真・恋姫?無双 〜夏氏春秋伝〜 第五十五話
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小宴会の余韻も日の光も完全に消え去った夜。

 

許昌外れの森は、その時間に不釣り合いな程の人のさざめきがあった。

 

満月では無いとは言え月は確かに出ている、はずである。今は、覆いかぶさる雲がそんなささやかな月の光さえも遮っているのだ。

 

原始の恐怖を誘う深い闇に包まれ、そこに集った者達はどうしても誰かと会話を交わして恐れを紛らわさずにはいられなかった。

 

「なぁ、なんで俺たちが呼び出されたか、聞いてるか?」

 

「さぁな。でもよ、パッと見、古参ばっかだよな」

 

「夏候両将軍の部隊の奴、徐晃将軍の部隊の奴……本当だな」

 

「ったく、何だってんだよ!意味が分かんねぇよ!」

 

大した説明も無いままにこのような場所に集められたとあっては、時間が経つに連れて不満が貯まっていくことは当然のこと。

 

誰からともなく噴出し始めた不満は急速に集団全体に広がっていく。

 

やがて痺れを切らした者が帰ろうとし始めたその時だった。

 

「召集に応じてくれたことに感謝する、諸君」

 

どこからともなく、静かに響く声が聞こえてきた。

 

その声の発信源を誰も見つけることが出来ず、皆が一様にきょろきょろと辺りを見回す。しかし、そんな状態にあってもその声は止まらない。

 

「150弱……どうやら目を付け、声を掛けさせた者の大半は来てくれているようだ。そして、これ以上待とうとも、もう誰も来ないだろう。

 

 ならば、ここらで始めるとしようか」

 

言葉が途切れると同時に、前方の木陰、その闇の中から一人の人影がスッと音も無く歩み出てくる。

 

全身を黒い衣に包んだその男を、初め集団は誰だか認識出来なかった。

 

だが、雲が晴れ、梢の間から漏れる月の光によってようやくその顔がはっきりと見えた。

 

「ほ、北郷様!?」

 

「北郷様が我々を集められたので?一体どのような――うぉわっ!?」

 

黒衣の男、一刀に問い掛けようとした兵がその途中で驚きに仰け反ってしまう。が、それも無理の無いこと。

 

月の光によって見えるようになってきたのは一刀だけでは無かった。いつの間にか黒衣に身を包んだ者たちがその集団を囲むように立ち並んでいたのだ。

 

彼は集団の端の方にいたわけだが、そうなると当然彼らにいち早く気付くことになり、認識していない人物が突然現れたことに思わず驚声を上げてしまった次第である。

 

驚いたのは彼1人では無い。外周の者から順繰りに、彼らに気付いた集団の者は皆驚きの色に染まっていった。

 

「まず本題に入る前に言っておきたいことがある。これから話すことは、ここに呼び出されたことも含めて口外厳禁とする。

 

 ちなみにこれはお願いでは無い。命令だと理解してくれ。

 

 ただ、勘違いしないで貰いたいのだが、別にこれから話す内容を強制しようという訳では無い。

 

 受けないならば今日のことは綺麗さっぱり忘れろ、というだけだ」

 

集った兵達の動揺などどこ吹く風、冷たさを感じるほどに淡々とした一刀の声が通る。

 

その声色は夕方の会で聞いたそれとは全くの異質と言ってもいい程で、その余りのギャップに皆呑まれてしまう。

 

彼らは状況が掴めないながらもどうにか一刀の口から紡がれる情報を脳内で咀嚼し、理解に励む。

 

「さて、では本題に入ろうか。諸君らの周囲にいる者達、彼らと俺、さらにこの場には居ない者も幾人かいるが、これらを合わせて我等は黒衣隊と呼ぶ組織を構成している。

 

 聞いたことが無いのも当然だ。我等は秘匿部隊。その存在は長官たる荀ケ殿、前長官である夏侯淵殿にしか知らされていないのだから」

 

