オタクヘッドで何が悪い! 第二話 前編
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 八月十五日

 

「さーて、イセラクはっと」

 俺は鬼頭。

 今は家に一番近いショッピングモールに来ている。

 八月も上旬のうちに学校の課題を全部済ませてしまい暇を持て余している俺は残った休みを十二分に満喫するために、すでに発売されているはずのライトノベルを買いに来ていた。

 

 ご存知のない方のために簡単にライトノベルとはどういうものかを説明しておこう。

 簡単に言うと、漫画の文庫本化といったところ。夏目漱石や太宰治のような純文学の場合は手軽に読めないイメージが強いが、ライトノベルはその名の通り、手軽(ライト)に読める小説(ノベル)といえる。中身はまんま漫画の様に読めるので漫画が好きで小説も読んでみたいという人に断然おすすめできる代物だ。ちなみに、昨今の深夜に放送されているアニメの約七〜八割がライトノベルが担っているといっても過言ではない。是非ともご一読していただきたい。

 さて、露骨な宣伝をし終わったところで本屋に到着だ。俺は迷わぬ足取りでライトノベルコーナーへと進む。これでもかと積まれた魔導書(ラノベ)が俺を待ち受ける。その誘惑を振り切り目当てのイセラクを探す。

 イセラク、とは『異世界政治が楽勝過ぎる。』の略だ。俺の最近の一番のお勧めの作品である。アニメ化もされている。(重要)

あらすじはこうだ。

 

 日本史や世界史が得意な主人公が突然魔法でファンタジーの世界に連れられてしまう。連れられた先で魔法使いミスリルちゃん(超美少女)に「この世界を救ってほしいの。」と告げられる。てっきり聖剣を引き抜き魔王でも倒すのかと思いきや、内政が狂いまくりで国民路頭に迷いまくりだから助けてほしいというもの。これは彼がこれまでに培い自ら学び吸収していった知識で世界を政治的に思い切って征服しちゃう物語。

 

 異世界ファンタジーものかと思いきや政治関係を話すなかなか見られない異色ジャンルで注目されており、なおかつ政治なんていう小難しげな内容を簡単に説明するので人気急上昇している。「政治を学んでいるはずなのに征服するのはいいの?」という疑問はご愛嬌だったりする。

 あった。しかし残り冊数が異様に少ない!これは心優しい書店員さんが良くも悪くも目立つポップを作ってくれたおかげでどんどん売れたと考えられるな。こんなことなら事前に来て売り場の確認をしておくべきだった!

寂しくなってしまった棚には三冊ぐらいしか最新刊が置かれていないうえ、今まさに二冊とも同じ奴が買っていきやがった。おそらく『保存用』と『観賞用』か。『読書用』が買ってあるようでよかった。

 

 今ならまだ間に合う?

 

 残り一冊に向かって(気持ち)駆け寄る。

 間に合った。残りの一冊を手に取る。と、

 

 

     「「あ」」

 

 

 どうやら俺以外にも間に合ってしまった人がいるようだ。スーツを着たメガネのお兄さんも俺と同じイセラクを掴んでいた。物凄く気まずい状況になってしまった。

「え……えっと…………」

「ど、どうしようか、ちょ、ちょっと店員さんに聞いてみるね。あのーすいません、これ、もう在庫って……」

「ないです」

 食い気味に返される。こいつは困った。

「…………どうします?」

 数秒の思考の後、スーツのお兄さんはこう結論付けた。

「君もこれを読みたいんだよねぇ?譲れないよねぇ」

「はい。大金を積まれてもこのチャンスは逃したくないです」

「だよね。うん。気持ちはよくわかる。そこでだ。僕にある『考え』がある。賛同してはもらえないだろうか?」

「……内容によりますね。聞かせてください」

「うん。まず、僕がこれを君に奢る」

「へ?」

「話はそのあとだ。レジの外で待っていてくれ」

 いきなり何を、と思ったが改めて考えてみると、それが一番なことに気付く。

 この店のレジは一か所にしかない。だからレジを通した後俺の目の前から逃げるのは不可能だ。レジを避けようものなら万引きになってしまう。別の売り場のレジでは取り扱ってくれないことをこの人は理解している。

