鬼の人と血と月と 第6話 「暗夜」
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第6話 暗夜

 

 

 

 

 

…それは夏休み前日の、終業式後の放課後の事

恵を通して「部員は全員部室に集合」という呼びだしを聞いて、統司は何事かと思いながら、部室へと歩いて向かう

部室の扉を開けると、詩月 月雨 魁魅の3人は既に部室に来ていた、ただし月雨はホワイトボードの前に立ちウズウズと落ち着きが無い様子だが…

「おー、皆ちゃんと忘れずに来たようだね!関心感心!」

『こんにちは、月雨先輩』

月雨に統司達が挨拶をすると、満面の笑みで笑顔を返す

…が、若干1名いない事に月雨は気付く

「…あれー?シノちゃんは?…まだかなぁ?」

そのあだ名で篠森を呼んだら、多分怒るだろうな、と統司は思った

月雨がそわそわしていると、廊下から足音が聞こえてくる

そして間もなく部室の扉が開き、篠森が現れる

「…もうお揃いでしたか、遅れてすみません」

淡々と無表情で告げると、指定席の様にいつもの位置の椅子に座る

「…どうかしましたか?呼び出したならば何か話が有るのですよね、どうぞ始めて下さい」

篠森が淡々と告げると、鞄から真っ黒に銀色の模様が入った分厚い本を取り出して、読書を始める

「…いや、まだ顧問が揃ってないから始められないが…」

詩月が少し戸惑った表情をしながら返すと「そうですか…」と篠森は言い  返した

…どうやら話はちゃんと聞こえているようだ

だがそれを認識していない男、蒼依は懲りもせず話始める

「おいおい、読書しながらとか、ちゃんと理解できてんのか?」

それを聞いた途端、頭を下げたまま眼だけを動かし蒼衣を見る、完全に睨んでいる様子だ

「な、なんだよ、そんな怖い顔して、せっかくの綺麗な」

いつもの様に冗談交じりに、「綺麗な顔が台無し」とでも言おうとしたのだろう、蒼依も変わらず学習しない奴である

篠森は、蒼衣が言いきる前に、見下すように顔を上げ罵倒を始めた

「お言葉ですが先輩、先輩の真面目に聞いてる様子が想像できないのですが、…ああ、先輩は頭が空っぽですものね、だからそもそも諦めているのですよね、心配しなくても私は先輩の様に、残念な頭ではありませんので、常に知識を入れていないと落ち着かないので、しっかり話も聞こえちゃんと理解できます、先輩の様に聞いても理解できない様な程度の低い脳ではございませんので、私には余計な心配をせず、精いっぱい頭を動かして存分に理解できるようにしてください」

その淡々と言い放つ様子には、微笑している様に見えた

(…エ、Sだ)

蒼衣を含め全員がそう思った、流石の魁魅も恐ろしさを覚えた

「早く先輩も学習できるようになりましょうね」

そう追い打ちをかけるように告げると、嫌味な笑顔をニッとすると、今までの事が嘘の様に再び無表情に戻り、手元の本に顔を戻した

(…否、ドSだった)

「く、………。」

蒼衣は無言になり固まった

「くぅぅうううあああああ、がぁぁああああ!!!」

クリティカルで蒼衣には効いたようだ、頭を一心不乱に掻き毟る

「くっそ、もう我慢できね、こいついっぺん先輩との立場の違いってやつを教えてやろうかぁぁぁぁぁ」

そういいながら篠森に近寄ろうとする蒼衣を、統司と魁魅で抑える

「落ち着け、とりあえず落ち着け蒼依!今のは全部冗談だ、気にするなって!」

統司は背後から胴を掴んで蒼依を抑える

「例え本当だとしても、お前も冗談を言うだろう!後輩の冗談くらい寛容な精神で流してやれ!」

魁魅が説得とは思えない発言をしながら、蒼依を羽交い絞めで抑える

「本当ってなんだよ、本当って!お前はどっちの味方だ!ってか寛容な精神ってこんな時でも堅ぇんだよ!こんにゃろ、お前から先に殴ったろかぁ!」

興奮状態とはいえ突っ込んでくる辺り、本気で怒っている訳ではいないようだ

…しかしもがく様子に、2人は抑える手を緩めるつもりはない

そんな状態に、篠森は本に顔を向けながら微かに笑っている様子を、恵と月雨は見た

「あ、シノちゃん笑ってる!」

月雨の発言に、篠森は少しずつ無表情になっていった

そんなやりとりをしている最中に、部室に水内の姿が現れた、後ろには1年と3年の顧問である、金林と文由の姿もある

「遅れてすまない、全員揃っ…一体これはどういうことや?」

全員がその状態で制止する

「いーやまて、考えるわ…、…蒼依が性懲りも無く篠森に話しかけ、癇(かん)に障った篠森が淡々と蒼衣に向かって罵倒を浴びせかけ、それに我慢できずキレた蒼依が篠森に『先輩との立場の違いー』とか言いながら掴みかかろうとしている所を、霧海と魁魅が抑えていた…ってところか?」

まるで一部始終を見て簡潔に纏めたかのような、完璧な予測を水内は言った、…それほどに蒼依の行動は単純なのだろうか

「…で、どうなんよ?」

否定する所のない答えに、蒼依はその状態まま「あ、あははは…」と苦笑いする

「…ほぉ、蒼依、お前は、いたいけな年下の女の子の冗談を、寛容な精神で流す事が出来ず、あまつさえ女の子に手を上げようとした…と」

『………ハハ…ハ』

苦笑する蒼衣の表情は完全に引きつっていた

その視線の先には、水内が今までにない程の笑顔を向けていた…

 

「さぁーて、全員揃ったみたいだしー、そろそろ始めてもいいんじゃないかなぁー?」

普段部室に顔を出さない、3年の顧問である文由が、いつもの様に気の抜けた間延びした声で合図を出す

…ちなみに蒼衣は部室の端で、床に正座させられ水内に説教をされている

「…あ、そうですね、…では始めますか!」

文由の合図で、月雨は気合十分に話始める

「今日集まってもらったのは他でもない!鬼焚部の、大事な大事な、夏休みの活動の為です!」

月雨はホワイトボードの前で自信満々の様子で演説をする

「活動…ですか」

統司は無表情で呟く、しかし横に座る恵は何やら笑顔である

「そう 活動、そしてその活動は…」

そう言いながら、マーカーを取ると精いっぱい腕を伸ばして、ホワイトボードの中心に文字を書く

「合宿を行います!!」

ホワイトボードには 合宿!! と書かれている

「え?合宿!?」

説教されている最中である筈の蒼依が食いついてくる

「陸(りく)聖(たか)ぁ、お前はホンマに学習しないやつやなぁ…」

水内の顔には黒い影が降り、怒りが頂点に達している様子だった

「あ、スンマセン!でもあれって大事な話なんじゃ…」

『お前にも後でちゃんと説明するから、…今は大人しく説教の続きを聞きや!!』

そう言うと再び水内の説教が始まる、さっきよりも激しい怒声が聞こえるが統司は気にしないでおいた

「…コホン、とりあえず開き直って…、合宿をします!」

『いや、そこは聞きました』

魁魅が無表情のまま突っ込む

「おお、カイ君ナイスツッコミ!」

月雨は魁魅に対して、いつの間にか作ったあだ名で言った

あだ名に対して魁魅は…どうやらスルーの方向の様だ、完全に口を閉じている

「合宿…ですか、それは強制参加ですか?」

今まで本を読んでいた篠森が、顔を月雨に向けて質問をする

「強制ではないけど…出来れば皆出てほしいな、シノちゃんは都合が悪いの?」

月雨は落ち込む様な表情で篠森を見つめる

「いえ夏休みは特に用事はありません、疑問に思ったので質問しただけです、後 変なあだ名を勝手に付けて呼ばないでください」

そう言いながら篠森は再び本に視線を戻す

統司の予測通り、篠森はあだ名を否定した

「え、え〜っと、じゃあ話を続けようか、コホン、…で、今どの辺だっけ?」

『まだ合宿を行うと言ったばかりだ』

今度は詩月が月雨に突っ込む

「あ、そうだったね」

…どうやら素で忘れていたようだ

「じゃあ続きね、えっと合宿をします、毎年鬼焚部はこの夏休みを利用して、合宿を行う事が伝統となってきました、そこで私たちもその伝統に習い、今年も合宿を行う事を決定し、その報告として本日部室に集まった次第でございます」

…”合宿をします”と言ったところで統司は突っ込もうかと思ったが、真面目に話が続いたので、正直 堪えて良かったと思った

「…で、日付はもう決まってて、合宿は2週間後の新月の日、それから1泊2日で朝から夕方までみっちりあそ…合宿します」

途中月雨は何か言いかけ、訂正した様な言い方だったが、統司は気付いていない、…経験のある恵や魁魅、詩月はそれに気付いている様で微笑していたが

「合宿って何をするんですか、先輩?」

統司は質問をするが…

「ふっふっふ、それは当日のお楽しみって事にしようか」

篠森のその言葉に経験のある他の3人はニヤッと笑う

統司はその様子に、ただ ? が浮いていた

未だに説教途中の蒼衣は、こちらの会話内容が気になり、ちらっと意識を向けるが、すぐに水内に見つかり「よそ見をするな!!!!」と激しく怒られる、…どうやらまた長引きそうだ

「んじゃあ、合宿の資料があるから、それをしっかり目を通して、忘れ物なく、集合に遅れないように、ちゃーんと良く読むこと!」

月雨がそう言うと、金林先生が無口無表情のまま、淡々と資料を配ってゆく

「それじゃあ、…他に話す事あったかなぁ?」

月雨は、そう疑問を浮かべながら詩月の方を見るが、詩月は首を横に振る、顧問2人にも目をやるが、金林は同様に横に首を振り、文由はお手上げの様に 両手を上げる

…水内に目をやるが、…絶賛説教継続中の様だ

「水内センセェ?」

『あん?話はもう終わったのか?』

「センセーは何か他に話す事あります?」

『嗚呼?……無いっ!必要な事はそのプリントに書いてあるし、何か追記があればその時に直接連絡する!話が終わったなら即帰って良し!まだコイツの説教途中だからもう邪魔するな!』

「ええ?まだ説教続く…」

蒼依は気が緩み、つい口を滑らせると

「あん?何か言ったか何か、嗚呼?」

水内の怒りはこれにより更に燃える、どうやらまた説教が伸びたみたいだ

「…じゃあ無いみたいなので、今日はこれで解散!合宿の事 忘れないように!それじゃあ良い夏休みをって事で!」

そう月雨が指示すると、水内除いた顧問はそそくさと部室から出ていき、統司達も早急に部室から立ち去る、…蒼依には脇目も振らず、背後に聞こえる水内の説教の声を背にして…

 

