IS×SEEDDESTINY〜運命の少女と白き騎士の少年
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ついに完成した。

コレの基礎理論を作り上げてから、既に百年以上が経過している。長い道のりと言って良いだろう。だが現在における人類の科学水準から比べれば、コレの存在は百年は先んじている。いや、コレを乗せる機体が完成すれば、さらに百年のアドバンテージが稼げるはずだ。

二百年先の技術……それがこの計画には必要不可欠であり、絶対条件でもあった。

それを得るために、コレを創り出すために、私たちは地球より六億三千万キロメートルという途方もない距離を旅してきたのだ。辿り着いただけではない。この場所での製造作業のために二十年の期間を費やした。

計画に賛同し、志願したときは三十歳であったが、今は六十を越えている。自分の半生、いや、命を懸けたミッションは達成された。

志を同じくする仲間たちは、旅立つときの三分の一にまで減っている。ある者は実験中の事故で倒れ、ある者は製造中の事故に巻き込まれ、ある者は広大な宇宙の中で孤独に耐えきれずに命を落とした。全て最初から予期されていた犠牲だ。

その犠牲も全てが報われようとしている。

目の前に並んでいる七つの円柱状のシステムを男は見つめた。

とはいえ、まだやるべきことが一つだけ残っている。

男は七つの円柱状のシステムを無人コンテナに収納し、あらかじめコンピューターに入力していた軌道に向け、コンテナを射出させた。この計画が地球圏でも未だ在続し、コンテナを受け取るものが現れれば世界は変わる。それを確認する方法が男にはなかったが、別に構いはしないと思った。

とにかく、私たちはやり遂げた。使命を果たしたのだ。

宇宙空間に消えていく七つのコンテナを見つめながら、男はシステムの完成に沸く仲間たちの元に出向く。

苦楽を共にしてきた仲間たちが男に抱きつき、歓声を上げ、秘蔵のシャンパンを開け、今まで続けてきたストイックな生活を打ち破るかの如く騒ぎ、はしゃいでいた。

ありがとう……男は心の中で仲間に感謝していた。それからしばらくして、男は船内のメインブリッジに向かった。窓の外の風景を男が見やる。

そこには((木星|ジュピター))があった。

この星の高重力下でなければ、アレを生み出すことは出来なかった。

ありがとう……自分など塵以下の如き大質量を持つ惑星に対し、男は感謝の念を示す。

今際の際で男は思った。

私たちが造ったアレを搭載する機体はなんという名前だっただろう?

……ああ、そうだ。

ガンダムだ。

機動兵器ガンダム。

変革を司る天使。

あの方が求める時代の先駆者となる機体。

私たちの造ったアレが放つ粒子が、人類に変革を誘発する。

男は笑った。

 

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その日、織斑一夏の朝はやや乱暴に訪れた。

一晩で自分のにおいがしみこんだシーツを頭から被り、安眠をむさぼっていた。眠りと覚醒の境目を水面に例えるとするなら、ちょうど一夏の意識は水の底から水面近くに浮上しつつあるところだ。

ぼんやりと目を開ける。窓から朝日が差し込んでいるのが見える。朝になったのはわかった。起きるか、もう一度眠るかを半分眠ったままの頭で考え、もう一度目を閉じることにした。たまには二度寝をしても許されるだろう。

そうして大きく息を吐き出し、意識を水面の底沈めようとしたところで、トテトテ、という軽い足音が滑り込んでくる。

 

「おとうさん、おはよう。もう起きてる?」

 

それが、旅の中で出会い、今も共に旅している連れの片割れである少女だということはわかっていた。遊んでほしいのか、それとも最近習い始めた料理を食べてほしいのか、いずれにしても、青年は睡眠の欲求には勝てずにそのまま眠ってしまおうとした。

 

「おとうさん?もう朝だよ」

 

━━━さて、読書諸君も知っての通り、布団とは、世界で最強の魔物だ。こいつに勝てる人間が果たしてこの世に存在するのだろうか?と疑問に思うほどに。

 

「もう、起きてっ。おとうさん」

 

さらに、この布団に毛布という名の相棒がいたとするとどうなるだろう?……勇者も半泣きで裸足になって逃げること請け合いだ。

 