この期に及んでもまだ彼らには何も察しがつかない。

 

そもそも彼らは夕方の小宴会の場にて唐突に一言だけを投げかけられただけなのだ。国を想う気持ちがあるならば日の落ちた森に来い、と。

 

そして何よりも彼ら自身が、秘匿部隊がどうして彼らを秘密裡に集めたのか、その理由に全く思い当たるところが無かったからである。

 

「諸君らを集めたのは他でも無い。有体に言えば我等が隊への勧誘だ。

 

 今日は少なくとも諸君らが選ばれた理由、そして我等が隊の一員となる利点、欠点を話そう。

 

 まず、諸君らが選ばれた理由だが、これは二つの要員から成る。

 

 一つ、魏という国、或いは曹操様、はたまた仕える将軍、いずれかに対し深い忠誠を持っていること。一つ、言わずもがな、腕が立つこと。

 

 前者は隊の性質上、絶対条件だ。後者は絶対では無いが、あらゆる意味での安全を考えた上で設けてある。

 

 まあ分かるとは思うが、選ばれた諸君らは特に優秀だと言う事だ」

 

通常であれば喜びに胸を高鳴らせるような言葉にも、今は只々不気味さを感じるのみ。

 

話す一刀が不安定な月光の中、微笑すら浮かべずに語り続けているからなおさらである。

 

しかし、皆その異様な雰囲気に呑まれたか、ざわめく様子は無い。

 

「次に利点、欠点だが……まず非常に大きな欠点を言っておこう。

 

 我らが隊の任務は、他のどの部隊と比べても各段に難易度が高いものが多い。当然、それに比例して危険度も高く、死の危険が付き纏うものだと考えてくれ。

 

 それと同時に、我らが隊の働きは基本的に誰にも周知されない。されてはいけない。最悪の場合、誰に知られるとも無く朽ち果てることになるだろう。

 

 対して利点だが、給与の面で言えば、比較にならないくらい上がると思ってくれていい。それだけ危険なのだからな。

 

 そしてもう一つ。我等の隊は魏という国が覇道を進む上での確かな礎となる。縁の下の力持ちを地で行くようなものだ」

 

耳を傾ける兵のほとんどが思う。利点よりも欠点の方が大きいのではないか、と。

 

それはそうだろう。きっと普通であれば誰しもがそう考える。一刀自身ですらも。

 

「欠点ばかりが目立ちすぎると思うか?利点が余りに薄いと感じるか?案ずるな、それが普通だ。

 

 だが、我々は敢えてそれらを受け入れ、この隊に身を捧げている。理由はただ一つ、我等が受けた恩義に報いんがためだ。

 

 現隊員は皆、夏候両将軍に、更に遡れば皆が夏候家に仕えていた者たちだ。

 

 我等は両将軍の恩義に報い、その夢を、曹操様の覇道を支えんとするその願いを支えるためにここまで来た。

 

 分かるか?この隊の一番の利点は、大きな貢献をもって返すことが出来ることにある。

 

 勿論、考え方が合わない者もいるだろう。死を賭して行うようなものでは無いと思うものもいるだろう。

 

 そういった者は初めにも言った通り、この申し出を断ってくれればいい。但し、必ずこの隊の存在を忘れろ。ただそれだけ、罰など無い」

 

ここまで話が進んでようやく集められた兵達に声が戻る。

 

とは言っても、ただ困惑にざわめくのみ。誰も建設的な話など出来てはいない。

 

そうしている内にポツリポツリと事態を飲み込み始めた者が出始めた。

 

その中の1人が一刀に問いを投げかける。

 

「北郷様、一つよろしいでしょうか?」

 

「何だ?言ってみろ」

 

「その部隊の主な任務とはどのようなものなのでしょうか?私には戦場に出ること以上に危険な仕事に想像がつかないのですが……」

 

「ふむ、そうだな……それはここで伝えるべきか否か、迷っていたのだが……やはり必要だろうな。

 

 だが、これも他言無用だ。そのつもりでいてくれ。

 

