真・恋姫?無双 〜夏氏春秋伝〜 第六十話
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麗羽との戦が終わって後、月が満ちること4度。ようやく河北四州の継続的な安定統治が見込めるようになった。

 

この間、孫家や蜀もまたそれぞれの計画を順調に進めている報告が入っている。

 

今やそれらと魏国が名実ともに三大勢力となっているが、それでもまだ細々とした地域の諸侯も残っている。

 

彼らは積極的に周囲に攻勢を仕掛けるわけでは無いのだが、かと言ってどこかに大人しく属することも良しとしていない。

 

こうなってくると、魏としての次なる主な動きにはいくつかの選択肢が出てくるもの。御多分に漏れず魏の軍師達の間でも意見が分かれていた。

 

複数回の会合を経て、最終的に二つの案に絞られる。

 

一つ、南方の細々とした地域の統治への乗り出し。一つ、孫家領地への侵攻。

 

西方、蜀のある地は、山向こうに諸侯の支配地域がまだ分散しており、劉備の現状の実力計測の意味も込めて放置の選択を取っていた。

 

「孫家を攻めるなら今を置いて他に無いわ。孫堅やその他の動きを見るに、あちらはまだ準備が整っていないのだから」

 

「ですが、今もって未知数の戦力次第では敗北が色濃くなるのでは〜?

 

 ここは向こうの準備が整う危険を承知の上で、それ以上の戦力補強を行えるよう、南方の平定を優先すべきかと〜」

 

「私も風に賛成です。加えて言えば斗詩さんを始め、こちらの武官、文官とも完全に準備万端というわけではありません。

 

 これでは不測の事態が発生しかねません。はっきり言って危険です」

 

「私は桂花を支持するわ。以前に比べて孫家の情報が入ってきている今が好機と見るべきよ。

 

 今まで周泰や甘寧に阻まれてこちらが碌な対策も出来ていなかったことは、恐らく筒抜けだったはず。

 

 今入ってくるようになった情報で一足飛びに準備を整えて急襲すれば、あの孫堅相手と言えども隙を突ける可能性があるわ」

 

「ボクは……明確にどちらに着くとも言えないわね。桂花と零の意見も一理あるし、風と稟の意見も理解できる。

 

 けれど、今後の魏を決定付ける決断をするにはどちらも決め手に欠ける感が否めないわね」

 

「相変わらず意見が割れたままね……それじゃあ取り敢えず――――」

 

「ちょ〜〜っと待つですっ!!」

 

揃わぬ意見に軽く嘆きつつ会合を進めようとした桂花に音々音が待ったを掛けた。

 

音々音は両手を振り上げて桂花に怒りの講義を捲し立てる。

 

「なぜにねねの意見をすっ飛ばすですかっ!?ねねも軍師ですぞっ!」

 

「あんたの意見は分かってるから飛ばしたんだけど……そうまで言うなら一応聞くわ。

 

 ねね、あんたの意見はどうなの?」

 

「当然孫家に攻め入るべきですぞ!

 

 近頃恋殿の機嫌もすこぶる良いのです。将の実力が上がってきている証明ですぞ!」

 

「やっぱり予想通りじゃない……まあいいわ。それで今後の方針なんだけど、詠の意見が尤もね。

 

 かと言って、これ以上情報が揃うまで手を拱いているだけというのも余りに無駄だし、許せるものでは無いわ。

 

 そこで私から折衷案を一つ。

 

 いっそ、これらの案に関する全て、利点欠点の一切を隠さず、詳らかに説明した上で華琳様に決めていただくのはどうかしら?」

 

それは他の者も考えていたことではあった。

 

だが、その案は軍師としての職務を放棄しているとも取られ兼ねず、誰も言い出せずにいたものでもある。

 

それをこの場で言い出すからには、余程煮詰まっていることは想像に難くない。相応の逃げ道を見つけたのかも知れないが。

 

何にせよ、今は停滞した会合に風を引き入れる必要性を各々理解し、桂花の提案を前向きに検討し始めていた。

 

そしてそうなってくると、その上で追加の意見も出てくるようになる。

 

「そうするのであればお兄さんにも聞いてもらうのはどうでしょうか〜?

