真・天の御遣い帰還する #1
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 三国共立。

そんな絵空事と思われるこれを、天の御遣い北郷一刀は成し遂げた。

それによって、大陸からは大きな争いは消え、人々の平穏な日々が始まった。

この平和を確実に継続していく為に、三国は定期的な交流を持つようになった。

それぞれの都で、祭りを開くのである。

 

 今回は、蜀の首都成都で開催される。

天も祭りを祝ってか、空は澄み切るような青空。

時より吹く心地よい風は、人々の心を洗い流してくれる。

祭りの準備も最高潮を迎えていた。

すでに、魏や呉の面々は到着している。

後は細かい調整だけだ。

それももうすぐ終わるだろう。

と、ここで一刀は宣言した。

 

「さあ、祭りを始めよう!!」

 

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 初夏を迎え、日が差すのは早く気温もぐんぐんと上がっていく。

それに呼応するように、木々に止まった蝉が勢いよく鳴き出した。

今日も暑くなりそうだと、誰もが思うそんなシチュエーションに似つかわない光景が広がっていた。

ある公園の一角、緑の木々が生い茂る芝生の上に一人の青年が寝ていた。

格好は、この辺りにいる人なら見たことない人はいないだろう、聖フランチェスカ学園の制服だ。

普通なら声をかけられるだろうその姿は、不思議と人々の死角になっていて気付かれていなかった。

 

ピチャ。

昨晩降った雨の残りだろうか。

一つの雫が、その青年の鼻の頭に落ちる。

 

「うーん……」

 

その刺激で、その青年は目を覚ました。

まずは現状を把握しようとしている。

目の前に広がるのは、緑に染まる木々。

その奥から燦々と照らし出される太陽の光。

それと、青い空に白い雲。

完全に屋外であるという事を気付くのに数秒を要した。

 

「何でこんなところにいるんだ?」

 

体を起き上がらせ、改めて周りを見渡す。

舗装された道路に、金属と木を使ったベンチ。

道路には、綺麗に並べられた街路樹。

どれも、あの世界ではあり得ない物ばかりだった。

よく見れば、その奥には寮と呼ぶにはあんまりにもおんぼろな聖フランチェスカ学園の男子寮。

これを見れば、自分の置かれた状況はいやがおうにも分かってくる。

 

「そっか……、戻って来ちゃったのか……」

 

その言葉からは、驚きや喜びよりも落胆が大きいことが分かる。

起き上がり、服に付いた砂埃や芝などを払いながら、昨日のことを思い出していた。

 

 昨日は、三国共立を祝う祭りがあり、蜀の首都成都で盛大に行われた。

一刀は、蜀の代表者の一人として当然のごとく参加して、蜀を始め魏や呉の面々とも交流を深めた。

というよりも、かなり遊ばれていた。

へとへとになりながら、その日は何とか部屋に戻ってそのまま寝台に倒れ込んだのである。

そして、起きてみたら現代、つまりあの世界で言われていた天の世界に戻ってきてしまったということだ。

 

「参ったなぁ」

 

いつか戻るのではという懸念はあった。

平和を成し遂げてからというもの、夢ではあるがこちらの事を少しずつ見るようになっていた。

当然懐かしいという想いはあったが、それ以上にあちらの世界への想いが強くなっていた。

この平和を継続していく。

それが一刀の使命であり義務であると感じていたのだ。

特に根拠は無かったが、あの世界でそのまま生き続けていくのだろうと思っていた。

だからこそ、こうも唐突に戻ってくるとは予想外で、当然の事ながら誰にもお別れを言っていない。

 

「みんなを悲しませちゃっているかもなぁ」

 

それは自惚れなどではなく、蜀のみんなには好かれていたという自信があった。

そんな自信があったからこそ、こうやって別れも言わずに戻ってきてしまったことに対し、驚きや悲しみよりも落胆の感情が大きかった。

 

 懐かしいが、どこか寂しさを感じる空を見上げながら物思いに耽った後、誰にいう事無くつぶやいた。

 

「まあ、こうしていても仕方ないか」

 

じっとしていても何も始まらない。

それは、あの世界でもこちらでも一緒だ。

そう思って、まずは寮の自分の部屋に向かって歩き出した。

 

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 そんな一刀の姿を見ていた小さな影があった。

その影は、一刀に気取られることなく近づいていく。

そして、唐突に声をかけた。

 

「ほお、あんまり驚いておらんようじゃな?」

「!?」

 

突然話しかけられて驚いた一刀は、その声のした方向を向いてみた。

そこには、こぢんまりとした少女が立っていた。

身長は、朱里や雛里程度だろうか。

体つきも彼女たちと似たような感じではあったが、その胸元には桃香並みの脂肪分がありそこだけ別の生き物のように思えた。

一刀の視線も、自然とそこに注視してしまう。

 

「ふむ、さすがは別の外史で魏の種馬と呼ばれた御仁じゃ。 このわしすらその対象にしてしまうとはのぉ」

 

この言葉に、一刀は慌てて視線をそらす。

そして、頭を手でかきながら乾いた笑いをこぼした。

それにつられて、その少女も笑った。

 

「ははは……、気にするな。 健全な男の子なら当然の反応じゃろうて」

「はぁ……」

 

一刀はあんまり納得していなかったが、それ以上つっこむのもやぶ蛇だと思いやめておいた。

そして、当然の疑問を彼女に投げかけた。

 

「それで、あなたは誰です? なぜ俺のことを?」

 

相手は一刀の事を知っているようだったが、一刀はこの少女の事を知らない。

その口ぶりからは、あちらの世界で関わったようであるが見覚えがなかった。

少女は、少し身を整えると答えた。

 

「おっと、そうじゃった。 わしは管輅じゃよ」

「管輅? あっ、管輅って……」

 

一刀は一瞬誰だろうと思ったが、すぐに思い出した。

管輅と言えば、あちらの世界で流星に乗った天の御遣いが現れ乱世を収めるという占いをした人物だ。

一刀自身、その占いを直接聞いたわけではない。

桃香達がその占いを聞き、あの世界で自分を見つけて出会いそして歩んでいった。

まさにきっかけを作ってくれたのは、この管輅の占いだった。

実際にあった事はないが、何となく年老いた老人なイメージがあったので、このような少女だとは夢にも思わなかった。

ここで一刀は改めて驚いた。

そんな一刀の姿を見て、軽く笑うと管輅は言った。

 

「驚くのは自由じゃがな。 あんまり時間が無い」

「時間が無い?」

 

何の時間だろう。

一刀はいくつか思い浮かべてみたが、該当するような事は思い当たらなかった。

その疑問に管輅が答える。

 

「そう……、わしはそう長くはここに居られないのでな」

「そう……なんですか……」

 

