外史を駆ける鬼・戦国†恋姫編 第005話
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外史を駆ける鬼・戦国†恋姫編 第005話「駿河入り」

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相模から出発し数日後、重昌達が駿河へたどり着いた時には、既に義元は尾張出陣の準備を整え終えており、その出陣の一週間前に、なんとか重昌達は海道一の弓取りである、今川義元と対面できた。

「これはこれは幻庵殿、氏康公は息災か?」

上座の上にて大きく座る男こそ、今川義元その人である。

「はい。此度の駿河様の上洛について大変お喜びのしだいでございます」

木葉は礼に則った形で義元に平服し頭を下げると、義元も大層満足そうに笑顔で頷く。

この時甲斐の武田氏、相模の北条氏、駿河の今川氏は同盟関係にあり、戦国の歴史でも有名な甲相駿三国同盟である。

木葉は完全なる営業スマイルを全面に出しつつ、義元としばしの談笑をした後、義元は木葉の後ろにて控える重昌に気をやった。

「ところで幻庵殿。先程よりその後ろに控える者はなんじゃ?」

「はっ、申し遅れました。この者は先日より北条家の客将として迎え入れた者で、本日はワタクシの護衛として連れて参った次第です」

「客将?直臣ではなく客将とは。その者、大丈夫か?」

「いえいえ、この者、意外に話してみればなかなか面白い者です。なかなかに侮れませんよ」

そう言い終えると木葉は顔で「ね?」っと言わんばかりににこやかに微笑んでいる。

義元に疑いの目を向けられ、さらに木葉よりは価値を上げられと、明らかに自分が苦しむ姿を見て楽しんでいるっと思いながらも、重昌は黙って義元に平服した。

「おう、その者、苦しゅうない、面を上げい」

義元に閉じた扇子を向けられながらもそう言われ、重昌は背筋を伸ばしながら顔を上げ、義元の目をしっかりと見据えた。

「その方、名を何と申す」

「はっ、私の名はシゲマサ・T・カゲムラ。日の本での名は影村重昌と申します」

「……?ん、日の本では?それに最初の訳の分からぬ名、どういうわけじゃ?」

「はっ、実はワタクシは少し前まで商いを営んでおり、日の本以外の国を見るために南蛮におりました。その時に出来た名が前者の名です」

「ほう、南蛮の――」

商人という言葉を聞いた瞬間、義元は明らかな怪訝顔をしたが、南蛮という言葉を聞いた瞬間に、少し興味が湧いたのか、その言葉を今一度口ずさんだ。

「ほっほっほ、しかし商人というからには、それ程武の心得えもなさそうに見えるが?それに商人とは利にて動く輩。……お主も氏康公に利が無くなれば、それを裏切り他に流れるのではないか?」

義元は重昌をジッと見ながら明らかな挑発をし、その挑発に対し、彼はあっさりと肯定をしてみせた。

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「その通り。我ら商人は利にて動きまする。よって氏康様に利が無くなれば、それこそ上杉や太田など他の勢力と通じて、その寝首を掻くこともありましょう。しかし駿河様、何も商人は利のみで動いているわけではありません」

売り言葉に買い言葉。

義元の挑発を3倍返したが、またも重昌の意味深な言葉により、義元は彼に再び質問をする。

「ほう、商人は利だけで動いているわけではないと?」

「はい。例えば駿河様、ここに二人の商人がいるとします」

そう言うと重昌は懐より鉄扇と駿河の土産物屋で買った櫛を取り出す。

「これらの商人はどちらも塩を売る商人です。一つは駿河様に多大な利益をもたらす商人ですが、裏では領内で定められた法を破り、一つ間違えば駿河様にすら危険を及ぼすかもしれぬ輩です。それに対しもう片方は、前者より利益をもたらすわけではありませんが、真っ当な方法で毎回確実に駿河様に利益をもたらす者。駿河様であればどちらを選びますか?」

