IS×SEEDDESTINY〜運命の少女と白き騎士の少年
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━━━ああ、なんてことだ。

 

宇宙において自然的起こり得るはずのない現象を目の当たりにして、男は酷く嘆いていた。たまたま、送信されたポイントに辿り着いて誰にも気付かれることなく((それ|・・))を回収しようと仲間を引き連れて艦を出してみればよもやこんなことが起きてしまうとは……

 

コーディネイターたちの住まう宇宙の国、プラントの一つ。農業用のコロニーとして稼動していたはずのユニウスセブン。

 

それが今、男の目の前で核の炎に焼き尽くされ、崩壊を始めてしまっていた。

艦のガラス越しから見えるそれは、見る者によっては美しく見えるのかもしれない。しかし、男にはこの先確定してしまったナチュラルとコーディネイター間の長きに渡るであろう戦争のことを考えてしまうと、湧き上がってくるのはどうしようもない恐怖心だけだった。

出来ることなら、今頃は歓喜の声を上げているだろう地球連合軍の無能共に罵声の限りを浴びせてやりたいぐらいだ。が、そのような無駄な時間を費やしてやれるほど男に余裕は無い。

 

━━━彼らが築き上げてくれたこの希望を、一刻も早く完成させなくてはいけない。それがこの世界のため、そして残された彼らのためでもあるのだから……

 

同胞が託してくれた((アレ|・・))を無事に回収し終えると、男の乗っている艦は真っ直ぐに宇宙のどこかへ飛んでいった。目指す先は男たちにしかわからないし、これから先たとえ人類がどれだけ進歩しようとも決してそこに到達することはないであろう。

ふいに男は今もなお崩壊を止めないユニウスセブンを眺めた。

 

━━━嗚呼、あの中には、いったいどれほどの命が輝いていたのだろうか……

 

少なくともほとんどの住民は輝かしい未来を心のうちに秘めていたに違いない。それも、本人たちが自覚する間もなく核の炎と共に消え失せてしまったのであろうが……

 

C.E.70年2月14日。

のちに血のバレンタイン事件と呼ばれるこの事件は、たとえナチュラルとコーディネイターの溝を大きく開けることとなる戦いが終わったとしても、人々の中に忘れ去られることなく、記憶に深く刻み込まれることであろう。

 

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「痛っつ……」

 

眼帯型のサングラスを模したようなものを装着している左目を押さえながら、一夏は顔をしかめる。久々に100%で稼動したものだからその分の反動が今更になってきたのだ。

カオス。アビス。ガイアの三機を行動不能にしてついでにパイロットを拘束してからザフトに引き渡した一夏は、足がイカレてしまったストライクの修理を受けてもらうためにミネルバの((格納庫|ハンガー))にかけてもらい、自身は居住区の空き部屋を一つ借りてノートパソコンを開いてさきの戦闘をモニタリングしていた。両隣にはここへ避難させられていた夏音と夏恋が静かな寝息をたててぐっすりと眠っていた。

ちなみになぜミネルバの格納庫だったのかというと、最初の襲撃で施設が半壊しており、修復に時間が掛かるとのことで他に宛がここしかなかったためである。

 

コン。コン。

 

「一夏さん。いますか?」

 

リズミカルなノックが聞こえたと思うと、次には聞き慣れた少女の声が耳に届く。ザフトの軍人、シンだ。そういえばミネルバの所属だと言っていた気がする。あの時は色々と慌ただしい状況下だったものだから戦闘に直接関係のない話は基本シャットアウトしていたのだ。

 

「開いてるよ」

 

左目の装置を外して胸ポケットに仕舞いながらそう言うと、自動ドアが開いてそこから赤い制服を身に纏ったシンがひょっこり入ってきた。

と思いきや、よく見れば彼女の背後には他にも何人か同僚らしき少年少女たちがこちらを興味深く眺め、そしてシンを先頭に部屋へ入ってきた。

 

「なんだかすみません。皆、一夏さんに直接会ってみたいって聞かなくて……」

 

「あ〜……」

 

そりゃあまあ、最新鋭機三機を相手に魔改造されてたとはいえ、二年前の旧型機で殺さずに鹵獲してみせたのだ。興味を持たないはずがない。

特に十代の若者ともなればこの手の異常な功績には興味津々だ。……って、俺も一応18歳なわけだがそれはともかく━━━

 

「別に構わないけど、至って普通の傭兵に期待されてもなぁ……」

 

「……普通の傭兵に最新鋭機を三機まとめて鹵獲できるなら我々の存在意義が無いわけになりますが?」

 

一番後ろ。扉の手前で壁に背中を預けている金髪の少年が睨んでいるのではないかと思ってしまうほど強く見つめてくる。

しかし、まあなんとも耳の痛いお返しなことだ。きっと彼は相当頭の固い軍人気質な人間なんだろう。口調からして今の俺にとっては苦手な部類に入るかもしれない。

━━━いや、昔もたぶん苦手な方だったとは思うけど今と比べれば多少あちらの方が上手く立ち回れた自身はあるぞ……多分だけど。

 

「えぇーと……そ、それじゃあ自己紹介でもしようか!お互い名前も知らないわけだしな」

 

とは言ったものの、皆誤魔化そうとしてる感バリバリの俺に静かに責めるようなジトーッとした視線が微妙に痛い。IS学園で珍獣扱いされるという経験がなかったら泣いてたかもしれない。相手が軍人だから、余計にそう思えた。

 

「シンにはもうしたけど、俺は織斑一夏。世界を旅する傭兵だ。で、こっちの双子が夏音と夏恋。俺の妹だ」

 

「じゃあ今度は私から。ルナマリア・ホークです!さきの戦闘、格納庫からずっと見てました!」

 

赤い髪に赤服を身に纏ういかにも活発そうな少女は、そう言いながら一夏の両手をぶんぶんと上下に振り続けた。

それはもう、端からすればトップアイドルと一ファンの間で稀に見掛けるという引くほど凄まじいアピールと似てると言われるほどに。というか二人が起きちゃうからやめてほしいんだが……

 