一刀は少し残念だった。

胸の事ではない。

この管輅であれば、自分がここに来てしまった後のあちらの世界の事を知っていると思った為だ。

聞いてどうにかなるものでも無いが、やはり少しは知っておきたかった。

それに可能であれば、自分の代わりに桃香達に別れの言葉を伝えて欲しい。

そういう風にも思っていた。

だが、そんな時間はなさそうだった。

 

「まあ、これは仕方が無い。 本来の流れと少し変わってきてしまっているのでな」

「本来の流れ?」

「左様、物事には決められた流れがある。 じゃが、川の流れがそうであるように、物事もその流れに逆らうものがあるのじゃ」

「流れに逆らう……」

「ふむ。 その事を説明する時間は無いから簡単に言うとじゃな。 この世界はおぬしが元いた世界、つまりおぬしがあの世界に行く前に過ごしていた世界じゃ」

「やっぱりそうなんだ……」

 

周りの状況や雰囲気から何となくは分かっていたが、改めて言われると言葉にならない想いがあふれてくる。

そんな一刀の姿をとらえながら、管輅は言葉を続けた。

 

「じゃが、先ほど言ったとおり本来の流れとは変わってきておる。 おぬしが元居た世界でありそうでない世界でもあるということじゃ」

「それってどういうこと?」

 

管輅のいう事は抽象的すぎて、一刀にはイマイチぴんとこなかった。

管輅は、一度腕を組み頷いて改めて言った。

 

「本来はあり得ない事のじゃが、ここはおぬしが望んだ世界でもある」

「俺が望んだ世界?」

「そうじゃ……。 元の世界へ戻ってもなお、おぬしが望む事……」

「俺の望み……、まさか……」

 

ここまで言われて気付かないほど、一刀も鈍くはない。

確かに、こっちの事を夢に見るようになってからは何度となく思っていた事である。

だが、それが実現するとはちっとも思っていなかった。

管輅の口ぶりからすると、その一刀が思っていた事がこの世界で現実のものとなっているようである。

完全に、一つの結論に達した。

 

「気づきおったか。 本来ならばあり得ぬ事ではあるが、おぬしの思いはそこまで強いのであろうな」

「……」

 

管輅の言葉に、言葉を失う一刀。

何かを言うとしたが、その言葉を管輅が遮る。

 

「これから、大変じゃぞ。 じゃがおぬしの事じゃ。 何とでもなろう」

 

そう言うと、管輅は手を振りながら一刀に背を向けて歩き出した。

当初に言っていたとおり、ここに留まる時間がもう無いのであろう。

一刀は、色々言いたい事があったが、その中から一つだけ選び出した。

 

「あの……、ありがとう……でいいんだよね?」

 

その言葉に、無言で手を振る管輅。

だが、その後にはたと立ち止まり振り返りながら言った。

 

「世界は全てつながっておる。 また出会う事もあろう。 その時は……そうさな、おぬしのハーレムにわしも加えてもらおうかの」

「えっ!?」

「はははは……」

 

大きな笑い声とともに管輅はまた振り返り歩き出した。

その姿が小さくなったかと思うと、一陣の風が吹いた。

その風に思わず、一刀は目を押さえた。

そして、目を開けると管輅の姿は何処にもなかった。

 

(ありがとう……)

 

一刀は、心の中で改めてお礼の言葉を言った。

 

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 管輅は、建物の中から鏡を通してそんな一刀の姿を見ていた。

その後の流れを簡単に確認した後、鏡から目をそらした。

そして、隣にいた人物に話しかける。

 

「なんじゃ、今回はご主人様とか言って会いに行かなかったんじゃな貂蝉」

「残念だけど、あのご主人様とは接点がないのよね」

 

貂蝉と呼ばれたその人物が、大きな体をくねらせながら言った。

管輅は、その姿に一度ため息をついて言った。

 

「以前のおぬしなら、そんなの関係なくつっこんだと思うんじゃがな」

「管輅ちゃんてば、つっこむなんていやらしいわね」

「そういう意味じゃないわ!!」

 

貂蝉の発言に思わずつっこむ管輅。

そんな管輅の言葉をいなしながら、貂蝉が言った。

 

「分かっているわよ。 私も行ったらそれだけ管輅ちゃんの時間がなくなっちゃうでしょ? 適材適所って奴よ」

「適材適所……ねぇ」

 

管輅は、貂蝉の発言に疑問符を投げかける。

だが、ここで言い争っていても仕方ない。

次の事を成し遂げねばと思い、貂蝉に言った。

 

「それよりも、次の場所に行かねばの」

「そうねぇ、次は何処の外史だったかしら?」

 

手近にあった書物で確認する。

 

「ここのようじゃ」

「それじゃ、行こうかしら」

 

貂蝉の言葉を聞きながら、管輅はふと鏡を見た。

そこに映る一刀は、幾分幸せそうに見えた。

 

「……」

「管輅ちゃん? 未練があるんじゃないの?」

 

貂蝉の言葉に、管輅は一瞬戸惑った。

 

「ぐっ……。 まあフラグはたてておいたからのぉ。 あとは、その流れ次第じゃな」

「なんですって!! 管輅ちゃんはいつの間にそんな事を!! わたしもご主人様とのフラグをたてるわ!!」

 

そう言うと、鏡に向かって突進しようとする貂蝉。

そんな貂蝉を抑えながら、管輅は言った。

 

「そんな暇はないぞ、貂蝉よ!! 早く次の外史に向かわねば!!」

「そんな事よりご主人様!! ご主人様ーー!!」

 

鏡から引き離され姿が消えていく管輅と貂蝉。

貂蝉の悲痛とも言えない叫びはいつまでもその建物に響いていた。

 

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 管輅の消えた方向を見ていた一刀は、一瞬寒気を感じた。

 

「なんだ、ちょっと体が冷えたかな?」

 

初夏でそれなりの暑さとはいえ、屋外で寝ていれば風邪をひく。

戻ってきてそうそう、風邪なんぞひいてはどうしようもない。

改めて、男子寮の自分の部屋に向かって歩き出した。

と、その時反対側から自分を呼んでいるであろう声が聞こえてきた。

 

「「ご主人様ーー!!」」

「お兄ちゃーん!!」

 

声が聞こえた方向に振り返ると、そこには見慣れた人物が自分に向かって走ってきていた。

その姿を見て、安堵感と懐かしさとうれしさがこみ上げてくる。

そして、その名を叫んだ。

 

「桃香!! 愛紗!! 鈴々!!」

 

あの世界で自分を拾ってくれた桃園で誓い合った三人が、そこに居た。

三人は、一刀のそばによると一瞬躊躇するようなそぶりを見せたが、桃香が構わず一刀に抱きついた。

愛紗は、その横で涙を流し、鈴々も笑顔だったがその目には涙がたまっていた。

一刀は、しばらく桃香の事を抱きしめていた。

そんな二人の姿に、愛紗が涙を拭いて、わざとらしく咳払いをしながら言った。

 

