槍の間合いになる事自体、意味が分からない

 

敵の動き、攻撃の意思を反映し反射する翆の水。しかし、攻撃ではない、攻撃の意思がない、故に反射することは出来ない

 

「我が炎で歪め、貴様の水など霧に変えてやる」

 

紅蓮の殺気が翆に当てられ、翆は後方の秋蘭よりも春蘭に反応してしまう。そして、春蘭の無数の虚に反応してしまう

 

理由は明白。狙いを翆から突如として張飛に変える可能性も孕んでいるからだ

 

翆に秋蘭と昭が当たるとういう見え見えの行動ならば守るべきは張飛。春蘭が張飛に向かえば、二対一で張飛は殺される

 

己一人ならば、今ならば、無徒と春蘭、秋蘭と昭を相手にしても引けをとらないだろう。しかし、張飛が居るならば話は別だ

 

故に、虚(フェイント)であると言ってもコレほど殺気を怒りを込められれば反応しざる得ない

 

「なっ・・・!!」

 

ならばと心を鎮め、全てに対応出来るように覚悟を決めた僅かな隙間。ほんの僅かの、刹那の隙間に、秋蘭は潜り込む

 

翆の目の前で剣を持ち、殺気を放つ春蘭の背に足を掛け、上空高く飛び上がり翆の頭上を超えていく

 

手の届かぬ高い空中。唖然とする翆

 

秋蘭の取った行動とは、翆を無視した中央突破。立ち止まるわけでも、剣を交えるわけでもない、ましてや春蘭と共に戦うわけでもない

 

自分を無視するという完全に思考の外の行動に翆は、慌てて槍を頭上の秋蘭へと向かい放とうとすれば

 

「やらせるもんかっ!!」

 

「コレで、稟さんの策は完了ですっ!!」

 

回転する八風は、いつの間にか一周し、二人の童子は再び同じ戦場へ舞い戻る

 

投げるのは鎖だけになった季衣の武器、そして流流の鉄の円盤

 

鎖は伸ばす翆の右腕に絡みつき、円盤は胴に巻きつき翆の躰を抑えこむ

 

「やられたっ、コレが狙いか!でも、アンタはもらうぞ夏侯惇っ!!」

 

躰を縛られ、身動きが取れなくなった所へ襲い来る春蘭の頭上から振り下ろす一撃

 

氣を瞬時に肉体に凝縮させ、捻転により鎖を強引に振り払い

流れるようにして右腕一本で春蘭の大剣を弾けば、空中で翆の頭に狙いを定めた秋蘭の矢

 

「それも読めてるっ!叔父様の武を見せてやる!!」

 

反転して襲い来る矢に迎え撃つ翆。騎馬での動き、攻撃を利用して反対の敵を討つ銅心の残した槍術

 

ガチンッ!!

 

秋蘭の矢の強さは知っている。思い切り槍を下から振り上げれば矢と槍が重なり

激しい音を立てると同時に振り向き、槍を春蘭の頭上へと落とした

 

「避けられはしないっ!夏侯惇、アタシが討ち取ったっ!!」

 

確信の勝ち名乗り。春蘭の躰は翆の強烈な槍撃によって未だ態勢を崩している。確実に頭を割る一撃

 

しかし

 

「悪いがそいつは無理だ」

 

翆の耳に聞こえたのは、兄の深い闇の深淵から聞こえるような声。同時に弾ける頬と歪む視界。放つ槍は春蘭の肩をかすめ外れていく

 

春蘭の影から飛び出す蒼い影。影は、翆の隣へ軽く跳ねると蹴りを横に放ち、翆の視界を歪めていた

 

「兄、さまっ!ここでかっ、兄様までアタシを此処にっ」

 

此処に放っておくつもりかと叫び、振り向けば、昭は一瞥さえもせずに前へと、秋蘭と共に劉備を目指し走り続けていた

 

湧き上がる怒りにも似た感情、剣を交え戦い兄に己の成長を見せられるとどこか心待ちにしていた翆に生まれる揺らぎ

 

その揺らぎを見逃す春蘭ではない。即座に態勢を立て直し、剣を横に薙ぎはらう

 

「どうした、水は全て消え去ってしまったか?私の炎に喰われたか?それとも炎が燃え広がってしまったか?」

 

振り向きもせずに、石突で真上からたたき落とすようにして春蘭の横薙ぎを止める翆の口元は

思い切り噛み締められ翆の苛立ちを容易に見て取れた

 

