華の宴
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 買い出しの為にバーザールへ立ち寄り、息を呑んだ。

 何処にいても目立つ長身、以前見たのと変わらない黒革のトランク――そして何より、戦闘専門の自分にさえ附け入る隙を与えない気配。

 思わず立ち止まって振り返る。

 間違いない、と思った。

「どした、ジオ……って、おいッ、」

 相棒の呼びかけを背中で流す。気附いたら駆け出していた。

 相棒はと云うと、追って来る気配は感じたが途中で諦めたのか消えている。確か、脚は自分の方が早い。

 何の道撒く気だったから都合が良かった。

 人と露天の間を擦り抜け、裏路地へと入る。

 相手は走っても居ないのに、何故背中さえ掴めないのか。

 暫く走って、薄暗い袋小路に入った。

 行き止まりの壁の前で、其の人は笑っていた。

「……矢っ張り……アヤメ、さん。」

 トランクに腰掛けて、此方を眺める。顔の角度で一瞬、眼鏡が白く光った。

「よぉ、御久しゅう。」

 短い其の挨拶の後、まじまじと上から下迄値踏みする様に見られた。そして、くつくつ笑う。

「しっかし、良ぉ成長したね。あんな細っこくてちまっこかった坊がにょきにょきと。俺と頭半分位しか変わらんのとちゃう、」

「其の節は、世話に為りました。」

 無感情に呟いたが、事実だ。此の躯を治して貰った。

「……如何して、此処に、」

 実際、会ったのは其れっきりだ。今此処で顔を合わせる理由が解らない。

「あー……ちゃう、自分に会うたんは偶然や。目的は別、旧い友人に会いに、な。」

 ――旧い友人だったモノ、のが正しいんかなぁ。

 後半、独り言の様に呟かれた言葉の意味は理解出来なかった。

「こんな処に友人が……、」

「せや、案外顔広いんやで。」

 ニヤリと笑い、立ち上がる。構える間も無く距離を詰められた。

「……何や、自分と会うとるんか。」

「え、」

「真っ白い薬師に覚えは無いか、其奴や。」

 遣る気な気に云い棄てて、アヤメは紙巻煙草を取り出し、銜えて火を着けた。

 示された特徴には確かに覚えが有る。

「奴の銀木犀の匂いが残っとる、近くに居るんやね。」

 云われて思わず匂いを嗅いだが、解らない。

 第一匂いが移る程側に居た記憶も無い。

 ――一体どんな嗅覚をして居るんだ。

 自身だって感覚は鋭敏な方なのに。

 訝しげな視線に気附いたのか、アヤメは笑みを深くする。

 紫煙を吐き出してから、ついと更に寄られた。

「かいらしなぁ、」

 明らかに揶揄の調子で呟かれ、項辺りにキスを落とされた。突然の事に軽く狼狽する。

「ちょ、」

「……相変わらず華の匂いがする坊やな。」

 距離を取ったアヤメは、亦煙を吸い込んでいる。

 覚えの無い言葉は更に混乱を呼んだ。

「何も、着けてないのに、」

「自分の匂いやから解らんか、甘い匂いするんよ、自分。」

 くつくつと笑い。煙草を銜えた侭トランクに手を掛けた。

「せや、姫さんが宜しゅうて。知り合いやってん、」

「ひ、い……、」

 聞き覚えの無い単語に鸚鵡返しする。

「あー、銀髪蒼眼、時々眼鏡の別嬪さん。」

「……ルーファス、」

「そ。」

「……何で、俺の居場所……、」

 俺がキャラバンに居着いている事は知っている筈だ。

 そして、キャラバンが移動ありきなのも。

 “会えたら宜しく”なんてレベルで遭遇するモノじゃない。

「さぁ、アレでも占い師の端くれらしいから、先視が出来るんやて。……先刻も云うたけど、自分と会ったんは俺的にはほんま、偶然や。」

 そう云って短くなった煙草を踏んで消した。

 ……嗚呼、つくづく規格外の奴等だ。

 心の中で短く感想を述べると、アヤメが人の良い笑みを浮かべた。

「取り敢えず調子良さそうで何よりやわ。……ほな、行くよ、」

 トランクを肩に引っ掛けて、アヤメが横を通り過ぎる。

「亦、縁が有ったら会おうなぁ。」

 肩越しに振られる手。

 ぼんやりと後ろ姿を見送った。

 

 暫くそうやって立っていたが、急に気が抜ける。

 溜息を吐いて呟いた。

「……何奴も此奴も人じゃねぇな。」

 

 突然買い出しを放棄した事を怒られるのを想像し乍、表通りに居るだろう相棒の元へと歩き出した。

説明
古い知り合い同士の、何て事はない唯の立ち話。
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タグ
創作 青年  煙草 

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