「コホンっ!! お二人とも、いつまでも抱き合ってられるおつもりですか?」

「「あっ!!」」

 

二人の声が重なり合い、すぐに離れる。

そのまま照れる一刀と桃香。

その横でふくれっ面の愛紗。

そして、笑顔の鈴々。

あちらの世界で、幾度となく繰り返されたその光景が、そこには広がっていた。

改めて、冷静になった一刀が尋ねた。

 

「桃香達はどうしてここに?」

 

ここが一刀の世界である事、そして管輅に言われた自分が望んだ世界とはこういうことなんだろうという事は、あえて伏せて聞いてみた。

桃香は、愛紗と鈴々の顔を見た後言った。

 

「よく分からないの。 気がつくとあの先で眠っていて」

「その横に私と」

「鈴々が居たのだ」

 

自分と同じような感じだなと一刀は思った。

という事は、他のみんなも同じように居る可能性が高い。

そう思ってさらに尋ねた。

 

「そうなんだ……。 他のみんなは?」

「……ごめんなさい。 私のそばには愛紗ちゃんと鈴々ちゃんしか居なかったから、他のみんなの事はよく分からないの……」

 

申し訳なさそうに答える桃香。

そんな悲しそうな表情にさせてしまった事を後悔し、一刀は桃香の肩に手を置いて言った。

 

「そうなんだ。 でも、きっと大丈夫さ」

 

満面の笑みでそう答える一刀に、桃香も安心したのか笑顔になった。

 

「うん、そうだよね」

 

一刀は、桃香がいつもの口調に戻った事に安堵を覚えた。

そんな二人のやりとりが一段落付いた事を感じ、愛紗が一刀に聞いた。

 

「ところで、ご主人様。 ここはいったい何処なのですか?」

「そうなのだ!! 鈴々はこんな場所知らないのだ!!」

 

愛紗の疑問に鈴々も乗っかる。

その疑問は当然だろう。

愛紗の疑問を聞いても顔色を変えない一刀に、桃香が不思議がった。

 

「ご主人様はここがどこだか知っているの?」

 

一刀は、少し勿体付けるように言おうかと思ったが、そんな必要も無いだろうと結論に達した。

そして、簡単に且つ単純に答えた。

 

「ここは、俺が元々居た世界だよ」

 

一刀の答えに、固まる三人。

でも、それはほんの一瞬の出来事だった。

 

「「「えー!!」」」

 

感嘆の声を上げる三人。

そんな三者三様の驚きっぷりに思わず笑ってしまう一刀。

桃香は、そんな驚きをものともせず、すぐに喜びを表した。

 

「という事は、ここは天の世界って事? すっごーい!!」

 

桃香は愛紗の手をつかみはしゃいだ。

愛紗も、そんな桃香の喜びように満更でもなかったが、すぐに険しい顔になった。

 

「天の世界なのは、何となく分かりましたが、これから私たちはどうすればいいのでしょうか?」

 

あまりにも現実的すぎで且つ明確な疑問に、はしゃいでいた桃香も動きを止めた。

 

「そうだよね……。 私たちはどうすればいいのかな?」

 

そんな二人の疑問に、意外な所から答えが出された。

 

「大丈夫なのだ」

「大丈夫って……、鈴々、現状が分かっているのか?」

 

鈴々をたしなめるような口調で、愛紗が言った。

鈴々は、そんな愛紗の言葉などお構いなしに言った。

 

「分かっているのだ。 鈴々たちの事は、お兄ちゃんが何とかしてくれるのだ」

「俺?」

 

突然矛先を向けられた一刀は、一瞬戸惑った。

だが、この世界の事は自分しか知らない。

なら、ここはあちらの世界以上にリーダーシップを発揮しなければならないだろう。

 

「そうだな。 この世界の事は、俺にしか分からないし」

「そうだよね。 ご主人様なら何とかしてくれると思うし」

 

一刀の言葉にのっかる桃香。

そんな桃香に愛紗は驚きと戸惑いをこめて言った。

 

「桃香様まで……。 ですが……」

「だって、ご主人様が居たおかげで大陸が平和になったんだもん。 今回だって何とかなるって」

 

俺だけじゃなくて、桃香も居たからだと一刀は思ったが、今それを言うのは野暮だと思った。

桃香の楽観論と、愛紗の心配性。

このバランスが蜀のいい点なのかもしれない。

だが、ここはあの世界ではなく自分が居た世界だ。

このまま心配ばかりさせておくのは良くない。

一刀は、そんな愛紗の肩に手を置いた。

 

「大丈夫だよ、愛紗。 俺に任せて」

 

そう言って、肩に置いた手を腰に回し愛紗を自分に引き寄せてぐっと抱きしめた。

 

「ご主人様……」

 

愛紗は顔を赤くして惚けてしまった。

そんなやりとりを見て、鈴々は一人憤慨した。

 

「むー!! お姉ちゃんや愛紗ばっかり抱きしめられてずるいのだ!!」

「鈴々、ごめんな」

 

そう言って、今度は鈴々を抱きしめると頭をなでた。

 

「えへへへ……」

「ほんと、ご主人様は相変わらずだなぁ」

 

桃香の呆れたような言葉に、一刀は鈴々から体を離した。

その途端に、その場に笑いが起こった。

 

 しばらく笑っていた四人であったが、一刀は真剣な表情をすると改めて三人に言った。

 

「これからどうするか考えなきゃいけないけど、まずは他のみんなを探そう。 多分みんなもこの世界に来ているはずだ」

「そうなのですか?」

 

愛紗の疑問に、一刀は管輅に言われた事を話した。

この世界は元々一刀が居た世界ではあるが、同時に一刀が望んだ世界でもあると。

一刀の望み、それは桃香たちと一緒に居続ける事だった。

となれば、他のみんなも桃香たちと同じようにこの世界に来ているはずであると。

 

「そうなんだね。 だったら頑張って探さなきゃ。 私もまたみんなと楽しく過ごしたいもん」

「そうですね」

「鈴々も一緒なのだ!!」

 

そうは言ったものの、手がかりも根拠も何も無い。

だが、ここで留まっていても何も始まらないのも事実だ。

だから、勘を頼りに歩き始める一刀。

そんな一刀を追いかけるように、歩き始めた桃香、愛紗、鈴々の三人。

じっとしていては何も始まらない。

これは、この世界に戻ってきて初めに感じた事だ。

ならそれに乗っかろう。

四人の顔は、これからの事への不安など感じる事のない笑顔にあふれていた。

 

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 勘だけで歩き始めた四人ではあったが、勢いが良かったのは最初のうちだけだった。

しばらく歩いているうちに、先頭を歩いていた一刀が足を止めた。

 

「さて、どうしたもんかな」

 

