禁じられた遊び
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血が好き。

 あの心奪われるような赤い輝き。あの甘く芳醇な香り。それはこの世のどんな美酒よりもかぐわしく、心がどこまでも羽ばたいてしまいそう。それが口の中に広がる感触を夢想しただけで、頭がとろけてしまいそうになる。

 私がその遊びに目覚めたきっかけは、爪切りをしていたときのこと。

 長くなった爪を切ろうとして、誤って指を切ってしまった。鋭い痛覚が走る。痛みに呻く私の前で、異変は起こった。ぷっつりと、私の指から浮き上がる、何かがあったのだ。

 

「なに、これ?」

 

 手の痛みさえ忘れ、紅い玉に魅入っていた。

 

(あかい……おみず?)

 

 

 立ちつくす私の前で、液体のようなそれは溢れんばかりに膨らんでいく。はちきれんばかりに膨れ上がったそれは、ついに手の平から零れて――ドレスに落下。真っ白なドレスに赤い染みがじわじわと広がっていく。止めどなく流れるそれが、私のドレスを繰り返し、繰り返し、汚していく。

 その輝きから、目を逸らせない。それどころか瞬きひとつ出来ない。

 

(私の身体の中から、へんなモノが流れてる……)

 

 お母さまの好きなブドウ酒の色とも違う。それは生まれて初めて目にする、赤い輝きだった。

 

(どんな”あじ”がするんだろう?)

 

 そう意識しただけで不思議な胸の高鳴りを覚えていた。有り体に言うなら、興奮していた。体の奥が熱い。息が荒くなってきた。欲望の赴くままに、それを舌ですくいとろうとしたとき――

 

「お嬢様っ! おやめなさい!」

 

 使用人の叫び声で我に返る。指からだらだらと血を流している私を見て、使用人は可哀想なくらい取り乱していた。すぐさまお医者様の元へと運ばれた。

 あれだけひどいと思われた傷も、あっという間に完治した。お医者さまによると、指先をほんの少し掠めた程度だったので傷自体は大したことがないらしい。

 そのことを妹に話すと、

 

「指先には血管がたくさん密集しているから、ちょっとした傷でも血はたくさん出てしまうものよ」

 

 こんなふうにね――と自分の指先をナイフで切った。

 ぽかんとなった。

 自分の体が傷つくのも厭わず、妹があまりにも自然な動作でナイフを振るうものだから、咄嗟に反応できずにいた。呆然とする私をよそに、妹は無邪気に微笑んでいる。

 

「ほら、とても綺麗な色をしてるでしょう?」

 

 妹は見せつけるように人差し指を突き出した。指先は桜の花びらのように淡く、すらりと均整が取れている。

 綺麗な手だ――

 だが、しなやかな指先から赤い雫が、湧き水のようにぽたぽたと滴っている。まるで妹の純真な部分を犯すかのように、その勢力を広げ続けている。

 

「たくさん出てるね」

 

「う、うん」

 

 こくりと頷いた。

 きっと妹はいけないことをしている。今すぐやめさせなければ。姉として叱らなければ。

 だけど、そんな内心とは裏腹に、私は熱に浮かされたような眼差しで、妹から流れるその輝きに、ただただ夢中になっていた。妹のほっそりとした身体の中に、こんなものが秘められているとは思いもよらなかった。

 

(わたしと……おんなじ)

 

 そう考えるだけで頭が真っ白になる。どうしてこんなにも惹きつけられるのか、まるで分からない。

 

「ねえ、知ってる? 血は”いのち”で出来ているんだって」

 

 妹が言った。私の心を見透かしているような響きに驚きながらも、平静を装う。

 

「”いのち”?」

 

「そう、”いのち”。誰かの血を飲むってことは、誰かの魂を食べるってこと。そのせいか、やってはいけないタブーとして教会では戒めているの」

 

「へぇ」

 

 相づちをうちながらも、私は赤い雫から目を離せないでいる。こうしている今でさえ、それが床に滴り落ちていく。ああ、勿体ない。勿体ない。

 そんなとき、妹が囁いた。

 

「ねぇ……あたしの、”いのち”飲んでみる?」

 

「……え?」

 

 思わず妹の顔を見た。そこには恍惚とした笑みが浮かんでいる。こちらを挑発しているようでありながら、純粋な好奇心が見え隠れしている。

 事ここに至って、私はようやく妹の意図するものを理解した。おそらく妹は、本気で私に血を飲ませようとしている。自傷行為に及んだのもその為だろう。

 飲むか、飲まないか――

 妹はそれを知りたがっている。

 

「……」

 

 しっとりと濡れた、真っ赤な指。艶やかに光る指先に、ごくりと喉が鳴った。

 

(これを飲んでしまったら、もう二度と引き返せない)

 

 何故か、そんな予感があった。

 いけないことだと、頭では分かっている。

 だけど目が離せなかった。その淫靡な輝きから目を逸らすことができない。抗えない。吸い寄せられる。はあはあと荒い息が漏れる。

 これは人間のすることではない。人間以下の犬畜生のすることだ。

 

(だけど、それが何だというのか?)

 

 何故、これを味わってはいけないのか。こんな美味しい代物を味わおうとしないなんて、そっちの方がどうかしている。それの何がいけないのか。

 

(ああっ、ああっ! 早く食べたい! 早く食べたい!)

  

 もう我慢できない。私は、妹の指先からほとばしる誘惑をすくい取ろうと――

 

 ”いのち”に舌を伸ばした。

 

 それは私たちの、禁じられた遊び。

 その始まり、始まり。

説明
題名迷子

追記

現在、執筆してる長編の没原稿です。(このカットをどういうシーンに挟むか決めかねた為)もしかしたらいずれ再利用するかもしれない
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タグ
オリジナル 流血表現 百合 

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