WakeUp,Girls!〜ラフカットジュエル〜22
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 事件が起きたのはウェイクアップガールズがアイドルの祭典本選出場を決めてから10日ほど経った頃だった。その日グリーンリーヴスの面々は、全員揃って事務所でたまたま流れたテレビの芸能ニュースを見ていた。そこでI−1クラブの新曲の芸能ニュースが放映されたのだ。

「これから歌う曲は新曲です。また、早坂さんが作ってくれました。とっても難しい歌で、ダンスも凄く難解なんですけど、でもその分やりがいのある曲です。聞いてください。『極上スマイル』!!」

 その瞬間、全員の身体が弾けるように反応した。I−1が紹介した新曲のタイトルは『極上スマイル』それは自分たちがアイドルの祭典の予選で披露したあの曲とまったく同じタイトルではないか。

「ウソでしょ?」

「私たちの曲を……どうしてI−1が歌ってるの?」

「ちょっと! どうなってるの、これ?」

 あまりにも唐突な出来事に対して誰一人として状況が掴めない。正常な判断が下せない。混乱したままテレビを見ることしかできなかった。

 たまたまタイトルが同じだけなんじゃないかという淡い期待もあったが、それも無駄だった。テレビで流れているその曲は紛れも無く同じ曲、誰が聴いても間違いなく、疑いようもなく完全に同じ曲だった。

「早坂さんの仕業なの? あの人が何かやったの?」

「もしかして、私たちとI−1の両方に同じ曲を提供していたってこと? しかもそれを黙ってたってこと?」

「それはさすがに無いと思うけど……」

「でも誰が聞いても全く同じ曲じゃん。早坂さんが何かしたとしか思えないよ」

 当の早坂はウェイクアップガールズが本選出場を決めたにも関わらず、未だ仙台に姿を見せていない。もちろん彼が多忙な身であることは誰もが知っているし連絡も無しに来ないわけではないので心配はしていなかったが、ただ、やはり予選を突破したことを早坂に褒めてもらいたいという気持ちは少女たちの本音としてもちろんある。

「……これ、私たちの曲をI−1がCDで出すってことだよね……」

「アイツ……ずいぶんトボケたことしてくれるじゃん」

「やっぱり早坂さんって、I−1のスパイだったんですかねぇ……」

「そんなことないって言いたいけど……そりゃ最初は疑ってたけど……なんかショックだなぁ……」

 早坂がウェイクアップガールズのプロデュースを申し出た時、最初は誰もが彼のことを半信半疑の目で見ていた。早坂相という男はI−1クラブの専属音楽プロデューサーであり世界的な音楽プロデューサーだ。そんな人物が地方のアイドルユニットのために曲の提供もプロデュースも無償で引き受けるなどという美味しい話があるわけない。だからI−1のスパイなのでは? 誰かの仕掛けた罠なのでは? という疑いの目も当初は当然あった。

 ところが早坂は曲もウェイクアップガールズのプロデュースも本当に無償でしてくれた。それだけでなくMACANAでのライブにかかる費用なども全額負担してくれた。その時点で早坂は考えられないことを実行した。グリーンリーヴス側からすれば美味しい話は本当にあったんだと思えてしまう。そうしたことが続くうちに、やがていつの間にかグリーンリーヴスの誰もが早坂を無条件に完全に信用してしまっていた。まさかこんな形で裏切られるとは……

「あの曲、I−1がCDで出しちゃったら私たちは歌えなくなっちゃうんですか?」

 真夢が心配そうな顔で社長にそう尋ねた。

「そうだよな。そうなったら当然権利の問題とか出てくるよな。社長、契約書とかどうなってるんですか?」

 真夢の言葉を受けて松田も丹下に尋ねた。だが丹下社長の返答は芳しいものではなかった。

「そんなもの……交わしてるわけないでしょ」

「交わしてないんですか?」

 松田が驚きの声をあげた。抜け目のない丹下社長が契約書を交わしていないなんて考えられなかったからだ。

「アイツとI−1との間に何が起きようとウチは一切無関係だっていうことは一筆書かせたわよ。でもそれ以外は曲の提供からプロデュースから総てアイツの自腹で行うっていうことと、ウチからは一切報酬を得ないっていうことだけよ。曲の権利とかに関してはノータッチなの」

 もともと早坂の提案を話半分で聞いていた丹下は、あえて最低限の契約書しか交わさなかった。ウェイクアップガールズを一任することが条件だったので、下手にキチンと書類にして契約を交わすと後々それを盾に好き勝手なことをされる恐れがあると考えたからだ。