 

 思いもかけない意見が返ってくるかもしれませんよ〜?」

 

「なるほど、いい考えね。菖蒲から何度か聞いたことがあるのだけれど、独自の戦術眼を持っているそうだし。

 

 将の皆の武も把握しているでしょうし、丁度いいと思うわ」

 

「一刀殿の意見には個人的にも興味がありますね。

 

 私達と根本的なところで考え方が同じなのか異なるのか……是非ともこの機会に見極めてみたいところです」

 

「あんまり無茶なことは……言い出さないか。

 

 あいつは一人だと無茶する傾向にあるようだけれど、他を巻き込む時は違うみたいだしね」

 

風に同調した意見が零、稟、詠からも出てくる。

 

音々音にも反対するような様子は無い。

 

表裏問わずその思考に触れてきた桂花にとっても特段否定する理由は見当たらない。

 

となれば、回答は一つだった。

 

「華琳様もお認めになられていることだし、不都合は無いでしょうね。

 

 なら、そういうことでいいかしら?」

 

桂花の最終確認に皆が一様に頷くことでこの案が採用される運びとなった。

 

その後の会合で定められた実行の機会は、早くも翌日のことだった。

 

 

 

 

 

 

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「本日はお時間を取らせてしまい、誠に申し訳ありません、華琳様。

 

 本会合の目的は事前にお伝えしました通り、今後の国策方針の決定となっております。

 

 ただいまより我々の方で2つまで絞り込みました豊作をご説明致します」

 

桂花の簡単な挨拶と共に華琳、一刀を巻き込んだ会合が始まる。

 

事前の予定通り、2つの策の概要、利点と欠点、それらを包み隠さず話していく。

 

華琳と一刀はそれらの説明をまずは一言も挟むこと無く聞きに徹していた。

 

やがて桂花からの説明が終わると徐ろに華琳が口を開く。

 

「なるほど。要するに小さく数を潰すか、大きく1つを潰すか、ということね。

 

 孫堅は既に覇を競うに足る英傑。そこと今一戦を交えるのも確かに一興ね」

 

「……孫堅は言うまでも無いが、黄蓋と程普も実力の底が知れない。

 

 孫策と甘寧は一度恋が刃を交えているから大凡判明してはいるが、そこから孫堅の手によって底上げされているだろう。その幅は想像し得ない。

 

 更に、恐らく彼女らには及ばないまでも、周泰や呂蒙も強者。周瑜や陸遜も軍師ではあるが、十分曲者と考えるべきだろうな。孫堅と孫策と同じ血を持つ孫権も侮ってはいけない。

 

 単純な武の分析だけだが……武官としての立場から言わせてもらえば、かなり厳しい戦になると思うぞ」

 

華琳の意見の傾き方に合わせて一刀も自身の考えを晒していく。

 

しかし、その言い方に引っかかりを覚えたようで、華琳は直ぐ様口の端を歪めて一刀に問うた。

 

「まあ、そうでしょうね。それで?武官でない立場からの意見は、一体どうなのかしらね?」

 

隠し立てしていなかったとは言え、こうも即行で促されたことにはやはり驚く。

 

軽く肩を竦めて応えてから一刀は今までと全く異なる意見を話し始めた。

 

「魏国の一人の臣として、少し根本的な視点から話してみたい。即ち、どこぞに攻め入るべきか、否か。違いは魏国としての立場をどう設定するか、だ。

 

 あくまで漢王朝を、つまり現皇帝たる協を立てるというのであれば、今は攻め入るべきでは無いと思っている。

 

 南方の諸勢力にしても、自らの領地の外に対して殊更に波風を立てるような真似はしていないわけだしな。

 

 一転して魏国を漢王朝に代わる大陸の統治国家とすべく目指すのならば、麗羽を破って大きく名乗りを上げた今、勢いに乗って孫堅をも落とすことでその意気込みの強さを知らしめることになるはずだ。

 

 立場をはっきりさせないままの侵攻には芯がない。いずれ崩れる切っ掛けともなり兼ねないだろう」

 

「ふふ、中々面白いことを言うわね、一刀」

 

「ん?どういうことだ?」

 

「まるで私の覇道を、そして私自身を量っているかのようなことを言うものだから、ね。

 

 なるほど、確かにそこはまだ明確に話していなかったかも知れないわね。

 