「わかりました」

 俺はレジ外でスーツのお兄さんが買い終わるのを待った。

 スーツのお兄さんがレジでブラックカードを差し出すのを俺は見逃さなかった。

 

 

 場所は変わってフードコート。私服の高校生とスーツの男二人が相席する。傍から見たらさぞ不思議な光景だろう。スーツのお兄さんは特大のパフェを頼んで戻ってきた。

「お待たせ。何か食べたいのとかあったら言って?奢るよ?」

「いえ、なんていうか、悪いですし、お金に困っているわけではないので。それより、『考え』とやらを」

 こんな状況で見ず知らずの人に何を頼めってんだ。無茶だろ。

「っと。そうだね。自己紹介が遅れた。僕はこういう者だ」

 そう言って手渡された名刺にはしっかりとこう書かれていた。

 

 『株式会社ワンダースタジオ  社長  有馬 創路(ありまそうじ)』

 

 社長の二文字に驚愕はしたものの、会社名がどこかで見たような気がしたので俺は必死に記憶を漁る。確か、この会社は…………

 

「!―――声優育成会社」

 

 そうだ。アニメのCMで聞き覚えがあった名前だ。

「お、正解。うちのことを知ってくれているとは、広報部にボーナスでも出してやるかな」

「で、なんで社長殿がこんなところにいるんですか」

 俺の質問にスーツのお兄さん改め有馬さんはユルく答えた。

「いや〜家がこの辺なんだけどね、ほら、今ってお盆だからさ、ちょっと会社抜けてここに来ちゃったのさ。それでお気に入りの本を買いに来たら」

「もう一人買いたい人がいてそれで相談を、ということですね」

「うん。そういうこと。で、『考え』とやらなんだが、まぁ話は簡単さ。キミがこの本を先に読む。で、その名刺の裏に電話番号とメールアドレスが書かれているから、そこに連絡してほしい。そしたら僕が直接会いに行って受け取るよ」

「要は俺とあなたとで読み合いっこみたいなことをしようってことですね。いいですね。感想の話し合いもできるじゃないですか」

 俺がそう言うと有馬さんは最高に嬉しそうな顔をした。

「うーん素晴らしい!キミはよくわかっている!そう、そこだよ。僕は感想を誰かと語り合いたいんだよ。いや〜会社には読んで感想を話し合うような人がいないんだよ〜」

「はは、かもしれませんね。あるいはあなたの言うことに全部賛同するかと」

「ほんとそう。うむ。キミとは本当に仲良くなれそうだ。キミ、名前は?」

「あ!すいませんこちらこそ自己紹介もせずに」

「いやいや、気にしないでくれ。社長なんてただの肩書きさ。もっとフランクでかまわないよ」

「ははは、えっと、確かこの中に……っとあったあった」

 俺はカバンから生徒証を見せる。

 

「北辰高校一年、鬼頭健哉。オタクでヤンキーのヘッドをやっています」

 

「ほう――オタクであり、ヤンキーのヘッド。なかなか面白い経歴だね。詳しく教えてくれないかい?」

「はい、いいですよ。まさかこんなすごい人と会えるとは思わなかったな」

 

 

 

 

 そうして、俺は有馬さんに自分の今までについてを話した。そのあと、イセラクについて語り合ったのは言うまでも無い。

 こうしてまた新たなオタクの人脈ができたのだった。

 

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 八月三十日

 

 長かった夏休みを終え、今日からまた学校に通う日だ。俺は昨日から整えていた荷物を持って学校に行く。と、

 

「ヘッド!おはようございます!お久しぶりです!」

 

