鬼の人と血と月と 第9話 「狂祭」
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第9話 狂祭

 

 

 

 

 

…新月の夕方、鬼焚部部室

水内の指示により、発見された更生対象者を単独で活動を行う事となった統司

統司がいつもより長く準備をしていると、恵が話しかけてきた

「ところで統司君、一人でどうやって相手をするの?前と違って今回の相手は神魅町での活動だけれども…」

恵の言葉を聞きつつも、統司は準備の手を止めることはなく、恵に返答する

「ちょっと今回は秘策があってね、…秘策というより“試してみたい事”って言い方のほうが正しいけどね」

そう言いながら統司は、何やらズボンのベルト部分に“小さな装置”をいくつも引っ掛けている

その様子を見た恵は、呟くように統司に疑問を問いかける

「統司君、それは?」

恵が口を開いたと同時に、準備を終えた統司がロッカーを閉める

「ああ、これが今回の“秘策”の物だよ」

統司の言葉を聞いて 恵は「なるほど」と呟き、少しの間の後 恵は再び口を開く

「統司君、何か私に出来そうな事無いかな、…私は戦えないから せめて別の事で役に立ちたいの!」

恵の強い意志が言葉と共に統司に届く、恵の言葉を聞いて統司は考える

そして考え始めてから 余り間を空けずに統司は答えを出す

「うん、じゃあ…北空にはこれを任せようかな」

そう言いつつ統司は先程ベルトに着けた装置を外してゆき、恵に渡す

恵は両手で装置を受け取るが、その数は多く、恵の両手を埋まりその上に積み上がった

恵は受け取ったが、その状態のままにもいかないので、ひとまず机の上に置く

「それで、これをどうすればいいの?統司君」

恵の言葉を聞いて、統司はふっと微笑し、口を開いた

「…それじゃあ作戦を話すよ?」

 

…陽が丁度沈んだ頃、統司の姿は校外にあった

そして傍には恵の姿は無く、すなわちそれは単独で別行動を取ったという事である

統司は木刀を片手に、目撃された場所へと走る

一方その頃、別行動をとる恵は 統司から渡された機械を持ったまま、ある場所へと向かっていた

…それは数分前、統司の作戦の説明の時のこと

「…7月の活動の時さ、空間の空いた林、北空覚えてる?」

『あ…うん、門出(かどで)林(ばやし)ね、覚えてるけど…』

「そこの林の中に、それを置いてきて欲しいんだ、あの空間を囲むように出来る限り等間隔で、…任せてもいいかな?」

統司の頼みに、恵は強い意志で答えた

「あ、うん!役に立てるなら わたし頑張るよ!」

そしてあれから数分後…、恵は件の門出林に到着し、すぐに行動に移す、その手に持つちいさな“秘策”の数は7つあった

…その頃統司は、目撃箇所へと向かっていた、…それまでは良かった

しかし少々問題が起こったようだ、“黒い人影の様なもの”が眼前にいた

そこは目撃箇所から“学校側に”ずれた場所であった

予定では探索に時間がかかり、それまでに恵が仕掛け終わる算段であった

しかし予定よりも早く、…“想定外”という早さで“敵”と遭遇してしまった

恐らく恵はまだ仕掛けている最中だろう、このままでは恵と遭遇してしまう

恵には、仕掛け終わったら連絡をするように頼んではいたが、いつになるかは分からない

…問題は、“如何に自分の体力を抑えて、時間を稼ぐか”である

別に秘策に頼らなくても、ここで倒す事が出来れば万事解決となる

…しかし暴走した鬼人は手強く、どう行動するかも分からない、一人ではそう簡単にこなせる相手ではない

秘策とは言ったが、これはこういう状況の為の“保険”であるのだ

…歯を食いしばり、統司は作り笑顔を浮かべ、敵を見据え木刀を片手で構える

敵は既に統司を見つめていた、その人あらざる気配を受け統司の鼓動は早まる

統司が一歩足を差し出すと、敵は統司に向かって走り出した

そして敵は統司に飛びかかり、対して統司は木刀を水平に払いつつ横に跳ぶ

…木刀を介し、統司の手に衝突の重みが伝わる

しかし敵は平気な様子であり、ダメージは浅かったようだ

だがこれは統司も分かっていた事である、今重要なのは敵の攻撃を避ける事

統司はにっと 笑みながら、敵を見据える…

 

…敵と交戦してから十数分、当時の息は既に荒くなっていた。

敵が素早く走りだし統司に飛びかかる、攻撃を受け流そうとしたその時

…携帯の着信音が鳴り響く

思わず統司の意識はそちらの方に向いてしまい、攻撃を逸らす事無く受け止めてしまう

しかし元々受け流すつもりで対して力を加えてなかった故、敵の力が上回る

「がっ!!」

統司は攻撃によって弾き飛ばされ地面を転げ、受け身ですぐに立ち上がる

「…さて」

統司は敵に視線を向けたまま、携帯を慣れた手つきで取り出し、着信に応答する

その間に鬼人が襲ってこないかと予測はしたが、統司の向ける視線は“睨み”、敵意を向け続けている故に、敵も不用意に攻撃はしてこなかった

「はいもしもし」

電話に応じながらも、統司は敵の視線は外さず、それどころか少しずつだがにじり寄る

鬼人から意識を外して逃げられたら作戦が狂う、それどころか白紙になり より被害者が出る可能性もある

「もしもし統司君?そっちは大丈夫?」

『ああ、大丈夫_うぉっと!』

敵は統司が口を開くのと同時に、距離を狭め左手で攻撃を放つ

統司はかろうじて かわすが、攻撃は左肩をかすめる

「…とりあえず既に交戦中だ、そっちはもう大丈夫か?」

『うん、ちゃんと仕掛け終わったよ、次は何をすればいいのかな?』

「そうだな…っと!俺はそっちに…!向かう、…っと!北空はそっ…から離れてくれ」

会話を遮るかのように敵は次々と攻撃を行い、統司は何とか避け続ける

「…うん、分かった、くれぐれも無理はしないでね!」

『ハハ、…それはお互い様だろ?』

統司はそう言うと、ある程度の距離を取り、携帯をしまう

「…さてと、やるか」

統司は呟くと、懐からスプレー缶を取り出し、木刀に念入りに吹きかける

辺りには芳香剤の香りが充満している

これも作戦を確実にこなす為の手順の一つ

スプレーを吹き終えると同時に、敵は統司に向かって走り出す

統司は素早くスプレー缶をしまうと木刀を両手で握りしめる

敵は再び飛びかかるが、統司は見切り避けると同時に、木刀の柄頭で敵の腹部を突く

敵は呼吸を漏らしその場に崩れるが、すぐに立ち上がる

そして先ほどと違い、まるで獣のように喉を鳴らし、顔を歪め統司を睨む

統司はまるで楽しんでいるかのように、笑みながら距離を取る

「さぁこっちだ!捕まえて見せろ!!」

統司はそう叫ぶと、突然 敵に背を向けて全力で走りだした!

