紙の月3話 ルナボマー 3/3
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 デーキスは気づいた時、目の前にさっきまで自分たちがいた劇場の廃墟が見えた。起き上がろうとするが、全身に激痛が走ったことで、デーキスは何が起こったのか思い出した。

劇場から投げ出されるように、外へと飛び出した自分とウォルターは、そのまま地面に叩きつけられたのだ。地面といってもそこは土ではなく、コンクリートや鉄の残骸で出来ている。その上に投げ出されたために衝撃で意識が飛び、また全身傷だらけとなって立ち上がるのも困難だった。ウォルターはデーキスから離れた場所に倒れている。僅かにうめき声が聞こえる

「ガンパウダーにゼラチン、ダイナマイト付きの光線銃……」

 背後から陽気な歌声が聞こえる。振り向いた先にはスタークウェザーが、どこから拾ってきたのか、鉄パイプを持って立っていた。

「驚いたでしょ。ボクの超能力は『爆破光線』を発射できるんだよ。指先からピカっと撃てるんだけど、鏡とかに当てると『反射』して方向が変わるんだよ。色々試したからね……」

 鉄パイプを軽く振り回しながら、独り言のようにスタークウェザーは話し続ける。

「そこで、ボクは熱や衝撃で発火する化学薬品を材料に、あるものを作ってみたんだ。それはボクの爆破光線を当てると、光線を反射しつつ発火する『火薬ジェル』! 君についてきた時、劇場内の色んな所に塗りつけたから使いきっちゃったよ」

 デーキスは思いついた。逃げる時にチラッと見つけた光る物。あれは、スタークウェザーが仕掛けていた火薬ジェルだったのだ。

「でも、出口の通路に仕掛けておいて正解だったね。まだ一瞬燃え上がる程度だけど、もっと改良しなきゃ……」

 スタークウェザーが一歩、デーキスに近づく。はっと気づいたデーキスは急いで逃げようとする。

「それ、ドカーン!」

 スタークウェザーが叫ぶ。デーキスは反射的に両手で身を守ると、右手に鈍い痛みが走った。

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「ぎゃああ!」

 デーキスは右手を押さえてのた打ち回った。スタークウェザーの超能力で腕が吹っ飛ばされたと思ったが、右手はちゃんと残っていた。ただ、痛みを感じる所が不気味に変色していた。スタークウェザーの持っていた鉄パイプで殴られたのだ。

「あっはっはっは! ぎゃあだって、超能力を使うとでも思ったの? 騙されちゃって!」

 自分をあざ笑うスタークウェザーを見て、デーキスは理解した。最初に超能力の爆破光線を当てようとした事、先ほどの鉄パイプで殴った事、スタークウェザーは間違いなく『マトモ』ではない存在だ。

 デーキスは恐怖を感じた。あの太陽都市から逃げた時、治安維持部隊に連行された時と同じ性質の物だ。死という事実が身近に迫る恐怖。

「これだけ追い込まれても、結局セーヴァの超能力は使わなかったね君。いや、使えなかったのかな?」

 スタークウェザーは鉄パイプを捨てると片手でデーキスの首を掴み、もう一方の手の指先をデーキスの顔に向けた。

「ボクは昔から、自分で壊した物の破片が、元々何処のパーツか考えながら戻すのが好きなんだ。君の吹っ飛んだ顔のパーツは、何処のものになるんだろうね。鼻かな? 唇かな?」

「いやだ……」

 デーキスの毛が一斉に逆立つ。デーキスの中で渦巻く恐怖が外へと溢れ出す。

「いやだあああああ!」

 デーキスの叫び声とともに閃光が走る。一瞬遅れてデーキスの周囲を稲妻が渦のように覆う。耳をつんざく轟音とともに、その激しい雷の奔流がスタークウェザーを貫く。

 デーキスが気が付いた時には、目の前にいたスタークウェザーが、身体から煙を上げて倒れていた。

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「デーキス……おい、デーキス……!」

 声の主は、先程まで倒れていたウォルターだった。ふらふらとおぼつかない足取りで、デーキスの方まで歩いてくる。

「お前の能力、凄いな! 『電撃』でスタークウェザーのやつ、ぶっ倒れやがったぜ!」

 ウォルターに言われ、デーキスはやっと何が起こったのかを理解した。どうやら、デーキスには『高圧電流を流す』超能力が使えるようだ。都市の治安部隊の時も、隊員は感電して気絶したのだ。

「よし、早く逃げようぜ。全身傷だらけだ。早く手当がしたい」

「ちょっと待って……」

 デーキスは恐る恐るスタークウェザーに近づいた。スタークェザーはぴくりとも動かない。もしかしたら、デーキスの超能力で死んでしまったのかもしれない。

「おい、そんな奴なんかほっとけよ。そいつは死んで当然のイカレ野郎だぞ?」

 そうは言っても、デーキスは自分が人を殺したとは信じたくなかった。自分は人を殺すような悪い人間でも、魂の汚れたセーヴァでもないと思いたかったからだ。

 スタークウェザーの顔を覗き込む。毛先が焦げてるくらいで、思ったよりも綺麗だった。屈んで胸の辺りで耳をそばだてる。心臓の動く音らしき物が聞こえ、デーキスはほっと胸をなでおろした。

