DarkandRed 〜 朝のこない夜のなか 二章
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二章 逃走者は、10代男性

 

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 一人の不良少年。いや、浮浪少年がいる。

 彼はこの国では珍しくない日系人であり(日本のビジネスマンは優秀だ。だからこそこの街に多い)、かつては一角の人物の息子だった。少なくともカネに不自由することはなく、やりたいことをやって来た。とはいえ、それは非行に走るようなことではなく、読みたい本を読み、やりたいゲームをやり、と現代の若者らしい“自由”の謳歌の仕方だった訳だが、父が蒸発した今、彼は教養がそれなりにはあるが、意気地のない浮浪者となった。

 ちなみに、父が蒸発したとは、比喩的な表現だ。人が日常的に影で殺されるこの街でも、蒸発させて殺すとは恐ろしいやり方だ、と深読みする必要はない。彼の父は彼を残し、いずこかへ消えてしまったのだ。その最中で死んだ可能性はあるが、それすらわからない。だからとりあえずは蒸発だ。

 後ろ盾を失った彼は、武器の一つも持たないのに、日陰で生きるしかなくなった。せめてこれがゲームの世界であれば、彼のゲームやら何やらを買い取ってくれる店があり、それで得たカネでしばらくは生きられただろうが、現実になんでも買い取ってくれるショップはないし、古本屋や中古ゲーム屋のようなケチな店は、この街にはない。仕方なく彼は物乞い同然の生き方を始めた。

 ほんの数日前からは想像もできなかった生活だが、そうしなければ命が危ない。子どもの働き口などなく、仮にあったとしても、父の関係で難しいだろう。彼の父は、どうやら仕事で大きな失敗をしてしまったらしい。ヤクザに脅されて借金を作り、それから逃げたともされる。いずれにせよ、彼のナガミネという姓にはロクな印象がなく、それを抱えている時点で人生は半ば終わったも同然だった。

 ならばもう、地べたに這いつくばり、泥水をすすってでも生きるしかない。

 決断した長峰雄也ことユウヤは強かった。あらゆることをして食料を得て、時には恐喝まがいのことすらした。浮浪者から不良者に。そして立派な犯罪者になり、この街の闇に生きるその姿も、それなりにサマになって来ている。彼は恐喝をビジネスと呼び、ビジネスをする以上は相手に舐められないように、どこからかスーツも手に入れて来た。もちろんこれは、昼間から寝ていたビジネスマンから奪い取ったものだ。彼にはもう必要がない、だから役立てるだけのことだ、と罪の意識すら持たなかった。

 そのようにして、したたかに生きてきた彼だが、遂により強い者に駆逐される時が来てしまった。――マフィアだ。東洋人の少年が、自分の縄張りで好き勝手している。そんな噂を得た末端のマフィアが、少年の前へやって来た。彼は“スカウト”という言葉を用いて拉致、そのまま痛め付けて殺す算段だ。

「へぇ、俺みたいなやつでも、おたくみたいなマフィアに入れるんですか」

「ああ。ボスは寛大な方だ。それに、お前のその才能は浮浪者として埋もれさせるには惜しい。一つ、本格的にその道で生きてみないか」

「いいですよ。俺としても、このままゴミみたいに生きてるのは嫌だったので。ただ――」

「ただ?」

 ユウヤの裏拳が、マフィアの鼻をへし折る。更に返す拳で左頬を殴り付け、左キックが腹を突き上げる。ぐらついた相手の腕を掴み、柔道の要領で地面に叩き付けた。元々、彼はケンカの一つもしたことはなかったが、数日の生活が彼を変えた。今ではもう、銃を持ち出されない限り負ける気はしない。それに、仮に相手が銃を持っていても、近付けさえすれば勝てると思っていた。

「おー、やってるやってる。って、相手はマフィア?ヤバイんじゃない、それ」

 どこか呑気な女の声が聞こえて来る。誰だ、と面倒臭げに睨み付ける――つもりだったが、声の主が想像以上に彼好みの美少女だったため、自然とデレデレとした顔になってしまった。

 奇麗なオレンジ色の髪の少女だ。歳はユウヤと同じか、少し上くらいだろうか。全体的に華奢に見えるが、胸元は大きく膨らんでいる。彼がかつてアニメでもマンガでもゲームでも好んだ、いわゆるロリ巨乳的な特徴を持つリアル美少女に、思わず興奮してしまう。しかも彼女は、似合わない(失礼だ)黒のスーツを着ている。中性的な女性も好みなユウヤにとって彼女は、理想の体現者のように思えた。

「あんた……いや、君は?」

「んー、通りすがりの主婦。ほらこれ、買い物袋」

「しゅ、主婦!?」

 彼女が見せた白い買い物袋には、缶詰やバナナが透けて見える。コンビニで色々と買って来たのだろう。割高なのにご苦労なことだ。……まあ、この街に普通のスーパーなどはない。ビジネスマンは昼食と夕食を外食で済ますし、朝食は抜くことも多い。

