主従が別れて降りるとき 〜戦国恋姫 成長物語〜
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9話 章人(6)

 

 

 

 

 

 

 

章人は、木下秀吉に墨俣のことを色々と聞く前に、一つやることがあるのを思い出した。帰蝶への作法講座である。

 

「ところで結菜、墨俣の話が始まる前に作法を少し教えておきたいのだが、どうだ?」

 

「え……? でも、忙しいんじゃないの?」

 

「仕事自体は昼前には終わる。多少の道具を集めておくので時間がほしいがね」

 

「道具?」

 

「ただ座り方を教えても面白くないのだ。はっきり言って苦痛でしかない。そこで茶道を教えることにしようと思う。嫌かな?」

 

「いい……けど、そんな高級な道具をそのために買われても困るわよ?」

 

帰蝶の頭の中にあったのは最近の風潮であった。道具を褒め、しきたりを褒め、そんな茶のやり方があることを聞いており、また「茶道」と言ったためでもある。

 

「そんなものは必要ない。道具といっても布と紙と扇子だけだよ。他はほとんど揃っているのを見せてもらったからね」

 

「布と紙? それに、扇子なんてあるわよ?」

 

「布といっても、厳密には“使い服紗”と“出し帛紗”というものだ。さすがにそこらの布を適当に使うわけにもいかない。紙は“懐紙”といって茶菓子を食べるときなどに使う。まあ、この2つはかろうじて代用できるがね。一番は扇子だ。こればかりは普段使いのものでは駄目だ」

 

「扇子って?」

 

「もちろんあおぐものではない。“結界”として使うのだ。扇子を境界線として用いるのだよ。私の知る茶道は“禅”と密接なつながりを持っているので、ただ礼節を学ぶよりは面白いと思うぞ」

 

「なぜお主らだけで話しておるのだ!! 我も混ぜよ!!」

 

その話をずっと横で聞いていた信長は耐えきれずにそう言った。

 

「頼まれたのは結菜からだしな。結菜が許可したら一緒にやることにしよう」

 

「いいわよ」

 

帰蝶は心の中でため息をつきながらそう応じた。独占して個別に教わる絶好の機会をつぶされたために少々の悔しさがあった。このことも章人が見越していると思うと悔しかった。

 

「よし! では明日やろう!!」

 

「夜だな。準備をしておくよ」

 

翌日、仕事を終え、茶道具や抹茶を買い、信長邸に戻った章人は不思議な感覚に襲われていた。この世界では関わりたくなかったがために敢えて聞かずにいたが、信長の実弟である織田長益は“有楽流”という現代まで続く茶道の祖であるし、自分が学んだ流派の祖は千利休である。信長は利休を召し抱えていた。なお、当時の名前は宗易であった。

 

何より、現代に蘇った利休、すなわち“今利休”とまで章人が考えている師――当然ながら本人は否定する――など様々なところに影響を与えることに対するものなのだろうと思うことにした。

 

「さて、始めようか。といっても今日は茶を味わうことを中心に考えてくれ。作法は後からついてくる。疑問に思ったことがあれば何でも聞いてくれて構わない」

 

「それで良いのか?」

 

「正座はできるわけだし、あとは問題ないよ」

 

拍子抜けしたように信長はそう聞いた。武のようにひたすらしごかれるのだろうと思っていたためである。

 

「ねえ、“茶道”というからには“流派”ってあるの?」

 

「もちろんある。有名なのは3つだが。他にも色々とね。」

 

「師匠って居るの?」

 

「ああ。兼中斎という方だ。ただ、すまないが今はあまり師に関する話題だけははしたくない」

 

「ごめんなさい。ただ、作法があまりに綺麗すぎて……。刀のときも思ったけど、本当に凄いのね……」

 

帰蝶の目から見た章人の作法――手前――はこれまで見た誰よりも凄かった。とにかく綺麗なのだ。姿勢や動作の一つ一つに無駄がない。美しかった。

 

「ということは、流派ごとに作法の違いもあるのか?」

 

「無論ある。しかし、これに関しては面白い逸話がある。ある高名な茶人は『どうでもよいところが違います』と答えた。どう思う?」

 

「そんな馬鹿な話があるわけが……」

 

「あるんだなこれが。ある流派では畳は1畳を6歩で歩く。とある流派では4歩だ。あるいは点てた茶を泡立てるかどうかとかな」

 

まともな茶人に流派の違いを聞けば、答えは必ず『ありません』と答える。これはどの流派で学ぶにしても当たり前のことだった。しかし、それを帰蝶や信長たちにそのまま伝えても理解できないだろうと考えた章人は、表千家の13代家元が以前、流派の違いについて聞かれたときにそう答えたという逸話を教えながら、敢えて『ある』と答えたのだった。

 

「は……?」

 