「あたしはデイル・カフカ。んで、こっちのフツーなのがショーン・アハトな」

 

「フツーってなんだよフツーって。てか、頼むから自己紹介ぐらい俺にやらせてくれよな……」

 

ルナマリアを引き剥がして次に前へ出たのは、いかにも男前な少女、デイル・カフカと平均より少し高めの背丈を持つ少年、ショーン・アハトだ。二人とも緑服だが、その実力はアカデミーで赤服抜粋者を除いてトップだったことから十分にうかがえた。

 

他にもルナマリアの妹だというメイリン・ホークや、ストライク修復のため今この場にはいないヨウラン・ケント、ヴィーノ・デュプレの話を聞くと最後に未だ扉の前で背中を預けたままの少年に視線を向けてみた。

 

「……レイ。レイ・ザ・バレル」

 

それだけを言うと、レイはこちらに向けていた視線を明後日の方向へ向けた。

うぅむ。なんとも表情の読み取りづらい奴だ。左目を使わないとどうとも言えないが、おそらく不器用な奴なのだろう。もちろんただの憶測なので不正解の可能性は大いにあるけど……

 

「そういえば、俺はこの後どうすればいいんだ?」

 

本来ならさっさと報酬を受け取ってついでに呼び出した理由を依頼主から問いただしたいところだが、今回の事件について何か聞かれるのではないかと考えた一夏は何気なくシンに聞いてみた。

 

「えっ?さぁ……艦長からは何も聞かされてませんけど」

 

「ふ〜ん……」

 

まあ向こうは施設の修復だったり、事後の処理だったりとやらなくちゃいけないことが多すぎてそれどころではないのだろう。ただそうなるとこちらも下手に動くと余計に地球へ帰るのに時間が掛かってしまいそうだと思うと、憂鬱しか湧き上がらないのはままならない。

 

「あぁ〜、アブサンが恋しい……」

 

「未成年が飲むものではありませんね」

 

すかさずショーンがツッコミに回るが、彼以外にアブサンというものが飲み物である事以外は分からない様子だった。コーディネイターはナチュラルより五年近くも早くに飲酒を許されると聞くし、そのうち気が向いて足を踏み入れたら土産にしてやろうかと密かに目論んでみた。

それからも、貸し与えられた部屋の一室で他愛のない雑談を繰り広げられていく様は、とても出会ったばかりの者たちとはとうてい思えない、心地のよい空間を形成していた。

 

━━━が、それは唐突に無粋な電子音が破った。

 

発信源は、一夏とシンの携帯端末だ。

二人はそれぞれの端末を開いて通話を受ける。

 

『やぁナツ坊。元気してるかイ?』

 

端末の先にいるのは、自身に依頼主からの伝言を持ち運んできてくれた情報屋、アルゴだ。その性格と行動パターン、そして三本髭のペイントから通称鼠のアルゴという異名を持つ性別不明のソイツからの連絡には、どこか緊張が込められているような気がした。

 

「あぁ。ザフトの新型三機と相手させられたけど、それ以外は特に何もだな」

 

『例の強奪未遂事件のことか?大活躍だったそうだナ』

 

……もう情報を入手してたのか。

まさかこいつ、アーモリーワンにいたんじゃないんだろうな?と疑いを掛けてしまいたがるくらいに鼠のアルゴはずば抜けて情報収集能力と告知、そして商売上手なのが名を馳せている理由なのだろう。

 

『いやー、上手いこと常連の情報購入&提供者が居合わせてたみたいでネー。一流作のパイルバンカーの安値買い取り方と交換でゲッチュしたってわけヨ』

 

……よくわかんないんだけど、とりあえずまぁ、変な奴がこの世の中にはいるってことだよな。

━━━パイルバンカーなんて欲しがるって事はたぶんそいつは俺と同じ傭兵か、酔狂なジャンク屋なんだろうけどな。

 

『っテ、それどころじゃないんだヨ、ナツ坊!落ち着けって言われても落ち着けないくらいヤッヴァイ状況!!』

 

さっきまで落ち着いてたようにしかきこえなかったんだが?なんて問い返しは無粋なのだろうからあえて何も言わないでおいたが、あの奇怪な笑みしか浮かべなかったアルゴがこんなにも慌ただしく声を荒げるとなれば、事態は思ってるより重大なのだろうが……

 

「ああもう、わかった。わかったから!落ち着かなくてもいいから何があったのか教えてくれよ!」

 

こんなにも混乱してたら何もわからない。とりあえず話だけでも聞こうと最大限の譲歩をするとアルゴはゼハー、ゼハー、と息切れを示す音声を漏らしてから静かに、しかしはっきりと宣告した。

 

 

 

『━━━((ユニウスセブンガ|・・・・・・・・))、((地球に向かって墜ちてるんダ|・・・・・・・・・・・・・))!!』

 

「………………………………………………………………………………………………は?」

 

ユニウスセブン。

前大戦開戦のきっかけとなった血のバレンタイン事件発端の場であり、同時に前大戦を終結させることとなったユニウス条約締結の舞台でもあったそれは、元はプラント一部として稼動していた農業プラントだった。

当時プラントがコーディネイターの国として動くと独立宣言を掲げてから幾許もの時を経てイカレきったブルーコスモスの連中が核兵器を発射。

放たれた最悪の兵器は、ユニウスセブンを崩壊に導き、同時に前大戦開幕へと導いたという。

プラントの過激派はここで家族や知人等を失った者たちが殆どだと聞く。

 

━━━それが今、地球へ向けて降下しているというのだ。

 

「━━━って、ちょっと待てよ!?」

 

「((ユニウスセブン|・・・・・・・))は百年の単位で安定軌道機あるって言われてたんじゃあ!?」

 

同時に端末を繋いでいる相手に向けて怒鳴り散らした一夏とシンは、そこで話している相手は違えども、内容が同じであることに気付かされる。

 

『何でかなんてこっちが聞きたいんだけド、とにかくッ!今地球は大騒ぎなんだヨ!』

 

