十三番目の戦獣士(萬編)
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十二支国

強さで分限を認められる国

 

年に2回の強者を競う大会上位12名は、神から宴会に呼ばれ、その偉業を称えられる

 

しかし

その強者たちが結束し、神に逆らったとき

 

無防備になった国が

魔物に溢れかえることとなる――

 

****************************************

 

「魔物だ、魔物が現れたぞー!!」

 

 

けたたましい叫び声を合図に、人々が悲鳴をあげながら我先にと駆け出した。

状況を察しきれず、逃げ惑っていた萬(よろず)もその波に乗ろうとしたが、小さい体の彼は簡単に大人たちに弾き飛ばされる。

 

 

「邪魔だ小鼠!! 逃げ遅れたらどうしてくれる!?」

 

 

心無い者に背中を蹴られてうずくまっていた萬は、何かの気配を感じてゆっくり目線を上げた。

そこに、彼の全てを覆いつくしてしまいそうなほど、大きな黒い影があった。

 

 

恐ろしいのに、それ、から目を離せなかった。瞬きすらできなかった。ほんの少し動いただけで、終わりが始まる気がしたのだ。

その恐ろしいモノの正体が魔物なのだと気づくまで、たっぷり5秒はかかった。

この世に生まれて8年間で感じることのなかった恐怖だった。

魔物については、物心ついたときから大人たちから何度となく聞いてきた。

しかし大人たちの言う「恐い」がこれほどまでだということを、幼い彼がどう知り得るだろう。

 

逃げなきゃ。

心が叫ぶにもかかわらず、体が動かない。

魔物が寸前にせまりくることを肌に感じながら、萬はかたく目を閉じて、声にならない声で叫んだ。

 

 

――助けて、千(セン)!!

 

 

いつも追いかけていた背中が、走馬灯のように蘇る。

きっと自分は死ぬんだ。

身を強ばらせながら、萬は思った。

ところが、しばらくしても何も起こらない。

不思議に思った萬は、ゆっくりと目を開いてみた。

 

そこに、逆光に光る剣を確認した。

彼が見慣れたものだった。

ずっと憧れていた、千の持つ剣だ。

 

 

「千!!」

 

 

萬はとっさに声をあげた。

さっきまでの恐怖が一度に吹き飛んだ。

しかし、焦点の合った彼の目が見た背中は、男のものだった。

オレンジ色に逆立った髪が、炎みたいだ、と萬は思った。

その男の向こうで、魔物が煙を吹きながら溶けるように消えていく。

 

 

おお、と萬を盾にするように立っていた者たちが、萬に見向きもせずに男に走りよった。

 

 

「刻路(コクジ)、助かった!! さすが強いな!!」

 

 

刻路と呼ばれた男は顔をしかめた。

 

 

「オレはしょせん、13番目の猫だ」

「謙遜なんかいいんだ! そもそも十二支のせいで魔物がここまでやってくるようになったんだぞ!! 今はお前だけが頼りなんだ!! 自信持てって!!」

 

「…まぁ…そうだな…」

 

 

刻路はちらりと萬を見ると、自分の周りに群がった人を払いのけた。

 

 

「ガキ盾にするような大人よりは、強いつもりだけどな」

 

 

取り巻きが言葉に詰まる中、刻路は座り込んだ萬に、「ほら」と手を差し伸べた。

見たことのある顔だった。

彼自身が言っていたように、いつも大会上位にいるものの、十二支に入れないぎりぎりの順位にいる猫の紋章持ちだ。

 

 

「おい刻路、そいつはよりによって千になついてたガキだぞ!!」

 

取り巻きの1人が刻路の肩を掴んで萬から遠ざける。

 

「千は十二支のトップだ。国を貶めた主犯格なんだぞ!!」

 

千はそんなやつじゃない!!

萬は叫びたかったが、頭に響いた神の声を思い出して言葉につまった。

 

――十二支ハ我ヲ裏切ッタ。

 

十二支が、千が、神を襲ったことで、国は魔物に覆われた。

千が裏切ったせいで、こんな目に遭うんだ。

どこかで自分もそう思っていることを、萬はわかっていた。

そんな自分にいらだった萬は、刻路に向かって叫んだ。

 

 

「猫のくせにいい気になるな! 千の足元にも及ばないくせに!!」

 

 

なんだと、と取り巻きが萬に近づいてくる。恐くなんかない。

さっき死を覚悟するほどの恐怖を体験したばかりだ。

殴られたって、構わない。

むしろ、大切だった人を疑うほどに、弱くて情けない自分を殴って、目を覚まさせてほしいくらいだった。

 

ところが、よりによってまた同じ人間によって、萬は助けられることになる。

刻路が突然、高笑いを始めたのだ。

 

 

「お前、馬鹿にしてるのか!?」

 

萬は勢いよく立ち上がって、それでも自分より30cmは上にある刻路の顔を睨みつけた。

 

刻路はまだ笑っている。

 

「変なこと言うんだな、ガキ。お前はどんな時に笑うんだ?」

 

「?」

 

萬はしりごんだ。

真面目に応える必要はなかった。

それでも、答えを探してしまった。

刻路は笑っているにもかかわらず、真っ直ぐなまなざしを自分に向けていることがわかったからだ。

 

それは、もちろん…

 

「うれしいんだ」

 

萬が答える前に刻路は答えていた。

でも、萬には自分の言ったことの何が彼にうれしさを与えたのか、見当も付かなかった。

 

「おいガキ、千の家までの案内人になってくれないか?」

 

「な、なんでだよ……」

 

「千を探す手がかりを探したいんだ」

 

ニッと笑顔を自分に向けた初めて話した男。

千以外に人が信じられなかった萬だったが、なぜかこいつは信用していいんじゃないか、そう思い始めていた。

説明
久しぶりの更新になってしまったので、目線を変えた話にして見ました。
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