「お〜と〜う〜さ〜ん〜!」

 

さらにさらにだ。ここに枕という装備をしていたら……?考えるだけでも恐ろしいとは思わないだろうか?特に一週間テントとゴツゴツした小石の上で寝袋の中、背中にくるかすかな痛みを堪えたあとのふっかふかのベッドというのは、通常の三倍はある心地よさを与えてくれている。

 

「ねえ、起きないと後悔するよ?」

 

そうしている間にも意識はどんどん眠りの中に沈んでいく。ごめんよと、口を動かしたつもりだったのだが、それは成功せず夢の中で謝った夢を見ただけだった。

あぁ、これが本当の夢見心地だなぁ。

そんな呑気な感想を抱く。ただ一夏の耳は、ほかの部分が眠りにつこうとする中で最後まで働いていて、少女の身軽な足音を聞く。

((妙な方向|・・・・))からだった。ベッドの下からではなく、ベッドの上、そのさらに上へと登っていく。

完全な眠りに落ちる直前にあった一夏は、何をしているんだろう、と意識の片隅で感じるのだが、起きて確認する気持ちにはならなかった。

 

「しょうがないなぁ、お急ぎだし……おとうさん、ごめんなさい」

 

そこではじめて「おや?」と思ったのだが、すでに手遅れになっていた。

 

「えいっ!」

 

頭上で、ぴょんと少女が可愛らしい声を上げながら跳んだような物音がした。平常時の半分以下になった思考能力が、待てよと微かな警告を発すると同時に、猪の突進のような衝撃が一夏の腹部に飛び込んできた。

 

「ぐへぇ!?」

 

無防備な懐に一撃を喰らって、一夏はもんどりうってベッドから転げ落ちた。

 

「な、何するんだよ!」

 

げほげほと、咳き込みながら一夏は体を起こしベッドに這い上がる。しかし少女は、一夏が抗議する声はまったく耳に入っていないのか、満面にやり遂げた感を漂わせ、「ふぃ〜」と右手で、額の汗を拭うような仕草をした。

少女の年齢はだいたい十二歳前後。一般的な十二歳女子たちの中でも特に小柄で華奢な体躯と、綺麗な黒髪のボブヘアー、三白眼の鮮やかな赤い瞳を持っていた。

 

「で、一体どうしたんだ?」

 

一夏はこの無謀な目覚ましの理由を尋ねた。迷惑この上ない起こし方ではあったものの、少女からはひとかけらの悪意も感じられない。こうなると叱りつけるわけにはいかなかった。

チラリと見ると、どうやらベッドの脇に置いてある棚に登り、そこからジャンプして体当たりを仕掛けてきたようだ。もしあれが息子に直撃するようであったのなら……と思うとぞっとする。とにかく、二度と同じ真似はさせないようにしようと、まだ痛む腹を押さえながら自分に誓う。

そこでようやく少女は我に返り、借りている宿屋の出入り口の方向を指した。

 

「おとうさん、アルゴさんだよ」

 

「アルゴが?」

 

窓を見る。そこから差し込む朝日の感じでは、朝といってもまだ早い時間のようだ。朝が極端に弱い鼠がこんな時間にやってくるというのは、かなり珍しいことだ。

 

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宇宙港は多くの人でにぎわっていた。

クラップ級巡洋艦“キャリー・ベース“から降り立った篠ノ之箒は、それらの喧噪を特にこれといって興味を向けることもなく、自分たちの目的を果たすためにとある一角を目指した。

連れのシャルロット・デュノアの話によるとなんでも、新造戦艦の進水式にともなって明日には軍事式典が予定されているらしい。

ここ“アーモリーワン“はさきの大戦後、工業内に建設されたプラントで、内部には大規模な軍事工廠も存在する。プラント本国から離れたここラグランジェ4は、コーディネイター、ナチュラル双方のコロニーが併存している中立地帯ではあるが、そんな場所でも堂々と戦いのための新造戦艦を製造しているという事だ。だが、式典に招かれたプラント本国市民たちの顔には、一片の後ろめたさも見受けられない。彼らは興奮した調子で軍艦の必要性を語り合い、自分たちの国家が持つ高い技術力を誇っている。