全てを見ていた井闌車の上の軍師は声を大にして笑う。堪え切れず、はじめから一貫して冷たい笑みを浮かべていた軍師は、口角の亀裂を深くして大声で笑っていた

 

「ククククッ、うまく・・・ハマりましたか」

 

指揮どころか会話すら全て水鏡にまかせていた稟は、翆の歪む表情とわかりやすすぎる怒りに周りの者達が呆けるのも構わず笑っていた

 

全ては稟の思うがまま、全て見通したとおりに事は進んでいたのだ

春蘭と無徒が入れ替わるのも、八風が一周して季衣と琉流が戻ってくるのも

 

そして何より二人が、秋蘭と昭が翆を完全に無視して前に進み、その心をかき乱すのさえも稟の予測と考えの通り進んでいたのだ

 

「そうね、貴女の考えたとおりよ。蜀の大樹は、雲にその瞳を奪われ続けていた。結果、日輪に手を伸ばせるほどにその幹を太くした

しかしながら、彼女の成長も力も雲に目を奪われ、雲の存在が大きくなっていたからこそ。故に、最後の戦なれば

必ずや己と相対するとそう思い込んでいた」

 

呆ける統亜と苑路に水鏡は、クスクスと笑みをこぼし、羽扇の動きを決して緩めぬままに、全軍の指揮を滞らせること無く説明を始めた

 

「もともと舞王殿に対する感情が大きかったのは明白。馬騰殿に認められ、兄妹であり、戦で何度も相対し、その度に成長を促されていた

関係としては、師弟関係にも近いわ。それ故に、馬超殿は舞王殿を意識から外すことは出来ない

先ほど、口にした言葉からも読み取れるでしょう?彼女は、次は殺し合いだといった

まるで、自分の成長を自分の力を彼に見てもらいたいかのように」

 

井闌車の上から見下ろす統亜と苑路にも容易に分かるほどの怒り、いや怒りなどではない愛憎に近い感情

 

惹かれ続け、応えるよう成長し続けた馬超の姿は最早、雲を超えていた。しかしながら、雲から眼を放すことは出来無い

その心は言葉に、行動に、全てに現れた。コレほど容易に利用できるものは無い。軍師である彼女が心の深層を利用しないわけがない

 

舞王殿とは彼女にとって餌よ。決して無視することの出来ない、眼を放すことの出来ない

必ず自分と剣を交えると【思い込んだ】魚を釣り上げるためのね

 

「美しい程に歪んだ瞳と唇。好好、よほど雲に無視されたのが屈辱なのでしょうね

もう、既に日輪まで手が届く程になっているというのに」

 

翆の表情は水鏡の食指を動かしたのだろう、にっこり微笑みながらも舌で艶やかな唇をゆっくりと舐めていた

 

満を持して願っても居ない舞台での戦。西涼の事も、国の事も、扁風の事すら翆の気が付かぬうちに霞むほど、雲の霧によって見えなくなっていたのだと水鏡は言う

 

「雲は包む。広大に何処までも続く空を大地を覆い隠すように。大樹は日輪へと手を伸ばすがあまり

雲が己を覆い尽くしていたことに気がつかなかった。大地に根を張るはずの大樹は、何時しか雲に瞳を奪われ大地から眼を逸らした」

 

羽扇を稟の思い描くまま、美しい軌道を描き下の軍師たちに伝え、八風を更に回転、変化、将の補助をさせていく

 

「逃がすものか。鈴々、退け。アタシは兄様を追う。絶対に桃香様には近づけさせない」

 

怒りの炎にも愛憎の炎にも焦がされるのは一瞬。即座に心を切り替える

 

切り離された昭への思い、湧き上がる涼州と妹、そして蜀の将としての心と意思

 

踵を返し、地面に槍を突き立て、先ほどのような高速移動にて昭達を追う翆

 

「フフッ、その意気や好。しかしながら少々遅いようね。炎に焦がされた大樹は葉を落とした

葉の無い枝に天稟を掴む事など出来ようもない」

 

水鏡の言葉を表すかのように、稟によって既に配置された魏兵が翆の前に壁のようにして立ちふさがる

 

「薄い、その程度の壁ならアタシの槍で撃ち抜ける」

 

冷静に、水を取り戻した翆の心に最早迷いなど微塵もない。張飛を退かせたのは、己が自由に戦う為と劉備の元まで退がらせ防御を固めるため

 

朱里の読みがまだ勝ってる。今、アタシ達が創りだした陣形は、兄様が進む↓方向に対して凹の形で受け止める陣

元々、アタシが抜かれた時、敵を両翼ではさみ飲み込むための陣形。今の状況は想定済み、まさに虎の牙をもつ翼。鶴翼よりも質が悪い

 

