ときめかせるのは誰の罪
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人には程度の差はあれ、得意なものとそうでないものがある。

 

泉水子にはずいぶんと不得手なものが多い。器用な人に囲まれていると、日々それを痛感させられる。

 

 

その一つを例えて言えば・・・。

 

 

 

「泉水子ちゃん・・・ここのところ元気がないけど、なにかあった? 余計なお世話だと思って聞かなかったけれど、相楽とケンカしたわけでもないみたいだし。私でよかったら、話してみて?」

 

 

恋人の得意なポーカーフェイス。

 

自分でも情けなくなるが、いつも「分かりやすい」と言われる。嬉しいこと楽しいことはもちろん、悩みや隠し事なんかも顔に出ているらしく、深行にもそれでよく突っ込まれてしまう。先日も何かあったのかと言われたばかりだ。

 

上手くごまかせず、さりげなく話をそらしたりすることもできない。

 

結果、心を隠そうとするから挙動不審になってしまい、ますます訝しがられるのだ。

 

気持ちを隠すことも伝えることも苦手で、そんな自分がひどくもどかしい。

 

 

 

真響と同居しているリビングで、泉水子が答えられずに膝をかかえて沈黙していると、真響は静かに立ち上がりキッチンへ向かった。

 

しばらくして、湯気の立つマグカップを両手に戻ってくる。微笑みながら差し出された泉水子のマグカップにはココアが入っていた。真響の優しさと甘い匂いが涙を誘う。

 

 

深行もマルチになんでもこなせてしまうが、特筆すべきはやっぱり親友である真響だ。

 

美人でおしゃれで、いつも洗練されたファッションに身を包む彼女は大学生になっていっそう素敵になった。しかも多才。それでいて人当たりがいいので、彼女の周りには常にたくさんの人が集まっている。

 

そんな真響は出会った頃からずっと、泉水子の憧れの存在だ。

 

 

「あの、あのね・・・」

 

泉水子はカップを両手で包み込んだ。

 

(大丈夫。きっと真響さんは笑ったりしない)

 

「・・・私、可愛くなりたい・・・。大学2年にもなって、全然垢抜けないし」

 

恥ずかしくて顔が上げられなかった。頬がひどく熱い。目をぎゅっと閉じて不甲斐ない気持ちに耐えていると、真響のきょとんとした声が耳に届いた。

 

「泉水子ちゃんは可愛いよ?」

 

「そ、そんなことない」

 

泉水子は驚いて顔を上げた。真響が心底解せないというような表情をしている。

 

泣きそうな泉水子を見てマグカップを自分の口元へ運ぶと、真響は大きな瞳をくるりと泳がせた。うーん、と唸る。

 

「相楽・・・じゃないか。あいつもあまりヘタなこと言わなくなったし。・・・あ、もしかして、最近相楽によく話しかける子?」

 

マグカップを包む泉水子の手がぎくりと揺れた。そこまでお見通しになるとは思わず、あらためて真響の勘のよさに驚いてしまう。

 

泉水子が黙っていると、真響はあっけらかんと笑った。

 

「彼氏と別れたって噂だから狙っているのかもね。でも、全然心配いらないでしょう。相楽はまったく相手にしてないじゃない」

 

 

ここのところ、見かけるたびに深行に話しかけている女子がいる。

 

綺麗な栗色のボブカット。手足は細くて長くて、それほど背が高いわけでもないのにスタイルがいい。泉水子から見ても可愛らしい顔立ちは、まるでお人形のようだと思う。

 

加えて理系の講義を選択している数少ない女子なので、いつも男子に囲まれていた。

 

そんな砂糖菓子のような女の子が甘い声で深行に話しかけているのを見ると、胸がぎゅっと苦しくなる。

 

泉水子が好む服装は無難なもので、いたってシンプルだし、髪型だって黒くて長いおさげ。真響のおかげで昔に比べればずいぶんと進歩したと思うが、それでもまだまだオシャレとは縁遠い。

 

もちろん深行が相手の容姿で心変わりをするような人ではないと分かっている。けれど、やっぱり可愛い子が彼の隣に来るたびに落ち込んでしまう。

 

これは自分自身の問題なのだ。地味で代わり映えしないとあきらめていないで、きちんと努力をして彼の隣にいても卑屈にならない自信が少しでもほしい。

 

 