走りながら後ろからは足音が立ち、ちらりと後ろを見るとしっかりと後を追いかけてくる敵の姿が分かる

統司は微笑し、少しだけ緩めていた足を速める

人とすれ違わないように、裏路地を選んでは走り続ける

…順調に物事は運んでいる、もう少し、あと少し

やがて北空の言っていた“門出林”なる林が見える

後ろを振り返ると、十分な距離を空けて敵が追ってきていた

時折足を緩めては、お互いが見失わないように調整しつつここまで向かってきたのだった

…よし、策にかかるまでもう少し

統司がそう思った直後、狂いが生じてしまった

「統司君!」

横を振り向くと、そこには恵の姿があった

その予想外の出来事に、思わず統司は反応してしまう

…後で思えば、この時に反応しなければ、策は完璧な物となっていたのだろう

「な!?バッカ、お前何でここにいるんだよ!こっちに来るな!!」

統司は戦闘に引き続き走ってここまで来た為に、疲労の色は隠せず、恵に向かって思わず声を上げてしまった

恵はその様子に困惑し、硬直してしまう

敵はその状況を見逃さなかった、走った勢いのままに 恵に体当たりをする

いきなり横の路地から飛び出す存在に、硬直した恵は迎え撃つこともできず、敵の攻撃を容易(たやす)く受けてしまった

「キャァアッ!!」

短い悲鳴を上げ、恵は道に転がり倒れる

「…クソッ!!」

体当たりをした直後、立ち上がり背を向ける敵に、統司は舌打ちをしつつその背に木刀の強い一太刀を浴びせる

背骨に強い衝撃を受けた敵は、短い悲鳴とともに跪くが、すぐに立ち上がり 統司の方を睨みながら振り向く

「こっちだ暴走野郎!しっかり付いてきやがれ!!」

荒い言葉遣いで敵に呼び掛け、恵の様子を見る間もなく林へ入り込む

体当たりは衝撃が強いものの、大した痛みは無く、頭を打った様子は無かった、恐らくは大丈夫だろう

そう希望的観測を含み心配を押し堪えて判断しつつ、統司は“目的地”へと走り続ける

大丈夫ならば、被害が増えぬうちに、この騒動を終わらせる事が先決だ

…暴走した敵、統司を追い林へと向かう

頭に血が上ったままに、見失った目標を攻撃しようと走る

敵が追うことが出来る強い行動指針は一つ

…“匂い”である

敵は匂いの感じる方向へと走り、やがて月明かりの差し込む、ぽっかりと空いた空間へと出た

しかしその場に動くものは無い、あるのは芳香剤の匂いを放ち続ける“木刀”が転がっていただけであった

標的を完全に見失った故に苛立ちが募(つの)るが、それを身近なものに発散する前に、妙な音が聞こえた

その音に耳を澄ますと、それは声であった

「こっちだ!こっちに来い!」

それは統司の声、敵は怒りのままにそちらに走ってゆく

林の暗闇の中 木陰に伏せ、破裂しそうな心臓と上がった息を意識の限り押し殺す、統司の姿

敵の耳に統司の声が次第に近づくが…、次第に後ろの方へと離れていった

その現象に理解できずにいったん立ち止まり、振り返っては再び声の方向へと走り出す、…しかしまた後ろへと声は遠ざかった

次第に敵は最も声の大きく聞こえる位置へと立ち止まり、声のする方向を見る

しかしそこには木があるだけ、暗闇の中に物体が浮いているが、それは標的ではない

通常の人間ならば、それは機械だと分かるが、暴走した鬼人にはそれが何なのかと考えることはしなかった

「グゥゥゥォォォォォォオオオオオオオオ!!」

怒りのままに、獣のように雄叫びを上げる

隠れている統司はその声を聞くと、息を押し殺したまま懐から“何か”を取り出し暗闇の中で操作する

「鬼さんこちら!手のなる方へ!!」

するといるはずのない、蒼依の大声が聞こえた

そして統司の声は不自然に消え、急に静まった

鬼はその声を行く方向に走り出す、だが統司は焦る事無く静かに隠れたままであった

…息を殺し、手に持つ装置を見つめ、何かに祈るようにただ静かに潜めていた

鬼はその方向へと走っていたが、やはり先ほどと同じく何もいない、ただ声が通り過ぎてゆくだけだった

「こっちよ!私の方に来なさい!」

次は恵の声、そして蒼依の声は静まっていた

誘いのままに、声の聞こえる方向へと一心不乱に走る

その様子はまるで操られているかのようなものであった

相も変わらず存在しない人の姿

「こっちだ!こっちに来い!!」

魁魅の声

「私はここにいる!ここに来なさい!」

篠森の声

声がする度に前の声は消え、声を追って走り続ける敵の姿

「お〜い、こっちだよ〜!」

月雨の声

「ここだ!!こっちに来い!!俺はここだ!!」

詩月の声

…これこそが統司の考えた、一人で戦うための“秘策”であった

声のする方向へと、疑問を抱かずに走り続ける敵の姿

林の中を空いた空間を囲う様に、呼ばれるままに走り続ける敵の姿は、なんだか滑稽な様子であった

木陰で隠れ続けていた統司は、静かに深呼吸し息が完全に整ったことを確認すると、手に持つ“何か”を操作すると立ち上がり、林の中心へと向かった