「そ、同居相手は女の人だけどね。ふふーん、中々にただれてそうでしょ」

「ま、まあね。というか、この光景を見て驚かないのか……」

「だって、日常茶飯事じゃん?それよりその人、泡吹いてない?ちょっと強く投げすぎたみたいだね。下手すりゃ死んじゃうよ」

「あっ、ああ、そうだった!お、おいあんた、マフィアならこんなんで死ぬなよ。俺、まだ殺人だけはやったことないんだぜ」

 美少女でも、この街の裏の方に生きている人間はこうか、と感心していたユウヤだが、本当に動かなくなってしまったマフィアに、ユウヤは慌てふためく。マフィア殺しは明らかにまずい。タイマンなら負けなくても、複数に囲まれればおしまいだし、マフィアなら銃ぐらいは普通に持っているだろう。殺される――!

「もー、ちょっと見せて。はぁ、面倒な現場を見ちゃったなぁ」

 半ば恐慌状態に陥ったユウヤを押しのけ、少女は男の具合を見る。失神をしているが、息はある。ただし、理由は知らないが少年がこの男を返り討ちに合わせ、逃げ延びた。その事実はマフィアを刺激するのに十分だろう。どの道、彼の死の未来は見えている。

「まだ生きてるけど、これからどうするの?マフィアってさ、ハチみたいなやつだよ。仲間がやられたり、自分にとってムカつくことされたりしたら、絶対に報復するの。ヤな集団だよね、本当」

「……確かに。そ、それで、どうしよう。俺、軽い気持ちでやっちゃったんだ。俺は見ての通り、こうやって路地裏で暮らしてたんだけどさ、そしたらいきなりマフィアにスカウトされて。なんか面倒だからやっちゃって……」

「無鉄砲だね。ま、嫌いなおバカさじゃないかな。――でもね、そのスカウトって多分、嘘だよ。連中、あんたを殺そうとしてるんだ。よっぽど、目につくことやったんだね」

「まあ、ちょっと恐喝とか、万引きみたいなこととか……」

「アウトだね。いくらこの街の裏が真っ暗でも、それは力があるか、群れている人間しかやっちゃいけない。つまり、マフィアとか殺し屋とかね。不良に毛が生えたような人間がそんなマンガみたいな生き方してたら、そりゃあ狩られるよ。可哀相とは思うけど、手は貸さないよ。さようなら」

 嘆息。そして少女は去っていく。ユウヤは慌てて少女の腕に縋り付いた。女々しく、意気地のなかった頃のユウヤ少年のように。

「わっ、いきなりのボディタッチって、そういうのは事案なんだよ!?」

「ご、ごめん。でも俺、死にたくないんだ。なんとかして、生き延びる手段はないのかな。君、そういうのに詳しそうだし、もっと強いマフィアに入れてもらうツテとか……」

「ないよ。だってウチ、強いやつしかいないし。君みたいな不幸な不良はまあ、この街の養分っていうかなんというか。死んでもらうしかないね」

「そこをなんとか!俺、なんでもするからさっ。君の家のお手伝いでも、なんでもいい。とにかくまだ、死ぬ訳にはいかないんだ」

「……その心は?」

「だって俺、まだ十七なんだ!そんな希望と夢に溢れた少年が、こんなとこで死ぬ訳にいかないだろ!?」

「ご愁傷様です」

 少女は腕をぶるん、と振るって少年を引き剥がし、大通りへ出て行く。少年は彼女に追いすがった。やはり女々しく、涙をぼたぼたとこぼしながら。そして、土下座する。

「お願いします!お願いします!!」

 少女は彼を見下ろす。……くすり、と笑いが漏れた。

「なんか君、本当に面白いね。すっごく日本人らしい日本人してる。この街の、しかも裏に生きてるのに」

 マコトは少年に手を貸し、立ち上がらせる。手を掴んだ少年は更に涙を流した。今度は感動の涙だ。そのあんまりに酷い顔に思わず顔を背けかけるマコトだが、顔の作り自体は悪くない。彼女だってイケメンは好きだ。……いや、彼を二枚目と言い切るのは難しく、手放しでイケメンとは呼べないが。

「助けてくれ、ますか?」

「手を貸すだけね。ウチで保護したりはしないよ。かなりかつかつでやってるんだし、ウチに戦えない人はいちゃいけない。……うん、本当にそうだ」

 マコトは自分一人で頷き、やはり彼を一度でも事務所に通すのは間違いかもしれない。そう思いながらも、やはり無視は出来そうになかった。彼はかつての彼女に似ていて、同時にゴトウの姿とも重なる。

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「そのコサージュ、奇麗だね」

「これ?中々いいでしょ。実はここ、穴が開いちゃっててね。それを隠すために付けてるんだ」

 少女はマコトと名乗り、やはり日本人であることを告げた。なんとなく安心したユウヤはすぐに自己紹介をして、簡単に自分の今まで――父親の蒸発のことまで話した。それから、とりあえず彼女の事務所に案内されることとなった。

