真・恋姫†無双 裏√SG 第9.5話
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月と詠の一日

 

 

 

 

 

詠「ん…」

 

ふと、目が覚める。窓から差し込む陽射しと、吹きつける風が心地いい。

鳥の鳴く声が、音楽のように聞こえて少し楽しい。どうやらもう朝のようだ

 

詠「何時かしら…」

 

僕は時計を確認する。針は7時を指す前だった。

僕はそれを見て、今日一日の予定を思い出して行く

 

今日は非番だ。だからもう少し寝ていてもいい。

だけど今日は、同じく非番である月と出かける予定がある。

きっと月の事だから、もう朝食を作っているだろう。

せっかく起きたのだ、手伝いに行くのもアリね

 

詠「よし…」

 

僕は起き上がり、布団から出た。

服は…寝巻きのままでいいか。着替えるのが面倒くさい。

眼鏡は…あった。机の上だ。これがないとろくに見えない。

銃は…いるわけないか

 

僕は眼鏡をかけ、部屋を出た。僕の部屋は一階にあるから、台所からはそう離れていない。

それ故に、廊下を出たところで良い匂いが漂ってくる。やっぱり、もう起きてたのね

 

詠「おはよ」

 

僕は台所の戸を開け、居るであろう人物に挨拶をする。

そこには、楽しそうにお味噌汁を作っている彼女の後ろ姿があった。

彼女は僕の声に気付くと、振り向き、優しい笑顔を見せてくれた

 

月「おはよう、詠ちゃん」

 

優しい笑顔に優しい声音。きっと天使と言う言葉は、月の為にあるものだと思う。

可愛らしい顔付きなのに、どこか大人びている。

この数年で成長した肉体は、女性なら誰もが羨むであろう。

大き過ぎず、かといって小さくもない胸。引き締まった腰周り。身長も160cmくらい。

うん、今日の月も可愛い

 

月「珍しい。非番なのに早起きだね」

 

詠「月が起きてる気がしたから」

 

月「あはは、凄いね詠ちゃん。大正解!」

 

詠「月の事ならだいたいわかるわ。僕も朝ご飯作り、手伝うわ」

 

月「ほんと?ありがとう!でもその前に、顔は洗ってこようね?まだ少し寝ぼけ眼だよ」

 

月はクスリと笑って言ってくれた。この数年で、月の母性が半端なく上がった気がする

 

僕は月に促されるまま、洗面所へとやって来た。蛇口を捻り、水を出し、顔を洗い始める。

冷たい水が気持ちいい。うん、スッキリしてきた

 

詠「………」

 

顔を洗って、鏡に映った自分を見る。

月と一緒で、この数年でずいぶんいろんなところが成長した。

昔は巨乳に憧れがあったが、今では肩が凝って仕方が無い。

人間が無い物ねだりってのがよくわかる。

ただ、身長が伸びてくれたのは嬉しかった。と言っても、月より少し高いだけだけど。

それでも、彼女の横を歩くとき、自分の背が高いと少しだけ嬉しくなる。

僕は変わらず月の親友で、お姉さんのような存在なんだと思えるから

 

詠「しかし、歳を取るのはいただけないわね…」

 

昔はちょっと寝なくても普通に活動できたが、今では少し辛い。回復力が衰え始めている。

紫苑や桔梗、祭はよくこの歳で…

 

詠「っ!?」

 

 

ヒュン!

 

 

突然背後から矢が飛んできた。

矢は無駄な破壊をせず、一直線に壁を貫通して僕のすぐ横を通っていった

 

詠「なんでいるのよ…」

 

この矢、紫苑ね。てか、この壁にできた穴、どうするのよ…

 

 

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月「今日はどうしよっか」

 

僕らは朝食を食べつつ、とりとめのない会話していく。

そんな中、月がふと今日の予定を尋ねて来た

 

そう言えば、今日は出かけようと言っただけで、別段目的はなかった。

ただの息抜きなのだが、なにかあったかしら

 

詠「月はどこか行きたいとこある?」

 

まずは月を優先する。それが僕の決まりだ。月が行くところなら、僕も楽しめるし

 

月「んー…あ、ちょっとお城には寄りたいかも。

この前届いた調味料を、北郷さんに渡しておきたいんだ」

 

そう言えば、普段使わない調味料が届いていたわね。

確かあれは、華琳が頼んでおいたやつよね?

