十三番目の戦獣士 6 |
刻路(こくじ)は、ずっと不思議に思っていた。
なぜ『丙』紋章を受け継ぐ自分が、一番相性の悪いはずの『子』の武器を扱えるのか。
十二支になれないまでも、猫の一族の中では常にトップを保つほどに力を鼠の剣で引き出すことができるということは、本来なら考えられないことだった。
実際、『戌』紋章が『申』の武器を扱かったことがあったが、見るも無残だったのだ。
――自分には剣術の才能がある。
小さかった頃の刻路なら、そう驕ることで納得ができたのかもしれない。しかし千(セン)に助けられた日からそんな気持ちは消えていた。
魔物を前に、何もできないほどに弱いと実感していたからだ。
誰かに聞いてみれば何か理由がわかったかもしれない。
しかし、猫の十二支入りを期待する一族たちに、『子』紋章の武器を使っていると耳に入れるようなことをするわけにはいかなかった。
なんにせよ、扱えるにこしたことはないじゃないか。
そう思い、刻路はしばらく考えることさえしなかった。
しかしその疑問は、扱えなくなったときにまた別の形で現れた。
体に馴染んでいたはずの剣が魔物相手に、まるで枯れ枝を扱うような、いや、枯れ枝を使ったほうがまだ意味を持つのではないかと思うほどに言うことをきかなかった。
なぜ、扱えなくなったのか。
それでは、なぜ前は扱えたのか。
ひっかかっていた疑問が、今、刻路にはわかった。
魔物の別け身に体を覆い隠された刻路は、人型をした黒い物体のようになった。
しかし、慌てることはなかった。
自身からあふれ出すような、大きな力を感じていたからだ。
刻路が手に持った剣を軽く上げただけで、別け見は一瞬に吹き飛んだ。
高笑いしていた魔物が、これには驚かずにはいられなかった。
姿を現した刻路の手に持つ剣が、燃えているではないか。
「何故、鼠ノ剣ガ……?」
今度は刻路が笑う番だ。
「わからないか。まぁ、そうかもな。自分もわからなかったほどだ。でも、考えるまでもない簡単なことだったんだよ」
「?」
晶(アキ)と鈴花(リンファ)が顔を見合わせた。彼女たちにも、もちろんわからない。
「ただ、オレにとって千が『目標に値するやつだった』ってだけだ」
「……何ダト?」
「つまり」
刻路は魔物に切りかかった。
「猫は鼠を追いかけるとき、最強の力を発揮するんだよ!!」
助けられたあの日から、無意識に千に憧れていた。
追いつきたいと思っていた。
それはまるで、鼠を追いかける猫のようだと、刻路は気が付いた。
そんな千が神を裏切ったと聞き、信用するべきかわからなかった。
そのせいで、力が使えなかったのだ。
剣は、心に反応するのかもしれない。
千が切られたと聞いて、自分の鍵爪が簡単に折られてしまった。
でも、今は曲がることはない。
絶対的な気持ちが、刻路の中にある。
魔物は、真っ二つになり、切った部分から徐々に燃えていった。
「……追ッテモ、鼠ハモウ死ンデイル……」
「それはないな」
刻路は確信していた。
千は、間違いなく、生きている。
「お前は千の利き腕を切ったって言っただろう。でも、あいつは両利きだ」
「……馬鹿ナ……」
「証拠がこの剣だ。これはあいつの剣だからな。オレに会うまで千は二刀流で戦ってきたんだよ」
他人に見せることはなかったが、初めて会ったときからつい最近まで、千の両手から肉刺が消えることはなかった。
目の良さに自信のある刻路は、十二支戦の千の手をはっきり確認できた。
ずっと稽古に励んでいたのだろう。
片方の腕に怪我をおったからって、やられるようなやつではない。
何せ、十二支のトップなのだ。
「お前も、すぐに消える。終わりだな」
刻路はもはやボロ布のように燃え尽きた魔物を見下ろした。
「終ワリ…カ……」
形のない魔物から、まだ微かに声が聞こえた。
「コレハ所詮別ケ身ニスギナイ。今回ハ見送ルガ、必ズ、コノ国ヲ支配スル。今ノウチニコノ世トオサラバシテオクコトダナ」
ハハハハハという声だけ、不気味に響くと、神の別け見は消えた。
でも、恐ろしい事は、なにもない。
追うべきものはわかった。
目標も、敵も。
絶対に、捕まえてやる。
千の剣を見つめ、刻路は心に誓った。
説明 | ||
十二支のお話です。 ぜひ1から読んでみてください。 |
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