ある意味それも無理からぬ事ではある━━━と、箒たちは考えていた。

講和条約が締結されたのちも、プラントと地上の旧理事国━━━おもに大西洋連邦の間にはいまだに緊張が続いている。

((C.E.|コズミック・イラ))70に勃発した、地球圏全体を巻き込む大戦は、そもそもナチュラルとコーディネイターの対立に根ざしていた。遺伝子を調整され、生み出されたコーディネイターは、その卓越した能力ゆえに、旧来の人類、ナチュラルの排斥を受け、宇宙にその住処を求めた。それがかつてのプラント━━━Productive Location Ally on Nexus Technology━━━だ。コーディネイターたちは地球の衛星軌道ラグランジェ5に巨大な植民衛生を築き、その高い技術力と宇宙という特殊環境を活かした工業生産やエネルギー生産に従事するようになった。それらは優先的にプラント理事国と呼ばれる地球国家に提供され、対価として宇宙では時給が困難な食料を受け取る。しかし不平等な条件に置かれていたプラントにおいては独立の気運が徐々に高まり、一方、地上においてはコーディネイターを『自然の摂理に背いた許されざる存在』とする思想が、おもに“ブルーコスモス“と呼ばれる思想団体を先鋒として形成されつつあった。

両者の敵意は先鋭化し、そして、ある一点において爆発した。

C.E.70、二月十四日、のちに“血のバレンタイン“として人々の記憶に刻まれる事件が起こる。農業プラント“ユニウスセブン“に、地球連合軍が核爆弾を撃ち込んだのだ。一発のミサイルが一瞬にして、そこに暮らす二十万以上の人命を奪った。今聞いてもぞっとする話だ。

これを受けてプラントはついに、四月一日、ザフト軍による大規模な地球降下作戦に踏み切った。彼らはまず地球の各所に、ニュートロンジャマーと名付けられた、核分裂を抑止する装置を地中深く撃ち込んだ。この装置の敷設により、核爆弾はもちろんのこと、動力を核分裂に求めた多くの兵器が無効となり、同時に地上のエネルギー事情は危機に瀕した。化石燃料の枯渇したコズミック・イラにおいては、原子力発電がエネルギー生産の主体を占めていたからだ。またニュートロンジャマーはその副作用として特定の帯域の電磁波に強く干渉し、無線からレーダー機器まで、電磁波に頼る多くの装置は使用が困難となった。

この状況下でめざましい力を発揮したのが、ザフト軍が開発した巨大人型兵器━━━つまりモビルスーツだ。この兵器はバッテリーによって稼働し、驚くべき汎用性と高い機動性を見せつけた。この新型兵器の投入により、ザフトは物量で圧倒的に勝る地球連合軍との戦いを五分に持ち込んだといっていいだろう。

こうして戦局は膠着化した。地球連合軍側も独自にモビルスーツの開発に手をつけ、戦火は限りなく拡大していくかに見えた。憎しみは新たな憎しみを呼び、ひとつの勝利は新たな報復によって覆される。

 

「あっ、ねねね、箒」

 

と、そこまで記憶の海を漂っていた箒に水をかけるようにシャルロットが声をかけてきた。どうやら何か良いものでも見つけたようだ。

いつの間にか到着していたジャンクショップには、主にモビルスーツなどで使う部品や武器なんかが置かれている。箒たちは現在拠点としているラグランジェ4の建造途中にあるコロニー“プラウド“完成に必要な資材を求めてはるばるこうしてプラントにまで足を運んできたのである。

ちなみにシャルロットが見つけたのは、サイズの関係で店内に置くことができなくなり、そのまま外に出した代物で、シャルロットは画像と詳細が書き込まれた端末内のデータを子供のようなきらきらとした目で眺めていた。

 

「……シャルロット、目的を見失うな」

 

「ちょっ、箒!?」

 

まるでおもちゃを求めてくる子供に対して厳格に諦めさせる母親のようにシャルロットの襟首を掴んで無理矢理そこから引きはがした。

ちなみに、シャルロットが見ていた画面にはモビルスーツ専用装備のパイルバンカー━━━しかもかなりごつい上に値段が高い奴━━━が表示されていた。

こちらの世界に来てからというものの、シャルロットはモビルスーツなどの兵器に対して並々ならぬ興味を抱きだし、ついにはミリタリーオタクと化していた特にパイルバンカーのようなエグいものになると今のように目を輝かせてくるので、箒たちは毎回苦労かけさせている。

