召喚勇者ヒャッハー伝説
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 勇者と、そしてともに戦った男たち。その生き様はいかなるものであったのか。

 ただ一声に己が全てを込めて、鳴り響かせたという。それは伝説にいわくの――

 

 

   〔1〕

 

「よぅし、野郎ども。あとは一斉にかかって倒すだけだ。蹂躙〈じゅうりん〉しろっ!」

「ヒャッハー!」「ヒャッハー!」「ウヒャッハー!」

 荒くれ数十人を率いた勇者が号令を下す。高揚の雄叫びをあげ、攻めかかる者ども。

 夜半の闇の中、かがり火が照らし出す剣戟の様。敵する山賊たちの命運は風前の灯であった。

 

 勇者。その言葉を耳にして皆々が思い浮かべる姿とは、どのようなものであろうか。

 魔王の脅威に立ち向かう、勇気ある者。最たる英雄。人類の救世主。正義の使徒。

 だがこの地の勇者は悪辣も辞さぬ者であった。なぜか。その理由とは……

 

 

   〔2〕

 

 ある日、唐突に異世界から召喚されし、救世の期待を背負わされた男。ただ勇者と呼ばれる。名は伝わっていない。

 勇者召喚術に尽力せし、王国の重鎮たち、魔術師たち、そして神官司祭たち。召喚の儀に立ち会って、現れた勇者へ、口々に人類の苦境を訴えた。迫る魔王の脅威よりどうか救って欲しいと。

 はじめの内は黙って聞いていた勇者であったそうが、あまりに長く続く一方的な言葉の垂れ流しに対して、ついには一言、

「うぜぇ」

 切って捨てたという。

 

 怒りのまま立ち去ろうとする勇者に対して、周囲の者たちはせめて供の者を付けようとしたそうだ。

 王国一の腕前を誇る筆頭騎士たちや、俊英を謳われし宮廷魔術師、そして神聖の巫女などである。

 だが勇者はそれらを受けようとしなかった。いわく、

「勇者の力だかなんだか知らないが、魔王の波動ってのは感じ取れる。お前たちじゃあ力不足で話にならない。ぶっちゃけ足手まとい」

 その言葉に対し怒り出す者もいたという。だがさらに勇者の反論していわく、

「それは勇者の力なんぞは常人の及ぶ程度ということか? だったらおれを呼ぶまでもなく、てめぇらでさっさと倒してやがれっ」

 額に青筋立てんばかりに言いつのる勇者の迫力と、怒りのまま放たれる力の波動はたいそうなものであったそうで、その言葉に抗えた者はとうとう一人もいなかった。

 結局、勇者はわずかばかりの路銀を受け取るだけで、あとは好きにやらせてもらうと言って去ったという。

 

 

   〔3〕

 

 王城を出てはじめ、都〈みやこ〉の中を見て回った勇者であったが、しかしすぐに落胆したそうだ。

「しけってやがる。どうしようもねー」

 街行く人々の目は一様に暗く、商売人たちの呼び込みの声にも威勢が乏しい。

 大陸の北端に鎮座すると言われる魔王から放たれる瘴気は、各地の魔物や魔獣といった類いの危険を大いに猛らせ、人類の生存圏を徐々に狭めている時勢であった。

 既に大陸の北半は瘴気の内へと没してしまい、南半も外周は薄い瘴気に包まれつつあり長居するには適さなくなっていた。結果として人類の生存範囲は従来の四分の一にも満たぬ程度。国家の体裁を保てている地は、もはやここ一国となり、いわば最後の砦のごとしであった。

 しかし、民人にとっては、希望の砦というよりはまるで牢獄の虜囚のごとき心境であったのだろう。援軍の見込みのない篭城のようなものだ。愚策と分かっていながら打開策もない。未来に希望が見えないなら、それは絶望と化す。

 そのあげくが、異世界からの勇者召喚であったわけだが、つまりこれは他所の人間を勝手に拉致してきて解決を丸投げするに等しい行為である。その当事者としての勇者の機嫌が好いものになろうはずもない。

