【C87】サンプルケース: 天龍
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 冬の波濤は入り組んだ湾に寄せる先からその勢いをそがれ、鎮守府前の港にたどりついた頃には沖合いの荒々しさはずいぶんとなりをひそめている。

 それでもところどころで波の花を咲かせている黒いうねりは、ともすれば岸壁の上にまでしぶきを振りまいていく。

「まったく、あの二人、いつまでやってるつもりなんだか」

 堤防の突端で、はねてくる波の名残を、できるだけ避けるようにしながら、長良型軽巡洋艦二番艦五十鈴はつぶやいた。その口調は呆れた様子を隠そうとしない。

「だったら中で待ってたらいいのに」

 隣で手をもみながらこたえたのは同三番艦名取だ。二人とも艤装をはずし、外套を重ねてはいるものの、浜風の運んでくる足もとからの冷えは堪えがたいらしく、しきりと膝をすり合わせる仕種をくり返している。

「そんなわけにもいかないでしょ。アレでもうちのネームシップなんだから」

「そうだね」

 気弱げな眉を開いて名取が微笑みかけたところで、

「オラァァァァァァァァァ!」

「イエリャアアアアアアア!」

 怒号とも悲鳴とも気合ともとれる叫びが響いたかと思うと、すぐ後を爆発音が追った。

 五十鈴も名取も口をつぐみ、目を凝らして沖合いを見やる。

 高い波に阻まれながらも、合間合間に二本の脚で海面に立っている二つの人影が確認できた。

 人影はしばらくその場で対峙していたが、やがてお互いに上半身を揺らめかせると礼をしたようにうかがえた。

「終わったみたいよ」

「本当? じゃあシャワー室温めてくるね」

 しきりと眉間に皺を寄せていた名取は教えられるとあわてて駆けだした。そのいかにも危なっかしい足取りと、高くうねる波頭をものともせずに、次第にこちらに近づく二人の疾駆を、五十鈴は見比べるともなく見比べていた。

 

「二勝八敗……」

 口をつけば熱い塊が唇を分け入って、喉の奥にまで侵入しようとする。

 それを黙然と受け入れつつ、天龍型軽巡洋艦一番艦天龍は、つい先ほどまでの演習の光景を思い出していた。といっても敗北を飲み込みかねていたというわけではない。単に物理的な熱量が周囲を取り巻いていただけだ。

 ここは港に隣接するシャワー室で、日々多くの艦娘達に利用されている。

 出撃、遠征、演習と用を問わず、海に出ているうちは淡水は最重要物であるから、体を拭うことはおろか顔を湿らすことすら厳しく制限される。その反動もあり、特に艦隊要員に名の挙がる者は陸にいる間はなにかというと湯に身をさらしている。年頃の娘達であるから、上層部もこれを黙認、どころか緩く推奨している節がある。年経た大人達からの、子供達へのせめてもの思いやりなどを含んでいるのかもしれない。

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 だからシャワー室の設備は驚くほどに充実している。特に出色は最奥に設けられたサウナルームだろう。機械制御で、常に外気と温度・湿度は比較され、最適な状態を保つ仕組みになっている。そのおかげで三百六十五日二十四時間の使用が可能だ。

 天龍が利用していたのもこのサウナだった。

 今日の戦績を口にして、体内に熱い蒸気を送り込んでみると、あちこち生傷の絶えない総身が引き締まる思いがする。にもかかわらず、ほとんど汗は出てこない。海から帰った後はこういうことが多かった。不本意な結果に終わった際は特にだ。身内が火照り、熱にうかされたようになることも多く、そのたびにサウナにこもって無理にでも汗を排出させようと心掛けている。

 負けず嫌いが原因だろうと、自分なりに考えてはいるものの、腑に落ちないところがなくもない。もちろん悔しいのは猛烈に悔しい。けれども、それよりもなによりも気に掛かるのは何故負けたのかという方だった。

「今日の演習では三度、とても怖い瞬間がありました」

 室内に据えられた木製の腰掛けに並んで座っていた長良が口を開いた。

 艦隊を率いることのないサシでの演習に疑問が呈せられることは多い。それでも天龍はこの演習形式が好きだった。余分な心配をそぎ落として、純粋にぶつかり合える。その単純さを愛していた。

