オマジナイの効果
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「・・・鈴原。どうしたんだ、それ」

 

カフェテリアでの昼食時。ふいに深行に尋ねられて、泉水子はドキリと肩を揺らした。スプーンを手放し、サッと左手首を隠す。

 

驚いた理由は2つある。1つは、深行が話しかけてくるとは思っていなかったからだ。

 

泉水子は現在深行とケンカ中であり、ここ2日、ほとんど口をきいていない。

 

 

先日の放課後、生徒会室に向かう途中のことだった。上級生男子に声をかけられ、相手に覚えはないがサッカー部のユニフォームを着ていたので、執行部に伝えてほしいことがあるのだと泉水子は考えた。

 

促されるまま、廊下の端の目立たない所へ移動した。

 

けれども泉水子の個人的なことを聞いてくるばかりで、いつまでたっても本題に入らない。こちらから尋ねようしたところで、深行がやって来たのだ。

 

話があるようだと深行に説明すると、先輩男子は居心地悪そうに去って行った。まったく訳が分からず首をかしげる泉水子に、深行は「軽率にふたりきりになるな」と怒り出した。

 

声をかけてきた男子はあきらかに普通の生徒であるし、泉水子とてなろうと思ってふたりきりになったわけでもない。深行の見当違いだと分かっていたが、心配してくれているのだとこらえた。

 

しかしあまりにもくどくど言われ、にわかに腹が立ってきた。深行は平気で女子とふたりで話をするくせに、泉水子にはダメだと言う。

 

見かけるたび、こちらがどんな気持ちでいるかも知らないで。

 

 

それからはもう、お互い売り言葉に買い言葉だった。

 

・・・そして、現在に至る。

 

 

 

「えっ ケガしたの?泉水子ちゃん。・・・私、気がつかなかった」

 

真響も目を見開いて、泉水子の左手首に注意を向けた。心配そうな瞳に、泉水子の背中に冷や汗が伝う。

 

「え、ええと」

 

どう言えばごまかせるかと泉水子は目を泳がせた。手首の内側に貼ったちっぽけな絆創膏など、シャツの袖に隠れて絶対に気づかれないと思っていたのに。

 

これが泉水子が驚いた2つめの理由だった。

 

「なんでもないの」

 

「なんでもなくはないだろう。手首には動脈があるんだぞ。気をつけろよ。どうしたらそんなところをケガするんだ」

 

眉をひそめた深行が手を伸ばしてくる。

 

(こ・・・こんなものを見られたら・・・!)

 

泉水子は反射的にその手を払ってしまった。深行が顔色を変えて固まったので、血の気が引く思いで慌てて彼の腕をつかんだ。

 

「相楽くん。ち、違うのっ ケガなどしていないの」

 

 

「おっ さっそく仲直り? すごい効果じゃん」

 

振り向くといつの間にか波多野美優がいて、その言葉に泉水子はどっと汗をかいた。

 

「な・・・。ミユー? ど、どうして・・・」

 

「だって、やけに熱心に読んでたじゃん。そりゃー気がつくよ」

 

あっけらかんと微笑む波多野にまったく悪気はなく、だからこそ彼女には常に注意しなければいけない。

 

とは言え咄嗟に動けず、泉水子が波多野を止める前に、深行はけげんそうに彼女を見やった。

 

「効果?」

 

「そうそう。絆創膏のね、し・・・」

 

「だ、だめ・・・!」

 

泉水子は自己最速の動きで波多野の口を塞いだ。

 

思った以上に自分の声が響いたのが分かった。そろりと振り返ると、深行はみるみる不機嫌顔になった。口を開きかけ、それから思い直したように、ふいっとそっぽを向く。

 

「・・・ケガをしてるわけじゃないなら、別にいい」

 

その態度がどう見ても別にいいと思っている感じではなくて、周囲の空気がぴんと張り詰める。泉水子は喉を震わせた。

 

「あ・・・あの」

 

そのとき、通りかかった生徒たちが声をかけてきて、ハッとした深行と真響は、いつもの様子で談笑に応じた。

 

緊迫していた雰囲気が和やかになって安堵する。

 