そりゃあそうだ。ユニウスセブンの落下は、目標である地球にとって無視できない大事態だ。

直径一キロの小惑星が落下した場合のエネルギーを、TNT火薬の爆発力に換算すると十万メガトンに相当すると言われている。核爆弾が五十メガトンだから、その二千個分に当たる。その計算でいくと直径十キロ近いユニウスセブン衝突のエネルギーは一億メガトン近くになってしまう。もちろん、突入速度は小惑星と比べてかなり遅いはずだから、単純に換算するわけにはいかないがしかしそうなってしまえば━━

 

「なにも残らない、か……」

 

これまで二人とともに旅してきた自身の始まりの地ともいえる戦場跡地や逆に人の栄えている美しい景色が蘇り、心苦しくなる。あれらがすべて、消えてしまうのだ。

そしてそれとともに、地表に住む何十億もの人々が、すべて……

 

「けど、なんであれが!?」

 

アルゴとの連絡を終え、目が覚めた妹たちを連れてレクルームに集められたクルーたちもユニウスセブンの情報を知らされて騒然としていた。話に聞いてきたヴィーノ・デュプレが素っ頓狂な声を上げると、ヨウラン・ケントがもっともらしく仮説をたてる。

 

「隕石でも当たったか、何かの影響で軌道がずれたか……」

 

あるいは……と繋ごうと開きかけた一夏は慌てて口を閉じる。こんな仮説は彼らを混乱させるだけだ。余所者が手を出すことではない。

 

「で、私たちはそのユニウスセブンをどうすればいいのよ?」

 

現在ミネルバは事態の対処をするために強奪者たちの母艦を探すアーモリーの軍艦から離れてユニウスセブンへと向かっている途中だった。俺も、タリア・グラディス艦長を通じて依頼主の方から追加の依頼としてその破砕作業に加わることとなったわけだ。機体も現場で受け取れるよう準備を済ませてあるとのことらしい。妹たちも、ミネルバからおろす暇もなく仕方がなく俺の両隣に座っている。

そこへ、ルナマリアが問いかけを投げかけたわけだが、誰もが一瞬考え込む。するとそこまで黙っていたレイが、さらりと答えた。

 

「砕くしかない」

 

いかにも簡単そうに出されたその案に、ショーンを加えてヴィーノとヨウランが顔を見合わせる。

 

「砕くって……」

 

「あれを、か……?」

 

レイはあくまで淡々と言う。

 

「あの質量ですでに地球の重力に引かれているというのなら、もう軌道の変更など不可能だ。━━━衝突を回避したいのなら、砕くしかない」

 

「けど、デカいぜあれ?ほぼ半分に割れてるっていっても原型をほとんど保ってやがるし、最長部は確か八キロは……」

 

ショーンが実際的なことを言い放ち、デイルが叫ぶ。

 

「そんなの、どうやって砕くって言うんだい!?」

 

「すでにジュール隊がメテオブレイカーを運んで破砕作業に向かっている」

 

メテオブレイカーとは、モビルスーツによって用いる大型機材で、岩盤を砕くためのドリルなどの複合機器である。無重力下において隕石中に潜り込み、爆薬で内部から破砕する。

破壊力や位置なども細かく設定可能という使い勝手の良さで重宝されているようであり、この技術は((N|ニュートロン))ジャマーの掘削作業等に応用されている。

元々は、資源衛星として運ばれてきた小惑星などを砕くために使用されていたものであり、当初は作業用外骨格などで運用していたもので、これをモビルスーツの実用化に伴い、モビルスーツで運用するようにしたものである。

 

「それに、衝突してしまえば地球は壊滅する。そうなれば━━━」

 

「地球は滅亡。しかもそう遠くないうちにプラントも滅亡、か……」

 

あまり会話に参加していなかった一夏がぽつりと呟くと、シンとレイ以外のメンツは「えっ?」と心外そうな表情を浮かべていた。

 

「いや、確かに前大戦のザラ派みたいな過激派にとって地球の崩壊ってナチュラルの一掃ともとれるから歓喜ものだろうけど……それって自分たちの首を締め付ける結果になるだろ?」

 

今回の中核に当たるユニウスセブンでの一件で大勢の同胞、家族を奪われたことからナチュラルの殲滅を思想にしてきた過激派━━━それが前評議会最高議長のパトリック・ザラを中心としたザラ派だ。

もっとも、彼らは前大戦時にトップを失い、ギルバート・デュランダルが最高議長の座を得てからはひっそりとなりを潜めるようになったわけだが……

 

「は?……えっと……いや、どうして?」

 

次第に一夏の意図していることを理解しだしたミネルバクルー一同であったが、悲しいかな、ヨウランだけはまるで意味不明だと言わんばかりに頭を傾げていた。━━━もしこの場に実姉がいたら鉄拳制裁だけじゃ済まされないんだろうなぁと思いながら口を開いた。

 

「そうだな……じゃあ簡単な質問をいくつかしよう。今俺たちが食べてるこいつらはどこから来る?」

 

そう言って、一夏は受け取ったばかりのトレーに乗せられた食事をフォークで軽くつついてみせた。

 

「うぇっ?どこって……そこの食堂?」

 

なぜ疑問形なのかはともかく一夏は不正解と言わんばかりの表情を浮かべると次の問題をぶつけてみた。

 

「じゃあどこからあそこへ運ばれた?」

 

「……プラントの、生産工場」

 

ふむ、ここまで来てもわからないか。でもさすがに次はわかるだろう。

 

「なら、材料はどこから仕入れてる?」

 

「それは……あっ!」

 

ようやく気がついたヨウランは、とたんにばつの悪い顔でトレーの食事をしげしげと眺めた。

そう、宇宙での生活を重点に送るプラントは今もなお地球からの輸入を生活の半分以上締めている。地球が無くなれば、食料も家庭用具もあっと言う間に底をつき、やがてコーディネイター同士の争いに発展。憶測で十年もしないうちに人類は一人残らず全滅するであろう。

 

「わかったか?地球のピンチってのはつまり、そこで生まれる様々なものを糧にしてるお前たちのピンチでもあるんだ。こういうときぐらい、ナチュラルだのコーディネイターだの言ってないで気合い入れて行くべきだと思うがな」

 