 

「えっと、これとこれ、それからそこのをこれだけ頼む。ああ、それと購入したものはラグランジェ4のプラウドに━━━」

 

レジに立っていた店員にあらかじめ渡されていたメモに記された資材とその数を知らせると、最後にプラウドへの輸送も依頼してからカードで支払いを済ませて店を後にした。

始終、シャルロットが「パイルバンカー〜!チェーンマインー!」と泣き叫んでいたが、油を売っているわけにもいかないため早々に立ち去る道を選んだ。というか本当に変わりすぎだと箒は心の中でツッコんだ。もちろん、箒だってこの二年間でそれなりに変化はしたという自覚はある。鈴音も、セシリアも、ラウラも、五反田も、虚さんも、簪も、本音と薫子さん、それから楯無さんは……まあとにかく置いておくとして、とにかく皆それぞれこの世界を通じて大人へと近付いていた。それ自体は良いことだ。

ただ、もうかつてのように子供らしい明るいあの学園生活に戻ることはないのだろうと言うこと、そしてその中に初恋の彼が含まれていないことに箒たちは心のどこかで苦しみを感じていた。

 

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同時刻、箒たちが立ち去ってすばらくしたところでアーモリーワンの宇宙港に到着したアスラン・ザラは、その喧噪に不審と警戒の入り混じった視線を向けた。出迎えに来ていた駐在員が、彼の背後にいる人物に説明する。

 

「新造戦艦の進水式にともない、明日は軍事式典が予定されておりまして……」

 

話し掛けられた人物は紫色の簡素な上下に身を包み、金の髪を振って周囲を見回した。金色に近い褐色の瞳が、複雑な思いを宿して翳る。現在はオーブ連合首長国の代表首長となった、カガリ・ユラ・アスハだ。弱冠十八歳の国家元首は、プラント側の係官に誘導されてVIP用の通路を進みながら、漏れ聞こえる人々の会話を耳にしてやるせない表情になる。

アスランはカガリに身を寄せるようにして、ふとささやきかける。

 

「服はそれでいいのか?ドレスも一応持ってきてはいるが」

 

「な、何だっていいよ!いいだろ、このままで?」

 

カガリは心外そうに口を尖らせて言い返した。そんなところは出会った頃の強気な少女のままだ。アスランは内心、そんな彼女を好もしく思いつつも、抑えた口調で進言する。

 

「必要なんだよ、演出みたいな事も、わかってるだろ?馬鹿みたいに気取ることもないが、軽く見られても駄目なんだ。━━━今回は非公式とはいえ、君も今はオーブの国家元首なんだからな」

 

言われてカガリは押し黙った。その顔を彼女らしくもない沈鬱な表情が覆う。最近の彼女は、よくそういう表情をするようになった。たぶん自分も同じだろう、とアスランは思う。

アスランは小さくため息をついて、戦争の悲惨さなど遠くに置き忘れてきたような人々を後にして、エレベーターに乗り込む。砂時計によく例えられるプラントの支点に宇宙港は造られ、人々の居住区である底部までは高速エレベーターが連絡している。エレベーター内のソファーに腰を下ろしたカガリが、かたわらに立つ係官を見上げ、口を開く。

 

「明日は軍艦の進水式ということだが……」

 

「はい。式典のために少々騒がしく、代表にはご迷惑のことかと存じますが……」

 

慇懃に微笑みかける係官に向かって、カガリは苦い口調で言い放った。

 

「こちらの用件はすでにご存知だろうに、((そんな日にこんなところで|・・・・・・・・・・・・))とは恐れ入る」

 

係官は不興を見せつけられ、焦って表情を硬くする。カガリを守るように立ったアスランは、慎ましげに口を挟んだ。

 

「内々、かつ緊急にと、会見をお願いしたのはこちらなのです━━━((アスハ代表|・・・・・))」

 

第三者の前で、彼らはかつてのように対等に話をすることは出来ない。公には、現在のアスランはカガリの私的な((護衛|ボディーガード))にすぎないのだ。

 