…後の蒼依のメールによると、解散後も2時間ずっと説教が続き、足がスゲェ痛いわ、プリントを投げつけるように渡してくるわ、散々だったようだ

「さて、それじゃあ俺はここで」

蒼依を除いた鬼焚部の皆で、囲みながら会話交じりに帰る中、統司は会話を切って突然言った

「あれ?統司君一緒に帰らないの?」

恵は素直に疑問を問いかける

「ああ、今日はこれから病院にね」

『あ、そっか、毎月行ってるもんね』

統司は月に一度病院に行き、担当医である咲森にカウンセリングを受けている

恵は事情を知り、この様に通っている事を知っている

「え?何?霧海君どっか悪いの?」

「ああ、先輩とかは知らないんですよね」

そう言うと統司は、月雨にかいつまんで説明した、転校した理由、病院に通っている訳を

「なるほど…、なんか大変そうだねー、部活もあるし無理しないでね?何かあったら私たちにも相談してねっ!」

『はは、心配しなくても大丈夫です、その言葉は胸にしまっておきます』

いつもの様に明るい声で月雨は元気付け、統司は丁寧に返す

「…あ!病院って事は、私達と帰り道途中まで一緒だね!」

『ふむ、そうだな、…統司にも月雨の話し相手を勤めてもらうとするかな』

「え〜、なんか私 邪魔物みたいに思ってない?」

『いや、そんなことは思ってない…が、相手をするのに少し疲れるかな』

「え〜!?私と喋るの疲れるの?」

校門の外で、月雨と詩月の夫婦漫才の様な会話が始まった

「あはは…、じゃあ私たちは先に帰るね?統司君またね!」

『ああ、じゃあな』

「バイバイ恵ちゃん!まったね〜!」

恵の別れの言葉に挨拶を返し、部員はそれぞれ帰路につく

 

ここから病院へは15分程であろう

統司は病院に向かう道を、帰路が同じである詩月と月雨と共に歩く

「…さて!皆もいなくなったし、早速話を始めますか!」

道を別れてから、さっそく月雨のトークが始まる

「で、統司君!君に聞きたい事があるんだけど…」

『聞きたい事…ですか?一体何ですか』

「ふっふっふ…、ズバリ!恵ちゃんの事をどう思ってますか!」

『え?…どう思ってるか…ですか?』

「うん!ほら、恵ちゃんもいない事だしさ、ユーぶっちゃけちゃいなよ!」

月雨は目を輝かせている

「どうって…、仲の良い女子の友達…ですか?」

『え〜…、…それじゃあ質問変更!…ズバリ!恵ちゃんの事は好きですか!』

「す…っ!?………ええっと…嫌いじゃ決してないですけど」

『…ほらほらぁ、はっきりした言葉で言わないと先輩許さないぞ!』

「………好きです」

統司は少し考え淡々とした様子で言った

その言葉にいかにも女子といった反応を月雨が取ろうとしたが…

「友達として」

その統司の付け足した言葉に、月雨は一気に不満になり、月雨は  統司の膝裏に強めの蹴りを当てる

「ていッ!」

『痛っ!何すんですか先輩…!』

「付け足して言うの反則!先輩はそんなの許しません!」

『反則ってなんですか反則って…』

そのやりとりに、詩月は無言で、月雨の頭をコツンと頭を叩く

月雨は小さく「イテッ」と呟き、頭をさする

「なんかつまんなーい、…じゃあ更に質問、恵ちゃんとどこまでいってるの?」

月雨は不満そうな眼つきで質問した

「どこまでって…?」

質問の内容は把握しているが、あくまで白を切る、月雨はあくまで認めずに 執拗に質問し続ける、

…一体どういう方向へ答えさせるつもりなのだろうか

「友達友達、って言ってるけど、お二人とも実は付き合ってるんじゃない?いつも とてもとても仲がよろしいご様子ですけれど、一体どのような関係なのさ?」

どうしてそう言う話になるのか、詩月さえも理解不能である、周りからはそんな風に見えるのか、それともただのこじ付けか

「どうもこうも無いです、ただの隣同士、ご近所ですよ」

『へぇそうかい、…それじゃあ、気付いた時に恵ちゃんの事を見てるのはなんでかなぁ…?』

統司は固まるように返答に詰まる、嘘だったとしても、統司はその事を気にせず、無意識で行っているかも知れないからである

「…え?そうなんですか?」

「うむ、そうだねぇ、蒼依君と話している合間とか、静かに音楽聴いてる時とか、たまに見かけるね〜」

気付かなかった、完全に無意識だった、…が良く考えたらそこまで動揺する事ではないと悟った

「…そうですね、質問の返答とすると、一番仲が良い、良く会ってる時間が長いからじゃないですかね、…たぶん親友みたいなものと思います、一緒にいて安心するというか…」

月雨の頭上には多くの?が浮かぶ

「???…で、どういうことなのさ?」

だが、月雨がそう言った直後、詩月が会話を遮った

「そろそろ止めないか、霧海も困ってるし、それにもうすぐ病院に着くぞ」

詩月にそう言われると、病院の入口が目と鼻の先に見える

「それじゃあ俺たちはここで、帰り道はくれぐれも事故に気をつけてくれよ、…月雨の話相手は疲れただろう?」

詩月は微笑しながらそう言い、統司もそれに応じ冗談交じりに返答する

「ええ、先輩と二人で話すと骨が折れますね」

その二人の様子に、月雨はへそを曲げてそっぽ向く

「むう!鬼央も霧海君も、二人して邪魔物扱いですか、あーそうですか!」

『あはは…、じゃあ先輩たちも気をつけて、失礼します』

「うむ、また合宿でな!…そうだ霧海」

挨拶をした直後に、霧海は詩月に呼びとめられた

「はい?何でしょうか?」

『まぁこいつが話した事は気にするな、…個人の色恋沙汰にとやかく言うつもりはないが、くれぐれも活動に支障が無い様に、羽目を外し過ぎないようにな』

「はは、分かりました、肝に銘じておきます」

そして再び挨拶をすると、統司は病院へと向かって行った…

 

受付を済まし、椅子に座り順番を待っていると、差ほど待たずにアナウンスが鳴り、統司は診察室へと入る

そこにはいつも通り、白衣姿の咲森が座っていた

「やあ、また1カ月ぶりね、霧海君」

『お久しぶりです、咲森先生』

統司は挨拶をすると、咲森の前の椅子に座る

「それじゃあ先に、今日もまた簡単な質問をするから、気楽に答えて」

咲森はそう言うと質問を始め、統司はそれに答える

「………ハイ、質問はおしまい、…それじゃあカウンセリングを続けましょうか、あれから何か変わった事あったかしら?」

『変わった事ですか、またなんですけど不思議な夢はまた見ますね』

そう言い、統司は夢の内容を覚えてる限り、断片的に話す

「そう、その夢を見て何か問題はないんでしょ?」

『そう…ですね、今のところは』

「なら気にしない方が楽に過ごせるんじゃない?」

『あはは、そうですか、…そうだ、夢なんですけど、いつの夢か忘れたんですが、…どうにも、どこか現実と繋がってる気がするんです』

「繋がってる?」

『はい、ずっと前なんですが夢と似た現象が起きてた気がするし、この間は夢に見た場所と現実が重なって見えました、…その前にも夢に見た場所とデジャブが起きました』

「デジャブ…既視感ね、それは確かに不思議ね」

『はい、ここには転校するまでに来た事は無いはずなんですけど…』

咲森は統司の発言を、聞きながらメモをする

「あ…そうだ、ごめん 言うの忘れてたんだけど、結構前の鬼火の

件調べた結果なんだけど」

『鬼火ですか』

「調べたんだけど…やっぱり収穫は無かったわね、お役に立てずにごめんね」

『いえ、ありがとうございました』

「うん、じゃあ他に話す事、あるかな?」

『…あ、そういえば、夏休みの間に合宿があるんですけど…』

「あー合宿ね、その話はもう連絡が来てるわ、…うん、行ってらっしゃい!特に注意することや禁止することは無いわね、怪我には気をつけて」

『連絡されていたんですか?』

「ええ、学校の部活の顧問からね、ここは知っての通り田舎だから、都会と比べて空気も水も澄んでるし特に注意する事もないわね…、そうね、あまり羽目を外しすぎないように気をつけて楽しんで」

『あ、ハイ!』

「それじゃあ今回の診察はこんな所かしら」

『そう…ですね、ありがとうございました』

そう礼を言い、診察室を立ち去ろうとした時、咲森は統司を静かに引きとめた

「統司君、この間の…粛清の件、大丈夫?…辛くなったら、その前に私にも相談してね、色々アドバイスできるから…ね?」

咲森は穏やかな表情で統司の心配するが、その言葉に統司は笑って返答する

「もう大丈夫です…!確かにちょっと…少し悩みましたが、もう吹っ切れました、今はもう迷わずに活動してます」

統司のその表情や強い意志を感じる言葉に 心配は無用か と咲森は思った

『…そう、それじゃあ合宿楽しんでらっしゃい!』

咲森の言葉を聞くと、統司は「失礼します」と挨拶して診察室を後にした

 

 

