鬼の人と血と月と 第8話 「過去」
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第8話 過去

 

 

 

 

 

モノクロなセピア色の世界…

統司は夢を見ていた、だが様子がおかしい

いつもこの夢の時は、はっきりとした統司としての意識があった

しかし今回は意識の判断がつかず、思考が停止していた

前回の夢と同じ場所に着くが、…雰囲気が違う

“新しい”、そんな空気を感じる、自分たちの住んでる世界に、その時間に近いような、馴染んだ空気感を

そしてあの巫女が中心に佇んでいる、森の中、満ち満ちた月明かりの下で

だが巫女の姿は、まるで幽霊のように透き通り、不安定な姿であった

巫女の顔は既に露わになっており、こちらに…統司の事に気付いているかのように、少し淋しげだが笑みを浮かべている

そして巫女は何かを呟いた、だけど声は出ていない

けれど統司には、その“意志”がはっきりと伝わっていた

(…やあ、はじめまして、だね?)

…だが、統司の意識は薄く、意志を受け取るだけであり、会話はできない

しかしそのことを彼女は分かっているようだった

(…せっかく会えたけど、話せないのは、残念)

彼女はそう笑うが、悲しそうな笑みであった

(…色々、君の事を知りたいし、色んな事を聞きたかったけど、時間は無いね)

巫女は目を閉じ、胸に手を当てる

(…あの子に託して、私の選択は良かった、ひとまず安心かな)

そう呟くと、彼女の姿が少しずつ薄れ、徐々に強まる月明かりに包まれてゆく

(…それじゃあ、後は君に任せた、じゃあね、バイバイ)

彼女は笑みながら呟くと、統司に背を向ける

そして強烈な光に、彼女の姿が全て包まれてしまった

「待ってくれ!」

薄い意識の中、統司はそう叫び右手を伸ばすと同時に目が覚める

左目から一滴の涙が伝い落ち、なぜか右手が上がっていた

…うなされていたようだ

だが夢の内容が思い出せない、あの巫女の夢だったのだろうが、そんな気がするだけで確信を持てない

そして胸が締め付けられるような悲しい感覚もない、むしろすごくすっきりとして目覚めがいい

だけど統司は、たった一か所だけ涙で濡れた枕を見て、その感覚に納得することができなかった…

 

 

…季節は移ろい秋へと変わる、10月

夏の暑さもすっかり失せ、心地よい涼しさの風が流れてくる

学校も移り変わる季節に合わせ衣替えを行い、男子はブレザーに、女子は  セーラー服と、それぞれの制服を着る

統司は久しぶりにこの制服を見て、以前 都会に住んでいた頃、男女はそれぞれ学ランとセーラー服、或いは男女ともにブレザーだと、常識のように認識していた

しかし統司たちが通う、この魁魅高等学校の制服のアンバランスさを感じ、改めて神魅町が閉鎖的な田舎だと感じた

衣替えしてから数日経ち、薄着から厚着に変わった事の違和感にも皆慣れた

だが今月は、学校の重大イベントがある

…それは、月末に開催される“文化祭”である

学生は放課後になると急速に活動を始める、当日まで もう一月を切り、あらかじめ準備や企画を考えていたクラスは、予定通りに作業を進めているが、

半分以上のクラスは、今になって本腰を入れたようで、放課後に走り回る生徒の姿を結構な頻度で見かけていた

中には、まだハッキリとした企画を決まっていなかったようで、連日意見のぶつけ合いで大声で喧嘩しているようなクラスもあった

統司たちのクラスは、前者であり、夏休み明けの時に企画が決定しており、適当に準備を進めていたため、何人かが本気で行えば1週間で完成するほどであった

…ただし、何を行うかは周囲にはまだ秘密である

校内の玄関や掲示板など目立つ所には、文化祭で行うイベントの案内や、グループでのパフォーマンスの参加募集チラシなど貼られており、校内の雰囲気も文化祭の騒がしい空気と変わってきていた

クラスメイトは予定通りに作業を進めているが、話しながらのため作業の進度は思わしくない

本来は共に統司も作業をすることになっていたが、今日は病院の予定が入ったため、統司はクラスメイトに謝り 感謝しながら、教室を出た

統司はイヤホンを着け、迷うことなく単独で道を進む

引っ越してから半年、この街にもすっかり慣れ、通る頻度の高い場所への道は自信を持って向かうことができる様になっていた

学校を出て数分、統司は病院へ着いた

自動ドアを抜けると統司はイヤホンを外し、カウンターへ向かう

そしてソファに座りしばらく待っていると、指示のアナウンスが流れ、統司は指定された診察室へと入る

白衣姿の咲森が椅子に座っており、微笑みながら統司に声をかけた

「こんにちは 統司君、あれから調子はどう?」

咲森のその姿、変わらぬ光景に安心感を抱きながら統司は答える

『お久しぶりです咲森先生、ええ 特には…』

統司は言い切れず口籠り、表情が曇る

先月の満月、鬼焚部の活動時の事、統司は激しい怒りを宿していた、そのことを今思い出したのだ

統司の様子に咲森は不審を抱き、心配そうに統司に聞き返した

「どうしたの統司君、…なにかあったの?良ければ先生に聞かせてくれないかな?」

『あ、はい…、実は…』

統司は先月の事を話す、暴走した敵の少年、暴走していた間の発言を聞き、統司は激しい怒りを感じたこと

咲森は怒った理由を尋ねる、統司は咲森の言うとおりに、時々適した言葉が 思いつかず口籠りながらも理由を告白する

「…それで、怒ったままに行動して、彼を気絶させたんです…」

統司の告白を、真面目な表情で聞いていた咲森が口を開く

「…それで?」

その言葉に統司は思わず「えっ?」と疑問を浮かべた

「それで統司君は、彼を気絶させた後どうしたの?彼はどうなったの?」

その咲森の質問に、統司の疑問が解消され再び答える

「えっと確か、…一旦手を止めて 息があるのかを確認し、彼が気絶したのか調べました、後は皆に運んでもらって、自分だけ先に学校に戻りました、…皆にひどい姿見せたし、早くいつもの気分に戻りたくて、皆には疲れたと言い訳をして、好きな音楽を聴きながら一人で学校に向かいました…」

統司は一呼吸置き、続きを話す

「…彼は全身に打撲を受けたショックで気絶したみたいで、命に別状は無かったみたいです、俺が強く殴ったことでいくつか傷があって少しの間 安静にしなくちゃいけない状態になってしまったけど…」

そう言った後また一呼吸置き、統司は卑屈に笑みながら話を続けた…

「学校に戻った後 被害者の少女の話を聞いて、俺なんだか“バカやったな”って思って…、暴走してる奴の言葉をそのまま受け取って、それで勝手にブチ切れて、怒りのままに行動した自分が恥ずかしくて、そんな事になる自分が嫌になって…」

浮かない表情の統司に対して、先ほどまで真剣な顔つきの咲森が、ほっとした様な表情に変わり、こう言った

「…そう、それがどうしたの?」

その医者らしからぬ思わぬ言葉に、統司は驚く

「…え?え!?それが、どうした…って?」

驚いて聞き返す統司に反し、咲森は微笑みながら

「統司君、君はまだ悩み多き若者、思春期の高校生なんだから、そうやって怒ったりするのは、極当たり前のことよ、…君の心の病気とはあまり関わりの無いことね」

咲森はそう言うが、統司は驚きの影響で未だに思考が追い付かず、目を丸くしている

「寧ろそうやって怒ったり悩んだりしている方が、よっぽど正常なことよ、それに相手の意見を受け入れられなくて否定するのは、人として当たり前」

そして咲森は、統司の手に両手をおき、軽く握りしめる

「なにより統司君、君は心の欲望に、怒りの感情に惑わされず、手を止めて彼の状態を冷静になって確認した、…それって感情を理性で抑えて、傷つけた相手の事を心配する事ができるってことよ」