「プラント本国へ赴かれるよりは目立たぬだろう━━━という、デュランダル議長のご配慮もあってのことと思われますが」

 

カガリはちらりとアスランに目を向け、納得いかない表情で黙り込む。その時急に周囲に明るい光が満ち、カガリはガラス壁面の向こうに目をやった。透明なシャフトを通して、眼下に青い海が見えた。明るい日差しを受けて輝く海に、緑の島々が散らばっている。まるで地中海を思わせる風景だ。しかしここに広がる風景はすべて人間が造ったもので、外殻の自己修復ガラスを隔てた外には、真空の宇宙が迫っている。その事実を思うたびに、アスランは感嘆をおぼえずにはいられない。

彼は郷愁を滲ませた表情で、近づいてくる美しい風景を見下ろした。

 

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アスランたちの前で執務室のドアが開いた。秘書官らしき随員と言葉を交わしていたデュランダル議長がこちらに目をやり、カガリの顔を認めると、柔和な笑みを浮かべて歩み出る。

 

「やぁ、これは姫。遠路お越しいただき、申し訳ありません」

 

「いや。議長にもご多忙のところ、お時間をいただき、ありがたく思う」

 

カガリもまっすぐ彼に歩み寄りながら応じ、握手の手を差し伸べる。デュランダルがうやえやしい手つきでその手を握った。そして、カガリの背後ですばやく室内の危険をチェックしたアスランに目を留める。アスランはその凝視が長すぎたような気がして、内心不安を覚えた。普通VIPは随員になど視線をやらぬものだ。いまは偽名を名乗り、顔を濃いサングラスで隠してはいるが、ここはかつて彼の属した場所だ。デュランダルとは面識がなかったはずだが、メディアなどでアスランを知っている者は多い。

 

「━━━で?この情勢下、代表がお忍びで、それも火急なご用件とは一体どうしたことでしょうか?」

 

デュランダルが上滑りに聞こえるほど快活に訪ねる。むろん、こちらの用件など聞く前から知っているに違いないというのにだ。

 

「我が方の大使の伝えるところでは、大分複雑な条件の案件のご相談、とのことですが?」

 

カガリは強い目で相手の端正な顔を見つめた後、ふいに、脱力したように低く呟く。

 

「……私には、そう複雑とも思えぬのだがな」

 

そして投げやりにさえとれる挑戦的な口調で、こう言った。

 

「だが、未だにこの案件に対する、貴国の明確なご返答が得られないという事は、やはり複雑な問題なのか?」

 

「ほう……?」

 

室内にいる双方の随員たちが、彼女の喧嘩腰な物言いに緊張した表情になるが、デュランダル議長は気を悪くした風もなく、興味深げに首を傾げる。カガリは正面から相手の目を見据え、告げた。

 

「我が国オーブは再三最四、かのオーブ戦の折にモルゲンレーテから流出した技術と人的資源の、そちらでの軍事利用を即座に止めて頂きたい、と申し入れている」

 

大戦前より、オーブは中立の立場を取り、コーディネイターを差別しない、地球上において数少ない国家だった。そのために、地上で排斥されたコーディネイターのほとんどが宇宙を目指したのちも、彼らの一部がこの国にとどまった。だが地球連合軍の侵攻にともなき、安住の地は失われ、彼らの多くがプラントにその行き場を求めた。

それはしかたのないことだ。そして本来、国を見限った国民が他国でなにをなそうと、こちらが口出しできることではない。だが、カガリやアスランが危惧するのは、終戦協定締結後も各国が軍備の増強に歯止めをかけようとしないことだった。さきの大戦であやうく自分たちが滅びかけたというのに、人々はその恐怖を忘れたようになおも自らを焼く火を手放そうとしない。そんな世界の流れを押しとどめたい━━━それがカガリの強い願いだった。

だがそれだけにとどまらず、この案件にはさらに複雑な要因があった。

デュランダルははぐらかすような笑みを浮かべ、黙ってカガリの要請を聞いていた。その表情はまるで、やんちゃな子供のいたずらを大目に見る教師のものだった。アスランは密かに、この会見の結末を予想して暗澹たる気分になった。

 