普段であれば、泉水子も話を合わせて微笑み相槌をうつのだが、今はとても無理だった。どうにもいたたまれない気持ちで、そっとカフェテリアを出た。

 

 

 

 

 

泉水子がカフェテリアを出て行くのを見て、深行は適当に話を打ち切ると、後を追うように出て行った。

 

それを横目で見送り、真響はさりげなく波多野に尋ねた。

 

「さっきの、効果ってなんのことだったの?」

 

「あー、あれね。おまじないだよ」

 

「おまじない・・・?」

 

真響はぱしぱしと瞬いた。波多野はポケットを探ると、「これこれ」と言って小さな冊子をこちらに差し出した。『綴じ込み付録・おまじないbook』と書いてある。

 

「昨日一緒に雑誌読んでたんだけど、イズーが付録にばかり興味を示してて、貸してあげたんだ。そしたら今日『彼氏と仲直りできるおまじない』してるから。どうりでここんとこちょっと元気なかったもんね。でもやったら1日で仲直りなんて、これすごい効果だな」

 

興味深そうに波多野がぱらぱら冊子をめくる。すると、今まで我関せずだった真夏が、カツカレーを食べながら端的に言った。

 

「っていうか、鈴原さんが絆創膏なんて貼ってたら、シンコウが気づかないはずないじゃん。おまじないなんて関係ないよ」

 

確かに、と真響は吹き出した。

 

あの男は彼女の気持ちにまるで鈍感なくせに、様子の変化や体調には目聡いのだ。その10分の1でも泉水子の心情に気を配ればケンカなど減ると思うのだが・・・でもそれは泉水子にも言えること。

 

まるで正反対のふたりに見えて、実は似たものカップルなのではないかと真響は思っている。

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

セミナーハウスの先の丘まで来ると、泉水子は大きく深呼吸をした。

 

新鮮な空気が体の隅々にまでいきわたる。初夏の匂い。太陽の光をいっぱいに浴びた草花の匂い。やわらかな風が心地いい。泉水子は山の端を眺めながら、草むらに腰を下ろした。

 

そっと左手首の内側をなでる。一呼吸おいて、絆創膏を丁寧にはがした。

 

 

『相楽深行』

 

 

泉水子の字で、小さく書いてある。これを絆創膏で隠していたのだ。

 

波多野の持っていた雑誌の付録は、おまじない特集だった。何の気なしに見てみると、彼氏と仲直りする方法が書いてあって、思わず釘づけになった。

 

『左腕に彼氏の名前を書いて絆創膏で隠す。3日間誰にも見つからなければ仲直りできる』

 

 

深行と仲直りをしたくて。でも折れどころを見失っていて。

 

自分でもこんなものは気休めだと分かっている。だけどもし3日間見つからなかったならば、背中を押してもらえるような気がした。

 

それが、1日もたたずに見つかってしまった。それどころか、余計に怒らせてしまったようだった。

 

 

泉水子はため息をついて、左手首に書かれた深行の名を眺めた。緊張したので、少し字が震えている。

 

好きなひとの名前というのは、本当に特別なものだと思う。

 

こうして見ていると、ドキドキして胸が苦しくなってきた。もしかして、おまじないが自分に跳ね返ってきてしまったのではないだろうか。

 

頬がひどく熱い。これ以上見ていられなくなって、もう一度絆創膏で隠そうとした。

 

一度剥がしてしまったからか、うまく貼れない。四苦八苦していて、人の気配に気がつかなかった。

 

いきなり手首をつかまれて、泉水子はひっくり返った声をあげた。

 

「ひゃ・・・っ」

 

いつの間に来たのか、深行が泉水子の隣に座っている。泉水子の左手首をつかんで凝視している。

 

その事実を理解した途端、泉水子の頭に血が上った。

 

「こ・・・! これはっ ええと・・・」

 

真っ赤になったのもつかの間、深行があまりにも真剣な目をしているので、泉水子は鋭く息を吸い込んだ。

 

 

おまじないは『お呪い』と書く。

 

泉水子自身そちら方面に疎く、軽い気持ちで試してしまったが、深行はどう思っただろうか。自分の名が泉水子に記されているのだ。

 