 そもそも私は漢王朝の体制が既に破綻の時を迎えようとしていると見て取り、覇道を志したわ。つまり、一刀のその二択、敢えて答えてあげるなら、後者よ。

 

 けれど、大陸の民の心情としては最早破綻した王朝と言えど、見た目にはっきりと破綻を来しているわけではないことも事実。

 

 朧げながらも未だ機能している漢王朝の枠組みを完全に無視した侵攻は侵略行為であるとも言える。

 

 そう考えるならば、一刀の言う通り、おいそれと侵攻を進めることは得策では無いと思えるでしょうね」

 

こちらもまた、含みのある言葉を返してきているように感じるのは一刀の考えすぎなのだろうか。

 

そうとも言い切れない、いや、むしろそうであるとほぼ断定出来てしまうのが華琳という人物であった。

 

そしてその根拠なき確信はこの場に置いても当てはまっていた。

 

「華琳様?その仰り方はまるで侵攻を選択するように聞こえますが。それも、迷いなく」

 

「ええ、その通りよ、稟。一刀の二択のどちらにも矛盾なく、それでいて今すぐ侵攻を果たすことの出来る選択肢が存在しているわ。

 

 ちなみに……一刀。貴方は当然気付いているのでしょう?」

 

「まあ、そうだな。ただ、個人的には華琳がそれに気付くのは……いや、それを加味した選択肢を容認するのが、か。それが意外だな。

 

 考えていることが一緒なのなら、これは卑劣と言えば卑劣な手だしな」

 

話を振られた一刀の返答に、華琳は口元に湛えていた笑みを深くした。

 

我が意を得たり。華琳の表情はそう語っている。それは取りも直さず、一刀の考えと華琳の考えが一致しているであろうことを思わせるものだった。

 

更に、華琳の振りは止まらない。

 

華琳は一刀から零、風と視線を移しつつ、2人に向けてこう言い放った。

 

「貴女達も気付いているのではないかしら?零、風。言ってみれば、2人の得意とする分野だと思うのだけれど?」

 

「はい、そうですね。私の考えが華琳様のものと一致しているのであれば、ですが」

 

「風も分かってますよ〜。どうせですし、風が言ってしまいましょうか〜。

 

 ずばり、華琳様は孫家への侵攻を選択すべしと睨んでおいででしょう〜」

 

「そ、孫家へ?ですが、風、一刀殿が先程仰られた内容の改めての吟味も必要でしょう?

 

 いえ、それ以前に……風の話は本当なのですか、華琳様?」

 

狼狽気味の稟が捲し立てるようにして一息にそう問い掛ける。

 

稟がどういった返答を期待したのかは定かでは無いが、華琳の答えは”肯定”だった。

 

「ふふ、さすがね、風。その通りよ。その説明は――零、貴女がしてくれるかしら?」

 

「はっ。これは孫堅のここまでにおいて唯一と言える失態に付け込むものです。

 

 知っての通り、孫堅は建業に配下の将を集め、強化を図っています。((周|・))((知|・))((を|・))((す|・))((る|・))((こ|・))((と|・))((無|・))((く|・))。

 

 孫堅は前々皇帝からの信頼厚く、前皇帝、現皇帝からも信頼される忠臣ではありますが、それでも一配下に過ぎないのです。

 

 周知をしない、とはつまり、秘密裏とも取れる。これを上手く利用すれば、今孫家に侵攻したとて徒に漢王朝を軽んじる結果にはせずに済むでしょう」

 

零の説明は大枠を話しただけのものだった。が、この場の者にとってはそれだけで十分でもある。

 

中でもいち早く察した桂花が代表してそれを口にした。

 

「孫堅のそれが謀反の意を表していると、そう主張するということですか、華琳様?!」

 

「ええ、その通りよ。まあ、驚くのも無理は無いでしょうね。けれどね、桂花。勝てば官軍、よ。

 

 誰から見ても卑怯と呼べるような、例えば闇討ちや暗殺に頼り切りといった形の勝利ならばともかく、傍目に正攻法で破ってさえいればそれで十分。

 

 勝利を収めさえすれば、戦端を開いた理由付けは勝者に理があるものとなるのだから」

 

「ちなみに、これは現段階では孫家に対してしか用いれない理屈ですね〜。

 