その咲森の言葉に統司は諭され、統司の表情に明るさが戻る

「…はい!!」

統司は自信のままに強く返事をする、その様子に咲森はやさしく笑った

「それじゃあ、いつものようにいくつか質問をするわね、まぁさっきの様子だともう答えは出てる様なものだけど…一応ね」

そう言うと、咲森は統司にいくつか質問をし、統司はそれに自信を持って答える

そして質問を終えると、咲森は質問と統司の答えを書いた紙を見つめ、「むむむむ…」と唸りながら難しい顔をする

その様子に駄目なのかと、統司は心配そうな表情をする

咲森はその表情をチラッと横目に見ると、すぐに笑顔になり告げる

「…フフッ、なんてね、大丈夫よ 結果は問題なし、もう通う必要はないわね」

そう聞くと統司は大きく息を吐き安堵する

「さて…と、それじゃあ最後のカウンセリングとしましょうか、…と言っても、さっきの話もカウンセリングみたいなものだから…何か他にあるかしら?…夢の話とか」

そう咲森は統司に聞き、統司は考えるが…

「…いえ、もう話すことはないですね、毎度の様に見てた夢も最近はすっかり見てませんし、…そうですね、ちょっと聞きたいんですが、あの夢は一体何だったんですかね?」

統司は咲森に質問する、咲森は引き出しからメモを取り出して統司に答えた

「そう…ね、私も夢は専門家じゃないから、夢占いとして 幾つか調べた事しか言えないわね」

そして咲森はメモを見ながら、統司の夢の事を説明する

「今までの 君の夢の特徴、キーワードをまずあらかじめ言うと…、“巫女”“少女”“森”“鬼”“炎”“夜”“歌”“月”“母”この9つね、順に説明すると…」

咲森はそこで一呼吸置き、すらすらと続きを話した

「まず“巫女”、誰かによる救い 或いは抑え込まれた欲望、次に“少女”、これは幸運の暗示、そして“森”、未知なる事への開拓 或いは運気の下降、…“鬼”、不安や迷い・恐れ 鬼と戦っているならば前向きな意志、“炎”は感情や意欲の   高まり、次は“夜”、不安定なココロの状態で恐れ・迷い・不安を示す、“歌”は心の穏やかさを求める気持ちの表れ、次に“月”は、順調な人間関係・恋愛を示し 満月は親しい人と順調な関係が結ばれより強い絆が出来る、或いは人間関係の悩みが解消、…最後の“母”は、実際の母親や 親離れできずにいる事 自立心を示す、或いは 母の姿が楽しそうならば恋愛・愛情の運気上昇・幸運、逆に元気がない場合はトラブルや運気の下降……以上、これが夢に関して私が調べた事よ」

一度に説明した咲森は、一旦深く深呼吸する

「…他に何か聞きたい事はあるかしら?今の夢の結果でもう一度聞きたい事とかは?」

咲森は穏やかな表情で統司に聞く

「ハハ…そうですね、ちょっと途中から聞き取れなくて、…そのメモくれませんか?」

『ええ、いいわよ、はい』

そういい咲森はメモを差し出し、統司は椅子に座ったまま 身を乗り出して 片手で受け取り、「ありがとうございます」と礼を言う

「それで何かある?私に聞きたい事」

咲森は優しく統司に聞くが、統司は答える

「いえ、もう無いです、…今までお世話になりました」

その言葉は力強く、自信を持って統司は答えた

「…そう、じゃあ今日でおしまいね、お疲れ様統司君、…また何か相談したい事があったら、連絡ちょうだい、それじゃあ お大事に」

そう言って咲森は笑顔で手を振る

「ありがとうございました、失礼します」

統司は咲森に頭を下げ、静かに診察室を出た

統司の姿が消えると、咲森は机の上を片づけ始める

…そして咲森は優しげな表情のまま、異様にも微笑を浮かべ、呟いた

「またね、統司君…」

 

それから二日後の昼間

神魅町 都市部にあるデパートの食料品コーナー、滴は夕食の食材の買い物に来ていた

片手に買い物袋を提げている様子から、既に買い物を終えた様子であった

そしてそんな時、滴はふと立ち止まる

その視線の先には、携帯で電話をしている一人の女性が立っていた

滴は周囲をチラッと見渡すが、女性を囲むようにちらほらと、滴の様に主婦達がその女性を見て立ち止まっていた、

…肝心の女性は気付いていない様だったが

なぜ立ち止まったのかというと、彼女から漂う空気がこの地域ではない他の 空気感、そして彼女が放つ 心に直接響かせるような澄んだ声を感じた

それに加えて、此処の物とは違うオシャレでありながらも、控え目に統一された軽めの服装、そして大きなキャリングケースを手に引いている

滴以外にも勘のいい者や年長者ならば前者で分かるが、後者の外見的特徴を兼ね備えているこの女性は、“余所者”と多くの人から容易に判別できた

ふと女性は財布を取り出したが、手からするりと滑り落ち、財布の中から硬貨が出ていった

差ほど遠くに散らばることはなく、女性はしゃがんで硬貨を拾い上げるが、1枚だけ転がってゆき、滴と女性の間で動きを止める

「…ほら!」

滴は転がってきた硬貨を拾い、元気な笑顔で女性に手渡した

その事に女性は気づき優しく微笑んで答える

「ありがとうございます」

女性は硬貨を全て拾い上げ 数を確認すると、再び滴に頭を下げ、デパート内へと去って行った

しばらく棒立ちしていた滴の背後から、周りに溶け込む空気を帯びた人が近づいていた

「北空さん、どうしたの?」

振りかえるとその声は、恵を通じて出来た母親同士の友人、所謂(いわゆる)ママ友として親しく交流している一人だ

彼女の外見は、たれ目で穏やかな顔つきに黒縁のメガネで、大人しそうな外見よりずっとしっかりした性格である

「おお、おっす 御機嫌よう!いやさ…」

そう滴が言おうとすると、遮る様に口を出す

「あら、北空さんもあの人の事見てたのね」

『あ、おう、そうなんだけどさ…』

「あの女の人、ここらへんの人じゃないわよね?」

『おお、そうなんだけどさ…』

さっきから歯切れの悪い返答ばかりの滴に、彼女は疑問をぶつける

「あら、どうかしたのかしら北空さん?」

そして滴は腕を組み、何かを考えながら答える

「ん〜、なんつーか…、確かに違う人って事は分かってるんだけどさ…、こう、どっか知ってる奴の匂いの気がするんだ…」

『知ってる匂い?』

しかし滴は組んでいた腕を解き、次は腰に手を当てて元気に言う

「まぁ女の感、って奴なんだけどさ!」

思わず彼女はクスッと笑う

「女の感ね、でも昔から北空さんの感って良く当たるのよね、特に今みたいな動物的な感の場合とか…」

しかし遮る様に滴は声上げた

「おっと、傷みやすい物買ったから早く帰らないと」

『あら、じゃあ私も一緒に帰ろうかしら』

彼女は穏やかに笑い、滴と共にデパートから去る

その後も歩きながら二人は会話をつづけていた…

そういやさっきの動物的ってなんだよ、ってかその北空さんって他人行儀な言い方止めてくれよ、あら旦那さんの名字は嫌いなの? そうじゃないけど昔みたいに滴でいいじゃん、私は結構気に入ってるけど…

その慣れた会話は、お互いが少女の頃からの友人である事を物語っていた…

 

