Double Face
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 目まぐるしく廻 り廻る表と裏のストーリー。

 

 まずは裏の世界の物語。

 

 

 

「厳重ね」

 

 女が呟いた。

 

 何という事の無い言葉をどうという事の無い態度で発 しただけだが、その状況は異常というべきものだった。

 

 人里離れた場所にある、とある金持ちの巨大な邸宅。 彼女はそこの、屋根の上に立っていた。

 

「門に二人、玄関に二人……この分だと中は十人前後く らいかしら」

 

『……』

 

 女は傍らを見て言うが、返事は無かった。

 

 異常といえば、女の恰好もまた普通ではない。ぴった りとした薄手の服をまとい、ミニスカートに近いものをはいているが、いずれも布製ではない。明るい所で見れば、樹脂に近い繊維が織り込まれているのが見え るだろう。また、左手首には華奢な身体に似つかわしくない、いかつい細工の腕輪を着けている。

 

 そしてその傍らに立っている者は、さらにおかしな出 で立ちをしていた。

 

 特撮で使うようなスーツと甲冑を足したようなもので 全身が覆われており、顔には仮面を着けている。フルフェイスの仮面に、獅子のたてがみをかぶせたようなものが生えており、まるで仮面から髪が生えているか のようである。その着ているものと仮面のせいで、男か女かすら見た目からは判断がつかなかった。腰には抜き身のナイフが2本、左右に差されている。

 

 

「表の連中は二手に別れて始末すればいいわね。中はど うする?」

 

 女が話を進める。返事を求められ、仮面の者はようや くわずかに首を傾けて女の方を向いた。

 

『……私がやる』

 

 発された声は、ヘリウムガスを吸ったようなものだっ た。仮面に変声機が仕込まれているのだろう。

 

『お前は裏手から標的を狙え』

 

「陽動ね。いいわ、それじゃあとりあえず、外を片付け ましょうか」

 

 仮面の者は軽く頷くと、館の外側にひらりと飛び降り ていった。

 

 残った女は、反対側である館の内側に向かって屋根か ら降下した。降りてしまえば、玄関は目と鼻の先である。

 

 玄関の前には二人、警備の男が立っている。その目の 前にいきなり人が降って来たのだから、彼らはさぞ驚いた事だろう。

 

 が、驚きの声は無かった。

 

 警備員が熟練で容易にうろたえないからではない。声 をあげる事さえ出来なかったのだ。

 

 女は降り立つと同時に、左手首の腕輪から何かを射出 していた。

 

 それが片方の男に刺さるとほぼ同時、女は一瞬でもう 一方の背後に回り、細い紐状の武器で首を絞め、そのまま頚骨をへし折っていたのだ。

 

「お掃除終了、と」

 

 息も切らさず、女は無造作に死体を放り捨てた。

 

 特殊暗器『雀蜂』、それが女の左手に着いている腕輪 の名称である。起動すると、腕を向けている方向に高速で細いワイヤーを飛ばす。その先端には鋭い針がついており、生物に刺さると猛毒が注入される仕掛けに なっている。この暗器の名称の由来である。

 

 女が手首を捻ると、男の首に巻きついたワイヤーが外 れ『雀蜂』に巻き戻されていった。巻き終えた所で、ふと気配を感じ振り向くと先程別れた仮面の者が立っていた。その両手には長めのナイフが握られている。 その刀身に血が伝っているのを見て、女は作業が順調に進んだ事を理解した。

 

「次は中ね。アプリュジア、正面は任せるわ」

 

 それだけ言うと、女は裏手へと周り、闇に溶け込んで いった。

 

『……行くか』

 

 仮面の者―――『アプリュジア』は女を見届けてから 呟くと、玄関の扉に手をかけ、まるで自宅に帰ってきたかのようにのんびりした動作で戸を開けた。

 

「ん?」

 

 まさに扉の裏側、入り口のすぐ近くに偶然、警備員が 一人立っていた。そして、やや間の抜けた声が最後の言葉となった。

 

 警備員の姿を確認すると同時に、アプリュジアがナイ フを一閃、頚動脈を切り裂いていたのだ。

 

 そこから血が噴き出るより早く、アプリュジアは部屋 の人数を把握していた。

 