 南方の諸侯は良くも悪くも動きを見せておらず、蜀に至っては南蛮に対処する為と言えば名目が立つわけでして〜。

 

 そちらの方に攻め込むとなると、民の心象は宜しくないと思われます〜。

 

 お兄さんと華琳様の意見を加味すれば、華琳様の覇道の歩みを停滞させまいとすれば、最早それしか手は無いでしょうね〜」

 

今この時に、明確に漢王朝を切り離し、それに取って代わろうとするような姿勢を国が取ることによるメリット・デメリット。

 

そこを考えると、今は余りにも大きいデメリットが存在する。

 

漢王朝が完全に破綻しているならばともかく、協が随分と頑張っているようでまだその体裁は保たれている。

 

近頃はいずれの諸侯とも随分と自由に動いていたが、それでも表面上は漢王朝に反旗を翻していたわけでは無い。

 

もし、今ここで魏国がそのような真似をすれば、これ幸いに周囲の諸侯は、蜀や孫家も含めて、こぞって協力し、魏を潰しにかかるだろう。

 

領地面積こそ諸勢力の中でも最大になった魏であるが、その他全てに手を組まれては敗北するのがまだまだ道理。

 

だからこそ、今は風の言った通りの結論に行き着くのであった。

 

僅かな差はあれ、皆がそこに至った頃、華琳が厳かに口を開く。

 

「さて。皆、納得してくれたかしら?もう一度、明確に宣言しておくわ。

 

 魏国は今後、東方、孫家を攻める。従って、これよりその為の準備に万全を尽くすこと。

 

 異論はあるかしら?」

 

華琳は言葉を切ってゆっくりと一同を見回す。が、当然異論を挟む者はもういなかった。

 

皆の顔に視線を一往復させてから一つ頷き、華琳は会合を締めにかかった。

 

「では、皆の者。迅速に事を進めなさい。

 

 これが為れば、我が覇道も大きく前進することが出来る。期待しているわ」

 

『はっ!』

 

一つに揃った返事はまるで部屋を揺するように響いた。

 

 

 

 

 

 

 

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この日の調練場は珍しく利用人数が少ない日となっていた。

 

それでも、そこには2つの人影があり、互いに得物を構えて相対している。

 

それ自体は何も珍しい事のない、一刀と春蘭の仕合。

 

ただ、その様子はいつも通りとは少し異なり、仕合を取りながら会話を交わしていた。

 

「なるほど。つまり、次の敵はあの孫堅ということなのだな?」

 

「ああ、そうなるね。ただ、向こうは孫堅や黄蓋が手ずから鍛錬を施しているらしい。

 

 きっと将という将が格段に腕を上げているだろう。正直に言って、相当厳しい戦いになると思う。

 

 春蘭、気をつけろよ」

 

「分かっているさ。だが、私は魏武の大剣、夏侯元譲!ちょっとやそっとでやられなどしない、さっ!!」

 

「っと。気概はいいんだけど、少々意気込み過ぎだ、ぞ!っと」

 

高らかな宣言と共に斬りかかってきた春蘭の一撃をいなし、泳いだ春蘭の体に逆袈裟に斬りかかる。

 

綺麗に決まったように見えるが、これは今まで幾度も繰り返されてきた光景。

 

だからこそ、春蘭は一刀が受け流し始めた時にはこの反撃が来ることを感じていた。

 

「ぬ、ぅええぇぇいっ!!」

 

「ぅおっ!?」

 

春蘭は一刀の持ち得ぬ彼女だけの武器、圧倒的な膂力でもって七星餓狼の軌道を一刀向けて持ち上げてきた。

 

さすがに想像の埒外だった攻撃に、一刀の口から焦った声が漏れる。

 

いつもの受け流しも間に合わず、得物同士が真正面からぶつかってしまう。

 

「くっ……!」

 

「であぁっ!!」

 

ギィン、と濁った金属音を残し、一刀の体が押されて飛ぶ。

 

インパクトの瞬間に咄嗟に地面を蹴ることで衝撃を減らしはしたものの、吸収しきれなかった力だけでも十分以上に強いものだった。

 

額に浮かんだ冷や汗を手の甲で拭いつつ、一刀は笑みを浮かべる。

 

「今のは危なかった。もしかしなくても、狙われた、かな?」

 