もっとも、前大戦勃発から溝が深まりつつあるナチュラルとコーディネイター間の改善をしない限り、よほどのことでないと不可能ではあろうが……

 

「よくそんなことが言えるな!おまえたちはっ!」

 

突然の怒号に、ヨウランは飛び上がり、一夏たちも焦って声の方を見る。レクルームの入り口に立ち、金の瞳を怒りに燃やしていたのは、明らかに自分たちと同年代であろう、少女だった。しかし、どこかで見た覚えのある顔立ちだなと思っているとレイが落ち着き払って端然と敬礼しらほかの者たちも気まずい表情で姿勢を正す。

 

「しょうがない、だと!?案外ラクだと!?」

 

少女は怒りのままに言い募るが、まるで話を理解できない一夏は怒鳴られている対象であろうザフト兵士の近くにした同僚の兵士に小声で問い訪ねてみた。

 

「何かあったのか?」

 

「あっ。実はあいつが冗談混じりに『プラントにとっちゃ案外ラクかもな』って毒舌してたんですが……」

 

そしたら彼女に聞かれて今こうして怒鳴り散らされてる、と……しかし服装からあからさまにザフトの人間ではないようだが、いったい彼女は誰なのだろうか?

 

「オーブのカガリ・ユラ・アスハですよ。何でも議長に話があるとかでわざわざ来てたみたいです」

 

と、説明してくれたのはシンだったが、なぜかその表情は苦虫を噛み潰してるように見え、紅い瞳は親の敵を見るかのように敵意に満ちていた。

それにしてもアスハか……。オーブのトップがプラントへ出向いたという事は、おおよそ以前一度滅んだオーブの際に流出した技術、人的資源の軍事利用をやめさせようとでもしたのだろう。

無駄なことを、ご苦労なことだ。と思っていた矢先にカガリは続けざまに言葉によるたたみかけを行った。

 

「これがどんな事態か━━━地球がどうなるか、どれだけの人間が死ぬことになるか!本当に解って言ってるのか、お前たちはっ!?」

 

かしこまっていた皆の顔に、うんざりした表情が漂う。彼女の言葉は正論ではあるが、それ故に退屈な説教のように、彼らの耳に響いた。━━━というより、本来いるはずのない人物にしゃりしゃり出てこられて突然怒鳴られるのに不満を感じてるようだ。

 

「……すいません」

 

怒鳴られた兵士がむっつり頭を下げる。彼としても無責任な発言を後ろめたく思う気持ちはあるのだろうが、件の発言は単なる冗談だ。それを、場の空気も読まずに頭ごなしに叱責されれば━━━ことに、他国の人間に━━━面白かろう筈もない。カガリは彼らの反抗的な顔つきをみて、さらに顔を強ばらせた。

 

「くっ……やはりそういう考えなのか、お前達ザフトは!」

 

極めつけに彼女の決めつけるような言い方が、この場にいるコーディネイターたちの神経を逆撫でした。

 

「あれだけの戦争をして……あれだけの思いをして……!やっとデュランダル議長の施政の下で変わったんじゃなかったのか!?」

 

カガリの口調が激すれば激するほど、クルーたちの表情は冷めていく。彼女は気付かないのだろうか。この場にナチュラルが二人いても、彼女を守ってくれる者も、賛同する者もいないことに。この対立は互いの立場の違いを強く際立たせるものだった。

 

「もうよせ、カガリ」

 

傍らに控えていた護衛の男が、困惑の表情を浮かべてカガリを制止しようとする。

 

「止めるな、これは許されるような問題じゃないぞ!!」

 

だが、カガリはそれすら振り払おうとする。ミネルバクルーの面々は困惑気な顔だったが、その中で1人、表情を引き締めている者がいた。

 

「別に、本気で言ってたわけじゃないよ、確かに言って良いことと悪いことはあるけど、冗談かどうかもわかんないの、あなたは!」

 

さっきはザフト兵士の言葉を言い過ぎだと感じていたシンも、カガリのあまりに傍若無人な糾弾に、今は完全に腹を立てていた。彼女から見れば、相手は世界の実状もわからないまま、ただ奇麗事を言い続ける無責任なお姫様だ。

 

「シン、言葉には気を付けろ」

 

レイが低く咎める。シンはその言葉を受けて、軽蔑したように肩をすくめてみせた。

 

「あー、そーでしたね。この人、エラいんでした。オーブの代表でしたもんね」

 

「お前っ……!」

 

シンの態度に再び激昂したカガリが食ってかかろうとするのを、護衛の男よりも素早く動いていた一夏が腕を掴んで止める。

 

「そこまでだ、カガリ・ユラ・アスハ。こちとらユニウスセブンを砕くのに不安がってて皆一杯一杯なんだ。悪戯に場を掻き乱さないで貰いたいな」

 

慣れない高圧的な口調に内心悪戦苦闘しつつ表面上はバレないようにごまかしながらカガリの前に立ちはだかる。

それにしてもまさかこんなところで千冬姉のイメージが役に立つとは思いにも寄らなかったよ。

 

「なっ!?別に私はそんなつもりで言ってたわけじゃ……」

 

「そんなつもりがあろうが無かろうが、実際皆迷惑してんだよ。高みの見物しかできない奴が、偉そうに出しゃばるな」

 

前大戦でカガリはモビルスーツに乗って戦っていたというが、それがどうしたというのだ。過去の実績がどうあれ、今はただ見てることしか出来ない輩にあれこれ言われる筋合いはない。

━━━それが本来この場にいて良いはずのない人物ならば、なおさらのことだ。

 

「シンもだ。彼女か、それ関連で何かあったみたいだけど、相手が相手なんだ。下手な真似すると牢屋にぶち込まれるぞ?」

 

少々茶目っ気が過ぎる気もしたが、ひとまずはこれでどうにか事を納めるしかないだろう。なんだか雲行きが怪しくなってきた気配を感じ、レイたちに目配せしながら退出を促そうと動いた。

 

「何かあった……なんてものじゃありませんよ……」

 

しかし、時既に遅しと言うべきか、シンはその場から微動だに動こうともせずにぎゅっと、両手を握り締めていた。おそらくカガリがレクルームに来てからずっと堪えていたのだろう。それが先ほどの発言で限界を超え、もう後戻りできないところにまで来てしまったのだ。

キッと目尻に涙を浮かべながら、シンはカガリを睨み据えると、言い放った。

 

「私の家族は、((アスハに殺さたんだ……|・・・・・・・・・・・・))!」

 

周囲の皆が、その言葉に凍り付く。だが、シンの目が見ているのはたった一人━━失われた命に責任を負うべき人物だった。

 

「国を信じて、あなたたちの理想とかってのを信じて、そして最後の最後に、オノゴロで殺された……!」

 

他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しない━━それがオーブの理念だ。

口で言うだけなら美しい。だけどもその理念を貫くために、国民を犠牲にする国家とはいったい何だ?