確かに、北郷さんに渡しておけば、華琳さんの手に渡るか

 

詠「わかったわ。ならまず城へ行って北郷さんに会わないとね」

 

月は笑顔で頷いてくれた

 

北郷一刀かぁ。僕は正直、彼の事を快く思っていない。だけど嫌いってわけじゃない。

頑張っているのは知っているし、人徳があるのは確かだ。

でも、北郷一刀がいたから零士が…いや、東の人間は…

 

月「詠ちゃん?」

 

月が心配そうに僕の顔を覗き込んで来た。

僕はそれに驚き、箸で掴んでいたお米を落としそうになる

 

詠「ど、どうかした?」

 

月「それはこっちの台詞だよ。詠ちゃん、難しい顔してたからさ。

詠ちゃんがそういう顔する時って、家族に何かあった時だよね」

 

僕は黙るしかなかった。月に隠し事はできない。と言うより、間違いなく見抜かれる。

長く連れ添ったが故の、弱点なのかもしれない

 

詠「月は、北郷一刀について、どう思ってる?」

 

僕は隠すことなく聞いてみる。

月は一瞬驚き、そして少し目を伏せて、微笑みながら話し始めた

 

月「良い人、だと思うよ。よくお店にも来てくれるし、人を笑顔にする魅力もある。

東の人達にだって、良くしてくれる。だから私は、良い人だと思ってる」

 

詠「でも…」

 

僕が発言しようとすると、月は人差し指で僕の唇を抑える。

その行動と、月の妙に色っぽい笑顔に、僕はドキッとしてしまった

 

月「詠ちゃん、確かに北郷さんがいるから、東の人達はある意味自由ではないよ。

かつて士希君もそれで傷付いた…

でも、零士さんも咲夜さんも咲希ちゃんも士希君も、北郷さんを恨んではいない。

北郷さんが悪いわけじゃないってわかってるから。

それに、北郷さんがいなかったら、生まれる事も、零士さんに会える事もきっとなかった。

それって、私はとっても幸せな事だと思うな」

 

月の言ってる事はわかっているつもりだ。北郷一刀が悪いわけじゃない。

北郷一刀が東に対して罪悪感を抱き、それ故に何かと気にかけている事も知っている。

だから、あいつを恨む事は間違っている。

それでも、北郷一刀を快く思わないようになったのは、士希のあの悲しげな表情を見たからに他ならない。

血の繋がりなんて関係ない。弟のあんな顔、見たくなかった…

 

詠「わかってるわ。あいつは悪くない。

悪いものがあるとすれば、この世界そのものだと思う」

 

この世界には、この『晋』以外に、彼らの居場所はないのだと思った。

優秀な彼らは、一生をこの料理店で過ごすことになる。

幸いなのは、士希以外の彼らが、それを望んでいた事だ。

もし彼らが他の道を望んでいたら…

 

 

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朝食を終え、身支度を整えた僕と月は、まず許昌の城へと向かっていた。

華琳に頼まれていた調味料を送るためだ。

この調味料、僕らが開拓した特定の商人を経由しないと手に入らない貴重品だ。

お高いのが難点だが、料理人からしたら、調理の幅が広がる方が良いらしい。

それにしても…

 

詠「あっつ…」

 

外は妙に暑かった。

今は夏なのだから、暑いのは当たり前なのだが、それにしたってこの暑さは…

 

月「許昌もずいぶんと、人で賑わうようになったからね。

活気付けば暑くなる。きっと良い事なんだよ」

 

そりゃあそうかもしれないけど…

 

詠「うー…とにかく、早くこの人混みを抜けましょう。じゃないと溶けちゃう」

 

月「あはは、そうだね。早く行こうか」

 

僕らは少し早歩きで、街の人混みを抜ける。

この数年で、許昌は洛陽以上に栄えたと言っていい。

上層部の何人かは、都を許昌にしようという意見もあるくらいだ。

零士は、これを見越して許昌に店を構えたと言っていたわね。

案外零士も、商魂逞しいわよね

 

 

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許昌の城はとても大きく、それでいて警備もかなり厳重だ。

一般人は申請をしない限り入る事は出来ない。だけど僕らは…

 

兵士1「あ、月さんに詠さん!お疲れ様です!今日は何の御用で?」

 

詠「届け物よ。通してくれるかしら?」

 

兵士2「もちろんっす!どうぞ!」

 

月「ふふ、ありがとう」

 

このように、何もしなくても簡単に通してくれる。

そりゃ、何度も城には赴いているし、なんなら身内だっているから、通すのはいいんだけどさ、申請くらいはした方がいいんじゃないかな?