そんなつもりは当然なくても、誤解をされても仕方のないことだと思った。泉水子は目に涙を浮かべて弁明した。

 

「あのう、違うの。相楽くんを縛りつけようだなんて思ってなくて。そ、そもそも私は術など使えないし。これは・・・相楽くんと仲直りをしたくて、雑誌に書いてあったおまじな・・・」

 

「俺は、自分の名前が嫌いなんだ」

 

泉水子の言葉にかぶせるようにきっぱりと言われて、胸が鈍く痛んだ。感じた痛みは、泉水子から声を奪った。

 

深行はなおも泉水子の左手首を見て言った。

 

「だけど、お前に呼ばれるのは嫌じゃない」

 

「・・・え?」

 

思いがけないことをさらりと言われて、ドキッとした。動揺を悟られないように、言葉の続きを待った。つかまれた左手はとても熱く、そこからどんどん熱が広がっていく。

 

深行はようやく泉水子に視線を向けると、やわらかく微笑んだ。

 

「普段はまったく思わないが、こうして見ると、悪くないと思えるから不思議だ」

 

泉水子は深行を見つめた。優しげ瞳が泉水子を見つめ返してくる。

 

ケンカをしてからこちら、あれだけ気まずかった空気が、あたたかさで満ちていた。

 

お互いに絡んでいる視線も。そよぐ風も。草の匂いも。

 

 

その穏やかな空気を破ったのも、やはり深行だった。顔をしかめて、じろりと睨んでくる。

 

「だいたい、こんなもので俺が鈴原の思いどおりになるわけがないだろう」

 

「うん、そうだよね」

 

心からホッとする思いで、泉水子はおさげをたぐり寄せた。だけど少し寂しいような複雑な思いを抱えてうつむくと、急に眩しくなって目を細めた。

 

初夏の眩しい日差しは一瞬で、気がつけば深行に見下ろされていた。草の上に寝転ぶ気持ちよさなど感じている余裕はなかった。

 

「さ、相楽くんっ」

 

深行が面白くなさそうに眉根を寄せる。じっと見つめられて、頬が熱くて、喉が乾いて声がかすれそうだった。

 

(学校だけど、いいのかな。ふたりのときは、いいということなのかな)

 

「深行、くん」

 

遠慮がちに呼ぶと、深行は小さく笑った。めったに見せない、泉水子の大好きな笑顔。

 

 

大きな手が泉水子の頬に触れた。深いまなざしに、息が止まりそうになった。たまらずぎゅっと目を閉じると、すぐに唇をふさがれた。

 

いつまでたっても慣れなくて、泉水子は深行のシャツをきゅっとつかんだ。触れるだけだったキスは、次第にお互いの熱を混じり合わせていく。

 

 

こんなにも心が震えるのは、相手が深行だからだ。

 

そばにいることが幸せで、だからこそ些細なことでも不安になってしまう。

 

深行のことが、大好きだから。

 

 

深行は泉水子の前髪をかきあげると、額にキスを落とした。それから、耳元に唇を寄せる。

 

「こんなことをしなくても・・・」

 

とっくに覚悟を決めているんだ、とささやいた。

 

 

 

 

 

終わり

 

 

 

 

 

 

 

真夏くん、いたの?って感じでスミマセン。

そんなことより草むらに押し倒すほうが問題アリ。でもこの時期ならちゅーで終わるかと…(そういう問題じゃない)

 

 

おまじない的には効果がなかったわけですが、泉水子ちゃんがケガしたと思ったら放っておけるわけがないし、深行くん大好き泉水子ちゃんなんて見ちゃったらあっさり陥落。当然の摂理☆

 

深行くんは、いくら女子に好意をもたれても『自分が好きなのは泉水子だから問題ない、でも泉水子は無自覚で隙だらけだから心配』って思っていて、泉水子ちゃんは自分がモテてるなんてまったく気づかずにモテる深行くんを見てもやもやしちゃったり。

そしてお互いがそう思ってることを知らないのはお約束。こういうケンカが好きです。

 

 

 

説明
RDG 6巻後。高2の5月ごろの妄想です。
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