 彼女は探偵業の他、殺人を含めたあらゆる仕事を請け負っているらしく、父親探しの依頼を受けてもいいと言うが、そのためには大金がいる。闇社会の仕事の報酬額は法外であり、今のユウヤに支払えるはずもない。それに、父親はきっと街の外に逃げたのだ。この街でしか仕事をしないマコト達には頼めない。

 ……だが、そんな仕事の話はともかくとして、ユウヤは彼女に興味があった。見た目もそうだし、さっぱりとした性格も好ましい。それにやはり、容姿があまりにもよかった。スーツの胸元には白バラのコサージュが付けられており、無骨な男物のスーツに彩りを与えている。コサージュ自体は無彩色だというのに、不思議なものだ。

「買い換えないんだ?」

「……うん。あっ、別に貧乏とか、そういうのじゃないんだよ。むしろお金持ちだし!でも、ちょっとね」

 ユウヤにもそれなりの事情があるように、彼女にだって事情があることはわかる。あまり深く他人の闇に踏み込むべきじゃないということは、この街の夜を生きる人間の誰もが本能的に理解している。不用意に飛び込んだ先が、終わりのない暗闇であることも十二分にあり得た。

「事務所に帰ったら、お風呂入る?見た目はなんとか取り繕ってるけど、お風呂とか全然入ってないでしょ」

「ああ……やっぱり臭いかな」

「う、ううん。大丈夫だよ」

「…………臭いんだな」

「ちょっと、ね」

「はぁ……」

 短期間で立派な不良になったユウヤだが、歳相応にモテたいという欲求はある。加えて、マコトは彼の好みと見事に合致していた。が、そんな彼女と臭い体で出会ってしまい、しかも気を遣わせてしまった。もうこれは、完全にその線が消えたということを意味するだろう。重い重い溜め息が出る。もしかすると、この息も臭いのか。本当に俺は最悪の男だ、と更に自虐的な気持ちが湧き出す。

「ほら、着いたよ。お風呂はまだ点いてると思うから、すぐに入っちゃって。着替えはないけど……ええと、どうしよう」

 マコトは逡巡する。ゴトウの服はまだ何着か残している。それすら捨ててしまえば、彼が生きた痕跡が自分のスーツと、シゾノの拳銃しかなくなってしまう気がしたからだ。だが、それに他人が袖を通せば、それはもうゴトウの服ではなくなる、そんな気もしている。

「サイズを教えてくれたら、ユウヤくんがお風呂に入ってる間にあたしが買っておくよ。そのスーツもクリーニングに出さないとね」

「そ、そこまで面倒を見てもらうなんて――」

「どうせやっすいセール品で済ませるよ。だから気にしないで。それよりほら、さっさと汗とか汚れとか落としたいでしょ?臭いよ?」

 ぐさり、と二連続で言葉の剣が少年の心に突き刺さったが、これ以上臭い体で押し問答を続ける訳にもいかない、とユウヤも引き下がった。通された事務所は想像以上にきちんとしたものであり、とてもではないが汚れた仕事を依頼する場所には見えない、というのが第一印象だ。実際、この事務所を訪れた誰もが、もっとうらぶれた胡散臭い、もしくは殺伐とした部屋を想像しているものだから、拍子抜けしてしまう。しかも今は、マフィアのような外見のゴトウもいないのだ。

 黒い革張りのソファがいくつも配置されており、その内の一つには白髮の少女が眠っている。彼女こそが狂った銃の名手である訳だが、当然ながらユウヤはまだそれを知らない。ただ、これがマコトの仕事仲間なのだ、と名の気なしに一瞥して、こちらも中々の美少女だ、と少し心をときめかせるだけだ。

「じゃ、ごゆっくりー。あたしが戻るの遅かったら、適当にお風呂で時間潰しててね。シゾノ――そこの子、他人全般が嫌いっていうか、全く興味がないけど、男は特に嫌いだから裸体とか見せたら殺されるよ。リアルで」

「……そこまで?」

「そこまで。殺されてからじゃ遅いから、教えとくね」

 こんなにも見た目はあどけないのに、眠れる獅子ということか……シゾノを再び見、軽く戦慄するユウヤ。しかし、その目は笑っている。まだ信じきれてはいないのだ。彼女の仕事ぶりを見たことがない以上、それは当然のことかもしれないが。

 ともかく、早く臭い男を脱却しなければならない。手早くユウヤは浴室へと入り、シャワーを浴びる。最近は雨も降らなかったので、本当に久し振りに水を浴びることとなった。

 

 さて、マコトと共に生活をしているシゾノだが、この人物については未だにマコトも知らないことが多い。あまりにも多い。

 年齢は自分で言うには二十歳だが、とてもそうは見えない外見であり、若いというよりは幼い。更に、アーミーコートの下にはブラウス一枚。後は下着だけで、スカートやズボンの類は着用しないというファッションセンスも、とてもではないが常人のものとは思えない。彼女は狂人な訳だが、露出狂という訳ではない。機動性や機能性を追求した結果、今のファッションに行き着いたのだという。

