穴。
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穴。 

 

 

 

 初恋の相手が、忘れられない。

 

正確に言うと、初めてのセックスが忘れられない。

お互い初めてだったくせに、何時間もかかって要約「こと」が終わった後、気まずそうに奴はこう言ったのだ。

「本当に処女?」

唖然とするしかなかった。

下半身の痛みばかりに気を取られて、何も聞き返す事が出来なかった。

どういう意味で言ったのか。

それは後に発覚する事になるのだが。

 当時まだ中学を卒業したばかりの、十六歳になる春の事だった。

初体験を済ませてからというものの、気恥ずかしさからか、それとも互いに進学した高校が別々だったからか、疎遠になりいつしか別れた。

けれどいつも、ふいに思い出すのだ。

あの日、奴が言った言葉を。

「本当に処女?」

 高校に入学してからというものの、黒い髪を明るく染めて、今までしなかった化粧もし始めた。

高校デビューまではいかないが、それなりに「女」としての自覚が芽生えて来たのだろう。

スカートの丈は中学生の頃よりも一段短くなったし。

ファッション雑誌を読み漁る様にもなったし。

少ないお小遣いもそういった形に消えた。

オシャレや新しいものにも敏感になった。

すると途端に今まで見えなかったものが見えてくる。

意外にも自分が、異性にモテルのだという事に気がついた。

授業中の教室で、気づけば送られている熱い視線とか、放課後の帰り道で待ち伏せされていた事もある。

どこから調べたのか、家の電話に知らない人から電話が来る事も、希にあった。

友人は口を揃えて言った。

「男ウケする雰囲気があるのよ」

決して特別かわいいとか、美人だというわけじゃない。

人より優れているものも見当たらないし、どうして平凡で平均的な自分がモテルのか、この時まだ私は、全く理解が出来なかった。

 高校一年の夏、友人に誘われて生まれて初めて、私は横浜元町にあるクラブへと足を踏み入れた。

地下にあるせいか、こもる煙草の煙と。

薄暗い照明と、耳に痛いだけの音楽。

腰を回して胸を突き出し踊る少女に、アルコール片手に頭を振る少年。

クラブの片隅でたむろする、怪しげな外国人。

一緒に来た数人の友人達は、皆慣れた様子でフロアへと踊り出して行く。

けれどどう頑張っても、私には無理だった。

どちらかといえば引っ込みじあんだし、人前でそんな風に乱れて踊るなんて、想像しただけで恥ずかしくて身体が熱くなる。

 結局、友人の誘いを何度も丁重に断りながら、私はバーカウンターのツールに座りオレンジジュースを飲んでいた。

二度と此処に来る事は無いだろう。

そう思いストローが刺さったジュースを飲み干した。

そんな時だった。

突然隣のツールに腰を下ろした男が、身を乗り出し私に声をかける。

「ねぇ君って」

振向けばこの場所には不釣合いなんじゃないかと思う様な、知的な青年の姿。

襟足辺りで切りそろえられた漆黒の髪に、端正な顔立ち。

銀縁の眼鏡の奥では、形の良い切れ長の瞳がじっと私を捉えている。

「え」

無意味に近づくその綺麗な顔に目を見開いた私を、もう一度じっと見つめて、「いや、やっぱいいや」と彼は首を傾げた。

悪戯に浮かべられたその笑みに、思わずドキリと胸が鳴る。

「俺、カシスお願い」

そんな私をよそにバーテンにドリンクを注文する彼の姿や仕草を、気がつけば私は、じっと凝視してしまっていた。

無駄の無いバランスの取れた身体に、良く見れば上質なカッターシャツ。

その胸元から覗く綺麗な鎖骨に、グラスを弄ぶ細く骨っぽい指。

そして何よりも、彼の耳に光る、異常なまでのピアスの数に目を見張った。

普通の若者がこれだけの数のピアスをつけていたら、失礼だがちょっと汚らしい様に思ってしまうかも知れない。

だけど彼の知的で高貴な雰囲気が、それを上手い具合にファッショナブルで色香なものに変えていた。

「十二個だよ」

「え」

そんな私の視線に、彼は完全に気がついていたのだろう。

クスリと笑い肩を揺らしながら、ツールごと私を振向いた。

「ピアスの数。十二個。左耳に六個、右耳に五個。後は内緒」

左へ右へと顔を傾けて、最後にしーっと人差し指を私の唇に押し当てる。

その瞬間に、身体がピクリと震えた。

暗闇の中でも、きっと分かるはずだ。

私の頬が赤く染まっている事は、鏡を見ずとも理解出来る。

そうして硬直してしまった私を見て、彼は何を思ったのだろう。

妖艶な微笑みを浮かべて、まるで品定めする様に私の身体を指先で触り始めた。

頬、首筋、肩まである髪を掻き分けて、そっと飾り気の無い耳たぶを指先で強くつまみあげる。

「んっ」

驚きと、その冷たい指先から感じる、甘い痺れる様な感覚に私が呼吸を止めていると、彼は小さく耳元で囁いた。

「穴、開けてみない?」

「え」

「穴、開けたいな。君みたいな子は特に」

どういう事だろうか。

全く意味が分からないでいる私を向き直ると、先ほどまでとは違う。

怖いくらいに真剣な眼差しを向ける彼が居た。

 その日。

私は始めて行きずりの男と寝た。

と言っても初体験を済ませてから、男の人と「する」のは初めてだった。

二人でクラブを抜けた後、近くにあるラブホテルまで歩く間、不思議と緊張はしなかった。

どうしてだろう。

「運命」と言ったら可笑しな例えかも知れないが、この人がセックスに対する私の中のトラウマを、消し去ってくれる様な気がしたのだ。

 