 部屋には、既に致命傷を受けている者を含めて6人い た。しかし、突然の闖入者に、何人が絶命する前に気付けただろうか。

 

 結論から言えば、偶然入り口から離れていた2人だけ が気付く事が出来た。残りの4人は、入り口に立っていた者以外は数メートルの距離がありながらも、アプリュジアに気付く前に首を裂かれていた。

 

 残る2人が異常を察知した時には4つの赤い噴水が盛 大にあがっていた。

 

『警戒のユルい事だ』

 

 血の雨が降り注ぐ中に悠然と立つアプリュジア。その 不気味な姿に気を取られ、反射的に銃を抜いた2人の警備は気が付かなかった。

 

 4つの死体が、「ほぼ同時に血を噴き始めた」事に。

 

「怯むな、撃てっ!」

 

 エントランスに発砲音が鳴り響いたが、鋭い金属音が しただけでアプリュジアは平然としていた。

 

「何だ!?」

 

 2人は確かに、仮面の侵入者を撃ち抜いたはずだっ た。言い知れない不安感と共に、もう一度発砲する。

 

 またも鋭い音が響き、アプリュジアは平然としてい る。が、よく見るとナイフを持つ腕の位置が変わっていた。

 

「まさか……」

 

『照準は合っているがな』

 

 器用にナイフを回しながら言うアプリュジアの口調 は、まるで世間話でもするかのようなものだった。4発の弾丸は、全てこのナイフで弾かれていたのだ。

 

 ここに来て、警備の2人はようやく理解した。突然の 来客が、およそ人間とは思えない程の戦闘能力を有している事に。

 

『残り2人か。さて、何秒もつかな?』

 

「く、くそっ!応援だ、応援を呼べぇ!!」

 

 アプリュジアが2人の方に歩き出すと、彼らは半狂乱 に陥りながら非常ベルを押した。

 

 その様子を見て、仮面からごくかすかな笑い声が漏れ たのだが、それに気付ける余裕など本人以外にはあるはずもなかった。

 

 

 

 鳴り響く非常ベルの音に、館の奥にある部屋で小太り の男がびくっと震えた。顔色は真っ青である。

 

「し、侵入者か!?奴らが来たのか!?」

 

「落ち着いて下さい」

 

 慌てふためく男を、両脇に立つ護衛がなだめた。2人 とも、その物腰には隙が無く、小太りの男とは対照的に落ち着きはらっている。恐らく相応の修羅場をくぐっているのだろう。

 

「鉄砲玉が正面から来ただけの事です。この部屋までは 来られません」

 

 淡々と言いながらも、その手はホルスターに収納され た銃にかけられている。話しながら部屋の入り口への警戒も怠っていなかった。

 

 が、思いもよらず、突如として彼らの真上にある天窓 が砕けた。派手な音と共に、鋭利なガラスの破片が降り注ぐ。

 

 

 

「ひぃぃ!」

 

 身を守るため、小太りの男は頭を抱え込むような形に なった。そしてガラスの落ちる音がやむと、震えながら顔を上げた。

 

 その時には、護衛の男達は倒れており、代わりに冷た く微笑む一人の女が立っていた。

 

「こんばんは、私の標的さん」

 

「な、何だお前は!?」

 

「わからない?貴方を殺しに来たんだけど」

 

「ウ、『ウンブラ』の手の者か!?」

 

「あら、厳重な警備だとは思ったけど、組織の事まで 知ってるのね」

 

 意外そうな口ぶりだが、女は冷笑を崩さない。これか ら死ぬ人間が何を知っていようと自分には何の関係もない、という事だろうか。

 

「そう、私は『ウンブラ』の暗殺者。仲間からは『キ ラービー』と呼ばれているわ」

 

 名乗りながら、女―――キラービーはいつの間に握っ たのか、右手に細長い針をちらつかせている。先程倒れた護衛達の首にも、同じ物が刺さっていた。

 

「ひっ!」

 

 光を反射し、きらめく針を見て男の顔が恐怖に歪ん だ。

 

「安心しなさい。本物の蜂と違って、私の毒は一刺しで 死ねるから」

 

「ふっ、ふざけるな!」

 

 怯えながらも、男は懐から拳銃を出し、針を構えるキ ラービーに向けた。

 