 我等が隊の任務はこれといった特定の種類のものが無い。だが、優先度を高く見ている任務は三種ある。

 

 一つ、優先して収集しておきたい勢力への間蝶、草。これには年単位で任務に就いてもらうこともある。

 

 一つ、戦場において重要度の高い工作任務。工兵の行うようなものでは無いぞ。時として敵陣に数人で潜入工作させることもあるだろう。

 

 もう一つは……これはさすがにこの場では言えないか。入隊した暁には改めて話すことにしておこう。

 

 ちなみにこういった任務を優先する事情から、隊員には普段の調練とは別枠でこの森にて俺の訓練を課している。

 

 主に隠密訓練と対人戦闘訓練だ。その成果は先程既に皆その目にしただろう」

 

なるほど、隊員の誰一人として集められた兵達に気取られる事なく潜んでいたのだから、兵達にもその隠形技術は相当なものだと分かる。

 

戦闘技術の方は判然としないが、周囲の隊員の中には前線部隊によく見る顔がちらほらとある。

 

幾度も前線に出て帰還を果たす。将であればともかく、一般兵でそれを為せば十分に戦闘能力が高いと言えるだろう。

 

つまり、一刀は口では危険、危険と言いつつも、それ相応のリスクコントロールを行っている。その裏付けと言えた。

 

一刀の返答の後、兵達の間にざわめきはあれど再度質問が飛ぶことは無かった。

 

一刀が何度も念を押したように、黒衣隊は命の危険が非常に大きい。この選択は相当に重いものだ。それ故にこの場で結論を出してもらうつもりはさらさら無い。

 

だからこそ、一刀はここでこの日の話を締めにかかった。

 

「諸君らには数日の間、この件を考えてもらいたい。今日話した内容をよく吟味してみてくれ。五日の後、受ける者のみ今日と同じ時刻にここに来て欲しい。

 

 あと、最後にこれだけは言っておこう。

 

 俺達、黒衣隊員は死を厭わない。この命が覇道の礎となるならば、それこそが本望。それだけの覚悟を持っている。ここは、そういう隊だ」

 

重く、静かに、心の底に響くその声、言葉。

 

思わず見つめたその目には、余りにも強い覚悟をも見て取れる。

 

そしてそれは周囲の者にしても同じこと。

 

無言のプレッシャーをすら感じるそれらに、集った兵達は再び息を呑まされてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

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一刀の説明の後、兵達は三々五々街へと帰っていった。

 

急遽集まってくれた隊員達にも労いの言葉を掛けて解散を言い渡した。

 

いつもの通り、各々ばらばらに散って街へと戻っていく。

 

最後に一刀が軽く周囲を見回ってから帰ることで、ようやく森から全ての人物が捌けた。

 

住民が寝静まった許昌を静かに歩く。

 

本来ならば誰もいないはずの道、その向こうから一刀に近づいてくる人影が2つあった。

 

「おお、一刀。こんなところにいたのか。探したぞ」

 

「やあ、一刀。ふふ、きっとこちらの方に来れば会えると思っていたんだ」

 

「春蘭。秋蘭。もう随分と遅い時間だけど、どうかしたの?」

 

近づいてきた2人、春蘭と秋蘭に一刀が問う。

 

すると、秋蘭が手に持っていた小さめの瓶を少し掲げて示した。

 

「良い酒が手に入ったのでな。一献どうかと」

 

「なるほど、それはいいね。なら俺もご一緒させてもらおうかな。それで、どこに?」

 

「うむ、四阿にでも行こうかと思っていたんだがな」

 

そう言った秋蘭の視線は上方、空に浮かぶ月に向けられていた。

 

その視線を追った一刀もまた秋蘭の言わんとするところを理解する。

 

「折角だ。城壁の上にでも行って飲もうか」

 

「うむ、それがいいな。姉者もそこでいいか?」

 

「ああ、それでいいぞ」

 

「よし。なら行こうか」

 