「むぅ……それは後者側であるが。麻呂は危険な賭けはせん主義だ」

「そうでしょう。主従関係と同じように、商いも取引する側とされる側に信頼が無ければ成り立ちません。武士には武士の義があるように、商人にも商人の”義”があります」

「……なれば、お主は”商いの義”として、氏康公に味方するか?」

「それはどう捉えていただいても、結構です」

「ほう、自身の弁は述べぬか?」

「商いは相手に信頼を買わせてこそ。今の会話で駿河様に信頼を買うことが出来ないのならば、私の話術もそれまで、”駿河様の認識力”もそれまでです」

初めての重昌からの挑発に、義元は改めて眉をひそめ、後ろに控える木葉は先程の作り笑いから一転して、顔に汗を一つ垂らし、神妙な顔になった。

「……貴様、このワシを挑発するか?だとすればこれからの駿河と相模の同盟にヒビが入るぞ?」

今川氏の本姓は源氏で、家系は清和源氏のひとつ河内源氏の流れを汲む足利氏御一家・吉良家の分家にあたる名家。

義元はいつも間にやら、先程の名家を匂わす一人称である『麻呂』から、今川武家の頭領の威厳を醸し出す『ワシ』へと一人称が変わり、重昌を目で殺す様に睨みつけながら答えた。

「問題はありませぬ。所詮私は客将。駿河様の怒りを買ったとあれば、そこにいる幻庵様に首を((撥|は))ねられるだけ。”ただそれだけ”のことでしょう?」

両者の視線がぶつかり合い、しばしの沈黙の後、義元は頬を少し緩ませフッと笑い、重昌に提案した。

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「………お前、面白いな。どうだ、お前さえ良ければ、氏康公ではなく、ワシの下に来ぬか?無論客将としてではなく、直臣として。給金も弾むぞ?」

突然の提案に、木葉は唾を飲んだ。

駿河を収める今川氏は、駿河だけでは無く、遠江、さらに元は松平氏が収めていた三河を時期家督保持者である松平竹千代、名を元康。

その者を人質に取ることにより、三河支配権を確立していた。

肥えた土地とは言え、相模一国である北条氏に、さらに加えれば北条家初代当主である北条早雲は今川出身であり、当時の当主であった氏親の許しにより独立した。

だから同盟を組んでいるとは言え、北条氏に比べ今川氏の方が発言は強いのである。

その案に何も言えない木葉は黙って先行きを眺めることしか出来なかったが、その魅力的な提案を、重昌はあっさりと跳ね除けてしまった。

「誠に失礼ながら、お断りします」

「ほう、理由を聞こうか?」

「『老臣は二君に仕えることはない』。三国志の張仁の言葉です。私は商人で客将ではありますけども、一度氏康様に仕えると誓いましたからには、この身は氏康様に捧げるつもりです」

「……この義元が敵にまわってもか?」

「その時は致し方ありません。駿河様に対し心中覚悟で突っ込むか、商いのあらゆる情報を使い、この駿河の肥えた土地を飢えに落とし込むしかありませんな」

「貴様に一国を動かす力があるというのか?」

「実行させれば、その答えがわかるはずですよ?」

重昌の挑発に、今度は義元が試される。

彼の体から漂ってくる気を感じ、義元も【この者を敵にまわせば、本当にやりかねない】っと思うようになる。

上座から距離があるので遠目には判らないが、義元の額からは汗が流れ出し、彼はまた少し笑ってその質問に答えた。

「ふっ、冗談だ。幻庵殿、大儀であった。側目の者を付けるので、ゆっくりしてくだされ」

ようやく出た義元の言葉に木葉は頭を下げ、義元は改めて重昌の名を聞き、彼はその名を胸に刻んだ。

その後、重昌と木葉は客間にて案内され二人きりになった瞬間、木葉は普段の冷静な表情をかなぐり捨てて重昌の胸ぐらを掴んで罵倒する。

「貴方は一体何を考えているのですか!?たかが客将と言えど、貴方一人のせいで北条家が潰されるのかもしてないのですよ。なんの為にあんな事をしたのですか!?」

普段の相手を小馬鹿にする罵倒ではなく、木葉は本気で重昌に対して怒りをぶつけており、その木葉に彼は笑って答えてみせる。

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「何故あんな事をしたか?決まっています。貴女のその表情を見たいがためですよ」