「ちっ。あー、胸くそわりぃ」

 商店などを見て回ろうにも、武具に関しては召喚時から伝説の天空剣やらの最強一式を身に着けてしまっており、保存食の類いを少々購入するくらいしかやることがない。

 難民街の孤児やら、奴隷商やらもいたようだが、それらは為政の問題である。知ったことではない。

 なにより、縁の一辺も結ばれていない異邦の身である。この地のなにがしに対し、ろくな意味も価値も感じようがない。

「世界の行く末を託すんなら、そこで骨埋めて生きてる奴じゃねーと意味ねぇっつの。馬鹿か」

 結局、ここでも勇者は大した関わりも持たぬまま、都の外へと歩み去っていったという。

 

 

   〔4〕

 

「で? 街道にはお約束の山賊団ですか」

「なに小声でブツブツ言ってやがるてめぇ。おう、兄ちゃんよぉ? 死にたくなけりゃあ金と身ぐるみ置いていきなぁ〜ヒャッハ!」

 手に持つ剣を舌なめするかごとく嘲り〈あざけり〉ながら言い放ってくる荒くれ男ども。対し、勇者はしち面倒臭そうに応じていた。

「はいはい。一度だけ警告してやるよ、痛い目に合いたくなけりゃあ、退〈ひ〉いておきな」

 手をひらひらと振りながら、やる気なく言い返す勇者に対し、山賊どもの反応は分かりやすいものであった。

「んだと、テメェ! おれら音に聞こえし野狐団をなめてんのか! おい野郎ども、やっちめぇッ!!」

「警告はしたからなー」

 そうしてはじまった戦闘は、もちろん勇者の圧倒的勝利であった。めいめい武装した山賊男たち数十人に対し、勇者は剣を抜くまでもなく素手で殴り倒してしまったという。

「ぐ、あぁ……。うぅ、おれたちの負けだ、勘弁してくだせぇ旦那」

 勝負が決するや、一転して下手に出た山賊たちに対し、しかし勇者は、

「いつから一度倒れただけで済むと錯覚していた……?」

「えっ?」「エッ?」「eぇ?」

「ここから本番に決まってんでしょォォ!!! はい、癒しの光よ、キュアル・ワイダ〈範囲回復術〉! そして殴りボッコォォ――!!!」

「え、傷がなお――ぐぎゃあああっ!!」「痛みがひい……ぐああああっ」「あばばぁーっ」

「続けて、はいモチロン、繰り返しのキュアル・ワイダッ! そしてまたボッコォォ――ッ!!」

「ヒィィ〜〜〜ッ」「や、やめぇぇーグガガっ」「あばらびゅっ」

 

 じっくり一晩かけて、幾度と繰り返されたそうだ。

「はいキュアル、はいボッコ!」

「「「ぐあああぁぁ――――もう許してくださぃぃぃ〜〜〜」」」

 ついには、大の男どもが皆して綺麗にぴっちりとした正座の上でDo☆Ge☆Za〈土下座〉して、泣いて謝り倒したという。

 

 夜明けの陽を拝みながら、勇者はいい汗かいた男の笑顔で告げたという。

「つーわけで、お前ら今日から、おれの舎弟ね」

「ひぃ、わ、わかりやしたぁ〜勇者の兄貴ィ」

 必死に首をカクカクと何度も縦振りする男たちに、勇者は指を三つ立て、

「そんで、即席だけど考えた条件が三つある」

 勇者は続ける。

「一つ、この世界、大陸は、全ておれのものと見なす。だから邪魔な魔物は駆逐するし、魔王もいずれ倒す。既存の国の王侯貴族だのは知ったこっちゃあねぇ。その手始めの手勢となるのがお前らってわけね」

「二つ、善人は襲うな。悪人なら好きにしろ。これは要するに間引きみたいなもんだ。おれの役に立つ奴なら働かせる、邪魔になる奴なら潰す。ああ、稼業については心配するな。酒にも女にも不自由しないだけの金ならくれてやる。だからちゃんと対価を払って街で遊べ。違反した奴は今日と同じく、『地獄極楽コース』にご招待ね」