…そして夕方、魁魅高等学校

授業は終わり放課後へと変わって、生徒たちが慌ただしく動いていた

「スマン、今日は家の都合で早く帰らないといけないんだ、悪いけど今日はこれで」

統司は一緒に集まっていた藤盛と蒼依に謝っていた

「うお、またか、家の都合って?」

藤盛に聞かれるが、統司は何故か焦っており

「ん!?あー、えっとー?」

とはぐらかす様な素振りで考えている

「じゃあ一昨日は何の様だったんだよ」

蒼依は怪しむように目を細めて統司に聞く

「一昨日は病院に行ってて、…もう行かなくていいけど」

と統司はあっさりと答えた、そして再び蒼依は質問する

「じゃあ今日は?」

統司は再び考え、少し経ってから答えた

「…親の都合?」

しかし蒼依は変わらず、目を細めて統司の事を怪しみ質問する

「都合って?」

だが統司はまるで他人事のように「…知らん」とあっさり答えた

その様子に半ば呆れた様に蒼依は声を出す

「はぁ、お前サボりたいだけじゃねぇの?」

その言葉は半分冗談ではあったが、蒼依が言い切ると同時に統司は

「それはない」

と手を突き出し しかめっ面で即答した

その様子にやれやれといったポーズで藤盛が話す

「まぁ霧海だし、サボるとは思えないしな、…しゃーない、了解致しました」

藤盛は冗談交じりにそう言い 笑う、長い前髪で正しい表情は分からないが、口元が横に伸びているため笑っているのだろう

蒼依は頭の上で両手を組み、笑いながら統司に言う

「わかったよ、…ちゃんと練習しとけよ?」

その言葉に統司は微妙な表情で答える

「あー…、親がいるから出来るかどうか分からんが、出来る限り尽力します」

そう統司は冗談っぽく言い、教室から足早に立ち去った…

そしてしばらく経ち、霧海家玄関に統司は到着する

大きく深呼吸し 覚悟を固め、統司は扉に手を掛ける

最後の覚悟「…よし」の一言と同時に手に力を入れ、扉はガチャリと相応の大きさの音を立てて開かれた

「…ただいまー」

統司は習慣的に挨拶を口に出した、よく考えれば言わなくても良かっただろう、そうすれば“確率”は減ったかもしれなかった

しかし習慣は恐ろしいものである、意識しなければ不意に出してしまうものであり、もう少し家の前で考えておくべきだったと後に後悔する

しかし統司はまだそう考えていなかった、…否、別の事に意識しすぎて他に考える余裕は差ほどなかったのだ

…靴を脱ぎ、統司が玄関から一歩 歩いたと同時に、リビングから足早に近づく足音が聞こえた

それを聞いた瞬間、統司の頭にはいくつもの言葉が過る

しまった、まずった、やっぱり、まったく、…等と どれもあまりいい意味を持たない言葉ばかりである

統司は非常に気まずい、微妙な顔つきをしながら、近づく足音から逃げるように、足早に階段へ向かい、階段に足を掛けた時だった

「統司~~~!!」

女性の声とともに、背後から激しく抱きつかれた

統司はやれやれといった表情でおとなしく立ち止まり、そして振り向く

「…ただいま、母さん、おかえり」

駆け寄ってきたのは統司の母、「霧海 癒(ゆ)唯(い)」である

「おかえりー!ただいまー!」

癒唯は抱きついたまま、統司の体に顔を埋めながら答える

癒唯は長期の仕事から帰り、統司の姿をみると抱きついてくる、そんな癖を 持っていた

長い間会えなかった代わりに、それを埋めるように第一のスキンシップとして、少々オーバーに愛情表現を行っているのだろう

当初はこの行動を統司はうっとおしく思っていたが、そう考えるようになった頃には、“これ”もずいぶん慣れた、…だが

「母さん、暑苦しい、っていうかもう離れて、邪魔」

統司は顔をそむけ、淡々と癒唯に告げる

その言葉に癒唯はオーバーに答える

「ヒドイ!統司ったら冷たい、遂に統司も反抗期になってしまったのね…」

抱き締める手を緩め、瞳を潤ませ 上目づかいで統司を見る

統司はそれを見て「うっ」とたじろぐ、しかしこれも癒唯がよく使う手だ

「いや、冗談でしょ、目を潤ませても それ嘘泣きだし」

『そんなに母さんの事、信用できないのね…』

「いや、それも嘘でしょ、いい加減に演技は止めて離れて、本当に暑いから」

癒唯は統司の言葉を聞くと、あっさり離れた

「やっぱりばれた?結構自信あったんだけどな〜」

癒唯の返答は実にあっさりとしたものであった

「当たり前だ、何度それを見てると思ってる」

統司は呆れたように返す、そして統司はなんとなしに癒唯の服を見る、海外から帰ってくるときの服は、いつも高そうな物でオシャレをしている、控えめに統一されているのは、田舎(ここ)に来るからであるのだろうか

「…で、もういいか?一旦荷物置いて着替えてくるから、下で大人しく待っててよ」

統司はため息を漏らしつつ、自室へと向かっていった

癒唯の対応で、統司は何故だかひどく疲れた気がした

…そう、こうなる事を考慮して、統司は早めに帰ったのだ

勿論 統貴から「遅くならないように」と言われていたが、統貴はこの事を  知ってか知らずか考慮しないので、すぐに帰ったのは統司の自己判断である

自室に戻った統司は、癒唯に言った様に行動していた

だが統司は真剣な顔つきをしており、あることを考えていた

夢の巫女と癒唯の顔立ちが、瓜二つな程に似ている事を

しかしこればかりは考えても仕方ない、統司は慣れた調子であっさり着替えると、自室を出て行った

 

統司が帰宅する前、癒唯は統貴と共に“隣人”に挨拶に行っていた

手土産を持って2,300mの距離を歩き、隣家にたどり着く

インターホンを鳴らすと、家の中から声が聞こえる

そして玄関から勢いよく飛び出した滴は驚いた

「お待たせしました…ってあれ?貴女は…」

同様に癒唯も、滴と比べるとあっさりとしたものであったが驚いていた

「あら、貴女は昼間の、その節はお世話になりました」

お互いに頭を下げながら、ふと横目に統貴の姿が見えた滴は、統貴に声を掛ける

「トウちゃん、この人って?」

その言葉に統貴はニッと笑い、目の前の癒唯もクスッと笑い答える

「改めて初めまして、私は統貴の妻の、癒唯と言います、これつまらないものですがどうぞ」

滴は受け取り「わざわざどうも」とお礼を言うが、その直後驚いて声を上げる

「って、貴女がトウちゃんの奥さんですか!?」

『はい、その通りです、いつも夫がお世話になってます』

そう言い癒唯は再び頭を下げる、その様子を見た統貴はやれやれといった表情をする

それに対し滴は考えながら何か呟いていた

「なるほどー、通りで知っている匂いがした訳だ…ふんふん、なるほどねー」

その呟きに癒唯は疑問を浮かべていたが、気にせずに滴は改めて挨拶する

「ああ、気にしないで、…私は北空滴と言います、よろしくお願いしますね!」

滴が先に手を出し、二人は笑顔で握手をする

そして挨拶を終え、統貴と癒唯は自宅へと戻るが…

「ねぇ、さっき滴さんが『トウちゃん』って貴方の事を呼んでたけど…どういう事なの?」

癒唯が言いきると統貴は説明をする

「ああそうだね、長電話になりそうだったから言ってなかったけど、…ここに引っ越す事を決める前の時、僕の言ってた話覚えてる?」

その問いに、癒唯は差ほど考える時間も無くあっさり答える

「ええ、貴方が幼い頃に来た事があるって話ね」

「うん そう、その時に一緒に遊んでた女の子が、実はあの人だったんだよ、凄い偶然だよね?」

その答えに癒唯は明るい顔で返事をする

「なるほどね、通りで貴方とあんなに親しい訳です、フフッ、素敵な偶然ね」

隣との距離が距離だけに、既に扉の前に着いており、統貴は扉を開いた

 

…その日の霧海家の夕食は、癒唯の帰宅のお祝いということで、御馳走となっていた

二人揃って台所で料理している様はとても息が合っており、統司からはとても仲が良い様に見え、深い安心感を感じた

…そして時間は過ぎ夜になった

統司は机の上に紙を広げ、指でリズムをとりながら、何かを呟いている

すると不意にドアをノックする音が聞こえた

統司はノックに返事をすると共に、机の上の紙をまとめる

まとめた紙を引き出しにしまうと同時にドアが開かれる

統司は焦る様子もなく、引き出しにしまい終えるとドアに体を向ける

ドアからピョコっと顔をのぞかせたのは癒唯であった

「どうしたの母さん?」

統司は引き出しに隠したものを悟られないように、真顔で応答したが

「今隠したのは何かな〜?お母さんに見せられない物なのかな〜?」

…癒唯は厄介にもこういう事に対し勘が鋭いのだ

何度も統司は、上手く隠したと思っていたのだが、癒唯に次々に見つけられて散々な思いを経験している、故に嫌な隠し事はしないようにした

今回は特にやましいものではないのだが、“後の為に”今は隠しておいた

…そして長期出張から帰ってきた日の癒唯は、妙にテンションが高いのである

「別に、それで何か用でもあるの?」

淡々と答える統司に反して、癒唯はムフフと上機嫌に笑う

「統司!…一緒にお風呂に入る?」

その言葉に統司は思わず驚き「なッ!?」と声を上げる

しかし統司はすぐに顔に手を当て、冷静になって再び答える

「アホか、そんな歳じゃないっての、ほら用事ないんなら戻った戻った、構って欲しいんなら俺から行くからさ」

その言葉に癒唯はすぐに立ち去って行った

これも毎度の事である、しかしそれを予測していなかった事に、統司はまだまだ甘いなと、深く反省する

 