 つまり、彼女にとっては仕事、つまり殺人こそが第一であり、他のあらゆる事象は鑑みるべきものではない。それほどに極端な人物な訳だ。例外はマコトとゴトウのみであり、今ではその貴重な例外も一人失われてしまった。彼女の世界にはもう、マコトしか人間は生きていないのだろう。

 生活リズムとしては完全な夜型であり、昼間は眠っていることが圧倒的に多い。たまに起きているかと思えば、すぐにまた寝る。起きてすることは銃器のチェックの他、意外かもしれないが洗濯をすることもある。ただし、マコトのものは洗わない。自分のものだけだ。

 これには、自分が使用するものは自分で管理をしたい、という彼女のプロ意識のようなものが関係しているのだが、徹底されていないので、ただの気まぐれとマコトは考えている。ただし、銃器の手入れだけは確実に自分でしている。というのも、詳しくないマコトにはできないことだし、ここは絶対にシゾノがやりたがるところだ。命を預ける武器なのだし、己に快楽を与えてくれる大切な相棒なのだから当然だろうか。

 その他の行動については、マコトが把握していないことばかりだ。夜、ふらりと姿を消したかと思えば、いつの間にかに戻って来ていたり、何の前触れもなく入浴を始めたり。その辺りはもう、彼女がただの人間ではないのだから、と諦めているところだ。どれだけ理性的に見えても、彼女はどこか壊れている。だからこそ狂人と呼ばれるのだ。

 そんなシゾノが全く知らない人間を事務所に置いてきている今、マコトが願うのは彼女が余計なことをしでかさないことだが、さてどうなるのか。さっきは誇張で殺されるなどと言ったが、本当に殺しはしないとは思う。彼女はトリガーハッピーではあるが、非戦闘員を虐殺して喜ぶタイプではない。同じ虐殺するにしても、武器を持った相手を狙う。

 ユウヤを完全な一般人と呼ぶことはできないだろうが、彼は銃を持っていそうではなかったし、女性であるシゾノに乱暴な振る舞いはしないだろうから、攻撃対象として見られることはない。……と思われる。

 帰ったら、全裸の男の死体が転がっていないことを祈りつつ、マコトは彼のための服を選んでいた。なんとなく、母親になった気持ちがする。

 

「ただいまー。ユウヤ、生きてる?」

 縁起でもない、と自分でも思いながらマコトが事務所に戻ると、出る前と同じようにシゾノは眠っていた。彼女が起きていなければ、ユウヤが殺されていることもない。すぐに買って来たズボンのタグを取り、浴室へと向かう。

「ユウヤくん、買って来たよ。ここ、置いとくね」

『ありがとう。本当に』

「別にいいって。それよりも気持ちよかった?」

『もちろん。本当、どれくらいぶりだろう……助かったよ。生きてるって感じがすごくする』

「大げさ……でもないか。あたし、何日もお風呂に入らなかったそれだけで死ねそうだし。じゃ、もう出て来ていいよ。あたしはもう行くから」

 踵を返し、コンビニで買って来た食材の整理を始める。以前、こういった仕事は全てゴトウがしていた。本当に二人は、彼に頼りきりの生活をしていたものだ。細かな仕事をこなしていて、マコトは痛感する。シゾノに任せられる仕事はあまりに少ないし、単純なことを頼んでも危なっかしい気がするから、結局は全てマコトがしていたりする。

 以前のゴトウは彼女の世話も含め、あまりに多くのことを一人でこなしていた。その喪失はやはり二人達にとって大きく、どう考えてもユウヤを置いてやる余裕はない。彼に仕事を割り振ることができればいいが、彼はあまりにも普通過ぎる。雑用ぐらいならできるかもしれないが、この事務所を運営していくにはそれだけでは足りない。

「はぁ……。今の俺、すごく文化的な生活をしている気がするよ。ありがとう」

「サイズとか大丈夫?ちゃんと見たつもりだけど、男の子の服とか見たことないし」

「大丈夫。それに、センスもいいよ」

 適当なシャツとジーンズを選んだだけだが、見苦しくないコーディネートにはしていたつもりだ。思い通りにいったようで、思わず笑顔がこぼれる。制服調のこの服はいまいちだ、と以前から言われていただけに、他人の服でもセンスを褒められるのは嬉しかった。