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アスランとカガリはデュランダル議長に伴われて司令部を出た。突然、議長が工廠を案内しようと言い出したのだ。周囲には((格納庫|ハンガー))が建ち並び、ときおり広い路面をモビルスーツが地響きを立てて横切る。アスランはカガリの後ろにぴたりとついた。あたりは明日予定されておる式典のためだろう、ひどくごった返している。

アスランはきびきびと動く兵士たちや、オイルの匂い、雑然とした雰囲気の中に身を置き、郷愁のようなものを覚えた。かつてはここが自分の属する場所だった。警戒のために周囲を見回しながら、その目はついつい、モビルスーツの方に言ってしまう。ジンやシグーは自分が現役の時と変化していないようだが、ゲイツは腰部両側の((アンカー|エクステンショナル・アレスター))がレールガンに喚装されている。薄黄色の戦車タイプに変形する機体は、おそらくザウートの次世代機だろう。

 

「姫は先の戦争でも、自らモビルスーツに乗って戦われた勇敢なお方だ」

 

デュランダルは行き交うモビルスーツや、((格納庫|ハンガー))の中をまきおり指さして解説しつつ、この行為を言い訳するするように言った。

 

「また最後まで圧力に屈せず、自国の理念を貫かれたウズミ様の後継者でもいらっしゃる」

 

父の名を持ち出され、カガリはやや感傷的な表情になる。

 

「━━━ならば今のこの世界情勢の中、我々がどうあるべきかは、よくお分かりのことと思いますが……」

 

デュランダルのほのめかしに対して、カガリは硬い声で答えた。

 

「我らは自国の理念を守り抜く。それだけだ」

 

「他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しない?」

 

「そうだ」

 

うなずくカガリを、笑みを含んだ目で見やり、デュランダルもうなずく。その整った顔は絶えず穏やかな笑みを浮かべ、どこか聖職者を思わす。

 

「それは我々も無論、同じことです。そうであれたら、一番よい」

 

しかし彼はもの柔らかな笑顔のまま、こう続けた。

 

「━━━だが、力なくば、それは叶わない。━━━それは姫とて……いや、姫の方がよくお分かりでしょうに?だからこそオーブも軍備は調えていらっしゃるのでしょう?」

 

力なくば叶わない━━━むろん、カガリもそれは理解しているはずだった。力のない者の言葉など誰も聞こうとはしない。そして、さきの大戦で力のない者がいかにたやすく滅ぼされたか━━━。

だが、彼女は相手の言葉に反抗するように、突然ぶっきらぼうに言い返す。

 

「その、“姫”というのは、やめていただけないか」

 

デュランダルは虚を衝かれたように目を見開いた後、笑いをかみ殺しながら頭を下げる。

 

「これは失礼しました。━━━((アスハ代表|・・・・・))」

 

カガリは憤然とした表情で相手を睨んだが、引き下がった。歩を進めながら、デュランダルは中断された話の続きを口にする。

 

「━━━しかし、ならば何故?……何を怖がってらっしゃるのですか、あなたは?」

 

カガリは見透かすような言葉に反応して、頭を上げる。

 

「大西洋連邦の圧力ですか?オーブが我々に条約違反の軍事供与をしている、と?」

 

カガリの顔色が変わった。それが図星だったからだ。デュランダルはそれを見てとりながら、理性的な言葉を紡ぐ。

 

「━━━だが、そんな事実はむろん、ない。かのオーブの防衛線のおり、難民となったオーブの同胞達を、我らが温かく受け入れたことはありましたが……」

 

工廠で作業していた技官のうちにも、カガリの顔を見て反応する者がいた。現在、話題とそれている元オーブ国民だろう。

 

「その彼らがここで暮らすために、持てる技術を活かそうとするのは、((仕方のないことではありませんか|・・・・・・・・・・・・・・・))?」

 