 

詠「人脈は力だなんて、よく言ったものね」

 

月「ありがたい事だけどねー」

 

兵士2人は、僕たちを通すべく城の門を開けてくれる。

僕と月は兵士に一礼し、中へ入ると、そこにはさらに多くの兵士がそれぞれの仕事に従事していた

 

許昌の兵士の質は、僕の目から見てもずいぶんと練度が高い。

それであって、兵士全体の雰囲気も良く、仕事をしながらも、どこか楽しそうに笑いあっていた

 

詠「相変わらず、ここの兵は皆どこか異質よね。

華琳の配下ではあるから、厳格ではあるはずなのに、どこか親しみやすい雰囲気もある」

 

月「秋蘭さんや凪さんの指導の賜物だね。それにきっと、士希君の想いもあるだろうね」

 

そう言えば、士希がまだ軍にいた頃、あの子は今の軍の土台作りをしていたはずだ。

あの子は誰よりも人を愛し、人を守りたいと考えていた。

現在の許昌警邏隊が街の住民に多大な支持を得ているのも、士希がそういった、助ける為の部隊を作ったからだ。

誰もが士希の思想とやり方を認めた。誰もが士希を支持した。だからこそ…

 

「あら、月ちゃんと詠ちゃんじゃない?」

 

突然の背後からの声で、僕は考える事を止め、その声の正体を確かめるべく振り返る。

そこには、紫色の髪に柔らかい雰囲気の妙齢の女性がいた

 

月「紫苑さん、お久しぶりです」

 

詠「紫苑、やっぱり来ていたのね」

 

黄忠、真名は紫苑。蜀の五虎将としてあの戦乱の中を駆け抜けた一人だ。

今は前線から降り、人材の育成や内政に携わる事が増えてきたと言っていたわね。

17年前から交流があり、話す事も増えてきたが、紫苑は相変わらず衰えを見せないほど綺麗だ。本当に年れ…

 

紫苑「ふふ、久しぶりね二人とも。詠ちゃんはどうして私が居る事がわかったのかしら?」

 

詠「か、勘よ、勘!璃々もいるし、そろそろ来ると思っていたのよ」

 

絶対紫苑は心の中を読んでいるわ…

 

月「今回は観光ですか?」

 

紫苑「いえ、お仕事よ。璃々の仕事風景も見られると良いのだけれど、少し忙しくて」

 

そう言う紫苑は、確かに少し疲れた表情を見せていた

 

詠「何かあったの?」

 

紫苑「以前から話があった、都を移そうという案が、どうも本格化しそうなの。

それでちょっとバタバタとしていて」

 

月「確か、洛陽からこの許昌にでしたよね?

 

あの話、そんな現実的になったのね

 

紫苑「そうなのよ。三国一栄えている許昌の方が、体裁もいいだろうって。

ただ、洛陽も伝統と歴史のある街ではあるから、何人かはまだ反対しているのだけれどね」

 

きっと、お堅い保守的な老人連中のことだろう。

北郷一刀が実質的な三国の中心人物になってからは、古い考えを捨て、新しいものをどんどん取り入れ、日々変わりつつある。

だが、保守的な人間は急激な変化を好まない。

恐らく、今回の遷都計画を反対しているのも、そういった考えあってのことだろう

 

紫苑「ただ、華琳ちゃんを始め、桃香様や蓮華ちゃんがずいぶん積極的で。

特に華琳ちゃんはもともと許昌に住んでいたから、ここに帰りたいらしくて」

 

あぁ、なんだか想像できるわ。

たまに仕事が休みでここに来るときは、ずっと店に入り浸っているからね

 