 社長は当初から早坂がI−1のスパイであるという懸念を捨ててはいなかった。だからマズイと思ったらいつでも打ち切れるようしていたのだ。口約束ならばまだ逃げも打てるが、書類として残してしまっていたらそれを証拠にどんな策を弄してくるかわからない。総ては早坂を疑っていたがゆえの判断だった。

 そしてこれは他言できないが、もし本当にタダで上手く利用できるならしてやろうという甘い考えもあった。そのためには、むしろ正式な書類は邪魔になる。

「極上スマイルを書いて持ってきた時に権利関係の話はしたわよ。でもアイツ、ボクが信用できないっていうのかい? とか言ってはぐらかすのよ。ボクはキミたちからお金を取ろうなんて思ってないって言っただろうって。まさか私たちに詐欺まがいのことをするとも思えなかったし、騙すつもりならもっと前にチャンスはあっただろうし、機嫌を損ねてプロデュースを辞めるって言われても困るし……それでそのままなし崩しになってたのよ」

 丹下社長は言い訳めいた言い方でそう説明をした。

「マジっスか、社長。マジで契約結んでないんスか?」

「しつこいわね。だから結んでないって言ってるでしょ」

「それにしたって社長……」

「しょうがないでしょ! まさか世界的な音楽プロデューサーが私たちに詐欺まがいのことをするなんて思わないし、もともと正式な契約はウェイクアップガールズがある程度売れっ子になってから改めて話し合うことになってたんだから!」

 社長は松田に対して逆ギレ気味にそう吐き捨てた。自らの失態であることは彼女自身が1番良くわかっている。わかっているからこそ松田に腹が立った。

「じゃあ、あの曲はもう?」

 佳乃の問いかけに社長は首を横に振った。

「使えないでしょうね」

「そんなぁ……」

 その一言は少女たちを絶望の淵に追いやるのには充分だった。契約書を交わしていないということは、グリーンリーヴス側には何も言う権利が無いということだ。それどころか無断で『極上スマイル』を使ったということになりかねない。むしろそちらの方が問題としては大きい。

 社長も少女たちも早坂がそんなことをしてくるとは思いたくないが、早坂にその気がなくても白木が、I−1クラブ総帥の白木徹社長が仕掛けてくるかもしれない。少なくとも残念ながら曲の使用差し止めは間違いないだろう。

 社長の話を聞いて少女たちはガックリと肩を落とした。『極上スマイル』を歌えないとなったら、アイドルの祭典の本選をどう戦えばいいのか……あの早坂相が自分たちを騙すような真似をするわけがない、騙しても何もメリットがない、そう思い込んでしまったのが間違いだったと思わざるを得なかった。

 早坂の言葉を鵜呑みにして信じて契約書を交わさなかったのは自分のミスだと丹下社長が頭を下げたが、総ては後の祭りだった。実際問題としてI−1が契約書を交わしていないわけがなく、丹下たちにまず勝ち目はない。

「まずいなぁ……マジでどうすりゃいいんだよ……」

 松田は思わず頭を抱えてしまった。本選までもう一ヶ月を切っている。ここにきて勝負曲を取り上げられたのでは、予選よりもさらに強豪が集う本選では到底戦えない。いまだ混乱したままの彼に、状況を打開できるような案など思い浮かぶはずもない。

「今から新曲を……っていうのは時間的に厳しいしね」

 佳乃が暗い表情でそう言った。今から新曲を依頼して、出来上がってから歌を覚えて振り付けを覚えて、さらにみんなで合わせて……とても本選には間に合わない。

「でもさぁ、あの曲を決勝で歌うっていうことはI−1クラブの前で歌うってことでしょ? 私はそんなの絶対にイヤだよ!!」

 菜々美が怒りを含んだ口調でそう言った。『極上スマイル』はウェイクアップガールズの曲であり、先に披露したのは彼女たちの方だというのが事実であり真実だ。しかしおそらく世間ではそうは見てくれない。

 I−1クラブは言わずと知れた国民的アイドルだが、一方こちらは全国的には無名な地方アイドルだ。しかもI−1は『極上スマイル』を新曲であるとテレビで大々的に発表してしまっている。けれどウェイクアップガールズ側には正式なものが何もない。曲をタダで提供するという契約はあっても、『極上スマイル』がその契約に該当する曲だと証明するものが、つまりこの曲がウェイクアップガールズに正式に提供されたものだと証明するものが何も無いのだ。