 ここで男たちは、その身を思わず引きつらせたとかなんとか。

「三つ、これから大陸中の山賊やらを倒して回るが、おれの力に頼らずお前ら自身の活動として倒した場合にはな、そいつらは倒した隊の配下として扱っていいぞ」

「え、それって……?」

「そうだ、成り上がる機会になる。これからおれは勇者の力で大陸中を総なめする。おれらの一団は、数千どころか万を超える規模にまで育つだろう。お前たちは、その頂点にだって位置しうる。しっかり働けば、だがな。どうだ? ある意味幸運だとは思わないか?」

「へ、へい。そうかもしれませんね……」

「おいおい、おれの力が信じられないか? ふん、まぁいい機会だから、一度それなりの力を見せておいてやろう。おい、ここから人里のない方角はあるか?」

「へい、えっとたしか、あちらの方角なら、無人の荒野しかなかったはずです」

「よし。耳を塞いで、見てな」

 そう言って身構えた勇者は、大地が震えひび割れだすほどの波動を放ちながら、魔力を練り上げたという。

「おおぉ! いっくぜぇ〜〜〜。……その焦熱の至極を詠え、世の理を穿つがごとく、煉獄の亡者が嘆きの呪うがごとく! 炎界の果てに焼滅せよっ!!! ガ・ダラー・ル・フレイマ・フレイマ・ボルケードォッッ〈超広域殲滅型灼熱焼却術〉!!!」

 カッ――と、瞬転、朝焼けの空を白色に染め、それは轟音ならずかえって静寂のごとき様であったという。皆して目を焼かれかけ、まともに直視できた者などいなかった。

 ようよう視力も戻ったころ、男たちが目にした景色は一変していた。

 はるか地平のかなたまで、なにもなくなっていたのだ。わずかな丘のごとき起伏すら一切ない。しかし逆に、巨大な穴なども空いてはいない。爆発ではなく焼却であったためだろう。膨大な熱量が、ただその場の全てを切り取っていったのだ。陶器かガラスかと焼しめられた、地面だけを残して。

 また、魔力による術法の起こした現象ゆえ、余波や余熱の残りこそ少ないものの、それでもなお立ち昇る熱気が渦を巻いていた。ズゴゴゴゴ……と、腹に響く重低音とともに、大竜巻か台風か、ともかく世の終わりを告げる厄災のごとき光景であったという。

 

「……と、と、とんでもねぇ…………」

 呆然と、誰ともなくつぶやく男たちに向けて、勇者が締めの言葉を発する。

「わかる? まるで魔王みてぇな破壊の力だろ? それも当然で、勇者ってのは魔王と対なる光と影、同じ札〈カード〉の表と裏みたいなもんだからな。つまり、おれに敵対するってことは、魔王を相手取るのと同じことってわけだ」

 男たちは、破壊の光景に見とれて反応できずにいたところ、

「へ、ん、じ、は?」

「……はっ。は、はいっ!!!」

「わかったなら、そんなに怯える〈ビビる〉ばっかりじゃなくていい。逆に考えてみろ、これだけの“戦力”がお前らの味方になるんだぜ? どんだけのことができると思う?」

「そ、そりゃあ……」

 とまどう男たちへ、勇者は言葉を重ねる。

「人の国の万軍なんざ目じゃないぞ? 魔王と直接はともかく、周辺の魔物どもならザコいもんよ。この“保険付き”でなら、お前らなにがやりたい? どこまでいける? 見返したい奴らはいるか?」

