双子物語-56話-
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双子物語56話

 

【雪乃】

 

 部屋に戻ると置いてあった携帯に反応があって。開いて中身を確かめると

着信履歴に彩菜の名前が書かれていた。

 

 学園内に持ち込むと没収されるので普段から携帯電話やスマホは寮が自宅に

置いておくことが義務付けられている。まぁそれでもなるべく教師に見つからない

ようにこそこそ持ち込んでいる生徒をよく見かける。

 

 さて、肝心の中身が気になるのでリダイヤルをしてかけてみた。

しばらく通信音が聞こえた後、久しぶりの彩菜の声が耳に届いた。

 

『もしもし、雪乃?』

「うん、電話ありがと。何かあった?」

 

『えーとね。これから甲子園かけての予選試合が始まるんだよ。

うちの学校もエントリーしてあるから応援しに来ない?というお誘い』

 

 けっこう大事な内容だけど強く誘うことはせずにずいぶんとあっさりした

口調だった。まぁ、直接関わってるわけではなさそうだからそのせいだろうか。

 

『一応、私が鍛えなおしたチームだから良いところまでは行くかもしれないけど!』

「相変わらずすごい自信ね〜。でもまぁ、彩菜はそれだけ才能があるからわかる気もする

けど・・・」

 

『で、どうする?』

「そうね〜」

 

『なんだったら彼女連れでもいいからさ!』

「なんでそこで叶ちゃんの話になるのよ…」

 

 帰る時間が違っていたからその場にはいなかったけれど、いた場合どんな反応を

するのか少し気になってはいた。後、別な意味でも気になっている。

 

「わかった、行くわ。ただし一人でね」

『えー、何で?』

 

「身内のことでみんなも休ませるわけにはいかないからね」

『あ、それもそうか』

 

「ほんと彩菜っていつも考え足らずよね」

『えへへ、よく言われる』

 

「褒めてないんですけど」

 

 ピッ。

 

 電話を切ってからすぐに叶ちゃんが部活から帰ってきて私を見るや犬が好きな

飼い主を見たときのように尻尾をぶんぶんと振るような感じに見えた。

 

「叶ちゃん…」

 

 私が電話を受けて用事ができたことを言うと、犬でいうところの尻尾が下がりきって

しょんぼりする様子に似た表情を浮かべていた。

 

「わ、私も…!」

「叶ちゃんはダメでしょ。最近生徒会にばかり顔を出していて部活に支障が

出ているのだから」

 

 叶ちゃんの言葉を最後まで聞かずに私は途中から切って断った。

普段なら最後まで聞くのだけど最近の叶ちゃんは少し私に対して盲目的になってるように

思えた。

 

 そう何だか中学生の時の彩菜を見ているみたいで。その姿が被ってるように見えて。

私は胸が苦しい思いをしていた。彼女も彩菜と同じような道に行かせたくないと考えたら

そういう言葉が自然と口に出ていた。

 

 これが正解かなんてわかりはしないけど、私は自分の選んだことを後悔しないように

しなければいけない。だからこそよく考えて軽々に言葉を伝えることはしない。

母と約束したことだった。

 

 私は真剣な表情で叶ちゃんを見ていると、少しうろたえてからちょっと残念そうに

頷いた。

 

「わ、わかりました・・・」

 

 本当にわかってるのか疑わしいけど、そんなこと考えていたら叶ちゃんに

失礼なので私は言葉をそのままの通りに受け取った。

 

「そんな寂しそうな顔をしないで、すぐ帰ってくるからね」

「はい…」

 

 最後らへんはちょっと拗ねちゃって隣のベッドにしばらく潜り込んで

顔を出してくることはなかった。

 

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**

 

 教師に相談を持ち込むとこれまでの成績と素行であっさりとOKがもらえて

逆に私がびっくりした。

 

「勉強も大事だけど、大切なことも大事にしないとね」

 

 まるで中学まで傍で見守ってくれていたある先生を彷彿とさせる自由さが

少し印象に残った。

 

 それからは結局何事もなく事が進み、私が寮を出るまでずっと叶ちゃんが

ムスッとした顔をしていたから私は彼女の頭を撫でながら言ってくるねって言い残して

寮を後にした。

 

 駅に辿り着いて自宅最寄り駅までを確認して切符を購入。それからほどなく来た電車に

乗って座席に座って揺られている内に強い眠気に襲われる。

 