腕を組んで考え込む。

現実問題として、他のみんながこの世界の何処に来ているのかその情報がまるで無く、それ以前に本当に来ているという根拠や確証もない。

そんな状況で闇雲に歩き回っても何も得られないだろう。

そんな事を考えてしまい、自然と足が止まってしまったのだった。

すると……

 

ぐぅーーーーーーーーーーーーーーーー。

 

空腹を告げる盛大な音がした。

その方向を見ると、この中で一番の食いしん坊が笑顔でおなかをさすっていた。

 

「にゃははは……。 お兄ちゃん、鈴々お腹が空いたのだ」

「ご主人様、私も!!」

 

鈴々の言葉に、桃香も賛同した。

もう一人、先ほどから黙っている相手に一刀が言った。

 

「愛紗はどう? お腹空いてない?」

「私は……」

 

明確には答えなかったが、頬を赤くし伏し目がちになりながらお腹をさすっている辺り、愛紗も空腹なのだろう。

そんな三人に、一刀もお腹が空いている事を感じた。

 

「そうだな、まずは何か腹ごしらえをするか。 腹が減っては戦は出来ぬと言うし」

「戦!! 戦いですか、ご主人様!!」

 

一刀の言葉に、愛紗が反応し武人らしい殺気を放った。

敵対する者が居るのではと、一刀を守るように体を動かした。

しかし、その手にはいつもの青龍偃月刀はない。

その瞬間、はっとなる愛紗。

そして、みるみる顔が赤くなる。

一刀が苦笑いをしながら言った。

 

「ごめん、愛紗。 言葉のあやだよ」

「そうだよ、愛紗ちゃん。 天の世界は平和なんだから」

 

桃香に言われ、ますます顔を赤くする愛紗だった。

その横で、鈴々が気にしていないような素振りで言った。

 

「愛紗は相変わらずなのだ」

「鈴々!! 武人たる者常に戦場の緊張感は持ち続けないと!!」

「ここは平和なお兄ちゃんの世界なのだ。 そんな緊張感不要なのだ」

「ねー」

 

鈴々と桃香が笑顔でうなずき合う。

 

「……」

 

愛紗はこれ以上の失態は見せまいと、あさっての方向を向いた。

一刀は、三人の様子を見て問題ないだろうと思い、話を元に戻した。

 

「とにかく、まずは何かを食べに行こう」

「やったー!!」

 

喜ぶ鈴々。

桃香や愛紗も笑顔になった。

そして、近くにあるファミリーレストランに向かおうとして、一刀は思い出した。

手持ちが何も無い。

愛紗はひょっとしたらお金を持っているかもしれないが、それはあちらの世界のお金だ。

ここでは使えないだろう。

一刀は、突然走り出した。

 

「三人とも、ちょっとここで待っていて」

「ご主人様ー!! 何処に行くの?」

 

桃香が心配そうに言った。

 

「部屋に戻ってお金を持ってくるよ」

「お金であれば、私が……。 あっ」

 

愛紗は手持ちのお金を出そうと巾着を取り出したが、そこに入っているのはもちろんあちらの世界のお金だ。

古銭商にでも持っていけば、それなりの価値はあるかもしれないが、少なくともそのままでは使用できない。

愛紗はそれに気づき、また顔を赤くなりながら取り出した巾着をしまった。

一刀は、そのやりとりに気付いたが、問題ないと言わんばかりに手を振って自分の部屋に向かって走って行った。

 

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 久しぶりの自分の部屋。

あちらの世界ではなかったテレビなどの家電製品。

それらを含めた嗅ぎなれたはずの部屋の匂いも、凄く懐かしく感じた。

だが、懐かしんでばかりもいられず、机の上から財布を拾い上げ中身を確認した。

中身は、一万円札一枚と小銭が多数。

その一万円札は、新作ゲームを買う為に銀行から下ろしたものだった。

 

(まあ、仕方ないよな……) 

 

今は緊急事態という事で、新作ゲームは諦めてその財布を持って外に出ようとした。

と、そこで部屋にある日付も表示される時計に目がいった。

 

(今は夏休みか……って、えっ!?)

 

今はちょうど夏休みの期間だった。

確かに、あちらの世界に行く前に夏休みを楽しみにしていた事をよく覚えている。

だが、一刀はあちらの世界で何年とは言わないがそれなりに長い期間を過ごしてきた。

だからこそ、今自分の見ている時計の日付に疑問が浮かんだ。

季節が一回りしたとかそういう事ではなく、あちらの世界に行ってから一週間くらいしか経っていなかった。

 

(時間の流れが違うのかなぁ)

 

管輅の言っていた流れ。

物語そのものではなく、時間もその流れが変わってきているのだろうか。

少し考え込んでしまったが、外に三人を待たせている事を思い出し急いで部屋を出た。

そろそろ、鈴々が痺れを切らしているだろう。

 

「お兄ちゃん、遅いのだ!!」

 

待たせた場所に戻ると、案の定鈴々が怒り気味だった。

だが、自分の考えが当たったので思わず一刀は笑ってしまう。

 

「何がおかしいのだ!!」

 

鈴々の怒りがさらに増す。

と、一刀は頭を下げて謝罪した。

 

「悪い悪い……。 財布がなかなか見つからなくてね」

「むーーー」

 

一刀の謝罪の言葉にも、素直に許す事の出来ない鈴々。

ここですかさず、愛紗が言葉を入れた。

 

「鈴々、ご主人様もこうおっしゃっておられるのだ。 機嫌を直せ」

 

さすがに姉の力。

愛紗にこう言われては、鈴々も機嫌を直すしかなかった。

 

「……。 分かったのだ。 お兄ちゃんの奢りで許してあげるのだ」

「ああ、好きなものを食べてくれ」

「やったーーー!!」

 

一刀の発言に大はしゃぎで走り出す鈴々。

そんな鈴々を、愛紗が大声で呼んだ。

 

「鈴々、急に走り出すと危ないぞ!! それにご主人様に奢らせるとはどういうことだ!!」

「いいんだよ、愛紗」

 

今にも走り出しそうな愛紗の肩に手を押しながら、一刀は言った。

 

「こっちのお金は、俺しか持っていないから俺が奢るしかないんだよ」

「ですが……」

「そうだよ、愛紗ちゃん。 ここはご主人様に奢ってもらおう!!」

「桃香様まで!?」

 

桃香の発言に驚く愛紗。

そして、桃香の方を振り向いた。

すると、そこには確かに笑顔なのだがなにやら黒いものが背後から浮かび上がる桃香がいた。

この桃香の様子に一刀と愛紗は恐怖を覚え、触らぬ神に祟りなしとばかりに気にしないようにした。

 

「とにかく、鈴々を追いかけよう!!」

 

一刀は愛紗と桃香と手を繋ぎ、鈴々を追いかけるべく走り出す。

突然の事に戸惑う二人であったが、お互いの顔を見合い笑顔で走り出した。

そこには先ほどの黒い桃香は微塵も感じられなかった。

 