 

それからまた数日後、昼休みの事

「あ、統司君!」

教室で藤盛や蒼依と話している時に、不意に恵に声を掛けられた

「水内先生からの伝言、今日の放課後 職員室にすぐ集まるようにだって」

『おう、わかったよ』

統司が返事した直後、蒼依が口をはさむ

「え、って俺は?鬼焚部絡みじゃねぇの?」

しかし恵は首をかしげながら返答する

「さぁ?確か蒼依君は呼ばれてなかったと思うけど…」

その答えに蒼依は複雑な表情するが、「まぁいいや」とさっぱり考えをやめる

…そして放課後

伝言通り統司は職員室に向かうが、どうやら恵も呼ばれていたようで、共に職員室に向かっていった

職員室に入り 水内に声を掛けると、早々と机の上を片付け、席を立ち上がる

「ほらいくで!」

水内は急ぐように声を上げると、そそくさと職員室を出る、それに遅れないように統司と恵は水内の後をついて行った

急ぎ足の水内に、統司はどこに行くのかを聞いたところ、どうやら“長老”に呼び出されているようで、長老の家に向かっているらしい

ひたすらに歩く事30分、3人は町はずれの大きな家に着いた

しかし家の前にあった長い階段のおかげで、3人の息は上がっていた

一番先に息が整った統司は、家の外観を見る

自分の家と比べて、田舎らしい木造建築であり相当な年季が入っている様だ

そして何より、一目でわかるほど相当な広さであった

外観を見ていると ふと表札が見えた、そこには「詩月」という名字が彫られていた

「え、ここ詩月先輩の家なんですか!?」

その言葉に水内が答えた

「あーしんどい、…なんやお前 気づかんかったのか?」

『いえ、長老の家には初めて来たので』

「せやかて、詩月は学校の中で1番血が濃いんやから、…霧海の事だから気づいてると思ってたで?」

なにやら妙に買被られている気がして、統司は微妙な表情をして頭を掻く

やがて水内は戸を叩き、「失礼します」と言って戸を開く

少し経つと、家の使用人であろう人物が現れ、その人物について行き とある一室に案内される

その部屋は来客用の部屋なのだろうか、それなりの広さの和室であった

…そしてそこには、既に先客が座布団の上に正座で待っていた

「遅かったですね 先輩方、お久しぶりです」

その先客は篠森であり、篠森は淡々と統司達に挨拶した

「…それじゃあ、私はしばらく離れなアカンから、くれぐれも粗相のない様に」

そう言い残すと水内はどこかへと行ってしまった

とりあえず統司達は、篠森に習って座布団の上に正座で座った

…いつ来るかもわからない長老を待ち、室内を静寂に支配されていた

 

一方、その数分前、再び詩月邸玄関

階段を苦にもせず登りきった人物が二人

…それは統司の両親、統貴と癒唯であった

何故この場にいるのか、それは数日前、癒唯が帰宅して二日後の事

普段あまり鳴る事のない電話が突然コールした

統貴はその電話を取り、相手の応対をする

やがて電話を終えると、くつろいでいる癒唯に話しかける

相手は統司の担任である水内であり、指定した日時にとある場所、…長老の家で重要な話をしたいので、来てほしいとの事だった

そして二人は詩月邸に来ていたのだった

癒唯は戸を叩き、「御免下さい」と声を掛ける

やがて家の中から足早に近づいてくる足音が聞こえ、戸が開く

恐らくは使用人であろう 頭の低い人物が現れ、二人をある一室へと案内する

…その時にある人物が その姿を見ていた、それはこの家の主である人物、長老であり、癒唯のその顔立ちを見て驚き、目を見開いた…が、長老はフッと  微笑すると、やがて姿を消した

案内された部屋が開かれ、そこには先客がいた

「おや、霧海さんのお二方じゃありませんか」

その適当な言葉遣い、先客は滴であった

滴は座布団の上に女座りで座っていた

「あら、滴さん、どうしてここに?」

癒唯は滴に問いながらも、隣の座布団に正座で座り、同様に統貴も癒唯の隣に座った

「いや、私もなんか呼び出されて…癒唯さんもそうなんでしょ?」

『ええ、それにまだ長老さんには御挨拶していなかったので、いい機会かなと思いまして』

そうしばらく話をしていると、戸を開く音がし、二人は黙る

そして現れたのは、水内であった

「どうもお待たせしました、御挨拶させてもらいます、私は2年1組、統司君と恵さんの担任をしています、水内薫(かおる)と言います」

そう言い水内は、座布団の上に正座し深く頭を下げる、…その水内の表情や口調はとても真剣なものであり、普段 学校で統司達が見かける、エセ関西弁の混ざった気楽な様子からは想像できない態度であった

「どうぞ楽に座ってください、…本日はお二方に重要なお話をさせて頂きます、特に霧海さん達の場合は、ここ神魅町に関わる事情を知らないでしょうから、初めから説明させていただきます、長い話になるでしょうが、しっかりと  聞いて理解していただきたいと思います」

楽な姿勢と言ったが、その表情と言葉は真剣なものであり、統貴と癒唯は正座のまま話を聞くこととした

…そこから話したのは、統司が入学当初に水内に説明されたものだった

神魅町に住む住人は、…無論隣に座る滴や話している水内、長老に至ってすべての住人が“鬼人”であること

高校生の鬼人は満月の日に暴走してしまう事がある事

その暴走してしまった鬼人を静めるための部活がある事

その部活には顧問たちが相応しいと思ったものに入部させる事

…そしてその部活に、統司がしている事

それを聞いた統貴はあっさりと納得していたが、それに反して癒唯は驚き深く考えていた

その反応を水内は見ていたが、構わずに話を続ける、鬼焚部の活動内容に関しての説明を…

 

一方その頃 統司達は、黙って座り続け何分経っただろうか

未だに静寂に包まれており、物音をたてることすら躊躇うほどであった

やがて戸を開く音が聞こえ、やっと来たかと安堵するが、来た相手は長老であるとすぐに思い出し、すぐに統司は姿勢を正す

現れた長老の姿は、確かに老いは感じるが口髭は差ほど生やしておらず、  かなり元気な印象を感じた、そして詩月の様に大きな体格で、やはり“先輩”によく似た雰囲気であった