「ありがと。じゃ、適当に座って寛いで。なんなら寝てくれてもいいよ?来客用のベッドなんて気の利いたものはないから、ソファで寝てもらうことになるけど」

「そこの彼女のように?」

「シゾノはソファでしか寝ないんだ。変な子だよね」

「俺はまだ、寝なくていいよ。むしろ、色々と話しておきたいから」

「そんなに気を張らなくてもいいよ。仮に誰かに見られてたとしても、ここに“ただの”マフィアが殴り込みをかけて来ることはないから。返り討ちに遭うだけだからね」

 ユウヤを安心させるように言いながらも、“ただの”という但し書きを付けなければならない事実に、マコトは顔をしかめた。あの夜の襲撃者はよく訓練されたマフィアだ。。

 統率が取れていて、個々の実力も非常に高く、その中の二、三人は特に練度が高かった。マコトでも、シゾノでも。一人で挑んでは勝てない、そう思わせるほどの実力者だった。

 彼女等の実力は、既にこの街でも随一のものとすら呼ばれていたのだから、上には上がいる、という実力者を教えられるどころの問題ではない。むしろ、彼等が本当に人間なのかを疑わなければならない事態だ。あれでは、ほとんど人の皮を被った殺人兵器か何かだ。生身の人間だとするならば、一体どれだけのものを犠牲にしてあの力を得たのだろう。

「ん、それで、ユウヤくん」

 暗い思い出をかき消し、かつてゴトウが座っていた正面のソファに腰を下ろす。ユウヤはなぜかかつてのマコトの席――シゾノの向かいに座っていたが、これはビジネスの話ではないので、体裁を取り繕う必要はない。

「は、はい」

「だから、そんなかしこまらないでよ。お金の話をするんじゃないんだから。というか君、お金ないでしょ」

 ユウヤは自虐的に笑う。彼自身の考えでいうと、カネがないことは誇りでもあった。裏も表もカネが全てを支配するこの街で、彼だけはその紙切れの呪縛から逃れることができている。そう考えることで、自分が何か偉大な人物なのではないか、という気がして来る。

 もちろん、それはただの自己暗示だ。彼は最低限、食費を稼ぐために人からカネを奪っている。更に今、彼がマコトから与えられた服もカネと交換に手に入れたものだ。たとえ少額であったとしても、彼は今、カネをまとってマコトと対面している。

「君は幸い、人殺しはしていない。だからいくら相手がタチの悪いマフィアでも、まだなんとかなる余地はあるよ。――ところでさ、君も日本人なら、任侠ものの映画とか見たことある?あるよね、そんなノリだもん」

「い、いや。そういうのは。そもそも映画はあんまり見ないし……」

「はー、現代っ子だなぁ!どうせアレか、インターネットか、ピコピコか!」

「ピ、ピコピコ……」

 まるでステレオタイプのお母さんだ、とユウヤは小さく笑った。マコトの見た目はこんなにも今風だが、アナログな人間なのだ。機械の類はまともに操作できず、携帯電話すらかなり勉強してやっと通話が出来るようになった。

「ともかく、そういう映画だと、ケジメっていうのがあるんだよね。指を詰めるとか言うやつ」

「それはなんとなく知ってるけど、もしかして……」

「君の指を一本落としてマフィアに贈ったら、許してくれるんじゃない?」

「……やめてください」

「でも、それさえすれば丸く収まるよ?」

 彼女は真顔だ。ゴトウを失った今も、彼女はシゾノの言う“委員長”のままであり、悪の世界のルールに厳格でいる。彼女が考えるに、謝罪の証はまずカネであり、次は血(体の一部)であり、それでも足りなければ命だ。逃げ出してもいいが、相手が追いかけて来るような手合であれば、捕まった瞬間に殺される。はたして、ユウヤのように若く、力もない少年をマフィアが殺したがるかはわからないが――。

「他にもっと、平和的な交渉とかは……?ほ、ほら、マコトちゃん達って、怖がられているんなら、さ」

「ちゃ、ちゃん……。そういう交渉とか、やってもいいけど、お金もらうよ?後、あたし達が恐れられているのは力だけであって、権力とか財力とかそういうのはないから、武力以外での交渉は無理だね。相手の幹部を何人か始末して、強引に和平交渉させるのは簡単だけど、殺人させるなら高く付くよ」

「そ、それって平和的?」

「ユウヤくんに不利益はないよね。ユウヤくんのことを第一に考えたら、平和的で穏やかかな。大丈夫、どうせマフィアとか何人か殺しても、すぐに補充されるよ。いくらでもいるから」

「………………」

 話すほど、ユウヤのこの事務所に来てしまったことへの後悔の気持ちが強まっていった。マコトは彼と同年代の少女だ。しかし、この街についての全てに等しいことを知ってしまっている。聞いていて、頭が痛くなるどころか、自分まで正気を失いそうになってしまう。正に全て、狂気の沙汰だ。つい最近まで満たされた生活をしていた、ただの少年には理解出来ないメソッドしか口にしていない。

「それでいいよ。君みたいな人は、ここにいちゃいけない。タクシー代ぐらいなら握らせてあげる。深夜の運び屋の車に同乗させてもらって、後はもう好きなところに行けばいい。君ならこの街の外でだって生きていけるよ」