国はそこに暮らす民のためにあるものだ。それなのに、掲げた正義を守るために、無辜の国民を殺し、苦しめるのでは本末転倒ではないか。

その挙げ句、施政の側に立つ者は自分たちだけ生き残り、何事も無かったかのように口を拭って元の地位に居座っている。奇麗事の正義を掲げて誤った道に民を導き、一度は国を滅ぼした癖に、英雄などと呼ばれてちやほやされ、またも奇麗事を並べて同じ道を歩もうとする。この女を、自分は一生かけて絶対に許さない。

 

「だから、私はあなたたちを信じない!オーブなんて国も信じない!そんなあなたたちが言う奇麗事を信じない!この国の正義を貫くって……あなたたちだってあの時、自分たちのその言葉で、どれだけの人が死ぬことになるのか、ちゃんと考えてたの!?」

 

シンが怒りに震える声で喚くと、カガリは顔色を失って後ずさった。その体を抱き留める護衛の顔にも、ありありと動揺が見て取れた。

 

「何もわかっていないような人が……わかったような事、言わないでよね!」

 

シンは最後に吐き捨て、一言も返せずに竦んでいるカガリの脇を荒っぽい足取りで通り抜け、レクルームを後にした。その表情は、内心と同じくらい荒れていた。凍り付いたように静まり返った室内から、ヴィーノの慌てた声が迫ってくる。

 

「お、おいっ!シンっ……!」

 

しかしシンは足を止めなかった。握り締めた両手の拳はまだ小刻みに震えている。

 

━━他国を侵略せず、他国に侵略を許さず、他国の争いに介入しない。

 

口で言うだけの正義など何の役に立つ?力が無ければ侵略を拒む事など出来ない。相手がこちらを撃とうとするなら撃ち返すしかない。生き残るには、守るためには、力が必要なのだ。美麗で空虚な言葉ではなく。

小刻みにふるえる拳を押さえながら、自室に向けて歩き続ける。

心を落ち着かせようとしても、逆に荒れていくだけ。血が滲むほど固く拳を握り締めても、その震えは止まらない。

 

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シンが立ち去り、さながらお通夜状態と化してしまったレクルーム。

その中でいち早く悪循環しつつある空気を正すために動きだした。

 

「アスハ代表。思うところはあるだろうけど、ひとまずここは退出を願いたい」

 

「あ、ああ……」

 

一方当の本人も同様のあまり思考が纏まらないのか、護衛の男に寄り添ってどうにか自分たちにあてがわれた貸部屋へ向かってレクルームを後にした。

 

「ほら皆も、これからあの馬鹿デカい建造物を砕かなきゃならないんだ。無理に気持ちを切り替えろ、とは言わないけど、きちんと出来ることをしとかないとあとで後悔するぞ?」

 

一夏に激励を受けた兵士たちは、弾かれたように食事をとりに戻るか、あるいはすでに終えて持ち場へと戻るこの二組で慌ただしく動き回りだした。

それから少ししてヴィーノ、ヨウランたち整備士は格納庫にモビルスーツの整備へ向かい。

ルナマリア、レイ、ショーン、デイルらモビルスーツパイロットはいったんブリーフィングルームで大まかな作戦内容を受けに行くとのことだ。おそらくシンも開始前にはやってくるはずだ。当然一夏もその時間にいなくてはならないので、先に二人を部屋に置いておかなければならない。

過去の経験で、((銀の福音|シルバリオ・ゴスペル))との戦闘前に行った作戦会議よりもはるかに重い空気になるであろう概要説明に、一夏の表情は自然と引き締まっていた。

 

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シンはぼんやりとアラートにたたずみ、モビルスーツデッキに並ぶコアスプレンダーを見つめていた。誰にも見つかりたくない。これまで仲間たちに自分の過去を離したことはなかった。ああして知られてしまっては、下手に同情されて腫れ物に触るようにされたら堪らない。少なくとも、今は……

自分がさっきカガリにぶつけた言葉を、カガリがその前に口にした言葉を思い返す。

自分の言ったことは、間違ってないと思う。確かに戦争などもうたくさんだ。本当にコーディネイターとナチュラルがわかりあい、手を取り合って暮らしていけるのなら、それが一番だと言うことはわかる。

だが、こちらが手を差し伸べようとも、相手がその手を払いのけて、銃を向けてくるのならどうすればいいというのだ。黙って撃たれろというのか?カガリが言ったことは結局のところ、現実には即されない綺麗事に過ぎない。オーブにあったことを見てみればわかる。声高に不戦を叫んでも、銃を向けられたらお終いだ。力ながなくては結局、力ある者に滅ぼされてしまう。

戦争をなくす一番の早道は、相手より強大な力を持つことだ。そうすれば敵は恐れて向かってこない。力が必要なのだ。自分や同胞を守るためには。

例えばそう━━━あの三機、カオス。アビス。ガイアを同時に相手しながら圧倒して見せた織斑一夏のような……

 

(凄かったなぁ……)

 

途中でモビルスーツにアクシデントが起きて不利な状況が悪化したというのに、それすら不安要素に含まれないパイロットとしての技術力で三方向からの攻撃を渡り歩いて━━━否、完全に三機を振り回していた。あんな事は今のシンには到底出来るはずもない芸当だ。ゆえに純粋に願う。彼のような力が欲しい、と。