勇気を出してそう打ち明けると、真響はそっと泉水子を抱きしめた。

 

泉水子が落ち込むと、彼女はよくこうして包み込んでくれる。真響の体温はとても心地よくて。泉水子が不安を抱える度に抱きしめて心を落ち着かせてくれる、あたたかい人。

 

「そのままで充分可愛い、と言いたいところだけど。泉水子ちゃんが可愛くなりたいって思うのは、とても素敵なことだと思う」

 

こういうところが本当にかなわない。いつだって真剣に聞いてくれて、まず肯定してくれる。瞳の奥がじわりと熱くなった。

 

真響は泉水子の背中をぽんぽんと優しく撫でて、明るい声を出した。

 

「あいつは複雑かもしれないけれど、この際知るかって感じだし。私はいつだって泉水子ちゃんの味方だからね。じゃあ、明日の帰り買い物に行こうか」

 

意味が分からず疑問符が浮かんだが、協力してくれることは理解できた。

 

嬉しさが込み上げ鼻をすんとすすってお礼を言うと、真響は顔を綻ばせた。

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

昔はひどく内向的で消極的だった泉水子は、いろいろなことを乗り越えるにつれ、だんだんと強さを持ち合わせていった。

 

もちろん相当努力をしているのだろうが、深行から見ても適度に社交性を身につけたと思う。

 

そして、これが目下一番の問題なのだが、彼女がどんどん可愛くなっている気がするのだ。これは決して恋人の欲目ではなく、『客観的』に。

 

 

泉水子は自分が地味であると気にしているようだが全然違う。大学に進学して制服をまとう必要がなくなると、それがありありと分かった。

 

彼女は鳳城学園でもそれなりに人気があったが、この大学においても隠れファンは多いと聞いている。

 

地味どころか、別の意味で目立つのだ。

 

化粧や髪の色など派手な女子大生が多い中、泉水子は端的に言って清楚。化粧に頼らずとも肌質は白くて子供みたいだし、美しい黒髪は最初こそ物珍しげに目をひくものの、逆に好印象で強く心惹かれるらしい。

 

 

だからといって、誰にも渡さないけれど。

 

泉水子がその微笑みと愛情を向ける相手は自分だと分かっているし、何があっても負けないつもりだ。

 

さりとて、いつだってこと泉水子に関しては、深行の心は穏やかではいられないのだった。

 

 

 

 

ここのところ、泉水子の様子がおかしかった。

 

泉水子はとても分かりやすい。何かあると自分1人で抱え込んでしまうところがあるけど、すぐ顔に出る。早とちりや誤解が重なってケンカに発展することが多いが、たいてい思っていることを互いに話せば解決していた。

 

それなのに、今回は何でもないの一点張り。明らかに落ち込んでいるのに口を割らない。

 

深行は自分の言動を思い返してみても、まったく検討がつかなかった。

 

週末だって、心地いい時間を過していると思う。ふたりでベッドでごろごろしたり、天気がよければ日当たりのいいところで昼寝をしたり、あちこち出かけたり散歩をしたり。

 

やることが立て込んで放っておくことがあっても、泉水子は楽しそうに本を読んでいたりする。

 

平日は無機質に感じる空間が、週末になるとまるで日だまりのようにあたたかくなった。

 

 

一緒にいてそう感じるのは自分だけではない、と思いたいのだが。

 

 

 

 

深行は大学のラウンジで泉水子と真響を見つけると、あらためて泉水子を二度見した。口の中の水分をすべて持っていかれたような感覚がした。

 

そして、彼女を見ているのは自分だけでないことに気づく。

 

今日の泉水子は前髪を少し斜め分けし、編んだおさげを緩くくずして横でひとつにまとめている。それだけでもどことなく垢抜けて見えるが問題はそこじゃない。

 

ロングブーツにミニスカート。ミニとは言ってもそこらの女子ほどではないのだが、いつも膝丈のスカートをはいている彼女の綺麗な脚の黄金比、いわゆる『絶対領域』は男連中の注目を集めていた。

 

「鈴原」

 

急いで近づくと、泉水子がこちらに気がついた。

 

「あ、深行く・・・えっ」

 

深行に向かって微笑みかけた泉水子の手を取り、足早にその場から離れた。

 

にやにやと物言いたげな真響の好奇な顔も、驚き戸惑う泉水子にもかまっていられない。頭痛がしそうだった。

 