「根底にあるものはどこも同じということだよ。さて、今日は敢えてこちらも畏まったやりかたは控えた。菓子を味わってから茶を味わってみてくれ」

 

信長の問いにそう答えながら、茶碗を差し出した。学ぶ中心が帰蝶なので帰蝶が正客となっていた。

 

「美味しい……。かなり前に茶会で出された茶より薄くて飲みやすいわ。これも何かあるの?」

 

「鋭いね。これは薄茶だ。おそらくその茶は濃茶だったのだろう。あとでそちらも出してあげよう。」

 

「金平糖が茶菓子になるのが我にはとても不思議だ! 何故だ!?」

 

「美味しければ何でも良いとは思わんか? 立派な干菓子だ」

 

「干菓子とは何だ?」

 

「それや和三盆のような菓子のことだな。薄茶では干菓子を出して、濃茶では主菓子を出すというのが大体の決まりだ。主菓子だが、今回は饅頭にした。なかなかいいものが見つからなかったのもあるが、饅頭もこれでなかなか由緒正しきお菓子なのでね」

 

章人がやっている流派、“表千家”では初釜、つまり1年の初めの茶会では必ず“常磐饅頭”という饅頭を使う。それもあって饅頭を選んだのだった。

 

「濃茶、と薄茶の違いは何なのだ?」

 

「点て方も違うが、一番わかりやすいのは抹茶の量だな。薄茶と濃茶ではかなりの違いがある。そして、薄茶はふつう『点てる』というが、濃茶は『振り立てる』あるいは『練る』という。濃いので点てるのも難しいし、頂く側も多少は慣れておかないと難しい」。

 

各服点て、つまり濃茶を1人分ずつ点てるというのは章人にとってもかなり久しぶりだったのでなかなかに大変なことだった。

 

「一つくらいは“作法”を教えてほしいのだけど、今日はなしなの?」

 

「教えようとは思っていたが、相当の心得があったので何を教えようか迷っていたところだ」

 

「え?」

 

「たとえば、畳のへりや敷居などの“境界線”は踏まないようにしているし、頂くときもきちんと正面を避けている。座り方も非常に綺麗だ。“武家”の子なのだからというのもあるのだろうが、素晴らしいことだ」

 

帰蝶の問いに章人がそう答えると、2人は驚いた。自分の点前をするのも大変なのに、それに加えて帰蝶たちの作法をきちんと見られているとは思っていなかったのだ。

 

「やはり、見ていればわかるものなのか?」

 

「心得がある者なら誰でもわかる。そんなものだ。流派ごとの細かい知識は私も知らないし、この時代の茶道や作法を少し研究しなければいけないようだ。

 

箸の扱いは小豆でも使って頑張ることだな。というか私はたいした苦もなくできるようになったので教えようがない」

 

自分の流派である表千家の作法は当然知っているものの、他は裏千家を少し知っているくらいであまり詳しくなかったため、この時代の茶道を知る必要があると思ったのだった。村田珠光、武野紹鴎、そして千利休と続く「わび茶」の作法。今はちょうど武野紹鴎の時代であるはずで、それを知りたかったのだ。

 

しかし信長や帰蝶を驚かせたのは、箸の作法であった。

 

「たいした苦もなくできだ……だと?」

 

「見れば誰でもできるようなものだと最初は思ったのだが、違って驚いた覚えがあるな。なぜできない人がいるのか未だによくわからん」

 

「何もかもめちゃくちゃね……。研究終わったら茶道、教えてくれるの?」

 

「時間があれば、だな。世の中が荒れる方向に進めば私も本来の役を果たさなければいけないし、文化は廃れていく。その中で研究を進めるのはなかなか難しい」

 

「そうね……。これからは荒れるの?」

 

「おそらくは。今川義元を討ち取ったのは一つのきっかけにすぎないだろう。それに、“鬼”もあるしな。あれが何を目的に動いているのかを見極める必要がある」

 

「あの鬼どもに目的があると?」

 

「人を食うためだけに存在しているとは思えないし、何十年、何百年と昔から存在してきたものではなさそうだ。それを考えれば、何らかの目的があるか、鬼を操る何かがいると見ている」

 

章人は織田家に伝わるものをいろいろと調べたが、鬼が記録されているのはここ数年だった。自分が来るきっかけとなった出来事も含め、この世界を読み解く大きな鍵となることは間違いなかった。

 

「まずは墨俣だがな。巡らせてみるとするか。遅くとも明後日には城に行くよ」

 

「頼むぞ……」

 

 

 

 

 

 

後書き

 

「回し飲み」の話も入れようかと思ったのですが、利休以降(吸茶)の茶道でようやく始まった概念なのでお蔵入りにしました。無念です。

説明
第2章 章人(1)

優雅な茶道の時間をご堪能ください
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