詠「あぁ、それでか」

 

僕は紫苑の会話を聞いて、一つの疑問が解消された

 

月「なにが、それでなの?」

 

詠「いや、今回北郷さんの滞在時間が異様に長いなぁとは思ってたのよ。

北郷さん自身、結構忙しい人間だから、一つの場所に1ヵ月も滞在なんて今までなかったから、なにかあるのかなとは思ってたけど。遷都計画の下見って所ね?」

 

紫苑「えぇ。ご主人様には、ここでの仕事を覚えてもらうためにね。

近々、蜀の五虎将も皆来ると思うわ。私と翠ちゃんは先に見に来たの」

 

紫苑は最後に「璃々も心配だしね」と呟いていた。

だが、これで北郷さんがここに来た理由がわかった。

となると、しばらく北郷さんは洛陽に帰らないだろう。

調味料、こちらで送るしかないわね

 

 

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僕と月はそのまま紫苑としばらく話し、城でお昼を食べてから出ることにした。

城の厨房を自由に借りれるなんて、改めて思うとおかしな話よね

 

月「それにしても、五虎将がみんな来るのかぁ。なんだか忙しくなりそうだね」

 

詠「そうね、ちょっと店に顔出して、言っといた方がいいかしらね」

 

僕が言うと月もそれに同意してくれたので、僕らは店に行くことにした。

昼時を越えた『晋』の入り口では、呑気に寝ている恋とセキトの姿があった

 

詠「恋…この暑さでよく外で寝れるわよね」

 

月「あ、でも恋さんが寝ているところ、風があたって涼しい」

 

犬猫は快適な場所を探すのが上手だとは聞くが、恋もその類らしい

 

恋「むにゃむにゃ………ん……月?詠?」

 

あ、起きた

 

月「おはようございます、恋さん」

 

詠「おはよう、恋。今日は忙しかったかしら?」

 

恋「……ん……そこそこ」

 

そこそこか。まぁ、それくらいがちょうど良いだろう

 

詠「お邪魔するわよー」

 

咲夜「あぁ、いらっしゃい、って月と詠か。どうしたんだ、こんな時間に」

 

店に入ると咲夜が出迎えてくれた。

今日の従業員は確か咲夜、悠里、流琉、咲希、悠香だったわね。

悠里、悠香がいないところを見ると、休憩中かしら?

 

月「少し様子を見に来たのですけど…えと、咲夜さんも咲希ちゃんもどうしたの?」

 

咲夜「ん?別に何もないが…なぁ、咲希」

 

咲希「えぇ、まったくもって、通常運行ですよ」

 

そう言いつつ、司馬親子は包丁ではなく自前のナイフを研いでいた。

うわぁ、ずいぶん鋭利なナイフね。きっと人間の骨すら豆腐のように切れるだろう

 

流琉「あの、零士さんが呉に行ってしまって、それで…」

 

詠「あぁ、それで…」

 

確かに今、零士と雪蓮と蓮鏡は呉に出張に行って留守にしている。

まだ行ってそんなに月日は経っていないのに、ずいぶんイライラしてるわね

 

詠「咲夜…別に零士が空ける事なんて、今までも何度もあったじゃない。

そろそろ慣れなさいよ」

 

咲夜「はっはっは。詠は何を言っているんだ?私は別に、イライラなんてしてないぞ」

 

私も、イライラなんて事、言ったつもりはないのだけれど

 

咲希「そうですよ。私たちはただ、ナイフを研いでいるだけです」

 

ほんとこの親子、零士の事が好きすぎるわね

 

月「あの、そんな咲夜さんたちに情報なんですけど…

どうも蜀の五虎将が近々許昌へ来るとのことらしいです」

 

月がそういうと、先ほどまでイライラしていた咲夜の手が止まった。

表情も仕事時のものになっている

 

咲夜「五虎将か。翠だけでも凄い量なのに、めんどうだな」

 

流琉「そうですね。きっと鈴々さんと一緒になって、季衣もバカみたいに食べるだろうし」

 

咲希「いつごろ来るとか、日程は聞きましたか?」

 

詠「一応紫苑には、日が近くなったら報告するようにお願いしたわ。

といっても、来るのは夏明けくらいだと思うけどね」

 