…そして合宿当日

まだ陽が出たばかりの、薄く霧が出ている早朝の時間、統司は 大きな旅行用バッグの荷物を担ぎ、バス停に向かう

「確か集合は7時だったから…、始発のバスに乗れば間に合うかな」

バッグを担ぐ反対の手で、合宿の資料を見ながら一人呟く

真夏ではあるが早朝は涼しく、とても過ごしやすい気温である

神魅町自体山に囲まれながらも、都市部と田舎の部分でまた山によって境目が出来ており、バスに乗らないと都市部に向かうのにかなり時間を食ってしまう

前述の通り、境目に山がある為、実質 田舎の地域も周囲を山に囲まれている状態である

故に森が生い茂っており、空気が澄んでいると同時に涼しい気候となっている

曲がり角を曲がり、バス停が見えると、…どうやら先客がいるようだ

その人物は、こちらの存在に気がつくと手を振ってきた

「おはよう統司君!」

ある程度距離を詰めると、恵は朝にも関わらず、決して大きくは無いが元気な声で、統司を呼ぶ

「ああ、おはよう」

一方統司は、普段以上に静かな声色で挨拶する

お互い今回は私服であり、お互いともラフな格好である

「くすっ、もしかして統司君、やっぱり朝は苦手なのかな?」

『まぁね、これでも目は冷めてる方なんだけどな』

「私も昨日、合宿が楽しみでちょっと寝付けなくて…ちょっとまだ眠いかも…ふわぁ」

話し終わると同時に、欠伸する恵の姿に統司は少しドキッとする

「ふぅ…、あ!バスが来た!」

右に並ぶ恵の反対、左耳にはイヤホンをしていた事もあり、統司は言われるまで気付かなかった

左を向くと、遠くの方からバスがやってきた

そして統司達はバスに乗り込み、後部座席に座る

「えへへ、久しぶりに後ろの席に座っちゃった」

『あー…、俺も久しぶりだな』

バスが走り出し、暇な時間を他愛もない会話をして時間をつぶす

「…そういや、合宿って何をするんだ?先輩は“着いてからのお楽しみ”…とか言ってたけど」

『あれ?まだ聞いてなかったんだ』

そう言うと恵はクスクスと笑い、再び言い始める

「じゃあ秘密!わたしも着いてからのお楽しみと言う事で!」

『あー…、俺は除け者ですか』

統司は冗談にそう言い、わざとらしく肩を落とす

その様子に恵はクスクス笑う

やがてバス停に着き二人はバスを降りる

そして統司は、恵の半歩後ろに下がり、恵の後を付いていく様な形で、2人は集合場所へと向かう

集合場所には大型の車が2台止まっており、既に人が集まっていた

顧問である水内、文由、金林の3人と、詩月、月雨、魁魅、篠森の4人、…ほとんどのメンバーが既に集まっていた

「お待たせしました!おはようございます!」

『おはようございまーす』

恵は元気な声で挨拶し、それに対照的に淡々と、小さくは無い微妙な大きさの声で統司は挨拶をする

ちらっと統司は腕時計に目をやる、時刻は6:45であり集合の15分前だった

「おお、おはようさん、ちゃんと時間前に来たな」

『おはようぉー、北空ちゃんとー、霧海君ー』

「………おはようございます」

『うむ、おはよう、昨夜はちゃんと眠ったか?』

「おっはよー!お二人さん!」

「…おはよう、忘れ物は無いだろうな?」

顧問3人と、詩月、月雨、魁魅の 部員の3人は挨拶を返す

挨拶を交わして早速、恵と月雨は話始める

そして一人、立ちながらも分厚い本を片手で読書する篠森が、本を閉じ統司にいつもの淡々とした様子で話しかける

「…遅いです、私をあまり待たせないで下さい」

『はは…時間前にはちゃんと来たんだけどね…』

「人はあまり待たせるものではないですよ、特に女性は」

『…そう言いながらも、集合の30分も前に来たのは何故だろうな?』

珍しく詩月が会話に入ってくる、今日は無礼講といった調子なのだろうか

「…私はただ、あまり先輩方を待たせないように、より早めに集合場所に来ただけです」

そう言うと篠森は再び口を閉じ、分厚い本を開き読書を始める

「あはは、…まぁ毒を吐くのは、俺じゃなくて今この場にいない蒼衣に言ってやってよ」

…そう、統司の言葉通り、蒼衣はまだ集合場所に現れていない

統司の言葉に、小さく「…了解しました」と篠森は呟いた、蒼依には気の毒だが、遅れてくる方が悪いのである

そして時間は刻々と進む

「ほんまにあいつは しょうもない奴やな、もうすぐ集合時間やで」

水内は微かに苛立っている、腕時計に目をやると、残り5分である

「時間に来なかったら、あいつ置いてって先に行ってやろうか?」

そして残り2分、遠くに人影が見える

「ん、じゃあ荷物、それぞれの車の荷台に乗せといて、1,2年は私の車、3年と文由は金林の車や」

『あ、はい分かりました』

統司は水内の指示に返事をする、そして遠くにいる人影は、勿論 蒼依だった

蒼衣は巨大なリュックを背負い、精いっぱい走ってくるが、その足取りは荷物の重さにより遅かった

統司は腕時計をジッと見つめており、時間を計っていた

そして蒼依は集合時間のジャストに、集合場所にやってきた

「水内先生、集合時間マジでジャストだったんですけど、どうしますか?」

『構わん、置いてけ、そもそも集合には時間の5分前に着くものが最低限のルールというもんや』

「ゼェゼェ、そんな殺生な、…ってか出発前なのに置いてくのがいるか!!」

『いる、ここに』

そして水内は怒りを秘めた笑みを浮かべる

「…オラ、さっさと荷物を荷台に詰めろ!お前は私の車だ!」

「ええ?水内のかよ?」

だが流石の蒼依も、これ以上ボケると置いてかれかねないのを察し、口を閉じ急いで指示に従う

そして7時5分、2台のワゴン車は出発した…

 

…2台の車は森の中を走ってゆく

そして水内の車内

助手席に篠森が座り、中間の運転席側に統司は座り、助手席側に恵が座る、  一番奥の窓側に魁魅が座り、その隣に蒼依は座っている

走って間もなく、まず蒼依の言いわけが始まった…

要約すると、昨日の夕方に合宿の事を思い出し、急いで準備を始め、日が変わる前に粗方の用意はできた

しかし合宿中暇を持て余さないように色々余分な物を詰めたら、バッグに入らなくて、押入れを捜索し巨大なバッグを発見し詰め直す

そして時間は過ぎ、いざ準備が終わって寝ようとするが興奮して眠れず、その間にも持っていく物を思いつき荷物に加え、眠気が来るまでゲームを始めた

気付いたら相当な時間、急いで寝るが起きたら6時過ぎ、急いで準備し途中コンビニで朝食を買って、集合場所に走ってきた、そして荷台にしまった荷物の中に朝食を入れていた為、車内で食べる事が出来なくなった…と言う訳だ

言いながらも蒼依は度々欠伸をし、言いきった後再び大きな欠伸をし、到着するまで寝ようとする

車内の人間全員が呆れかえってる中、珍しく篠森から会話を始める

「蒼依先輩…ちょっと良いですか」

『ん?なんだ?篠森』

「…先輩ってやっぱり相当なアホですね、それとそのバカみたいな行動を聞く前から言いたかったのですが、人を待たせるなんて、社会的以前に人としてあり得ないです、特に女性を待たせるなんて男として最低です」

『あーハイハイ、気をつけますよーっと、俺は寝るから着くまで起こすなよー』

篠森は統司の指示に忠実に従ったのか、蒼依に対して毒を吐くが、当人の蒼依は気にするまでもなく聞き流し、腕を組み目をつぶった

その態度に流石の篠森も怒りが湧いたのか、本に顔を隠すように近づけて読み、ブツブツと呪文の様な言葉を呟く、その篠森の眼鏡は白く光っていた…

「これは、着いたらまず説教やな…」

横で篠森の様子をチラッと見た水内は、篠森に聞こえる様な声で呟いた

 

一方、金林の運転する車内、無表情で運転する金林

静かだと思われる車内は、意外な事に会話に弾んでいた

主に文由と月雨を中心に会話し、時折詩月に流れ弾が飛んでくるといった様子である

ちなみに金林にも話は振られるが、華麗に無視をしている

「で!で!文由先生はどんな恋愛したことがあるの!?」

『うーん、秘密ーって事でー、大人の恋愛はぁ説明できる程単純じゃないんだよねー』

「きゃー!文由先生ってすごぉーい!」

どうやら月雨主導の恋愛トークが始まっている様だ、相手をしている文由は、普段の様なのんびりとした調子で話しているが、時折黒い発言も見られる

「じゃあじゃあ!昔の学生の時はどんな恋愛とか!付き合った人はいるんですか!?」

『そうだねぇ、昔から変わってないからねぇ、あったのは片思いーだけかなぁ?ねー金林先生ぇ?』

流れ弾が金林に飛んできたが、相も変わらず無視をする

「で!その人どんな人だったの!?」

『そうだねぇ、月雨君をもっと大人っぽくした綺麗な人だったねぇ、その人の写真を大きく印刷してー、壁に張って告白の練習をしたのはーいい思い出だなぁ、…あまりにも好きすぎて部屋中に写真をべたべた貼ったりもしたなぁ』

後半の発言に流石の月雨も凍りついた…が

「うふふー、冗談だよー」

『びっくりしたー、もう文由先生ったら!危うくストーカーかと思ったじゃないですかー』

「結構 月雨君もひどいこと言うんだねぇー、でも告白の練習は本当だよー?」

そして月雨は再びキャーキャー騒ぐ

 

どちらの車内も騒々しく(一方は蒼依のいびきだが)、

やがて2時間程経ち、目的地に着いた

山の中だが、まるでキャンプ場の様だ

「ほら着いたでー!さっさと荷物降ろしや!…おら、蒼依さっさと起きろ!お前のあんのでかいバッグ退かさないと、他の荷物が取り出せないだろうが!」

水内の一喝により蒼依は目が覚め、急いで荷物を引っ張りだし、自らの荷物の下敷きになる

車から降りた魁魅の表情は、いつもと違って暗い雰囲気であり、木に手をついて深呼吸している、…どうやら吐くほどではないが車に酔ったらしい

…無理もない、通ってきた道は悪路であり、車は激しく揺れていたのだから

そんな様子の中、統司は自分の荷物を担いだ後、月雨に近寄る

「そうだ月雨先輩、合宿の件詳しく聞いてないんですけど、着いてからのお楽しみって…」

『おお、そうだね!じゃあお待たせしました、説明しましょう』

そして月雨はコホンと咳払いした後に説明を始めた

「早速だけど合宿というのは、実は…ただの名目!実際は普段活動を頑張ってる私たちへのご褒美ー!みたいな、今日は活動をわすれて純粋にキャンプを楽しむのです!」

『それ…にっ!…ふぅ、合宿ならば部費から資金を調達できるさかい…お互い色々都合が良いんよ!…オラ文由、お前もさっさと手伝え!大人の男手はあんたしかおらへんのだから、気張りや!』

水内は大きな荷物を荷台から取り出し、指示をしながら説明に加わる

「まぁ…、大人の都合で色々背負わせてるお前らには、息抜きも必要やからな、この合宿も鬼焚部伝統で行ってるんよ」

『ちなみにここは、今までの鬼焚部が合宿に使ってた場所で、私たちしか知らない秘密の場所なんだよ!』

「へぇ、そうだったんですか、…通りで持ち物に水着がある訳です」

『そんじゃ、説明は終わった事やし、霧海も準備にかかってくれ』

そう指示されると、テント張りに統司も向かう

男女それぞれ、大型のテントを二つ張る

統司、詩月、魁魅の3人で一つ、手早くテントを張り終えると、すぐに女子のテント張りを手伝う

「あ、ありがとう統司君!」

『いや、困った時は手伝うものだろ?』

女子のテント張りを手伝う中、文由と蒼依の二人は、もう一つのテント張りに苦戦している

「おいおい、俺の存在忘れてね?」

蒼依はそう言いながらも、2人でテント張りをこなす

 

テントを張り終え、他にも幾つか準備をすると時間は10時頃になり、気温も上がってきた

「うへぇ〜、暑いし服がべたつくぜ…そろそろ泳がねぇ?」

パタパタと服で仰ぎながら、蒼依はすぐ傍の川を指差す

「…そうやな、皆お疲れさん、準備は終わった事だし、こっからは自由行動や、…といっても山には入るなよ?迷っても探すのが面倒やし、…それ以外なら泳ぐもよし釣りするもよし、まぁ今日と明日はとにかく楽しみや」