その発言に木葉はより怒りを露わにしようとしたが、重昌は「まぁ落ち着け」っと言いながらゆっくりと木葉が自分にやっている胸ぐらの拘束を外す。

木葉も必死に離すまいとしたが、重昌の予想以上の握力になすすべなくその拘束を解いてしまった。

「理由は3つあります。一つは貴女に私の実力を認めさせる為。先の論じ合いにて私の力をいくらか見えたでしょう?」

確かに北条家の直臣である夢刃はすんなりと重昌を受け入れたものの、木葉は未だに彼に対する警戒も解いていなれければ実力も認めていない。

しかし先の論じ合いにて、一客将である重昌が、大大名である義元相手に論じ合いを制して見せただけではなく、義元との甘い蜜にも全く寄り付かなかったので、これならば合格点をあげても十分である。

「二つ目の理由は、警戒の目を向けさせるため。響きだけ聞けば汚点に聞こえるかもしれないが、今の時代、誰が味方かも判らなければ、次の日に味方であったものが既に敵になっているかもしれない。なればこそ、同盟は最低でも”下に見られる”ことはあってはならない」

彼のいうことも最もである。

駿河、遠江、三河の三国を収める義元に対して、木葉の主である紅映は駿河一国。

ぶつかり合えば追い返すことは可能でも、こちらも無傷では済まないだけではなく、北の武田、東の太田などと連携されれば、如何に天下に鳴り響く今の堅城小田原では追い返せる自信もない。

なればこそ同盟者として下に見られるわけではなく、あくまで”対等”に見られるべき。

それを思えば彼のいう言も納得がいった。

「それでも、駿河一国の土地を飢えさせるって、本当に可能なの?」

「あぁ、あれはハッタリですよ」

「……は……ハッタリ?」

「時間をかければ駿河の商いの流れを読んで彼らと情報交換で駿河一国の物流の流れを止めて飢えさせることは可能ですが、私は相模に来てまだ一ヶ月程ですよ?いくらなんでも情報操作を行うに時間が足らなすぎます」

彼が北条家に仕えてからというものの、彼には主に内政を中心に仕事を行ってもらっている。

相模国内における物流の根本的な流れの見直しや、関所の見直しにより、北条家にもたらされる利益は来月辺で前年の5倍になる予定だ。

しかし彼はまだ見直しの余地ありと言い、最終的には本来得られるはずの利益を10倍にまで膨れさせて、南蛮貿易にもより一層取り掛かろうともしている。

それほどの大それたことを行う重昌なのだ。

むしろ本当に時間をかければやってしまいかねないかもしれないとも木葉は思い始めていた。

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「……それで………三つ目は?」

重昌が最後の理由を発言する前に、木葉が3つ目について訪ねてきた。

いつの間にか木葉も、彼が行う奇抜な策の数々に魅入られていた。

【もっと知りたい】、【吸収したい】そんな思いが頭の中を駆け巡り、いつも間にか興味すら示さなかった相手に自ら質問していたのだ。

しかし重昌は木葉の口の前にその右手を横に向け、左手の人差し指を自らの口の前に立てて彼女に静かにするように合図を出す。

木葉も耳を澄ませてみると、今自分たちがいる客間に何やら足音が聞こえてくる。

おそらくは義元の言っていた『側目の者』であろう。

重昌も体を楽にしてくつろぎ始め、木葉もそれに習うようにくつろぐ雰囲気を出す。

「失礼いたします」その言葉を発した後、作法に則り部屋の麩を開けて入ってきたのは、額に三つ葉葵の額当てを付けた薄紫の長い髪型の女性であった。

上は藍色の袖が長い着物を着て、下は短いミニスカート、そこから露わにされている長い脚に膝より少し上の((脹脛|ふくらはぎ))まである長いソックスを履き、僅かに見える脹脛の地肌は、俗に言う絶対領域を演出している。

その者は廊下よりまた礼に則った様なお辞儀をして、挨拶をした。

「初めまして。命じられ今回お二方の相手をさせて頂きます、松平次郎三郎葵元信と申します。どうぞ気概なく葵とお呼び下さいませ」

彼女こそが正史の日本の戦国時代における、江戸幕府を開き天下の三英傑に数えられるうちの一人、後の徳川家康である。

彼の「鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス」は有名であり、その辛抱強い性格で最終的に天下人へとなった。