「……そりゃあ、へい。おれらだって好きで山賊稼業なんぞに落ちぶれたわけじゃあありませんから、好き放題できるってんならそれこそ……」

 勇者は、うんうん、と首を縦に振ってうなずきつつ、

「だろ? おれについてくりゃあ、どこまでだって連れてってやるぞ。どうだ? いけそうな気がしてこないか? このくそったれた世の中をぶっちめてやろうぜっ!」

「へ、へい! そう言われたら、なんだかイケそうな気がしてきやしたっ!!」

 そう言い、意気を取り戻してきた男たちへ向けて、勇者が拳を掲げる。

「よぉし、なら野郎ども、景気よく行こうぜ! とりあえず今日は街で豪遊、明日からは近隣の山賊団を倒して回る! 一番手近な奴らはどんなだ?」

「へいっ、勇者の兄貴ィ! 隣の山間の古砦に陣取った、山蛇団ていう生意気な連中が!」

「よっし、じゃー手始めはそいつらからだ! 気合い入れろてめぇらッ!」

「「「うおぉぉー!」」」

「もっと勢いよく! あるだろホラ、なんかヒャアとかウヒョーとかみたいな」

「えぇと、よく口にしちゃうのはヒャッハーとかですかね……?」

「おぉソレだっ! ヒャッハー、いいねこれ。勢いつくわぁ。お前らこれを鬨〈とき〉の声にするぞ! はい、試しに斉唱!」

「「「ひゃ、ヒャッハー?」」」

「もっと声高に! 振り切るようにアグレッシブにっ!!」

「「「ヒャァ〜〜ッハァァ――ッ!!!」」」

「よぉ〜〜しよしよしよしよしッ! いいぞォ〜〜。ヒャッハー! 続けぇ〜っ!」

「「「ヒャッハー!!!」」」

 

 こうして、世にも奇妙な勇者の一団が産声をあげ、そして快進撃がはじまったという。

 

 

   〔5〕

 

 ここで話は、冒頭の一幕へと繋がり戻る。

 活動の第二戦として、山間の古砦を本拠とする山蛇団とやらを、攻め立てているのだ。

 戦いの進む中、勇者は手下の一人に問う。

「どうだ? 戦況は」

「へい、兄貴ィ! 砦の外の奴らはとっちめたんですが、内に閉じこもった奴らが頑強で手こずってやさぁ、すいやせん。どうにも、壁は石造りだし扉は鉄製だしで、手の出しどころが見つからんのです」

「そうかそうか。いいぞ、おれに任せておけぃ」

 そうして勇者は、手下どもに道を開けさせ、先頭に立つと、

「いっくぜぇ〜〜! 扉ッ! 蹴破らずにいられないッ! そして進入ゥ進入ぅぅ〜〜ッ」

 ドゴンッ! と凄まじい音を立て、一撃で蹴破られた鉄扉がそのまま砦の内部を破壊していく。もし扉の後部に人がいたなら、もろともに潰れ果てていることだろう。

「見つけた敵はッ! 鎖骨の折れ砕けるまでッ! 殴るのを止めないッ!!」

「な、いったいなんな……ぐあああああっ!!!」

 そこからは結局、勇者一人で内部を制圧してしまったそうだ。

 

「はいっ! そして恒例となります、服従の儀もとい『地獄極楽コース』でございまぁ〜す」

「「「ぎゃあああああぁ〜〜〜ッ!!!」」」

 

 再び夜明けを迎えながら、やり遂げた男の顔で勇者は問うた。

「で、お前たち言うことは?」

「「「兄貴に従いますっっ!!! どうぞ舎弟にしてくださいっっ!!!」」」

「よぉ〜〜しよしよしよし」

 うなずく勇者は、そこで一つ、ふむ、と独りごちると、手下の男たちの方を向き直り、

「今回は結局、おれが出張っちまったが……。初戦だし、お前らの働きは十分なものだったと評価しよう。てわけで――」

 と、今回倒した連中の方へ、手を大きく一振りしつつ、

「よォし、こいつらはお前たちの配下としてくれてやる! 好きに使えっ」

「おぉぉ!? さっすがぁ〜〜、勇者の兄貴は話がわかるっ!」

 はっはっは、と機嫌よさげに笑いあう勇者とその手下たち。

「さぁー、そったらこいつらの貯めこんでた財貨をかっさらえ! 根こそぎだっ!」

「「「サー! イェッサー兄貴ッ!」」」

「済んだら街で豪遊すっぞ! 全員でだ! 今回負けたおめぇらも差別はしねぇよ、英気を養って明日から働け!」

「「「おぉ、イェッサー兄貴!」」」

「合言葉は、ヒャッハーがいいなっ!」

「「「イエスッ! ヒャッハァ――!!!」」」

「うっし、ガンガンいこうぜッ!」

「「「ヒャッハー!」」」

 

