十三番目の戦獣士 1
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人の埋め尽くされた闘技場。

決着の気配を察する場内は、その人数を感じさせないほどにしんと静まり返っていた。

「…もらった!!」

静寂を、甲高い声が打ち破る。剣を手に刻路(コクジ)が高く飛び上がった。

敵が背後にいると気づいた鈴花(リンファ)は、顔だけハッと彼に向けた。

一瞬。しかも逆光を浴びた刻路のはっきりとした表情はわからなかったが、鈴花は彼の口から覗いた白い八重歯だけは確認できた。

刻路は背中から鈴花を押し倒し、地面に這う形になった鈴花の首の脇に剣を突き立てた。

「とうとう十二支落ちだな」

刻路の口とは対照的に、くっと歯を食いしばる鈴花。

「残念だったな、お・ぶ・た・ちゃん?」

続いた刻路の言葉に、鈴花の目と『亥』の紋章が、突如光る。

「…んなんですってぇ!?」

瞬間、鈴花の力は爆発し、突進する勢いは猪のごとく、刻路は簡単に場外へ吹っ飛ばされた。

 

十二支国という、この国の名前を掲げたイベント、『十二支戦』。

年に2回催されるこの戦いは、代々続く自分の動物紋章が刻まれた武器を使って操り広げられる。

それぞれの動物紋章のトップが本選に進み、さらに本選上位12名は国を守る神から宴会に招かれる。

国をあげた十二支(つわもの)として持て囃される、名誉ある大会なのだ。

しかしここ数年の十二支は『子』『丑』『寅』『卯』『辰』『巳』『午』『未』『申』『酉』『戌』『亥』の紋章持ちに定着していた。この十二支を覆す者として、『丙』の紋章を持つ刻路の躍進は期待されていた。刻路と、鈴花の戦いは、トップの子と丑の戦いより盛り上がるはずだった。

 

しかし。

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「…お前は十二支に入る気がないだろう?」

言いながら組んだ手に顎を乗せた集(シュウ)は、呆れた顔で刻路を見た。

彼の紋章は『寅』。金色の髪が、色黒の肌をより一層濃く見せている。

「『豚(アレ)』はご法度なのに…」

刻路の傷の手当てをしながら晶(アキ)が言う。彼女の紋章は『丁』。鼬だ。

ね? と晶は集に首をかしげて見せた。

穏やかな雰囲気を持つ彼女だが、鈴花に次ぐ十二支予備軍でもある。三回前の大会では鈴花に勝ち、十二支に入ったこともある。

「あの鈴花に勝てないで十二支もないだろ」

刻路はふてくされて声を低くした。

そんな彼を、鈴花は長い黒髪を掻き揚げながらからかう。

「なんにせよ女に簡単に吹っ飛ばされるようじゃね〜」

「にゃんだって!?」

刻路は猫目をより大きく見開いて鈴花を睨みつけた。

豊満な胸にくびれた腰周り。豚という言葉は不釣合いに見えるが、太りやすい体型を必死に維持している鈴花は太ることにかなり敏感だった。

そんな起伏の激しい彼女は、十二支の定着が危うい存在として周りから指摘されるせいか、今回刻路に勝ったことで気分をよくしたようだ。

「さ〜て、そろそろ宴会に行く準備準備〜」

鈴花はご機嫌で立ち上がった。

「宴会がそんなにいいかよ」

刻路はちっと舌打ちする。

「神様からのご招待なのよ。光栄じゃない」

鈴花の代わりに晶が応えるが、刻路は顔をしかめた。

「オレは神サマに会ったことないんでな。偉大さなんかわかんねぇよ」

「ご拝顔を得たければ、亥(わたし)に勝つことね。ほら、集もいきましょ」

鈴花に背中を叩かれて集がため息混じりに立ち上がる。

集は十二支に興味のない刻路がもどかしかった。いつか本気の刻路と戦いたいと思っているのだ。

「晶もよ。そんなぶうたれ猫なんか早く蹴散らしちゃいなさい!」

集と鈴花が部屋を出たのを確認すると、刻路は伸びをしながら呟いた。

「確かに…晶に本気出されたら負けるだろうな…」

晶は刻路から目を逸らして、包帯を片付けはじめた。

「それは刻路でしょ? 『丙』の武器を使わないんだもん。本気出されたら勝てるわけないわ」

「? お前なんでそれ知って…」

刻路は驚いた。それは誰にも言っていないことだった。まじまじと晶を見つめる。

ところが晶は、刻路の質問に答えず続けた。

「…しかも一番相性の悪い『子(ね)』の武器で13番目なんてすごい…」

十二支戦は、自分の紋章の武器を使わなければならないという絶対の決まりはない。但し、受け継いだ紋章以外は扱いにくいため、好んで使う者はいなかった。ましてや栄誉を決める戦いだ。