 アイドルの祭典で既に披露しているからといって証拠にはならない。事実はどうであれ、正式な書類を持っているほうが正しいと判断されるのは当たり前の話だ。そして当然I−1側はキチンと早坂と契約を書面で交わしているだろう。

 この状況ではウェイクアップガールズ側が無断で曲を使ったと判断されても反論ができない。曲を盗んだと言われても言い返せない。プライドの高い菜々美にはそれが耐えられない。そんな目で見られながらI−1と比較されるのが我慢できない。

 これには菜々美だけでなく他の何名かも同意した。誰だって泥棒扱いされるのはイヤだ。それなら他の曲で挑んだ方がマシだというのが菜々美たちの言い分だ。

 その手は確かにある。彼女たちには他にもトゥインクルが提供してくれた持ち歌があるからだ。けれど『16歳のアガペー』は良曲だが本選で優勝を狙うにはパンチに欠ける。デビュー曲の『タチアガレ!』も思い入れのある良曲だが、こちらは新曲と比べると目新しさに欠ける。もう1曲歌うというならともかく、そうでないなら優勝を狙うための選択肢としてはやはりキビシイと言わざるを得ない。

「どっちも良い曲だけど、それで優勝狙える?」

「そう言われると……」

「使うとしたらどっちかな?」

「うーん……どっちも良い曲だけど……やっぱりデビュー曲の『タチアガレ!』かなぁ」

「やっぱり1番思い入れもあるしライブでやり慣れてるしね」

「でもさぁ、もう一年近く前の曲だよ? それで優勝できるのかなぁ?」

「確かに新鮮味は無いよね。他のユニットの曲に比べるとやっぱり不利かもしれない」

「でも今から新曲を誰かに頼んだとしても1日や2日でできるわけないし、時間を考えたら他に選択肢はないよね?」

「ですよねぇ……他に持ち歌ないですもんねぇ……まさかカバー曲ってわけにもいかないですし……」

「さすがにそれはねぇ」

 どれほど良い曲であっても、同じくらい良い曲なのだったら新しくて難しい曲で挑んだ方が優勝の可能性は高まる。『タチアガレ!』で挑むのはあくまで次善の策でしかない。みんなそれはわかっているから誰も納得はしていないけれど、だからと言って他に方法も思い浮かばない。

「やっぱり、キビシイかな?」

「うん。優勝を狙うならね。ちょっと難しいかもしれないよね」

 少女たちは厳しい現実を前にして考え込んでしまった。松田は何とか雰囲気を切り替えようと思った。

「とにかく、本人に直接真意を問い質そう。話はそれからでいいんじゃないか?」

 松田がそう言ったその時、事務所のドアが勢いよく開いた。能天気な「コングラッチュレイショーン」という声とともに。それは問題を巻き起こしている張本人の思いがけない来訪だった。

「どんな奇跡が起こったか知らないけど、予選通過したんだって?」

 開口一番そうのたまう、そのノホホンとした早坂の顔を見て社長が即座にキレた。

「アンタ!! 私たちに何も言わずに一体何やってんのよ!!!」

 社長はそう言って噛み付かんばかりの勢いで、それこそ顔を真っ赤にして逆上したが、早坂は平然として顔色一つ変えなかった。

「何怒ってんの?」

 彼のキョトンとした表情が丹下の怒りの火に更なる油を注いだ。

「何怒ってるじゃないわよ!! ウェイクアップガールズの曲をI−1が歌ってるのはどういうわけよ!?」

「ああ、なんだそのことか。別に大したことじゃないよ。もういらないからあげちゃったってだけの話さ」

「はぁ? もういらないからあげたって……アンタいったい何考えてんのよ!!」

 社長の怒りはヒートアップするばかりだったが、それはその場に居た誰もが同じ気持ちだった。早坂はウェイクアップガールズの大事な勝負曲を、もういらないからあげてしまったと言ったのだ。あまりにもメチャクチャ過ぎて理解できるわけがない。

「何考えてるも何も、彼女たちに関してはボクに一任で口を出さない約束だろう?」

「確かにそうだけど、でもだからって何をしてもいいわけじゃないでしょう!! とにかく、どういうことなのかハッキリ聞かせてもらうわよ? 私にも事務所の社長としての責任ってものがあるのよ!」