「…さて、それじゃあ女子連中は、着替える為に温泉の場所を教える」

『え!?温泉あるんスか!?』

水内の言葉に蒼依は凄い勢いで食いついた

「おっと、覗いたら説教やのうて、死刑…だからな?男子連中はそこのテントで着替えや?勿論 男子の方のテントで…や、それじゃあ行くで?」

そして水内達は着替えを持ってどこかに向かっていった…

「…で、温泉の場所はいつ教えてくれるんスか?」

真面目な顔で、蒼衣は文由に聞く、どうやら純粋に質問している様だ

「うーんそうだねぇー、とりあえずー…皆が服に着替えた後ぉ、暗くなる前にぃ女子が入る前に教えるかぁー、それともー僕たちが入る時にぃ一緒に行くかー…だねぇ?」

『そっスか、…ってか温泉ってどういう事っすか?ここら辺って山の真っ只中ッスよね?どうして…そんなとこに?』

蒼依は本当に、純粋に質問していた様であり、次は文由ではなく詩月…でもなく、魁魅が話し始めた

「それは以前の鬼焚部の卒業生が、合宿の際に行なったものだ、…昔ある一人の鬼焚部員が、この付近に温泉が湧いているのを見つけ、整備して入れるようにしようという提案をし、その提案をした者の個人経費等でその場所を整備して、丁寧にも敷地まで用意したという話だ…、こちらとしては実に有難い話だが、似た境遇の個人的な意見として、全くもって我が侭な話で、私でもそんな事をしないぞ」

魁魅は丁寧に説明したが、半ば呆れている様子だ

「えっ…と、もしかして…、魁魅ってその人と知り合いなんか?」

蒼依は何かに気付いたのか、魁魅に質問する

「?まぁそうだが、…それがどうした」

『いや別に、まぁ有難いからべつにいいじゃん』

「…そうだな、ありがたく使わせてもらおう」

なにやら珍しく2人の仲が良く見える、魁魅も表情がいつもより柔らかく見えた

「そんじゃ、俺たちもさっさと着替えますかっと!」

蒼依はそう言うと、外であるにも拘らずおもむろにTシャツを脱ぎだした

「え?ちょっと待て蒼依!?」

『へ?どうした統司?…ああ〜なるほど、へへっ…大丈夫だって、俺もう、既に下に水着穿いてきてっから!』

そう言いながらズボンをめくると、下は確かに水着であった

「そうだな、俺もその方が楽だと思ってな」

そう言う詩月も服を脱ぎだし、あっという間に水着姿になる

詩月の上半身は、見事な筋肉が浮き上がっていた

「うっは、詩月先輩マジやべぇって!どうやったらそんな体つきになるんスか!?」

蒼依は興奮して発言しながらも、詩月と同時に、それぞれのテントの中に入って衣服を置きに行った

「…どうやら、俺たちは着替えねばならないようだな」

『…そうだな、さっさと着替えよう』

そして蒼依とすれ違う様に、魁魅と統司は同じテントに入って行った…

それぞれ荷物から水着を取り出し、テントの隅に対角に、背を向けて着替える

着替えながら魁魅から口を開く

「…覗くなよ?」

『…安心しろ、そんな趣味は無い、…それにそういうのは俺も嫌いだ…っと』

淡々と会話を返しながら、手早く水着に着替え、2人はテントから出る

基本的に痩せ身である統司は、引き締まった体型で、蒼依と変わらない位であるが、それに比べて魁魅は、詩月ほどではないが筋肉が目に見える程であり、普段から鍛えられてる事が良く分かる

「おう 着替えたか、そんじゃ先に川行ってっか?」

蒼依の一言で、一同川に向かって歩き、林の中を少しくぐって行くと、見事な川が現れた

いつの間にか、文由も水着に着替えており、一緒に集まっていたが、文由は肌の上にアロハシャツを羽織っていた

…どうやら男性陣は皆、トランクスの水着の様だ

「うっはすげぇ、結構でかいのな!」

実際に川を目にした蒼依は興奮して声を上げる

しかしそんな蒼依とは違って、詩月 魁魅 統司の3人は、各々念入りに準備運動を始めていた

「おお、泳ぐ気満々ですねぇ皆さん」

『アホ言ってないで、お前もさっさと準備運動しとけ』

「はいはい、わかってますとも!」

蒼依は統司に指摘されると、共に準備運動を始めた

そして準備運動が終わった頃、遠くから月雨と恵のはしゃぐ声が聞こえる

「おーい!こっちこっち!」

蒼依は大きく声を上げながら、遠くにいる女性陣に手を振る

そして近づいてきた女性陣に、男性陣は皆口を閉じた

女性陣は全員水着姿で、普段隠れていた素肌が見える為、皆一様に色っぽく  見える

…ちなみに、髪型は皆 普段と変わらない様だ

「おまたせー!」

そう言いながら近づいてきた恵に、統司はドキッとする

恵は、ビキニにパレオを巻いた姿であり、スタイルの良さがより際立って見える

「おおお!すっげぇ!最っ高!超似合ってんじゃん!!」

『うん、すっごく似合ってるよ!』

蒼依と統司は思わず声を上げ、恵の水着姿を強く誉める

そして2人のリアクションを聞いて、恵は両腕で少し肌を隠し、顔を赤らめながら返答した

「あはは、ありがとう、…でもあんまり見られると…恥ずかしいな」

『あ…ご、ごめん、でも良く似合ってるよ』

統司と恵は互いに顔を赤らめて照れるが、その様子に蒼依は茶化す

「ん?なーにを2人共意識してんのさ?…もしかしてお前ら…」

しかし、にやにやと笑う蒼依の背後に、小柄な人影が寄る…

「ていっ!」

蒼依に背後から近づいた月雨は、蒼依の背中に手刀を当てる

「いって!何すんスか先輩!」

「ねぇねぇ、私の水着姿はどうだい?似合ってる?似合ってる?」

蒼依の反論を無視して、統司と蒼依に水着姿を見せびらかす

月雨は小柄ではあるが、出るとこは出て、体つきも整っている為、ビキニ水着が似合っている

「先輩も、良く似合ってますよ」

『えへへ、ありがとっ!…でーも、私の水着姿を見て興奮しちゃあいけないよ?』

統司の感想に、小悪魔的な笑みで月雨は冗談を言う

その後ヒョコヒョコと詩月のもとに走って行き、先程と同様に詩月にも反応を聞きに言った

そして詩月は月雨の姿を誉めると、まるで子供扱いの様に頭を撫でるが、撫でられた当人は特に気にせず満面の笑みを浮かべる

ふと蒼依はすぐ近くで、無言で立ち尽くす篠森の姿に気付いた、彼女も皆と同じ様にビキニ姿で、帽子を被っていた

「…あれ?篠森も泳ぐのか?」

『…ええ、折角なので、…このような機会でもないと、泳ぐ事はありませんので、…何か不都合でも?』

いつもの様に淡々と話す篠森に、

「いんや、ちょっと珍しく思っただけだ、水着似合ってんじゃん」

『…あんまり人の素肌をベタベタと見ないで下さい、非常に気持ちが悪いです』

「誰も見ねぇよお前の肌なんて」

『祟り殺しますよ?』

あっさりと地雷を踏み抜いた蒼依に、篠森は即答で暴言を吐き、蒼依のもとから歩き去る

蒼依は照れ隠しなのだろうかと思って微笑むが、それを見ていた他の数名はやれやれといった表情で呆れる

蒼依から離れた篠森は、統司と恵の側に、…統司と近い位置に来た

統司は すぐ傍に来た篠森から、鼻に付く匂いがした、恐らく日焼け止めクリームを相当塗りこんでいるのだろうか

「あ、月裏ちゃんどうしたの?」

『…いえ、別に…』

そう言いながらも、どこか落ち着かない様な、少しいつもと違う雰囲気を感じる

「…霧海先輩、私の姿、おかしくありませんか?」

『いや、良く似合ってると思うよ、…でも眼鏡かけてると 眼鏡焼けするぞ?』

「その点はご心配なく、既に対処済みですから」

…篠森の顎の筋に白い跡が見える、どうやら顔にも日焼け止めを塗ってある様だ…

そんなやり取りをしていると、水内の声が響く

「それじゃ夕方まで自由行動や!あまり遠くに行かず、怪我しない様 無茶な行動はしないように!!」

水内の指示に、部員一同返事をし、それぞれ行動し始めた

 

「それじゃあ!俺が一番乗りーっ!」

そう言いながら蒼依は川に向かって走り、腰まで水に浸かると、おもむろに水中に潜り、少しして再び立ちあがる

「っぷはぁあああ!冷てえええ!!」

蒼依はそう叫びながら、髪を掻き上げる

「ほらほら!早く来いよ!!」

蒼依はそう言いながら恵に向かって川の水をかける

「キャッ!!…良くもやったわねっ!」

水をかけられた恵も、興奮しながら川へと向かう、川に足を浸けた瞬間「冷たい」と呟くが、直ぐに川の中に向かう

一方統司は、直ぐに川に入らず、少し上流の方に歩いて向かう

そしてその途中、河原にしゃがみ 石を拾っている篠森の姿を見かけた

「どうした篠森?」

『いえ、私泳ぐのに不慣れで、…とりあえず素肌をさらす事に慣らしている所です、…とりあえず御影石でも無いかと思って』

「ははは…そうかい」

やがて篠森は石を積み上げ、「賽ノ河原」と独り黒い発言を呟く

統司は川沿いを歩きながら、篠森の真似をするかの様に石を探す

手頃な石を見つけた統司は、川を見ながら拾った石をお手玉の様にポンポンと投げ、そして低姿勢で大きく振りかぶり…石を投げた

統司が投げた平たく丸い石は、回転しながら水面を蹴る様に数回飛び跳ね、淵の近くで沈む

その様子を篠森はしゃがみながら見ており、統司に近づき呟くように話しかける

「…上手いですね、先輩、…水切り…でしたっけ」

「うん、そう、…まぁ今のは上手くいった方だけどね」

そう言い、統司は再び上流の方に歩いて行った

一人残った篠森は、統司の様に低い姿勢で大きく振りかぶり…、回転する様に石を投げた

投げた石は、統司ほど長い距離では無かったが、その分多く水面を飛び跳ね、川に飲み込まれていった

その後 特に喜ぶ様子もなく、やがて下流の恵達の方に、篠森は歩いて行った…

 

…そして更に下流の方に、顧問たち3人はいた

水内はビキニ姿で、金林はワンピース型の水着姿であり、文由を含む3人共 上に1枚羽織っていた

一番下流側で文由がいつもの笑顔で、悠々と釣りをしている

既に何匹か釣っており、収穫はなかなかの様だ

また水内は、近くの岩にシャツをかけた後、川の中に潜り込む

そして川底の仕掛けの中を見て、獲物が掛かっているのを確認すると、その仕掛けを引き上げ 河原近くの水辺に置く

対して金林は、河原やその傍の林で、カエルやイモリ等を見つけては戯れていた…

 