デュランダルの言うことは正論だ。たしかにオーブが条約に違反してプラントに加担しているなどという事実はなく、大西洋連邦の指摘は言い掛かりに近い。

だが現在、オーブは微妙な立場にある。かつて言い掛かりに近い題目のもと、大西洋連邦の占領下に置かれたかの国は、独立したとはいえ、以前ほど不可侵の立場にいない。それは“オーブの獅子“と呼ばれていた傑物、ウズミ・ナラ・アスハを失ったためであもあった。カガリはその娘であることと、“第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦“での働きを喧伝されたことから、代表首長の地位に押し上げられただけにすぎない。そんな彼女に断固として大西洋連邦の圧力をはねのけるだけの力はない。そして、戦禍の癒えないオーブを守るためには、好むと好まざるとにかかわらず、大国につけいる隙を与えるわけにはいかないのだ。

そしてそれ以上に、カガリが憂えるのは現在の世界が向かう方向だった。彼女は思い詰めたようにデュランダルへと向き直り、拳を握って叫ぶ。

 

「だが!強すぎる力はまた争いを呼ぶ!」

 

プラントに放たれた核の火、ジェネシスから迸った死の光━━━それらによって奪われる命を間近に見てきた彼女は、死の道具を続々と生み出そうという行為を黙って見ていることができないのだ。それは、アスランも同じだ。

だがデュランダルは動じる気配もなく、ゆるやかにかぶりを振る。

 

「いいえ、姫。((争いがなくならぬから|・・・・・・・・・・))、((力が必要なのです|・・・・・・・・))」

 

カガリは言葉をのんで立ち尽くす。その時、警報が鳴り響いた。

 

「━━━なんだ……?」

 

二人は対決を忘れ、周囲を見回す。不吉なサイレンの音は鳴り止まず、工廠内の兵士たちはにわかに緊迫した表情で事態を把握しようと動き始める。アスランもカガリのそばに寄って、辺りに油断なく目を配った。

━━━と、一棟の((格納庫|ハンガー))から、巨大な扉を貫いて数条のビームが放たれた。扉は吹っ飛ぶように溶け落ち、ビームの飛び込んだ向かいの((格納庫|ハンガー))でなにかが誘爆する。

 

「カガリ!」

 

アスランはとっさにカガリを抱いて物陰に飛び込んだ。爆風がさっきまで彼らのいた道路を駆け抜けていく。

 

「なに……っ!?」

 

もがくように身を起こしたカガリが呆然と声を上げる。デュランダル議長も随員たちにかばわれて無事だった。

━━━なにが起こったんだ!?

アスランは物陰から顔を出して、爆発の方向を見やった。風に吹き流されていく爆煙の陰から、巨大なシルエットが現れる。

 

「カオス、ガイア……アビス!?」

 

かたわらに身を低くしていた議長の随員が、煙の中から歩み出た三機のモビルスーツを目にして驚愕の声を上げる。二つの目と二本の角を持つ特徴的な頭部、ジンなどと比べてすらりとした直線的なフォルム。それぞれ特殊武装を施されてはいるものの、その基本的なデザインは見間違えようがない。

 

「あれは!」

 

アスランが思わず絶句し、カガリが愕然と呟いた。

 

「……ガンダム……!」

説明
PHASE-01 戦火の火種

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2019 1956 2
コメント
名無しのごんべさんへ 声優がシャアだっただけに期待は大きかったですよね。なのにあの負債という奴は……!嫁は次回出しますが、テスト期間中なので今週か来週の土日になります。(アインハルト)
議長の会話が脳内再生余裕……まだまともだった頃、先が楽しみだった頃のデスティニーを思い出すたびに「どうしてこうなった」と思わざるを得です。ところでヒロインさんマダァ-? (・∀・ )っ/凵⌒☆チンチン(名無しのごんべい)
弥凪・ストームさんへ いつもわたくしめの作品にコメントしてくださってありがとうございます。力のない国の結末は、歴史が証明してくれてますからね。こちらでも現実でも(アインハルト)
続き楽しみにしてました・・・・・・確かに議長の言う通り力は必要ですね。自分にとって大事な存在を守るのを特に(弥凪・ストーム)
竜羽さんへ まあ確かにそうなんですが……省くと文字数がほんと微妙なもので……それにこの時点だと全体的に原作の問題点は無いので、オリジナルがくるとしたらもう二、三話先ですかね(アインハルト)
やっぱりなんというか、ISしか知らないからよくわからないところがあるんですよね。ガンダムのところは原作通りならすっ飛ばしたりしたほうがいいともいます(竜羽)
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