 走り出しながら、桃香は素朴な疑問を口にした。

 

「それでご主人様、何処に行くの?」

「ああ、ちょっと先にちょうどいいレストランが……。 ってあれは鈴々」

 

一刀は、先に走っていった鈴々がこっちに向きながら手を振っている事に気付いた。

 

「お兄ちゃーん!! お姉ちゃーん!! 愛紗−!!」

 

一刀たちを呼んでいるようだ。

一刀たちは急いで鈴々のそばへと駆け寄った。

 

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 走ったせいでちょっと乱れた息を整えながら、一刀が鈴々に言った。

 

「鈴々、どうしたんだ?」

「お兄ちゃん……」

 

鈴々はそう言いながら、茂みの向こうを指さした。

猫でも居るのだろうかと、一刀はその茂みをのぞき込んだ。

すると、そこには猫以上に驚く者が居た。

あちらの世界で見慣れた二人が、気持ちよさそうに寝ていた。

その姿に、一刀は思わずその名前を叫ぶ。

 

「朱里!! 雛里!!」

「「うーん……」」

 

一刀の言葉に、二人は目を覚ました。

寝ぼけながらも、その瞳に一刀の姿を認識した二人は、一刀に朝の挨拶をした。

 

「あっご主人様、おはようございます」

「おはようございます……」

 

眠たそうに、まぶたをこすりながら起き上がる二人。

と、ここで今置かれている状況の異常さに気付いた。

 

「はわわ……、いったいここは何処です?」

「あわわ……」

 

はわわとあわわ。

二人が居るのに、これを聞かないと始まらない。

何が始まらないのかと言われると困るのだが、とにかくこの言葉を聞いて一刀は心の中が暖かくなるのを感じた。

桃香や愛紗もそうだったんだろう。

安堵とは別の何とも言えない笑顔を浮かべていた。

 

「朱里ちゃん、雛里ちゃん、ここれはご主人様が住んでいた世界だよ!!」

 

朱里の疑問に、桃香が笑顔で答えた。

その言葉を聞いて、二人の時間が数秒ほど止まったのを感じた。

 

「「えーーーーーーー!?」」

 

時間が動き出したかと思うと、桃香たち三人以上に驚く朱里と雛里の二人。

そして、なにやら二人でぶつぶつと話を始めた。

 

「雛里ちゃん、ご主人様の住んでいた世界だって」

「という事は私たち……」

「あの……、朱里さん? 雛里さん?」

 

二人だけの世界に入ってしまわないうちに、一刀は肩を叩きながら話しかけた。

 

「はわーーー!!」

「あわーーー!!」

 

一刀に触れられて、二人は改めて驚いた。

さっきから驚いてばかりだなと思いながら、このままでは話が進まないと思い、一刀は改めて聞いてみた。

 

「二人はどうしてここに?」

 

一刀の問いに、体に付いた砂埃や芝を払いながら朱里が答えた。

 

「昨晩は、雛里ちゃんの部屋で八百……げふん、本を一緒に読んでいて」

 

どんな本なのかは想像が付くので、ここはつっこまないでおいた。

 

「そうしたら、急に眠くなって……。 気が付いたのが先ほどです」

「私も同じです……」

「そうなんだ……」

 

この二人が嘘をつく事はないだろう。

だとすれば、自分が望んだせいで巻き込んでしまい、この世界に呼び寄せてしまったのだろう。

会えた事自体は嬉しいが、一刀は巻き込んでしまった事に罪悪感を覚えた。

少し感傷に浸っていたが、そんな一刀の服を引っ張る者が居た。

 

「お兄ちゃん!! ご飯を食べに行こうなのだ!!」

「おっ、そうだったな」

 

朱里と雛里の登場で、危うく忘れる所だった。

細かい事は、ご飯でも食べながら説明しても悪くは無いだろう。

そう思って、一刀は改めて朱里と雛里の方向にむき直し笑顔で言った。

 

「今からみんなでご飯を食べに行こうと思っているんだけど、二人も来るよね?」

 

朱里と雛里は、お互いの顔を見合った後言った。

 

「はい、もちろん!!」

「ご一緒させていただきます」

 

二人増えたけど、この二人なら大丈夫だろう。

財布の中身が少し心配になったが、そんな事はおくびにも出せない一刀であった。

 

-9ページ-

 

 朱里と雛里を加え、合計六人でレストランへと向かった。

と、ここで桃香がまた疑問を口に出した。

 

「ところでご主人様、そのれすとらん……というのは何なの?」

「そうでした。 私もそれが気になっていました」

「れすとらん? れすとらんって何なのだ?」

「れすとらん……、聞いた事無い言葉ですね。 雛里ちゃん知ってる?」

「……知らない」

 

知っていなくて当然だろうと一刀は思いながら、このみんなに伝わるふさわしい言葉を考えていた。

 

「レストランは……、そうだねあちらの世界で言う酒家みたいなものかな」

 

厳密に言えば違うのかもしれないが、今の一刀に桃香たちに理解させるレストランの表現として酒家以外は思い浮かばなかった。

 

「まあ、あちらの世界の酒家と違ってレストランには色々な料理があるよ」

 

あちらの世界の酒家は中華料理ばかりだったが、ファミリーレストランなら和洋中全て揃っているだろう。

 

「そうなんですか? それは楽しみだね愛紗ちゃん!!」

「はい!!」

「鈴々はご飯が食べられればどこだっていいのだ!!」

 

鈴々の発言に笑う一同。

そんな和やかな雰囲気で、一刀たちは歩みを進めた。

そうこうしているうちに、目的地へと着いた。

そこは安さの割にボリュームが多いと評判のファミリーレストラン、通称ファミレスだった。

ファミレスなら、料理の種類が豊富だし値段も安いから鈴々の胃袋を満たしても財布への打撃は低いだろうという一刀の目論見だった。

一刀以外は、一面ガラス張りで外から中が見える構造のお店に驚いたが、そのまま促されるままに店内に入っていく。

お昼時には早いのか、店内にいる客はまばらだった。

 

「いらっしゃいませ!! 何名様でしょうか?」

「六人、禁煙席で」

「分かりました!! 奥の空いているお席へどうぞ!!」

 

そう促され、一刀は奥の空いている窓際の席へ向かった。

勝手の分からない他の面々は、一刀に習ってその後を付いていく。

と、その横の席で水を飲みながら佇んでいる客が居たのだが、その姿を見てびっくりした。

 

「星(さん)!!」

 

その姿を見間違えるはずもない。

一刀たちと一緒に大陸を平和へ導いた、趙子龍こと星であった。

 

「おや、主殿に桃香様。 それから愛紗や鈴々に朱里と雛里。 みな、どうしたのだ?」

 