 「こと」が終わった後、彼は「本当に二度目?」などとは言わなかった。

「やっぱり思った通りだ」と呟いて、玩具を見つけた様なキラキラした瞳で私を見下ろした。

ベッドの中での荒々しい姿はそこに無く、無邪気な子供みたいな笑顔だった。

「思った通り」だと思ったのは、彼だけでは無い。

初めてとは比べようも無い快楽を、彼によって私は得たのだ。

彼は言った。

「君は生まれつきのマゾヒズムだ。愛され方を自然と、知っているんだね」

うっとりとした表情で、ベッドに沈む私の肩を抱き寄せながら。

 もう少し若いと思っていた彼は、私よりも十一歳も年上だった。

てっきり大学生とか、専門学校に通う良いところのお坊ちゃんかと思えば、「彫師」という仕事をしているらしい。

繁華街の駅裏に小さな店を構えて、そこで刺青を彫る職人をしているというのだ。

頼まれればたまにボディピアスを開ける作業もしたりする。

身体に傷をつける作業が、彼は好きだと言った。

針を動かす度に滲み出る血を拭う時、何とも言えない高揚感を覚えるらしい。

そして痛みと快感の狭間で悶える私の姿を、美しいと笑った。

優しく触れられるよりも確かに、痛いくらいの愛撫の方が感じる。

二度目だとは思えないくらい、乱暴にされると吐息が漏れる。

正直にそう告げた私に、「君の無防備な色香を、何とかしないといけないね」と、彼は最後に私の首筋に赤い噛み痕を残した。

「サディスト」という言葉も、「マゾヒズム」という言葉の意味も、彼から聞いて初めてその日知ったのだ。

私は釈然としなかった。

どんなに具合が悪くても、注射されるのは嫌だし。

友人がかわいいピアスをしているのを羨ましいと思った事は何度もあったが、今まで身体に穴を開けるだなんて、恐ろしくて出来なかった。

血を見れば軽い貧血を起こすくらいだし。

テレビドラマやドキュメンタリーのオペシーンや殺人現場を見るだけで、なるべくならチャンネルを回してしまう。

そんな私が「マゾ」だなんて、ありえない。

 

それから私は、試しに何度かセックスをした。

例のごとく言い寄って来る男は不思議と絶えなかったし。

特別好意があるわけじゃなかったが、妙な噂が流れぬ様に一学年に一人づつ、それから街でナンパされた他校の生徒と二人。

セックスをした後、その全ての男達がそれで終わった。

次の約束を取次ごうとするものは無く、一度きりだった。

特にその後もまた会いたいとは、私も思わなかったけれど、正直少しがっかりする。

その中の一人に、「エッチっぽいと思ってたけど、意外と普通の女の子なんだね」と言われた時は、頭を鈍器で殴られた様に眩暈を覚えた。

そう思われていたのか。

今まで自分はそういう目で見られていたから、言い寄ってくる男が絶えなかったのか。

いつか友人が言った、「男ウケする雰囲気」とはそういう事だったのだ。

決して恋愛対象では無い。

単なる「性」の対象ではないか。

初体験の奴が、「本当に処女?」と訊ねた理由も、何となくわかった気がする。

痛みだけではなかった。

思い返せば私はあの時、下半身に酷い痛みを感じながらも、快楽に声をあげていたのかもしれない。

奴はどう思っただろうか。

雑誌や友人同士のそういう話を聞く限り、初体験は痛いだけ、感じる様になるのは慣れてきてからだと聞く。

あの問いかけには裏は無く、正直に思ったままを訊ねた事だったのだろう。

心の中で彼を「奴」と呼んでいた事に、今更ながら申し訳なく思った。

 何度か試す様なセックスを重ねて行く度に、私はどうしようもなく、あの夜の彼に会いたくて仕方がなくなった。

別れの時に渡された店の名刺を何度も財布の中から取り出してはしまい込む。

もしももう一度会いに行ってしまえば、もう後戻りは出来ない気がしたから。

けれど夜がくると、布団の中で身体を丸めて、湧き上がる何かを必死に抑えこむ。

彼に痛めつけられた部分が、彼に傷つけられた首筋が、「欲しくて仕方が無い」と悲鳴を上げる様に疼くのだ。

恋愛では無いじゃないか。

こんなの不純ではないか。

繰り返し自分にそう言い聞かせることも、もう限界だった。

 その日、あの夜から僅か一週間目のことだ。

一度だってずる休みをした事が無い私が、学校とは逆方向に向かう電車に乗っていた。

もうすぐ、電車は駅に着く。

初めて行く、駅だった。

そこで私はカバンを開いて、そして財布の中から一枚の名刺を取り出すだろう。

携帯のボタンを震える指で、しかししっかりと押しながら、そうして長いコールが途切れるのを心待ちにするのだ。

電話の向こう、甘くて低いあの声が聞こえたら。

私は言うのだ。

「初めてなんですけど。穴、開けてもらえますか」

 

 

後書 初エロです。

 

え、エロなのか?って。

 

そのつもりです(汗)

 

すいませんっっっ 

 

 

 

 

説明
「はじめて」にトラウマを持つ少女が、出会ったのは…。
身体中ピアスの穴だらけの、美青年。
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タグ
S M 美少年 短編 読みきり ピアス 

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