林の中をガサガサと動く敵、その音はゆっくりとしたものだった

…ザッ、と土を踏む音が立ったことに気づき、敵は立ち止まる

空いた空間の中に統司は立ち、転がっている木刀を拾い上げると、地面に向かって木刀を振りおろし、音を立てた

「俺はここだ!こっちに来やがれ!」

統司は声を上げると 木刀を片手で構える、そしてその声に呼応するように、呻き声を上げながら林の中を突き進んで向かってくる音がする

「ァァァァァアアアアアア!」

声と共に敵は月明かりの下に姿を現す

その姿は、両手を下ろし肩で息をしつつ、ゼェゼェと荒い声を漏らしていた

やがて大声を上げながら、ただひたすらにこちらへ走り、統司に跳びかかった

…しかし統司は、先ほどのように受け流す姿勢を取らず、右手の木刀を左の方へと抜刀するように大きく構える

そして宙にいる敵の少し横へと踏み出し、渾身の力を込めて敵の胴へと木刀を思い切り振りぬいた

跳びあがった勢いのままに、敵は宙から地面へと崩れ落ちる

敵は暫くの間、木刀を受けた胴を抑えもがき苦しむが、やがて抗わずに大人しくなった

統司は木刀を構えつつ近寄るが、敵の意識は無く安らかに呼吸をしていた

どうやら暴走は静まったようだ…

 

統司は懐から何かを取り出した、それはリモコンであった

リモコンのボタンを押すと、どこかから音が聞こえてくる

統司は音の方向へ向かうと、それは声であり木の枝にぶら下がっている機械が発しているものだった

これは統司があらかじめ、それぞれの“ボイスレコーダー”に部員の声を真似たものを録音していたのである

また別のボタンを押すと、別の方向から声が聞こえ、統司はそれを頼りに機械を回収していく

そして中央で寝息を立てている対象をなんとか背に担ぐと、林から立ち退く

手一杯の中、何とか携帯を取り出すと電話をかける

「もしもし」

『もしもし、統司君?』

電話越しに聞こえる声色から、無事であることを確認し、安堵を漏らす

「ああ大丈夫だったか北空、それと今どこにいる?」

『えっと今は…さっき統司君にあった場所にいるけど』

「そうか、そしたら林の入り口の方に来てくれないか?少し手伝ってくれ」

『うん、わかった』

通話を終えると、統司は背負った者がずり落ちそうになりながら携帯をしまう

やがて恵が来ると、持っていた木刀を持ってもらい、対象をゆっくりと運び ながら、学校へと向かった

…道中、見捨てたことをブツブツと言われ、それを苦笑しつつ反論する、穏やかな空気で会話しながら…

統司の秘策は成功し、活動は無事に終わったのだった

 

…約2週間後

本日は魁魅高等学校の文化祭一日目である

日頃の勉学を忘れ、また準備した物や練習してきた事を発表する、学生による祭典だ

その早朝、帰宅部の面々は学校の一室、生徒会室にいた

そしてその中には、生徒会の顔ぶれもしっかりといた

「…毎年恒例として、生徒会と風紀委員、そして鬼焚部は学校の治安維持の為に“警備班”として活動してもらう」

そう仕切っているのは生徒会長である陽村(ひむら)緋乃女(ひのめ)の姿だった

「…気を引き締めて取りかかるように…!」

いつもの静かな口調から、今回に至っては強めに言い聞かせている鬼焚部1年顧問の金林(かなばやし)教諭の姿

その重いプレッシャーが掛かり、一同大きな声で「ハイ!」と返事をする

そしてその返事に乗り遅れ、返事をしなかった蒼依は、小さく「ハイ」と呟き、

「まるで軍隊だな」

…と余計なひと言を付け加えて呟く

「…ふむ、しかし我々は軍隊ではない、ただの学生だ」

そう言うのは先ほどまで仕切っていた陽村であり、蒼依の方を冷たく鋭い目つきで見据えていた

「…だが、今回文化祭においては、相手は学生だけでなく、不逞な輩もいることだろう、そうなれば我々は軍隊にも匹敵する統率と意思を持つ必要があろう、…我々警備班の取る行動は、この文化祭を無事に終える為にただ平和を守る事、相手が抵抗するならば容赦はするな!」

陽村は高らかに声を上げ、鼓舞するように行動を支持する

「しかしやりすぎるな!過剰な反撃はただの暴力、犯罪者となんら変わらん!そしてあくまでも我々はまだ子供だ、自分に危険があれば無茶はするな!危険を承知で無暗に突っ込むな!一人で出来ぬことは周りと協力しろ!必要ならば警察の手も借りろ!ミイラ取りがミイラになるな、自身が被害者になることもあり得る、周囲の危険を常に見張り、緊張を忘れる事無く張り巡らせろ!」

陽村が声を上げる度、生徒は「ハイ!」と返事をする、…そのうち“イエス、マム!”と聞こえてきそうな、それこそまるで軍隊の様な統率が、生徒会室から響き渡る

「…最後に、我々はまだ学生であり各々が主役だ、この1度限り、今年の文化祭の3日間を全力で楽しむことを忘れるな、我々の役目の為に自身の行動を 縛られてはならない、文化祭の空気を精一杯記憶に焼きつけろ!以上だ!!」