 しかし、その引き金が引かれるより早く、銃身が切り 落とされていた。

 

「な!?」

 

「……早かったわね、アプリュジア」

 

 いつの間にか、キラービーの隣りにナイフを握ったア プリュジアが立っていた。その全身は返り血で真赤に染まっている。

 

「全部で何人いた?」

 

『……13人』

 

「アプリュジア……アプリュジアだと!?」

 

 使い物にならなくなった拳銃を握ったまま、男の目が 更なる驚愕に見開かれた。

 

「け、『血雨の神』の異名を取る最強の暗殺者……!そ んなヤツが、なぜここに……!」

 

「有名人ね。センスの無いあだ名だけど」

 

『……』

 

 ようやく拳銃を取り落としながら、男は哀れな程狼狽 していた。

 

「なぜだ!?なぜウンブラが私を消す!?私がお前らに 何をしたというのだ!!?」

 

「悪いけど、私達も知らないのよ。私なんて自分の本名 すら教えてもらえないんだから」

 

 くすりと笑うキラービーの言葉など、もはや男は聞い ていないようだ。男は命乞いとも罵倒とも取れない意味不明な言葉をひたすら喚き散らしていた。

 

「何と言うか、色々と無様ね」

 

『……』

 

 一閃。

 

「あら」

 

 断末魔をあげる間も無く、男はアプリュジアに切り捨 てられ絶命した。

 

「任務完了、ね」

 

 特に感慨も無く呟くと、キラービーは『雀蜂』を自ら が破ってきた天窓に向け、ワイヤーを射出した。その先端が、屋根の突起に巻きつく。

 

「行きましょうか」

 

 キラービーに促され、アプリュジアは軽く頷くとキ ラービーに手を伸ばした。

 

「変な所触ったら刺すわよ?」

 

 アプリュジアの手がぴたっと止まった。そのまま2秒 ほど静止してから、キラービーの右手を掴んだ。

 

 ワイヤーが巻き取られ、二人の身体が宙に引き上げら れる。やがて天窓から外に出ると、そのまま闇へと消えて行った。

 

 

 

 翌日、どの新聞を見ても、一夜にして十数人が殺戮さ れたというような記事は存在しなかった。

 

「今日も平和だねぇ」

 

 とあるマンションのダイニングで、平均株価の大幅な 上昇を報じる一面記事を読みながら青年が呟いた。テーブルには、忙しい朝には似つかわしくないぐらいに手の込んだ朝食が並んでいる。

 

「おーい月詠!早くしないと朝飯冷めちまうぞ!」

 

 新聞を手に取ったまま、青年が大きな声をあげた。

 

「すぐ行くよー!」

 

 奥の部屋から帰ってきたのは、どたばたという音と女 性の声。

 

「戒、先に食べててー!」

 

「はっはっは、断る!」

 

「何でよ!?」

 

「俺が作るのはお前に食わせるためであって自分で食う ためではない!だが冷めるのは喜ばしくないな。急げ月詠!俺とお前と朝飯のために!」

 

「もー、朝から何をわけのわからない事言ってるの!」

 

 と、言っている間に、スーツ姿の若い女性が現れた。 何だかんだ言いながら急いできたらしく、髪が微妙にはねている。

 

「おう、おはよう月詠」

 

「な、なんか今更だけど、うん、おはよ戒」

 

 

 

 目まぐるしく廻り廻る表と裏のストーリー。

 次は表の世界の物語。

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説明
廻り廻る表と裏の物語。

表の世界の住民、服部月詠と加藤戒。
月詠は保険の外交員、戒は地元の大学に通う学生である。
破天荒な戒に月詠は振り回されてばかりだが、
幼馴染としておおむね平穏無事な生活を謳歌している。

裏の世界の住民、キラービーとアプリュジア。
地下組織に属し、殺しを生業とする暗殺者である。
コンビを組んで暗躍する二人だが、
両者の間に信頼は有りや無しや。

二つの顔と二つの顔が絡み合い交錯する時、
表裏は一体となり新たな時が廻り出す。

廻り廻る物語、今宵言の葉を紡ぐはどちらの顔か。
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タグ
アクション 殺し 二つ 学生 幼馴染 月詠 

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