星のいつもの様子に、一刀たちはどっと疲れた。

そして、せっかくだからと一緒の席に座る事にした。

ここで、一刀の横に誰が座るのかを巡って一悶着があったのだが、無難にじゃんけんで雌雄を決する事になった。

結果、星と雛里が一刀の横に座る事になり、雛里の横に朱里、星の向かいに愛紗、その横に桃香、そして鈴々という席順になった。

 

「やったー!! ご主人様の向かい側!!」

 

桃香は、図らずも一刀の向に座る事が出来て喜んだ。

そんな桃香の様子を見て、そんな手があったと悔しがる愛紗と朱里。

なんだか分からないが、鈴々も悔しがっていた。

 

「それで、ご主人様。 ここでは何が食べられるの?」

「あ、そうだった。 これに載っているものならどれでも大丈夫だよ」

 

そう言って、テーブルに置いてあったメニューを配った。

そのメニューを見て、一刀以外は目を丸くした。

 

「凄く綺麗な絵だね。まるで本物みたい」

「本当に……。 さすが天の世界、凄い絵師がいるのですね」

「あっ!! 鈴々はこれにしよっと!!」

「私は……、これにしようかな。」

「私も朱里ちゃんと一緒のにしよ。」

「……」

 

思い思いにメニューを見た感想を述べながら、食べたいものを選んでいたが、星だけはなぜか黙っていた。

 

「星、どうしたんだ?」

 

一刀の言葉に、メニューに視線を落としていた星は顔を上げていった。

 

「このメニューというものに、メンマが載っておりませぬ」

「……」

 

和洋中全てを取りそろえているファミレスといえど、メンマのみというメニューはさすがにない。

一刀は、少し考えてから言った。

 

「星……、メンマなら後で俺が買ってやるから、今は何か他のものを頼みなよ」

 

一刀は、星に言ったがその時はっとした。

他の面々に聞かれていては、何か買ってあげないといけなくなる。

だが、それは杞憂だった。

桃香を始め、他の面々は珍しいメニュー表に夢中だった。

そんな一刀に、顔を近づけながら星が言った。

 

「主殿、そのお言葉偽りではあるまいな?」

「……ああ」

 

一刀は、星のいつにない気迫に押され気味になりながら答えた。

 

「なら私は……、そうだな、これにしよう」

 

みんな選んでいざ注文をしようと思った時、一つの疑問が浮かんだ。

 

「星は先にここに居たんだから何か注文しているんじゃないのか?」

 

一刀の疑問に星は笑顔で答えた。

 

「いえ……。 外にいるのは暑いのでな。 中で涼んでいたのですよ」

「そうなのか……」

 

一刀は、迷惑な客だなぁと思いながら言葉には出さなかった。

そんな一刀の微妙な変化を星が気付かないはずもなく、笑顔で一刀に迫った。

 

「主殿。 今不謹慎なことを考えませんでしたか?」

「えっ? そ……そんなこと無いぞ!! さあ、みんな決まったなら注文しないとな」

 

ごまかすように呼び出しベルを鳴らす。

しばらくして店員が来て各々注文を行う。

それから十分もしないうちにみんなの前に料理が並べられた。

 

「おー!! 美味しそうなのだー!! いただきまーす!!」

 

と、鈴々は自分の注文したハンバーグを食べようしたが、動きが止まってしまった。

 

「お兄ちゃん、これどうやって使うの?」

 

鈴々はハンバーグを注文したので、当然ナイフとフォークが出てくるわけだがあっちの世界にそんなものはなかった。

従って、その使い方を一刀が教えねばならない。

 

「そっか、分かるわけ無いか。 それはこうやって使うんだよ」

 

一刀は鈴々の後ろに回り、手を取り実際に使う方法を教えた。

鈴々の手を動かしながらナイフでハンバーグを切り、それをフォークに刺して鈴々の口に持っていく。

 

「おぉ!! おいしいのだーー!!」

 

初めて食べたその味に、鈴々は感激した。

他の面々は、そんな鈴々の様子をうらやましく見ていた。

 

「お兄ちゃん、ありがとうなのだ。 後は鈴々頑張ってみるのだ」

 

鈴々はそう言ってナイフとフォークに苦戦しながら何とか食べていた。

鈴々から解放されて、一刀はいざ自分の食事をしようとした。

だが、それはすぐに出来ない事と判明した

 

「ご主人様。 私もよくわからないよー」

 

桃香を始め、みんなも使い方が判らないと申告してくる。

星に至っては箸を使う料理にもかかわらずだ。

 

「もー。 わかったよ」

 

一刀は、結局一人一人の後ろに回り食べ方を教える羽目になった。

結局一刀が自分の食事にありつけたのは、鈴々が食べ終わりおかわりを注文する頃だった。

 

-10ページ-

 

 みんなが食事を終え、水を飲みながらゆったりとしだす頃、一刀は改めて現状を話し出した。

ここは、一刀の住んでいた世界である事。

そして、自分がみんなと一緒にいたいと望んだためにみんながこっちの世界に来てしまったという事。

巻き込んでしまった罪悪感から暗い表情になってしまった。

一刀のその様子を見て、桃香達は笑顔で話した。

 

「私は嬉しいよ。 確かにあっちの世界に愛着がないかと言えば嘘になるけど、ご主人様と会えなくなるのはもっと悲しいから」

「そうです」

「主殿。 みんなの気持ちは一緒ですぞ」

「そうなのだ」

「そうですよ」

「……うん」

「みんな……ありがとう」

 

一刀は嬉しくて、みんなの手を握った。

突然の行動に、みんな顔が赤くなった。

ひとしきり和んだ後、桃香が真剣な表情で言った。

 

「それで、ご主人様。 これからどうしようか? 他のみんなを捜す?」

「そうだな……」

 

桃香たちが居て、朱里たちが居て、そして星が居る。

これだけ居れば、蜀の他の面々もこの世界に来ている事は明白だ。

それならばまずは、みんなを探す事が先決だ。

この世界に来ているのであれば、様々なカルチャーギャップに困っているはずだ。

その前に一刀は、前々から気になっていた事をみんなに言った。

 

「とりあえず、そのご主人様とか主殿っていうのはやめてくれないかな?」

「えー!?」

「なぜです?」

「そうです。 私たちにとってあなたは主殿以外の何者でもない」

 

一刀の提案に、当然のごとくみんなは反論した。

それを嬉しく思いながらも、一刀はもう一度現状を話し、納得してもらう事にした。

 

「こうやって慕ってくれるのはありがたいけど、俺はこの世界ではご主人ではなくただの一般人だ。 そうでなくてもご主人様という言葉は、この世界では目立つんだよ」

 

そういった事情を説明して、自分を呼ぶときは北郷か一刀で呼んでくれるようにお願いした。

少し考える素振りをしながら、みんなそれぞれに言った。

 