「……マコトちゃん」

「あーもう、そういう呼び方、真剣にやめてくれない!?な、なんか、露骨な女の子扱いってむず痒いって言うか」

「ごめん。でも、そういうのは全部、親切でやってくれるんだね。本当にありがとう」

「捨て犬を拾ったからには、無責任にまた捨てちゃ駄目でしょ。責任を持って捨ててあげる。君は野生化できるような子じゃないよ、きちんとしたところに住まないと。よく都会をコンクリートジャングルなんて言うけど、ここはそれ以上の魔境だから」

 ついさっきまでマコトを軽蔑していた自分を、今度は逆に軽蔑してやりたい気持ちになりながら、ユウヤは目に涙すら浮かべた。彼女のたとえは、ここ最近の彼の生活を振り返り、照らし合わせてみれば的確なものだとわかる。ここは本当に、本当に過酷な生存闘争が行われていて、生き残るのは突然変異種のような、圧倒的な強者ばかりだ。初めからの弱者が強がってみせても、今日のようにいつかはボロが出て、狩られる側に回る。

 そんな中にも、情け深い強者がいたことに感謝し、どれだけ頭を下げても気持ちが収まらない。今ではもう、彼が撃退したマフィアや、それを寄越した組織にさえもその出会いを感謝したくなるほどだ。人生というものは本当に、何が起きるかわからない。最悪と思えた邂逅が、次の良縁を運んで来た。もしも運命の操作者がいるなら、さぞ楽しいことだろう。と、珍しく宗教的なことすら考え始めていた。

「本当、捨てられた子犬みたいだね、君は。そういうのも嫌いじゃないけど、あたしの好みは違うな」

「はは……」

 ユウヤとしてはマコトが好みだっただけに、このきっぱりとした好みじゃないという宣言は、中々に堪えるものだった。が、どうせ彼と彼女の人生はここで別れる。それが一時的なものであれば、まだロマンスのチャンスもあったかもしれないが、一時的なものではあってはいけない。少なくとも、ユウヤが今のまま生きていくのであれば。

 ここでフられておくことができたのは、ある意味で幸運だったのか。彼は何度もそう自分に言い聞かせ、しかしやはり失恋のショックを胸に抱えながら、夜を待った。

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 マコトが同乗を求めた運び屋には、バレという男がいる。彼はエージェントであり、コンサルタントであるが、マコトとはある繋がりを持っている。一応は、命の恩人になるのだろう。弟を殺させた相手だが、彼女がいなければ彼は弟に殺されていた。ただし、彼女がいなければ彼は弟とも再会しなかったかもしれない。イフの可能性を探るのが難しい、微妙な関係だった。

 彼はあれきりでマコトとの関係を切るつもりでいた。彼女もそれを許していたが、闇の深いところにいる人間は総じてタチが悪い。彼女はまるで旧来の友人に電話をするのと同じような感覚で、彼に仕事を頼んで来た。しかも無償で。

 運び屋の車に一人少年を乗せるだけなので、金の支払いは必要ないだろう、という強引な交渉であり、しかもその同乗者が善良な市民……とまではいかないが、マコトのような大悪党ではない、まともな人間なのだから彼も人としてそう無碍にはできない。

 結果、縁を切りたがっていたのにも関わらず、話を受けてしまった。関わるべきではない相手だが、恩を売っておけば何かの役に立つこともあるだろう。先行投資のようなものだ。

 無理矢理に自分を納得させ、遥か遠く――海の向こうまで“食品添加物”を届ける車を、ゴトウ事務所の前で一度停めさせることにした。あそこのそれまでのエージェントはもういないが、名前はゴトウ・エージェンシーのままだ。名前を変えることで、それまでの依頼人の足が遠ざかることを危惧しているのだろう、と彼は理解していた。

「ん、もうすぐ到着だね。そのドライバー、腕は確かだよね?下手したらカーチェイスも……あー、はいはい、それなら心配ないね。――ユウヤくん、君を運んでくれるのは、言わずと知れた伝説のドライバー、アンディさんだって!こりゃもう、安全は絶対保証だね」

「そ、そんな有名な人なんだ」

「ううん。今初めて聞いた。けど、信用してもいいんじゃない?適当なやつ寄越して、ユウヤくんが死んじゃったら、あたしがたっぷりと向こうの事務所から絞っておくから。そのお金で、お墓は立派なのにしてあげるね」

「……当然だけど、出る時も命がけなんだな」

「それはもう、当然ね。まあまあ、アンディさんを信じて頑張って。それに、運び屋って、その運び屋を用意する組織と、積み荷を用意する組織、更に積み荷を受け取る組織と、三つも組織が関わってるから、あんまり狙われないんだよ。一度に敵に回す相手が多過ぎるからね」

「ああ、そっか。なら安全……?」

「巨大過ぎる組織とか、そういうのを理解することすらできない、チンケなところは平気でやるけどね。でも、そこは運び屋もプロ。まずやられないよ。自分は死んでも、積み荷は守るっていう連中ばっかり。ユウヤくんも積み荷の一つにカウントされてるだろうから大丈夫」