「ふっふっふ……いくら覚えるのが苦手な私でも、そう何度も同じ手は食らわんぞ!」

 

「う〜ん……いや、あの状態までいったら普通は技は決まりなんだけどなぁ。

 

 あそこであんな切り返し方してくるのは、多分春蘭くらいだよ」

 

「私が特別ということだな!」

 

ある意味ではね、という言葉はさすがに飲み込んでおくことにした。

 

その代わりに先程の会話の続きを口にする。

 

「孫家の武力だけど、兵数だけで見れば魏の方が多いんだろう。

 

 だが、向こうは将のみならず兵も鍛え込まれた精鋭揃い。そして何より、孫堅とその宿将の実力の底が全く見えない。

 

 きっと、総合的な武力を見れば両者に大きな差なんて無いはずだ。

 

 これは本来春蘭だけに言うことでは無いんだが……春蘭、決して暴走するなよ?負けに直結するから」

 

「む……分かった。一刀がそこまで言うのならば、気をつけておく」

 

冗談の成分を一切含まない一刀の視線に春蘭は若干気圧され、半分反射的に頷いていた。

 

仕合中にも関わらず、妙な間が空いてしまう。

 

それを振り払って仕切り直すような気持ちで一刀が声を出した。

 

「取り敢えず、伝えとこうと思ったことはそれで終わりだ。

 

 春蘭、こっちの方も、そろそろケリをつけよう」

 

「うむ、そうだな!」

 

双方とも多少崩していた構えを改める。

 

一瞬の静寂。

 

それを破ったのは、例に漏れず春蘭だった。

 

「はああぁぁぁっ!!」

 

雄叫びと共に突進。大剣を振り上げた春蘭のそれは、いつ見てもかなりの迫力を伴うものだった。

 

春蘭はそのまま勢いを微塵も緩める事無く攻撃のモーションへ。

 

どんな場面にあっても小細工など一切考えない春蘭のこの姿勢は、まさに長所であり短所でもあった。

 

一方で一刀は小揺るぎもせずに正眼に構え続ける。それは今までの受け流しとは異なる事前動作。

 

そして、春蘭の大剣がまさに動き始めようとしたその瞬間、一刀も動いた。

 

「はっ!」

 

溜めに溜めた力を解放して地を蹴り、疾風の如く彼我の距離を詰め。珍しいことに、そのまま春蘭の大剣に正面から刀をぶち当てた。

 

刹那、春蘭の顔に驚きの色が浮かぶ。が、直後には獰猛な笑みに切り替わっていた。

 

尾を引く金属音が響く。

 

「ははははっ!判断を誤っ――っ!?」

 

勝利を確信したような春蘭の台詞が途中で途切れ、再びその顔に驚きが浮かぶ。

 

それもそのはず、なんと春蘭の豪撃と正面から打ち合ったにも関わらず、一刀は吹き飛ばされるどころか弾かれもせず、春蘭と組み合ったままでいたのだから。

 

「はは、なんとか上手くいった。けど……これ、きっつ……」

 

「ぐ……ぬぬ……く、くそぅ!」

 

どうにか一刀を弾こうと力を入れるも、春蘭の思い通りに剣が動かない。

 

ならばより大きな力で押し切るまで、とばかりに集中しようとしたことが、春蘭の敗因となった。

 

表情から、目から、一刀はそれを読み取った。

 

ニヤリと口の端を歪め、タイミングを合わせて一刀はフッと力を抜きつつ身を翻す。すると。

 

「ぬぉぅっ!?」

 

押し込む力の先を急に失った春蘭がつんのめるようにして踏鞴を踏んでしまった。

 

当然、一刀には無防備な背中を晒すことになり。

 

「はい、取った」

 

「うぐ……くぅぅ……」

 

そこに刀を突きつけられ、仕合はそれで終わりであった。

 

その結果自体には春蘭も文句は無い。

 

だが、その過程には言いたいことがあったようで、勢い良く立ち上がると一刀に詰め寄った。

 

「一刀!何だ、今のは!

 

 以前、お前の膂力は低いと言い、実際に今まで私や菖蒲、霞や恋相手にその通りだったではないか!