行き先が決まり、3人が並んで歩き始める。

 

街の静かな雰囲気に引っ張られ、言葉少なに歩みを進めた3人は、やがて目的の場所へと至った。

 

少しだけ近くなった月を眺めつつ、酒をそれぞれの盃に注ぐ。

 

無言で互いに盃を少し掲げてから酒を呷ると、秋蘭がいい酒と言うだけあって普段のものよりも口当たり良く感じられるものだった。

 

「こうして静かに月を見ながら酒を飲むというのもまた、乙なものだな」

 

「だなぁ」

 

先程まで断続的に月を覆い隠していた雲はすっかりと晴れ、淡い月光が3人に降り注いでいた。

 

雰囲気が雰囲気だからか、春蘭のいつもの騒がしさも影を潜めている。

 

「なあ、秋蘭。この酒、どこで手に入れたんだ?」

 

「そう言えば姉者は知らなかったか。これは華琳様から頂いたものなんだ。

 

 お聞きになったより上質な酒造法を試して御自分で作られたとのことで、味見と感想を求められてな」

 

「そうだったのか。道理で美味いわけだ」

 

「成る程、華琳が、ね。これで十分美味いけど、きっとまだまだ満足してないんだろうなぁ」

 

「ふふ、ああ、そうだな。あの方はどんなことにも手を抜かない方だから」

 

ゆったりと流れる時間の中、華琳の酒に舌鼓を打ちつつ、時折談笑を交わす。

 

久しく感じていなかった平穏な空間は、誰にとってもやはりとても心地よいものだった。

 

「昨日のように騒がしいのも楽しいが、私はやはりこうして姉者や一刀とゆったりしているのが性に合っているようだよ」

 

「秋蘭は騒がしいタイプ……ごめん、方向性の人間じゃないからね」

 

「久しぶりに聞いたな。天の言葉を。なあ、一刀。未だに口走ってしまうということは、やはり大陸の言葉は慣れないのか?」

 

そう問う秋蘭の顔にはどことなく少し不安そうな色が浮かんでいる。

 

隣で聞くともなく耳を傾けている春蘭はそうでも無いようだが、色々と考えてしまう秋蘭としては生まれ育った地の言葉を一刀が受け入れきっていない可能性に寂しさを感じているのかも知れない。

 

「いや、そうじゃないよ。そうだな、どう言えばいいのか……

 

 大陸で言う大秦の言葉には、一つの単語で含みを持つ言葉が多いんだ。意味の幅が広い、って感じかな。

 

 それが便利でさ、俺が元居たところではそれらの言葉が日常の至るところで使われていた。

 

 物心付いた頃からずっと触れてきた言葉がそうなってるから、未だに気を抜けば使ってしまうってだけなんだよ」

 

「そういうことだったのか。理解したよ」

 

薄くも柔らかな笑みが秋蘭の顔に広がる。

 

それは図らずも一刀をも安らげる結果を生んでいた。

 

再び静寂が場を覆い、酒を呷る際に生じる衣擦れの音が耳に届くようになる。

 

沈黙が苦にならない。それは一つの理想的な関係を築けていると言えるだろう。

 

「これで満月であれば言うこと無しだったんだがな」

 

その静けさにそっと添えるように、秋蘭が呟くように口にする。

 

確かにそれはある、と思いながらも、一刀は敢えてそれに反論を加えてみた。

 

「今夜の月もいいじゃないか。上弦の月、月が満ちる過程の丁度中間の月。

 

 今の俺達を表しているようだと考えれば、むしろ好ましい」

 

「ふむ、そう考えるのか、一刀は。ふふ、着眼点が面白いな」

 

漠然と、直感で思ったことを並べてみた会話。

 

そこに春蘭が思いもよらぬ問いを投げ入れてきた。

 

「なあ、一刀。私達はまだ夢への道を半分しか進めていないのか?」

 

「半分ってのは物の例えだよ、春蘭。

 

 でも、そうだね……まだまだ華琳の覇道が行き着く時は遠い先だろうね」

 