アラートのドアが開き、シンは我に返る。入ってきたのは黒一色に染めたコートを羽織った一夏だ。噂をすれば影とやら、とはこのことだ。

一夏はシンに気付くと途端にあれ?と疑問符を浮かべながら辺りを見渡した。

 

「……えーっと、あれ?ここってブリッジじゃなかったのか?」

 

誰かから受け取ったらしいミネルバの地図を何度も見返してはシンと辺りを見比べ、また同じ事を繰り返していく。それが可笑しくて、とうとうシンは吹き出してしまった。

 

「ちょっ、おい待て。それは酷くないかシン?」

 

「だ、だって一夏さん……ふふっ。その歳で迷子って……くっ」

 

「ま、迷子じゃねぇし!?初めて来た場所でちょっと道がわかんなくなっただけだし!?」

 

それを世間では迷子って言うんじゃないですかー?とお腹を押さえながら告げると、一夏は必死に弁解しようと口をせわしなく動かし続けるが、十八歳にもなって地図を片手に迷子になるという事実に耐えられるわけもなく、とうとうシンはお腹の痛さにその場で座り込んでしまうまでに至った。

 

「クッ、フフフ。アハハ……」

 

「だ、だから……迷子じゃ……無いって……な、泣くぞ!?そんなに虐めると泣いちゃうぞ俺!?」

 

それから二人が立ち直るのには、数十分の時間を費やす羽目となったと遠い未来の家族に告白したという。

 

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「で、一夏さんはどうしてブリッジに生きたがってるんですか?」

 

「ストライク、今回は修理で使えそうに無いからな。ここのモビルスーツを借りれるよう艦長に頼むつもりだったんだ」

 

なるほど。それで誰かから地図を受け取って、ブリッジを目指そうとしたら迷子になって((まったく別の場所|ここ))に辿り着いちゃったということか。

 

「なんというか、意外ですね。一夏さん、あんなに強いのに」

 

「いやいや、モビルスーツの技術と迷子は違うから。━━━って、ホントに迷子じゃないんだぞ?」

 

過去に何かあったのだろう。頑なに迷子になったことを認めたがらない一夏はシンの視点からすれば子供の見苦しい言い訳のように見えていた。それが可笑しくて、まあクスリと微笑を浮かべてしまう。

 

「第一、俺そんなに強くないぞ?あれに勝てたのだって、半分以上ストライクの性能があったからだ。ほかの機体だったらやられてた」

 

「そんなこと、無いと思いますけど……」

 

シンが見た限り、あれは機体性能がどうのこうので得た勝利ではないと考えている。動きと言うべきか、操縦が常識を逸脱しているのだ。

きっと発想力やらなんやら、自分たちには到底届かない高見の先を歩いているに違いない。

 

「そりゃ、場数は踏んでるからな。学校の勉強でやるような手段だけじゃ、勝てない戦いってのは幾らでもあるしさ」

 

そう言うと、反対側のケージに固定されていたストライクを見上げた。整備士たちもまだ戻ってきていない中、ライトアップされた漆黒の機体は、歴戦の風格をまとわせている。

ただ、その両足は所々に損傷が見られており、少々不格好ではあったが……

 

「━━━一夏さんは」

 

「んー?」

 

「……一夏さんは、私の言ってたこと、どう思いますか……?」

 

シンが言いたいのは、先ほどの言い合いについてのことだ。

オーブで家族を失ったこと。そうなった原因である男、ウズミ・ナラ・アスハの娘に、怒りの限りの罵倒を浴びせたことを。織斑一夏はどう感じているのか……

傭兵としての立場上、経験が豊富な彼の言うことならたとえそれが否定的なものであろうと納得できるだろうと踏んでシンはじっと一夏の言葉に耳を傾けていた。

 

「そうだな……」

 

顎に手を添えて、考え込むような姿勢をとる一夏。やがて答えを見つけたのか、振り返ってシンをしばし見つめると、口を開いた。

 

「別に、何もないかな?」

 

たった一言。何事もないかのようにぽつりと呟き、そして会話がそれきり途切れた。

 

「━━━え……?」

 

ぽかん、と鳩が豆鉄砲を食らったかのような沈黙が数十秒。たまりかねた一夏は再度口を開いて今度はシンに問い訪ねた。

 

「だってそうだろ?目の前に身内の仇同然の輩がいて、そいつが偉そうにしてたら、誰だって腹が立つだろ」

 

何か変な事言ったか?と聞かんばかりの疑問符を浮かべている一夏を、シンはただほけーっと見上げているだけだ。何かを口にするなど、とてもできなかった。

 

「仮にだ。もしも俺がシンの立場だったらむしろ自主規制かかるくらいの罵詈雑言をかましてからありったけ顔面ボコるぞ?」

 

「うわぁ……」

 

実際にそんな出来事を想定してみたが、どう考えても罵詈雑言の時点でアスハがボロボロ泣き崩れてるのが脳裏に浮かんだ。そこへありったけ殴る蹴るのだから、隣の男が実は人の皮を被った鬼なんじゃないか?と疑ってしまう。

 

「ちなみに、俺の姉は人の皮を被った魔王だったよ……」

 

なぜか明後日の方向に黄昏る一夏。

しかしシンはそれよりも自分の考えていたことを読み取られていたことに驚きを隠せずにいた。

 

「ふっ、これぞ読心術……否、独身術だ!」

 

「……それ、言ってて悲しくないんですか?」

 

自分から独身と断言する人間を初めて見たシンとしては、他に言葉が見つからなかったとはいえ、もう少し慎重になるべきかとも思っていたがそれも杞憂だったようだ。

 

「気にするな。俺は気にしない。そもそも、俺はまだ十八だ」

 

━━━今一瞬、どこかで「お、俺の台詞が……」と珍しく動揺したレイの声音が聞こえてきた気がしたけど、本人のためにも聞こえなかったことにしておくべき何だろうな……

 

「コホン……まあ、シンも軍人だから色々と問題はあるけどさ。少なくともさっきのは元オーブ国民の糾弾ってことなら多少は罰も軽くなるだろ」

 