 朝から特攻服姿の篠塚が家の前で直立不動で待っていた。

「…………お前さ、韓流スターとかじゃないんだから出待ちなんてすんなよ……ご近所さん不思議そうな顔して見てるじゃん」

「いえ、朝六時から待機していたんでご近所にはすでに挨拶済みです」

「二時間も前から待機するなたわけ。怖いわ。言っとくが俺にはそんな趣味無いぞ」

「はい。俺にもありません」

「まぁいいや。行くぞ」

「はい」

 夏休み明けもどうやらこいつはしっかりと右腕の役割を全うするらしい。律儀なこった。

 

 

 教室はいつにも増して騒がしかった。みな夏休み明けおなじみの「あれ?なんか大人になったね〜」現象が多発しているものだからとにかく騒がしい。俺の周囲を除いて。

 ホームルームを告げるチャイムが鳴り、万年ジャージの担任が教室に入る。

「おらーお前ら席付けー」

 ぞろぞろと自分の席に戻る生徒たち。教卓に日誌を置くと体育会系の担任が挨拶を始める。

「あーまず、お前らこの夏休みの間事故や怪我も無いようで何よりだ。先生非常に嬉しい。で、そんな中みんなに嬉しい知らせだ。なんとこのクラスに今日から転校生が来る。紹介しよう。入りなさい」

 生徒たちのざわつきがエスカレートしたところで、ドアを開けて転校生とやらが入る。

 それは背中の半ばほどまで黒髪を伸ばした可愛い女の子だった。きれいな目鼻立ち……だと思うのだが、肝心の口元がマスクに隠れてわからない。あれか。今時流行りのマスク女子か。

 担任が彼女の名前を黒板に書く。

 

「今日からみんなの仲間になる 不仁田(ふじた)マキさんだ。彼女は喉の都合でちゃんと喋れないが代わりに筆談で会話するそうだ。みんな仲良くするように。」

 

 確かに、彼女の手にはちょうど白塗りの芸人が「こんな○○はイヤだ」みたいなネタを始めるのではというくらいのサイズのスケッチブックが握られている。不仁田さんは慣れた手つきでスケッチブックに字を書き始める。

【初めまして不仁田です。いきなり筆談でごめんなさい。ですが、私はこのクラスでみんなと仲良くなりたいです。】

【よろしくおねがいします。】

 一枚の表と裏を丸々使った挨拶の後、ぺこりとお辞儀をする不仁田さん。クラスのみんながフレンドリーに声をかける。

 にこりと笑った彼女の可愛さはマスク越しでも通用するレベルだった。

 どうやらクラスの男子の何人かは既に骨抜きにされたようだ。

「不仁田の席は真ん中の後ろの方だな。ほら、そこの席だ」

 担任の指示に従って不仁田さんが自分の席に向かう。途中、俺の席の近くで何かに躓いた。

「あ、大丈夫か?」

 コクリ

 と、彼女が何かを落とした。

「ん?」

 拾ったそれは小さく折り畳まれたメモ用紙のようだ。

「おーい何か落としたぞー」

 と彼女に声をかけるも、聞こえなかったのかそのまま席に着いてしまった。

(しゃーねぇ、後にするか)

 そう考え、ポケットにしまおうとしたが、思わず中身が気になり俺はこっそりそのメモを開いて中身を見てしまった。

 

【今日の放課後南棟校舎裏に来て。】

 

         ん?

 まさかとは思うがこれは俺宛のメッセージとみていいのか?俺はすかさず不仁田さんを見る。

 なんなんだその意味ありげなウィンクは!?

 

 

 こうして俺は放課後までの間不自然なまでにそわそわする羽目になったのだった。

 

 

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 八月三十日  放課後  校舎裏

 

 一体あのウィンクは何だったのだろうか…………

 そう考え一人校舎裏へと向かう俺。

 不仁田さんが指定した南棟校舎裏は放課後になっても使う部活が無いため隠れて何かするのに役立っている。

 かつて俺が不良どものトップに君臨する前はよくここでタバコを吸っていたり、こっそり酒を飲むなどの違法行為が横行していたそうだ。俺がトップになってからはそんなことは撲滅させたが。お酒とタバコは二十歳から。

 