「わかった。 ちょっと難しいかもしれないけど……、頑張ってみる」

「私は……ちょっと」

「そういう事情なら仕方ありませんな」

「うーん、どうしよう雛里ちゃん?」

「朱里ちゃん……。 でも、ご主人様を困らせるわけにはいかないし……」

「鈴々はお兄ちゃんのままなのだー!!」

 

愛紗と朱里、雛里の三人は、一刀の提案に困惑しているようだった。

一方、桃香と星は納得したように答え、鈴々は関係ないとばかりに満面の笑顔だった。

愛紗、朱里、雛里を前に、一刀は真剣な表情で言った。

 

「頼むよ」

 

一刀のそんな姿に、愛紗と朱里と雛里の三人は折れ、名前で呼ぶ事に納得した。

 

「それじゃ、改めてこれからもよろしく頼むよ、みんな」

「うん。 一刀……さん!!」

 

桃香の元気な声が店内に響いた。

 

-11ページ-

 

 ご主人様や主ではなく名前で呼ぶようお願いしてからも、みんなはしばらくファミレスで涼んでいた。

だが、お昼に近づくにつれ店内は混み合い始め、もうそろそろ出ないといけないような雰囲気になってきた。

別に長居しても差し支えないような注文を(主に鈴々が)していたが、その雰囲気以上に他のみんなが心配というのもあり店を出ることにした。

入る前は、紙幣分は残ると思われた一刀の財布だったが、実際には小銭のみに激減。

会計を終えた一刀は、心の中で涙を流していた。

 

 外に出た一行を迎えたのは、太陽からの容赦ない日差しだった。

ファミレスの店内との寒暖の差は激しく、出た瞬間に足が止まってしまった。

 

「暑いーー!! また中に戻っていいかな?」

「桃香様、それはダメですよ」

「だって、外はこんなに暑いんだもん!!」

「心頭滅却すれば火もまた涼しですよ」

「それは、愛紗ちゃんが武人だから出来るんだよ。 私には無理ーー」

「もう」

 

桃香と愛紗のやりとりを聞いていた一刀に、雛里が話しかけてきた。

 

「あの……一刀……さん」

「ん? 雛里どうしたの?」

「皆さんを探すのはいいとして、私達はこれからどこに住めばいいのでしょう?」

「あっ……」

 

雛里の疑問に、一刀は頭を抱えた。

みんなを探す事ばかりに気を取られて、一番大事な事を失念していた。

桃香達の住居である。

一刀が住んでいるのは、男子寮である。

その男子寮に住まわせるのは、広さ的にも教育的にも良くない。

とはいえ、ホテルに住まわせるほど金銭的な余裕もなく、野宿は慣れているかもしれないが、この世界は野宿には適さない。

なにより、女の子を野宿させるというのは一刀の信念に背く行為だった。

だが、いい方法が思い浮かばないのも事実である。

一刀が色々考えを巡らせていると話しかけてくる人物が居た。

 

「あら、北郷君じゃない」

「寮母さん……」

 

そう、それは一刀が住む男子寮の寮母だった。

買い物帰りなんだろう、手にはスーパーのビニール袋を抱えていた。

早速桃香達に寮母を紹介する。

お返しとばかりに桃香達も自己紹介をする。

 

「初めまして。 私は姓を劉……」

「あっ、この子達は……」

 

桃香達の自己紹介を一刀が遮った。

よく考えたらこの子達の本名は、太古の英雄の名前だ。

三国志の武将の名前と言ったら、日本人ならほとんどの者が知っているだろう。

そんな名前を紹介されたら混乱されるだけだ。

そう思い、自己紹介を遮ったわけだがとはいえいい紹介方法が思い浮かばない。

一刀が悩んでいると、答えは意外なところから来た。

 

「知っているわよ、留学生さんでしょ? 何でも三国志の英雄の子孫とか。 凄いわねぇ」

「えっ!?」

「あら? 違うのかしら?」

 

一刀の反応に、寮母が何か間違えたのだろうかと疑問を感じる。

そんな寮母の意外な答えに驚く一刀であるが、ここは話を合わせておくのがいいだろう。

桃香達もその方がいいと思い、特に口を出さないようにした。

 

「あっ、そうなんですよ」

「そうなのね、やっぱり。 でも、聞いていた人数よりも少ない気がするけど?」

 

他の面々の事を言っているのだろう。

下手な事を言わず、ここは話を合わせるべきだろうと一刀は考えた。

 

「まだ到着していない人もいるので」

「そうなのね。 でも、こんなところで立ち止まっていたらこの暑さで熱中症になっちゃうわ。 女子寮に連れて行ってあげなきゃ」

「女子寮?」

「理事長がおっしゃってたわよ。 新しく留学生が来るから女子寮に部屋を確保するって」

「そうですか」

「北郷君、ちゃんと連れて行ってあげなさいよ。 それじゃ、みなさん。 またね」

 

寮母はそう言うと、手を振りその場を後にした。

桃香たちはそれがさも当たり前のように頭を下げて寮母を見送った。

寮母が見えなくなると、一刀ははぁっとため息をついた。

色々疑問点は浮かんでくるが、寮母の話が本当だと、桃香たちは女子寮に住めるという事になる。

それならば、色々と願ったり叶ったりだ。

一刀の笑顔を見て、雛里が言った。

 

「これで……住む場所は大丈夫そうですね」

「そうですね、一刀……さん」

 

雛里の言葉に、朱里はためらいがちに話した。

愛紗と星はうんうんとうなずいているが、桃香と鈴々は首をひねるばかりだった。

そんな桃香と鈴々の事はひとまず置いて、一刀達は女子寮に向けて歩き出した。

蚊帳の外状態である桃香と鈴々は怒るが、女子寮へ向かっている間に一刀が状況を説明した。

 

「じゃあ、これからはそのじょしりょう……とか言う場所に住むのね。 そう言ってくれればわかったのに」

「鈴々もなのだー!!」

 

一刀の説明では、納得は出来ても怒りは収まりそうにない。

一刀に愛紗と朱里の三人でようやく二人の怒りを収め、タイミング良く女子寮の前に着いた。

 

-12ページ-

 

 みんなが着いた女子寮では、一人の女性が待っていた。

その女性は、みんなに背を向けて入り口のガラス戸を拭いていた。

その姿を見て、みんなは驚いた。

桃香以上の胸の膨らみを持ち、大胆な切り込みの入ったチャイナドレスを着ていたためだ。

言葉を失っているみんなを代表し、一刀がためらいがちに話しかけた。

 

「もしかして……紫苑?」

 

その言葉に、女性が振り向いた。

それは紛れもない黄忠こと紫苑その人であった。

 

「ご主……一刀さん……」

 

ガラスを拭いていたぞうきんを投げ捨て、一刀に駆け寄り抱きしめる紫苑。

一刀も抱きしめたが、顔が胸に埋まるようになってしまい正直息苦しかった。

 

「紫苑……苦しいよ……」

「あっ、ごめんなさい」

 