最後の生徒会長の号令に、全員が「ハイ!」と大きく返事をする

生徒会が静かになると同時に陽村はイスに座り、それを機に生徒会の顧問が「解散解散〜」と手を鳴らし、指示をする

生徒会室を出る警備班の面々には、腕に腕章が付いていた…

1時間後、構内アナウンスとともに、文化祭は開幕する

最終準備や まだかまだかという興奮で騒いでいた声が、人が入ることで一層にぎやかな物となった

統司たちはパトロールを兼ね、それぞれバラバラに行動していったが、統司は時間を気にしつつ、昼過ぎを回ると急ぎ足であるところへと向かった

そこは体育館のステージ裏であり、そこには蒼依と藤盛、そして城乃(きの)咲(ざき)がいた

「よお、待たせた?」

『いんやー、全員来た所だぜ』

文化祭の雰囲気に当てられたのか、妙な口調で返す藤盛

「それよりこんな肝心な時に喉は壊したなんてことはねぇよな?」

『いや、朝の警備班の号令のおかげで調子がいい、温まっていい感じだ』

蒼依の妙な心配に、統司は冷静に返す

「うぅぅ〜ドキドキしてる〜、緊張してきたぁ〜」

緊張したことで、手汗がすごいことになっているのだろうか、女の子という事を構いもせずに、スカートで手を拭く城乃咲の様子

「緊張って、いっつも後先考えずに吹っ飛ばしてるキノが何を今さら」

『何よー!私だってか弱い乙女なんですー!緊張ぐらいいつもしてますー!というかそれをあんたに言われるのはなんかムカつくー!』

「おいおい、俺がいつキノみたいに活動的な所をみせた?」

『確かに、あんたオタクだしねぇ、まぁ蒼依に言われないだけマシか』

「オイィ!俺より藤盛の方が上なのかよ!」

失礼な事をいう藤盛に、突っ込まずに別の事に言い返す城乃咲、最後の蒼依の突っ込みはスルーの方向のようだ

「まぁいいや、それより最後に調整しとこうぜ?」

珍しく真面目に指示する蒼依に、一つ返事で言う通りに行動をする3人だった

…一方体育館ステージでは

「…統司の話だと、この時間のここだよね?」

『ええ、しっかりメールにも書いてあるわ』

それは統司の両親、霧(きり)海(うみ)統(とう)貴(き)と癒(ゆ)唯(い)の姿だった

「…おや、霧海さんじゃないですか」

後ろから女性の声が聞こえ、振り向くとそこには北空(きたぞら)滴(しずく)と恵の姿だった

「あら、北空さん、恵ちゃんも一緒なのね?」

恵はそう言われて深くお辞儀する

「こんにちは、霧海君のお父さんとお母さん、いつも私の母がお世話になってます」

笑顔で丁寧に挨拶する恵に対し、滴がバツの悪そうな顔で恵に言う

「恵、それって私が言う言葉でしょう…」

『だってお母さん、こういう挨拶ちゃんとしないでしょ、たまにはしっかり挨拶してよもう…』

そのやり取りに統貴と癒唯は微笑する

「お二人とも、いつも仲がよろしいんですね」

『ん?まぁね、去年もこんな感じだったからねぇ』

滴は普段通り適当な言葉遣いで返答する

「本当、滴の子にしては、すごいしっかり者だよね」

『おう、少なくとも中身の方は私に似てなくて安心だわ、…後、“シズ”でいいって言ってるだろうが』

その女性と思わしくない荒っぽい口調に、恵は滴を叱りつけていた

「あらそうなの?私がいるからって遠慮しないでいいのに」

『はは、そうかい、まぁそうは言ってもね…』

「まぁそんなに気にする…気にしないでさ、気楽でいいんだよ、昔の好(よしみ)なんだから」

そんなやりとりをしていると、既にステージでやっていたバンドが終わり、 幕を閉じる

やがて司会の学生が現れ、トークを交えつつ、次の演目へと移す

…エントリーNo.3!神魅町にやってきたレアリティな転校生含む2年生バンド!おっとどうやら女子付きの男女混合バンドだあっ!都会で育ったクールな新しい空気を纏って、No.3「ウェイヴァー」どうぞ!!

視界の声を合図に幕が上がると、そこにはバンド姿の4人が立っていた

奥で腕をまくりドラムに座る蒼依、エレキギターを構える藤盛、反対側に立ちベースを構える城乃咲、そしてステージの先頭マイクスタンドに立つ統司の姿

「いくぜぇぇぇえええ!!」

普段の統司とは思えないテンションで、声を上げメンバーに指示をする

そして奏で始めるは、テレビで人気のあるロックサウンドだ

それぞれ合間に練習しただけのものであり、決してうまいとは言えないが、それでもステージで演奏する彼らの波に、観客はボルテージを上げる

そして統司の歌声は、彼らのバンドの実力を引き上げるかのように流れを巻き起こす

予想外の存在に、観客はリズムに乗り、時折口笛を吹き鳴らす者もいる

やがて曲が終わり、統司は口を開く

「どうも、ウェイヴァーです!まずは自己紹介から!ボーカルのトウジです!!」

マイクを順に回しつつ

「えーっと、ギターのフウガです」

緊張しているのかそれともキャラづくりのつもりか、普段と変わらぬトーンで自己紹介する藤盛

「ベースやってます、キノでーす!」

こちらも緊張は吹き飛んだのか、いつも通り笑顔で手を振り自己紹介をする城乃咲

「ドラムでリーダーの、リッキーだぜぇぇぇええ!!」

好機とばかりにテンションを最高にして自己紹介をする蒼依

「え?いやいやいや、リクタカだろうがお前は、そもそもリーダーは俺だろう」

いつもの様子と打って変わり、軽口を叩く統司がいた

「はぁ?ドラムつったらバンドのリーダーだろ、そもそもお前」

蒼依が話している途中でマイクを遠ざけ、話続ける

「いやいや、ボーカルがリーダーになるでしょう」

『いや、だからドラムが』

「…はいっ、ということで俺がリーダーと言う事で、…実はね、次が最後の曲になってしまうので、少々トークをさせていただきます、次の曲までどうか もう少し我慢してください」

こなれた調子で話を展開させてゆく統司の姿

「…さて、グループ名がウェイヴァーになった理由なんです…が、これは  メンバーに聞きましょうか、リクタカどうぞ!」

『だから俺がリーダーだっての、…まぁウェイヴァーの由来は、ボーカルのトウジが転校生で、都会育ちってことは、この田舎に新しい波が起こせるんじゃないかって、そんな感じの由来ですが、グループ名に関しては“ニューウェーブ”じゃありきたりな感じで、言い辛(づら)いんで、いっそのこと短く一言にしてしまおう!って事で、波を起こす!って感じでウェイヴァーにしました』

「…はい、自分がリーダーって何を言ってるのやら、ハハッ!」

「まだ時間があるのでもう一つ!バンドやることになったきっかけを話しましょうか!…夏休みになって、せっかくだから皆でね、カラオケをやることにしたんですよ、そこで俺が歌ったら皆に絶賛で、その後ドラムのリクタカからバンドやろうぜって誘われたんですよ!まぁちょっと驚いて遠慮したんですが、土下座までするもんですから、しょうがなく引き受けました、…土下座した時は ええ、引きました!」