 到着した先では、今朝と同じ格好の不仁田さんが待っていた。違うのはあの大きなスケッチブックが無いところだろうか。

 不仁田さんは俺が来たことに気付くと大きく手を振りながら駆け寄ってきた。

 危ない、すごく危ない。特にあと数歩先でこの間の夕立のせいでぐちゃぐちゃになった

泥濘(ぬかるみ)があるからこのままじゃ確実に転ぶ。

 そう思った時には俺は既に駆け出していた。

 不仁田さんが泥濘に足を取られ前のめりに倒れる。視界がスローモーションのようにゆったりになる。そして、俺は不仁田さんを支えようとするも、勢いを殺しきれずに俺を下にして倒れ………………なかった。

 

 

「ヘッッッッッッドオオオオオォォォ――――――!」

 

 

 低い咆哮を轟かせ、自称右腕の男、篠塚が土煙を上げてすっ飛んでくる。本気を出した逃走中のハンターもかくやといった速度で助けに来た篠塚は、そのまま倒れこむ姿勢だった俺たちを元の直立状態に戻した。

「…………え っと、篠塚さん?」

「ご無事でしょうか、ヘッド。不肖ながらこの篠塚、ヘッドに危機が迫っていると感じ、虫の知らせを頼りに参上しました」

「お前はなんだ?俺の執事かなんかか?ん?」

 事前に居場所を告げずにやってきて倒れかけの二人を起こす腕力込みのスペックには俺はツッコまない。ツッコまないよ。

 ポカーンとしている不仁田さんが現状を把握する前に俺は篠塚に耳打ちをする。

「まったくこのヴァカ野郎!このまま倒れこめばラブコメでおなじみのラッキースケベ的な展開になっただろう!なんでよりにもよって戻すんだよ!」

「ですがあのままではヘッドのお召し物に汚れが…………」

「オカンかお前はぁ!」

「え、え〜と……」

 ハッ不仁田さんが現状に気がついた!

「だ、大丈夫?不仁田さん。」

 何気なく聞いたが、この時現状に気付いてないのは俺のほうだった。

 彼女はスケッチブックを持っていないから今朝のような筆談はできない。

 それに対し俺は普通に肉声で話すことを暗に要求してしまっていた。

 

 不仁田さんがマスクを外して肉声で話す。

 

「う、うん。何とか、大丈夫みたい。」

 

 

                ん?

 

 

 どこかで聞き覚えのある特徴的な声。よくあるアニメ声というやつだ。

 いやいや問題はそこじゃない。不仁田さんの声は本当に最近聞いたことのある声だ。なんだ?俺はこの声をどこで聞いた?

 思い出せ……記憶の中を、この夏休みにもこの声を聞いたはずだ…………

 

 大丈夫     彼女は喉の都合でちゃんと喋れない。      

    株式会社ワンダースタジオ

                 「この世界を救ってほしいの」

 

 

「え…………もしかして、ミスリルちゃん?だよね、この声」

 

「あ……ばれちゃった。驚かそうと思ったのに……うん。そうだよ」

 

 

「「ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――――――――!」」

 俺と篠塚が変な奇声をそろってあげる。

「改めまして、はじめまして。あたし、アニメ『異世界政治が楽勝過ぎる』のメインヒロイン、ミスリル役のMAKI(マキ)名義で活動中の高校生声優、不仁田マキです」

「ちょ、ちょ、ちょっと待って、置いてかないで、全然頭がついていけてないから!」

「あばば×□Ω?ν優Γ◎」

「落ちつけ篠塚、気持ちはわかるがまず日本語で話せ」

 

 

 

 

「で、そのミスリルちゃん演じる今をときめき、明日に煌めくMAKI様が一体全体どうしてこの学校しかも俺のクラスに転入してきたわけ?何かあったの?おかげでこちら男二人して軽く心メキメキ状態なんだが」