 本当に、手放しで信用していいのだろうか。ユウヤは限りなく不安に感じていたが、車は来た。運び屋ということなので、てっきり彼はトラックか、小さくてもワゴン車サイズのものを想像していたが、現れたそれは黒塗りの一般乗用車だった。積み荷は後部座席とトランク内に収納されており、助手席には同乗者を乗せることができる。では、そこに座ることになるだろう。

 ……と、彼は信じていた訳なのだが、現実は違った。

「じゃ、彼をよろしくね。アンディさん」

 運転手は無表情に頷く。正しくはサングラスをかけているため、表情が見えないのだが、なんとなく彼は無表情だ、とマコトは断定した。真のプロフェッショナルとは、淡々と仕事をこなすものだ。

「ユウヤくんも、可愛い彼女とか見つけてさ、せいぜい楽しんでよね」

「あ、ああ。本当にありがとう。マコトさん」

「じゃっ――」

 車が発進する。後部座席上――ではなく、座席と座席の間に体を詰め込まれたユウヤは、最後にマコトの顔を見ることすら出来ず、この街を出て行った。途中のある街で彼は放り出され、後はもう独力で生きていくことになる。その手に金をいくらか握っていたが、それだけではまもなく行き詰まる。自分で働き、生きなければならない。そこまでの面倒を見てやる者は、少なくともこの街にはいなかった。

「さて、あの子はどういう運を掴むのかな。ま、少なくともあたしよりはマシな生き方をしてもらいたいね」

 誰に言うでもなく呟き、事務所の中へと戻る。既にシゾノは仕事に出ている。今宵も、あの殺戮者は死体の山を築き上げ、多額の収入を得るだろう。彼女に殺された人間は、そのカネと同価値なのだろうか。

 彼女はあえて深くは考えず、部屋の片隅にまとめられたスーツを見た。ユウヤが着ていたものだが、彼は一夜にして去ったのでクリーニングして返すことが出来なかった。

「……あたしの着替えにする、っていう訳にもね」

 とりあえずは奇麗にして、クローゼットの肥やしにするしかない。少女はソファに腰を下ろし、同居者の帰還を静かに待った。部屋の中には、見た目だけ豪華な壁かけ時計の音だけが響いている。

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 シゾノの専門は、“殺戮”であった。殺人ではない、計画された大量殺人、大量破壊こそが本分であり、彼女はそれを一人で遂行可能なだけの武器を持ち、その武器を完璧に使いこなし、かつ自身は生還出来るだけの腕がある。

 そのため、たった一人の人間を暗殺するようなケチな仕事は嫌いだが、事務所が二人体制になってからは、今までマコトが引き受けていた仕事もこなすようになった。その中で今夜、彼女は一人の人間を秘密裏に始末することになっている。思うがままに銃を撃ち、殺戮するのではない。ただ一人の人間を、誰にも気付かれずに殺し、しかもその死体もきちんと処分するのだ。

 ……彼女にとって、これほど憂鬱な仕事もない。死体は適当に爆発させればいいが、ただの一人しか殺せない。しかも無駄弾を撃ち、騒ぎを大きくしてはいけない。あまりにもストレスのかかる仕事だ。考えるだけで嫌になる。できることならば、断ってしまいたい。

 だが、カネは得なければならない。大好きなマコトを養うためなのだから、歓迎できない仕事だってきちんと遂行する。モチベーションは低かったが、ストレスは次の大量殺戮の仕事の時に解消すればいい。今はただじっと耐え忍び、あらかじめ用意していたスナイパーライフルのスコープを覗く。

 暗殺のお膳立ては既に済んでいる。予め依頼人が標的の必ず通る場所を調べており、その狙撃に最適な位置も割り出している。今夜は風も少なく、狙撃には最適な日だ。後は標的が現れたその瞬間、トリガーを引く。それだけでいい。退屈な仕事だが、払いはいい。相応のリスクがあるからだ。

 もしこの狙撃に失敗したとしても、依頼を受けた以上はなんとしてでも標的を殺さなければならない。そうなった時には、増援を呼ばれる可能性も高い。相手の詳細は知らないが、少なくともマフィアの幹部クラス、あるいはトップかもしれない。その規模はわからないし興味もないが、狙撃に失敗すればそれはほとんど死を意味するのは確か。……なのだが、シゾノはむしろそのケースを期待していた。

 殺すべき対象が増える。それだけ多くの人間が殺せる。銃を撃てる。とんとん拍子で思考は狂喜に彩られていく。彼女は狂人だった。

 だが、現実はあまりにもつまらない。本気で当てるつもりはなかったのに、狙撃は成功してしまった。標的がどさっと地面に倒れ伏し、息絶えたのがわかる。たとえ一人でも殺しは殺し。シゾノが望むことだ。本能が彼の命を刈り取ってしまったのだろう。