「だが、霞や恋が仲間となり、凪や梅も強くなってきているではないか。それに河北四州も手に入れたんだろう?」

 

「確かに麗羽達に勝ったとは言え、河北四州を直ぐ様魏の完全な支配下に出来るわけじゃ無いよ。

 

 それぞれの土地をちゃんと調べて、改めて各地の行政管理を作り直さないと。

 

 治安や税の問題、他にも土地特有の問題があるところもあるかもしれない。

 

 その辺りをよく理解してそうな斗詩が下ってくれているとは言え、いくら桂花達でも短時間でこれらをどうにかは難しいよ。それに……」

 

言い淀んだ一刀に春蘭、秋蘭が目を向ける。と、一刀の目は僅かに鋭くなっており、空気もまた僅かばかり緊張したものを纏っている。

 

「少なくとも1人、今後長きに渡って厄介そうな人物がいるからな……」

 

一刀が誰について言っているのか、2人には判然としない。だが、一刀が本気で懸念を抱いていることは伝わってくる。

 

無意識の内にゴクリと唾を飲み込んでいた。

 

そこでふと一刀は2人の様子に気付き、苦笑する。

 

「あぁ、ごめん、2人とも。今くらいはそんなことは忘れよう。折角のお酒が不味くなる」

 

空気が弛緩し、穏やかなものへと戻る。

 

それはシリアスな話の終了の合図となった。

 

「そうだ。一刀、よかったら十文字についてもう少し詳しく教えてくれないか?」

 

「ああ、いいぞ。細かい部品の調整は真桜任せだけど、大まかな構造や運用法なら答えられる限り幾らでも」

 

「ありがたい。それでは――――」

 

それからの話題は十文字に始まり、火輪隊、真桜の拵えた新しい七星餓狼、季衣たちのこれからの訓練法など。

 

静けさと緩やかさを愛でる時間は終わり、3人らしい会話へと移っていた。

 

その小さな酒宴は持ってきた華琳の酒が底を突くまで密やかに続いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

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それから五日が過ぎた。

 

黒衣隊員は言わずもがな、あの森に集められた兵達も表向き普通に過ごしていた。

 

幾人が本気で考えているかは分からない。だが、時折隊員の下に密かに訪ねてくる者もいた。

 

尋ねる内容は種々様々。だが、不思議なことに給金についての詳しい説明を求めるものはほとんどいなかった。

 

これらは全て一刀に報告が上がっており、一刀はそこから何を読み取れるかを考えていた。

 

隊の本質を理解した上での前向きな視線の現れと取ることも出来る。一方でただあれだけ強調する危険度というものを好奇心で知りたいだけのようにも取れる。

 

結局、これらから結論を出すには早計だと考えることにしていた。

 

どのくらいの人数が最終的に集まるか、その時になるまで分からない。或いは0人の可能性もあり得る。だからこそ、桂花への報告はまだ行っていなかった。

 

そして五日目のこの日。

 

日が落ち、約束の時間が迫り、一刀は黒装束に身を包む。

 

いつも通り誰にも気取られぬよう街を抜け出し、森へと向かった。

 

予定としては5割も賛同してくれていれば十分。もし賛同者が2〜3割、或いはそれ以下だった場合、新たに候補者を選定して募らねばならない。

 

ただ、五日前に一刀自身が言った通り、候補者選定の基準を厳しくしているために実際にそれを行うのは難しいだろう。

 

かと言って基準を下げるようなことは出来ない。それは後々に大惨事に繋がりかねないのだから。

 

予定通りに進んでくれ。無意識にそう祈りながら歩を進め、森へと入る。

 

少し奥まで入ったところで現隊員達と合流、召集ポイントへと向かう。

 

やがて一刀達の前方に現れた光景は―――黒山の人だかり、そう表現するにピッタリの光景だった。

 

予想以上に再び集った兵の数が多い。ざっと目算で100人強、実に6割の兵が来た計算になる。

 