統司の向かった上流では、それなりに大きさのある滝が大きな音を立てて流れ落ちていた

…そこで見た様子に、統司は苦笑した

目を閉じて滝に打たれている詩月と、その滝によって出来た大きな滝壺で、速い川の流れに逆らって 一定の速度で延々と泳ぎ続ける魁魅の姿があった

一つ言える事は、…とても遊んでる様子には見えなかった

ふと気がつくと、その滝壺の付近に、水流がせき止められ それなりに深さのあるプールの様な水辺があり、そこで月雨は泳いでいたのを見つけた

統司が月雨の姿を見つけたと同時に、月雨も統司の姿に気づいた

「やっほー!」

近づいた統司は、水辺に足を入れ座った

「なんかすごい光景ですね…、なんというかシュールです」

『そうなんだよ統司君、2人共まるで修行でもしてる様に、さっきからこんな調子なんだよ』

そう言うと水辺から月雨は這い上がった

「行こ?統司君!2人は置いてって、戻ってあそぼっか!」

月雨はそう言いぺたぺたと河原を歩き、統司は歩く月雨を追う

やがて少し下流の方に下り、はしゃいでいる蒼依達の姿が見える位置で、統司は立ち止まる

「それじゃあ月雨先輩、俺はここら辺で泳ぎます」

そういい、統司は水着のポケットからゴーグルを取り出す

「あいよっ!じゃあ私は恵ちゃん達といるからね〜!」

統司は腰まで漬かっている位置に既におり、月雨の言葉に「分かりました!」と返答すると、統司はゴーグルをつけて、大きく息を吸い込み、深く潜り込んだ

…どうやら統司は、潜水する形で泳ぐようだ

 

そして再び蒼依達の場所、月雨も合流し、より一層はしゃぐ声が広がる

少し経ち、どこからか用意したビーチボールで3人は遊びだす

しかしやがて「そーれぇ!」と、蒼依が声を上げた瞬間、蒼依は水中に引きずり込まれる様に姿を消した

その場所の水面は、腰ほどの高さである筈だが…

そしてザバァと水中から姿が現れるが、それは蒼依ではなく篠森の姿だった

その姿はまるで幽霊の様に濡れた長髪が降りていて、恵と月雨は「ヒッ」と短い悲鳴を上げる

そしてすぐに蒼依が現れる、…どうやら水を飲み込んだ様で、蒼依はひどく咳き込む

「…今のは車内で無視した罰です」

『ゴホッゴホッ!無視のペナルティーでけぇよ!!下手すりゃ死ぬっての!』

篠森は髪を掻き上げつつ、どこかに仕舞っていた丸眼鏡を取り出してすぐに掛け、いつもの様に淡々と話す

その様子に恵と月雨は大きく笑い、元の調子に戻った蒼依も釣られて笑う

…篠森もどこか口元が微笑んでる様に見える

?

 

やがて日は傾き、辺りはすっかり夕日に染まる

そして女性陣は、先に温泉に入っていた

屋内にしっかりと敷石が張られており、もはや浴場と言える程にしっかりとした造りになっている

「……ふぅ」

湯に肩までしっかりと漬かり、髪を解いた恵は一息つく

周囲には湯気が濃く立ち込めており、壁際に積まれた桶の輪郭がぼやけている

「やぁ恵ちゃん!まったく良いお湯だねぇ〜、それに大きいし!」

温泉の中心部から、月雨がスイスイと泳ぎながら恵の側に寄る

月雨もいつものツインテールを解き、かなりの長さになっている髪が水面で揺れている

「疲れが取れますね〜、月雨先輩」

『そういや恵ちゃんの肌って、去年も言ったけどすべすべして綺麗だねぇ』

そういいながら月雨は、恵の腕を肩から滑る様に触る

「そう言う先輩も、もちもちと潤って綺麗な肌じゃないですかぁ」

『いやいや!恵ちゃんには敵わないってぇ〜…うりゃ!』

「きゃっ!もう…、先輩!…止めて下さ!…ちょ!どこ触って…、ひゃうっ!」

お湯の中、月雨は恵の肌と言う肌を触る

「いや〜、…にしても恵ちゃんの このスタイルの良さはうらやましい…、どうやったらこんな風になれるんだろうねぇ…」

『アハハハハ!ちょっと先パ…変な所触らないで下さ…!アハハハハ!!』

月雨の肌に触れる感覚がくすぐったいのか、恵は過呼吸で笑い転げている

そして身体を洗い終えた篠森が、ひたひたと近づいてくる

「…何してるんですか?…少しは静かに、ゆっくりできないんでしょうか?」

『はぁーい』

聞きわけの良い子供の様に、月雨は篠森に返事を返し、恵から手を話す、…これではどちらが先輩か分からないだろう、

…一方恵は、ハァハァと息を荒げながら、背をもたれる

篠森は普段のポニーテールを解き、2人の様に長髪であるが、決定的に違うのは、いつも掛けている丸眼鏡が無い事だ

「…どちらさま?」

月雨は篠森の顔を見たが、首を傾げる

「…何をとぼけた事を言っているのですか?」

『え?もしかしてその声って月裏ちゃん!?うっそ本当に!?』

篠森の声を聞いた月雨は、驚いて大きな声を上げる

そして息が整った恵は、月雨を挟んで篠森の方を見る

「…ハァ、月雨先輩どうしたんですか?篠森さんがどうか…」

そして恵も、篠森の顔を見て固まる様に驚いた

「…篠森さんだよね?」

『北空先輩まで…、人の顔を見て何を驚いているのですか?』

「やっぱり!…着替えてた時からちょっと思ってたんだけど、やっぱり篠森さんって、すっごく美人だね!」

篠森の素顔を見て、恵は興奮しながら声を上げる

「そうだよ!すごく見違えたよ!まるで別人だもん!すっごい綺麗!」

同様に月雨も黄色い声を上げる

「…あまりそう言う事を言わないで下さい、…そういう言葉には慣れてないので、どう反応したら良いか…、それに人は外見だけで測れません」

篠森は湯をすくって顔に浴びせる

「自信持ちなよ、こういう時は精いっぱい自慢すればいいんだよ!どうだ!綺麗だろうっ!・・・ってね!」

月雨は はしゃぐ様に、偉そうな態度をしてそう教えるが

「…そうですか、ですが私は遠慮しときます」

篠森はそう言い、普段の様な無表情になる

 

・・・一方、鬼焚部の3人の向かい側、温泉が流れ落ちてくる所に、顧問の2人はいた

金林は、流れ落ちる温泉を直に受ける位置に背もたれ、湯を受けている

そして水内は、その隣で大きく一息ついている

「…っふぅ〜、生き返るぅ~~~!! …金林、あんたそれ熱くないんか?」

温泉の温度は高く、湯の温度が高めの場所である、温泉が流れ落ちる付近で、水内は来て浸かっているが、高い湯を直に受けている金林が気になった

「…平気、この位が丁度良い・・・」

目を伏せ、いつもより穏やかな表情である金林は、いつもの静かな声色で返答する

「…そうかい、…にしても、小娘たちは騒がしいな、なーにを話して盛り上がってるんだか?」

『さぁ?…』

濃い湯気によって水内からは、3人の姿は人影でしか分からない

湯につかりながら、水内は深く息を吐きながら、背伸びをする

「んんん〜!…っふぅ、ここは一杯・・・酒でも飲みたい所なんやけどなぁ…、全く勿体ない」

『残念だけど、私たちは仕事・・・』

少し寂しそうな表情で金林が答える

「しゃあない、明日の帰りにでも、飲みに行くかいなっと」

『賛成』

金林は右手だけを湯から出して、手を上げる

「お、珍しいやん、そんじゃ決定!」

そう言った後、水内は「ふぅ」と背をもたれた

 

 

一方その頃、男性陣は夕飯の支度をしていた

車のトランクから、バーベキューグリルなどの機材や道具を取り出し設置する

・・・新月の為、頼りの詩月は力が出ず、2年組と文由で大体の準備を行い、皆 汗がにじみ出ている

その後、スタンドライトで辺りを照らしながら、食材の下ごしらえをする

統司はそれなりに料理が出来る為、特に問題は感じなかったが、他の部員が出来るのか少し気になっていた

・・・驚いた事に、部員の皆は調理の実力がある様で、各々 手際良く下ごしらえを行っていた

特に心配していた蒼依に関しては、進んで魚を捌いており、しかも手際が良い

・・・唯一調理が出来ないのは、顧問の文由だけだった

「蒼依すごいな、魚捌けるのか、しかも手際良いし」

『ん?ああ、まぁな、…姉貴と一緒にしたり、たまに代わりに作ったりしてるうちに結構出来るようになってね、…それに飯作るのってなんか楽しいじゃん、…実のところ結構料理すんの好きだったりするな』

「へぇ…そこまでとは意外だな、流石に俺もそこまではいかないな」

統司と蒼依は多少喋りながら行っていたが、刃物の扱っていることから慎重に行っている様子であった

「そういや蒼依、あの巨大な荷物の中身は一体何だ?」

『あー、あれは暇つぶしのトランプとかだな』

そう言うと蒼依は「にひひ」と笑い、統司はやや呆れる

そうやって会話しながらも、統司と魁魅は野菜を、詩月は肉の味付け等、そして蒼依は魚を、素早く慣れた手つきと調理する

・・・残る文由は、紙皿や紙コップなどの準備を行っていた

 

すっかり日が落ち、周囲の木々によって陽の明かりも入らなくなってきた頃、女性陣が風呂からあがってきた

「お、来た来た!」

暗闇の中で、周りが見えにくい筈なのに、蒼依は気配を察知していた、こいつには女の子センサーでも搭載しているのだろうか

「お待たせ!…って凄い!これ全部皆でやったの?」

食材が用意されている状態を見て、女性陣は「おお」と驚きの反応をし、恵は思わずそれを口にする

「スゴイスゴイ!皆料理うまいんだね!」

月雨は元気な声で評価している

「まぁね、でも野菜は手頃な大きさに切っただけだし、肉は詩月先輩が準備して、後の食材は大体が蒼依ですよ」

統司がそう説明すると、横にいた蒼依が「へへっ」とはにかむ

「それでは皆集まった事だし、食材が痛む前に食事にしましょうか?」

詩月は水内達 顧問に確認を取る

「せやな、折角用意してもらった事やし、時間も良い頃合や、飯にしよか!」

水内の指示で、皆一様に声を上げる

 