それにさ、と付け加えてから一夏は腰を下ろすとシンにニカッと笑みを受けながら告げた。

 

「なにせ政治家をバッシングするのは、国民の特権だからな」

 

政治家が間違いを犯すということは、つまり国民に多大な被害を及ぼすことにつながる、ということだ。

そうなってしまったとき、国民は一斉に怒りを露わにしなくてはならない。でなければ、その政治家はまた同じ過ちを繰り返すことになるのだから。

 

「だからもう、あんな態度とるのはやめろよ?そういうのは退役して、また国民に戻った時までとっておく物だ」

 

人間とは、失敗とバッシングを糧に成長する生き物だ。

そこに完璧な人間などいない。失敗を犯さない人間もいない。もしもそんな奴がいたとすれば、そいつらはただ己の過ちに気付いていない大馬鹿野郎か、気づかない振りをしているだけの糞野郎だ。

それが、一夏なりの考えだという。

 

「……はい。ありがとうございます、一夏さん」

 

幾分か気分が落ち着き、楽に慣れたことで自然に感謝の言葉が漏れた。

こうして誰かに感謝することなど、割とひさしぶりだと思う。

 

「あっ、それとさ━━━」

 

「?」

 

すると唐突に何かを思い出したかのように一夏が生徒を叱る教師のような表情を見せる。

 

「その“さん“付け、禁止な。次からは呼び捨てにするように。あと敬語も禁止」

 

「……ええっ!?」

 

「だって二つしか歳離れてないのにシンみたいな小柄な娘に言われると自分がオッサンに感じるし」

 

「こ、小柄って……私そんなに小さくないですよ!?」

 

心外だと言わんばかりに一夏に噛みついてくるシン。端から見ればそれは兄にじゃれつく妹のような光景にしか見えなかったことを知らずにいるのは本人らだけであった。

 

「ふ〜ん……?はい」

 

何処か意味深な笑みを浮かべながら、どこから取り出したのか、持ち歩き用の飲料パックをシンに投げ渡した。

 

「えっ……?あっ、どう━━━」

 

「体重42.1kg━━━もう少し肉を付けたらどうだ?」

 

感謝の言葉を遮られて告げられた相談は、シンの体感時間を五秒ほど停止させ、受け取ってパックを滑り落とすほどの衝撃だった。

 

「…………はっ!?な、なんでわかるんですか!?」

 

衝撃から数秒の時間を要して立て直したシンからの質問は当然ながら『なぜ、どうして?』だった。

確かにシンは昔から肉の付きづらい体質で、そのせいで入学当初の実戦訓練は身軽さはともかくナイフによる模擬格闘では体重が軽すぎて人一倍踏み込みに注意を受けた。

そのことについてルナマリアに打ち明けた際、鬼の形相でお腹周りを爪で抓られたことがあったのでそれ以来話題に出すことは一度も無かったのだが……

 

「種はこいつさ」

 

とんとん、とつつかれた左目をジーッと見つめてみると、驚いたことになんとそれは義眼だった。よくよく見なければ普通の瞳にしか見えないが、時たま動くカメラのズーム等に似通った動きが義眼だと証明していた。

 

「アナリティカルエンジンって言うだけどな。こいつで200gのパックを受け取ったときの運動量変化を三次元計測で割り出して総質量を算出。そこから制服の質量の概算を引いたんだ」

 

「す、すごいですね……」

 

そんな代物があるんだなとシンは素直に感心の言葉を述べる。

基本的に自身の目的に必要なこと以外になると途端に疎くなってしまうのがシンの弱点であり、また魅力の一つでもあることを知らずにいるのは当人だけである。

 

「そこそこ使えるんだけど、開発中の試作機でね。プログラムをこまめに改良しないといけないんだ。けど、見れば大概のことはわかるんだ」

 

さっきみたいにね。と付け加えてから無重力空間の中で漂っているパックをシンに手渡した。

 

「って、そうだシン。そろそろ作戦会議の時間だろうからブリーフィングルームに行ったらどうだ?」

 

「あっ、そうなんですか。一夏さ……えと、一夏はどうするの?」

 

ずっと慣れていなかっはずの敬語を誤って使ってしまいながら言われた通りに敬語もさん付けも取り払うと一夏は満足げに微笑んでから答えた。

 

「俺はグラディス艦長に機体の申請をしてから合流するよ」

 

別に作戦会議を終えてからでも問題は無いわけだが、個人的には面倒ごとは後に回さず先に片付けるのが一夏の性分だ。それに、会議が終わればその準備にこちらの用件を一々聞いてられる状況を作るのは厳しいと考えての事でもあった。

 

「わかりまし……わかった。それじゃあ、また後で」

 

「おう、またな」

 

ついつい敬語が出てしまうのは過去に目上に対する態度できつくされたか、或いは本人の性分か……どちらにせよ少しずつでも距離が縮んでくれれば助かると心の内にとどめておきながら一夏は今度こそブリッジを目指した。

 

-6ページ-

 

ブリーフィングルームで自分たちに割り振られた役割がメテオブレイカーを持つジュール隊の支援であることを伝えられてからすぐ後のこと 、一夏は破砕作業に赴く彼女たちと別れ、一人別の格納庫を目指していた。

というのも、グラディス艦長からモビルスーツの許可を得るほんの少し前にちょうど約束していた報酬の機体運んでくるという連絡が来たのだ。

特別入り組んでいるわけでもないが、妙にエレベーターに乗ってる時間が長かったような気がしながら格納庫にたどり着く。端末からの通知によれば、そろそろ到着してもいい頃合いなのだが……

と、そこへカタパルトへ続くハッチが唐突に開いた。事前に通知が回っていたのか、その場の整備士らは特に驚く様子を見せずにただそれを眺めていた。ザフトの戦艦、ヴェサリウス。その改良艦だ。さしずめヴェサリウス改といったところだろう。本来艦と艦が渡り歩くのには別の方法が使用されるのだが、今回は様々な事情からこのようにモビルスーツ射出用カタパルト からの入場となったのだ。ヴェサリウス改は正面から見てミネルバの左舷カタパルトにあちらの右舷後方カタパルトを接続する形で接触。簡易的な改修工事を済ませて約束の機体を受理したら役目 はそこまでとのことらしい。そうこうしてうちにヴェサリウス改の右舷後方カタパルトがミネルバ左舷カタパルトと接触し、あちらのハッチが解放されると、そこから数人の整備士らしき影と護衛兵に囲まれて宇宙の無重力に身を任せる男と、その背後にそびえ立つ一台のモビルスーツが運ばれてきた。