「えぇ〜、めんどくさいなぁ……」

「いいからさっさと話せ!!!」

「やれやれ……」

 早坂はそう言うと両腕を広げ、大げさに首をすくめた。

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「キミたちの予選でのパフォーマンスは見させてもらったよ。知り合いから映像を入手してね。まあ厳しい状況下にもかかわらずよくやったと思うよ。ボクはかなりキツイ要求をしたつもりだけど、キミらはそれによく応えてくれた。そして見事に予選を突破してくれた。まあボクの曲を使うんだから当然と言えば当然だけど、キミらの努力は素直に褒めてあげようと思う」

 早坂の言葉にウェイクアップガールズのメンバーたちは、嬉しい反面戸惑いを隠せなかった。早坂がこれほどハッキリと彼女たちを褒めたことは今までに無いからだ。しかし、褒めてもらいたいと密かに思っていたとはいえ、この状況では素直に喜べない。早坂は言葉を続けた。

「でもね、あれじゃあ足りないんだ。I−1に勝つにはあれじゃまだまだ足りない」

 この人は何を言っているんだろう? 何に対して何が足りないのだろう? I−1に勝つって何のことだろう? 少女たちの戸惑いは留まるところを知らなかった。だが早坂は構わず話を続けた。

「知っての通りアイドルの祭典で優勝すればI−1クラブの公式ライバルとして1年間メジャーレーベルでの活動が約束されるわけだけれど、そこでボクはキミたちに聞きたいことがあるんだ。キミたちはI−1クラブの公式ライバルとなれたらそれで満足かい?」

 予期せぬ質問に少女たちは答えに窮した。みんな予選を突破することに集中していたし、今は決勝で優勝することしか頭には無い。優勝したら……の時のことまでは誰も真剣に考えてはいなかった。現実の問題としてそこまで深く先のことを考えてはいなかった。

「それはでも……実際にそうなったら、そこで満足はできないかな……」

 しばらくの沈黙の後、最初に口を開いたのは夏夜だった。

「たぶん、もっと先もっと先って欲が出てきちゃうんじゃないかなぁ?」

 夏夜は続けてそう言った。既に彼女は自分でも驚くほど上昇志向になっている。その気持ちが素直に口から出た。

「そうだね……そうなったらなったで、それだけじゃ満足できなくなりそう」

「うん。私もそう思う」

 元より上昇志向の強かった佳乃と菜々美が夏夜に同意した。やがて他のメンバーたちも続いて口々に同意の言葉を口にした。早坂は少女たちの言葉を聞いて、ウンウンと2度3度頷いた。

「そうだろう? だからボクは考えたんだ。ボクはアイドルの祭典に優勝することしか考えていないけど、大事なのはその後だ。I−1クラブに勝つにはどうしたらいいか。大事なのはそれだとね」

 何も知らない人が聞いたら、こいつは頭がおかしいんじゃないかと思うことだろう。国民的アイドルグループである天下のI−1クラブに地方の無名アイドルが挑んでどうやって勝つかという話をしているのだ。無関係の人間なら呆れるのは当然だが、早坂は至って真面目であり真剣そのものだった。

「本選には新曲で挑む。そのための曲はもう出来てる」

「えっ!?」

 早坂のそのセリフと同時に驚きの声が上がった。そのセリフは誰も予想していないものだった。

「新曲、もうできているんですか?」

 目を丸くしたまま真夢が質問した。早坂は真夢に向かって小さく頷いた。

「もちろんできているさ。まあ見てもらおうか。こっちの曲の方が断然イケてるよ」

 そう言って早坂がテーブルの上に置いた数枚の譜面。それが新曲の譜面だった。

「自分でも最高の曲が書けたと思ってる。ボクの本気ってヤツさ」

「ちょっと待ちなさいよ。じゃあ今までは本気じゃなかったって言うわけ?」

 言葉尻を捉えて早坂を問い詰める社長だが、相変わらず早坂は顔色を変えず平然としていた。

「いや、もちろん本気だったさ。ただ、今は本気の本気。メガ本気ってところかな」

 そううそぶく早坂を他所に、佳乃はテーブルに置かれた譜面を手にして見た。曲のタイトルは『7 Girls War』と書かれている。7人の少女たちの戦いという意味か、と彼女は思った。他のメンバーたちも横から後ろから譜面を覗き込んだ。

 しばらく譜面を見ていた佳乃は、やがておもむろに顔を上げた。 

「早坂さんが私たちのために新曲を書いてくれたことには感謝します。でも、だからと言ってもう時間がないのに、この見るからに難しそうな新曲で本選に臨めって言うんですか?」