今置かれている状況、そして陣形から意味を読み取り己がすべき最も最善の行動を取る翆

 

翆が動けば前に抜けた魏の兵、そして昭と秋蘭は四方を囲まれ殲滅される。そこまで読み切り稟へと抗う諸葛亮と鳳統

 

「此処で背後を詰めれば討てる。夏侯惇は、あの怪我じゃ追いつけないはずだ」

 

ちらりと肩越しに背後を見れば、重い躰を無理矢理に引きずり此方に疾走るすがた。どう考えても追いつくはずがない

 

そして、翆の言葉を聞いた張飛が無徒に重い一撃を見舞って居る姿。二つを見た翆は、矢のように直進しながらも槍を構えた

 

「おそいとっ、言ったでしょうっ!!」

 

躰を捻り、魏兵の作り出す壁に一撃を放とうとした時、戦場に響く稟の叫び

 

応えるようにして翆の躰に影が差す。人一人よりもはるかに大きく、巨大な塊。その足は、人の同じ部分を超える太さ、超える逞しさ

 

先に付けられた固く鋭い爪先。天が与えし風を纏い、風と共に疾走るその足は、翆の頭上へ踏み抜かれるように落とされた

 

「疾風の劉封、真名を一馬。推して参る!!」

 

現れたのは、今まで兵の群れの外にて機を伺い身を隠し続けていた一馬

 

巻き上がる砂煙。稟の指示により、兵を連れ翆と春蘭達の戦いの中、一馬の連れる兵達は外から己の躰を投げ打ち活路を開き

昭と秋蘭の道を作り出し、更には翆に対して横陣を敷いて待ち構えていたのだ

 

なんとか蹴りを避けた翆は、頬から血を流し立ち上がる。頬の血を拭い、槍を構え、前に立ちふさがる一馬に凄まじい覇気を垂れ流した

 

「クッ・・・馬鹿野郎っ!」

 

呟いたのは翆。己の甘さに対する戒めのように吐き捨てた言葉。もう間に合わない。見れば、季衣と流流に阻まれ張飛もうまく退くことが出来ずにいた

 

残るは、劉備と共に後方に退がった関羽のみ。果たして、関羽一人で防ぐことは出来るのか

 

いや、信じるべきだ。未だ、関羽の闘志は消えていない。それどころか兵の動きを見れば分かる。軍師二人が少しも諦めていないことだ

 

陣を変え、翆が抜かれる事も想定済み、更には入り込んだ敵を両翼にて挟撃する理想的な形

 

此処自分の死地とし、一歩も退かず暴れ眼前の一馬、並びに前方の魏の将を抑えることが出来れば

本陣へと一直線に疾走る将二人を確実に討つ事が出来る

 

「兄様と姉様、二人を討てば戦況は一気に傾く。例え呉の兵が揃い曹操が生きていてもだ」

 

落ち着き、状況を見れば突出した二人の将を討ち敵の士気を下げ、自分が此処に残ることで敵の陣を無効にする

 

自軍の軍師の知謀に感心する翆は、己の仕事を改めて確認すれば再び元の落ち着き放った老兵のような雰囲気を纏い始めていた

 

「さぁ来い。兄様を救いに行かせたりさせるものか!」

 

狙うは正面に立ちふさがる一馬。同じ兄を持つ姉弟として、翆の槍は容赦なく的盧にまたがる一馬を狙い撃つ

 

此処から逃しはしない、兄を追わせたりはしない、振り向けば、一瞬でも気を抜けば、即座に貴様の魂を砕くと翆の構え得る穂先が語る

 

凹の蓋のように翆がその場を死地と決めたと同じくして、諸葛亮と鳳統の指揮する陣が動き出す

 

劉備本陣に向かう敵に対して翼が閉じるかのように両翼が幅を狭めはじめていた

 

「昭!」

 

「俺に力を、秋蘭が居れば俺は何処にでも行ける、何処までも強く在れる」

 

「無論だ、我らが舞を見せてやろうではないかっ!!」

 

横陣が幾つも馬防柵のように備えられ、壁が両側から迫る。だが、二人の足は更に更に加速していく

 

共に付き添い、両側を守るように従っていた兵を何時しか追い抜き、二人は最前線、先頭へと躍り出る

 

「舞うは、大地を表し王の舞」

 

「演舞【舞麒麟】」

 

弓を腰に、青紅の剣を手にする秋蘭。隣には、同じく倚天の剣を手にする昭

 