 落ち着いた俺は不仁田さん改めMAKI様に質問する。

「様だなんてよしてよ、一応同い年なんだから。ほら、あたしも高校生声優なんだし。気軽にマキって呼んでよ」

「とてつもなく恐れ多いんだが…………まー仕方ないか。よろしくマキ。俺は……多分他のクラスのやつから聞いたとは思うが――」

「入学早々ヤンキ―の元締めをマンガ雑誌一冊でフルボッコにした伝説のヤンキ―でありながらその実態はアニメ、ゲーム、ラノベ他日本を代表するサブカルチャーをこよなく愛するオタク男子、鬼頭健哉君でしょ?情報はしっかりといただいてるよん♪」

「篠塚やったよ!俺声優さんに知って貰ってた!こんなに嬉しいことって!」

 嬉しさのあまり俺は篠塚とハイタッチ。

「やりましたねヘッド!赤飯炊きましょう!」

「息子に彼女ができたときのオカンか!」

 

「すまん。これじゃ話が進まんな。で、どうしてこの学校に?」

「うん。ちょっと困ったことになってね、これを見てほしいの」

 そう言ってマキが取り出したのは一通の手紙だった。

「ん?何これ?ファンレター?」

 しかしその質問に気まずそうに返すマキ。

「普通のファンレターだったらよかったんだけどね。とにかく読んでみてよ。」

「? おう」

 

 

 

      親愛なる我が女神MAKIへ

 

    単刀直入に言おう。君がほしい。回りくどい言い方はしたくない。

    君のその麗しい声も、その人魚すら嫉妬する美貌も

    妖狐すら泣き崩れる艶やかな肢体も

    君が世界、地球、銀河いやそれ以上に光り輝いている。

 

     最後にもう一度、君のすべてがほしい。

 

 

 

「寒気がするな、これ」

「吐き気を催しますね。これ」

「一回吐きかけたこと本当にあるよ。あたし」

 三者三様の感想を漏らすが、共通して

 

     「「「キモい、これ」」」

 

 そこだけは同じだった。

 

「で、これってまさかというかやはりというか…………」

「うん。犯罪者(ストーカー)」

「だよな、いつから?」

「それがあたしがデビューしたての頃から送ってきているの。筋金入りでしょ」

「ああ、まったくだ。警察には?」

「連絡したけど直接的ではないし、実害もない。その頃あたしも仕事に支障はきたしてなかったから放置してたの。まさかモブ役で呼ばれたときにも手紙が来るとは思わなかったけどねぇ」

「そんな昔から来てたのか?」

「うん。とはいっても昔はこの演技をこうしたらいいとかっていうアドバイスだったんだけど、今はこんな変態な文面しかなくってさ。ちょっと怖いし、困るから社長に直談判したんだ」

「社長に?よく相手してくれたな。なんつーか、社長ってそういうイメージあんまり無いんだが。そんで、その社長さんにはなんと?」

「直談判した時に、『ちょうど良い人を見つけたから』って社長に頼んでここに転入してきたの。それがあたしがここに来た理由」

「はぁ……なるほどな。で、そのちょうど良い人とやらが俺らってか?なんでまた」

 そう聞くと、マキはニヤリと笑った。

「ふふん。鬼頭君達さ、この間の夏のコミケ、行きの電車ですごいことやらかしたよね」

「……何で知ってんの?あ、まさか……」

 

 

            「いいな、あれ、カッコいい」

 

 

「実はあの時、私も同じ電車に乗ってたの。プライベートでね。まぁ実際は隣の車両だったけどね」

「マジか……つまりマキは俺たちがクズ鉄どもに一泡吹かせるのを見てたってことか。それで俺たちに助けてもらうべく、ここに来たと…………」

「そう。だから、今日からヨロシクね♪」

 なるほどな。だからわざわざマスクに筆談なんて格好だったのか。

 

 声優という仕事上、あまり人前でアニメのセリフを言うというのはよろしくない。特に俺たちほどではないにしてもアニメのファンがいたら、「この声、どっかで聞いたことあるぞ」となってしまうし(現にさっきの俺がそうだ)大々的に自己紹介しても嫉妬されたりいじめられるターゲットになりかねない。

 

           ・・・・・・      

 ならば、いっそのこと喋れない設定にしてしまえばいいわけだ。

 

 納得した俺は次なる問題に気付き、慌てて返した。

「ちょ、ちょっと待てよ!それ、俺たちの同意無視してるよな?俺たちが断ったらどうするんだよ」

「え〜?鬼頭君助けてくれないの〜?」

 マキが上目遣いで俺を見る。大好きな声優にそんなかわいい声でそんな風に言われたらそんなもん反則だ!