 佳乃の疑問は至極当然のもので、メンバー全員の気持ちを代弁したものだった。だが早坂の返事はたった一言、そうだよ、だった。

「いいかい? さっきも言ったようにアイドルの祭典で優勝すればI−1クラブの公式ライバルとして1年間活動できる。これは1年間限定とはいえトップアイドルの仲間入りを果たすと言ってもいいだろう。トップアイドルってのはね、1日あれば曲も覚えるし振りも入る。逆にそれくらいできなきゃ生き残っていけないんだ。そうだろう? 島田真夢、キミならわかるだろう?」

 早坂はそう言って真夢に話を振った。島田真夢はかつてI−1クラブのセンターだった。その彼女なら自分の言っていることがウソではないとわかるだろうと思ったからだ。

 話を振られた真夢は、確かに早坂の言う通りだと思った。彼女がI−1クラブに居た頃は正にそうだったからだ。彼女だけがそれを知っている。真夢は一つ質問をすることにした。

「早坂さんがあの曲をI−1に提供したのは、いつですか?」

 質問の意図を理解した早坂は簡潔に答えた。

「キミたちが予選突破を果たした後さ」

「ということは、それから10日くらいしか経っていませんよね?」

「そういうことになるね」

 真夢はそれ以上質問を続けなかった。みんなそれでわかってくれたと思ったからだ。早坂が真夢の意を汲んで話を続けてくれた。

「まあ、そういうことさ。実際I−1は『極上スマイル』を実質1週間程度でキッチリ仕上げてテレビで披露したんだ。キミらがあれほど苦労した曲をね。それがトップアイドルってヤツさ。キミらはそんな相手のライバルとして戦うことを義務付けられるんだ。同じことができなくて勝負になると思うかい?」

 少女たちは口をつぐんだ。早坂の言うことには説得力があった。

「でも、なにも曲をI−1にあげてしまわなくっても……新曲で本選に出るのはともかくとして、曲は曲として持っていてもよかったんじゃないですか?」

 そう疑問を口にしたのは藍里だったが、早坂はその言葉を聞いて首を大きく左右に振った。

「キミは相変わらず甘いね。それじゃあ新曲に真剣に打ち込めないだろう? イザとなったら『極上スマイル』で挑めばいいだなんて、そんな気持ちでいたら上手くいくはずがないんだよ。だからボクは退路を断った。キミらはもう新曲で挑むしかないんだよ。それができないと言うのなら棄権するしかない」

 少女たちは少しムッとした。棄権など論外だ。どんなことがあろうと棄権なんてするわけがない。

「まあ他の曲で臨んでもいいけどね。トゥインクルに提供してもらった曲があるだろう? それで本選に出てもいいんじゃないか?」

 早坂はもう一つ別の案を出した。それはついさっきみんなで考えたことだ。けれどそれでは優勝を狙うのはキビシイんじゃないかというのがほぼ結論だったのだ。

「本当はもっと早く新曲を完成させるつもりだったんだけどね。曲自体と振り付けを最後まで練りこんでたら予想外に時間がかかってしまったんだ。おかげでキミたちに知らせるのが遅くなってしまったけど、完成したのが昨日だからね。これでも他の予定をすっ飛ばしてここに来ているんだよ。時間がかかった分、曲の出来は保証するよ」 

「この曲をこなせれば優勝できるってことですか? 優勝できますか?」

 佳乃が意を決したように尋ねた。真っ直ぐに見据えるその目は真剣そのものだった。

「それはキミたち次第だね」

 少女たちは再び考え込んだ。早坂の言っていることは理解できるが、それでもやはり不安が先に立つ。けれどいくら考えたって他に道がないこともハッキリしている。

 どれだけ考え込んでいただろうか。しばらく考え込んでから、ようやく1人2人と少女たちの顔に決意の色が見え始めた。それを見てようやく早坂が再び口を開いた。

「どうやら腹を括れたようだね。そう、もうやるしかないんだよ。いいかい、これから1ヵ月の間は総ての力を新曲の習得に注ぎこめ。寝る時間も食事の時間も惜しんで、何もかも放り出して一心不乱に、ただひたすらそれだけに集中して取り組むんだ。他のことは一切考えるな。不安も疑問も後回しにしろ。1秒たりとも無駄にするな。総ては本選で優勝するためだ。キミらが優勝するためにはそうするしかない。わかったかい?」