 勇者とその一団は、またたく間に周辺の山賊団や荒くれ一党を、併呑していったそうだ。

 

 

   〔6〕

 

 そこからの勇者と一団の躍進は、とどまる所を知らぬがごとしであったという。

 いわく、大陸中の荒くれをまとめあげ、一大勢力と化した。

 いわく、魔物に往来を寸断され、孤立していた村々や抗戦地を再発見し、救済した。

 いわく、各地の商会と手を結び、街道の警護を請け負うことで流通網を復活させた。

 いわく、流通再開によって生活水準が多少なりとも改善し、食糧生産や各種産業にも安定が見込めるようになったことで、その余裕によって対魔軍戦線の兵站を賄うことができるようになった。

 

 ここまでで三年の月日をかけて腰を据え、勇者たちは大陸南半の平定を取り戻していった。

 後世の考察によれば、これこそまさに反撃のための備えとして最善手であったと評される。だが当時には、賛否両論かんかんがくがくであったそうだ。

 勇者の一団がとった手法は、隠すこともなく悪辣であったそうで、指針の言は「持ってる奴からは削ぎ取って使え、持ってない奴は働かせろ」といったごとくのものであった。要は金持ちや大商人からは容赦なくふんだくり、それを街で豪遊することによって市井へ還元、逆に小口の行商人などに対しては小金で道中護衛を請け負ったという。

 手法それ自体は決して褒められたものではないが、効果はてきめんであったそうで、危機に際して地位ある者たちが貯めこんでいた財や資源を力ずくで放出させることにより、萎縮して身動き取れなくなっていた当時の人々に対し、再び動き出さしめる契機と成した。

 

 こうした地道な活動の積み上げの果て、勇者たちはついに大陸北半へ向けた攻略の足がかりを築いた。

 一見して苦渋の努力にも見えようが、しかし本人たちはいたって楽しげに、かの雄叫びとともに歩んだ日々であったという。

 

 

     〔7〕

 

 そしてさらに二年の時をかけ、勇者とその一団は大陸北半の外周地域を攻略し、ついには最も瘴気の濃い、魔王城接近領域へと歩を至らせた。

 この五年で勇者に付き従う者の数は三万を超えていた。しかし、大陸北半は瘴気が濃さを増し、常人では耐えられない。それでも外周の辺りでは耐性に優れた一部の者なら活動できたが、魔王の座す北部中央域に近づくほどに瘴気は濃さを増すため、ついには特別に耐性の秀でたわずかな者たちしか、勇者について行くことができなくなった。

 

 この者たちこそ、世に言う“勇者と百の戦士団”である。

 大陸北半は、外周より内へ向かうほど魔物の強さも段違いに増していく地であった。その過酷な戦いを、なお勇者とともに戦い抜いた“百の戦士”たちは、まさに勇者にも負けず劣らずの勇猛果敢なる兵〈つわもの〉である。

 

 しかし、それほどの“百の戦士”たちですら、遠方に魔王の城を臨む峰から先、まるで濃霧に没するがごとく瘴気のよどむ地には、とても足を踏み入れることができず。

 そして勇者は一人、魔王へ戦い挑むことを決めたという。

 

「ここまでで、いい。お前たち、これまでよく戦ってくれた」

 告げる勇者に、戦士たちの筆頭たる男が答える。なんと最初に勇者に倒された野狐団の元団長であった。

「兄貴ィ……。ですがこっから先、ますます巨大な怪獣めいた魔物どもがわんさとたむろってるんじゃあないですかい。いくら勇者の兄貴だって、そんなのと一人で戦い通しってんじゃ休む暇すら……」