 俺は仰け反り歯ぎしりしながらこう答える。

「そうゆうこと言われたら断るわけにいかないじゃんかよ―――!!」

「いぇーい決定ねん♪」

 マキはにっこり笑うと右手でサムズアップ。さぁもう引き返せないぜ!

「…………ヘッド、俺もサポートに回りますから、頑張りましょう」

「……篠塚、お前結構前向きだな」

「立ち止まっても時は進み続けます。とりあえず、やり始めてから困りましょう」

「そだな。あーもう、やったるよチクショウ!」

「オッケー じゃ、さっそくお願いしまーす」

 振り返ると、何処に隠してたのかマキが二人分のスーツとサングラスを持って微笑んでいた。

 

 

 こうして、俺たちは急遽、高校生声優マキちゃんを犯罪者(ストーカー)の魔の手から守ることになるのだった。

 

 

 

 

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 同日 某スタジオ内収録スペースにて

 

 俺と篠塚は防音ブースで休めの姿勢で立っていた。ここは主にアニメで音響を担当するスタッフさんが入る場所、隣の録音ブースで声優さんが声をあてるのを聞いてあれこれ指示を出すところだ。

 俺たちの目の前では今まさにマキが収録をしていた。

「なぁ、篠塚」

「何でしょう、ヘッド」

「俺たちなんでここにいるんだっけ?」

「……マキの護衛ですね……」

「ストーカー退治って聞いてたのになんでこんな格好させられてるんでしょうねぇ……」

 ちなみに俺たちは今、二人してスーツにサングラスとどこからどう見てもボディーガードあるいは要人警護のSPにしか見えない服装をしている。

「耐えてくださいヘッド、アニメのアフレコ現場に入れてもらえたんですから」

「そうだな…………」

 

数分後、マキが収録を済ませて戻ってきた。

「二人ともお疲れ〜♪もうこれで今日のお仕事は終わりだから」

 長時間立ち尽くしていた俺たちにどっと疲れが押し寄せてくる。

「やっと終わったか…………」

「結構長かったすね…………」

「しょうがないじゃない。良いのが録れるまで何回もリテイクするんだから、今日はこれでも少ないほうなんだよ。ほら、男の子なんだからもっとしゃっきりする!」

「あいあい」

 伸びをして首を回していると、俺たちの物とはまた違うグレーのスーツを着た男がやってきた。

「いやーごめんごめん。わざわざ二人ともありがとね、マキのために」

 この男、前崎(まえざき) 信吾(しんご)

 マキのマネージャーで、新人の頃から世話をしている。マキにとっては、この人なしでは今の自分はいないそうだ。

 俺と篠塚はさっきまでのだらけた顔を捨て去り、リポ●タンDのCMもかくやといった爽やかな笑顔で返した。

「あ、前崎さん。いえ、こちらもアフレコを見せてもらうなんて貴重な体験までさせて貰ってありがとうございます」

「ぶっちゃけ、俺もこの格好気に入ってますし」

「ハッハッハ。それは良かった。確かに似合ってるよ」

「ありがとうございます」

「うん。それじゃ、後は帰るだけだから、駅までタクシーで送って行くよ」

「あれ?直接家に送るんじゃないんですか?」

 それなら一発なのに。しかし、前崎さんはすまなそうな顔をして言った。

「すまない。この後も仕事で山積みだからね。マキはいつも駅の隣のデパート前で降ろしているんだ」

「そうなのか?」

 俺はマキに尋ねる。

「うん。昔っからそう。私が仕事を終えて帰った後も、前崎さんがいろんな所を駆け回ってくれているの。あ!そうだ、いいもの見せてあげる。これこれ」

 そう言ってマキはケータイを取り出す。かわいい猫のストラップがついていた。

「これ、あたしが初めて収録をしたときに記念にって前崎さんがくれたの。今でもあたしのお気に入り。だからあたし、こういう小さくてもしっかりした応援に少しでも応えたいから私も頑張るってわけ」