後ろの方から蒼依が抗議しているが、統司はチラ見した後肩をすくめ、おどけて見せる

「まぁ今のは冗談という事で、…どこまでが冗談かは…お察しください、まぁ夏休みから練習し始めたってことで、そこまで練習出来てないんですよ、だから今日は2曲しか出来なかったんですよ〜、…え?時間?ハイじゃあさっそくラスト2曲目行きましょうかぁ!Are you Ready?」

無茶ぶりの如く 流れるようにメンバーに指示をする統司、しかし流れが速すぎたのか、少し間が空いて返答する、その様子はグダグダそのものだった

その様子を見て統司はもう一度声を掛け直す

「もう一度いくぞ!Are you Ready!」

今度はリズムよく切り返す3人

「いっくぞぉぉぉおおお!!」

そして最後の曲を奏で始める

次の曲は流行りのアニメソングであった

男女のダブルボーカル曲だが、ベースの城乃咲が前に出て、一緒に歌う

実はこの曲は藤盛の一押しとして選曲したものだったが、理由は

「せっかくやるなら、アニソン入れようぜ」

という趣味丸出し、個人的な意見の物だった

しかし「これならいい感じに盛り上がる」と選んだ曲は、意外にも城乃咲にも好評であり文句なしに採用されたのだ

やがて演奏は終わり、幕は閉じる

すぐに自分の楽器を片づけ担ぎあげると次のグループとすれ違う

その際に先輩達であったため若干絡まれるが、結構好評であり統司は乱暴に頭を撫でまわされた

ステージ横から出るとすぐに統司はイスに座り、次の演目の順番を待つ

先ほど絡まれたときに、“聞いてなかったら殴る”なんて乱暴な事を言われたからには、面倒の無いように大人しく聞いた方がいいだろう

それに先ほどのステージで、体力はともかく精神的に疲れたという所が一番の本音である

…場にふさわしいキャラをこなしきるのは中々に疲れるものだ

「お疲れ、統司君」

『おう、恵か…』

後ろからの恵の声に振り向くと、恵の他に統貴と癒唯、そして滴が立っていた

「ああ、父さんと母さんも ちゃんと来たんだ」

『それは大事な息子の晴れ舞台ですもの、ちゃんと見るわよ』

「むしろ母さんの場合は、隠し事の正体を確かめに来たってのが本音かな?」

『…あら、中々言ってくれるじゃないの、やっぱり私たちの子なのかしらね』

否定しない以上、統司の読みは当たっている模様である

「…さて、私たちも行きましょうか、あまり邪魔するわけにはいかないものね」

癒唯がそう言うと親達はどこかへと行ってしまった

「私たちもそろそろ行く?」

その恵の問いかけに、統司はふと思い出す

「あー、今やってる先輩のバンド聞き終わってからな、さっき聞けって言われたから、聞かないと殴られそうだ」

それを聞くと恵は「分かった」と返答し近くの席へと座る

統司は真剣に聞いてないにしろ、聞き覚えのある音楽に小刻みにリズムを取っていたのだった

やがてバンドが終わると、統司と恵は立ち上がり、体育館を後にする

外に出て屋台の通りを歩き回る統司と恵

「それにしても驚いたよ、統司君って人前であんなに喋れるんだね」

『まるで人が無口みたいな言い方だな…、あれはそういうキャラクターというかだな、…あの方が雰囲気に合ってると思ってやった演技みたいなものだよ』

解説していると、統司はふと喉の渇きを感じ、傍の屋台に向かおうとする

「あ、北空待ってて、飲み物買ってくる、何かいるやつある?」

『えっと…お茶かな、待ってるね』

屋台へと向かう統司に対して、何やら浮かない表情をする

しかしそれは今の統司の話ではなく、もっと直前の事だった

やがて統司が戻ってきて、恵にペットボトルを差し出す

「ハイお茶だよな」

『あ…うん、ありがとう、…ねぇ統司君』

すぐにペットボトルを空け、ゴクゴクと音を鳴らしながらジュースを飲む統司

やがて口を離し「ぷはぁ」と呼吸すると、恵に返答する

「ん、何だ北空?」

その返答に意を決して、恵は口にする

「そろそろ私の事、北空って呼ばないで 恵って呼んでくれないかな…?」

恵の言葉を聞いて、統司はやや固まる

しかし表情はいつも通り冷静なままで、少々口を濁しているが切り返す

「ん?…ん〜、わかった、呼ぶようにする…よ」

バツの悪そうに頭を掻きながら、返答する

なんだか地雷を踏んだようで、統司少々申し訳ないと感じていた

「それじゃあ今すぐ言ってみてよ」

恵は勢いのまま統司に呼名を要求する

『え?いや、名前ってのは こう自然に言うもんだろ、要求するものじゃないんじゃ…』

冷静に切り返す統司に、恵は はっと冷静になり気まずそうにする

「ご、ごめんね」

『いやどちらかというと、謝るのは俺の方だが…、まぁ今度から そうするさ』

そう言うと同時に、統司は時計を見て思い出す

「あっ、そろそろ俺の順番か、悪い 行って来る」

『うん、頑張ってきてね』

手を振る恵に、踏み出そうとする統司が声を上げる

「また後で、じゃあな恵!」

その言葉に恵は嬉しくなり、笑顔で手を振る

 