男が降り立ち、こちらを発見するやいなや、ニヒルな笑みを浮かべてこちらへ流れるように向かってきた。

外見的に見て年齢は四十代前後。長らく使われたことが伺える杖をお供に仕えさせて悠々と格納庫の中を漂い進む。

 

「こうして直接顔を合わせるのは、一年ぶりかな?一夏」

 

「ええ、改めてお久しぶりです。━━━ザーツバルムさん」

 

ザーツバルムと呼ばれたこの男は、かつてザフトの中でも一、二を争う歴戦の兵士であったが、とある一件以来前大戦の終戦寸前に退役。今では軍の支援を中心とした企業の社長として活躍している。一夏も彼とともにプラントへあがってから降りるまでの期間を大変お世話になった恩人であり、再び地球の大地を踏みしめてからも定期的に連絡を入れていた。

 

「それで、こいつが例の……?」

 

「うむ。約束の機体だ」

 

一夏が見上げた先には、先ほどミネルバに運ばれたばかりのモビルスーツが鎮座していた。ストライクと同様に、全身を漆黒に染め上げたモビルスーツが、鋼鉄の枠組みの中に固定されていた。そいつはまるで、真っ黒い闇が人の姿を模して凝結したような姿をしていた。

頭部の特徴的なV字アンテナや、人型を模したマスクとツインアイから一夏のストライクを始めとするGシリーズの同型と見るのが初見の感想であったが、そのあとに襲いかかるこの圧倒的な威圧感が、ただのモビルスーツでないことを物語っていた。

 

「お前をプラントに呼んだのは、こいつを見せるためだった。名は、ターディオンと呼ぶ((らしい|・・・))」

 

目の前の機体━━━ターディオンをらしい、と呼ぶのにはやはり理由があった。何でも、((L|ラグランジェ))1の小惑星を一部くり抜いて作り上げられていた施設をたまたまテスト機の運用中に発見。人はおらず、中にはこの機体だけが取り残されていたという。関係者を捜したり、偶然出かけている可能性も考慮して帰還してくるのを待機していたらしいが、二ヶ月が過ぎても手掛かりの一つも得られなかったため、こうしてザフトの元へ送り届けられたというわけらしい。

使用されている鋼材。センサー類。武装。何をとっても未知の技術だが、その中でも特に動力源が謎に包まれているという。何せ無限のエネルギーを有しているという事以外、何の情報も得られていないというのだから、困ったものだとザーツバルムはは嘆息していた。一応、ユニウス条約に違反されるような核とは無関係らしいが、この情報が連合にでも漏れれば前大戦に匹敵する一大事となるのは、火を見るより明らかだ。

 

「いいんですか?俺にそんな機体を渡しちゃって」

 

「無論だ」

 

もし何らかの派閥に睨まれでもしたら、何て不安に思ったのも束の間。既にデュランダル議長らから許可を下ろしており、反対派も先の戦闘で押し黙るを得なかったそうだ。抜かりないなぁ、と恩人にまたもや感心を抱いた瞬間である。その時、管制の声が慌ただしく事態の変化を告げた。

 

『━━発進停止!状況変化!』

 

一夏たちは不審を抱いて目を上げた。続いて告げられた言葉に、彼らは確信を得させられた。

 

『ユニウスセブンにてジュール隊がアンノウンと交戦中!各機、対モビルスーツ戦闘用に装備を変更して下さい!』

 

「アンノウンだと?」

 

ザーツバルムが呟く中、一夏は最悪の可能性を予測してしまっていたことに歯軋りする。隕石でなければ或いは━━━そう言いかけていたヨウランに続けて言い掛けていた言葉。“人為的な軌道修正“の可能性が見事に当たってしまったのだ。

 

『また、本艦の任務がジュール隊の支援であることは変わりなし!喚装終了次第、各機発進願います!』

 

「ザーツバルムさん……」

 

一夏からの無言の申し出に対して、ザーツバルムは「うむ」とだけ頷いた。

 

「十分だけでいい……それまで、待たれよ」

 

ザーツバルムの強い言葉に、一夏も強く頷いてみせる。

二人を見下ろすようにして鎮座しているターディオンが、誰にも気付かれることなく、ほんのわずかな一瞬、そのツインアイを光らせるのは、ほぼ同時のことだった。

 

-7ページ-

 

艦これの建造やら遠征やら回復時間の合間に書いてたら予想以上に早く投稿できたでござる。

花粉症さえなければ、あと四日は早く投稿できたんですが……如何せん、目は痒くて痛いわ鼻水は止まらないわでそりゃもう大変で大変で……小説どころではありませんでしたねはい。

次回は……うーん、頑張って3月中に出せたらなぁと思います。4月から学校始まるし

 

【皆城総士リスペクトの謎ポエム一夏ver作ってみました】

 

殺しては殺され、撃っては撃ち返す世界。

疲弊した人々にとって、平和は何よりの宝だった……たとえそれが、嘘に塗り固められていたとしても。

 

そんな偽りの平和を壊そうとばかりに、一塊の墓標が破滅のタイムリミットを刻む。

 

もう同じ過ちを繰り返さない……

そう願って彼らが握り締めたのは、もっとも犯してはならない過ちだった……

説明
PHASE-05 未知の怪物
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コメント
弥凪・ストームさんへ いつもありがとうございます。ところで最後の謎ポエムはどうでしたか?(アインハルト)
是は面白いですね♪(弥凪・ストーム)
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インフィニット・ストラトス 機動戦士ガンダムSEED 機動戦士ガンダムSEEDDESTINY シンTS ISの戦闘は無し 一夏×シン オリジナル機体 

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