鉄板には肉や野菜などの食材が、心地よい音を立てて焼かれる

食材の準備をした男性陣の代わりに、調理は女性陣を中心に行われた

片手に紙皿を持って立ちながら、一同は会話を挟みながら食事する

「…にしても、蒼依君が料理得意とは、すごく意外だね」

『得意なだけじゃなくて、結構料理は好きでやってるぜ?料理は俺の唯一誇れる得意分野だからな!』

蒼依はそう言うと、皿の上の料理を口に頬り込み、あまり噛まずに飲み込む

「そうだ霧海!得意というか特技繋がりで、お前アレ皆に聞かせてやれよ?」

件の統司は、鉄板の前で料理を取っていた最中であり、蒼依の呼びかけに振り返る

「…あれ?あれってな……まさか、アレかよ?」

統司は察しが付き、苦い顔で返す

「そう、お前の特技!折角だからこの機会に披露しようぜ!お前の真似すげぇうまいんだから!」

恵は首をかしげながら「真似?」と小さく呟く

「あのなぁ…蒼依、そう軽く言うけど、本人としてはだいぶ恥ずかしいんだけどなぁ…」

統司はテーブルに料理を乗せた皿と箸を置き、バツが悪そうに頭をポリポリと掻く

「ちょっと気になるなぁ…、霧海君の特技、私見たいなぁ…」

『え、何?統司君何か出来るの?はいはーい!私も見た―い!』

恵と月雨のコールにより、統司は覚悟を決めさせられた様だ

「…はぁ、…まぁ、…やりますけども…」

深くため息をついた後、そう呟き、統司は覚悟を決め始める

大きく深呼吸し、喉を押さえながら何度も咳払いをし、「あー、アー」と声の調子を整える

そして統司は声を出した

「[水内センセェ、すいませんっしたあああ!]」

統司の口から出た音声は、疑いようのない程、“蒼依”の声だった

「なんや蒼依、急に謝ってきて、ほんま気色悪い」

口に箸を加えながら、水内が近づいてきた

「あ!いや!俺じゃないッス!俺じゃ!」

『[あ、俺です、俺の方です、俺が言いました]』

「ってどっち…ん?」

声の出る方向に違和感を感じたのか、統司の方を向く

「[俺です、霧海です、俺が喋ってます]」

水内は目を丸くし、咥えていた箸を手に持つ

「ひゃー、ほんま驚いた、霧海あんた腹話術できんのかいな」

『[あ、いえ、腹話術じゃなくて…俺、声真似が得意なんです]』

蒼依の声に変えたまま、統司は説明する

「うわぁ〜!すっごーい!すっごく似てるよ!…歌が上手いだけじゃなくて、そんな特技も出来るんだ!」

『すっごい!統司君じょーずじょーず!』

「…驚いた、君にそんな特技があるとはな」

『ほお、凄いな、見事な声真似だ』

「…ブリリアント」

『あはは〜、霧海君〜すごいね〜』

「神業…」

鬼焚部の全員から、一様に誉められ、統司は気恥ずかしく感じる

「[…じゃあ、次は魁魅の声真似で!]」

『なっ、俺だと!?出来るというのか?』

驚く魁魅をよそに、統司は声の準備を始める、どうやらいくらか吹っ切れた様だ

「[ふっ、蒼依などと一緒にされては困るな]」

またもや、疑う余地のない、完璧な“魁魅”の声だった

「すごいすごい!じゃあ今度私の声真似やって!…できる?」

『[出来ますけど…男からいきなり女声に変えるのは、少し時間が掛かりますよ?]』

「え!?出来るの?じゃあおねがい!」

そして少し時間をかけて、統司は声を変え、どうやら準備ができた様だ

「[私、月雨魃乃!ツッキーって呼んでね!]」

見事な事に統司は、月雨の高い声を精密に発声してみせた

「わぁあ!すごい!すごいよ統司君!!私にそっくり!」

真似をした本人は、自信を持って行い、その結果を誉められたが、やはり恥ずかしいのか、統司の顔はやや赤くなり少し顔を背ける

「[…じゃあ、次は別の人にしますね]」

月雨の声で、静かなトーンで喋る統司の声は、まるで月雨が落ち込んでいる様な印象であった、…やはり本人に近いテンションで発声しないと問題がある様である

やがて少し時間をかけて準備をした統司は、次の人物の声を出した

「[鬼焚部部長、詩月鬼央だ]」

その地に響く様な低い声色は、詩月の特徴を的確に模した声だった

相変わらず、統司が声真似をするたびに、周囲はわぁっと歓声を上げる

ふと統司が眼だけ動かすと、恵の目が輝いて見つめている事に気付き、一瞬やれやれといった表情をし、次の人物の準備にはいる

そしてまた時間をかけて、声の調子が整うと、統司は口を開く

「[2年1組、鬼焚部在籍、北空恵です!]」

統司の声真似を聞いた周囲は、今度は拍手をしてざわめく

…しかし先程から、鬼焚部の全ての人間が集まっている中、たった一人だけ全くアクションを起こさない者がいた

しかし統司は、どこか吹っ切れた様に声真似を続けている…

「[蒼依ィ!まーたしょうもない事しおって!そこに正座しぃや!]」

今度の声は水内の真似であった

「おぉ、ほんまに似とるなぁ」

水内は腕を組みながら感心している

「[あー、疲れた…流石にこんなに人数を 続けてやるの初めてだからなぁ…]」

水内の声のまま、統司は呟いた

「…ってか統司、ひょっとしてお前、俺になんか怨みとかあんの?」

蒼依は苦い顔で統司に問いかける

「[いや無いけど、他に話すセリフが思いつかないんだよ]」

水内の声のまま、統司は蒼依に言い返し、蒼依はその声に苦笑する

そんな様子の中、先程のアクションを全く起こさない者…篠森はその場を離れようとする

しかし構わず統司は、次の人物の声に変え、そして声を発する

「[…蒼依先輩って、バカですよね]」

その声真似を聞いた瞬間、篠森は歩みを止め、眼を見開いた

そして振り返り統司に向かって素早く歩み寄る

「な、な!なんですか!なんですの今のは!」

その様子は普段の篠森とは違った

「[何って、君の声真似だけど]」

『止めて下さい!!今すぐに!!ひ、非常に不愉快だ!!』

統司が、篠森の声で言いきる前に、篠森は声を荒げて言い放つ

その様子は今までに誰一人見た事のない、尋常じゃない取り乱し方だった

統司を見る篠森の瞳は、殺意までは感じなくとも、強い否定の意思を感じる

篠森はまるで肩で息をするように、呼吸が荒くなっている

「[…ゴホン、アー、あー]」

その様子に統司は声を戻し始めた

「あーーー、…これでいいか?」

元の、本来の声に統司が戻ると、篠森は顔を下に伏せる

「…スイマセン…でした、柄にもなく、取り乱してしまいました、…先にテントに戻ってます、…御馳走様」

篠森はそう言いながら振り返り、テントへと向かった、その表情は普段通りの無表情へと戻っていた

篠森の激しい剣幕に当てられ、周囲は静まっていた

「あー…」

蒼依はバツが悪そうに、頭を掻きながら口を開く

「…まだ残ってるしさ、飯の続きにしようぜ?」

『…あ、ああ、そうだな』

蒼衣の発言に、統司は賛同する、しかし水内は、関心出来ない、といった様な呆れた表情をする

「全く、お前言う奴は…空気を読むという事が出来んのか、…まぁ食材が悪くなって捨てるのも申し訳ないし、ここは蒼依の意見に賛同としようかね」

そう水内が言いきると、小さくため息をつき、テーブルの方へと静かに向かう

水内の心境としては、「子供は子供で、本人たちが自分で何とかするものだ」と考えていた

そして当初より少し沈んだ空気の中食事は続き、やがて食材は全て消え、夕食は終わりとなった

…ちなみに男性陣は残飯処理ということで、それなりに残った食材を、無理 やりにもきれいに食べさせられ、それぞれ楽な姿勢を取ってぐったりしていた

 

テントの中、ここは女性陣の方である

取り乱していた篠森は、ランプの明かりに照らされながら、隅の方に三角座りで、いつもの様に分厚い本を読んでいる

やがて、一足先に食事を終えた恵がテントに入って来た

「…大丈夫?篠森さん」

『…北空先輩ですか、…先程はお見苦しい所を見せてしまい、すいませんでした』

その様子はいつも通り、本から視線を外さずに淡々と話していた

「いや…そんな…、元気 出してね?」

恵は心配そうな表情で、篠森に微笑む

「…お気になさらないで下さい、…私があんなことで、勝手に動揺しただけの事ですから」

『…ご飯はもう良いの?』

「…小食ですので、食事は十分に摂れました」

『………』

恵は静かに篠森の側に座る

そしてしばらく、沈黙が続いた

「…でも、篠森さんにあんな表情があったなんて、ちょっと驚いたな」

『………、…そうですか』

「うん、驚いた、…篠森さんって、どこか遠くて、なんだか溶け込めてない様な」

『…そう…見えますか?』

「あ、ごめん、…気に障った?」

『…いえ、自分でもそう思いますから』

「…でも、さっきの篠森さん見て、ちょっと皆に近づいたのかな?って、…そんなの、私の勝手な思い込みなんだけどね」

そう言うと恵は、三角座りで顔を埋める

「…いえ、その通りだと思います」

その言葉を聞いて、恵は顔を上げる

「…私も、少し変わったと思います、…鬼焚部に誘われて、そこで部活を通して、先輩達皆さんと関わって、…おかげで少し変われたと思います」

篠森のその顔には、微笑が浮かんでいた

その表情を見て、恵はいつもの明るい笑みを浮かべる

「やっぱり、篠森さんは可愛いよ、…女の子なんだから、いつも明るい表情をするのが1番だよ!」

めぐみがそう言うと、篠森は先程とは違い、一瞬ニコリと笑うが

「…からかわないで下さい、私は読書の途中ですから、用事以外で邪魔はしないで下さい」

篠森はいつもの無表情で、本に視線を戻し、恵に対して毒を吐いた

「あ、あはは…、どうやら心配しなくても元気だったみたいだね…」

思わず恵は苦笑した

 

一方男性陣は、食後にダウンしていたが、しばらくして落ち着くとテントにて一度準備して、一同温泉の場所へと向かった

「おお!すっげぇ!普通にでけぇ!」

蒼依はまたもや声を上げ、室内で声が反響していた

統司もこの広さに驚いたが、流石に声を上げる程じゃないだろうと、蒼依に対して突っ込んだ

一同温泉に浸かって一息つく、それなりに距離を開け、部員たちは横に並んでいた

文由は温泉が流れている傍で、いつもの様にニコニコと笑みを浮かべている

ちなみに身体を洗っていた時に、案の定 蒼依は横から覗き込んできたりしたが、その他諸々の行動は割愛しよう

「…はぁ、生き返るー!」

『おっさんかお前は』

「…にしても、残念だ、嗚呼残念だ」

『何がだ?』

「浴場が二手に分かれて、尚且(なおか)つ同じタイミングで温泉に入れなかったら、こういうイベントに付き物の、男としての行動が出来ないではないか」

『はいはい覗きね、全くお前は生粋のバカだ』

「そんなこと言って、お前も」

『俺はパスだ』

「いや、まだ何も言ってねぇって、…ひょっとしてお前、そういうの嫌いなのか?このムッツリ野郎め」

『嫌いとか、そういうの以前に、俺は危ない事はしない主義だ、お前も分かってるはずだろ、…とりあえず一発殴って良いか?』

蒼依と統司はいつもの様に冗談を言い合う

 