 もっとも、こうした考えへの賛同者は多くなかったし、天龍と力が釣り合っている者はさらに少なかった。

 長良型軽巡洋艦一番艦長良はその一人であり、天龍がライバルと目する娘でもあった。

 同じライバルでも、公私ともに知れた喧嘩友達である木曾とは異なり、技量・実力ともに天龍の先を行く目標とする相手だった。

「なんだよ、三度だけかよ」

「ハイ、三度だけ、です」

 軍艦としての建造年、艦種、そこに艦娘としての外見年齢に鎮守府着任時期が混在した結果、因習であった年功序列の気風はかなり薄らぎつつある。長良は比較的それを保持してはいたが、負けん気はそれ以上に強い。

 天龍は特に年長者である自分にいざという時に物怖じしない鼻っ柱を気に入っており、一度いっしょに演習に出れば下手をすれば夜通し熱闘をくり広げている。

「はじめは三戦目の初撃です。私が大きく面舵に膨らんでしまったのを、天龍さんは一瞬見送りましたよね。あの時はほんとうにヒヤリとしました。もしあそこでもう少し踏み込まれていたら、かなりいいのをもらっていたと思います」

「なにいってやがる。あん時は複縦陣の想定だったろ。俺がお前を追ってたら艦隊同士で接近し過ぎちまうよ」

「あら、バレましたか」

「あたり前だ」

 悪びれもせずに笑っている長良に、天龍は苦虫を噛み潰した顔をしてみせる。とはいえ本気で気分を害したわけではない。演習が実戦の模倣である延長でふりをしているだけだ。

 だが、長良の指摘への反応までもがふりではない。

「結局、残りの二つも、陣形にかぶってるところばっかりか」

「あははは、そうですね」

「あはは、じゃねえよ」

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 サシでの演習ではあっても、二人は頭の中で陣形を想定している。単独での航海がありえない現状で、一人の戦力増幅にあまり意味がないためであり、天龍の排除しようとした余分な点は、イレギュラーによる陣形の乱れであり、少なくとも彼女の動きは最適化された陣に自分を置いたと仮定して行われている。

「だいたい、長良、お前の方はずいぶんと無茶な動きがあったぞ」

「えっ、そんなものありませんよ」

 即座に強い調子で反応する。

「いや、例えば七戦目のお前の単独行はなんだよ。輪形陣だぞ。あれだと中央部ががら空きになるだろ」

「そこだけ見るからですよ。その前の天龍さんの前進を受けての転進ですもの。あの時点では陣営は崩れませんよ」

「そんなわけねえよ。だとしたらその前で取舵にとる意味がわかんねえよ」

「ですからそれも」

「わからんやつだな」

 次第に二人の言葉も熱を帯びてくる。けれども、それも議論に白熱してのことなのか、室内の熱気にあてられてのことなのか、本人達ですら区別がつかないでいた。

 

「ちょっと、二人とも、いつまで入ってんの……」

 演習から帰ってきた天龍と長良がシャワー室に入って既に一時間近くが経過していた。いくらなんでも時間をかけ過ぎで、注意と念のためもあり五十鈴はサウナルームの扉を開き、そして言葉を失った。

「どうしたの、五十鈴……ってなにしてるんですか!」

 背後に従っていた名取が肩越しに中の様子をのぞきこむなり大声をあげた。

 天龍も長良も地べたに体をあずけて、床のタイルをマス目に見立てて、陣形論を戦わせている真っ最中だった。

 天龍は前かがみであぐらをかいた大股開きの姿勢で、長良は形のよい臀部を高く突き上げてほとんど四つん這いの姿勢になっているところで、五十鈴と名取を出迎える形になった。

『キャーッ!』

 途端に悲鳴をあげたのは天龍長良の方で、口をそろえて甲高い艶のあるものだった。

「ちょ、見るな! 見るなー!」

 とっさに動転したのだろう。普段は湯上りに平気でタオル一枚で歩きまわっている天龍が、女座りになり、懸命に胸と内股を両手で隠そうと努める。

 長良もその天龍の陰に入り込んで身を隠そうとしている。

「まったく……」

 五十鈴は名取と顔を合わせて、この状況をどう取り繕うべきか、考えるだに頭が痛く、顔をしかめていた。

 にわかに天龍は頭のてっぺんから滝のような汗を流しだしたが、本人はそれに気づくどころではなかった。

 

説明
サークルAmaranthさんが冬コミで出される天龍×龍田小説アンソロジー『ファンタスマゴリア -走龍灯-』に参加しております。
詳細は http://hpa.red/tenryu-class-cl/ でどうぞ。
こちらは天龍のサンプルになります。やっぱり本文は寄稿したものとは別物です。
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艦これ 艦隊これくしょん 天龍 長良 五十鈴 名取 C87 

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