 狙撃地点であったビルを駆け下り、死体にたっぷりと三つの爆弾を設置する。一つで十分だろうが、この爆弾は支給されたものだ。残ればそのままもらえるとの話だが、シゾノはあくまで銃が好きなのであり、爆発などというものは美しくないと考えている。残しても仕方がないので、念入りに盛大な爆発を起こすことにした。

 たっぷりと距離を取り、起爆。背後にわずかな風が感じられた。死体は完全に消し飛び、後には爆発が残ったという事実だけが残る。その爆発で何が失われたのか。ついでに、その直前に誰が殺されたのか。全ては爆風が忘却させる。

「おや、あなたは――」

 今日の夜風は冷たい。凍ったような空気の中を、シゾノの無感動な声が突き抜けるように響く。普通の人間がすれ違った人間に声をかけるのは、そう珍しいことではないだろう。知人であれば挨拶の一つもするだろうし、全く知らない人間でも、狭い道ですれ違うのなら「失礼します」ぐらいは言うに違いない。だが、シゾノが声をかけたのである。マコト以外の他人を、動くオブジェクトとしか認識していない、およそ人らしくはない狂人が。

「こんばんは。エンピレオさん」

 声をかけられた相手は、シゾノを知っていた。彼女をコードネームで呼び、歩みを止める。黒の長髪をポニーテールにした快活そうな少女だ。マフィアの証を示すかのようにスーツを着ているが、着崩しているためか幼く見える。

「やはり面識のある方でしたか。失礼ながら、私はあなたの名前を存じ上げません。教えていただいても?」

「もちろん。私はスウェー、どうぞお見知り置きを。……しかし、あなたほどの殺し屋に顔を覚えてもらえるだなんて。それだけ、殺しがいがある相手と思ってもらえましたか?」

「ええ。あなただけは、是非とも私がこの手で撃ってみたいものです。どうかその時まで、つまらない相手に殺されないでくださいね。スウェーさん」

 シゾノが人間をきちんと人間と認識するということは、その相手に興味を持ったということだ。もちろん、彼女の興味とは殺人にある。殺してみたい相手だからこそ、顔を覚える。殺してみたいのは、強い相手だからだ。

 しかし、シゾノはスウェーと名乗った少女マフィアと、今まで一度も会ったことがない。これが初対面だった。普通の人間であれば、噂でマフィアの優秀な兵士のことは聞いていただろうが、相手はシゾノである。自分で情報を集めたりはしないから、誰かから聞かなければ情報は手にしない。

 スウェーも、そのことは理解していた。彼女を知る誰かから、彼女を殺せとシゾノは言われていたのだ。――シゾノに頼み事をする相手とは、すなわちマコトである。

「善処はします。まあ、そこらのやつに殺されることはないですよ。そして、機会があれば是非、殺し合いましょう。なんなら、それは今でもいいんですけどね。どうせ、今日もつまらない仕事だったんでしょう?」

「魅力的な話ですが、あなたはマコトの前で殺したいので遠慮しておきます。そう急がなくてもいいでしょう。この街では、いつだって殺し合いが出来るのですから」

「確かに。機会は無限にありますね。いい時代に、いい場所で巡り会えたものです」

 二人はそうして、すれ違う。このマフィア少女こそ、ゴトウの仇の一人だった。そして、あの夜の襲撃犯の中でも、一番危険だとマコトが判断した相手だ。彼女が噂で聞いた話では、ボクシングを応用した体術を使うという。スウェーというコードネームは、ボクシングの回避法の一つ、スウェーバックから来ている。

 その名が象徴するように、彼女もマコトやシゾノと同じく、防具らしい防具を身に付けていないが、武器がその体を捉えることはなく、瞬く間に必殺の拳を全身に受け、相手は倒れることになる。そして、必ず頭を破壊して絶命させられるそうだ。それが彼女なりのこだわりらしい。

 彼女の人間離れした動きは、マコトもあの夜に少しだけ見た。ゴトウを一撃で失神させたのは彼女だ。動きが素早過ぎるためか、コマ送りのように見えていた。動体視力には自信があったというのに、まるで追うことが出来なかったというのだ。

「――ここで何も言わずにあなたを撃っていれば、あなたは避けられましたか?」

 五メートルほどの距離。唐突にシゾノが振り返り、銃口を少女に向ける。

「あなたが近くにいることを知っていて、警戒しない馬鹿はそういませんよ。体が間に合うかは別問題ですけど、私なら避けますね」

「なるほど。では、あなたを不意打ちで殺すのがいい、ということで。まずは足を狙いましょう」

「あはは、それは確かに困りますね。足を奪われたボクサーなんて、惨めったらしく這いつくばって、下からポカポカ殴るしかないじゃないですか」

 それはそれで厄介そうで困る。シゾノは珍しく他人の言葉に苦笑いしながら、今度こそ別れた。事務所に戻り、マコトと抱き合う。あの夜から、彼女はこうしないと安心して眠れない。

説明
こういうことにはなっていますが、なんとかギリギリ、ラブコメの体は保っているつもりでいます
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長編 DarkandRed 

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