月「近くなったら、仕入れを増やさないといけませんね」

 

咲夜「だな。あんまりやりたくねぇが、質より量にして、なんとか利益だすか」

 

うちの店は高価なものを仕入れる時があり、それでいて良心的な値段で提供しているので、あまり売れすぎると赤字になりかねない事もある。

翠のような大食漢を毎日相手にしていると、仕込みも間に合わなくなるので、大食漢はうちの店の天敵ではあった

 

咲夜「忙しくなりそうだってのに、零士のやつ…」

 

咲夜は再びナイフを研ぐ作業に入ってしまった。

これは零士、帰ってきたら悲惨な目に合いそうね

 

 

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その後も、僕は別段何事もなく月と過ごした。

何かを買ったわけではないが、店を覗いていくだけで満足だった。

お金に困っているわけではないけど、物欲がないのかしら

 

月「あ、そろそろ夕飯つくらなきゃ。詠ちゃん、何か食べたいものある?」

 

詠「そうねー…簡単なものでいいわよ。炒飯とか」

 

簡単なものと言いつつ、僕は月が作る炒飯がお気に入りだったりする。

なんていうんだろう、月の味付けってなんだか優しくて好きなんだよね

 

月「あはは、詠ちゃん、ホントに炒飯好きだよね。わかった、なら炒飯作るね!」

 

そう言って、月は台所に行き、料理を作る準備を始めた。

それと同時に、うちの玄関が開く音が聞こえる。誰か帰って来たのかな?

 

恋「ただいま」

 

帰って来たのは恋だった。恋はセキトを連れて、うちに上がってくる

 

詠「おかえり、恋。今日はもう上がり?」

 

月「おかえりなさい、恋さん。今、炒飯作っているんですけど、恋さんも食べます?」

 

恋「ん。月の炒飯は優しい味がして好きだよ」

 

恋はセキトを抱いて居間に居座る。時折、セキトの頭を撫でては優しい笑顔を見せていた

 

恋も、こうして見るとずいぶん大人っぽくなったわよね。

もともと無口で、大人しい性格な恋は、そのまますくすくと育ち、とても綺麗になった。

昔に比べると口数も増えて、まだまだ拙い時もあるがしっかり意思を伝えてくれる。

とても優しくて、母性溢れる、素敵な女性に成長した

 

詠「僕たちも、ずいぶん成長したわよね」

 

僕はなんとなくポツリと呟く。

僕と月と恋は、あの連合以来、この家に住み始め、同じ時を共に過ごしてきた。

毎日を過ごす中で、当たり前になっているから、今までは気にもしなかった。

だけど、その当たり前な日々が、僕らにはなかったのかもしれない。

咲夜と零士が僕らを拾ってくれなかったら、こうして成長を感じる事もなかった。

きっと、それはとても幸せな事。こうして今日も、誰一人欠けることなく生きている。

彼らには、感謝してもしきれない

 

月「お待たせ、詠ちゃん、恋さん」

 

月が大盛りの炒飯が乗ったお皿を持ってきてくれた。

とてもいい匂いだ。あ、お吸い物も作ってくれたんだ。嬉しいな

 

月「詠ちゃん、私もね、こうして詠ちゃんや恋さんと一緒に成長を感じる事が出来て、とっても幸せだよ」

 

月が僕に耳打ちするように呟いてくれた。

あれ、聞こえてたんだ。月はとても楽しそうに、ふふっと笑って炒飯を取り分けてくれた

 

詠「なんだか、月には敵わないなぁ」

 

月にとって、僕の考えていることは手に取るようにわかるみたいね

 

 

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夕飯後、お風呂も済ませ、特にやることもなくなった僕は、月と将棋でもすることにした。

恋は既に部屋に行ってしまい、就寝に付いたようだ。

どれだけ成長しても、恋はゆったりとしているわね

 

詠「今日はなんだか、とてもゆっくりできたわね」

 

将棋を指しつつ、月は僕と取り留めのない会話に付き合ってくれた

 

月「そうだね。こんなにゆっくり過ごすのも、ずいぶん久しぶりだったね」

 