二人は、武器を合わせ動きを合わせ、歩幅すら合わせ、全く同時に待ち受ける敵の群れへと入り込む

 

秋蘭の思考を読み取り、共に襲い来る敵の武器を、剣を滑らせ、蹴りで叩き、秋蘭の手を引いて互いの体重を利用して敵の間をすり抜ける

 

秋蘭の思うがままに、秋蘭の望むがままに、動き、舞、秋蘭の動きを補助していく

 

蜀の兵の眼に映るのは、仲間が犇めく間をうねりすり抜ける麒と麟、二匹で一匹の番いの獣

 

地面を滑るかのように態勢低く滑りこむかと思えば、途中で止まり背を地面につけ

両足で秋蘭の身体を飛ばし、真上から打ち下ろされる一撃

 

二つに切り裂かれる兵の影から現れるのは、振り下ろした秋蘭ではなく昭の前宙からの縦斬り

 

とどまらず、二人の動きは常に連続であり途切れることがない

 

獣が通った後には、血飛沫が舞い散り、肉体を真っ二つに切断された兵の屍体で埋め尽くされていく

 

「な、んだ?なんで、触れただけ、なのに・・・」

 

更に、敵の動きを見切った秋蘭の思考に合わせ手を使い敵の腹、腕、足が動く前に置くようにして動きを止め、側をすり抜けていく

 

そう、側を通り抜けただけ。兵の間を風がすり抜けた。斬られた感覚など微塵もない。気がついた時には、身体は切断され大地を赤く染め

 

敵の血肉が舞うなか、輝く牙と朱と蒼の交じり合った牙は眼前の獲物に咆哮をあげた

 

後方では、関羽の眼に映った蒼く美しい二匹の獣が兵の肉を食い荒らす姿

辛うじて手をおいた後に、輝く倚天の剣が兵の身体を撫でるように通り過ぎ

 

後には、兵の肉体が気付いたかのように二つに切断され宙に舞う様子が映る

 

そして、二匹の獣を先頭に屍山血河を二人に付いてきた魏の兵が続いていく。例え数が少なくとも、狭まる両翼に数を減らされようとも

 

麒麟の舞にあてられ狂乱に酔いしれた狼達が、死すら恐れず塊となって蜀の本陣へと突き進む

 

仲間が槍で貫かれようとも、剣で切り裂かれようとも、此処ぞとばかりに火薬にて爆撃を行なおうとも

 

戦神と舞麒麟に鼓舞された男たちは、己の血肉をまき散らしながら敵の将、劉備へと向かう足を止めようとはしない

 

火薬の音など最早彼らの耳には届かない。届くのは、後方で命を魂を削り歌い続ける歌姫達の歌声

 

心を揺さぶり続ける魏と言う名の家族の声と王の慟哭

 

ずっと前から、彼女が旗揚げを行った時から付いてきていた者達は感じていた。口にせずとも、顔に見せずとも

 

見えずとも、声が聞こえずとも、目の前の二人の姿で常に理解出来る。感じることが出来る

 

その頬に一筋たりとも涙が落ちずとも王は泣いている。我らの為に、我らの死に哭いている

 

友の死を、家族の死を、我らの死を、誰よりも感じ、誰よりも心を傷つけ

 

一人淋しく、咲き誇る王と言う名の華を受け入れた者に

 

我らは何をもって応えれば良いのか

 

「討ちとれ!王を、劉備を討ち取り、我らが王の我らが家族の望む世界をっ!!」

 

誰かが言った。誰かが叫んだ。それは兵の一人なのか、それとも将であったのか。だが、そんなことはどうでも良かった

 

その叫びは、誰もが同意し誰もが心から信じ、頭ではなく心で動くことの出来る言葉

 

ならばどうする?ここで応えずにどうする?たつのは今を置いて他にあろうか、命を掛ける場所が他にあろうか?

 

まばらに声が上がり、それは次第に膨れ上がり、束ねられ、何時しか男たちの声が巨大な咆哮へと変わった時、危険を感じた諸葛亮が動く

 

羽扇を大きく仰ぎ、両翼の幅を狭め、後方の扁風が羌族を動かし最後のひと押しをするために

 

「お願いします。愛紗さんはっ・・・・・・」

 

関羽に昭と秋蘭を討ち取る指示を出そうとした時だ

遥か遠くの井闌車の上で、羽扇を同じ動きで大きく仰いだ水鏡がその細く美しく靭やかな指先を口元に寄せ

 

「私が使うと言ったでしょう?」

 