「…どれ、待たせたな、…いや、楽な姿勢で良いぞ」

長老は座布団に胡坐をかいて座る、そして統司を鋭い学校で見つめ声を出す

「…君が統司君か、よく来たな、私が長老の詩月鬼流(きりゅう)だ」

その空気感に気圧されるが、絞り出した様な声で統司は「はい!」と挨拶する

「恵もよく来た、前よりもまた一段と大きくなったな」

恵は慣れているのか、穏やかな様子で頭を下げ「お久しぶりです」と挨拶する

「月裏(つくり)も元気そうで何よりだ」

長老の言葉に対し、篠森は普段通りの様子で答える

「お久しぶりです、ところで呼び出したのはどんな理由ですか」

その挑発しているかの様な篠森の言い方に、統司は驚いていた

しかし長老も慣れているのか、自分の調子で続けており、少し考えて声を出す

「…さて、何から話すか…」

そして統司の方を見ながら声を出す

「統司よ、私たちが鬼人である事、近況に関しての話は知っておるか?」

素の表情である事は分かっていたのだが、やはりこの威圧感にも似た空気に統司は押されてしまい、統司は控えめに「はい」と答える

「そうか、では我ら鬼人の生まれに関しては知っているか?」

しかし統司はその話は初耳であり、「いいえ」と声を絞って答えた

その答えに長老は「ふむ」と呟き少し考えてから話した

「…では、分かりやすく鬼人生まれの話をしておこうか」

統司は「はい」と返事をし、長老は一旦間を空けて話し出す

「…我ら鬼人は、その名の通り“鬼の人”であり、元は人間と妖怪である鬼と二つの別々の種族であった、そもそもこの神魅町は、元は“鬼魅(おにみ)村”という名であり、そこは人間だけが暮らす小さな村であった、…だが私たちの先祖は異なる種族であるにも拘らず交わり、そして二つの子を産み出した、それが鬼人となったが、もう一人は別のものであった…、それは鬼の血を宿した巫女である“巫鬼”だ、それから長い間 鬼人と共に巫鬼も続いておった」

長老は間を空け、再び話を続ける

「鬼人は人間と同じように交わり数を増やしていった、その結果 村の外まであふれ出てしまい、先代の長老であった御方が 付近の街と統一し、今の神魅町となったのだ…ここまでは理解したか?」

その問いに統司は「はい」と答え、それを聞いた長老は口を開く

「…では本題に入る前にもう一つ、それに関わる話をしよう、…先ほど言った“巫鬼”だが、鬼人と違いその力を極力分散させないように、巫鬼は直系だけの家としていたのだ、この地に巫女は不可欠な存在であったが、巫鬼が産まれた事で元の巫女の家系は、その力は昔の比にならない程に力は分散されてしまった…まぁ今でも続いているがな、それに比べて巫鬼の家系は直系だけなのは、…巫鬼が子を産むと、その子に巫鬼の血がすべて受け継がれるからであった、そして生まれる子は全て女児であった」

そこで長老は一旦 一息ついて、再び続きを話し出した

「では巫鬼の力とは何か、…巫鬼には鬼と名のつく存在を“癒し”“静め”“滅す”聖なる力を持っていたのだ、彼女がいたおかげでこの町は平和に過ごせていたのだ、…統司よ、今までの話聞いて理解できているか」

長老の問いを聞いて、一度頭の中で整理し、理解できている事を確認すると、統司は「はい」と返事を返す

「…そうか、では本題へと行こうか、ここからが君たちに直接関わる話だ」

そして長老は語りだす…

 

それは今から30年以上前の出来事

その時の巫鬼、名は「霧(きり)月(づき)真(ま)海(み)」と言い、齢は17の少女であった

彼女は歴代の巫鬼と同様に、自らの役目に対して熱心に取り組んでおり

そして歴代以上の感性を持ち、予言ともいえるべき勘の持ち主であった

彼女は突然ある行動を起こした、それは自身の遺伝子を他者に受け継がせる事だった

彼女は言った「鬼はもういらない、しかし巫鬼はこの地に残さねばならない」

彼女はそうした強い思いで行動していたのだ

その行動とは、生きた自身の血や体液を他の者に飲ませる事だった

昔の実験でその事に効果があることは分かっていた、尚その実験の被験者はやがて外部へと出て行ってしまっていたが、彼女にはそれが関係ない事を分かっていたのだろうか

これらを飲むと、その者に遺伝子が体内に一旦保持される、そして飲んだ者に遺伝子は宿ることなく、自らの子に遺伝子が宿るのだった

彼女は自らを傷つけ、巫鬼の遺伝子を持つ“巫鬼の血”を二人に、そして巫女の遺伝子を持つ体液として“唾液”を一人に託した

彼女は、たまたま神魅にやってきていた幼い少年と、元来住んでいた少女に“巫鬼の血”を、そして少年と関わっていた少女に“唾液”を選び託した

託した少年が去った後、次の満月の日、彼女は自らの鬼の血を暴走させ、鬼の姿となりその命を散らせた

…霧月真海、彼女が最後の巫鬼となり、そして最後の“鬼”であった

 