「どうも、私は北条幻庵と申します。元信殿、廊下ではなんですので、中に入ってきてください」

木葉の勧めに彼女も「失礼します」っと言いながら客間に入ってきた。

元信の全身は胸も出るところは出て、腰も引くところは引いており、背も一般的な平均身長であるが普通の女性と比べればどちらかと言うと高めであった。

顔も整っているので、もし採点者でもいようものならその全員が「美人」っと即答するであろうし、女性視線から見ても、その体つきは羨ましがられそうである。

「幻庵殿のお話は常々伺っております。我が主も貴女のことは『北条の才智』と称しているほどですよ」

「いえいえ、ワタクシの知識など、駿河様の慧眼にかかれば全て見透かされてしまいます。それより貴女こそ大層な呼び名がお有りでは無いんですか?『宰相の後継者』殿」

今川家にはかつて『黒衣の宰相』と呼ばれた人物がいた。

姓を太原、名を((崇孚|そうふ))、またの名を雪斎。

義元の右腕と呼ばれた僧侶であり、外交、内政、軍事、あらゆる面から今川家を支えた軍師である。

彼は5年程前に病に倒れこの世を去った。

では何故元康がその軍師の後継者であるかと言うと、雪斎は元康が人質に来て以来彼女を自分の小姓に付けて、自らの下で学を学ばせ、元康の父である松平広忠が暗殺された際も、彼女を引き取り自分のこのように育て上げた。

実際の正史においても、人質時代の松平元康(徳川家康)は、雪斎の弟子であったという証拠らしきものが揚がっており、数々の書籍においてもいくつか取り上げられている。

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「本当に大層な呼び名です。私などが今は亡き師父様の後継者だなんて……しかし私は師父に誓いました。これからは私が義元様の支えになると――」

木葉に対し微笑を浮かべる元康は、彼女の後ろに控えている重昌に気がつき、木葉に問いかけると、彼は木葉の挨拶の要請に応じる様に元康の前に出て自己紹介をした。

そして翌日、二人は元康に連れられて駿河から遠江を越えて、三河へとやって来た。

今川家はまず三河より松平が先頭に立ち、遠江より朝比奈、それに続き義元の本隊が続く形にて尾張に進行する。

木葉と重昌はその松平の軍の中に、交じることを許されたのだ。

やがて義元の本隊が駿河を出発したことがわかると、その一日後に遠江から朝比奈が先行し、元康はその朝比奈と合流して尾張を叩く算段であり、朝比奈が元康に追いつくまで5日。

その5日間、木葉達は元康の歓迎を目一杯受け続け、特に元康は木葉に対して軍略や詩などの文学の教授を願った。

そして5日の時が経過し、朝比奈の軍勢が松平の軍勢に合流を果たすと、元康はいよいよ尾張に向けて進軍を開始したのである。

「いよいよです木葉殿。いよいよ義元公が天下を据えるべく進軍するのです」

今川軍総勢2万弱は威風堂々とした感じで尾張に向けて進行し、元康も興奮し声が高くなっている。

なお、木葉と元康はこの5日間でそれなりの仲が育まれ、今では真名で呼び合うほどになったらしい。

彼女の話によると、義元は民のことを思い民のことを考え、民の為にこの軍を起こしたのだとか。

木葉達を呼ぶ宴席にて元康は常にその話題を持ち出し、義元の理想とする国家を代弁する様に語った。

興奮している元康に対して、重昌は一つ語りかけた。

「……葵殿は、誠に駿河様に忠信を尽くされているのですね」

「それも当然です。私は師父の後継者。いずれは私が義元公の右腕となる為に日々精進しています」

「……それで友を討ったとしても?」

周りの従軍の音があたかも止んだ様な空間が、三人の周りを支配した。

かつて葵は尾張の織田家にても人質生活を送ったことがあり、そこで織田家の嫡男、幼名;吉法師。

現織田家当主、織田((上総介|かずさのすけ))信長はその時、葵の遊び相手として大層仲良くしたそうで、信長と元康は相手をそれぞれ「子狸」、「((悪郎|わろ))殿」と呼び合った仲でもある。

葵は少し寂しそうな顔をすると、ゆっくりと微笑を浮かべて答えた。

「………私も武士として産まれて来たもの。覚悟は出来ています――」

 

説明
お久しぶりです。
最近はちょっと英雄伝説をやっていたので投稿出来なかったことと、少し海外の方に留学していたのが原因です。

さて久々の投稿ですが文章は少し少なめ。
ですが気晴らしに読んで下さい。
また誤字脱字があればご指摘を。

まじかるー
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タグ
戦国†恋姫 重昌 木葉 今川義元  

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