…夕方、一般客の公開時間は既に終わり、今日の片づけをしていると既にすっかり日は落ちていた

クラスの皆は、明日も頑張るぞ!という掛け声に「オー!」と意気込んでいた

統司も一応その声に乗っていたが、すぐに空を見上げる

窓越しに置いていたパイプ椅子に統司は座り、窓枠に肘を掛けて空に浮かぶ月を眺めていた

…もうすぐ満月である

「どうした統司、ボーっとして?もしかして眠いのか?」

そう話しかけるのは藤盛であった

「んー、いや良い月だなーってさ」

何気ない統司の一言に、藤盛は言った

「は?月が良いって?何言ってんのお前は」

思わぬ返答に統司は背筋を正す

「え?いや、そんなに否定するものか?」

しかし藤盛はその言葉に食い入る

「いや ない無い、月が好きなやつなんて物珍しい奴だなー」

すると話を聞きに来たクラスメイトに藤盛は同じ事を言う

しかしクラスメイトも同様の反応を示し、クラス中が同じ反応であった

「もしかしてあれか?都会の連中は皆 月なんて物が好きなのか、やっぱり 世界が違うんだなぁ」

統司はなんだか嫌な疎外感を感じ、肩身が狭くなる

しかしクラスメイト女子の一人が途端に口を開く

「…そう言えば、確か内のクラスに霧海君以外で月が好きな人がいた気がする」

その言葉に統司が強く反応したと同時に、その少女は思い出す

「あ、そうだ思い出した、恵ちゃんだったかな!」

その名前を聞いて統司は納得した、そういえば転向した当初、恵との初めてのメールのやり取りがそのような内容だった気がする

やがて時間も遅くなってきたので、今日は解散となった

 

…文化祭二日目、一般公開日最終日

腕章は付けたままだが、適当に文化祭を一人で歩き回る

高校としては私立並にかなり広いので、1日掛かるほどに十分回る事が出来る

時折落し物を見つけては支部の方に届けたりと、それなりに仕事はやっていた

昼過ぎに休憩がてら、学校の裏の方に行くと、藤盛ともう一人の少年と、グダグダとしていたのを見かけ、統司は近寄った

「よお、何してんの?」

声を掛けると、文化祭にも関わらず藤盛は携帯ゲームに奮闘していた

「よーお、その声は霧海だな?ちょっと手が離せないからちょっと待て」

そして隣に座っている少年が統司に声をかける

「やあ、久しぶり、霧海君」

飄々とした穏やかな口調の少年は…「鬼匣(たかおり)月(つき)兎(と)」

可も無く不可も無く、平凡な外見の彼は、藤盛たちと同じく町側に住んでいる少年である

離れたクラスの所属であり、直接的な接点は無いため、このように藤盛たちとたまに会うくらいである

しかし蒼依とも友人であり、人当たりも良いため、一応友人の括りではある

ちなみに彼は生徒会の庶務として所属していた

「よっしゃクリア―!そこでぶっ倒れてやがれってんだ!」

ゲームの時は生き生きとし、少し口調が荒れる藤盛に、とりあえず突っ込む事にする

「お前なぁ、せっかくの文化祭なのにこんなとこでゲームする奴がいるかよ…」

『ここにいる』

平然と言い返す藤盛に、呆れつつ統司は頭をひっぱたいた

「だって昨日のうちに大半回ったし、食い物以外はもうやることねぇんだって」

藤盛のその言葉に統司は言い返せなくなる

「…そうだ鬼匣、昨日霧海が面白い事言ってたんだよ」

そうおもむろに言いだした藤盛は、昨日の夕方に一軒を説明する

「ほぉ…月ですか」

『…だろ?やっぱりおかしいって』

得意げに言う藤盛に、統司は最早何も言う気がしなかった

昨日の一見、クラス中が月を嫌っていた現状にはぐうの音も出ない

「いえ、残念ながら 僕は結構気に入ってますがね」

「そうそう…ってええ?まじで?…ここにも変人がいるとは思わなかった…」

そう言いつつ藤盛は長い前髪ごと額を抑える

「おい、誰が変人だ、誰が」

『お前が』

お前と行ったと同時に統司は、藤盛の前髪を払うように、スパーンと叩いた

「もしかして俺がおかしい…って訳は無いよな うん、昨日皆も同じ意見だったし」

そして不毛なやりとりを終えると、藤盛は携帯ゲーム機をしまい立ち上がる

「さてと、どっかの誰かがやかましいから行動再開しますか、っと」

そう言うと振り返り、鬼匣に向かって「食いもん見に行くぞ!とりあえず喉渇いたぜ!」と言い、統司たちと共に歩き回った…

 

…文化祭3日目最終日、校内公開日

今日は一般客がいない為、昨日までの二日間よりは静かで治安も安定しているが、その分 学生向けのイベントが多く、羽目を外しすぎないように警備班は変わらず注意の眼を光らせていた

統司は相変わらず文化祭を単独で歩き回っていた

途中3年生の教室を通った時に、バンドをやっていた先輩に見つかり少々絡まれる

しかしちゃんと聞いていた事が分かっていた為、頭を再び乱暴に撫で回された

どうやら気に入られたようで何よりだ

 

やがて陽は落ち夕方になると、校内に後夜祭のアナウンスが流れる

アナウンスの指示通りに、教室から生徒が外へと出ていくが、なんだか妙に指示の間隔が空いてる気がした

そして次のアナウンスが鳴り響く

「…生徒の呼び出しをする、警備班は至急 生徒会室に集合、繰り返す、警備班は生徒会室に集合、尚教室にいる生徒はそのまま待機、次の指示を待て」

その声は、金林教諭の声であった

いつもより口早な その声は、放送だからか、それとも何かがあったのか…

ともかく、警備班である統司たちは小走りで生徒会室に向かった…

…生徒会室には人が集まり、すこし騒がしくなっていた

やがて人が集まりきると、陽村の「静まれ!」という一喝で、静寂が訪れた

そして金林教諭が口を開いた…

「…暴走した鬼人が発見された、場所は学校敷地内校舎裏、速やかに対処を」

そしてそれを聞いた陽村がこの場を仕切る

「まずこの状況だ、未然に予測していた通り後夜祭の中止は止む無くだろう、私からアナウンスをする、…生徒会メンバーは生徒の下校誘導!風紀委員は区画閉鎖!そして鬼焚部は通常通り、迅速に活動を行ってもらう、…以上解散!」