「随分と……多いな。これは真に理解してくれた上で、だろうか?」

 

「どうでしょう?以前報告時にも申しました通り、私の下に来た者はそのように感じたものですが……」

 

「ともかく、行こう。配置は前回と同じだ。一応最終選定を掛けることにしておく」

 

「はっ」

 

一刀の言葉を受けて隊員達は散開。木陰の闇に溶け込んで気配のない包囲網を築いた。

 

「よくぞ再びこの場に集ってくれた、諸君。まずは諸君らの忠誠心と愛国精神に感謝したい」

 

準備が整う頃合を見計らい、一刀は前回同様、台詞と共に木陰から兵達の前に姿を現す。

 

一度経験しているとは言え、兵達もまだ慣れたものではなく、幾人もの兵が一刀の登場にビクッと首を竦ませていた。

 

「これだけの者が残ってくれたことは素直に驚いている。が、それ故に僅かながらこちらに不安も生じてしまったことも事実だ。

 

 そこで、今この場でまだ伝えていない事実を伝え、最後の念押しをしようと思う」

 

ここで一刀が取った間に、兵達が唾を飲み込む。

 

そして、覚悟を決めて集った兵達に最後の一石が投じられた。

 

「我等が部隊の主な任務の一つ、間蝶。これを行うに当たり、表の間蝶部隊の者達には決して任務を回さなかった勢力が3つある。

 

 一つ、袁紹。一つ、劉備。一つ、孫堅。当時、或いは後々に一大勢力となる勢力だ。

 

 この内、袁紹と劉備の勢力への間蝶には特に問題は無かった。我等の鍛錬で通じてくれたということだ。

 

 だが……孫堅の治める地、長沙及び建業。これが余りにも固かった。

 

 始めに送り込んだ者は既定の日にちを五日過ぎても戻ってこなかった。恐らく捕殺されたのだろう。

 

 それを受け、今度は2人を送り込んだ。十分に気をつけるように念を押した上で。しかし、これも失敗に終わる。どちらも終ぞ帰ってこなかった。

 

 そこで我々は方針を変えた。徹底した情報収集はかの地では不可能と判断し、危険を感じた時点での撤退を踏まえて新たに1人を送り込んだ。

 

 もう諸君らにも予測が付いているか?そうだ、この者も捕殺されてしまったようなのだ。

 

 いよいよもって切羽詰ったわけだが、それでも間蝶を止めるという選択肢は有り得ない。

 

 より一層の警戒、引き際の見極めを言い聞かせた5人目の間蝶、その者はどうにか生還を果たすことが出来た。が、満身創痍だった。

 

 這う這うの体で持ち帰った情報も十分とは言えなかったが、そこでようやく事前に対策が立てられるようになったということだ。

 

 分かるだろうか?彼の地に赴けば捕殺されてしまう可能性が非常に高いと、例えそう分かっていようとも我等は躊躇なく任務を言い渡す。行かねばならない。

 

 殉職した彼らは周囲にはそうだとは知られていないだろう。口さがない者達は或いは逃げたとすら言っているかも知れない。

 

 例え国を思い、任務に殉じても、そんな誹りを受ける可能性は大いにある。

 

 諸君らに問う。諸君らはそれだけの覚悟を持てるか?黒衣隊に入るとは時として表の人生を捨てるに同義だぞ。どうだ、諸君。それでもこの場に残るのか?」

 

通算生存率0%の任務をも言い渡す。実際の数字を踏まえたそれはこの上ない脅し文句だった。

 

なのだが。集った兵達は小揺るぎもしない―――ともいかず、流石に気圧されたように半歩引く者が多数存在した。

 

しかし、それまで。一刀の脅しに怖気づいて逃げ帰る者はなんと零人だった。

 

元より覚悟は決めてきた。それが少しばかり重くなっただけだ。彼らの瞳はそう一刀に訴えかけてきている。

 

それらの視線を受け止めて、一刀は口角を吊り上げた。

 