長老は大きく一息つく

「ここで話は終わりだ、君たちを呼びだした理由は分かるか?」

その問いに恵が考えて答える

「もしかして、私たちがその託された子…?」

『そうだ、君たちが彼女の託した遺伝子の子という事だ』

だが突然 篠森が声を上げた

「…それで終わり?…貴方はまだ話すべき事があるのではないのかしら」

長老相手に失礼な言い草だと統司や恵は思ったが、その表情や口調は本当に真剣なものだった、その様子を見て長老は口を開く

「そうか、気づいていたのか」

しかし言いきる前に篠森は強く声を上げる

「いいからサッサと答えて、貴方達がやった全てを…!」

その篠森の言葉に、長老は静かに口を開いた…

…話はあれで終わりではなかった

話の続きは彼女が命を散らせた直後に戻る

その時の仕切っていた者たちは、この事を嘆き慌て、そして愚行を行った

それは命を散らせた真美の、鬼となってしまった死後の彼女の血を取り、また別の者に流したことであった…

「いいわ それで、これが全ての真実よ」

そして統司達を鋭い眼光で見た後、静かながらも早足で部屋を出て行ってしまった

恵は声を上げて篠森を呼びとめたが、聞く耳を持たず、姿を消していった…

統司と恵、長老は気を取りなおし、話を続ける

「月裏の言うとおり、今の話を含め、これが君たちに関わる話の全てだ」

その言葉に二人は呆然とする、特に統司においては 今日いきなり聞かされた話だ、この地域の真実と共に、自身の出生に関わる秘密を聞かされたのだ

統司は元々都会で育ち、平穏に生きてきており、ゲームなどを通じていくつかの物語を見聞きしていた

統司は驚きつつも、いざ その様な物語めいた話を聞いて 真実味を感じられず、まるで冗談だと思っていたが、それにしては質が悪い

今まで経験した事実と村ぐるみの話、それら全てが嘘である、…むしろその方がありえない

統司の思考はそこに行き着いた、つまり統司はこの話が全て真実であると認めることとなる

「混乱しているだろうが全ては真実だ、すぐにとはいかないが、理解してくれ」

統司の思考にとどめをさす様に、長老は二人に言い聞かせた

「は…はい、…わかりました」

恵はやや困惑気味であったが、長老の言葉に答える

そして統司は…、大きくため息をつき答えを出す

「…わかりました、信じます、…すぐに全てを認められないかもしれませんが」

元より神魅町に来て、鬼焚部に入る時の話を聞いて、統司は“面白そう”と思ったからこそ、鬼焚部に入ったのだ

…ならば毒を食らわば皿まで、一旦了承した問題だ、どうせならとことんまでいこうではないか、統司はそんな諦めにも似た、開き直りの思考で答えた

その統司の言葉を聞いて長老は微笑する

「…そうか、長話に付き合わせて済まなかったな」

そして長老は立ち上がり、何かを言おうとしていたところだった

だが恵は何かを考えており、長老の言葉を遮るように 突然声を上げる

「…ちょっと待ってください」

頭の中で引っ掛かっていた疑問点が分かった恵は、その疑問を率直にぶつけた

「長老の話だと、遺伝した人間が4人いるのではないですか?」

恵の言葉を聞いて長老は再び座り、真顔で口を開く

「…そうだったな、まだそれを話していなかったな、…君らにはそれを聞く権利がある」

長老の言葉に二人は息をのむ、長老の言葉に耳を傾ける

「まずはこの場から立ち去ってしまった月裏だが、…真実を話させたがっていた様に、月裏が鬼の遺伝子を受け継ぐ者、私達の愚かな行為の結果となった子だ」

その言葉を聞いて統司は、長老のその言い回しに違和感を抱く

同時にこの場を去った篠森の考え 、感情が気になった

篠森はこの事実を既に知っていた、その時の篠森は、そして今の思いは一体…

「そして統司よ、君に流れている遺伝子は、…巫鬼の遺伝子だ」

篠森の事を心配していた統司に、その暇はないとでも云うかの如く自身の真実を長老の口から叩きつけられた

統司は膝に置いていた自身の右手を開き、手のひらを眺める

この体には 両親の遺伝子だけでなく、この地に関わる重要な存在、鬼の血…巫鬼の血が流れている、その事実が冗談のようで、統司はやはり信じられずにいた

「そして恵、君に流れている、受け継がれた遺伝子は…、巫女の遺伝子だ」

恵も先ほどの困惑がより一層現れ、茫然としている

やはり神魅町で生まれ育っていたとしても、信じられることに限界はある様だ

統司は未だに自身の事を信じられずにいたが、それでも疑問を晴らさずにいられず、勢いのままに長老に問いかける

「…それで、もう一人は誰なんですか?あと一人 巫鬼の遺伝子はいるんですよね?」

しかし統司の言葉を長老は予想していたようだ

「…うむ、やはり疑問を感じたか」

そこで長老は少しばかり考えていたが、やがて声を上げる

「…やはり関わる者の事は知っておくべきであろう、…もう一人の巫鬼の遺伝子を受け継ぐ者は“陽(ひ)村(むら)緋乃女(ひのめ)”だ」

長老の答えに 統司はその名前に覚えがなく、首を傾げている

…しかし恵はその名前に覚えがあり、驚いた表情と共に声を漏らした

「それって“生徒会長”の名前じゃ…」

その恵の呟きに長老は頷く

「うむ、緋乃女は生徒会長であったな、間違いなく彼女だ」

長老の言葉を聞いて 二人は再び考え込む

統司は、その生徒会長の姿がここに無いのは、長老から話を聞いているのだろうと、そう考えていた

恵は、生徒会長である陽村が 巫鬼の遺伝者であることに驚きを隠せずにいた

少しの間その様子を長老は見ていたが、ふっと微笑して声を発する

「では私からは最後になる」

そう言うと再び長老は立ち上がり、箪笥の引き出しから何かを取り出し、それを統司に見せる

見せたものは写真であった、しかしそれを見て統司は眼の色を変え、長老に顔を向ける

「これって…」

その反応を予測していたように、長老は口を開く

「やはり話通り分かったか、…これは君たちに流れる 巫鬼の血の持ち主だ」

そして統司は再び写真を見る、そこにはあの夢でみた、あずき色をした巫女服の少女が笑顔で写っていた

その表情は、母である癒唯に瓜二つと言った顔立ちであった

統司が写真を注視していると、戸を開ける音が聞こえ、長老は再び立ち上がる

「さて、これで私の話は終わりだ、…では後を頼むよ」

長老がそう“誰か”に声を掛けると、長老が出ると同時に すれ違うように、開いた戸から一人の人物が現れる

その人物は 和室で目立つ真っ白く長い衣服を羽織っており、部屋へと姿を完全に現すと、やがて口を開いた

「お久しぶり、統司君」

その人物が羽織っていたのは白衣であり、その正体は咲森であった

「咲森先生!?どうしてここに?」

思わぬ人物の登場に統司は驚き、疑問を投げかける

「そうね、その質問は私がする説明にもなるわね」

咲森はあっさり表情で、統司の言葉に返答した

一方隣にいた恵は疑問を浮かべ統司に質問する

しかし質問に答えたのは咲森であった

「ああ、私は病院の精神科医をしていて、一時期 統司君の担当医をしていた咲森静(しずか)よ、よろしくね」

咲森はそう言いながら恵に向けて優しく微笑む

恵は咲森に頭を下げ、「なるほどね」と呟いていた

…やがて咲森は説明を始める

「それじゃあさっそく本題に入りましょう、…ここ最近、夜になると妙な気配がするのよ、その気配は私達鬼人に似ているけど、もっと禍々しい気配が…ね」

咲森は腕を組みながら、淡々と説明を続ける

「そしてその気配は日が昇ると、途端に気配を消してしまう、その主の力は夜に強まる様ね、…ただし二つ例外があるの、それは満月の日だけはその気配を感じ取れないの、そして対照的に新月の日に より気配が強まっていたわ」

そして咲森は眼光を鋭くして告げる

「私は気配の主の事をこう仮称する“魔(ま)鬼(き)”とね、…恵ちゃんはこの気配感じたことないかしら?」

咲森は恵の事を知っているようであり、恵に問いかけた

恵は咲森の問いかけに少し考えて、恵は答えた

「…確かに去年から違和感を感じます、特に最近の新月の日は悪寒を感じます、…でも何故私ですか?」

恵からぶつけられた疑問に、咲森は説明の続鬼と共に答える

「…そう、元々この気配を感じ取ったのは1年半前、去年の春の事、今まで気付く事のなかった気配を突然感じたの、それから何度もその持ち主の存在を探ってみたけど、結局はいつも気配を撒かれてしまった」

その答えに統司が省かれた理由が分かった、統司は今年の春より前に来たことは無い、つまり統司には違いが分からないのである

「…分かったのは魁魅高等学校の方向から気配を感じたという事だけ、そして現状 8月の新月の日、起こり得ないはずの暴走事件が起こった、…故にこの騒動にはこの魔鬼が関わっているのではないかと思って、貴方達 鬼焚部にその事を踏まえて活動を行って欲しいと、今こうして情報を与えて協力してもらおうと思ったのよ」

咲森の説明が終わり、統司はいろいろ疑問を感じていたが、その統司の心を読むように、微笑して統司に話しかける

「統司君言ったでしょ?“私は鬼人に関して他の人より詳しい”って、それは私は以前から鬼人の事を調査していたからなのよ?」

統司の疑問の一つは解消されたが、まだ残っている疑問を咲森に聞く

「咲森先生、この話 部の皆には言わないんですか?」

統司の疑問に、咲森はしっかりと答えを返す

「いえ、この話はちゃんと鬼焚部の部員全てに知らせるつもりよ、だけどせっかくだからこの機会に貴方達二人には先に話しておこうと思ったのよ」

そして咲森が答え終わると同時に、統司は背後に気配を感じた

「いやぁ〜、あんたの親を説得するのに苦労したわぁ」

廊下側から声が聞こえ 統司が後ろを振り返ると、そこには首をコキコキと 鳴らしている水内が立っていた

「あれ、水内先生どこ行ってたんですか」

恵が素で質問する半面、統司は驚いた様子で水内に問いかける

「親って、え!? 来てるんですか?」

統司の驚いた表情に反したように、水内はあっさりと答える

「なんや、親が来ること知らんかったんかいな」

水内はそう言うが、言ってる途中で“長老の家に行くことを統司は知らなかった”事に気付き、バツの悪い表情で水内は頭を掻いてたが、再び水内は愚痴る

「ってか統司、あんたの親に“ここ”に関わること全部説明して、そんでもって理解されなアカンから、疲れてもーたわ、…あーしんどかった」

水内はそう統司に言うと「こないな役もうやらん」と呟いていた

その水内の様子を見て、統司は「全くなんて人だ」と思い呆れていた

そんな、恵は水内に問いかける

「先生はこの話、聞いたんですか?」

恵の質問に、あからさまに面倒な表情を浮かべたが、すぐに素の表情で答える

「あん?この話?…あー少し前にな、まぁ部員には各々私から説明するから、特に心配せんでええよ」

その答えに恵と統司は、若干心配だが大丈夫だろうと安心する

しかしそんなやり取りの最中、唐突に咲森は言った

「…では私からあと一つだけ、はっきりと口にしなくてはいけない事を、統司君に一つ真実を突き付けなくてはいけないわ」

その言葉を聞いて統司は、ぐっと心構えをした、そして咲森は告げる

「統司君の病気は私達にとって、はなから存在しなかった、つまり元から正常ってことね」

そう告げると咲森は、今までに見た事のない 何か裏のありそうな微笑をする

そして怪しげな表情のまま、咲森は話を続けた

「…そうそう、統司君の見た夢の場合 物語の様な夢だから、本当は夢占いの対象にならないのだけど、まぁそれでも九分九厘 十中八九違うって訳でも ないから、何かの参考にでもしたらどうかしら?」

