ALL END |
宇宙とは、予測不能の混沌であった。
少なくとも、地球上の人類にとっては。
21世紀前半、火星に向けて有人探査船が打ち上げられた翌年。
太陽系のカイパーベルト付近に、突如ワームホールが開いた。
更にその内部から、
小天体サイズの超巨大重金属物体・ガムト(Giant Heavy Metal Thing)が雲霞の如く現れ、
ワームホールが閉じた途端、亜光速で太陽系の各天体に急接近した。
火星に向けて航行中の有人探査船がガムトに向けて交信を求めても、一切反応は無かった。
やがて冥王星とカロン、そしてセドナが木端微塵に砕けた事が観測されたと同時に、
それぞれの内部から複数体のガムトが新たに出現した事が確認され、
ガムトの目的が「増殖」であると判明した。
ウィルスが細胞を媒介として増殖するように、ガムトは天体を媒介として増殖する。
即ちガムトとは、天体に寄生する巨大なウィルス。
求めるのは天体そのものだけであり、天体表面の存在などどうでも良いのだ。
我々が皮膚表面の細菌やウィルスに、敬意も慈悲も表さないように。
それを示すかのように、有人探査船はガムトの1群と衝突し砕け散った。
ガムトは全く意に介さず、速度も落とさずに進み続けた。
国連はガムトを「未曾有の脅威」と判断。
核保有国の各々が秘蔵していた100Mt級核ミサイル計20発を、
地球に向けて接近中の1群に全弾撃ち込むが、
どの個体にも傷1つ与えられず、接近速度も落ちなかった。
最大の抵抗手段が通じなかった事実に、全人類が半狂乱に陥った。
他方、人類以外の生物は滅亡を予期したかのように静まりかえった。
獣や鳥は巣穴に潜り、
魚は吊り上げても跳ねず、
羽虫も飛ばずに、葉や木や軒に止まったまま微動だにしない。
それが更に、人類に本能的恐怖を呼び起こさせた。
かくて、
地球崩壊前に、
人類の文明社会は崩壊した。
全ての国々が精神に異常をきたした暴徒で満たされ、
家々からは心中した者達の死臭か、酒と煙草と薬に溺れる者達の異臭だけが漂い、
通りを歩けば暴走車が、道端に力無く座り込む人々を次々に轢き殺し、
路地裏では女子供の区別無く襲われ、後には無惨な死体だけが転がる。
もはや「万物の霊長」などどこにもいなくなった。
いるのは狂った獣だけだった。
そして、
「私」もそんな異常をきたした1人、いや1匹である。
「私」はガムトを最初に確認し、名付けた科学者だ。
「私」はこれまでの人生の全てを科学に捧げてきた。
「私」はこれまでの人生の全てを賭けてガムトと対峙した。
しかし、今やそれも全て無意味と化した。
ガムトを破壊する方法は、理論的には1つだけある。
マイクロブラックホールを1体につき1つ打ち込めば済むのだ。
そうすれば即座に重力崩壊で自壊する。あとはホーキング放射で消滅するにまかせれば良い。
しかしマイクロブラックホールを作り出す技術も資材も時間も、そして予算すらも無い。
そしてガムトは今この瞬間も、太陽系の各天体を媒介にして増殖し続けている。
最後の観測結果では火星も砕けたと判明した。次は地球。もはや打つ手無しだ。
それがわかってようやく、私は全てを諦めた。他の者は皆既に自殺していた。
死臭漂う中、おぼつかない足取りで研究所の外へ出て……そして、今に至る。
しかし「予算が無い」だと?久しぶりに口にしたな。笑えて来る。
いや本当に笑っていた。あらん限りの大声で、けたたましく。
自分が何をしてるかも認識できないとは、もはや私も末期か。
しかし、そんな事はどうでもいい。
今の望みは、ただ一つ。
未知なる味を貪り溺れたい。
即ち女を。
夜空を見上げると、
満月の表面に幾つもの影が蠢いていた。
ガムトの群れだ。遂にご到着か。
メインディッシュの前にオードブルという訳だ。
急ごう。
もはや愛を囁く時間さえも惜しい。
突如、風切り音がした。直後に鈍く響く音も。
見ると、そこに十代後半ほどの少女がいた。
正確には「少女に見える者」か。
背丈は目算でも私より1頭身は小さい。
胸の膨らみもあるので、少なくとも女には違いない。
肩まで伸びた黒髪は、下水でも浴びたのか緑がかったものでべったりと汚れ、
元は純白であったろうワンピースは、古びた雑巾のように黒ずみ、所々黄ばんでいた。
その手には自作したと思しき貧相な釘バットが握られ、先の音がこれを振り下ろしたものだと気づかせた。
そしてその顔は……「私」を含む他の者達と同じく、狂気に侵され歪んでいた。まるで般若のように。
その狂気が「私」を敵と思わせ、狂気故に距離の開きを認識できず、釘バットを振り下ろしたのだろう。
天地を引き裂くような轟音が響き渡る。
見ると、満月にひび割れが走っていた。肉眼で確認できるほどのひび割れが、無数に。
からん、と何かが倒れ転がる音がする。
向き直ると、「彼女」は呆けた顔で地面にへたり込んでいた。
釘バットは既に横倒しになり、「彼女」と同様に動かない。
どうせまもなく世界は滅ぶ。
太陽系諸共、跡形も無く。
そして、どうせ狂った者同士だ。
「私」は「彼女」を選んだ。
理由?「他を当たる時間が無いから」ではいけないかね?
「彼女」の頬に手を当てる。
やはり下水道でも通ったのだろう、所々粘ついていた。
今や瞳にも生気は無く、完全に呆けている「彼女」は抵抗しなかった。
しかし生気を失い呆けた顔は、「彼女」のかつての美しさを垣間見せてくれた。
思えば、こんな状況でもなければ、女に触れることなど生涯無かったろう。
今自分に芽生えている感情が愛情か劣情か、それ以外の何かか、
それを考えられるほどの判断力も、もはや失せた。
ただ自らの欲望のまま、唇を重ねよう……とした。
これまでで最大級の轟音が響く。チューバのような重低音と共に。
聞き覚えのある音だった……あれは、ガムトの「産声」だ。
刹那、地軸が傾く。月が砕けて消えた反動で。
その勢いで唇が重なった。顔面諸共。
チューバのような「産声」が絶え間なく鳴り響く中、
月の破片が豪雨のように降り注ぎ、その一つが私達に落ちた。
そして互いの喉であった部位に、舌であった部位が強引に押し込まれた。
味覚と嗅覚で最期に感じ取れたのは、なんともいえない血生臭さだけだった。
「史上最悪のファーストキスだな」
その思考を最期に、
「私」の意識は「彼女」と共に途絶えた。
永久に。
説明 | ||
ふとした事で「逆セカイ系ノベル賞」というものを知り、 その説明文を見て、 自分なりに「逆セカイ系」を解釈した結果、こんな話ができました。 残念ながら応募要項の字数制限に満たなかった、2500字ほどの短い話です。 良ければ、ご覧ください。 後半残酷描写が多く、かつ最後まで一切救いが無いので、その点だけはご注意を。 |
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