 

人気のない裏庭に出て泉水子をベンチに座らせた。深行はマフラーを泉水子の足にひざ掛けのように放り、隣に腰を降ろした。

 

「あの・・・。やっぱり、変?」

 

深行の態度に何かしら感じるものがあるのか、泉水子が落胆したように瞳を揺らす。

 

深行は彼女のいつもよりも質量のある1つにまとめられたおさげを手に取った。泉水子は身をすくめ、悲しそうな眼差しを向けてくる。

 

「いつものほうがいい?」

 

「うん」

 

即答すると、泉水子はしょんぼりと肩を落とした。誤解をさせているのは分かりきっているので、深行は泉水子の手を握った。

 

「他の奴に見せたくない。スカートも短すぎ。こういうのは、俺の前だけにしろよ」

 

「・・・えっ」

 

パッと泉水子が顔を上げる。深行は同時にそらした。それからちらりと横目で窺うと、泉水子は真っ赤になってうつむいた。

 

「最近様子がおかしかったことと関係あるのか?」

 

泉水子はさらに頬を染め、居たたまれなさそうに目を泳がせた。

 

また気持ちを抑えこもうとして、そしてぐるぐる考え込んでいる。

 

こういう泉水子の思考に気がついたのはいつだっただろうか。きっかけは覚えていない。ある時ふいに気がついた。こちらの予想の斜め上をいく、彼女のマイナス思考に。

 

きっとまた妙なことを考えているに違いない。

 

 

「だって、深行くんだけに見てもらうのでは、意味がないもの」

 

「なんでだよ」

 

決まりが悪い独占欲を白状したというのに否定されて、思わずイラつきが声に出る。すると泉水子は唇をきゅっと噛んで、深行を力強く見上げた。首まで真っ赤だ。

 

「深行くんの隣にいて、少しでもお似合いだって思われたいんだもん。ちょっとでも可愛く見られたい」

 

そして強い口調はどこへやら、泉水子は再びうつむき消えそうな声で続けた。

 

「深行くんが・・・好きだから」

 

 

心臓がどくんと跳ねる。深行は一瞬返答に窮し、泉水子を見つめた。

 

(・・・つまり、こういうことなのか・・・?)

 

 

泉水子は深行を好きだから可愛くなっていく。そうであるならば原因は自分にあるわけで。

 

自分自身が焦りや不安の種を生み出してしまっているというスパイラル。

 

 

しばし考え込んだ姿は泉水子を動揺させてしまったようだ。何か言いたげに、けれど言葉が出てこないというようにおろおろと深行を見ている。

 

泉水子の素直な感情が伝わってくる。深行は周囲に人がいないことを確認すると、泉水子の背中と膝裏に手を差し入れ自分の上に横抱きにした。

 

「な・・・っ みゆ」

 

真っ赤になって抗議の声を上げようとする泉水子の唇を塞ぐ。

 

深行の胸を叩く泉水子の手を掴み、さらに口腔を探った。舌を捕らえて甘咬みすると次第に彼女の力が抜けていった。

 

 

ゆっくり唇を離すと、泉水子がむうっとむくれて睨んでくる。頬を撫でればその熱さが手のひらに沁みこんだ。

 

「泉水子はそのままでいい、と言いたいところだが、向上心を否定する権利はないよな」

 

「・・・深行くん?」

 

泉水子がきょとんと目を丸くする。無垢な瞳、無防備な表情。

 

ミニスカートなんてはいてくるのならば、それ相応のリスクを教えることにする。深行は手のひらの熱を絶対領域に移した。

 

深行だって見えない相手と戦わなければいけないのだ。

 

勝つのは自分だと分かっていても。

 

 

 

 

 

 

 

終わり

 

 

 

 

 

 

学校ですよ!とセルフ突っ込みしそうになりましたが、いつものことだと気づきました。

 

ちなみに絶対領域とはショート丈のボトムス+ニーハイソックス(orロングブーツ)の太腿のことらしいです・・・。

 

 

恋する女の子はどんどこ可愛くなると思うのです。 で、スパイラル(笑)

 

深行くんがリスクを教え込む前に泉水子ちゃんはあっさり根を上げ、もうミニスカートは履いてこないでしょう(自分で書いといてなんですが彼氏の思い通りでちょっと悔し…以下略)

 

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