 

 それが今は……お前は嘘を吐いていたのか?!」

 

「いや、違うよ、春蘭。これも一応技術の一つだ。俺の膂力は依然、低い。そこは変わらない」

 

「ならば何故!!」

 

今までずっと騙されていた、それも悪意を持って。そう感じてしまったのだろう、春蘭は止まらない。

 

声を荒らげる春蘭を身振り手振りでどうにか宥めつつ、先程の事象の説明を始めた。

 

「相手の技の出掛かりに攻撃を合わせて潰す。これは今までに何度かやっていると思う。今のはそれの延長線上にあるものだ。

 

 春蘭の攻撃を潰すところまでは同じ。但し、その位置を春蘭の体に可能な限り近いところにして鍔迫り合いに持ち込んだ。

 

 結果、春蘭の両手は胸の前で折り畳まれたままになる。力、思うように入れられなかったろ?」

 

「あ、あぁ。だが、私は全力で押し込もうとしたぞ?」

 

「あの状態って思ったよりも力が伝わってないんだ。更にその方向もおかしくなって、こっち向きの力はより小さくなる。

 

 そうすることで俺でも春蘭と渡り合えるようにしたんだ。けれども……俺にとってはそれでもギリギリだったよ。

 

 改めて膂力の差を思い知らされた。使えるかも知れないと思って練習していたけど、残念ながらこれは使えないな」

 

説明の最後が思わず独白になってしまったが、出来る限り簡潔に説明を終え。

 

「ん?んん?……つまり、どういうことだ?」

 

それでも春蘭は疑問符を浮かべていた。

 

「…………新しい技を使って春蘭から剣への力が小さくなるようにした。そうすることで俺でも組み合えた」

 

「な、なるほど。そんなことも出来るのだな」

 

さらなる短絡によってようやく得心いったようで、僅かに残っていた怒気も収める。

 

その上で先程の説明の言葉尻を捕まえて問うてきた。

 

「そういった技を使っても、一刀の膂力は私と競るのにギリギリだったと言ったよな?

 

 前々から思っていたのだが、一刀は私達とずっと同じ鍛錬を積んできただろう?なのに何故一刀だけそう膂力が低くなるのだ?」

 

「いや、俺が普通なんだって。現に周りの一般兵を見てみなよ。

 

 春蘭や秋蘭に限らず、梅や季衣達みたいな子達にすら届かない膂力の伸びしか示していないだろ?

 

 本来はこっちが普通。将の位を持つ、あるいは持つに値する者の膂力の伸び方が異常なんだ」

 

「むぅ……そういうものなのか?」

 

「あぁ、そういうものだ」

 

尤も、この現象についても今となっては一刀の中にとある一つの仮説が立てられている。が、それを相談すべき相手は、かの軍師達ですら適わない。

 

それ故に吟味も検証も何も出来ないままでいるのだが。

 

「ま、そういうわけで、今日も春蘭の負けということだ」

 

「う〜〜、くっそぉ……次だ!次こそは勝って見せるからな!今の技も、もう喰らわんぞ!」

 

「なら次はまた新しい技でも……」

 

「なっ!?ま、まだあると言うのか!?そ、それを使われては……」

 

「いや、無い」

 

「〜〜!か、一刀〜〜っ!!」

 

一刀がからかい、春蘭が怒る。

 

いつもの鍛錬。いつもの掛け合い。何ということの無い、”普通”の出来事。

 

秋蘭との間でも起こす日常の一幕。そこにぎこちなさなど微塵も感じない。

 

春蘭のそれは素直に凄いものだと一刀は感じていた。

 

意を決して想いを伝えてきてくれた春蘭の姿は、今でも鮮明に瞼の裏に焼き付いている。

 

その勇気には未だに感嘆を示すと共に、一刀は自分でも酷い返事をしたものだと思っていた。

 

事実、次に春蘭に会うまでは、それからの接し方をどうすべきか、ずっと悩んでいたほど。

 

だが、蓋を開けてみれば春蘭は以前のように変わり無く、そこに気後れしている様子は全く見られなかった。

 

勿論、先の告白が無かったことになったわけでは無い。

 

その証左というべきか、それまでに比べて春蘭は事ある毎に一刀に絡んでくるようになっていたのだから。

 

そんな春蘭に、勝手ながらも一刀は救われていた。

 