「なるほど、なかなか上手いこといってるんだな」

 俺はニヤニヤとマキと前崎さんの二人をちらちら見る。

「ちょっと、からかわないでよ!」

「からかってなんかいないさ。そういう誰かがこうしてくれたからそれに応えるってのは良いことだとおもうぜ。俺は」

「ハハ、そうだね。じゃあ行こうか」

 

 

 その日、俺たちはタクシーで駅前で降ろしてもらい、前崎さんと別れた。そして俺と篠塚の二人でマキを家まで送ったのだった。

 しかし、俺たちは今日一日ストーカーの姿どころか怪しい人物を誰一人として見つけることは出来なかったのである。

 

 

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 翌日 八月三十一日  放課後  部室棟にて

 

「鬼頭君…………これ……」

 毎回校舎裏では何かと面倒なので思い切ってマキを部室棟に連れてきた。

 今日は仕事はなく一日休みの日らしい。

 連れてこられたマキはおずおずとカバンから一通の手紙を差し出す。

「おいおい……まさかこれって……」

 篠塚が手紙の中身を確認する。

「手紙っすね。おそらく差出人も一緒です。相も変わらず脊髄バーストしそうな内容の文面ですし。なにより、俺たちがボディーガードについてたことも書いてあります。『たかが不良程度、俺のMAKIへの愛に勝てやしない。』なんて挑発がご丁寧に書かれてますよ」

「ほう……そうか…………マキ、お前これまでにボディーガードを雇ったことは?」

「ううん。昨日の鬼頭君たちが初めてだよ」

「ふむ…………」

 俺は顎に手を当て考える。

 

 昨日は突然ボディーガードをする羽目になったがそれでも怪しい人物は誰一人として見なかった。それに、手紙の内容からしておかしい。俺たちが昨日護衛自体を断っていたらこんな内容は書けないはずだ。

そもそもこの手紙事態におかしな点がある。

 ひとつは手紙自体に郵便局の判が押されていない点だ。これだと直接家まで行ってポストに投函することになる。毎回同じ家に入れるとしたらかなりリスキーだ。普通ならアニメの感想とキモい文面ぐらいしか書けないだろう。

 しかし、この手紙はここ最近のマキにあったことをこと細やかに書き綴っている。郵便局に送る場合だとタイムラグが発生し、下手をすれば日にちがずれてしまい、上手くマキの手には渡らない。

 

 と、いうことは、だ……

 

「マキ、次の仕事はいつだったっけ?」

「あ、明日。また放課後からだよ」

「明日、か…………」

「ヘッド?」

「これはちょっと罠でも仕掛けてみるかな」

「罠?」

 かわいい声でマキが首を傾(かし)げる。

「ああ。篠塚、駅周辺にそれらしい廃ビルとかないか調べてみてくれないか?」

 イエス・マイロード

「主人の仰せのままに」

「…………お前最近『黒●事』読んだろ。まあいいか」

 

 

「ナメられて突っかからないのはヤンキ―としてアウトだからな。ひとつヤンキ―の恐ろしさってのをみせてやらねぇと」

 俺はドヤ顔でそう言った。

 

 

 

 

 

 

説明
オタクヘッドで何が悪いの第二話です。お待たせしました。(待っている人いんのかな?)
ちょっと長いので二話は前後編に分けました。
ようやく新キャラのヒロインの子が出せました。
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コメント
テンポがよいという点でよい思います。しかしヒロインの筆談設定必然性をあまり感じませんでした(waz_woz)
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