 何だか昔のことを思い出すような夢を見た気がした。

 

 最寄り駅から一つ前の駅についてから目が覚めて確認するとホッと一息ついた。

あぶないあぶない。個人的にはあまり無駄なことがしたくないから寝過ごすことなど

かなり嫌なほうであった。

 

 最寄り駅に着いてから携帯で知らせていた彩菜が待っていたようで降りるやいなや

私の手を両手で握りしめながらすごい笑顔で私の顔を覗いてきた。

 

「久しぶり!」

「うん、久しぶり」

 

 彩菜に釣られて私も笑顔で返すと少し頬を赤くした彩菜は振り返り先に歩いていく。

速度はそんなに早くなく私の歩幅に合わせるようにしてくれた。

 

 こういう配慮は素直に嬉しい。何もかもが久しぶり、町の空気に賑やかな声。

何年も訪れてないような懐かしさ。そんなことを思いながら歩いていると

すぐに家に辿り着いていた。

 

「明日から試合あるから、今日はゆっくりしなよ」

 

 彩菜が玄関のドアを開けながら言うと中に入っていった。私も続いて中に入ると

懐かしい家の匂いがした。

 

「ただいま」

「おかえり〜」

 

 中からひょこっと顔を出てきた母が子供のような表情で私を見ておかえりと言った。

相変わらず特別何もしていないのに若く可愛らしい顔立ちをしている。

 

「今日は雪乃が好きなのいっぱい用意するからリクエストよろしく〜」

「ありがとう」

 

 そう言って奥へ引っ込むと私は自分の部屋に戻って荷物を置いてベッドの上に

倒れこんだ。久々の自分の部屋は落ち着くけど何だか不思議な感覚だった。

 

ガチャッ

 

「あ、そうだ。雪乃が戻ってくるって話を母さんが近所で話してたらアイツから

これ渡されたよ」

「あ・・・」

 

 彩菜がちょっと複雑そうな顔をして渡してきたソレは私が前に片想いをしていた人

からのものだった。今でも機会があれば創作の話とかしたいなぁって思ってる。

 

 私の手元にあるソレ・・・同人誌をゆっくりと開いて横になりながら読んでみた。

この感覚が久しぶりに心地良すぎて癖になってしまいそうだ。

 

 好きな環境、好きな本。また創作活動がしたくなってきた。

だけど生徒会と掛け持ちだからそういう機会は滅多にないからちょっと溜息。

幸せな時間だったけど、どこかぽっかり穴の空いた気持ちがあった。

 

「はぁ・・・」

 

 それはいつも傍にいてくれる叶ちゃんの存在。

今回はみんなを含めて彼女も連れてきていないから。

連れてきてもよかったんだけど、今の叶ちゃんを見ていると心配が多くてあえて

置いてきたんだけど、そんな私が寂しがっていては意味がない。

だけどご飯ができるまでの間は軽く溜息を吐き続けていた。

 

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***

 

翌日

 

 昨日の夜たっぷりと美味しいご飯を食べて元気になった私は彩菜の案内で

試合のある球場にまで足を運ぶ。球場に来てからしばらくしてエースとして試合に臨む

大地の姿があったから声をかけると、一瞬周りがざわめいた。

 

「え、何?」

 

 いきなり空気が変わったようになって少し驚いて彩菜に視線を向けると彩菜が自慢げに

胸を張っていた。どういうことだろう、もしかして…。

 

「大地君ついにモテ期突入?」

「んなこたーない」

 

 私の発言にこけそうになる彩菜がそう返してくる。

 

「あぁ、雪乃が綺麗だからみんな見惚れてるみたいだね。ちなみにここにいる連中は

うちの部の連中だよ」

「植草さん、あの人綺麗な人っすね。もしかして彼女とかですか?」

「んなわけあるか!」

 

 いっぱいいる中から少し軽そうな子が少し前に出て大地君にからかうように聞くと

それに対して本人ではなく彩菜が本気ギレしていたのを見てつい笑ってしまった。

彩菜が周りを和ませたり勢いをつかせたりしているのが雰囲気で感じ取れた。

 

 今回に限らず前から彩菜の傍にいる人の気持ちを盛り上げたりできる性格を見ていて

すごいなといつも思っていた。それを今回はチーム全体なんだからほんとにすごい。

 