やがて温泉から上がった男性陣は自分のテントへと戻る

しばらくすると、どうやら顧問で花火を持って来ていたようで、皆で花火をする事になった

「わぁ〜綺麗!」

設置された、噴出する花火を見て、恵は声を上げる

皆それぞれ、手持ち花火を持ち、花火を楽しんでいる

蒼依は両手に複数の花火を持って何やらパフォーマンスをしている様な動きをする

月雨がそこに次々と、ねずみ花火を蒼依の足元に投下した結果、蒼依は破裂した花火の火花に襲われている

篠森は大人しく座って花火をしており、基本的には周りの花火の様子を見ている状態である

…そんな中、水内は懐に手を入れ、携帯を取り出す

どうやら携帯が鳴っていたようで、携帯を操作し耳元に当てると、そのままどこか暗がりに行ってしまった

そして皆が花火を楽しんでいる所、しばらくして水内は現れたが

「統司、ちょっとこっち来いや」

『はい?なんですか?』

水内は手招きして統司を呼ぶ

「ちょっと頼みたい事があるんやけど、今丁度良い人間 他におらんから」

そして近づいた統司に突然水内は肩を組んで、暗がりに半ば無理やり連れて行った

その様子を終始恵は見ており、少し心配そうな表情を浮かべる

 

「…ここらで良いか」

暗がりに入る前に水内の組んでいた肩は外れていた

「…それで、こんな人気のない所につれて、一体何の用ですか」

統司は少し、水内に対して警戒していた

「ハハ、別に悪い事をしようとか、お前を取って食おうとかって訳じゃないんや」

そう冗談を言うと、少し険しい表情に変わった

「暴走者が現れた」

その言葉に統司は驚き、そして目付きが変わる

「しかも、どうやらこっちの森に向かって行った様でな、一応捜索されてはいたが、日も暮れて視界が悪くなった事もあり、もしかしたら そろそろこっちで遭遇すると思ってさっき連絡が来た」

『…はい』

「そんで、新月であいつらも不調やし、この中で動けるとしたら…」

『それで、俺だけですか』

「一応休息と言う事で来てるしな、他の奴には知らせない方が良いと思ってな、お前も他の奴に言うなよ?」

『ハイ、分かりました』

「そんじゃあ、もし気配があったら呼ぶけども、その前に準備が出来たらここで待っててや」

『分かりました』

そう言うと、2人は花火をしている皆の元へと戻った

…しかし途中で統司は恵に会った

「あ、統司君」

『ん? 北空か』

恵は統司の呼びかけに笑みで答えた

「ふふ、恵で良いよ」

『お、おう』

「それで、水内先生に呼び出されてたけど、一体何の様だったの?」

『あ、あー…、えっと俺らのテントの中に、なんか動物が入ってきてたみたいで、それの確認…かな』

「ふぅーん、そうなんだ…」

恵は何か怪しむ様な表情で、統司を見ていた

「あ、また様子見に行ったりしないと行けないから、じゃあまた」

そう言うと統司はそそくさと花火をしている皆の元に向かった

その後ろ姿を、心配そうな表情で恵は見つめていた…

 

そして待ち合わせの場所、水内の表情は険しい物だった

「おお丁度来たか、…先程暴走者に接触した、暴走者は川の向かい側に向かって行った、私を見て一旦止まった所を見ると、もしかすると私たちの事が目的かもしれない、そうなると遠くに行ってない筈や」

『わかりました』

「おっと、待ちや、これお前のや」

水内は統司を引きとめると、木刀を手渡す

「ありがとうございます、…でもなんで?」

『念のため持って来ていただけの事や、一応名目上は合宿やしな、…さて、心の準備はええか?今回はお前単独での活動や、くれぐれも気いつけや』

「はい、じゃあ活動開始します!」

そう言うと統司は、水面から顔を出している石を次々と渡って、川の向こうへと走って行った

その様子を水内はニヤッと笑い、「気張りや」と呟いた

 

…統司は森の中を、草木を掻き分けて歩いてゆく

夜の森の中は光が全く入って来ず、辺りは真っ暗闇であり、そして生い茂る木々によって、視界は最悪だった

最初こそ走っていた統司だが、木にぶつかったり躓いたりとした為、とりあえず暗闇に目が慣れるまでの間歩く事とした

しかし僅か数分歩いていると、窪んでいる開けた場所にぶつかった、

そこに黒い人影の様なものの気配を感じると、統司はその場所へ急な傾斜をゆっくりと降りる

崖から滝が大きな音を立てて流れ落ち、落ちた水流は、傾斜の端を伝う様に流れる、その傾斜は先程統司が降りてきたものであり、壁の様に高く辺りを囲っている

人影のある中心は河原となり、まるでコロシアムの様な、円状のフィールドとなっていた

木々の隙間から差し込む星明かりに、人影が照らされている

その気配は間違いなく、暴走した者である

そしてその人影の姿は、小柄な少女であった

「…」

不気味な程に無表情で、虚空を見る様な瞳でこちらを見つめている

先程まで水浴びをしていたかのように、髪から滴が滴っており、服はところどころ枝に引っ掛けたのか裂いており、木の葉が引っかかっていた、更に素足は泥だらけになっている

「女の子…か」

統司がバツの悪そうな顔をして呟く

「…」

少女は、統司が口を開いたのを見ると、ゆらゆらとゆっくり歩いて近づいてくる、本当に自分たちが目的であるかの様に…

統司は少女の様子を見て、木刀を両手で構え、しっかりと握りしめる

その際、統司の頭には滴の言葉が過ぎっていた

(相手は強いから、殺すつもりで、意識を飛ばせば問題ない…っ)

その統司の様子に少女は、足に強く力を込めて、統司に急速に近づいてきた

そして全力疾走するかのようなスピードに、少女と統司の距離はもう僅かへと詰められていた

一方統司は、距離を詰められている間に、木刀を両手で握ったまま水平へと構え直していた

少女は左手を振り上げ、引き裂くように攻撃してきた

…しかしその攻撃は空振り、少女は受けた衝撃に顔を少し歪めた

統司は腕の下を潜りこむように、姿勢を低くして避け、そのまま強く踏み込み 居合の如く、強く力を込めて横に振り抜いた

統司はそのまま少し走って距離を取り、すぐに後ろを振り返り構え直す

気温が高いだけでなく湿気が多く、統司からは汗が流れ落ちる

少女はゆっくりと振り返り、またしばらくすると先程と同じ様に素早く距離を詰めてくる

…しかし少女は、間合いに入る前に飛び上がった

そして少女は横に回転して、統司を地面に叩きつけるかの如く、強く回し蹴りを仕掛けてきた

統司は木刀でこれを防ぐ、そして少女の威力を持った蹴りは、統司が手で支えている箇所に防がれる

少女は強い勢いのまま、地面を転がって行った、どうやら受け身を取り損ねたようである

蹴りの力は木刀から肩まで、電撃のように一気に通過していった

木刀を支えていた左腕が軋む、そして両腕共にかなり痺れている

新月と言えど、暴走した者の力の増加率は驚くほどである

それが先程の様に威力を上げたならば尚更…

あの威力を木刀の中心で、手で支えていない空間部分で受けていたならば、こんな木刀はたちまち折れていたであろう

更に最悪 直撃していたならば、統司の骨は簡単に砕けたに違いない

少女は獣の様に手をついて起き上がり、再びゆらりと直立する

統司は軋む左腕をぐるりと動かし、右腕だけで木刀を構える

受けずに避けるべきだと、統司は判断した

差ほど距離は開いていないのに関わらず、少女は急に走り出し、飛びかかって来た

…しかし距離が短すぎて、少女の跳躍は統司を飛び越える程であった

統司はそれを見極めると、木刀を強く握りしめ、前へと突き出した

少女はその衝撃に目を見開き、ガハッと吐息を漏らし、唾液が河原へと数滴散らばる

統司の右肩へと とても重い付加が掛かる、力を緩めていたら肩が外れる様に強く軋んでいたであろう

少女は木刀の切っ先からぐらりと崩れ落ち、膝と片手をついて、もう片方の手で、突かれた胸を呻きながら苦しそうに抑える

まだ戦う事に、傷つける事に慣れていないのか、統司も少し胸が痛む

少女が怯んでいるうちに、統司は 目一杯距離を開ける

そして少女が怯みから立ち直り、こちらを向いた事を認識すると、統司は少女に向かって駆け出した

少女もそれを見るな否や、変わらず急速に走ってくる

統司は背負う様に両手で木刀を構える

それに対して少女は、右手を振りかぶってくる

そして統司は勢いよく、高く飛び込み、まるで薪を割るかの様に、木刀を強く、垂直に振りかぶった

…ゴッ

鈍い音が耳から直に受け取る

木刀を介して両腕に、岩を強く叩いた様な 堅く鈍い感覚を感じた

少女はグラっと横に倒れ込み、少女の高めのうめき声と共に左手で頭を押さえている

「ウウウ…ゥァア……アァアアア…」

木刀には微かに血が滲み、少女の額からは小さな赤い筋が一つ流れている

その少女の状態を上から見ている統司は、胸が締め付けられる様に痛む

…しかしまだ少女は暴走しているまま、…すぐに戦闘は出来なくとも、まだ気絶はしていない

恐らく今がチャンス、今気を失わせないと やがて回復してしまうであろう

統司は木刀を置き、少女をまたぐ様に上からのっかかる

しかし少女は、乗られた感覚を感じ、抑えた左手の隙間から統司を見ると、空いている右腕で統司に襲いかかろうとする

統司はその右腕の手首を掴み、必死に抑える

その腕力は、小柄な少女のものとは思えない、成人男性の圧倒的に強い力である

必死に統司は抑えているが、少しずつ押し返されている

統司は時間に余裕が無いと察し、考える間もなく意を決する

統司は右手に強く力を込める

「くっ、…ゴメン!!」

…統司は強く、少女の胴体の中心に、みぞおちに拳を繰り出した

少女は、「ゴハッ」と空気を全て吐き出し、カクンと力が抜け、意識を失った

統司はその状態のまま、少女の首筋に触れ、その後口元に手を当てて、少女の状態を確認した

どうやら、無事に気絶させた様だ

「…ふぅ、俺にも…出来たみたいだな」

そう言いながら統司は、少女の上からさっと退き、少女を抱える

そして水内の元に向かって行った

少女を抱えている時に統司は気付いたのだが、気絶の確認の時に、一切汗をかかず、肌がさらっとしていたが、今の少女には額から汗が滲んでいた

…これも暴走する事の影響なのであろうか

やがて水内の元へと辿り着いた

 

「おお、無事にやったようやね、お疲れさん」

水内の傍には、来た時に水内が運転していたワゴン車が止められていた

「そんじゃ、そいつは後部座席に寝かしといてや」

『あ、はい』

統司は指示通りに、後部座席にゆっくりと寝かせる

「…にしても、あんた一人でようやったな、どうやったん」

『え?えーっと………、この子が向かってきたから、それを避けて胴に一発、次に向かってきた時に胸元に突きをして、次は俺が飛びかかって頭に一発、それで最後はみぞおちに拳を一発…ですね…』