まるで他人事のように告げる咲森の様子を、統司はどこか別人のように感じた

「…だけど、かといって信じすぎるのも問題よ、物事 思い込みの力である事も良くあることだから、考え事も頭の隅に入れておく位の気楽さで考えなさい」

優しげな笑みを浮かべてそう言い続けた咲森に、統司は安心感を覚えた、自分の知っている人に戻ったと…

 

…一方その頃、詩月邸別室

統貴と癒唯、滴の3名は、座布団の上で正座し、黙って話を聞いている

その相手は先ほど統司達と話していた長老であった

恐らく水内が神魅町に関わる粗方の説明をした後、水内と入れ替わるように 長老が話に来たのであろう

そして今、先ほど統司達に告げた真実を同様に話し終えたところである

…ただし、“鬼の遺伝子”に関して長老は知らせていない

その話を聞いた3人のリアクションはそれぞれであった

統貴はあっさりと理解しているが、それに対し癒唯は信じられず困惑の表情を浮かべ、反して滴はまるで他人事のようにヘラヘラと笑っていた

「…ありえない、そんな話」

最初に声を上げたのは癒唯だった、関わっていたのが自分の愛する息子であったため、心配性の癒唯は困惑の度合いを強めていった

「ねぇ貴方も何とか言ってよ!?」

癒唯の言葉は同意を求めるような言葉だったが、構わずに統貴は声を漏らす

「…ふむ、なるほど…ね」

『なるほどってあなた、この話信じるの!?』

しかし統貴は、ヒステリックを起こしかけている癒唯に対して、鋭い口調で言葉を返した

「落ち着いて癒唯、…確かに突拍子のない話だったけどさ、僕にはその方が全てに合点がいくんだ」

その言葉に癒唯は疑問を浮かべるが、すぐに統司は説明を始める

「僕は昔ここに来た事がある、それは君にも言ったよね、だけどその時の記憶がかなり断片的で、ほとんど覚えてないんだよね」

癒唯は心配そうな表情で頷く

「…でもここで話を聞いて、忘れていた事を全部思い出した、…ここに来て数日経って、あの時の僕は熱を出していたんだ、最初は気付かなくて滴と構わずに遊んでいたけど、ある日の夜に高熱が出たんだ、2日経っても良くならず、結局は帰ることになったけど、その日の前の夜に 僕は祖父と思う人に何か赤い液体を飲まされていた、今それに気付いたけど、あれが長老の言っていた“巫鬼の血”だったんだ」

統貴は説明を終えると「どうして忘れてたんだ…」と呟いていた

それを聞いて癒唯は何とも言えぬ表情を浮かべていた

しかし同時に聞いていた滴が、カラッとした明るい表情で声を上げる

「なるほどトウちゃん!…それ聞いて私も思い出したよ、そういえば私もトウちゃんが帰る前の日に、なんか透明な液体をどっかのおっちゃんに飲まされたっけな、…あれって巫鬼の姉ちゃんの唾だったのかぁ、知ってたら飲まなかったかもなぁ」

その適当な滴の様子に、癒唯は声を荒げる

「そんな、まるで他人事のように…!貴方の娘も関わってる事なのよ!?」

しかし滴は今まで以上に静かな物腰で、癒唯に答えた

「他人事…ね、確かにそんな風に言ってたかもしれない、そして私とあの子が家族なのも確か、…でもね、この出来事はあの子の人生でもあるんだ、私達がむやみに関わるより、自分でなんとか道を見つけて進んでほしいんだ、私はね」

そう聞いた癒唯は更に声を荒げた

「貴女は自分の娘のこと心配じゃないの!?」

その癒唯の言葉に、滴は慌てながら即答する

「ちょ、ちょっとそれは誤解だよ奥さん、私はあの子の事を心配しなかった日は無いよ?…私は心配することよりも、それ以上にあの子を信じて応援してるんだよ、私の考え 理解してくれたかな?」

そう聞いた癒唯は平静を取り戻し、滴に謝る

「…そう、ごめんなさい、私混乱して、つい失礼なことを」

落ち込む癒唯の様子を見て、滴はすぐに言葉を返す

「良いって良いって!分かってくれればそれでいいよ!お互いお隣同士、この事は水に流して、仲良くやりましょうよ!」

そう言う滴の様子はケラケラと笑っていた、その明るい表情を見て癒唯は隣人が滴で本当に良かったと安堵する

だが癒唯は再び統貴に話しかけた

「それで、あなたはどう思うの?私はこんな危険なことすぐに辞めさせて、病気も治ったのだから、なるべく早く転校させるべきだと」

しかし統貴は癒唯の意見を遮るように答えた

「僕はこのままでいいと思うけど」

その統貴の言葉に、先ほどよりはいくらか控えてはいるが、癒唯は声を上げる

「あなたまで、どうして?」

癒唯の疑問に、普段の穏やかな様子で統貴は答える

「そう直ぐに結論は出さなくていいんじゃないかな、統司もここで上手くやってるみたいだし、あいつの意見無しに決めて良いことじゃない、…それに、僕も今の家を結構気に入ってるしね」

そんな統貴の言葉をまるで無責任のように思え、癒唯は声を上げた

「そんな無責任な…!他人事じゃないのよ!?」

しかし統貴は鋭い目つきで癒唯を見つめ、静かに口を開く

「統司も もういい歳だ、僕らがずっと目をかける必要はないんだ、…それに統司の表情、都会にいたときよりもずっと明るい良い表情なのは君も見てるだろ?ここでの友達も前よりずっと多いみたいだし、これからの事はあいつが決めることだろう?」

『そんな!?でも貴方のお陰で起きた問題でもあるのよ!万が一何かあってからじゃ…!?』

その言葉に癒唯自身がハッと気づき、「ごめんなさい」と言い落ち込む、そして統貴も深くため息をついて静かに答えた

「…そうだね、元は僕が持ち込んだ事だ、でもね結局どう感じてどう動くかは統司が決める事なんだ、僕は君や滴みたいに心配したりすることは出来ないけど、あいつはあいつなりで頑張ってると信じることは出来る、だから僕は  心の底から統司を信じる」

その表情には強い意志を感じ、責める訳ではないが癒唯をじっと見据える

だが直ぐに穏やかな様子で、統貴は微笑した

「まぁ何かあったら僕らにも相談するだろうさ、統司を信じてやろうよ」

統貴の言葉を聞いた癒唯は、未だに納得できない点もあったが、愛した家族を信じることにした

そして3人は立ち上がり長老に一礼し、詩月邸を後にした…

 

…そして再び統司達のいる客室

玄関が開く音が微かに聞こえ、その音が合図であるかのように、当時と恵は立ち上がり帰ろうとする

「帰る前に長老に挨拶しなくていいんですか?」

統司の疑問に水内は直ぐに答えた

「ん?ああ、長老本人から話が終わったらすぐに帰って良いとのことや、特に用が無けりゃ挨拶はいらないってな」

統司は「そうですか」と言い、続けて気になっていた事を

「そういえば水内先生 聞きたいことがあるんですが、鬼焚部の入部って教師の推薦…大人が決めてるんですよね?」

その統司の疑問を聞いて、水内は目を丸くする

「なんや統司、お前は妙なところに気がつくなぁ、…まぁそうやな、たぶん  お前の思ってる通りや、確かに教師の推薦としているんやけど、例外として長老から推薦される場合もあるんや」

その水内の言葉に統司は納得したが、水内はまだ言い続けた

「そうやな、統司 あんたの場合は…どうやろな?」

そう言い水内はニヤッと笑う

「いや、なんで隠す意味があるんですか!」

突っ込む統司に反して、水内はニヤッと笑いながら答える

「なんとなくや なんとなく、そんなに気になるんやったら直接確かめに行ったらええやん?」

そう言われて統司は黙って引き下がる、流石に長老と1対1で話す勇気は無い

「…はぁ、じゃあもう一つ聞きたいことが、…陽村先輩、生徒会長は鬼焚部に呼ばれなかったんですか?」

その質問に恵も振り向き水内の答えに耳を傾けた

「…なるほどな、妙に気がつくと思ったら、その質問が本命かいな」

水内は怪しげに笑って言うが、統司はそれを否定する

「いえ、先生 流石にそれは買い被り過ぎです、どっちも別々に気になってただけですよ」

統司の弁明に、水内はあっさりとした様子で答えた

「…まぁええわ、あんたの想像通り、陽村のやつも鬼焚部に誘ったんやけども、『自分は荒事は苦手ですし、生徒会活動だけで十分手が回らないので、  せっかくの誘いですがお断りさせて頂きます』…ってな感じで断られたんよ、…まぁ あいつの家庭状況もあって現状を考えると大人しく引下がった訳や」