 でもそれを言うと調子に乗るだろうから口に出しては言わないけれど。

彩菜はチームの選手たちの髪をくしゃくしゃにするように撫でたり生意気な子の

頬をつねったりしてコミュニケーションを図っているのを見て和んでいるのを感じた。

 

「じゃあ、私たちは客席の方で応援してるね〜」

「がんばってね、みんな」

 

『ハーイ!』

 

 彩菜に続いて私がありきたりな言葉でみんなを応援するとすごい勢いがある声で

返事が戻ってきた。それから彩菜の後に続いて私も歩いていく。

 

 その途中彩菜は振り返りもせずに嬉しそうに私だけに聞こえるように呟いていた。

 

「昔から言ってたじゃん、雪乃には人を惹かせる何かを持ってるんだって」

「そうかな・・・」

 

 彩菜の好意を素直に受け取ってそういうことにしておくことにしよう。

自分自身でそう思うのは恥ずかしいというか傲慢みたいで嫌だったから。

例えそうだったとしても私はこれからも自分のことをそうは見ないだろう。

かといって昔ほど否定したりはしない。言ってくれた人の気持ちは普通に嬉しいから。

 

 まだ予選の試合だからと人の数はまばら。当たり前だけどほとんどが空席で

どこに座って観戦しても自由って雰囲気だった。一応買ったチケットには番号が

書かれているんだけどね。

 

 これが決勝戦にでもなれば意味を持つようになるのだろう。

 

 初戦、大地君の高校は大地君のコントロールの良さに相手打線が翻弄され

1対0で完封勝ちとなった。こっちも相手も弱小と呼ばれているから

一人さえ良ければ流れが呼び込めたらこういう試合になるだろう。

 

「おめでとう」

「ありがとう」

 

 試合が終わった選手たちを労いながら得意不得意をデータとして脳に収納していく。

私はこういうデータ収集が元々好きなんだ。

 

 二試合目以降は私も彩菜を通して意見を言わせたりしてもらうとみんな素直に

聞いてくれて役に立ちそうな部分は取り入れてくれていた。

 

 二試合目は3対0でこっちの高校の勝ち。

相手校の守備ミス連発を見逃さずに確実に点を稼いで調子の良い大地君の投球で

勝ちをものにした形。

 

 次第に相手チームも強くなってきて後1試合勝てば準決勝!というところまで

来た辺りで試合表を見ていると次の相手は甲子園常連の強豪校。

 

 どう贔屓目に見ても地力は向こうの方が遙かに上にあるけど、試合は始まって

みないとわからない。私の考えと彩菜の試合感覚を伝えていざ試合開始。

 

 今までは一試合にすら勝てなかったチームが勢いに乗ってるから普段興味のない

生徒たちも集まって見にきていた。運が悪い日に見に来たものね。

 

 私の予想通り、プレッシャーに耐えられなかった大地君が3回に2失点して

それから打撃陣が相手投手の豪腕の球を捕らえることができずにずるずると

引きずってしまい、結果1対10と大敗をしてしまった。

 

 だけどここまでがんばってきた分もあって悔しさいっぱいの表情や涙目の選手を

見ていたら結果が見えていても良い試合だったと言いに行くとこだったろう。

 

 しかし私は試合してる最中からずっと頭のどこかで叶ちゃんのことを考えていて

半分しか試合に集中できていなかった。

 

「もう、雪乃ったら。ちゃんと試合見てたの?」

 

 と彩菜に言われてドキッとして半分無意識に口から言葉が漏れるように出ていた。

 

「6回攻撃時、四球からの出塁。上手く合わせてバントを決めて得点圏に入った後に

ゴロで2アウト3塁。ここでタイムリーヒットが飛び出せば、まだ点数があまり

取られていない相手の投手にプレッシャーをかけられて流れを呼び込める可能性は

少なくてもあったけれど、それが生かせなかったから仕方ないよね」

 

「う、うん…試合は見ていたみたいだね…」

 

 私の素直な感想にちょっと冷や汗混じりに笑う彩菜。他の意味も言葉に混じって

いたように感じていたけれど今の私にはそれに応える余裕はなかったかもしれない。

自分のことや大地君達の試合のこと。色々考えてたらいっぱいいっぱいになってしまった。

 

「みんなお疲れ様〜」

 