「良かった。まだ生きてるみたい」

「分かったらとっとと行くぞ。また追いかけられたら堪んないからな……」

 デーキスが立ち上がろうとしたその時、スタークウェザーの腕が強い力で首を締め上げた。

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 スタークウェザーが目を開き、デーキスの首を締め上げながらゆっくりと上体を起こす。

「これが君の能力か。凄い痺れたよ」

 デーキスは必死で腕を外そうとするが、外れまいとより強く首に指が食い込んでいく。

「デーキス!」

 ウォルターが駆け寄ろうとするが、スタークウェザーに睨みつけられ足を止める。下手に動けば、先に自分が狙われてしまうと感じたからだ。

「水がほしいな。喉の奥が痛い。それに眼の奥がチリチリする」

 デーキスは超能力で再びスタークウェザーを気絶させようと思ったが、首を絞められたせいで頭に酸素が行かず、意識が遠のいていく。

「でも、頭は妙にスッキリしてる。不思議だなあ……」

 スタークウェザーが空いている方の腕を上げ、指先をデーキスの顔に向ける。

「今なら複雑なパズルも解けそうだ。君の全身を使った、高難易度な奴をね……それじゃあ、ばいばい」

 スタークウェザーの声が遠くに聞こえる。既にデーキスは両腕を力なく下ろし、抵抗する力もなかった。自分が死ぬことが他人ごとのように感じられた。

 しかし、一向にスタークウェザーは超能力を使う様子がない。このまま首を閉めて殺すつもりなのか、それとも死ぬ直前で時間が引き伸ばされているのか、デーキスには時間が止まったかのようだ。

 ふと、僅かに息苦しさが弱まった。

「スタークウェザー、早く彼から手を離せ!」

 聞き覚えのある声が聞こえた。突然首を締め上げる力が弱まり、反射的にデーキスは深く息を吸い、酸素が供給され意識がはっきりしていく。デーキスの方を見ていたスタークウェザーの顔が、今では別の方を見ていた。

「あれ、何で君たちがここにいるの? 腕が痛いから早く離してよ」

スタークウェザーの腕はまだデーキスの首を掴んでいたが、もう一方のデーキスに指先を向けていた腕は、不自然に上を向いていた。まるで、透明人間に締め上げられているようだ。

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「先に君が手を離すんだ! それまではこの手を緩めるつもりはないぞ!」

 スタークウェザーと話している声の主は、アラナルドだった。右手で空中を握るように構えているのは、彼の能力である『念動力』で、スタークウェザーの腕を締めあげているからだ。

 そして、アラナルドの隣にはもう一人、デーキスに見覚えのある人物がいた。超能力者セーヴァたちのリーダー、フライシュハッカーだ。

「スタークウェザー、命令だ。彼から手を離せ」

 フライシュハッカーの命令を聞くと、スタークウェザーはあっさりと腕を離した。拘束から解放され、デーキスはやっと自由に呼吸できるようになった。

「大丈夫かい、デーキス? 間に合ってよかったよ。ずいぶん傷ついてるけど立てるかい?」

 アラナルドが駆け寄り、デーキスに肩を貸す。

「スタークウェザーの姿が見えなかったから、彼と一緒に探していたんだ。そうしたら、雷の落ちたような音が聞こえてきたから、やって来てみれば君たちを見つけることができたんだ」

 アラナルドがそう言って、フライシュハッカーの方を見た。フライシュハッカーは黙ってスタークウェザーを睨みつけている。デーキスは彼をこんな近くで見たのはほぼ初めてだが、どこか違和感がする。フライシュハッカーとは別の意味で、あまり自分と同じ『人間』だと思えなかった。

「見てよリーダー、彼に超能力の使い方を教えてあげようとしたら、こんなひどい目に合わされちゃったよ」

「黙れスタークウェザー、お前はやり過ぎだ。暫くは僕の近くから離れるな」

 それだけ言うと、フライシュハッカーは振り向いて歩き出した。

「じゃあね、えーと……デーキス君。またしばらくしたら遊ぼうね」

 スタークウェザーはそう言うと、ふらつきながらフライシュハッカーの後をついて行った。

「ちっ、こんなんじゃあ何も解決してないじゃねーか。フライシュハッカーの奴、どうしてあいつなんか野放しにしてるんだ」

 気づくと何時来たのかウォルターがすぐ隣にいた。

「おい、アラナルド、来るならもっと早く来いよ。お陰で死にかけたじゃねーか」

「君は別に大した事ないじゃないか。死にかけたのはデーキスの方だよ」

 口喧嘩を始める二人の声を聞いて、デーキスはやっと助かったことを実感した。

 

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