春蘭に申し訳ないと思いながらも、今もってままならない自分の心によって、そして考えれば考えるほど深みに沈んでいくこの世界と自分の関係によって、一刀の返事は変えられない。

 

幾度となく心中で吐いてきた溜め息の数が、また一つ増える。

 

それらは今すぐにでもどうにか出来そうでいて、実は全くどうとも出来ないこと。そんな、いつも通りの結論にまた達していたからだった。

 

暗い考えを振り払うべく軽く頭を振ってから、一刀は春蘭に向けて言った。

 

「取り敢えず、今日の話は明日の軍議でも言及されるはずだ。

 

 そしてこれは、麗羽との時よりも大きな意味のある戦になるだろう。

 

 春蘭。何度も言うようだが、独断専行は禁止だからな?」

 

「ああ、分かっている。華琳様のためにも、肝に銘じておく」

 

真剣な表情で頷き合う2人。

 

そこには戦場もかくやという緊張感が漂っていた。

 

 

 

 

 

 

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一刀の言葉通り、その翌日には皆を集めた軍議の場で孫家領地への侵攻の旨が伝えられた。

 

予定では一月以内に全ての準備を終えて、侵攻を開始。

 

その為、それに向けて各方面が急ピッチでそれぞれの準備を始めた――――その僅か数日後の出来事だった。

 

そこまでの準備を一度取り止め、計画を練り直すハメになる報が齎されたのは。

 

情報を運んできた兵は、粛々とこう報告したそうだった。

 

 

 

「孫堅に動きあり。侵攻の模様ですが意図は不明。攻撃先は荊州、恐らく樊城、襄陽の辺りと目算されます」

 

 

 

説明
第六十話の投稿です。


再び物語が動き出す。。。
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コメント
>>marumo様 強調の手法を少し変えてみようかと考えて行った回のものですね。段ずれなんかがあったりもしますし、これ以降は” ”←に戻しました。(ムカミ)
知っての通り、孫堅は建業に配下の将を集め、強化を図っています。周(・)知(・)を(・)す(・)る(・)こ(・)と(・)無(・)く(・)。  これ→(・) 要らなくないですか?(marumo )
>>nao様 十九話でも既に言及しましたが、我が外史のチート三人衆の一角、堅ママがいますからねぇ。少なくとも、楽勝はありえないですw(ムカミ)
>>h995様 孫堅健在のまま歴史が進んでいたら孫策や周瑜、さらに言えば孫権なども、一体どうなっていたのやら。そう考えると案外、孫堅の死は呉という国が成立するにおいて欠かせない要素だったのかも知れませんね。(ムカミ)
呉か〜孫堅が存在してる呉との戦いは予想が付かないですな〜苦戦しそうだ^^;(nao)
そう考えると、史実の周瑜の偉才と偉業を知る一刀にとってはむしろ孫堅に生きていてもらった方が都合がいい訳ですが、果たして……?(h995)
……まぁ孫堅の死は孫家の覇業を大幅に後退させる一方で、周瑜が天下に飛躍する切っ掛けでもありますからね。もし孫堅が健在だったら、周瑜は後継ぎの親友としての扱いしかされなかったでしょう。それこそ、蒼天航路の劉備が評した様に、十人いる将の内の一人と言った所ではないでしょうか。(h995)
>>クラスター・ジャドウ様 歴史に残る事件、戦が順不同で襲い来る世界、恋姫外史。”あの戦い”も発生不可避だった……この戦の結末がどうなるのか。次話は少しスピード展開になりそうです(ムカミ)
>>本郷 刃様 相手が予測と全く異なる動きを示した時、それまでの準備はまず当てにならなくなりますからね。はてさて、孫家は一体どのように動いたのでしょうか?(ムカミ)
…孫呉への侵攻準備を進めていた矢先、孫呉が魏以外への侵攻を開始したか。…ちょっと待て、孫堅がまだ生きていると言う事は、孫堅が不慮の戦死を遂げる「あの戦い」になるのでは?そうなれば魏にとっては思わぬ棚ぼただが、一刀にとってそう簡単に割り切れるだろうか?(クラスター・ジャドウ)
曹魏の今後の方針の話し合いで孫呉への侵攻が決定したもののまさか最後で計画の練り直しをさせられるとは、これがどんな話に続くのか楽しみです(本郷 刃)
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