紫苑はそんな一刀の言葉に、抱擁をやめた。

そして、他のみんなにも気付いた。

 

「皆さんもよく無事で……」

「紫苑さんも相変わらずみたいですね」

 

普通に話す桃香だったが、そこには明らかに殺気が篭もっていた。

愛紗も紫苑と言葉を交わしていくのだが、そこには桃香と同じような殺気が篭もっていた。

鈴々、朱里に雛里、そして星は、そんな二人の感情を知ってか知らずか、至って普通に紫苑と言葉を交わした。

紫苑は、一通り言葉を交わした後、一刀に言った。

 

「一刀さん、どうしてここに?」

「あ、それは……」

 

紫苑に言われ、一刀はこれまでの事を説明した。

そして、逆に聞いてみた。

 

「紫苑はなぜここに?」

「それは……」

 

今度は逆に紫苑がこれまでの事を話し出した。

そんな紫苑の説明だとこういう事だ。

 

 気が付くと璃々と二人、この女子寮のそばに佇んでいた。

途方に暮れていると、理事長と名乗る人物が現れ、紫苑を学園の保健医にしたいという事を言われた。

さらに、この世界の事を説明され紫苑も納得して引き受ける事にした。

ただ、学園は夏休み中なのでその間は女子寮の管理をして欲しいとの事だった。

 

(なんだ、そりゃ)

 

紫苑の話を聞いて、一刀が最初に思った事だ。

色々な事が怪しい。

多くの問題が解決しそうなので、一刀としては願ったり叶ったりではあるが、どうにも気持ちが悪い。

 

(理事長って桃香達の正体を知ってるんじゃ?)

 

一刀は、理事長の事を思い出した。

祖父の友人という事で何度か会った事があるが、普通の好々爺という風体だった。

特に怪しいと思った事はない。

うーんと腕を組み考えていると、袖が引っ張られた。

 

「一刀さん、早く入ろうよ」

 

桃香は、らちがあかないとばかりに一刀を促した。

 

「そうだな……って、俺は無理だよ」

「なんで?」

「だって女子寮だよ」

 

女子寮と言えば男子禁制だ。

そんな事を説明する一刀であったが、桃香を始めみんな納得できている様子ではなかった。

と、ここで助け船が出た。

 

「入り口のエントランスっていうのかしら。 そこまでなら入れますよ」

「えっ?」

 

紫苑の言葉に一刀は驚いた。

それは、初耳だった。

それもそのはず、一刀は女子寮に用事があった事が無くそう言った決まり事にも無頓着だった。

紫苑の言葉を聞いて、桃香が一刀の手を握った。

 

「入れるって。行こう!!」

「おい、そんな引っ張るなって!!」

 

一刀は、桃香に引っ張られるようにして女子寮に入った。

 

 自動ドアを抜けると、そこはまるでホテルのフロントロビーを思わせる荘厳な造りになっていた。

所々にテーブルとソファーが置かれ、本棚やジュースの自動販売機も置いてあった。

あのオンボロ男子寮と雲泥の差だった。

 

「うわあー、凄いねぇ」

「光り輝いて見えます」

「おー、壁に鈴々が映って見えるのだ」

「これからここに住むのか……」

「雛里ちゃん!! 本がいっぱいあるよ」

「本当だ!!」

 

桃香と愛紗、星の三人はこの状況に驚き、鈴々は磨かれた壁に自分の姿が映っているのが面白いらしく、色んなポーズを取っていた。

朱里と雛里は、本棚を見つけ本を取ろうと走っていく。

一刀も外からは見た事があっても中を見るのは初めてで、そのギャップに唖然としていた。

 

「一刀さん……」

 

紫苑の言葉に我に返った一刀は、みんなを呼び近くのソファーに腰掛けた。

そして、これからの事を改めて協議した。

まず、各人の部屋であるが準備がまだ出来ていないので、夕方までは入居は無理という事だった。

それについては、準備が出来るまでこのエントランスにいれば問題ないという話になった。

さらに、他の仲間を探す話だがそれは手分けをして行う事になった。

だが、一刀以外この周辺の地理は詳しくない事がネックとなったが、それは周辺地図をコピーして目印を付けてみんなに渡す事で解決した。

手分けするメンバーは、桃香と星、愛紗と雛里、鈴々と朱里、そして一刀という四組に分かれる事にした。

この振り分けも一刀と一緒に行くと聞かない桃香を、何とかなだめて実現した。

紫苑がメンバーにいないのは、現在女子寮の管理人という立場でおいそれと席を外すわけにはいかなかった。

それに……。

 

「璃々が寝ていますから……」

 

そう言って管理人室を指さした。

寝ている璃々を置いていけないという事だろう。

一刀は時計の見方をみんなに教え、とりあえず2時間後後にここに戻るというプランを立てた。

そして、探しに行こうとした時に紫苑に聞いた。

 

「さっきから俺の事をご主人様じゃなくて一刀さんって呼んでいるけど何かわけがあるの?」

「それは……、その理事長って人に言われたんです。 『ご主人様と呼ぶと困るだろう』って」

「……」

 

それを聞いて、ますます理事長が怪しく感じる一刀であった。

 

-13ページ-

 

あとがき

 

以前書いた、天の御遣い帰還するの改訂版です。

本当は全ての話を一つにまとめるつもりでしたが、色々追記をしていたら時間が無くて、とりあえず区切りのいい所で切りました。

話の流れは、以前と同じ感じにしようとは思っていますが無理矢理になっている部分を色々修正していけたらとは思っています。

 

続きは、なるべく早く出せればいいかと思っています。

あと、久しぶりに新作も出せたら嬉しいかな。

恋姫の新作も出る事ですしね。

 

次もまたよろしくお願いしますね。

説明
お久しぶりです&初めまして。
約3年ぶりの投稿になります。
このtimaniに初めて投稿しました、天の御遣い帰還するの改訂版です。
書き方を小説風に変更して、追記も行っています。
基本的な流れは変わっていません。
なので、以前の作品を読んでくれた人には新鮮味はないかもしれませんけど、それでも見ていただけると嬉しいです。
感想など、お待ちしております。
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コメント
naoさん。そこは人々の想いで変わるんじゃないんでしょうか。意外と別の一刀や蜀の面々がいてそのまま継続されていくのかもしれません。(ぴか)
どらさん、ご指摘ありがとうございます。協立に関しては協力して並び立つという意味で協立にしましたが、共立の方がいいですね。あと、誤字も修正しました。(ぴか)
蜀の皆と天の御使いがそろっていなくなった外史はどうなるのだろう、魏と呉のみんなはさすがにいないよな^^;まだそんなに深い仲じゃなさそうだし(nao)
さっそくで申し訳ないけど誤字報告 ×三国協立○三国共立 並び立つという意味で使うならこっちです あと朱里たちと会った時にさっきからとある部分が殺気になってます(どら)
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