紙の月4話 太陽の帝王 前編
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凡ては真理を中心に回る。

真理の光の前に影はなし。真理の後に偽りはなし。

真理の太陽の前に、まやかしの月も燃え尽きる。

 

 

 

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 太陽都市に冷たい雨が降り始めた。最初は気にも留めない程度だったが、時間とともに勢いは増し、太陽都市を濡らす。それでも、繁華街区域の人通りは絶えることは無かった。居住区域での長く、退屈な労働から解放された市民たちにとって、繁華街区域で得られる刺激と快楽は、この程度の雨で妨げられるものではない。夜でも明るく照らされる繁華街区域は、太陽都市を眠らない街たらしめる重要な領域だ。

 その繁華街区域を、太陽都市中心部にある都市議事堂の執政室から、都市長『アンユーマ・ゴウマ』が見下ろしていた。

 鷹や鷲といった猛禽類を思い起こさせる鋭い眼光を持ち、威厳を感じる落ち着いた佇まいである一方で、何を考えているか分からない不気味な雰囲気を持つのは、彼に半分流れる、極東のある民族の血のせいだろう。

「アンユーマ様、都市の治安維持部隊からの報告書が届きました」

 机のモニターに、精神病患者のようにやつれた顔をした男性が映しだされた。アンユーマの秘書であるラバーファットという男だ。

 やっとかと言わんばかりにアンユーマはため息をつくと、椅子に腰を下ろしてモニターのラバーファットと向き合った。

「それで」

「はい、二時間前に検問から報告のあった『セーヴァの少年』ですが、超能力で隊員二名を負傷させ逃亡した後、工場区域内の廃棄施設内から廃棄槽に落ち、行方不明となりました。恐らく、廃棄物とともに都市の外に放棄されたと思われます」

「だとすると、生きている可能性が高いな。普通ならすぐに野垂れ死ぬだろうが、最近は生き延びたセーヴァが徒党を組んでいるという話を聞く。念の為、都市周辺の調査を行うことも考えなければならん」

 確か去年も一人、セーヴァを取り逃がしている。市内に潜伏している『アンチ』の調査も満足に行ってない。にも関わらず人員を割かなければならないことに、アンユーマは頭が重くなっていくのを感じた。

 命令も満足にこなせぬ無能どもめ。内心毒づきながらホールラバーに報告を続けさせた。

「行方不明となったセーヴァの名は『デーキス・マーサー』。都市の一般校に通っていた十一歳の少年です」

 セーヴァという超能力者はどいうわけか、十二歳前後の少年少女から突然生まれる。存在が確認され始めたのは五十年前、ちょうど独立した都市と国の間で戦争が始まった頃だ。何故、そいつらが現れ始めたのか、現在でも研究されているが、中には人間の進化した種族だと主張する者もいる。

 肉体の発達から脳の発達。その移行が行われているのがセーヴァなのだと。つまり、超能力者ではない我々は古い種族ということだ。いずれ新しい種族に追われ、滅ぼされる存在。そんなことを考える奴は狂っているか、余程の破滅主義者だなとアンユーマは思った。

「行方不明となったセーヴァの両親ですが、父親は都市情報局の一般局員で、母親も同じ仕事をしていました。二人とも錯乱して暴れたために治安維持部隊によって逮捕され、今では都市刑務所にいます」

「それよりも、負傷した隊員はどうなった?」

「二名とも都市病院に搬送されましたが、すぐに意識を取り戻しました。命に別状はありません。他の隊員の証言から、少年の能力は放電するタイプの……」

「負傷した隊員はどうなったと聞いている」

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 アンユーマの言葉を聞き、その意味を理解したホースラバーは報告を止める。アンユーマが聞きたいのは隊員の安否ではなく、『誰を犠牲にするか』なのだ。

「……一名、若い方の隊員が少年の超能力で死亡しました」

「ならば今夜中に、その情報を情報局に報告してくれ。私は都市の外の調査を行う準備をしなければならない」

 書類を取り出し、準備を行っていると、ホースラバーがまだモニターを切っていないことに気づいた。モニターのホースラバーは思いつめたような表情をしていた。

「どうした。まだ何か報告することがあるのか?」

「一体いつまで、こんなことを続けるつもりですか……?」

「何のことだ?」

 またホースラバーの悪い病気が出たなと、アンユーマは深くため息をついた。

「隊員がセーヴァによって殺されたことにしたり、『魂が汚れてる』という理由をつけてまで、セーヴァを排斥することをです。こんなことは中世の魔女狩りと同じじゃないですか。もし、前都市長が生きていたら……」

「ならば、お前が市民たちに教えてやるがいい」

 アンユーマの一言でホースラバーの声がピタリと止む。

「だが、もしこのことを言ったら、恐ろしいことになるな。都市の中で市民たちの暴動が起こるだろうし、それを機にアンチの連中も動き出す。そうなれば太陽都市はすぐに崩壊するだろうな。お前のその独り善がりな考えで、多くの市民が苦しむ」

 ホースラバーは反論もできず、うつろな目で俯いた。追い打ちをかけるようにアンユーマは続ける。

「いいか、ホースラバー。この太陽都市が繁栄を続けられているのは、執政官である我々が日々、都市の治安を守っているからだ。セーヴァの力はアンチの連中に悪用されれば脅威となる。だから、その前に排除しなければならぬのだ」

「ですが、何も殺す必要なんて……」

「知っている通りセーヴァはみな子供だ。自我や常識や道徳だとか、そういう物が未発達な存在だ。洗脳やマインドコントロールなど容易い。アンチの連中は子供であろうが、そんなことお構いなしに行うぞ」

 事実、戦争中でもセーヴァの力を利用する考えはあった。そして何より、太陽都市でアンユーマの前の市長が、アンチによって洗脳されたセーヴァに殺された。それをきっかけに、アンユーマがセーヴァ狩りを始めたのだ。

「だから、都市の治安のために理由はどうであれセーヴァは駆除しなければならない。我々は『都市の市民たちの安全を保証している』のだからな。それに……」

 アンユーマは一瞬言葉を切って、モニターに映るホースラバーを真っ直ぐに見つめた。これが一番肝要なことだからだ。

「私はあくまでセーヴァ狩りを市民たちに提案しただけだ。それが認められたからこうしてセーヴァ狩りが行われている。つまり、これは市民たちが望んでいたことというわけだ」

 長い沈黙が続いた。この沈黙が、ホースラバーから反抗心が消え失せた事を表してるのだ。それを知っているアンユーマは再び、自分の作業に移った。

「既に結構な時間が経っているぞ?」

「分かりました。失礼します……」

 弱々しい返事の後に、モニターの消える音が聞こえた。後は雨のふる音だけが聞こえていた。

 

説明
続き物でやってる紙の月の四話目に当たる作品
調子に乗ってエピグラフなんかも書いた。
今回はあんまりだらだら長く書いてないです。多分
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