説明するために思い出すと、統司はとてつもなく申し訳なく感じ、とても複雑な表情をする

それに対して、水内は嫌味な顔つきで言い返す

「ほう、思いのほかお前容赦ないな…」

そういいながら寝転がる少女をチラッと見る

既に血は止まっているが、額と左手の先に血が付いている

「あ、あはは…、…やりすぎ…ですかね…すいません」

統司は苦笑し、少し落ち込む

その様子に水内は微笑し、統司の肩に手を置く

「冗談や、こん位で十分、むしろ上出来や、…お前のおかげで皆が平和に暮らせるんや、お手柄やで、…だから胸を張って良いんよ?」

『…はいっ!』

「そう、自信持ちぃや、あんたは大事な、鬼焚部の仲間なんや」

『…そうだ、その子 目が覚めたら、痛くしてゴメンって、俺が謝ってたって言って下さい』

水内はそれを聞くと目をパチパチとさせ、大きな声で笑う

「…アッハハハハハハハハ!!…お前はお人よしやなぁ!暴走してた時の事は覚えとらんちゅーのに、ハハハ、よっしゃ任しとき」

そう言うと水内は後部座席に座る少女にシートベルトを巻きつけると、運転席へと座った

水内の返答に統司はニッと笑う

「お前もまだ合宿中なんや、さっさと皆の所に戻りや、あたしは一旦こいつを連れて戻るけど、朝方には戻るさかい、心配いらんで」

『わかりました、お疲れ様です』

統司がそう言うと、水内は車を走らせ、統司はテントへと戻って行った…

 

「ふふふ、統司君お疲れ様!」

突然恵が目の前に現れて、統司はビクッと驚く

「うぉっ!…なんだ恵か、驚いたよ」

しかし恵の言葉に引っかかりを感じた

「ん?お疲れ様って?」

統司の追求に、恵はやや気まずそうな表情を浮かべた

…どうやら、水内が統司を連れて人気のない所へ行った時、少し後に恵は統司の様子を見に行っていた

その際に水内との会話を、微かな声であったが恵は聞きとっていた

その後すぐにその場を離れ、戻ってきた統司と遭遇したのであった…

恵は統司に経緯を説明すると、恵は謝ってきた

「その…ごめんね、盗み聞きしちゃったみたいで」

『ん?いや、全然気にしてないよ、むしろ黙ってたのは俺の方、だから謝るのは俺の方だよ』

統司が謝ろうとした矢先に、他の部員たちが顔を現す

「もう終わった事のようだし、その位で終わりにしないか?」

そう告げたのは、部長である詩月であった

どうやら部員全員に、活動があった事を知られている様だ

「イレギュラーとはいえ、力不足だったのは俺達の方だ、単独で戦わせてすまなかった」

詩月は頭を下げている訳ではないが、詩月の言葉から“申し訳ない”という気持ちが、統司には間違いなく伝わっていた

「…いえ、一人で戦えたのは、今まで皆と一緒に戦ってきて、皆から戦い方を教わったからです、…それに、戦う覚悟が出来たのは、いろんな人から元気づけられたからです、…そうじゃなかったら戦う事も出来なかっただろうし、最悪やられていたと思います」

統司の言葉や表情からは、強い意志を感じる

その言葉を聞いて、詩月は「フッ」と微笑する

「…そうか、そう聞いて安心した、それならばこれからも鬼焚部の活動を任せられるな」

詩月が話し終えると、間を開けずに月雨が割り込んでくる

「それじゃあ、積もる話はここらで終わりにしてさ!」

月雨は花火を掲げる

「ほら、まだやって無いでしょ、線香花火!締めはみんなでやらなくちゃね!!」

そして皆で集まり、各々静かに線香花火に火を付けた

揺れる線香花火に、球が落ちないか心配になりつつも、黙って火花を見つめる

詩月・魁魅・月雨、文由・金林は、数回やって、どうにか最後まで球が落ちずに最後までやり切り

蒼依は何度やっても球が落ちてばかりいた…

そして互いに向かい合わせでやっている、統司と恵、そして一人ポツンとしている篠森は、何度やっても、球は落ちずに最後まで火花を放っていた

やがて線香花火は無くなり、各々のテントに解散となったが…

「わぁ綺麗!」

川の方を見ると、光の球がいくつも飛んでいる

それはホタルだった

気がつくと川だけではなく、周囲にも囲むように光が飛びまわっていた

月雨においては、手のひらに止めるという、懐かせる様な驚異の行動を行っていた

統司はホタルを眺めていると、なんだか鬼火が漂っている様な、そんな冗談も思い浮かんだ

しばらく眺めていたが、やがて面々はテントへの歩みを進めた

統司は気がつくと、全身の汗でシャツがペタッとひっつき、べた付いている事に気がついた

「うあ…、ちょっと汗だくで気持ち悪いから、また温泉に入ってくる…」

『ふふっ、今日は本当にお疲れ様、…じゃあまた明日ね、おやすみ!』

「おやすみー!」

恵と合わせて月雨が挨拶をする

「うん、おやすみ、また明日」

統司は2人に簡単な挨拶を返し、一度テントに戻って着替えを取り、懐中電灯で照らしながら一人温泉へと向かった…

 

モノクロなセピア色の世界、とても懐かしく感じる古い風景…

それは記憶から忘れ去られていたこと

自分は幼い少年の姿であり、そこでいつも少し年上の少女と共に

毎日振り回されつつも遊んでいた…

しかしある日の夜、おじいちゃん…祖父に部屋に呼ばれた

そこで祖父の手には、小さな小さなコップを持っていた

自分からは手のひらだが、祖父にとっては指の大きさしかない容器

…その中には、トロっとした赤い液体が入っていた

祖父はそのコップを自分に渡し、中の液体を飲むように言った

祖父の表情は、怖い物ではなく、何か真面目な顔つきであった

自分は祖父の事を好いており、その時の自分は中の液体に、何も疑う事をしなかった

そして自分は、疑いもせずに一気に液体を飲みほした…

喉を通りつつも、通り切らずに絡みつく感覚、…そして息を吐くと微かに鉄の匂いがした…

そして急に目がかすみ、意識が途絶える…

気がつくと自分は車の中にいた

車が発進すると共に、一緒に遊んでいた少女が走って追いかけてきた

何か叫んでいるが、車のガラスは閉じており、残念だが届きはしなかった…

…そこで視界にノイズが掛かる

 

統貴は額に汗を浮かべながら目が覚めた

そして起き上がり、コップの水を一気に飲み干し、顔を洗う

鏡を見つめ、夢の事を思い出す

夢の事ははっきりと覚えている、そしてこの夢は今まで忘れていた幼いころの過去の記憶

胸の奥に染み込むように、夢の出来事が刻まれている感覚を統貴は感じていた

「昔…か、なぜ忘れてたんだろうな」

…恐らく、あの少女は滴であろう

なんとなくであったが、統貴はふと、滴の顔を見たくなった

 

早朝、まだ日が出て間もない時間

蒼依は寝起きの目、ボサついた髪でゆっくりと起床し、服を持って静かにテントから出た

「ふぁあ〜」

欠伸しながらボリボリと頭を掻きむしりつつ、彷徨う様にどこかへ向かった

着いた場所は温泉であった、どうやら寝汗を流して目を覚ますために朝風呂に来たのだろう

「流石に、こんな朝の時間に誰も使わないだろ」

まだ寝ぼけているのか、独り言をつぶやきながら屋内に入り、服を脱ぐ

ガラリと戸を開け、蒼依はシャワーを被る

…少し経つと、温泉の方から何か動いた様な水音が響いた

寝起きの蒼依も、この音にビクッと反応した

「な!?だ、誰かいるのか!?」

声は響き、その声に反応したかのように水音は近づいてくる

そして湯気の奥から人影が現れ、やがて姿を見せる

その姿に蒼依は青ざめつつも、目を見開いて声を上げた…

「み、水内ィィィィぃ!?」

姿を見せた水内は、タオルで隠しており、一言だけ言った

「やっぱお前か蒼依」

驚く蒼衣に反して、あっさりとした様子の水内

「なんでここにいるんだよ!!か、帰った筈じゃねえのかよ!?」

『帰った訳やのうて一旦戻っただけや、そんで生徒が起きたのを確認した後に戻って来た、せやけど汗だくで気持ちが悪いから風呂に入っとったわけや、 …で、お前はなんや?私の覗きとは、ええ度胸やのう…?』

蒼依は顔を赤くしながら顔を背けて言い返す

「ちげぇよ!言いがかりだ!俺も寝起きで汗だくだし、いつもの習慣で朝風呂に来ただけだよ!」

しかし水内は怪しむ顔で言い返す

「ほぉ、…じゃあなんで、脱衣所で着替えがあるのにも関わらず、堂々と入って来たんや?」

『いや、知らねぇよ!』

と叫んだ後に蒼依は気付く、風呂に入るには服を脱いで脱衣所に置かなくてはいけない、故に目に入る筈

…しかし本当に気付かなかったのも事実である

「寝起きに直ぐに来たから、本当に気付かなかったんだって…」

蒼依は顔を背けたまま、言い訳をする

その様子に、水内は溜息を付く

「…まぁええわ、丁度上がるとこやったし」

そう言いながら水内は戸を開けて出て行った

しばらくして蒼依も温泉へと浸かるが、先程の事もあって直ぐに温泉を上がった

屋内から出ると、そこにはまだ水内がおり、煙草を吸っていた

「な、なんだよ、またなんか言われるのか?」

水内は不満そうな顔して、あたまをポリポリと掻く

「いんやぁ、今回は合宿やし無礼講と言う事で、大目に見て説教はナシや」

『あ、そっすか…』

風呂で眠気は覚めたとはいえ、まだ頭が働いていない様で、蒼依は油断していた

「…ココは学校とちゃうからなぁ、裸見た罰として」

煙草を咥えながら、水内は手の骨をコキコキと鳴らす

「説教やのうて、ここは体罰といこか」

水内の顔は笑顔であり、不気味な気配を帯びていた

「り、理不尽だあああああ!!」

蒼依のその悲鳴は、太陽の日差しと共に山に響いて行った…

 

清々しい朝、真夏であるにも関わらず、辺りが木々に囲まれているからか、涼しげで実に過ごしやすい気候だった

部員の皆は川の水で顔を洗ったり髪をとかしていたりと、各々 行動を取っている

しかし何やら蒼依は青ざめた表情をしており

いつの間にか戻ってきていた水内は、妙に機嫌が良く鼻歌を歌っていた

そして統司も、昨日の色々が原因で、喉が痛かったり、身体の節々が痛んだりと、不調であった

しかし日中の自由行動時には、皆元気になっており、昼過ぎまでにやり残しが無い様に目一杯楽しんでいた

そして帰宅時間が近づき、皆片づけに入っていた

しかし蒼依だけは、あの大荷物の片付けに手間取っており、辺りから散々罵倒されていた

 

帰りの車内では、遊び疲れたのか多くの人間が睡魔に襲われ眠りに落ちていた

統司もイヤホンを付けながらも眠りに落ちてる、その統司の肩には恵の頭が乗っていた

この合宿は、予想外な事に襲われもしたが、鬼焚部の絆を深め、休息を取る、とても有意義な一時であった

やがて車がたどり着き、目を覚ます事になろう

そして残りの夏休みを過ごし、やがて2学期に入るだろう

それまで、鬼焚部の活動は休みとなろう…

 

 

 

第6話  終

 

説明
鬼の人と血と月と 第6話 です。

時系列は、外伝1話の後となっています。
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