めちゃくちゃ忙しいわけではないが、それでも休日にのんびりすることも珍しい。

たいていは出かけたまま、夜まで帰らないなんて事が多いからね。

事件も起きなかったし、ホントに平和な…

 

士希「父さんいるか!?」

 

詠「うお!?び、びっくりしたー」

 

月「ど、どうしたの士希君?そんなに慌てて…」

 

突然、居間のふすまが開かれ、士希の大きな声が聞こえた。

おかげで、気が緩んでいた僕の心臓は早鐘を打っていた

 

詠「士希?って、あんたその頭どうしたのよ?」

 

振り返り、士希の姿を確認すると、そこには普段黒髪の士希が何故か銀髪になっていた。

いったい、彼に何があったのだろう?似合っているからいいけど…

 

士希は僕の問いに答えず、辺りを見回していた。

そういえば、士希は零士がいない事、教えていなかったわね

 

月「あの、零士さんなら今出張で呉にいるけど、どうかしたの?」

 

月がそういうと、士希はあからさまに焦っていた。

こんなに感情が出ている士希も珍しいわね。というより、こんな士希を見るのは久しぶり。

それこそ、士希が傷ついたあの日以来…

 

詠「いったい何があったの?」

 

僕もかなり心配だった。士希がここまで焦っているのはただ事ではないが…

 

士希「詠姉さん!あなた写真が趣味でしたよね?」

 

士希は僕を見て言った。しゃ、写真?

 

詠「え?えぇ、まぁ」

 

士希「なら、幽霊を映し出すカメラを持っていませんか?」

 

幽霊を映し出すカメラ?あぁ、そんなもの、あったわね

 

詠「射影機のこと?確かに手元にあるけど、どうするのよ?

ていうか、あんたそんな物なくても確か視えたわよね?」

 

士希はこの時期になると、いわゆる幽霊が視えたはずだ。

士希が幼少期の頃、視えない誰かと会話しているところを不気味に思った零士が、原因を知るために射影機を作ったのが発端だったはずだ

 

士希「今すぐ貸して下さい!事情は返す時に話すので!」

 

詠「んー?まぁいいわよ」

 

僕は了承して立ち上がり、物置から射影機を取り出した。

独特の形をしたカメラだ。なんだか薄気味悪いのよね、これ

 

士希「ありがとう詠姉さん!」

 

僕がカメラを渡すと、士希はとても喜んでいた。

この笑顔を見て、これが彼自身の問題ではなく、誰かの為に動いているのだと直感した。

よくよく思えば、士希がこうして必死になるのは、いつだって誰かの為だった

 

詠「いいわよ。どうせまた、人助けか何かでしょ。ほんと、あんたら親子はそっくりだわ」

 

月「ふふ、気をつけて行ってね、士希君」

 

僕と月がそう言うと、士希の足元が光だし、コクリと頷いてから士希は行ってしまった

 

月「士希君、なんだか変わったよね。ううん、あの時の士希君に戻りつつあるのかな」

 

詠「やっぱり、そう見えたわよね。あいつ、笑ってた。本当によかったわ」

 

何故か、僕の目頭は熱くなってしまった。なんでだろう、安心したのかな…

 

月「きっと向こうで、いい出会いがあったのかな」

 

詠「あはは、そのうち士希が彼女連れてやって来たりしてね」

 

月「士希君に彼女かぁ。あんまり想像できないね」

 

士希には悪いけど、月には同意ね。あの子、妙に運が悪いから

 

詠「でも本当に、あの子は咲夜と零士の息子ね。

誰かの為に走れるなんて、なかなかできない事よね」

 

月「うん、本当に、似てきたね」

 

士希も、零士も咲夜も、そしてあまり話に上らないが咲希も…

みんながそれぞれの道を歩いて、きっと満足した生活を送っている。

僕は、そんな家族をただ見守れたらいいと思う。彼らと共に生き、そして死ぬ。

その最期の時まで、僕は彼らと共に生きていきたい。

きっとそれが、僕らができる唯一のことだから…

 

 

 

説明
どうも、お久しぶりでございます。
Second Generations日常編
今回は詠さん視点で送る、17年後の詠さんと月さんのまったりとした一日
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コメント
話がリンクしているのがいいですね〜 次回も楽しみです(ohatiyo)
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