 だが勇者は、静かに首を振って答える。

「言うな。元より、万全の態勢で戦えることを期待できるような、甘っちょろい相手じゃあない。それはもうお前たちも理解しているだろう?」

「そりゃあ、骨身にしみちゃいますが……」

「それよりも、お前たちには託したいことがある」

 勇者は、その場の全員に視線を巡らせる。いつ時期よりもはるか少ない百余名。だが幾度もの苦闘をともに戦い抜いた、かけがえのない戦友たちであった。

「魔王と勇者、その力は強大にして互角。全力をぶつけあったなら、あるいは大陸を割り砕くほどの事態にも至るかもしれない。ここ中央内部域にいては危険だろう。外周以遠、できれば大陸南半へと皆の避難を誘導して欲しい。そして肝心なのがその後……」

 勇者は息を継ぎつつ、続ける。

「魔王を倒せたとして。魔王の波動と瘴気のくびきを逃れた魔物たちが、どんな行動に出るか予測がつかない。穏和となって潜んでくれるなら万々歳だが……。あるいはかえって、激しく暴れ出すかもしれない」

 見やると、戦士たちは真面目にうなずいていた。魔物たちの脅威について、数限りなく戦ってきた彼らだからこそ、肌身に感じて理解の及ぶところであった。

 勇者もまたうなずきを一つ返し、そして続ける。

「その危険に対抗して戦い抜いていけるのは、この場のまさにお前たちこそだ。他の皆を導き、真に未来を切り拓くその戦いを、お前たちに託したい。……おれは、きっとその戦いにはもう、手を貸してはやれないだろうから」

「あ、兄貴ィ……。そんなことぉ……」

 思わず引きつりかけた声をあげる男たちへ、勇者は首を横振って、しかし声音は楽しげに答えるのだった。

「おいおい、言っとくが、おれなんぞよりお前らの方が大変かもしれんのだからな? 忘れちゃいないだろうが、旧王侯貴族の権力者どもも残ってる。奴ら、ここぞとばかりに再開拓の地々へと侵略の手を伸ばしてくるかもしれない。魔物と人間、同時両面で相手しなけりゃならんのかもしれねーんだ。だがそれでも――」

 もう一度、大きく息をつき、そしてきっぱりとした口調で勇者は告げる。

「人の欲心の酸いも甘いも噛み分けた、海千山千のお前たちのような男だからこそ、おれも後顧を託して行けるんだ。任せたぞ、頼りにしている!」

「兄貴……。へいっ、お任せくだせぇ! おれらぁ腕っ節と戦いの目に関しちゃあ、今となっては人類最強ですぜ!」

 と、なにかを振り切るように元気よく、胸を叩いて答える男であった。応じて勇者は、ただ一つうなずきを返す。

 男はしかし、改めて力の抜けるように肩を落とすと、かすれる声で問うのだった。

「でも、本当に……。兄貴、見込みはないんですかい? それほどの力があっても」

「ああ。こればっかりは仕方ない。何度か言ったように、勇者と魔王の力は互角だからな。その本質からして、潰しあう関係なのさ。ぶつかったら消えゆく定めだ。だがそれすら、死力を尽くせればの話だ。だからおれには、お前たちが必要だった」

「それは……。単に戦力っていうだけの意味ではなく、ですかい?」

 勇者はうなずきと手振りを交えながら、答えていく。

「そうだ。もちろん、戦線を切り開くための戦力や手勢としてだって必要ではあった。だがそれだけなら、はじまりの日、あの王国の偉そうな連中を利用したってよかった。でもそれじゃあ決定的に足りないものがある。執着だ」

 執着。その言葉に、男たちはなにか感じるものがあったのか、黙って真摯に聞き入っていた。

 意を察し、勇者は続ける。

「おれは異界から呼び込まれた身だ。それも同意なく知らぬ間に、だ。いかに力を宿していようと、この地に根差した縁がない。この地にあって、本当の意味で失うわけにはいかないものってのが、一つもなかった。だが魔王との戦いは死闘となる。腕折れ、足もげてなお、この口に剣をくわえてでも殺しきるための一手を刺しに動けるか。それほどの苦境にあっても心折れずに立ち向かえるか。そこを、さ。綺麗事で支え抜けるかって言ったら、嘘だろ?」

 男たちは、それぞれにうなずいていた。己の欲も浅ましさも、全て承知で戦いに身を投じ、命をかけて踏ん張ってきた。そんな彼らだからこそ、なにより理解できる話であったのだ。