そう呟いた。諸葛亮の腹に突き刺さる凪の横蹴り。誰一人気がつく事は無かった。全ての者達は、動き出す八風、翆と戦う魏の将兵

 

そしてなにより、目の前から中央突破をする昭の秋蘭の二人に集中していた

 

「好好。風が凪げば、水は鏡となる。よく、私の考え通りに動いてくれましたね」

 

将がたった一人で敵陣深く潜り混んでくるなどと誰も思わない。ましてや、恐怖を埋め込まれていた諸葛亮などなおさらだ

 

「おさがりください桃香様っ!」

 

諸葛亮の小さな身体が宙に浮き、地面に落ちた姿を見た関羽は、唇を噛みしめるが

即座に王の身を守るために突然現れた凪へと新たな偃月刀を向けた

 

振りかぶる偃月刀。一刀、二刀と凪に向かい振り下ろせば、既に満身創痍であったのだろう、辛うじて攻撃を避け

 

足から流れる血がガポガポと靴の中で音を立てながら、息を荒くし後ろにさがる

 

「その姿でよく敵陣を一人で突破し辿り着いたものだ。しかし、桃香様には近づけさせん!」

 

再び偃月刀を振りかぶり、凪を討ち取る力を載せた一撃を振るえば、凪は腕をクロスさせ手甲をもって偃月刀を受け止めていた

 

手甲を切り裂き腕に喰い込む切っ先。しかし、凪はそこから一切後に下がり退こうとはしない

 

凪の不可解な姿に、なんの真似だと関羽が言おうとした時だ、どこか安心したように微笑む凪の顔に関羽は戦慄を覚えた

 

背筋の寒気に振り向けば、昭と秋蘭は既に目の前まで迫っていたのだ

 

「そんなっ!疾すぎるっ!!」

 

身構える劉備、武器を引こうとするが捕まえられてしまう関羽。あまりにも疾すぎる二人の到着

 

だが、それは至極当然と言えることであった

軍師がやられた事も舞も歌もあった、しかし何よりも二人の後ろに誰一人魏兵が生き残っていない様子に全ての理由が込められていた

 

兵たちが命をもって、劉備への道を切り開いていたのだった

 

「桃香様っ!!」

 

「夏侯淵をお願い」

 

「はっ!」

 

武器を抜き取り、構える劉備は冷静に己の力量と合わせ昭を選択し、関羽を呼べば

 

関羽は、武器を掴んだ凪を無理やり武器を振り回して引き剥がし、秋蘭の前へと立ちふさがった

 

「チィッ、邪魔だ関羽っ!」

 

「やらせはせん!!」

 

構え、劉備の前に盾のように立ちふさがる関羽に対し、昭は秋蘭の意思を読み取り単独で劉備へと疾走る

 

あの時と同じ、以前魏へと攻めてきた時と、戦神を初めて舞い踊ったあの時と

 

ただ違うのは、目の前には劉備が一人、剣を一つしか持たない昭

 

そして、一番に違ったのは

 

「兄様を討てる者は、此処にいるぞぉっ!!!」

 

凪、同様、兵の影に隠れ全ての戦況を読み切り、最後尾まで戻って昭へと横槍を突き入れる蒲公英が居たことであった

説明
さて、いよいよです
読んでいただければそれだけで十分です
本当に、いつもありがとうございますm(__)m


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何時も読んでくださる皆様、コメントくださる皆様、応援メッセージをくださるみなさま、本当に有難うございます。これからもよろしくお願いいたします
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コメント
おぉ〜。面白い展開です!続きを楽しみにしています!!(アーバックス)
次の展開にドキドキしながら続きを楽しみに待っています。(TMP8000)
ここまで続く恋姫SSは珍しい!(TMP8000)
遂に決着の時近し!いいところを持っていこうとするなや蒲公英!さて、劉備の武はどこまで上がっているのでしょう?蒲公英はすでに大怪我を負っており、その傷を押して後方まで掛けて来たことで体力も限界でしょう。この一撃が昭の意表を完全に付けているのかが重要ですね。次回も楽しみにしています。(kuorumu)
蒲公英ちゃんは時機ぴったりで登場。 蒲公英ちゃんが来るまで魏の勝ちかなーと思いましたが、これはまだまだ分からないですね…… 凪ちゃんにはもうひと踏ん張りして欲しいところ!(神余 雛)
さてさて蒲公英が最後の最後で美味しいとこに出てきたけどどうなるのか?次回も楽しみにしております。(shirou)
熱すぎる展開!!一馬のセリフかっこいいなぁ〜そして凪がすごすぎる!!(破滅の焦土)
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