「諸君らの覚悟、確と見届けた。ならば、今ここに諸君らを黒衣隊新隊員と認めよう。

 

 そして、我等に力を貸すその決意に改めて感謝したい。ありがとう」

 

一刀のそれと同時に周囲を囲む現隊員達が一斉に頭を下げた。

 

一糸乱れぬその様と何より一刀のその行為にこの場の時間が一瞬凍りつく。

 

だがそれは都合が良かった。これ幸いに一刀が最後の通達事項を述べる。

 

「諸君らの鍛錬班は追って通達する。当面は隊に必要な基礎技術の習得、強化となる。

 

 本日の通達は以上だ。何かあるか?」

 

当然といえば当然だが、手は上がらない。何せ彼らはまだ隊のノウハウどころか鍛錬内容すら知らないのだから。

 

この日はこのまま解散となり、各々許昌の街へと帰っていった。

 

 

 

今はまだ黒装束すらも用意出来ていないが、直ぐに全員分が用意されるだろう。

 

黒衣隊専用武器とも言える苦無も真桜に増産を頼んである。

 

初回の候補者選定で十分な数を補えたのは僥倖だった。

 

優秀な彼らであれば短期間で必要な技術の吸収を終えてくれるであろうから。

 

新たに百名程を加えて百五十余名に。

 

ここに新生黒衣隊が始動した。

 

説明
第五十五話の投稿です。


※割と大事なお知らせ
 今回の3ページの内1、2ページ目と3ページ目の時間が離れています。
ただ、話の流れの都合上、今話をこの形にした方が読みやすいものと思いました。
結果、次話(、もしかしたら次々話も)は2ページ目と3ページ目の間に入る形となります。
2〜3話の間、もしかしたら会話の時系列が前後するかも知れませんが、どうかご了承ください。
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コメント
あー明命と思春は隠密属性でしたね…ここの外史だと孫堅さんもご健在ですから勘で「あ、入って来たな」とか感じそうなので相当厄介なんでしょうねぇ…(はこざき(仮))
>>naku様 汚れ仕事を目に付く端から頭ごなしに批判する人が多いことこそも平和ボケの症状の一つなんでしょうね。どれだけ清廉を謳っている国でも、そういった汚れ役、裏役は必ずいるものですからね。日の目は浴びずとも、賞賛されてしかるべきかと思います。(ムカミ)
>>クラスター・ジャドウ様 明命は無音、無気配で忍び寄り、気づかぬ間に死を与える。思春は姿の見えぬまま周囲から小さく、しかし確かに響く鈴の音で精神力から殺される。非常に恐ろしい2人組ですね(ムカミ)
>>nao様 まさしくそれですね。原作三国の中で唯一諜報活動を行う将がいる国。敵に回せばなんとも厄介な相手です(ムカミ)
…むぅ、諜報活動に一番力を入れているのは呉だからなぁ。周泰は卓越した技量とは裏腹に「猫」と言う明確な弱点があるが、甘寧の方は諜報技量は周泰に劣る代わりに隙や欠点を突きにくい…。強いて挙げれば思考が武人気質な所為で、隠密活動時にも存在を誇示してしまう点だが、その程度で諜報員が逃げ切れりゃ世話は無い訳で…。(クラスター・ジャドウ)
呉は思春と明命がいるからな〜捕殺される可能性が高すぎる^^;(nao)
>>アルヤ様 ありがとうございます。最初は時系列通りにいこうとしたのですが、どうにもいい構成を思いつかなかったもので。納得していただけて幸いです(ムカミ)
確かにこの話はこの構成の方がいいですね。(アルヤ)
>>本郷 刃様 人数が少なすぎましたので選別して増員、との運びですね。それでも少ないのは、まあ少数精鋭と言う事でw 黒衣隊には今後も頑張ってもらいましょう!(ムカミ)
新たな戦への準備として黒衣隊を強化しましたか・・・物語上評価されない彼らの活躍に一読者として期待しております!(本郷 刃)
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