「だから、もしそれでも戦い向かうというのなら……一から、執着対象を育む必要があった。執着ってのは、つまりは“おれのもの”ってことだ。他の誰にも譲れない、自分が死んだとしても譲れない、引けない。心の寄る辺。それを」

 勇者は諸手を広げ、男たちに大きくうなずきかけて、言葉を締めくくる。

「それが、お前たちだ……! おれにとって、そうなった。ともに戦ってきたこの五年、大変だったけど、楽しかったよなぁ。このお前たちが生きていくために必要だっていうなら、そうだ、命をかけてだって戦えるさ。だから、託すぜ? その行く末を!」

「あ、兄貴ぃ……」「そんな、おれたちだって……」「兄貴ィ〜〜……」

 我慢の限界を越えたのだろう、涙腺の崩れだす男たちに、勇者は笑いかける。

「おいおい、いい歳こいたおっさんどもがなに泣いてんの。きしょいっつの」

「たしかに、ひでぇ絵面だ。こりゃあない」

 応じる男の声は、震えた笑い声で。笑顔も引きつっていたが。偽りだけはなかった。

 勇者は、ふ、と一つ鼻息をついて後、声を強く張りなおす。

「なあ。もしおれたちに、はなむけの言葉があるとしたら。湿っぽいものじゃあないはずだろう。違うか?」

「それは……へい。へい、兄貴ィ! おい前ら、兄貴の最大の門出を送る一声だぞ! しゃんとしねぇか! いつものヤツはどうしたっ!」

 そうしてどやしつける先頭の男の意を受け、他の男たちは、はじめぽつりぽつりと、そして追うほどに大きく強く、その声をあげてゆくのであった。

 すなわち、

「ヒャッハー!」「ひゃああっっっは〜〜!!」「う、う。ひゃァッハァ――ッ!」

 である。

 勇者は、それになんとも満足げにうなずくと、きびすを返し、そして背中越しに右腕を突き上げて、別れを告げたのだった。

「そうだ、それでいい! 行ってくる!」

「「「ヒャッハー!!!」」」

 

 まるで敬礼を捧ぐように。いつまでも響き渡るその声は、止むことを知らぬがごとしであったという。

 

 

   〔8〕

 

 勇者と魔王の決戦がいかような様相であったか、それを見届けた者はいない。

 だが大陸北部の中央域には大穴が空き、大陸北半の三分の一ほどを占める大湖と化した。

 その大湖は、長じては地盤のひび割れなどから海水が入り込んだのか、所によっては淡水と海水の混ざりあう汽水域が生じ、いつしか内海とも呼ばれるようになった。

 また、あわせて入り込んだのだろう魚介類が大いに繁殖したため、周囲の土地土地へ入植した人々に、豊かな糧をもたらしたという。

 そして、この漁業からの糧があったため、荒れ果てた土地の再開拓にも一定の目処が立ち、人々は穏やかに栄えてゆくことができたそうだ。

 

 勇者の一団であった者たちは、結局その後に新たな国を作ったりなどはしなかった。緩やかな共同体として自警戦力の合力だけを誓いあい、各々の気の向くままに別れ住んでいったという。

 しかしこの大陸北半の地に、南半の地の国々が侵略を仕掛けようとして、成功したことは一度もなかった。怒濤のごとく応兵が押し寄せ、またたく間に撃退されてしまうからだ。

 それら戦いに際しての、北方人たちがあげあう鬨の声は、実に珍妙かつ高揚したものであったという。

 

 勇者であった者のその後を知るものは、いない。だが名も無き勇者の伝説を知らぬ者も、またいない。

 なぜなら、今日もまた、その伝わりゆく一声が、山間に、谷間に、野原に、水面に、鳴り響いているのだから。やたらと元気よく。

 

「ヒャッハー!」

 

 と……

 

 

 

(おわり)

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 勇者と、そしてともに戦った男たち。その生き様はいかなるものであったのか。
 ただ一声に己が全てを込めて、鳴り響かせたという。それは伝説にいわくの――
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