生徒会メンバーは大きく「ハイ!」と返事し、行動を開始した

また風紀委員も彼らに続き、速やかに生徒会室を出る

少し遅れるも鬼焚部メンバーも走り出し、一つ下の階の部室へと向かう

部室前には水内が立っており、扉は開いていた

部室に入り込むと、腕の“警備班”腕章を外し、各々のロッカーから装備を取りだす、その間に水内が口早に説明していた

「今回の標的は学校内に出没した、最初の行動範囲が狭いだけに、今回は速やかに索敵を行え、もしかしたら校内に逃げ込んだ恐れもあるが、優先することは生徒と接触させない事、そして学校の敷地から逃げ出さないようにすること、今回は短期決戦で行うぞ、では活動開始!」

水内の指示で散会し、非常口を通って外へと出て各々別方向へと散会した

…その少し前、解散を呼び掛けた直後の生徒会室

警備班であった面々が出て行った後、陽村は急ぐ様子も無くゆっくりと歩いて生徒会室を出ていた

校内アナウンスで適した言葉を選ばなければ、生徒が皆パニックを起こす恐れがある、その為に焦らずに言葉を考えつつ、放送室へ向かう

だが陽村は急に歩みを止める、そして窓越しに空を見上げた

夕暮の空には、既に満ちた月が浮かんでいる

それを見ていた陽村の表情は、ほんの僅かに笑みを浮かべていた

…もしもこの状況を見ていた者がいたならば、彼女を不審に思ったに違いないであろう

一方、早急に対象を発見する為に、散会し各個索敵を行っていた鬼焚部員達

やがて女生徒の長い悲鳴が聞こえ、続けてガラスが砕けるような音、そして男生徒の悲鳴が校舎の外まで聞こえた

統司は音のする方向へと辿って行くと、不意に上空から気配を感じた

ふと上を向くと、黒い人影の様なものが壁や渡り廊下の屋根を伝って下りてきていた…

やがて統司の眼の前に下りると、背を向けたままにゆっくりと立ち上がる

その姿に、統司は目を丸め完全に硬直していた

後ろ姿に強烈な既視感、いや違う、誰か“分かって”いるんだ

奴はゆっくりとこちらを振り返る

その口元は異様に歪み、奇怪な笑い声を漏らしていた

「キッヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」

彼の声は聞き覚えのあるトーンであった

統司は思わぬ状況に、頭が凍結し支配されていた

そして彼の顔は完全に見えなかった

…いや、それが正しい判断である、だってそれが本来の姿なのだから

その姿は、まぎれもなく…

 

…藤盛であった

「何…で」

凍りついた頭で、精一杯それを溶かす為に声を振り絞る

「どうして…」

「どうして何だよ藤盛ィィィ!」

大声にならない声で、とても大きな呟きで、統司は硬直を吹き飛ばす

「キィィィイッヒヒヒヒヒヒヒヒ」

しかし今の彼には言葉は届かない、異様な気配に満たされ、異常を放つ

だが容赦無く、“敵”は統司に走り向かう

そして構える事を忘れていた統司に一撃を与える

敵の攻撃は統司の右腕を捉え、持っていた木刀が飛んでゆく

「ぐぁああっ!…クッソォォオオオ」

統司は未だにこの状況を信じられず、飲み込めず、ただ、せめて相対(あいたい)しようと、木刀を拾い上げようと走り向かう

統司は彼が逃げないか横目で確認するが、彼はこちらに向かっていた

そして統司は急いで木刀を拾い上げると、構えつつ振り返る

…しかしそこには誰もいなかった

「…え?嘘だろ?」

さっきまで追いかけてきた、しかし後ろにはいなかった、もしかして逃げた?

…いや、もしかしたら全部幻覚だったのかもしれない

そう思考を巡らせていると、背中に物音を感じた

振り向こうとするが、それよりも早く後頭部に衝撃が走り、統司の意識は飛ぶ

…右腕の痛みに意識が出来ていれば、幻覚なんて思考は働かなかった、

そうすれば後頭部に当たりはしなかったのにね…

 

「…う…、……ん、…うじ…ん」

誰かの声が聞こえる

恐らく“統司”と、自分を呼ぶ声であろう

しかし波に揺られるかのように意識がはっきりしない

「と……ん、と…じ…ん…!」

視界に光の点がちらつき、光と闇の狭間をただ彷徨っている…

「………!」

誰か、自分を呼ぶ声とは別の誰かが、何か言った気がする

そして電気が走る、刹那の時間で誰かの姿が見えた

更にその人物と思わしきイメージが、高速でフラッシュバックしてゆく

どれもが見た事のある、あずき色の巫女服姿である

イメージの中の巫女が、こちらに声を掛ける

(『………頑張れ…!』)

「統司君!!!」

強い呼びかけに統司は覚醒する

空の色は黄昏を過ぎ、紫色に染まっていた

「っ…嗚呼」

統司は体を起こすと、頭を振り完全に目を覚ます

「ああ、恵か、…ありがとうおかげで目が覚めたよ」

『統司君が倒れていて中々起きなかったもの、本当に心配したんだから』

ほっとした表情で、恵は統司に声を掛ける

そして統司は意識が飛ぶ前の事を思い出す

「…そうだ、あいつはどこに行ったか分かるか?」

『敵なら校庭の近く、食堂側の方だよ』

「そうか、ありがとう」

統司は礼もそこそこに向かおうとするが、恵が強く呼びとめる

「どうした恵?」

疑問をよそに、恵はとても複雑な表情を、まるで悔しそうに俯(うつむ)いて話し出す

「あのね…統司君、彼…藤盛君は………」

………粛清だって。

その言葉を聞くと、統司の眼は大きく見開かれ、がむしゃらな走り方で目的地へと向かう

恵は再び引き留めようとするが、引き止めることは出来なかった

統司は恵の情報通りに向かうと、そこには既にボロボロの様子の敵と、詩月が相対していた

その様子に、統司は思い出した、6月の雨の中の戦いを…

初めて見る粛清の光景、人が死ぬところ、人を手にかけるところ、そしてその後の家族の様子、蒼依の様子、皆の様子…

全てが過ぎり、無意識に再び走り出し、二人の傍に寄っていた

「…気がついたか統司、下がっておけ、人が死ぬ間際は見たくないだろう、  …責務は俺だけが背負う」

『違う!!!!』

その言葉に、覚悟を決めていた詩月が、少しばかり表情を変える

「…どういうことだ」

『…先輩、粛清ってホント…なんですか?』

「…粛清は本当だ、藤盛…彼は多くの生徒に危害を加え、中には薬品を浴びて全身に負傷を負った者もいる、…それとも粛清、人をこの手で裁くこと自体の疑問か?」

粛清の判断の事実に統司は口を閉じるが、再び声を上げる

「何でだよ、何でなんだよ、こんなのおかしいだろ!!」

その統司の言葉に詩月は疑問を浮かべる、しかし冷徹に言葉を放つ

「…邪魔をするようならば、統司には再び眠ってもらう事になるが」

しかし詩月の忠告にまるで聞かず、統司はただ声を上げる

「違う!!こんなの間違ってると思わないのか…!コイツは、藤盛は何かを抱えて暴走するような奴じゃないんだよ…!いつもへらへら笑って周りをあまり気にせず楽しく生きてるような奴なんだよ…!」