 汚れた洗濯物を受け取って新しいタオルをそれぞれの選手に渡した。

みんな拭いても拭いても汗が噴出すようで何枚あっても足りないよう。

熱中症にならないように水分と塩分を補給しながらうな垂れる生徒たちに

監督を兼任していた県先生が笑いながらみんなを励ましていた。

 

 悔しいけれど経験したことは無駄にはならない。

どこか関係のないとこでも役に立つことだってある。

ご都合かもしれないけど、実際私もそれに似たことは味わっていたから。

特に努力の姿勢は…。

 

 気付くと私は彩菜と一緒に電車に座りながら揺られていた。

疲れていたのかいつの間にか眠ってしまっていたようだ。

あの後、先生と大地君が率先して生徒たちを連れて帰っていって

私達はその場で解散していいという形になった。

 

 その後すぐに電車に乗っていたらいつの間にか眠っていたというわけだった。

 

「彩菜着いたよ」

「ふぇっ?」

 

 私よりぐっすり眠っていた彩菜を揺さぶって起こすとちょうど降りる駅に止まって

ドアが開いた。危ない危ない、少しでも遅かったら寝過ごしてしまうところだった。

 

「ふあぁぁっ」

「眠そうだね〜」

 

 降りてから家まで歩きながらあくびをする彩菜に私は笑いながら隣にいる。

こうして二人だけで揃って歩くのも久しぶりだなぁと何気なく思っていると。

 

「こうして二人っきりで歩くの久しぶりで嬉しいなぁ」

「そうだね」

 

 珍しく意見が同じく一致してつい笑ってしまいそうになるのを堪えた。

くっという音がしたことに彩菜は気付いたのだろうか、私の顔を見ながら

嬉しそうにしてまた正面に視線を戻した。

 

 それにしても印象的なのは最後の年なのに不完全燃焼だったはずの試合に

スッキリした大地君の姿。強さ関係なくちゃんとした人間関係を結べると

ああも引きずらずに済むのだろうか・・・。

 

 そう考えると私と叶ちゃんはまだまだなのかもしれなかった…。

 

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**

 

「おかえりなさい、先輩!」

「ただいま」

 

 全日程が終わって家に戻ってから翌日すぐに学園に戻ると叶ちゃんが待ち遠しそうに

していた犬のように飛びついてきたのを私は受け止める。

 

 受け止めきれずによろけてベッドの上に倒れると二人の目が合った。

経った数日だけどこの温もりを感じると愛おしい気持ちに溢れてくる。

 

「ただいま」

 

 二回目のただいまを言ってから行った場所の話をしているうちに寮の食事の

時間になったので話をしながら向かった。

 

 その時の叶ちゃんは最初の頃と同じくらい綺麗な目をして私を見てくれていた。

その様子に私は心地良くていつまでもお喋りしていたい気持ちになった。

 

「今日は…一緒に寝ていいでしょうか?」

「え?」

 

 部屋への帰り道、叶ちゃんのお願いにちょっとびっくりしながらも私もちょっと

甘えたい気持ちがあったから喜んで頷いて答えた。

 

「いいよ」

「よかった・・・」

 

 静かに嬉しそうな感情を込めた声が可愛くてたまらなくて私はその雰囲気に流れて

叶ちゃんの手を握った。一瞬ピクって反応した叶ちゃんもそのまま普通に握り返してきて

私達は部屋に入っていった。

 

 一時期、部活のことで大変だったことがあるけど。今は少しずつでもバランスを

保ちつつある叶ちゃんを見て私も帰省で不在だった分の仕事を頑張ろうと思えた。

量を聞くとちょっと多すぎてげんなりしそうにはなるけれど。

 

 そんな気分も一緒にベッドへ潜り込んで体も気持ちも温かくなったらそのまま

忘れてすぐにでも眠っていた。

 

 このまま良い方向で彼女と一緒にいられたらどれだけ幸せなんだろうと考えていた。

けれどこれから私と彼女の間での気持ちのすれ違いは徐々に深まっていくことになる。

 

 

説明
幼馴染の大切な試合を控えていて彩菜から雪乃へ連絡がきて
先生の許可を得て試合の応援へ向かう。
懐かしい思いを感じながらも昔とは違うことに気付いていく。
幼馴染たちを通じて自分たちのことをどう思うのか、そしてどこへ向かうのだろう。
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オリジナル 双子物語 姉妹 再会 幼馴染 

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