その水内の答えを聞いて、疑問は解消された統司は「ありがとうございます」と礼をする

「まぁ私はお前の担任でもあるし、教師としても生徒を支えるのも当然や」

水内はそう言ってダルそうな表情をする、恐らく照れ隠しなのだろうか

「まぁ暗くなってきたし、二人共 先に帰りな、…ああ、荷物は部室の方に移してあるで」

その言葉に恵と統司は「はい」と返事をし、玄関へと向かっていった

「…くすっ」

その笑いは咲森のものだった

「…なんや、なんか文句でもあんのか?」

若干喧嘩腰である水内に対して、咲森はとても穏やかな表情であった

「いや、相変わらず貴方は変わってないなってね、そのおせっかいさとかね」

その咲森の言葉に、水内は腕を組んで声を出す

「ほっとけ!…まぁ私にはこれ位しか無かったからな、それなりに頑張って 教師になれたが、…まぁ今思えば天職なのかもしれないな」

「天職って…、クスクス、それってまだ言うような歳じゃないでしょう貴女」

柄じゃない事を言って、その点を笑われた水内は、一言突っ込んで言い返す

「やかましい!…お前も相変わらずやな、その一言多いとこは健在で」

水内は皮肉ってそう言うが、咲森は特に気にしないのかクスクスと笑う

「クスッ、確かによく言われるわ、…もしかしたら私が一番成長してないのかもね」

そしてお互い、腕を組んだ同じポーズで、互いを見合って微笑した…

 

…薄暗い和室、一人の男が胡坐をかいて、思考に耽っている、その男は長老である、詩月鬼流であった

そして鬼流は沈黙の中、独り言のように頭の中で彼らの運命を考えていた…

「…今年が恐らく、我ら神魅の者の行方を左右する運命の年なのだろう、彼らには大人の身勝手な運命の役目を押し付けてしまって申し訳ないな、…しかし、我らで決めるのでは駄目なのだ、我らの未来は、希望のある若者に決めなくては行けない、でなければ正しい道へ導くことも無く、再び歪んだ道を辿り やがてその歪みは崩壊へと向かってしまうのだから…」

鬼流は瞳を開き、大きく息を吸って再び目を閉じる

「詩月鬼央…、我らが鬼人の遺伝子を最も強く受け継いだ者、そして運命を委ねる鬼焚部において力の象徴となる、鬼人の力はすなわち長であること、  …彼には日頃から、長として彼らの責任を取らせてしまっているのは申し訳ないな」

鬼流は目を開き、思考を続ける

「月雨魃乃…、組織を作る上で纏め上げ指揮する者の存在が必要だ、そして 彼女は不用意に力を使わせない為の、抑止としての役目を受けた、また彼女は組織の士気を上げ、調整する性質を持っている、彼女は彼女なりに、己の足らない点を自ら補ったのだろう」

鬼流は息を深く吐き、静かに呼吸する

「魁魅月芽…、彼はまだ幼く及ばぬ所もあるが、彼の受けた役目は、組織を悪へと導かないようにする規律だ、あの生真面目な性質故にまだ融通が利かないが、彼もまた成長し、やがて最も適した規律へと昇華するだろう」

呼吸をそのままに、鬼流は再び目を閉じる

「北空恵…、最後の巫鬼が託した巫女であり、元々は彼の代わりにその役目を受けると思っていた、だが彼がやってきたことで彼女の役目は背負うことが無くなった…、しかし彼女は未だに受ける役目を知らない、彼が外部の環境から来たのであれば、その影響を受けて未知なる可能性を、役目を見つけるかもしれない」

鬼流は目を開いて深呼吸し、再び目を閉じる

「蒼依陸聖…、彼は我々鬼人における宿命、鬼となってしまった被害者だ、  彼が鬼となった者の意思ならば、彼もまた鬼焚部に重要な人間なのだ、しかし彼の入部は表向きには監視ということになっている、だが私は 彼の性質には魃乃の役目の一部を引き継げると思った、…彼にもまだ生き続け 成長して欲しいと思う」

鬼流は目を閉じたまま、口に溜まった唾液を呑み込む

「そして彼、我々の行方を委ねた大いなる意思、霧海統司…、彼は先代の 我々鬼人において重大な存在である、巫鬼の託した唯一の人間、彼女が人間を、外部の存在を選んだのは、我々の存在がこの時代において必要なのかを計るためだからなのだろうか、…身勝手ではあるが、彼は我々の運命を導く大いなる可能性なのだ」

鬼流は目を開き、暗い部屋の中を見据える

「そして彼女もまた 無視できない大きな存在、篠森月裏…、彼女は奴らと通じているのかもしれない、しかし彼女は我々の被害による意思、彼女の意思で行動したのならば、私達はその罪を甘んじて背負わなければならない」

鬼流は立ち上がり、暗い和室の戸を開いた

開いた戸から光が差し込む、空は間もなく日が沈みきるところであった

「魔鬼…、奴らこそ この運命の最大の障害、そして一つの未来、彼らが負けることになったならば、それは我々の存在の終わりを示すのだろう…、それが運命だが、私は彼らが導いてくれると信じている」

やがて日は沈み切り、鬼流はゆっくりとした歩みでどこかへと姿を消した…

 

 

…部室へとたどり着いた統司達

すっかり日は沈み、校舎は暗くなっていたが、下校時刻のギリギリまで生徒は文化祭の準備を行っている

部室の鍵を開け、扉を開いて電気をつける

部室の長机には、水内の言ったとおりに 統司と恵の荷物が纏めて置かれていた

二人はそれぞれに荷物の確認をして帰宅の準備をする

そして、二人が帰ろうとした矢先に、廊下から足音がする

部室に現れたのは水内だった

「どうしたんですか先生?荷物はちゃんとあったので、帰るところだったんですけど」

統司がそう言うが、水内の表情は真剣なもので、直ぐに口を開いた

「…暴走した者が現れた」

水内のその言葉に二人は驚く、なぜなら今日は新月で、暴走者がいる訳の無い日であった

…だがすぐに思考は変わる、新月でも関係無い、この暴走には魔鬼が関わっているのかもしれないのだから

二人が真剣な表情になったのを見るとすぐに水内は支持をする

「統司、すぐに準備をしてくれ!場所は商店街の裏通りの様だ」

その水内の言葉に、恵は答えた

「私も行きます!」

しかし水内はすぐに恵の意見を否定した

「だめや!今日は新月で、鬼人は皆例外無しで力が緩んどる、まともに動けるのは統司だけや、迂闊に動いても怪我するだけや!許可出来ん!」

しかし恵は想定外な否定をした

「…私、実は皆より力が下がりにくい体質みたいなんです…!」

それを聞いて水内は目を丸くする、そしてしばらく考えた後に答えを出す

「わかった、だけど戦闘は極力避けや?私が許すのは統司のサポートというだけや、戦闘は統司が全て行う、武器を携行させるけど、それは最低限の護身のためや、この条件を飲めなかったら、許可はしない」

その水内の発言に、恵は大きく「はい」と返事をする

そして恵も荷物を降ろし、自分のロッカーから木刀を取り出す

やがて作戦を纏め準備を終えた統司と恵は部室から飛び出した

…自身における秘密を聞いて、信じることができなかったが、今は考える場合ではなく行動するべきだ

物事なるようにしかならないものだ、そう自分に言い聞かせつつ、統司は緊急の活動に身を投じたのだった

 

 

 

第8話  終

 

説明
鬼の人と血と月と 第8話 です。

神魅町の生い立ちは、外伝2話で詳しく書いています。
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