しかしそう声を上げる統司に、敵は思い切り殴りかかり、続けて蹴り飛ばした

統司は転げ回り地面に伏す、右手で立ち上がろうとするが右腕にダメージは残っているせいで崩れ落ちる

左腕で支えながら起き上ろうとするが、失神のショックの所為か、起き上る事が出来なかった

仕方なく顔を上げると、二人がにじり寄っていた…

「…やめろよ」

敵はボロボロになりつつも距離を空ける

「…止まれよ」

そして敵は詩月に向かって走る

「クッソォ…!」

絞り出すように統司は呟き、左手で地面をえぐる

そして詩月は構え、敵は詩月に向かって跳びかかった…!!

「止まれよおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」

統司の虚しい叫びが、轟く

…ドサッ

何かが崩れ落ちる音、そして辺りを静寂が包みこむ

涙をにじませながら、ぼやけた視線で前を見据える

…せめて最後位、ちゃんと見送ろう

そんな諦めの心で、前を、二人を見た

…しかし何かおかしい

いや、これは明らかにおかしい状況だった

藤盛が倒れているだけでなく、詩月も地に伏していた

…あの、最も鬼の血が濃い、鬼焚部最強と言われる詩月が倒れているのだ

この異常さに 何故だか頭が冷静になり、意識を集中して地面から立ち上がる

ふと周りを見ると、皆一様に頭を抑え左右に振っていた

まるで、先ほど統司が失神から起きるように…

「統司君、大丈夫?」

後ろから声と共に近寄る気配、背後には微かに足取りが覚束(おぼつか)ない恵がいた

『恵か、俺は大丈夫だけど、恵の方こそ大丈夫か?』

「うん、ちょっと強い立ちくらみが起こっただけ、…だけど声が聞こえてその直後に急にふらっと来たんだけど、…あの声って統司君…だよね?」

声…、恐らくさっきの叫び声だろう

統司は確証は持てないが、自身の予想をもとに返答する

「あ、ああ…」

『そうだ…、詩月先輩は、藤盛君は…?』

「それがさ…、見ればわかる」

恵と共に再び二人の元へ向かうと、そこに蒼依と魁魅、篠森が詩月の傍にいた

「しっかりして下さい、…起きて下さい詩月さん!」

少し体を揺らしながら、魁魅は詩月に呼び掛ける

切羽詰まった様子で無いことから、恐らく呼吸はあるのだろう

「よう霧海、さっきいきなりぶっ倒れたんだが、さっきの声ってお前のだろ?」

いつもより神妙な声色の蒼依、今回は粛清であった事もあり、真剣な状態なのだろう

「…とりあえず詩月先輩とあいつを運ぼう、話はそれからだ」

魁魅の指示に従い、倒れた詩月と藤盛を4人で運んだ

…保健室

意識不明の二人をベッドに寝かせ、部室へと戻る

「…おかえり、とりあえず準備せい、話はそれからや」

いつもと異なる雰囲気で、何やら怖い目つきの水内がそこにいた

準備を終えた統司たちは、断片的に曖昧な点があるが今回の活動の経緯を話す

話を聞き終えた水内は煙草を咥えつつ、腕を組み唸(うな)りながら考える

…そして気まずい沈黙の後、水内は口を開いた

「…ま、後は大人が色々考えるさかい、今日は大人しく帰りや」

まるで今までの事が無かったかのように、いつもの明るい調子で水内はそう言った

思いもよらぬ言葉に、残る部員は戸惑い、月雨が質問する

「え、ええっと…本当にいいんですか?」

『ええんよ ええんよ、難しい事は大人の役目よ、本当はあんたらもこの後の後夜祭とか文化祭を楽しんで終わるはずやったのに、こんな仕事に巻き込まれてるんや、いっそのこと今日の活動の自体忘れてまえ!』

月雨の言葉に水内は軽い調子で即答する

しかしその言葉に納得いかない者が一人、二人

魁魅はやや戸惑っているものの、統司は完全に疑問を抱えていた

「安心せい、今日明日すぐにどうにかなるわけやない、今日の状況だけに…な、まぁ二人の事は私が見とくから大人しく帰りいや、話の続きは休み明けにな?」

水内の言葉に従い、渋々帰宅する部員の面々

「あ!先生、私も鬼(き)央(お)の傍にいて良いですか!」

『うーむ、いつ起きるかわからへん以上、あまりいると色々問題があるんよなぁ…、まぁ目が覚めたら連絡するから、大人しく帰っとき』

これで水内の指示に全員が従う事になり、皆玄関へと向かって行った

 

…部室に残る水内の姿

その瞳は先ほどと、いやそれ以上に冷たい瞳であった

「…やれやれ、どうやら長老辺りの企み通りになりそうやな」

そしてくわえた煙草を外すと、携帯を取り出し冷たい目つきのまま電話をかける…

 

…自宅へと変える面々

普段なら「やれやれせっかくの文化祭が台無しだ」…と、蒼依を筆頭にそんな軽口を叩いていた所だが、妙な雰囲気のまま黙って帰路につく

ただ分かっている事は、誰も悲しむような事に今は起こってない以上、眠れなくなる…なんてことは無さそうだ

 

第9話  終

 

説明
鬼の人と血と月と 第9話 です。

本編の一部の経緯は、外伝1話にて触れています。
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