 7人全員が一斉に声を揃えて「はい!」と返事をした。早坂はそれを聞いて満足そうな表情を浮かべると、次にもう一つ大事な連絡事項を少女たちに伝えた。

「それから、この新曲のセンターは七瀬佳乃、キミに任せようと思う。頑張ってくれよ」

 思わぬ早坂の言葉に佳乃は上手く反応できず、他のメンバーたちの祝福の方が先になった。

「やりましたね、よっぴー。初センターですよ?」

「やったね、おめでとう」

「よっぴー、しっかりね」

 真夢にセンターを狙うと発言したものの、まさかこんなに早くそれが実現するとは佳乃自身思ってもいなかった。だが任されたからには務め上げるしかない。リーダーとして、センターとして、新曲をモノにして本選で優勝を狙う。佳乃の両肩にズッシリと責任が重くのしかかった。けれど、それをイヤだとは思わなかった。怖気づきもしなかった。むしろ、やってやる、という思いの方が強くなっていた。

「じゃあ、そういうわけだからしっかり覚えておいてねー。次にボクが来る時には合格点が貰えるようにさ」

 満面の笑みを浮かべながら今までとは一転した軽い口調で早坂がそう言って出て行った後、少女たちは改めて新曲の楽譜に目を通した。

「……とは言ったものの……なによ、これ……」

「音、高いよねぇ」

「アップテンポだし、あの人のことだからダンスもきっと難しいよね」

「また早坂さんの嫌がらせですかぁ……」

 皆が頭を抱える中、はぁ、と林田藍里が一人大きくため息をついた。

「せっかく覚えたのに、また一からやり直しかぁ……私、できるかなぁ?」

 不安げなその表情から彼女の心情が垣間見えた。以前とは違うとは言っても、藍里の上達スピードがメンバーの中で1番遅いのは事実だ。もう少し時間的余裕があれば今の彼女なら弱音も吐かないだろうが、今回はあまりにも時間が無さ過ぎる。

「もう決勝まで1ヵ月もないのに、本当に大丈夫ですかねぇ……」

 未夕も雰囲気に流されたのか不安を漏らし始めた。みんな弱気になりかけている、このままでは雰囲気的にマズイ、そう思った佳乃はあえて自信満々な素振りでみんなを鼓舞しようとした。

「大丈夫にしようよ。間に合うようにしようよ。もうやるしかないじゃない。後悔しないためにも、早坂さんが言ったように1ヵ月間死に物狂いで頑張ってみようよ。ね?」

「う……うん」

 藍里の返事は歯切れが悪かった。やるしかないことは彼女にもわかっているが不安ばかりが先に立ってしまう。もともとが気弱で引っ込み思案な彼女は、ここにきて自分がみんなの足を引っ張ってしまったらどうしようと考えてしまっていた。

「できるだけ私もフォローするしさ、優勝するためには藍里に居てもらわないと困るよ。1人でも欠けたらウェイクアップガールズじゃないんだから。ね? 一緒に頑張ろうよ?」

 佳乃は懸命に藍里を励ました。佳乃にそうまで言われたら藍里は弱音など吐いているわけにはいかない。

「わかったよ、よっぴー。みんなの足引っ張らないように、私、頑張るよ」

 藍里がようやく覚悟を決めてそう答えた。それを聞いて未夕が胸の前で小さく片手を挙げながら、自分も精一杯やると控えめに宣言した。

「わ……私も弱音を吐かないように頑張ります」

 未夕のその発言で、ようやくみんなの雰囲気が変わった。気持ちが前向きになってきた。 

「そうだね。もうやるしかないんだし、1ヵ月覚悟を決めてやろうか」

「アタシたち次第だって言うんなら、優勝だってできるってことでしょ? やってやろうじゃん!」

「早坂さん、次に来たときに合格点貰えるように頑張れって言ったよね? 合格点どころか完璧に仕上げて驚かしちゃおうよ」

「うん。キビシイだろうけど、7人いればきっと大丈夫だよ。みんなで頑張って優勝しようよ」

 少女たちは自らの不安を振り払うかのようにそれぞれの気持ちを口にし合った。それはまるで自己暗示のようでもある。だがそれでもよかった。自己暗示でも何でもいい。今はとにかくやる気を出すことが何より重要なのだから。

説明
シリーズ22話、アニメ本編では11話にあたります。アイドルの祭典本選に向け、いよいよ物語も最終局面を迎えようとしています。前回で書いたように、ここからは毎週更新していく予定です。もしかしたらだいぶ本編と違うものになってしまうかもしれません。1回あたりは短いですが読んで楽しめるものにしていきたいと思っています。最後までお付き合いいただければ幸いです。
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