しかし、『子』と『猫』の武器が似ているのをいいことに、刻路は子の剣を使い続けていた。

開いたドアの向こうをふと千(セン)が通り過ぎたことに気づき、刻路は顔を険しくした。

「…でも、あいつは…」

十二支戦で使った剣は、元は千の持ち物だったものだ。

『子』の剣を見つめる刻路に寂しそうな顔を向ける晶に気づかず、刻路は立ち上がった。

「さぁて、腹減ったし帰るかな! 晶もオレなんか気にせず十二支目指せよ!! あと、手当てサンキュ!!」

背を向けながら手を振る刻路に聞こえないように、晶は呟いた。

「私は刻路と十二支に入りたいのよ…」

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「おう、猫!! いけなかった宴会見物か?」

「うるせーよ!! 高いトコが好きなだけだ!!」

国で一番高い高台の屋根に登って寝転びながら、刻路は握り飯をほおばっていた。緑に覆われた神殿がよく見える場所だった。カエルの『壬』の紋章使い、科緒(カオ)はまだ刻路をからかっていたが、昔を思い返していた刻路の耳にはそれ以上入ることはなかった。

 

千と出会ったのは10年前、刻路がまだ7歳だった頃のことだ。

小さな体を微かに揺らしながら、目の前の魔物になす術もなく、幼い刻路は震えていた。

自分に牙を向ける魔物は、刻路が大人に聞いている以上に恐ろしかった。

当時子どもの中ではダントツで強かった刻路は、魔物なんて簡単に倒せると高をくくっていた分、絶望は大きかった。自分の力はこんなに頼りないものだったのだ。

牙に襲われる瞬間、持っていた剣を誰かが奪った。

それが、千だった。

ひゅっという音と共に向けられた剣に、魔物はひるんだ。

自分より小さい少女がこの恐ろしい魔物に立ち向かっていることに、刻路は驚いていた。

腰の抜けていた刻路だったが、千にひかれてなんとか魔物から逃げることができた。

安全な場所にたどり着き、呼吸を整えると千は言った。

「力を驕っても、身を滅ぼすだけだ」

言われるまでもなかったが、刻路に返す言葉はなかった。

千は2本持っていた子の剣の1本と、刻路から奪った丙の剣を刻路に投げた。

「扱えるようになれ」

刻路は受け取った剣と去る少女を見比べた。

彼女が猫の剣と相性の悪い『子』の紋章持ちだということを知ったのはそれからしばらくしてのことだ。

 

あの日『子』の剣を渡した千の意図は、刻路は未だにわからなかった。

「くそっ!」

ガン、と拳を打ちつけながら、千のいる神殿を睨んだ刻路は、神殿が今までと違うことに気づいた。燃えているのだ。

天に向かってとがった刻路の赤い髪に似た、真っ赤な炎があがっている。

「神殿が…!!」

「ん? どうした、猫?」

科緒が不思議そうな顔をする。

「神殿が燃えてるんだ!!」

「な、なにぃ!?」

「うわっ!!」

神殿を中心に、12の紋章が光と共に飛び散った。

紋章が消えたのちに、空が真っ黒になった。

立ち尽くしていた刻路は急に激しい頭痛に襲われ、両手で頭を押さえ込んだ。

どうやら科緒も同じようだ。地面に頭を押し付けている。

 

民ヨ、良ク聞クノダ。

十二支ガ、我ヲ裏切ッタ。

奴ラヲ抑エル為、我ノ力ハ弱マッタ。

暫ク、国ハ魔物ニ溢レ返ルデアロウ。

十二支ハ封印シタニスギナイ。

奴ラハ国ノ脅威デアル。

封印ガ解ケル前ニ、始末スルノダ。

 

キィンという耳鳴りの後、声は止んだ。

暗くなった空は元の夕焼けに戻ったが、神殿は跡形もなく、黒焦げになっている。

「…な…んだったんだよ…」

十二支が神を裏切る? そんなばかな。

鈴花も? 集も?

…千も?

 

一体何が起こったのか。

頭痛の名残に左手で頭を抑えながら、刻路はただ、神殿跡を見つめるしかなかった。

説明
とりあえず、プロローグです。
本当は漫画で描きたいです。
画力がありません。
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十二支

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